第 三 章 彼女 は 誰 に 出会った か ?( 承 前 )【1】 (1)
なんでもない こと なんだ と 、自分 に 言い聞かせ 、必死に 動かしてきた 足 が 、とつぜん ぱたり と 止まって しまった 。
清水 祐一 と 名乗る 男 と 待ち合わせ を した 佐賀 駅 は すぐ そこ に ある 。
なんでもない 。
光代 は もう 一 度 小声 で 呟いた 。 メール で 知り合った 男 と 会う ぐらい なんでもない 。 みんな が 簡単に やって いる こと だ し 、会った から と 言って 何 が 変わる わけで も ない 。
今朝 、 仕事 へ 出かける 妹 の 珠代 に 、「 今夜 ちょっと 遅く なる かも しれ ん けん 」 と 声 を かけた 。 考えて みれば 、あの とき から ずっと 、光代 は 心 の 中 で そう 自分 に 言い聞かせて いた 。
メール で 会う 約束 を した 。 都合 の いい 場所 を 訊かれて 、答えた 。 都合 の いい 時間 を 訊かれて 、それ に も 答えた 。 正直 、簡単な こと だった 。 ただ 約束 して 携帯 を 置いた あと 、本当に 自分 は 会い に 行く つもり な のだろうか と 不安に なった 。 あまりに も 約束 する の が 簡単で 、肝心な 自分 の 気持ち を 確かめて いない こと に 気がついた 。 行く わけない 、と 光代 は 呟いた 。 私 に そんな 勇気 が ある わけ が ない と 。
でも 勇気 も ない くせに 、光代 は その 日 着て いく 洋服 の こと を 考えて いた 。 会い に 行く 気 も ない くせに 、駅前 で 会う 二 人 の 様子 を 想像 して いた 。
約束 は した が 、自分 が 行く わけ が ない と 思い ながら 朝 を 迎えた 。 行く わけ が ない のに 、珠代 に 向かって 、「今夜 遅く なる 」と 告げた 。 行く わけ が ない のに 着替えた 。 行く つもり も ない のに 家 を 出た 。 会う 勇気 も ない くせに 、すぐ そこ に 駅 が 見える ところ に 立って いた 。
どれ くらい ぼんやり して いた の か 、駅 へ 急ぐ 人 たち が 光代 を 追い抜いて いく 。 光代 は 端 に 寄って ガード レール に 腰かけた 。 後ろ から 歩いて きた 中年 の 女性 が 、気分 でも 悪く なった と 勘違い した の か 、心配 そうな 目 を 向ける 。
日差し が 強い せい で 寒さ は 感じ なかった 。 ただ ガード レール が 尻 に 食い込んで 痛かった 。
すでに 待ち合わせ の 十一 時 を 回って いた 。 座り込んだ ガード レール から も 駅前 の ロータリー は 見えた 。 入口 付近 に 人 の 出入り は ある が 、それ らしき 男 は 立って いない 。 ロータリー に 猛 スピード で 白い 車 が 走り込んで 来た の は その とき だった 。 少し 離れた 場所 に いた 光代 も 思わず ガード レール から 立ち上がる ほど 、タイヤ を 鳴らして カーブ を 曲がった 。 間違い なかった 。 昨夜 、メール の 画像 で 祐一 が 見せて くれた 車 だった 。 光代 は 「行ける わけない 」と また 小声 で 呟いた 。 そう 呟いた のに 右 足 が 少し だけ 前 に 出た 。
会って 嫌な 顔 を さ れたら どう しよう 。 がっかり されたら どう しよう 。
そう 思い ながら も 前 へ 進んだ 。
なんでもない 。
メール で 知り合った 男 と 会う くらい なんでもない 。
そう 言い聞かせ ながら 止まり そうな 足 を 必死に 動かした 。
自分 が 見知らぬ 男 の 車 に 近づいて いる の が 不思議で 仕方なかった 。 自分 に こんな 勇気 が ある こと に 驚いて いた 。
白い 車 の ドア が 開いた の は 、光代 が ロータリー の 入口 に 差し掛かった とき だ 。 思わず 足 を 止める と 、中 から 金髪 で 背 の 高い 男 が 降りてきた 。 冬 の 日差し の 中 で 見る と 、以前 送って もらった 画像 より 数 倍 髪 の 色 が 明るく 見えた 。
男 は ちらっと こちら に 目 を 向け 、すぐに 視線 を 駅 の 入口 の ほう へ 戻した 。 ドア を 閉めて ガード レール を 飛び越える 。 その 様子 を 光代 は 街路樹 に 隠れる ように して 見つめて いた 。 思って いた より も 若かった 。 思った より も からだ の 線 が 細かった 。 思った より も 優し そうだった 。
正直 、もう ここ まで だ と 光代 は 思った 。 これ 以上 前 に 進む 勇気 は 、どこ を 探して も 見つかり そうに なかった 。
いったん 駅 の 中 に 入った 男 が 、手 に 携帯 を 持って 出てきた 。 一瞬 、男 と 目 が 合った 。 光代 は 思わず 背 を 向けて 、また ガード レール に 腰かけた 。
三十 数えて 、彼 が ここ へ 来なかったら 帰ろう と 思った 。 彼 は 今 、自分 の 顔 を 見た はずだ 。 この あと は 彼 に 決めて 欲しかった 。 会い に 行って がっかり される の は 怖かった 。 今さら 逃げ 帰って 後悔 する の も 嫌だった 。
結局 、一 から 五 まで 数えて 、その あと は 数字 が 出て こなかった 。 どれ くらい 座って いた の か 、見つめて いた 足元 に すっと 影 が 伸びて くる 。 「 あの ……」
上 から 落ちて きた 声 が 、どこ か ビクビク していた 。 顔 を 上げる と 、木漏れ日 を 受けた 男 が そこ に 立って いた 。
「あの 、清水 です けど ……」
たぶん 彼 の オドオド した 立ち 姿 の せい だ と 思う 。 たぶん 彼 の 冬 日 を 受けた 肌 の せい だ と思う 。 たぶん どこ か 怯えて いた 彼 の 目 の せい だ と 思う 。 その 瞬間 を 境 に 何か が 変わった 。 これ まで の ついて いなかった 人生 が 、そこ で 終わった ような 気 が した 。 これ から 何 が 始まる の か は 分から なかった が 、ここ へ 来て よかった のだ と 光代 は 思った 。
声 を かけて きた 祐一 に 、緊張 し ながら も 光代 が 微笑む と 、その 緊張 が 祐一 に も 移った ようで 、とつぜん 辺り を きょろきょろ と 見回した 。
「車 、あそこ に 停め とったら 持って かれる よ 」祐一 の 前 で 初めて 出した 声 が 意外に も 落ち着いて いて 、光代 は そんな 自分 に 驚いた 。 「あ 、そう やね 」
慌てた 祐一 が 車 へ 戻ろう と して 、ふと 光代 の 存在 を 思い出した ように 立ち止まる 。 手足 が 長い ので 、その 動き が とても 大げさに 見え 、光代 は 思わず 微笑んだ 。
ガードレール を 離れる と 、まるで あと を 追って くる 子供 を 気にする ように して 祐一 が 何度も 振り返り ながら 歩き出す 。 その 背中 に 、「写真 で 見る より 、髪 、金色 なん やね 」と 光代 は 声 を かけた 。 少し だけ 歩調 を 弛めて 横 に 並んで きた 祐一 が 自分 の 髪 を ぐしゃぐしゃっと 掻き ながら 、「夜 、鏡 を 見とったら 、急に なんか を 変えと う なって ……別に 、シャレ とる わけじゃ なか と けど 」と ボソボソ と 答える 。 「それ で 金髪 に ? 「…… 他 に 何も 思いつか ん やった けん 」
祐一 は 生真面目 な 顔 で そう 言った 。
車 まで 来る と 、祐一 は 助手席 の ドア を 開けて くれた 。
「私 も 、なんか その 気持ち 分かる 」と 光代 は 言った 。 言い ながら 、何の 抵抗 も なく 乗り込んだ 。
祐一 は ドア を 閉めて 運転 席 へ 回り込んだ 。 芳香 剤 で も ある の か 車内 に バラ の 香り が 漂って いた 。 祐一 が この 車 を 大切に して いる こと が 乗った とたん に 伝わって きた 。
祐一 は 運転 席 に 乗り込み 、すぐに エンジン を かけて ハンドル を 切った 。 前 に 停まっている タクシー に ぶつかりそうに 見えた が 、祐一 に は この 車 の サイズ が 一ミリ 単位 で 分かっている の か 、何の 躊躇 も なく アクセル を 踏む 。 車体 は スレスレ で タクシー を 躱して 走り出した 。 ハンドル を 握る 祐一 の 指 が 、つい さっき まで 誰 か と 喧嘩 を して いた ように 見えた 。 実際 に 喧嘩 を した あと の 手 など 見た こと は ない のだ が 、長く 節くれ立った その 指 が ひどく 痛めつけられた あと の ようだった 。 ロータリー を 半 周 する 車 の 窓 に 、見慣れた 駅前 の 風景 が 流れた 。 たった今 、出会った ばかりの 男 の 車 に 乗っている のに 、まったく と 言って いい ほど 不安 が なかった 。 逆に 見慣れた 駅前 の 風景 の ほうが 、光代 に は よそよそしく 感じられた 。 出会って 数 分 な のに 、佐賀 駅前 の 風景 より も 祐一 の 運転 の ほうが 信じられた 。 「私 、まさか 自分 が 清水 くん の ような 人 と ドライブ する なんて 考えて も おらん やった ……」
走り出した 車 の 中 で 光代 は 思わず そう 言った 。 ちらっと 目 を 向けた 祐一 が 、「俺 の ような ? 」と 首 を 傾げる 。
「 そう 。 清水 くん の ような ……、金髪 の 人 」
光代 が そう 答える と 、祐一 は また 髪 の 毛 を ぐしゃぐしゃっと 掻いた 。 咄嗟に 出て きた 言葉 だった が 、今 の 自分 の 気持ち を こんなに 的確に 言い表した 言葉 も なかった 。
のろのろ と 走る 地元 ナンバー の 車 を 、祐一 は 次々 と 追い抜いた 。 器用 に 車線 を 変えて 、加速 する たび 、背中 が 柔らかい シート に 吸いつく 。 いつも なら タクシー の 運転手 に ちょっと スピード を 出さ れた だけ で ビクビク して しまう のだ が 、不思議 と 祐一 の 運転 に は 不安 を 感じ ない 。 かなり 際どい タイミング で 車線 を 変える のに 、まるで 磁石 の 同極 が 触れ合わない ような 、絶対に ぶつからない と いう 安心感 が ある 。
「運転 うまい ね 。 私 なんか 免許 は 取った けど ペーパー やけん 」
また 一 台 抜き去った 祐一 に 光代 は 言った 。
「いつも 運転 し とる けん 」
祐一 が ぼそっと 呟く 。
車 は あっという間 に 34 号 線 と の 交差点 に 近づいて いた 。 この 交差 点 を 左 に 曲がれば 、 街道 沿い に 光代 が 働く 紳士 服 店 が あり 、 直進 すれば 高速の 佐賀 大和 インター へ 繋 な がる 。
「ねぇ 、どう する ? 久しぶり に 信号 で 停まる と 、光代 は 祐一 と 目 を 合わさず に 尋ねた 。
「そのまま 呼子 の 灯台 の ほう に 行く ? それとも この 辺 で お昼ご飯 食べて から に する ? 不思議 と 言葉 が スラスラ 出て きた 。 隣 に いる人 が どんな 男 な の かも 知らない のに 、 ひどく 大胆な 自分 に 自分 で 呆 あきれた 。
祐一 が ハンドル を 強く 握りしめた の は その とき だった 。 盛り上がった 拳 を 見ている と 、まるで 自分 の からだ が 締め上げられている ようだった 。 「……ホテル に 行か ん ? 祐一 は ハンドル を 握りしめる 自分 の 拳 を 見つめて そう 言った 。 一瞬 、 何 を 言われた の か 分から ず 、 呆然と その 横顔 を 見つめて いる と 、 目 を 伏せた まま 、「 メシ や ドライブ は ……、 その あと で よ かたい 」 と 祐一 が 呟く 。 その 顔 が 、まるで 叱られる の を 分かって いる のに 、それでも おもちゃ を ねだる 子供 の ようだった 。
「もう ~、なん ば いきなり 言い よっと ぉ 」咄嗟に 光代 は 笑い飛ばした 。 とつぜん ホテル に 行きたい など と 言われて 、 動転 して いた せい も ある が 、 大げさに からだ を くねら せて 、 祐一 の 肩 を 叩 たたいた 。 その 手 を 祐一 に 掴まれた 。 いつの間にか 信号 は 変わって おり 、背後 の 車 から クラクション が 鳴らさ れ る 。 祐一 は 掴んで いた 光代 の 手 を 放し 、ゆっくり と アクセル を 踏んだ 。
私 、そんな 気 で 会い に 来たっちゃ ない と よ 。 ただ 灯台 を 見 たかった だけ 。
いくら でも 言葉 は 浮かんだ が 、気まずそうに 黙り込んだ 祐一 を 前 に 、その どれ も が 嘘臭 感じられた 。 「……それ 、本気 で 言い よっと ? 言い ながら 、光代 は 胸 が 痛く なる ほど 緊張 していた 。 まるで もう 隣 に いる 男 に 服 を 脱が されている ような 感じ だった 。 会って まだ 十分 と 経た ない 男 の 前 で 、こんなに も 大胆に なって いる 自分 を 、別の 場所 から 眺めて いる ようだった 。
祐一 は 前 を 見据えた まま 頷いた 。 何 か 言って くれる か と 待った が 、気 の 利いた 誘い 文句 の 一 つ も ない 。
こんなに ギラギラ した 性欲 を 目の当たり に する の は 久しぶり だった 。
こんなに まっすぐに 自分 を 欲する 男 を 見た の は 、まだ 工場 で 働き 始めた ばかりの ころ 、同じ ライン に いた 先輩 社員 に 残業 明け の 駐車場 で 、とつぜん 抱きつかれた とき 以来 だった 。 決して 嫌い な 人 で は なかった 。 どちら か と 言えば 、好意 を 寄せて いた 先輩 だった 。 それなのに 光代 は 抵抗 して 逃げ出した 。 あまりに も とつぜん だった せい も ある 。 いや 、あまりに も 自分 が そう なる こと を 欲していた せい も ある 。 それ を 知ら れ る の が 怖かった 。
こんなに まっすぐに 自分 を 欲する 男 を 見た の は 、まだ 工場 で 働き 始めた ばかりの ころ 、同じ ライン に いた 先輩 社員 に 残業 明け の 駐車場 で 、とつぜん 抱きつかれた とき 以来 だった 。 決して 嫌い な 人 で は なかった 。 どちら か と 言えば 、好意 を 寄せて いた 先輩 だった 。 それなのに 光代 は 抵抗 して 逃げ出した 。 あまりに も とつぜん だった せい も ある 。 いや 、あまりに も 自分 が そう なる こと を 欲して いた せい も ある 。 それ を 知ら れ る の が 怖かった 。
抱かれたい と 思っている 自分 を 、まだ 認める こと が できなかった 。 あれ から もう 十 年 以上 が 経つ 。 この 十 年 、何度 も その とき の こと を 思い出す 。 あの 瞬間 に 自分 が 今 の 人生 を 選んで しまった ような 気 さえ する 。 あの 瞬間 、自分 が いつも 獰猛な 男 の 欲望 を どこ か で 求めている 女 に なってしまった ような 気 が する 。
「……行って も よか よ 、ホテル 」
光代 は 落ち着いた 声 で 言った 。 道 の 先 に 佐賀 大和 インター を 示す 標識 が 見えた 。
なぜ か 珠代 と 暮らす 部屋 が 浮かんだ 。 不自由 の ない 部屋 だった 。 居心地 の いい 部屋 だった 。 ただ その 部屋 に 「今日 は 帰り たく ない 」と 強く 思った 。
佐賀 大和 インター の 入口 を 過ぎた 車 は 、田園 地帯 を 蝶 結び する ような 高速 の 高架 を くぐり 、福岡 方面 へ と 向かって いた 。
よほど スピード を 出して いる の か 、窓 の 外 を 看板 が 、標識 が 、まるで 千切ら れる ように 背後 へ 飛んで いく 。
「この先 に ホテル が あるけん 」
ぼそり と 呟いた 祐一 の 声 に 、光代 は 改めて 、「ああ 、これ から セックス する んだ 」と 思った 。
休耕 中 の 畑 の 向こう に 、ラブ ホテル の 看板 が 見えた の は その とき だった 。 光代 は ハンドル を 握る 祐一 に 目 を 向けた 。 髭 は 濃く ない ようで 、顎 に 小さな ほくろ が あった 。
「いつも こんな 風 に すぐ ホテル に 誘う と ? 尋ね ながら 、光代 は その 答え が どう で も いい ような 気 が した 。 祐一 は 会って すぐに 、自分 を ホテル に 誘った 。 自分 は その 誘い を 受けた 。 それ 以外 に 確かな もの は なかった 。 それ 以外 、今 の 二人 に 必要な もの は ない ような 気 が した 。
「別に よか けど ……。 いつも こんな 風 に 誰 か を 誘っとって も 」と 光代 は 笑った 。 看板 に 隠れる ように ホテル へ 向かう 小道 が あった 。 スピード を 落とした 車 が ゆっくり と 小道 を 進んで いく 。 路肩 に 小さな 鉢植え が 並べて あった 。 ただ 、一つ も 花 を つけている 鉢 は ない 。
小道 は そのまま 半地下 の 駐車場 へ 通じて いた 。 インター の 入口 から ここ まで 一台 の 車 とも すれ違わなかった のに 、駐車場 は 満車 に 近かった 。
一 台 分 だけ 空いて いた 場所 に 車 を 停めた 。 祐一 が エンジン を 切った 瞬間 、お互い が 唾 を 呑み込む 音 まで 聞こえる ほど 静かに なった 。
「 けっこう 混 ん ど る ね ? 無理に 静寂 を 破る ように 光代 は 声 を 出した 。 「 土曜日 や もん ね 」 と 付け加える と 、 寸法 直し の 納期 を 間違えて 客 から 苦情 を 受けた 先週 の 土曜日 の こと が 思い出された 。
ここ まで 一方的に 来た くせに 、車 を 停めた とたん 祐一 が 動かなく なった 。 抜いた キー を 握った まま 、その 手 を じっと 見つめて いる 。
「部屋 、空い とれば いい けど ね 」
光代 は わざと 気 安い 口調 で 言った 。 その 言葉 に 祐一 が 俯いた まま 、「うん 」と 頷く 。
「でも ヘン な 感じ よ ねぇ 。 さっき 会った ばっかりで 、もう こんな 所 に おる と や もん ねぇ 」
光代 の 声 が 閉ざさ れた 車 内 に こもった 。 こんな こと 、なんでもない と 思えば 思う ほど 、自分 の 声 が 弱々しく なった 。 その とき だった 。 とつぜん 祐一 が 、「……ごめん 」と 小さく 呟いた の だ 。
「なんで 謝る と ? あまりに も とつぜんの 謝罪 に 、光代 は 一瞬 うろたえた 。 何 を 謝られて いる の か 分から ず 、頭 が 混乱 した 。 「謝る こと ない って 。 正直 、あまりに も いきなり 誘われて びっくり した けど 、女 だって ね 、そういう 気持ち に なる こと は ある と よ 。 そういう 気持ち に なる けん 、誰 か と 出会いたい って 思う こと だって ある と よ 」咄嗟に 出てきた 言葉 だった 。 言い ながら 、こんな 科白 を 口 に している 自分 が 、まるで 自分 じゃない ようだった 。 言い換えれば 、「女 だって セックス したい とき が ある 、セックス が したくて 、男 を 求める こと も ある 」と 、会った ばかりの 男 に 言って いる のだ 。 祐一 に 真っすぐに 見つめられた 。 その 目 が 何 か 言い た そうだった 。 自分 の 顔 が 赤く なって いる の が 分かった 。 職場 の 人 たち みんな に 盗み聞き されて いる ようだった 。 今 の 職場 の 人 だけ でなく 、工場 時代 の 同僚 たち や 、高校 時代 の 同級生 たち に も 聞かれ 、みんな から 笑われて いる ようだった 。
「と 、とにかく 行って みよう よ 。 もしかしたら 満室 かも しれん し 」
二 人きり の 車内 から 逃げ出す ように 光代 は ドア を 開けた 。 開けた とたん 、底冷え する 駐車場 の 冷気 が 流れ込んだ 。