世界 から 猫 が 消えた なら :世界 から 時計 が 消えた なら :1
世界 から 時計 が 消えた なら
不思議な こと 、という の は なぜ だか 連鎖する 。
鍵 を なくした か と 思ったら 財布 も 落としてしまう ように 、高校 野球 の ヒット が 奇跡的に 連続する ように 、トキワ 荘 に 天才 漫画家 たち が 続々 と 集まってきた ように 。
そして 僕 は 末期 ガン に なり 、悪魔 が 現れ 、この 世界 から 電話 と 映画 が 消え ……ついに 愛 猫 が しゃべりだした 。
「 いつまで 寝て いる で 、 ご ざる か 」
これ は 夢 だ 。
「 はやく 起きる で 、 ご ざる よ 」
夢 に 違いない 。
「もう いいかげん 起きる で ござる よ !
いや 、でも 夢 で は ない 。
しゃべっている の は 紛れもなく キャベツ である 。 しかも なぜ だ か 時代 劇 風 の 口調 で ご ざる 。 いやいや 伝染っている 場合 で は ない ! これ は いったい どういう こと な の か ?
「どういう こと な の か って 混乱してる でしょ 」
アロハ が にやにや しながら 現れた 。
今日 は スカイブルー の アロハシャツ だ 。 また 着替えて やがる 。 ぐるぐる 巻かれた 七色 の 大きな 棒 付き アメ や 、カラフルな インコ が あしらわれた 絵柄 の 派手な シャツ 。 目 が チカチカ する 。 寝起き で 見る に は 、ずいぶん と 目 に 優しくない 配色 だ 。 僕 は いらいら し ながら アロハ に 叫ぶ 。
「そら する でしょ !
朝 起きたら 猫 が 『ニャー 』じゃなくて 『ご ざる 』な んだ から ! 「うまい こと いいます ねえ 。
いや ね 、これ アタシ から の ささやかな サービス です 」
「サービス ?
「です 。
電話 が なくなって 、大好きな 映画 も 消して しまって 、きっと あなた 寂しい だろう なあ と 思って 。 話し 相手 とか 、趣味 とか なくなっちゃった わけで 。 だから ね 、ちょっと 猫 、しゃべらせて みたり して 。 いちおう アタシ 、魔法 使える んです 。 なんて った って 悪魔 だ から 」
「いや 、急に 猫 に しゃべられて も 困る んで 、戻して もらえない ですかね ?
「ほ 、ほう …… 」
アロハ が 急に 沈黙して しまった 。
意外な 返し だった のだろう か 。
「えっと ……なんか まずい こと でも 言いました か ね ……」
アロハ は 引き続き 沈黙 中 。
「もしかして ……戻せない とか ?
「い 、いや まあ 、戻る んです 。
いつか は 戻る ん すよ ! ほんとに 。 でも ちょっと その タイミング は 神 の みぞ 知る と いう か ……アタシ に は 分からないっす 。 だって ねえ アタシ は 神 じゃなくて ……悪魔 だ から 」
頭 かち 割った ろか !
と 思った が 、言葉 を 呑みこみ 布団 に もぐりこんだ 。 とにかく 起き たく なんか ない 。 映画 が 消えて 、猫 が しゃべる 世界 なんか に 戻り たく なかった 。
すると キャベツ が 僕 の 顔 の 上 を 歩き ながら 本格的に 起こし に かかる (いつ だって 寝起き の 悪い 僕 を キャベツ は こう やって 起こす のだ )。
猫 の語源 は 〝 寝 子 〟 だ と 聞いた こと が ある 。 けれども 、この 説 は きっと 嘘 だ 。 この 四年間 、キャベツ の 早起き に は いつも 困らされてきた のだ 。
「いいかげん 起きない と 怒る で ご ざる よ !
ふぎゃー と 猫 らしい うなり 声 を あげながら 、キャベツ が まくしたてる 。
「ああ もう ダメ だ !
僕 は 現実 を 受け入れる こと に し 、が ばっと ベッド から 身 を 起こした 。
「ところで 覚えて ます ?
すると 僕 の 顔 を 覗き込み ながら アロハ が 尋ねる 。
「え 、なんで した っけ ?
「いや だ なあ 、今日 消した もの です よ 」
うーん 。
思い出せない 。 何 を 消した のだろう か 。 とりあえず 身の回り の もの に は 変化 が ない ような 気 が する のだ が 。
「すみません ……なんで した っけ 」
「いや だ なあ 、もう 。
時計 っす よ 、時計 」
「時計 ?
「そう 。
あなた は 今日 、時計 を 消した んです 」
そう だった 。
僕 は 時計 を 消した のだ 。
世界 から 時計 が 消えた なら 。
この 世界 は どう 変わる のだろう か 。
僕 は 考えて みた 。
真っ先 に 浮かんだ の は 父 の 後ろ姿 だ 。
父 は 小さな 時計店 を 営んで いた 。
かつて 僕 が 住んで いた 自宅 の 一階 は 時計店 に なって おり 、いつも 僕 が 下りて いく と 、父 は その 小さな 背中 を 丸め 、暗がり の 中 で スタンド ライト を つけ ながら 時計 を 修理していた 。
父 と は もう 四年 も 会って いない 。
だが きっと 、今 も あの 小さな 町 の 片隅 に ある 、小さな 時計店 で 時計 を 修理 し続けている はずだ 。
もし 世界 から 時計 が 消えてしまったら 、もう 時計店 は 必要とされなくなる 。
あの 小さな 店 も 、父 の 仕事 も 。 そう 思う と 自分 が してしまった こと に 少し 胸 が 痛んだ 。
しかし 、本当に 世界 から 時計 が 消えてしまった の か 。
にわかに は 信じられなかった 。 あたり を 見回す 。 確かに 腕 に つけていた はず の 時計 が なくなっている 。 部屋 に あった 小さな 目覚まし時計 も 見当たらない 。 また 電話 の とき の ように 、僕 の 意識 から 外れて いる だけ な の かもしれない が 、とにかく この 世界 から 時計 は 消えてしまった ようだ 。
時計 が ない 空間 に 放り込まれる と 、すっかり 時間 の 感覚 が なくなってしまった こと に 気付く 。
体感的に 、今 が 朝 である こと は 分かる 。 いくぶん 寝すぎた 感じ なので 、おそらく 十一時 ぐらい だ と 推測される 。 だが テレビ を つけて も 時間 の 表示 は されない し 、携帯電話 は もう 消えてしまった 。 本当に 今 が 何時 だ か 分からない 。
しかし 、この 実感 の なさ と いう の は いったい 何 なのだろうか 。
今まで 消して きた もの と は まったく 違う 。 父 に 対する 多少 の 後ろめたさ 以外 に は 、なんの 痛み も 苦悩 も ない 。 ただ 、そう は いって も いろいろ と 影響 は ある はずだ 。 世の中 は 時間 で 動いて いる わけだ から 。 僕 は 想像 の 範囲 を 少し 広げて みる 。
おそらく 学校 や 会社 、交通機関 や 株式市場 など は 大混乱 に なって いる のだろう 。
でも 何 だろう か 。
この 個人 レベル で の 影響 の なさ は 。 どうやら 、ひとり (+猫 )で 生きて いくぶん に は 、時計 も 、それ に 付随する 時間 も 、まったく 関係ない ようだ 。
「そもそも 何で 時計 とか って ある ん でしょう ね ?
僕 は アロハ に 尋ねる 。
「いい 質問 です 。
でも ね 、そもそも 時計 という 以前 に 時間 という もの が 人間 に しか 存在しない んです よ 」
「ん ?
どういう 意味 です か ? 全然 分からない んです けど ……」
僕 が 戸惑って いる と 、アロハ は 続ける 。
「だから 時間 なんて いう もの は 、人間 が 自分勝手に 決めた ルール だって いう こと なんです よ 。
太陽 が 昇って 沈む 、と いう サイクル は 自然 現象 として 確かに 存在する のです が 、そこ に 六時 、十二時 、二十四時 など という 『時間 』を つけて 呼んでいる のは 、人間 だけ なんです 」
「その 通り です ね …… 」
「だから ね 、みなさん 人間 は 世界 を あるがまま に 見ている と 勘違い している んです が 、実際 は 自分たち の 都合 の よい 定義 に あてはめて 見ている だけ なんすよ 。
なんで 今回 は ちょっと ノリ を 変えて 、『時間 』と いう 人間 たち の 勝手な 決まり事 が 消えた 世界 を 体験 して もらおう と 思って ね 」
「思って ねって そんな 軽く ……」
「じゃあ そんな わけ で 、良い 一日 を !
まあ でも 、一日 とか そういう やつ も 、もう ない んだ けど ! 無責任な 言葉 を 残し アロハ は 姿 を 消した 。
百年 の 出来事 でも 、歴史 の 本 に まとめて しまう と 十 ページ に おさまって しまう 。
下手 したら 一行 なんて いう こと も ある 。
自分 が 余命 いくばく も ない と 分かった とき 、いま この 僕 が 過ごしている 一時間 は 、たったの 六十分 で はなく 、三千六百秒 である と 考えよう と 思った 。
しかし 、時計 が 消えた 今 、もはや そんな 考え方 自体 が どうでも よく なって しまった 。
正直 、「今日 」という 日 の 曜日 感覚 も 怪しい 。
でも 水曜日 の 次 は 木曜日 だ 。 朝 が 来た から 今日 が 木曜日 だ と 思う こと にする 。 まあ その 曜日 だって 人間 が 勝手に 定義した もの にすぎない のだ けれど 。
とりあえず やる こと も ない ので 、僕 は 時間 を つぶそう と 思う 。
でも 、つぶす 時間 が ない 。 時間 を 無駄に し ように も 、無駄に なる 時間 が ない 。 とにかく 拠りどころ が ない のだ 。
起きて から 何分 ぐらい が 経った のだろうか 。
いつも の 癖 で ベッド 脇 の 目覚まし時計 に 目 を やる が 、そこ に 時計 は ない 。 時計 が ない 世界 。 そこ で は 見えない 時 の 流れ に 自分 が 無制限に ずるずると 流されて 、どんどん 自分 が 過去 の もの に なっていく ような 感覚 に 陥る 。
よく 考えて みる と 、時間 という 決まり事 を もって 人間 は 寝て 、起きて 、働いて 、食べて いる 。
つまり 時計 に 合わせて 生きて いる 。 人間 は わざわざ 自分 たち を 制限する 時間 、そして 年月 、曜日 という 決まり事 を 発明した 。 さらに 、その 時間 という 決まり事 を 確認する ために 、時計 を 発明した 。
決まり 事 が ある 、という こと は 同時に 不自由さ を 伴う という こと を 意味する 。
だが 人間 は 、その 不自由さ を 壁 に 掛け 、部屋 に 置き 、それ だけ で は 飽き足らず 、行動する すべて の 場所 に 配置している 。 挙句 の 果て に は 自分 の 腕 に まで 時間 を 巻きつけて おこう と する 。
でも 、その 意味 が 今 は よく 分かる 。
自由 は 、不安 を 伴う 。
人間 は 、不自由さ と 引き換え に 決まり 事 が ある と いう 安心感 を 得た のだ 。
そんな こと を 考えて いる と 、キャベツ が すりすり と 寄って くる 。
キャベツ が すり寄って くる とき は 決まって 何か の おねだり だ 。
「どうした キャベツ 、お腹 が 空いた んだろ ?
だいたい 朝 の すりすり は ハラペコ の 合図 な のだ 。
「違う で ござる よ 」
「え ?
まさか の 猫 の 口ごたえ 。
キャベツ は 深い ため息 を つき ながら 続ける 。
「お 代官 様 は 、いっつも 勘違い 」
「お 代官 様 ?
どうやら 僕 の こと らしい 。
どこまでも 時代劇 な 奴 だ 。
「散歩 に 行きたい のに ごはん 、ごはん が 食べたい のに 昼寝 、昼寝 が したい のに 遊び 。
いっつ も ちょっと ずつ ずれてる の で ご ざる 」
「え 、そう だった の ?
我が 愛猫 は 深く うなずき ながら 続ける 。
「そう で が す 。
いつも 猫 の 気持ち が 分かってる 風情 で いらっしゃる が 、だいたい 間違って いる ので ござる よ 。 別に さみしくない のに 、さみしい の か ー とか 猫なで声 で 来られて も 困る で ご ざる ! まあ 、お 代官 様 に 限ら ず ほとんど の 人間 と いう の は そんな もん で ご ざる が 」
ショック だった 。
キャベツ と の 四年間 の ふたり 暮らし を 経て 、僕ら は 分かり 合えて いる はず だった のに 。 言葉 が 分かる って 残酷 だ 。
「申し訳なかった ね 、キャベツ 。
それで 本当 は 何 が したい んだい ? 「散歩 に 行きたい で ござる 」
キャベツ は 小さな 頃 から 散歩 が 大好きだった 。
「なんか 犬 みたい な 猫 ね 、キャベツ は 」と 母さん が 笑い ながら よく キャベツ を 連れて 散歩 に 出かけて いた こと を 思い出す 。
準備 する から ちょっと 待って て 、と キャベツ に 告げ 、僕 は トイレ に 入る 。
中 で 用 を 足して いる と 、がちゃがちゃ と ドア の レバー を いじり キャベツ が 入って くる 。
「ねえ 散歩 …… 」
分かった から !
と キャベツ を 外 に 出し 、急いで 用 を 足し 、洗面所 で 顔 を 洗う 。 僕 が バシャバシャ と 顔 を 洗って いる と 、背後 から 視線 を 感じた 。 なんだ この 圧迫感 は 。
振り返る と キャベツ が 柱 の 陰 から こちら を 覗いている 。
「ねえ ねえ 散歩 …… 」
「キャベツ 、ちょっと 待って て くれよ 」
本来 なら 「みゃあ 」で 済む ところ が 「言葉 」に なる と 一大事 だ 。
僕 は 急いで 服 を 脱ぎ シャワー を 浴びる 。
シャンプー を 手 に 取り 、ワシャワシャ と 泡だてて 洗髪 する 。 シャンプー 中 に 目 を 閉じている と 背後 に 化け物 が ! という の は ホラー の 常套 だが 、同じ ような 寒気 を 背すじ に 感じる 。 なんだ この 寒気 は ! 僕 は 泡 が 目 に 入って こない よう 、うっすら 目 を 開く 。 すると 半開き に なった シャワールーム の 扉 から キャベツ が 覗き込み ながら 囁いている 。
「散歩 …… 」
お前 は ストーカー か !
と 叫びたい 気持ち を 抑え 扉 を バタン と 閉め 髪 を 洗い流す 。 朝食 を バナナ と 牛乳 だけ で 済ませ 、バタバタ と 着替える 。
「ドア を 開けて 欲しい で ござる 。
外 に 出たい で ござる 」
キャベツ が 玄関 の ドア を カリカリ と 爪 で ひっかく 。
準備 も そこそこ に 僕 は キャベツ と 散歩 に 出かける こと にした 。