世界 から 猫 が 消えた なら : 世界 から 映画 が 消えた なら :3
「どう 、選べた ?
」映画館 に たどりついた 僕 を 迎え ながら 、彼女 は 尋ねた 。 なるほど ね 。
なかなか いい チョイス じゃ ない 」そう 言い ながら 彼女 は DVDのパッケージを開ける。 そして 言葉 を 失った 。
そこ に は ディスク が 入って いなかった 。
空 の パッケージ だった のだ 。
あの レンタル ビデオ 屋 は 、 DVD の パッケージ ごと そのまま 貸す 古い システム な ので 、たまに こういう ミス が あった 。
しかし まさか の この タイミング で !
ツタヤ 、痛恨 の ミス だ よ 。
ツタヤ 。
でも そう だ 。
『フォレスト ・ガンプ 』でも 言って いた な 。
「人生 は チョコレート 箱 の ようだ 。
開けて みない と 分からない 」 と 。
本当に 開けて みない と 分からない 。
こんな もの だ 、僕 の 人生 は 。
寄って みれば 悲劇 だ けれども 、引いて みれば 喜劇 なのだ 。
「どう する の ?
いくつか フィルム も ある けれど ……」僕 は しばらく 考え込み 、そして ある 結論 を 出した 。 いや 、もう 結論 は ずいぶん 前 に 出ていた の かもしれない 。
人生 の 最後 に どの 映画 を 観る の か 。
たどりついた 答え は 、とても 簡単な こと だった 。
僕 は 劇場 に 入り 座る 。
学生 時代 から の 定位置 だ 。
「 はじめる よ ー 」 映写 室 から 彼女 の 声 が 聞こえ 、 上映 が 始まる 。 スクリーン に 光 が 投射 される 。
だが そこ に は 空白 が ある 。
ただ 白い 長方形 の 光 が 、スクリーン を 照らしている 。
僕 は 、何も 選ばなかった 。
映写室 から 、客席 と スクリーン を 写して いる 。
一本 の 映画 を 記録 した 写真 だ と いう 。 映画 が はじまる の と 同時に シャッター を 開き 、映画 終了 と ともに シャッター を 下ろす 。 二時間 分 すべて の シーン の 光 を 吸収 した スクリーン は 真っ白い 長方形 として 写真 に 記録 される 。
僕 の 人生 も そう な の かもしれない 。
一本 の 映画 に は 、悲劇 で 喜劇 な 僕 の 人生 が 映し出されている 。
でも それ を 一枚 の 写真 に おさめる の ならば 、そこ に 残る の は 真っ白な スクリーン な のだ 。 様々な 喜怒哀楽 を 通り抜け 、僕 の 人生 は 真っ白な 映画 として 記録 される 。 そこ に は 何も ない 。 ただ 潔い ほど の 空白 が そこ に ある だけ だ 。
映画 を 久しぶりに 観る と 、以前 と まったく 違う 印象 に なる こと が ある 。
つまり その とき に 、自分 が 変わった と いう こと に 気付かされる 。
自分 の 人生 が 映画 な のだ と したら 、きっと その ときどき で 自分 の 人生 へ の 見方 は 変わる 。
大嫌い だった あの シーン が 愛おしく なって いたり 、あれ だけ 悲しかった シーン で 笑って しまったり 、大好きだった ヒロイン の こと を 、いつの間にか 忘れて いたり 。
僕 が いま 思い出す の は 、母さん と 父 と の 良い 思い出 ばかり だ 。
『E.T.』を 観た の だ 。
映画館 の 中 は 真っ暗 で 、音 が 大きくて 、ポップコーン の 匂い が 充満 して いた 。
右 に 父 が 座り 、左 に 母さん が 座った 。
僕 は 暗い 映画館 の なか で 両親 に 挟まれ 、逃げ出したい けれども 逃げ出せない 状態 で おびえ ながら スクリーン を 見つめて いた 。
だから 映画 の 内容 は ほとんど 覚えて いない 。
ただ ひとつ だけ 、 E.T. を 乗せた 少年 エリオット の 自転車 が 空 を 飛ぶ シーン だけ は 強烈に 覚えて いる 。
あの とき の 、叫び たく なる ような 、泣き たく なる ような 、とにかく これ が 映画 な のだ と 、圧倒的な 感動 に 打ちのめされた こと を いま でも 思い出す 。
あの とき 僕 は 父 の 手 を 強く 握り 、父 も 僕 の 手 を 強く 握り返して くれた 。
数年前 、デジタルリマスター した 『 E.T. 』が 深夜 に テレビ で 放送されていた 。
CM を 挟み ながら 映画 を 観る のは 苦手 な ので 消そう と 思った が 、観始める と やはり 面白く 、ぐいぐい と 引きこまれ 観入って しまった 。
あれ から 二十五 年 が 経過 して いた 。
だが 、僕 は また 同じ シーン で あふれる 涙 を 止める こと が できなかった 。
三歳 の とき と 同じ ように 感動 した わけ で は ない 。
そして 僕 の 右 に 座って いた 父 と は もう 何 年 も 話して おらず 、会って も いない 。
左 に 座って いた 母さん は もう この 世界 に は いない 。 僕 は 空 を 飛べない こと を 知って いて 、そして あの とき の あの 時間 が 二度と 戻って こない こと を 知っている 。
大人 に なって 得た もの と 失った もの 。
もう 二度と 取り戻せない 、感動 や 感情 。
その こと を 思う と 、なぜ だ か 無性に 悲しくて 涙 が 止まらなかった のだ 。
映画館 の なか で ひとり きり で 、真っ白い スクリーン を 見上げ ながら 僕 は 考える 。
少なくとも ラブロマンス で は ない だろう 。
チャップリン は 晩年 に 言った 。
だが 人 を 笑わせた 。
悪く ない だろ 」フェリーニ も 言った 。 笑顔 の 父 と 母 。
集まって くる 親戚 。 代わる代わる 僕 を 抱き 、手 を 握り 顔 を 触る 。 そこ から 寝がえり を うち 、はいはい を して 、ようやく 立ち上がり 、よちよち と 歩き 始める 。 その 姿 に 父 と 母 は 一喜一憂 し ながら 、服 を 買い 、食べ物 を 与え 、精一杯 遊ぶ 。
なんて こと は ない 平凡な 人生 の スタート 。
でも これ 以上 ない 幸せな オープニング だ 。
怒り 、泣き 、笑い 、少しずつ 大きく なって いく 僕 。
しだいに 父 と 会話 を しなく なる 。
あれ だけ 共に 時間 を 過ごした のに 、なぜ だろう か 。 理由 は 特に 見当たら ない 。
ある 日 、家 に やってきた 猫 。
名前 は レタス 。
母 と 僕 と レタス の 幸せな 時間 。 だが レタス は 死に 、母 も 死んだ 。 映画 の もっとも 悲劇的な シーン である 。
残された キャベツ と 僕 。
ふたり で 生きて いく こと に 決めた 。
その 場所 に 父 は いない 。 僕 は 郵便配達 の 仕事 を 始め 、平凡な 毎日 が 続く 。
退屈 だ 。
すべて が 凡庸 な シーン と 、軽薄な セリフ の 積み重ね だ 。
なんて 安い 映画 な のだろう 。 しかも 、この 映画 の 主人公 (僕 !) は 、自分 の 生きる 意味 や 価値 に 向き合わない 、無気力 で 面白み の ない 男 だ 。
そのまま 書いて も 話 に ならない 。
だから 、脚本 は なるべく 端的に 、かつ 劇的に 脚色 して しまおう 。
セット は 地味 で も いい から 、せめて 味 の ある もの に しよう 。 小道具 は 充実 させて 、衣装 は 白 と 黒 で 結構 。
編集 は どう だ 。
退屈な シーン ばかり だ から どんどん 編集 する しか ない 。
でも そうして いく と 五分 くらい の 映画 に なって しまい そうだ 。 まずい 。 なるべく 通し で 見て みよう 。 見 たく ない シーン ばかり が やたら と 長い 。 逆に もう 少し 見たい と 思った シーン は 、いい ところ で カット が かかって しまう 。 そんな 人生 だ 。
どんな 音楽 が かかる の か 。
ピアノ の 流麗な メロディー か 、壮大な オーケストラ か 。
いや 軽快な ギター の 伴奏 かもしれない 。 いずれにせよ 是非 これ だけ は お 願い したい 。 悲しい シーン に こそ 明るい 音楽 を !
そして 映画 が 出来上がる 。
小さくて 地味で 、きっと ヒット なんか しない 映画 で 、ひっそり と 公開され ひっそり と 終わる 映画 だろう 。
やがて は レンタル ビデオ 屋 の 片隅 で 色あせて いく 映画 な の かもしれない 。
ラスト シーン が 終わる 。
画面 が 暗転 する 。
エンド ロール が はじまる 。
もし 自分 の 人生 が 映画 な のだ と したら 。
僕 は エンド ロール の あと も 、その 人 の なか に 残る 映画 でありたい 。
たとえ 小さく 地味な 映画 だ としても 、その 映画 に 人生 を 救われ 、励まされた 人 が いて 欲しい 。
エンド ロール の あと も 人生 は 続いて いく のだ 。
誰 か の 記憶 の 中 で 僕 の 人生 が 続いて いく こと を 、心から 願った 。
二時間 の 上映 が 終わった 。
映画館 を 出た ところ で 、彼女 は 僕 に 尋ねた 。 「ごめん 、分からない よ 」僕 は 分からなかった 。 自分 が 死ぬ こと が 悲しい の か 、それとも 世界 から 大切な もの が 消えて いく こと が 悲しい の か 。
自分 でも よく 分からなかった 。
「もし 、本当に 辛くて 苦しくて 、どう しようもない とき は 、いつでも 来て いい から 」彼女 は 言った 。 彼女 が 背後 から 声 を かける 。 「 また ?」 「ほんとに 最後 だ から !」 そう 叫んだ 彼女 は 泣いて いた 。 なぜ だ か 分かる ?
」その 質問 の 答え 。 それ だけ は よく 覚えて いた 。
ブエノスアイレス から の 帰り の 飛行機 で 、僕 が ずっと 願って いた こと 。
彼女 と 別れた 後 も 、しばらく の あいだ ずっと 願って いた こと 。
「分かる よ 」「じゃあ 教えて 」「……ひょっとしたら 今度 は ハッピーエンド に なる かもしれない と 思う から 」「正解 ! 」そう 言う と 、彼女 は 乱暴 に 袖 で 涙 を 拭い 「フォース と 共に あらん ことを ! 」と 、大きく 手 を 振った 。
ブンブン と 音 が 聞こえ そうな ほど 、元気に 、大きく 手 を 振った 。
「アイル ・ビー ・バック !
」僕 は ぐっと 涙 を 堪え ながら 応えた 。 そして ウィンク (と いっても やはり 両目 を つぶっている の だが )を して 、映画 を 消した 。
アロハ が 映画 を 消す その とき に 、僕 は 母さん の こと を 思い出して いた 。
いや 、母さん という より は 、母さん が 好きだった イタリア 映画 の こと を 。
『道 』という 古い イタリア 映画 だ 。
ザンパノ は ジェルソミーナ の こと を 大切に 想い ながら も 、うまく 接する こと が できず 、ひどい 仕打ち を 続ける 。
それ でも ジェルソミーナ は 献身的に ザンパノ に 尽くす のだが 、ザンパノ は 体 が 弱って しまった ジェルソミーナ を 捨てて しまう 。
数年 後 、海辺 の 街 に たどりついた ザンパノ は 、そこ で かつて ジェルソミーナ が 歌っていた メロディー を 口ずさむ 女 に 出会う 。
そこ で 彼 は ジェルソミーナ が 死んだ こと を 知る 。
ジェルソミーナ は 死んだ 。 でも 彼女 の 歌 が 残った 。 ザンパノ は 彼女 の 歌 を 聴く こと で 、彼女 を 愛して いた こと に 気付く 。 そして 海辺 で 彼 は 泣く 。 泣いて も 彼女 は 戻ら ない 。 彼女 の こと を 愛して いた 。 なのに 大切に する こと が できなかった 。 「ほとんど の 大切な こと は 、失われた 後 に 気付く もの よ 」母さん は その 映画 を 観ながら よく 言っていた 。 いま の 僕 が そう だ 。
いま 僕 は 映画 を 失う こと が 心底 悲しく 、心底 切ない のだ 。
なんて 自分勝手 な の だろう と 思う 。
失う と 気付いた とき に 、無数の 映画 たち が いかに 自分 を 支え 、自分 を 形作っている か という こと に 気付いた のだ 。 それ でも 僕 は 自分 の 命 が 惜しかった 。
そして 陽気な 悪魔 は 、続けて 次に 消す もの を 告げた 。