世界 から 猫 が 消えた なら :世界 から 映画 が 消えた なら :2
困り果てた 僕 は 、近所 に ある 老舗 の レンタル ビデオ 屋 (ちなみに TSUTAYA で は ない )で 働く 、中学 から の 親友 (映画 事典 みたいな 男 な ので あだ名 を ツタヤ と いう )を 訪ねる こと に した 。
そして 残り の 半分 は 映画 を 観ている 。
つまり は 眠って いる 時間 以外 は すべて 映画 に 捧げて いる 。 100% 全身 映画 オタク だ 。
ツタヤ と 僕 は 中学 一年生 の 春 に 出会った 。
同じ クラス だった 。
入学 して から 二週間 が 経って も 、授業中 も 休み時間 も 誰 とも 話さず 、誰 とも 目 を 合わさず 教室 の 片隅 で 過ごしていた ツタヤ に 僕 が 無理やり 話しかけて 仲良く なった のだ 。
でも 人 は 、自分 と まったく 違う タイプ の 人間 に どうしようもなく 惹かれて しまう 瞬間 が 人生 の なか で 三度 ほど ある (と 僕 は 信じている )。
それ が 女 の とき は 恋人 に なり 、男 の とき は 親友 に なる 。
僕 は ツタヤ に どうしようもなく 惹かれて しまった のだ と 思う 。
気付いたら 僕 は 彼 に 声 を かけ 、 いつの間にか 親友 に なって いた 。
ただ 、仲良く なって も ツタヤ は ろくに 話して くれない し 、目を 合わせて くれた こと は 二、三度しかなかった。
それでも 、僕 は 彼 の こと が 好きだった 。
普段 は ほとんど 話さない 彼 が 、映画 の こと を 話し始める と 突然 流暢に なり 、目が きらきらと 輝き始める のだ 。 どんな 形 であろうと 、人 が 純粋に 愛すべき もの を 語る とき 、そこ に は 感動 が 生まれる のだ と 、その とき 僕 は 知った 。
中学 時代 に 僕 は 、ツタヤ から いろいろな 映画 を 教わり 、かたっぱしから 観て いった 。
究極的に は 「いい もの は 、いい のだ 」。
その こと に 時代 や 国籍 は 関係ない 。
いくつ か の 偶然 が 作用 して 、僕ら は 高校 でも クラスメイト と なった 。
果たして 僕 は 六年間 に わたる ツタヤ の 映画 博愛 教育 に より 、いまでは そこそこ マニア と いう か オタク の 領域 まで 到達 した か と は 思っている 。
だが 、ツタヤ を 見ている と 世の中 に おいて オタク とか 呼ばれている 連中 (自分 を 含む )が いかに 偽物 な の か が よく 分かる 。 ちょっと かじった ぐらい で 、すぐに オタク の 認定書 を 世間 から もらえる オタク 養殖 時代 に おいて 、ツタヤ みたいな 奴 こそ が 本物 であり 天然 もの の オタク だ と いえる 。 まあ だから と いって 僕 が 彼 みたいな 人間 に なりたい わけで は ない のだ けれど 。 ごめん ね ツタヤ 。
歩いて 八分 。
レンタル ビデオ 屋 に 到着した 。
やはり ツタヤ は 今日 も カウンター の 中 に いた 。
あまりに そこ が 定位置 すぎる の か 、その 姿 は 寺 に 鎮座 する 仏像 の ように 見える 。
その 姿 を 外 から 見ている と 、店 の 中 に ツタヤ が いる と いう より も 、ツタヤ の まわり を 店 と 無数 の DVD が 取り囲んでいる ように 見える 。
「ツタヤ !」
僕 は 自動 ドア から 入る なり 、彼 を 呼ぶ 。 「どど 、どうした の 」
仏像 ……で は なく ツタヤ は 相変わらず 目 を 合わせない 。
もう 大人 な のに 。
「いきなり だ けれど 、時間 が ない から 言う な 」
「ど ど 、どうした の ?」
「僕 、末期 ガン で 死ぬ んだ 」
「え ?」
「明日 死ぬ かもしれない 」
「ええ ? 」
「だから 最後 に どの 映画 を 観る か 、いま すぐ 決め なきゃ いけない んだ よ 」
「ええ え ? 」
「だから ツタヤ よ 、頼む 。
人生 の 最後 の 一本 を 一緒に 考えて くれない か ?」
そんな 重要な 役割 を いきなり 任されて も 困る 、と いう ツタヤ の 表情 。
すまない ツタヤ 。
「ほ 、ほんとう な の ?」
「ああ ……残念 だ けれど 」
ツタヤ は 目 を つぶる 。
その 姿 は 悲しみ を 堪えて いる ように も 、考えこんで いる ように も 見えた 。
そして ツタヤ は 大きく 息 を 吐き出し ながら 目 を 開ける と 、すっと カウンター から 出て 、迷路 の ような 棚 の 間 を するする と 歩いて いく 。
昔 から そう だった 。
ツタヤ は 何 か 人 を 助ける とき に は 、そこ に まるで 理由 など 存在 しない か の ように 、あっさり と それ を やり遂げる のだ 。
僕ら は ふたり で DVDやブルーレイ が 並べられた 棚 を 眺める 。
これ が 最後 だ と 思って 映画 たち を 見ている と 、その セリフ や シーン が 次 から 次 へ と よみがえってくる 。
「人生 で 起こる こと は 、すべて ショー の なか でも 起こる 」
『バンド ・ワゴン 』で ジャック ・ブキャナン は 歌って いた 。
ない ない 。
起こり えない ! 事実 は 映画 より も 奇 な のだ !
ツタヤ は 洋画 の 棚 を うろうろ する 。
僕 も その後 を 追い うろうろ する 。
「大いなる 力 に は 、大いなる 責任 が 伴う 」
『スパイダーマン 』で 蜘蛛 男 の 力 を 得た ピーター ・パーカー は 宣告 される 。
自分 の 命 を 得る ため に 、世界 から 何か を 消す わけだ 。
そこ に は 大いなる 責任 と リスク と ストレス と ジレンマ が 漏れなく ついてくる 。 悪魔 と 契約 を 交わした 僕 は 、さながら アメリカン ・コミック ・ヒーロー な 状況 に 置かれて いる という こと だろう 。
どう したら いい のだ 、と 混乱 する 僕 を 映画 たち が 応援 して くれている ような 気 が する 。
ジェダイ の 騎士 たち よ 。
「アイル ・ビー ・バック 」
ターミネーター 、僕 も 戻って きたい よ 。
なんだ よ ディカプリオ 。
お前 は なんにも 分かっちゃいない 。
「ライフ ・イズ ・ビューティフル !」
そんな もん 嘘っぱち だ !
「か 、感じろ !」
思いっきり ネガティブな 妄想 の 世界 に 入り込んで いた 僕 に 向かって 、突然 ツタヤ が 叫んだ のだ 。
その 手 に は 『燃え よ ドラゴン 』の パッケージ 。
「か か 、考える な ! 感じろ !」
ツタヤ は 繰り返す 。
「確かに ブルース ・リー は 最高 だ けれども 、人生 の 最後に 観る に は 、ちょっと なにか な 、まあ 違う よ ね 」
僕 は 笑い ながら 返す 。
読み 終わる 前 に 死ぬ と 困る から 」
『恋人 たち の 予感 』で ビリー ・クリスタル は 言って いた 。
未来 な のに 後悔 と いう 言葉 は おかしい の かも しれない が 、 もし 自分 が 生きて いたら と 思わず に は いられない こと だらけ だ 。
不思議な もの だ 。 その どれ も が 、いま 自分 が 消そう と して いる 映画 の ように 「あってもなくてもよいもの 」ばかり なのだ 。
そして ツタヤ と 僕 が 最後に たどりついた の は 、 チャップリン 映画 の 棚 だった 。
今朝 見た チャップリン の 夢 を 思い出す 。
「 ラ 、 ライムライト だ ね 」
ツタヤ は 答える 。
「くらげ に だって 生きて いる 意味 が ある 」
そう 。
くらげ に だって 意味 が ある 。
だ としたら 映画 にも 、音楽 にも 、コーヒー にも 、なん にだって 存在 する 意味 が ある のかもしれない 。 「あって も なくても よい もの 」こそ が この 世界 に とって 重要な もの だ とさえ 思えてくる 。 無数 の 「あって も なくても よい もの 」が 集まり 、その 外形 を 人型 に かたどって 「人間 」と いう もの が 存在している 。 例えば 僕 にとって は 、僕 が 観てきた 無数の 映画 と 、その 映画 に 結びついている 思い出たち が かたどっている 姿 こそ が 、僕 そのもの なのだ 。
生きる こと 、泣く こと 、叫ぶ こと 、恋する こと 、バカバカしい こと 、悲しい こと 、嬉しい こと 、恐ろしい こと 、笑える こと 。
美しい 歌 、涙 が 出る ような 景色 、吐き気 、歌う 人たち 、空 を 飛ぶ ジェット機 、駆ける 馬 、美味しそうな パンケーキ 、漆黒の 宇宙 、銃 を 撃つ カウボーイ 。
ともに その 映画 を 観た 、恋人 や 友達 や 家族 と の 思い出 を 内包 して 、僕 の なか に 住みついている 映画 たち 。
僕 を 形 作って きた 無数 の 映画 の 記憶 。
その どれ も が 美しく 、涙 が 出 そうに なる 。
数珠 の ように 映画 は つながって いく 。
人間 の 希望 や 絶望 を つなぎ 、紡いで いく のだ 。
やがて 無数の 偶然 が 折り重なって 、ひとつ の 必然 と なる 。
「 じゃ 、 じゃあ これ で いい ね 」
ツタヤ は 僕 に 『ライムライト 』の パッケージ を 手渡す 。
気付く と ツタヤ は うつむき ながら 泣いて いた 。
まるで 小学生 の ように ポロポロ と 涙 を こぼし ながら 。
その 姿 を 見たら 、なぜ だ か 急に 、窓際 で 寂しそうに 座っている ツタヤ の 姿 を 思い出して しまった 。
あの とき ひとり で 窓 の 外 を 見ている ツタヤ に 、僕 は とても 救われた 気 が した んだ 。
誰 とも 交わらず 、焦らず 、ただ ゆっくり と 、ひとり で 大切な もの だけ を 見つめよう と している 。 その 姿 に 僕 は 救われた 。 あの 頃 の 僕 に は 大切な もの など ひとつ も なかった 。 彼 が 僕 を 必要と していた ので は なかった 。 僕 が 彼 を 必要と していた のだ 。
心 の 中 で 抑えつけて いた 感情 が 急に せり出して きて 、 涙 が こみあげて くる 。
何か いい 物語 が あって 、それを 語る 相手 が いる 。
それだけで 人生 は 捨てた もん じゃない 。 『海 の 上 の ピアニスト 』で 言ってた だろ 。 いま の 僕 に とって 、 ツタヤ 、 君 こそ が そんな 相手 で 、 君 が いる から人生 は まだまだ 捨てた もん じゃ ないって 思える ん だ 」
「あ 、ありがとう 」
ひと言 そう 言う と 、ツタヤ は 黙って 泣き続けた 。