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野分  夏目漱石, 「七」 野分  夏目漱石 – Text to read

野分 夏目漱石, 「七」 野分 夏目漱石

고급2 일본어의 lesson to practice reading

지금 본 레슨 학습 시작

「七 」 野 分 夏目 漱石

白き 蝶 の 、 白き 花 に 、 小 き 蝶 の 、 小 き 花 に 、 み だる る よ 、 み だる る よ 。 長 き憂 は 、 長き 髪 に 、 暗 き憂 は 、 暗き 髪 に 、 み だる る よ 、 み だる る よ 。 いたずらに 、 吹く は 野 分 の 、 いたずらに 、 住む か 浮世 に 、 白き 蝶 も 、 黒き 髪 も 、 み だる る よ 、 み だる る よ 。 と 女 は うたい 了 る 。 銀 椀 に 珠 を 盛り て 、 白魚 の 指 に 揺 かしたら ば 、 こんな 声 が でよう と 、 男 は 聴き とれて いた 。 「 うまく 、 唱えました 。 もう 少し 稽古 して 音量 が 充分に 出る と 大きな 場所 で 聴いて も 、 立派に 聴ける に 違いない 。 今度 演奏 会 で ためしに やって 見ません か 」 「 厭 だ わ 、 ためし だ なんて 」 「 それ じゃ 本式 に 」 「 本式 に ゃ なお できません わ 」 「 それ じゃ 、 つまり おや め と 云 う 訳 です か 」 「 だって たくさん 人 の いる 前 なんか で 、―― 恥ずかしくって 、 声 なんか 出 や しません わ 」 「 その 新 体 詩 は いい でしょう 」 「 ええ 、 わたし 大好き 」 「 あなた が 、 そう やって 、 唱って る ところ を 写真 に 一 つ 取りましょう か 」 「 写真 に ? 」 「 ええ 、 厭 です か 」 「 厭 じゃ ない わ 。 だ けれども 、 取って 人 に 御 見せ なさる でしょう 」 「 見せて わるければ 、 わたし 一 人 で 見て います 」 女 は 何にも 云 わ ず に 眼 を 横 に 向けた 。 こぼれ 梅 を 一 枚 の 半 襟 の 表 に 掃き 集めた 真中 に 、 明星 と 見まがう ほど の 留針 が 的 と 耀 いて 、 男 の 眼 を 射る 。 女 の 振り向いた 方 に は 三 尺 の 台 を 二 段 に 仕切って 、 下 に は 長方形 の 交趾 の 鉢 に 細き 蘭 が 揺るが ん と して 、 香 の 煙り の たなびく を 待って いる 。 上段 に は メロス の 愛 神 ( ヴィーナス ) の 模 像 を 、 ほの暗き 室 の 隅 に 夢 か と ばかり 据えて ある 。 女 の 眼 は 端な く も この 裸体 像 の 上 に 落ちた 。 「 あの 像 は 」 と 聞く 。 「 無論 模造 です 。 本物 は 巴理 ( パリ ) の ルーヴル に ある そうです 。 しかし 模造 でも みごとです ね 。 腰 から 上 の 少し 曲った ところ と 両足 の 方向 と が 非常に 釣合 が よく 取れて いる 。 ―― これ が 全身 完全だ と 非常な もの です が 、 惜しい 事 に 手 が 欠けてます 」 「 本物 も 欠けて る んです か 」 「 ええ 、 本物 が 欠けて る から 模造 も かけて る んです 」 「 何の 像 でしょう 」 「 ヴィーナス 。 愛 の 神 です 」 と 男 は ことさら に 愛 と 云 う 字 を 強く 云った 。 「 ヴィーナス ! 」 深い 眼 睫 の 奥 から 、 ヴィーナス は 溶ける ばかりに 見詰められて いる 。 冷やかなる 石膏 の 暖まる ほど 、 丸き 乳首 の 、 呼吸 に つれて 、 かすかに 動く か と 疑 しまる る ほど 、 女 は 瞳 を 凝らして いる 。 女 自身 も 艶 なる ヴィーナス である 。 「 そう 」 と 女 は やがて 、 かすかな 声 で 云 う 。 「 あんまり 見て いる と ヴィーナス が 動き出します よ 」 「 これ で 愛 の 神 でしょう か 」 と 女 は ようやく 頭 を 回ら した 。 あなた の 方 が 愛 の 神 らしい と 云 おうと した が 、 女 と 顔 を 見 合した 時 、 男 は 急に 躊躇 した 。 云 えば 女 の 表情 が 崩れる 。 この 、 訝る が ごとく 、 訴 うる が ごとく 、 深い 眼 の うち に 我 を 頼る が ごとき 女 の 表情 を 一瞬 たり と も 、 我 から 働きかけて 打ち 壊す の は 、 メロス の ヴィーナス の 腕 を 折る と 同じく 大 なる 罪 科 である 。 「 気高 過ぎて ……」 と 男 の 我 を 援 け ぬ を もどかし がって 女 は 首 を 傾け ながら 、 我 から と 顔 の 上 なる 姿 を 変えた 。 男 は しまった と 思う 。 「 そう 、 すこし 堅 過ぎます 。 愛 と 云 う 感じ が あまり 現われて いない 」 「 何だか 冷めたい ような 心 持 が します わ 」 「 その 通り だ 。 冷めたい と 云 うの が 適 評 だ 。 何だか 妙だ と 思って いた が 、 どうも 、 いい 言葉 が 出て 来 なかった んです 。 冷めたい ―― 冷めたい 、 と 云 うの が 一 番 いい 」 「 なぜ こんなに 、 拵 ら えた んでしょう 」 「 やっぱり フジアス 式 だ から 厳格な んでしょう 」 「 あなた は 、 こう 云 うの が 御 好き 」 女 は 石像 を さえ 、 自分 と 比較 して 愛人 の 心 を 窺って 見る 。 ヴィーナス を 愛する もの は 、 自分 を 愛して は くれ まい と 云 う 掛 念 が ある 。 女 は ヴィーナス の 、 神 である 事 を 忘れて いる 。 「 好きって 、 いい じゃ ありません か 、 古今 の 傑作です よ 」 女 の 批判 は 直 覚 的である 。 男 の 好 尚 は 半ば 伝説 的である 。 なまじ い に 美学 など を 聴いた 因果 で 、 男 は すぐ 女 に 同意 する だけ の 勇気 を 失って いる 。 学問 は 己 れ を 欺く と は 心 づか ぬ と 見える 。 自から 学問 に 欺か れ ながら 、 欺か れ ぬ 女 の 判断 を 、 いたずらに 誤 まれ り と のみ 見る 。 「 古今 の 傑作です よ 」 と 再び 繰り返した の は 、 半ば 女 の 趣味 を 教育 する ため であった 。 「 そう 」 と 女 は 云った ばかりである 。 石火 を 交え ざる 刹那 に 、 はっと 受けた 印象 は 、 学者 の 一言 の ため に 打ち消さ れる もの で は ない 。 「 元来 ヴィーナス は 、 どう 云 う もの か 僕 に は いやな 聯想 が ある 」 「 どんな 聯想 な の 」 と 女 は おとなしく 聞き つつ 、 双 の 手 を 立ち ながら 膝 の 上 に 重ねる 。 手 頸 から さき が 二 寸 ほど 白く 見えて 、 あと は 、 しなやかなる 衣 の うち に 隠れる 。 衣 は 薄 紅 に 銀 の 雨 を 濃く 淡く 、 所 まだら に 降らした ような 縞 柄 である 。 上 に なった 手の甲 の 、 五 つ に 岐 れた 先 の 、 しだいに 細 ま りて かつ 丸く 、 つや ある 爪 に 蔽 われた の が 好 い 感じ である 。 指 は 細く 長く 、 すらりと した 姿 を 崩さ ぬ ほど に 、 柔らかな 肉 を 持た ねば なら ぬ 。 この 調える 姿 が 五 本 ごと に 異なら ねば なら ぬ 。 異なる 五 本 が 一 つ に かたまって 、 纏まる 調子 を つくら ねば なら ぬ 。 美 くし き 手 を 持つ 人 は 、 美 くし き 顔 を 持つ 人 より も 少ない 。 美 くし き 手 を 持つ 人 に は 貴き 飾り が 必要である 。 女 は 燦たる もの を 、 細き 肉 に 戴 いて いる 。 「 その 指輪 は 見 馴 れません ね 」 「 これ ? 」 と 重ねた 手 は 解けて 、 右 の 指 に 耀 くも の を なぶる 。 「 この 間 父 様 に 買って いただいた の 」 「 金剛 石 ( ダイヤモンド ) です か 」 「 そう でしょう 。 天 賞 堂 から 取った んです から 」 「 あんまり 御 父さん を 苛めちゃ いけません よ 」 「 あら 、 そう じゃ ない の よ 。 父 様 の 方 から 買って 下さった の よ 」 「 そりゃ 珍 らしい 現象 です ね 」 「 ホホホホ 本当 ね 。 あなた その 訳 を 知って て 」 「 知る もの です か 、 探偵 じゃ ある ま いし 」 「 だ から 御 存じ ない でしょう と 云 う のです よ 」 「 だ から 知りません よ 」 「 教えて 上げましょう か 」 「 ええ 教えて 下さい 」 「 教えて 上げる から 笑っちゃ いけません よ 」 「 笑 や しません 。 この 通り 真面目で さあ 」 「 この 間 ね 、 池上 に 競馬 が あった でしょう 。 あの 時 父 様 が あす こ へ いら しって ね 。 そうして ……」 「 そうして 、 どうした ん です 。 ―― 拾って 来た んです か 」 「 あら 、 いやだ 。 あなた は 失敬 ね 」 「 だって 、 待って て も あと を おっしゃら ないで す もの 」 「 今 云 うと ころ な の よ 。 そうして 賭 を な すった んですって 」 「 こいつ は 驚 ろ いた 。 あなた の 御 父さん も やる んです か 」 「 いえ 、 やら ない んだ けれども 、 試しに やって 見た んだって 」 「 やっぱり やった んじゃ ありません か 」 「 やった 事 は やった の 。 それ で 御 金 を 五百 円 ばかり 御 取り に なった んだって 」 「 へえ 。 それ で 買って 頂いた のです か 」 「 まあ 、 そう よ 」 「 ちょっと 拝見 」 と 手 を 出す 。 男 は 耀 くも の を 軽く 抑えた 。 指輪 は 魔物 である 。 沙 翁 は 指輪 を 種 に 幾多 の 波 瀾 を 描いた 。 若い 男 と 若い 女 を 目 に 見え ぬ 空 裏 に 繋ぐ もの は 恋 である 。 恋 を そのまま 手 に とら す もの は 指輪 である 。 三重 に うねる 細き 金 の 波 の 、 環 と 合う て 膨れ 上る ただ中 を 穿ち て 、 動く な よ と 、 安らかに 据え たる 宝石 の 、 眩 ゆ さ は 天 が 下 を 射 れ ど 、 毀 た ねば 波 の 中 より 奪い がたき 運命 は 、 君 あり て の 妾 、 妾故 に の 君 である 。 男 は 白き 指 もろ共 に 指輪 を 見詰めて いる 。 「 こんな 指輪 だった の か 知ら ん 」 と 男 が 云 う 。 女 は 寄り添う て 同じ 長 椅子 ( ソーファ ) を 二 人 の 間 に 分 つ 。 「 昔 し さる 好 事 家 が ヴィーナス の 銅像 を 掘り出して 、 吾 が 庭 の 眺め に と 橄欖 の 香 の 濃く 吹く あたり に 据えた そうです 」 「 それ は 御 話 ? 突然な の ね 」 「 それ から 或日 テニス を して いたら ……」 「 あら 、 ちっとも 分 ら ない わ 。 誰 が テニス を する の 。 銅像 を 掘り出した 人 な の ? 」 「 銅像 を 掘り出した の は 人 足 で 、 テニス を した の は 銅像 を 掘り出さ した 主人 の 方 です 」 「 どっち だって 同じじゃ ありません か 」 「 主人 と 人 足 と 同じじゃ 少し 困る 」 「 いいえ さ 、 やっぱり 掘り出した 人 が テニス を した んでしょう 」 「 そう 強情 を 御 張り に なる なら 、 それ で よろしい 。 ―― で は 掘り出した 人 が テニス を する ……」 「 強情じゃ ない 事 よ 。 じゃ 銅像 を 掘り出さ した 方 が テニス を する の 、 ね 。 いい でしょう 」 「 どっち でも 同じで さあ 」 「 あら 、 あなた 、 御 怒り な すった の 。 だから 掘り出さ し た方 だって 、 あやまって いる じゃ ありません か 」 「 ハハハハ あやまら なくって も いい です 。 それ で テニス を して いる と ね 。 指輪 が 邪魔に なって 、 ラケット が 思う ように 使え ない んです 。 そこ で 、 それ を はずして ね 、 どこ か へ 置こう と 思った が 小さい もの だ から 置き なくす と いけない 。 ―― 大事な 指輪 です よ 。 結納 の 指輪 な んです 」 「 誰 と 結婚 を なさる の ? 」 「 誰 とって 、 そい つ は 少し ―― やっぱり さる 令嬢 と です 」 「 あら 、 お 話し に なって も い じゃ ありません か 」 「 隠す 訳 じゃ ない が ……」 「 じゃ 話して ちょうだい 。 ね 、 いい でしょう 。 相手 は どなた な の ? 」 「 そい つ は 弱りました ね 。 実は 忘れ ち まった 」 「 それ じゃ 、 ずるい わ 」 「 だって 、 メリメ の 本 を 貸し ち まって ちょっと 調べられ ないで す もの 」 「 どうせ 、 御 貸し に なった んでしょう よ 。 よう ございます 」 「 困った な 。 せっかく の ところ で 名前 を 忘れた もん だ から 進行 する 事 が 出来 なく なった 。 ―― じゃ 今日 は 御 やめ に して 今度 その 令嬢 の 名 を 調べて から 御 話 を しましょう 」 「 いやだ わ 。 せっかく の ところ で よしたり 、 なんか して 」 「 だって 名前 を 知ら ない んです もの 」 「 だから その先 を 話して ちょうだいな 」 「 名前 は なくって も いい のです か 」 「 ええ 」 「 そう か 、 そん なら 早く すれば よかった 。 ―― それ で いろいろ 考えた 末 、 ようやく 考えついて 、 ヴィーナス の 小指 へ ちょっと はめた んです 」 「 うまい ところ へ 気 が ついた の ね 。 詩的じゃ ありません か 」 「 ところが テニス が 済んで から 、 すっかり それ を 忘れて しまって 、 しかも 例の 令嬢 を 連れ に 田舎 へ 旅行 して から 気 が ついた のです 。 しかし いまさら どうも する 事 が 出来 ない から 、 それなり に して 、 未来 の 細 君 に は ちょっと した でき 合 の 指 環 を 買って 結納 に した のです 」 「 厭 な 方 ね 。 不人情だ わ 」 「 だって 忘れた んだ から 仕方 が ない 」 「 忘れる なんて 、 不人情だ わ 」 「 僕 なら 忘れ ない んだ が 、 異人 だ から 忘れ ち まったん です 」 「 ホホホホ 異人 だって 」 「 そこ で 結納 も 滞り なく 済んで から 、 うち へ 帰って いよいよ 結婚 の 晩 に ――」 で わざと 句 を 切る 。 「 結婚 の 晩 に どうした の 」 「 結婚 の 晩 に ね 。 庭 の ヴィーナス が ど たり ど たり と 玄関 を 上がって ……」 「 おお いやだ 」 「 ど たり ど たり と 二 階 を 上がって 」 「 怖い わ 」 「 寝室 の 戸 を あけて 」 「 気味 が わるい わ 」 「 気味 が わるければ 、 そこ い ら で 、 やめて 置きましょう 」 「 だ けれど 、 しまい に どう なる の 」 「 だ から 、 ど たり 、 ど たり と 寝室 の 戸 を あけて 」 「 そこ は 、 よして ちょうだい 。 ただ しまい に どう なる の 」 「 では 間 を 抜きましょう 。 ―― あした 見たら 男 は 冷め たく なって 死んで た そうです 。 ヴィーナス に 抱きつか れた ところ だけ 紫色 に 変って た と 云 います 」 「 おお 、 厭 だ 」 と 眉 を あつめる 。 艶 なる 人 の 眉 を あつめ たる は 愛嬌 に 醋 を かけた ような もの である 。 甘き 恋 に 酔い 過ぎ たる 男 は 折々 の この 酸味 に 舌 を 打つ 。 濃く ひける 新月 の 寄り合 いて 、 互 に 頭 を 擡げ たる 、 うねり の 下 に 、 朧に 見 ゆる 情け の 波 の かがやき を 男 は ひたすら に 打ち 守る 。 「 奥さん は どうした でしょう 」 女 を 憐 む もの は 女 である 。 「 奥さん は 病気 に なって 、 病院 に 這 入る のです 」 「 癒 る のです か 」 「 そう さ 。 そこ まで は 覚えて いない 。 どうしたっけ か な 」 「 癒 ら ない 法 は ない でしょう 。 罪 も 何も ない のに 」 薄き にもかかわらず 豊 なる 下 唇 は ぷり ぷり と 動いた 。 男 は 女 の 不平 を 愚か なり と は 思わず 、 情け深し と 興 がる 。 二 人 の 世界 は 愛 の 世界 である 。 愛 は もっとも 真面目なる 遊 戯 である 。 遊 戯 なる が 故 に 絶体絶命の 時 に は 必ず 姿 を 隠す 。 愛 に 戯 む る る 余裕 の ある 人 は 至 幸 である 。 愛 は 真面目である 。 真面目である から 深い 。 同時に 愛 は 遊 戯 である 。 遊 戯 である から 浮いて いる 。 深く して 浮いて いる もの は 水底 の 藻 と 青年 の 愛 である 。 「 ハハハハ 心配 なさら ん でも いい です 。 奥さん は きっと 癒 ります 」 と 男 は メリメ に 相談 も せ ず 受 合った 。 愛 は 迷 である 。 また 悟り である 。 愛 は 天地 万有 を その 中 に 吸収 して 刻 下 に 異様 の 生命 を 与える 。 故に 迷 である 。 愛 の 眼 を 放つ とき 、 大 千 世界 は ことごとく 黄金 である 。 愛 の 心 に 映る 宇宙 は 深き 情け の 宇宙 である 。 故に 愛 は 悟り である 。 しか して 愛 の 空気 を 呼吸 する もの は 迷 と も 悟 と も 知ら ぬ 。 ただ おのずから 人 を 引き また 人 に 引か る る 。 自然 は 真空 を 忌み 愛 は 孤立 を 嫌う 。 「 わたし 、 本当に 御 気の毒だ と 思います わ 。 わたし が 、 そんなに なったら 、 どう しよう と 思う と 」 愛 は 己 れ に 対して 深刻なる 同情 を 有して いる 。 ただ あまりに 深刻なる が 故 に 、 享 楽 の 満足 ある 場合 に 限り て 、 自己 を 貫き 出 でて 、 人 の 身の上 に も また 普通 以上 の 同情 を 寄せる 事 が できる 。 あまり に 深刻なる が 故 に 失恋 の 場合 に おいて 、 自己 を 貫き 出 でて 、 人 の 身の上 に も また 普通 以上 の 怨恨 を 寄せる 事 が 出来る 。 愛 に 成功 する もの は 必ず 自己 を 善人 と 思う 。 愛 に 失敗 する もの も また 必ず 自己 を 善人 と 思う 。 成 敗 に 論 なく 、 愛 は 一直線 である 。 ただ 愛 の 尺度 を もって 万事 を 律する 。 成功 せる 愛 は 同情 を 乗せて 走る 馬車 馬 である 。 失敗 せる 愛 は 怨恨 を 乗せて 走る 馬車 馬 である 。 愛 は もっとも わがままなる もの である 。 もっとも わがままなる 善人 が 二 人 、 美 くし く 飾り たる 室 に 、 深刻なる 遊 戯 を 演じて いる 。 室 外 の 天下 は 蕭寥 たる 秋 である 。 天下 の 秋 は 幾多 の 道也 先生 を 苦しめ つつ ある 。 幾多 の 高柳 君 を 淋し がら せ つつ ある 。 しか して 二 人 は あくまでも 善人 である 。 「 この 間 の 音楽 会 に は 高柳 さん と ご いっしょでした ね 」 「 ええ 、 別に 約束 した 訳 で も ない んです が 、 途中 で 逢った もの です から 誘った のです 。 何だか 動物 園 の 前 で 悲し そうに 立って 、 桜 の 落葉 を 眺めて いる んです 。 気の毒に なって ね 」 「 よく 誘って 御 上げ に なった の ね 。 御 病気 じゃ なくって 」 「 少し 咳 を して いた ようです 。 たいした 事 じゃ ない でしょう 」 「 顔 の 色 が 大変 御 わるかった わ 」 「 あの 男 は あんまり 神経質だ もん だ から 、 自分 で 病気 を こしらえる んです 。 そうして 慰めて やる と 、 かえって 皮肉 を 云 う のです 。 何だか 近来 は ますます 変に なる ようです 」 「 御 気の毒 ね 。 どう な すった んでしょう 」 「 どうしたって 、 好んで 一 人 坊っち に なって 、 世の中 を みんな 敵 の ように 思う んだ から 、 手 の つけ よう が ないで す 」 「 失恋 な の 」 「 そんな 話 も きいた 事 も ないで す が ね 。 いっそ 細 君 でも 世話 を したら いい かも 知れ ない 」 「 御 世話 を して 上げたら いい でしょう 」 「 世話 を するって 、 ああ 気 六 ず か し くっちゃ 、 駄目です よ 。 細 君 が 可哀想だ 」 「 でも 。 御 持ち に なったら 癒 る でしょう 」 「 少し は 癒 る かも 知れ ない が 、 元来 が 性分 な んです から ね 。 悲観 する 癖 が ある んです 。 悲観 病 に 罹って る んです 」 「 ホホホホ どうして 、 そんな 病気 が 出た んでしょう 」 「 どうして です か ね 。 遺伝 かも 知れません 。 それ で なければ 小 供 の うち 何 か あった んでしょう 」 「 何 か 御 聞 に なった 事 は なくって 」 「 いいえ 、 僕 あ あまり そんな 事 を 聞く の が 嫌だ から 、 それ に 、 あの 男 は いっこう 何にも 打ち明け ない 男 で ね 。 あれ が もっと 淡泊に 思った 事 を 云 う 風 だ と 慰めよう も ある んだ けれども 」 「 困って いらっしゃる んじゃ なくって 」 「 生活 に です か 、 ええ 、 そりゃ 困って る んです 。 しかし 無 暗に 金 を やろう なんて いったら 擲 きつけます よ 」 「 だって 御 自分 で 御 金 が とれ そうな もの じゃ ありません か 、 文学 士 だ から 」 「 取れる です と も 。 だから もう 少し 待って る と いい です が 、 どうも 性急で 卒業 した あくる 日 から して 、 立派な 創作 家 に なって 、 有名に なって 、 そうして 楽に 暮らそうって 云 う のだ から 六 ず か しい 」 「 御国 は 一体 どこ な の 」 「 国 は 新潟 県 です 」 「 遠い 所 な の ね 。 新潟 県 は 御 米 の 出来る 所 でしょう 。 やっぱり 御 百姓 な の 」 「 農 、 な んでしょう 。 ―― ああ 新潟 県 で 思い出した 。 この 間 あなた が 御 出 の とき 行き違 に 出て 行った 男 が ある でしょう 」 「 ええ 、 あの 長い 顔 の 髭 を 生やした 。 あれ は な に 、 わたし あの 人 の 下駄 を 見て 吃 驚 した わ 。 随分 薄っぺらな の ね 。 まるで 草履 よ 」 「 あれ で 泰 然 たる もの です よ 。 そうして ちっとも 愛嬌 の ない 男 で ね 。 こっち から 何 か 話しかけて も 、 何にも 応答 を し ない 」 「 それ で 何 し に 来た の 」 「 江 湖 雑誌 の 記者 と 云 うんで 、 談話 の 筆記 に 来た んです 」 「 あなた の ? 何 か 話して お やり に なって ? 」 「 ええ 、 あの 雑誌 を 送って 来て いる から あと で 見せましょう 。 ―― それ で あの 男 に ついて 妙な 話し が ある んです 。 高柳 が 国 の 中学 に いた 時分 あの 人 に 習った んです ―― あれ で 文学 士 です よ 」 「 あれ で ? まあ 」 「 ところが 高柳 なん ぞ が 、 いろいろな 、 いたずら を して 、 苛めて 追い出して しまった んです 」 「 あの 人 を ? ひどい 事 を する の ね 」 「 それ で 高柳 は 今 と なって 自分 が 生活 に 困難 して いる もの だ から 、 後悔 して 、 さぞ 先生 も 追い出さ れた ため に 難 義 を したろう 、 逢ったら 謝罪 するって 云ってました よ 」 「 全く 追い出さ れた ため に 、 あんなに 零 落した んでしょう か 。 そう する と 気の毒 ね 」 「 それ から せんだって 江 湖 雑誌 の 記者 と 云 う 事 が 分った でしょう 。 だから 音楽 会 の 帰り に 教えて やった んです 」 「 高柳 さん は いら しった でしょう か 」 「 行った かも 知れません よ 」 「 追い出した ん なら 、 本当に 早く 御 詫 を なさる 方 が いい わ ね 」 善人 の 会話 は これ で 一 段落 を 告げる 。 「 どう です 、 あっち へ 行って 、 少し みんな と 遊ぼう じゃ ありません か 。 いやです か 」 「 写真 は 御 やめ な の 」 「 あ 、 すっかり 忘れて いた 。 写真 は 是非 取ら して 下さい 。 僕 は これ で なかなか 美術 的な 奴 を 取る んです 。 うん 、 商売人 の 取る の は 下等です よ 。 ―― 写真 も 五六 年 この 方 大変 進歩 して ね 。 今 じゃ 立派な 美術 です 。 普通の 写真 は だれ が 取ったって 同じでしょう 。 近頃 の は 個人 個人 の 趣味 で 調子 が まるで 違って くる んです 。 いら ない もの を 抜いたり 、 いったい の 調子 を 和 げた り 、 際どい 光線 の 作用 を 全景 に あらわしたり 、 いろいろな 事 を やる んです 。 早い もの で もう 景色 専門 家 や 人物 専門 家 が 出来て る んです から ね 」 「 あなた は 人物 の 専門 家 な の 」 「 僕 ? 僕 は ―― そう さ 、―― あなた だけ の 専門 家 に なろう と 思う のです 」 「 厭 な かた ね 」 金剛 石 ( ダイヤモンド ) が きら り と ひらめいて 、 薄 紅 の 袖 の ゆる る 中 から 細い 腕 が 男 の 膝 の 方 に 落ちて 来た 。 軽く あたった の は 指先 ばかり である 。 善人 の 会話 は 写真 撮影 に 終る 。

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