第 二 の 手記 (2)
女 は 、男 より も 更に 、道化 に は 、くつろぐ ようでした 。 自分 が お道化 を 演じ 、男 は さすがに いつまでも ゲラゲラ 笑って も いません し 、それに 自分 も 男 の ひと に 対し 、調子 に 乗って あまり お道化 を 演じすぎる と 失敗 する という 事 を 知っていました ので 、必ず 適当 の ところ で 切り上げる ように 心掛けていました が 、女 は 適度 という 事 を 知らず 、いつまでも いつまでも 、自分 に お道化 を 要求し 、自分 は その 限りない アンコール に 応じて 、へとへとに なる のでした 。 実に 、よく 笑う のです 。 いったい に 、女 は 、男 より も 快楽 を よけい に 頬張る 事 が 出来る ようです 。
自分 が 中学 時代 に 世話に なった その 家 の 姉 娘 も 、妹 娘 も 、ひま さえ あれば 、二階 の 自分 の 部屋 に やって来て 、自分 は その度 毎に 飛び上らん ばかりに ぎょっとして 、そうして 、ひたすら おびえ 、
「御 勉強 ? 」
「 いいえ 」
と 微笑 して 本 を 閉じ 、
「きょう ね 、学校 で ね 、コンボウ という 地理 の 先生 が ね 」
と するする 口 から 流れ出る もの は 、心 に も 無い 滑稽 噺 でした 。
「葉 ちゃん 、眼鏡 を かけて ごらん 」
或る 晩 、妹 娘 の セッちゃん が 、アネサ と 一緒に 自分 の 部屋 へ 遊び に 来て 、さんざん 自分 に お道化 を 演じ させた 揚句 の 果に 、そんな 事 を 言い出しました 。
「なぜ ? 」
「いい から 、かけて ごらん 。 アネサ の 眼鏡 を 借り なさい 」
いつでも 、こんな 乱暴な 命令 口調 で 言う のでした 。 道化師 は 、素直に アネサ の 眼鏡 を かけました 。 とたん に 、二人 の 娘 は 、笑いころげました 。
「 そっくり 。 ロイド に 、そっくり 」
当時 、ハロルド ・ロイド とか いう 外国 の 映画 の 喜劇 役者 が 、日本 で 人気 が ありました 。
自分 は 立って 片手 を 挙げ 、
「 諸君 」
と 言い 、
「このたび 、日本 の ファン の 皆様 が たに 、……」
と 一場 の 挨拶 を 試み 、さらに 大笑い させて 、それから 、ロイド の 映画 が その まち の 劇場 に 来る たび 毎 に 見 に 行って 、ひそかに 彼 の 表情 など を 研究 しました 。
また 、或る 秋 の 夜 、自分 が 寝 ながら 本 を 読んでいる と 、アネサ が 鳥 の ように 素早く 部屋 へ はいって 来て 、いきなり 自分 の 掛蒲団 の 上 に 倒れて 泣き 、
「葉 ちゃん が 、あたし を 助けて くれる のだ わね 。 そう だ わ ね 。 こんな 家 、一緒に 出て しまった ほう が いい のだ わ 。 助けて ね 。 助けて 」
など と 、はげしい 事 を 口走って は 、また 泣く のでした 。 けれども 、自分 に は 、女 から 、こんな 態度 を 見せつけられる の は 、これ が 最初 では ありません でした ので 、アネサ の 過激な 言葉 に も 、さして 驚か ず 、かえって その 陳腐 、無内容 に 興 が 覚めた 心地 で 、そっと 蒲団 から 脱け出し 、机 の 上 の 柿 を むいて 、その 一きれ を アネサ に 手渡して やりました 。 すると 、アネサ は 、しゃくり上げ ながら その 柿 を 食べ 、
「何 か 面白い 本 が 無い ? 貸して よ 」
と 言いました 。
自分 は 漱石 の 「吾輩 は 猫 である 」と いう 本 を 、本棚 から 選んで あげました 。
「 ごちそうさま 」
アネサ は 、恥ずかし そうに 笑って 部屋 から 出て 行きました が 、この アネサ に 限らず 、いったい 女 は 、どんな 気持 で 生きて いる のか を 考える 事 は 、自分 に とって 、蚯蚓 みみず の 思い を さぐる より も 、ややこしく 、わずらわしく 、薄気味の悪い もの に 感ぜられて いました 。 ただ 、自分 は 、女 が あんなに 急に 泣き出したり した 場合 、何か 甘い もの を 手渡して やる と 、それ を 食べて 機嫌 を 直す という 事 だけ は 、幼い 時 から 、自分 の 経験 に 依って 知っていました 。
また 、妹 娘 の セッちゃん は 、その 友だち まで 自分 の 部屋 に 連れて 来て 、自分 が れい に 依って 公平に 皆 を 笑わせ 、友だち が 帰る と 、セッちゃん は 、必ず その 友だち の 悪口 を 言う のでした 。 あの ひと は 不良 少女 だ から 、気 を つける ように 、と きまって 言う のでした 。 そん なら 、わざわざ 連れて 来なければ 、よい のに 、おかげで 自分の 部屋の 来客の 、ほとんど 全部 が 女 、という 事 に なってしまいました 。
しかし 、それ は 、竹一 の お世辞 の 「惚れられる 」事 の 実現 で は 未だ 決して 無かった のでした 。 つまり 、自分 は 、日本 の 東北 の ハロルド・ロイド に 過ぎ なかった のです 。 竹一 の 無 智 なお 世辞 が 、いまわしい 予言 として 、なまなま と 生きて 来て 、不吉な 形貌 を 呈する ように なった のは 、更に それ から 、数 年 経った 後 の 事 で ありました 。
竹一 は 、また 、自分 に もう 一つ 、重大な 贈り物 を して いました 。
「お化け の 絵 だ よ 」
いつか 竹一 が 、自分 の 二階 へ 遊び に 来た 時 、ご 持参 の 、一枚 の 原色版 の 口絵 を 得意そうに 自分 に 見せて 、そう 説明しました 。
おや ? と 思いました 。 その 瞬間 、自分 の 落ち 行く 道 が 決定 せられた ように 、後年 に 到って 、そんな 気 が して なりません 。 自分 は 、知っていました 。 それ は 、ゴッホ の 例 の 自画像 に 過ぎない の を 知っていました 。 自分 たち の 少年 の 頃 に は 、日本 で は フランス の 所謂 印象派 の 画 が 大流行 していて 、洋画 鑑賞 の 第一歩 を 、たいてい この あたり から はじめた もの で 、ゴッホ 、ゴーギャン 、セザンヌ 、ルナアル など という ひと の 絵 は 、田舎 の 中学生 でも 、たいてい その 写真版 を 見て 知っていた のでした 。 自分 など も 、ゴッホ の 原色 版 を かなり たくさん 見て 、タッチ の 面白さ 、色彩 の 鮮やかさ に 興趣 を 覚えて は いた のです が 、しかし 、お化け の 絵 、だ と は 、いちども 考えた 事 が 無かった のでした 。
「では 、こんな の は 、どう かしら 。 やっぱり 、お化け かしら 」
自分 は 本棚 から 、モジリアニ の 画集 を 出し 、焼けた 赤銅 の ような 肌 の 、れいの 裸婦 の 像 を 竹一 に 見せました 。
「すげえ なあ 」
竹一 は 眼 を 丸く して 感嘆 しました 。
「地獄 の 馬 みたい 」
「やっぱり 、お化け かね 」
「おれ も 、こんな お化け の 絵 が かきたい よ 」
あまりに人間 を 恐怖 して いる人 たち は 、 かえって 、 もっと もっと 、 おそろしい 妖怪 ようかい を 確実に この 眼 で 見たい と 願望 する に 到 る 心理 、 神経質な 、 もの に おびえ 易い人 ほど 、 暴風 雨 の 更に 強から ん 事 を 祈る 心理 、 ああ 、 この 一群 の 画家 たち は 、 人間 と いう 化け物 に 傷 いためつけられ 、 おびやかされた 揚句 の 果 、 ついに 幻影 を 信じ 、 白昼 の 自然の 中 に 、 ありあり と 妖怪 を 見た のだ 、 しかも 彼等 は 、 それ を 道化 など で ごまかさ ず 、 見えた まま の 表現 に 努力 した のだ 、 竹一 の 言う よう に 、 敢然と 「 お化け の 絵 」 を かいて しまった のだ 、 ここ に 将来 の 自分 の 、 仲間 が いる 、 と 自分 は 、 涙 が 出た ほど に 興奮 し 、
「僕 も 画く よ 。 お化け の 絵 を 画く よ 。 地獄 の 馬 を 、画く よ 」
と 、なぜ だ か 、ひどく 声 を ひそめて 、竹一 に 言った のでした 。
自分 は 、小学校 の 頃 から 、絵 は かく の も 、見る の も 好きでした 。 けれども 、自分 の かいた 絵 は 、自分 の 綴り 方 ほど に は 、周囲 の 評判 が 、よく ありません でした 。 自分 は 、どだい 人間 の 言葉 を 一向に 信用 して いません でした ので 、綴り方 など は 、自分 に とって 、ただ お道化 の 御挨拶 みたいな もの で 、小学校 、中学校 、と 続いて 先生たち を 狂喜 させて 来ました が 、しかし 、自分 で は 、さっぱり 面白く なく 、絵 だけ は 、(漫画 など は 別ですけれども )その 対象 の 表現 に 、幼い 我流 ながら 、多少 の 苦心 を 払って いました 。 学校 の 図画 の お手本 は つまらない し 、先生 の 絵 は 下手くそ だし 、自分 は 、全く 出鱈目 に さまざまの 表現法 を 自分 で 工夫して 試みなければならない のでした 。 中学校 へ は いって 、 自分 は 油絵 の 道具 も 一 揃 そろい 持って いました が 、 しかし 、 その タッチ の 手本 を 、 印象 派 の 画風 に 求めて も 、 自分 の 画 いた もの は 、 まるで 千代紙 細工 の よう に のっぺり して 、 もの に なり そう も ありません でした 。 けれども 自分 は 、竹一 の 言葉 に 依って 、自分 の それ まで の 絵画 に 対する 心構え が 、まるで 間違って いた 事 に 気 が 附きました 。 美しい と 感じた もの を 、そのまま 美しく 表現 しよう と 努力 する 甘さ 、おろか しさ 。 マイスター たち は 、 何でも無い もの を 、 主観 に 依って 美しく 創造 し 、 或いは 醜い もの に 嘔吐 おうと を もよおし ながら も 、 それ に 対する 興味 を 隠さ ず 、 表現 の よろこび に ひたって いる 、 つまり 、 人 の 思惑 に 少しも たよって いない らしい と いう 、 画法 の プリミチヴ な 虎の巻 を 、 竹一 から 、 さずけられて 、 れいの 女 の 来客 たち に は 隠して 、 少しずつ 、 自画 像 の 制作 に 取りかかって みました 。
自分 でも 、ぎょっと した ほど 、陰惨な 絵 が 出来上りました 。 しかし 、これ こそ 胸 底 に ひた隠し に 隠している 自分 の 正体 な のだ 、おもて は 陽気に 笑い 、また 人 を 笑わせている けれども 、実は 、こんな 陰鬱 な 心 を 自分 は 持っている のだ 、仕方が無い 、と ひそかに 肯定し 、けれども その 絵 は 、竹一 以外 の 人 に は 、さすがに 誰 に も 見せませんでした 。 自分 の お道化 の 底 の 陰惨 を 見破られ 、急に ケチくさく 警戒せられる の も いやでした し 、また 、これ を 自分 の 正体 と も 気づかず 、やっぱり 新趣向 の お道化 と 見なされ 、大笑い の 種 に せられる かも 知れぬ と いう 懸念 も あり 、それ は 何よりも つらい 事 でしたので 、その 絵 は すぐに 押入れ の 奥深く しまい込みました 。
また 、学校 の 図画 の 時間 に も 、自分 は あの 「お化け 式 手法 」は 秘めて 、いま まで どおり の 美しい もの を 美しく 画く 式 の 凡庸 な タッチ で 画いて いました 。
自分 は 竹一 に だけ は 、前 から 自分 の 傷 み易い 神経 を 平気で 見せて いました し 、こんど の 自画像 も 安心して 竹一 に 見せ 、たいへん ほめられ 、さらに 二 枚 三 枚 と 、お化け の 絵 を 画きつづけ 、竹一 から もう 一つ の 、
「お前 は 、偉い 絵画 き に なる 」
と いう 予言 を 得た のでした 。
惚れられる と いう 予言 と 、偉い 絵画 き になる と いう 予言 と 、この 二 つ の 予言 を 馬鹿 の 竹一 に 依って 額 に 刻印 せられて 、やがて 、自分 は 東京 へ 出て 来ました 。
自分 は 、美術 学校 に はいりたかった のです が 、父 は 、前 から 自分 を 高等 学校 に いれて 、末 は 官吏 に する つもり で 、自分 に も それ を 言い渡して あった ので 、口応え 一つ 出来ない たち の 自分 は 、ぼんやり それ に 従った のでした 。 四 年 から 受けて 見よ 、 と 言われた ので 、 自分 も 桜 と 海 の 中学 は もう いい加減 あきて いました し 、 五 年 に 進級 せず 、 四 年 修了 の まま で 、 東京 の 高等 学校 に 受験 して 合格 し 、 すぐに 寮生 活 に はいりました が 、 その 不潔 と 粗暴に 辟易 へきえき して 、 道化 どころ で は なく 、 医師 に 肺 浸 潤 の 診断 書 を 書いて もらい 、 寮 から 出て 、 上野 桜木 町 の 父 の 別荘 に 移りました 。 自分 に は 、団体 生活 と いう もの が 、どうしても 出来ません 。 それ に また 、青春 の 感激 だ とか 、若人 の 誇り だ とか いう 言葉 は 、聞いて 寒気 が して 来て 、とても 、あの 、ハイスクール ・スピリット とか いう もの に は 、ついて行け なかった のです 。 教室 も 寮 も 、 ゆがめられた 性 慾 の 、 はきだめ みたいな 気 さえ して 、 自分 の 完璧 かんぺきに 近い お 道化 も 、 そこ で は 何の 役 に も 立ちません でした 。
父 は 議会 の 無い 時 は 、 月 に 一 週間 か 二 週間 しか その 家 に 滞在 して いません でした ので 、 父 の 留守 の 時 は 、 かなり 広い その 家 に 、 別荘 番 の 老 夫婦 と 自分 と 三人 だけ で 、 自分 は 、 ちょいちょい 学校 を 休んで 、 さりとて 東京 見物 など を する 気 も 起ら ず ( 自分 は とうとう 、 明治 神宮 も 、 楠 正成 く す のき まさ しげの 銅像 も 、 泉 岳 寺 の 四十七 士 の 墓 も 見 ず に 終り そう です ) 家 で 一 日 中 、 本 を 読んだり 、 絵 を かいたり して いました 。 父 が 上京 して 来る と 、自分 は 、毎朝 そそくさ と 登校 する のでした が 、しかし 、本郷 千駄木町 の 洋画家 、安田 新太郎 氏 の 画塾 に 行き 、三 時間 も 四 時間 も 、デッサン の 練習 を している 事 も あった のです 。 高等 学校 の 寮 から 脱けた ら 、学校 の 授業 に 出て も 、自分 は まるで 聴講生 みたいな 特別 の 位置 に いる ような 、それ は 自分 の ひがみ かも 知れなかった のです が 、何とも 自分自身 で 白々しい 気持 が して 来て 、いっそう 学校 へ 行く の が 、おっくうに なった のでした 。 自分 に は 、小学校 、中学校 、高等学校 を 通じて 、ついに 愛校心 という もの が 理解 でき ずに 終りました 。 校歌 など と いう もの も 、いちども 覚えよう と した 事 が ありません 。