青春 ブタ 野郎 は ホワイト クリスマス の 夢 を 見る 1
ずっと 、大事な こと を 忘れて いる 気 が していた 。
夢 の 中 では 思い 出して いる はず な のに 、目 が 覚める と 何も 思い出せない 。
朝 起きる と 、理由 の わからない 感情 だけ が いつも 心 に 残されている 。
それ が 大事な もの だ と 感じて いる 。
とても 大事な もの だ と わかって いる 。
わからない けれど わかって いた 。
いつか わかる だろう と 思って 日々 を 過ごして きた 。
そうして 、今年 も ──クリスマス が やってきた 。
1
その 日 、梓川 咲太 は 彼女 の キス で 目 を 覚めました 。
彼女 の 気配 が ベッド に 潜り 込んで きた 段階 で 、「 ああ 、 朝 か ……」 と 思考 は 働いて いた 。 それ でも 目 を 開け ずに いる と 、くすぐったい 感触 が スウェット の 上着 の 中 に 入り込んで くる 。 腰 、腹 、胸 を 通り過ぎて 首 まで 這い上がって くる 。 そして 、最後に ぺろっと 唇 を なめられた 。
「あと 五 分 ……」
まどろんだ まま 咲太 が そう もらす 。
彼女 から の 返事 は 、再び の キス だった 。 と 言う か 、ぺろぺろ と 顔 を なめられている 。
こう なって は 、寝て いられない 。
咲 太 は 諦めて 重たい 瞼 を 持ち上げた 。
その 目 に 映った の は 、スウェット の 首 から 頭 だけ を 出した 三毛猫 の 顔 。
「 な ー 」
ちょっと 低い 声 で 嗚いた 飼い 猫 の なす のだ 。 性別 は メス 。
「おはよう 、なす の 」
「 な ー 」
季節 は 冬 。 十二 月 二十四 日 。 すなわち 、クリスマスイプ だ 。
気分 的に は もう 冬 休み も 同然 だった が 、残念な こと に 今日 まで 学校 が ある 。 二 学期 の 最終 日 。 終業 式 だ 。
サボった ところ で 大きな 問題 に は ならない 。 このまま ベッド の 中 で 、ぬくぬく 惰眠 を むさぼって いたい 。 それ が 冬 の 最高の 贅沢 。
だが 、この 日 に 限って は 、
「起きる か ……」
と 、咲太 は あっさり ベッド から 出た 。 室内 と は 言え 、だいぶ ひんやり して いる 。
「さ むっ 」
今朝 は 一段と 冷え込んでいた 。
「そうい や 、雪 降る ん だった な 」
昨日 、なんとなく 見て いた 天気 予報 で は 、強烈な 寒気 が 流れ込む ため 、関東 の 平野部 や 沿岸部 でも 雪 が 積もる と 言って いた 。 「クリスマスイプ という こと で 、お出かけ の 方 も 多い と 思います が 、くれぐれも 足元 に 気を付けて ください 」と 気象 予報士 の お姉さん が 注意 を 促していた 。 特に 予定 の なかった 昨年 なら 、余計 なお 世話 だ と 感じる コメント も 、今年 は 素直に 「足元 に は 注意 しよう 」と 思える 。 今日 の 咲太 に は お出かけ の 約束 が ある のだ 。
服 の 中 から なす の を 引っ張り出す 。
「 な ー 」
と 、空腹 を 訴えて くる なす の を 連れて 、一緒に リビング に 出た 。
まず は カリカリ を お皿 に 入れて あげる 。
しんと した 家 の 中 に は 、なす の が 黙々と 食べる 音 だけ が 響く 。
それ も その はず で 、今朝 は 咲太 と なす の しか いない のだ 。
花 楓 は 昨日 の 昼 過ぎ に 父親 が 迎え に 来て 、今 は 祖父母 の 家 に 泊まり に 行って いる 。 おじいちゃん と おばあちゃん に さぞ 可愛がられて いる こと だろう 。 色々 あって 、この 二 年間 は 会う こと が できなかった から ……
花 楓 が この 家 に 帰ってくる の は 、明後日 の 二十六日 。
「もっと 、ゆっくり で いい ん だ ぞ 」
見送る 際 に そう 伝えた のだが 、
「二十六 日 に は 帰る から 」
と 言って 、花 楓 は 譲ら なかった 。
その 態度 は 妙に 頑な で 、瞳 に は 梃子 でも 動か ない と いう 意思 が 感じられた 。
理由 は 聞かなくて も わかる 。
花 楓 に は 、この 家 に 帰ってきて やりたい こと が ある のだ 。
トースター に 食パン を セット して 、焼き上がる まで の 時間 で 目玉焼き を 作った 。
出来上がった それ ら を キッチン で ぺろり と 平らげる 。
使った フランバン を 洗 つて 片付けて いる と 家 の 電話 が 嗚った 。
ディスプレイ に 表示 されている の は 、父親 の 携帯 番号 。
手 を 拭いて 受話器 を 取る 。 「はい 」と 咲太 は 電話 に 出た 。
「あ 、お兄ちゃん ? 」
聞こえて きた の は 父親 に しては かわいい 声 。 それ も 当然 だ 。 電話 の 相手 は 父親 で は なく 、妹 の 花楓 だった 。
「 なんだ ? 」
「なん だって 、なに それ 」
咲 太 が 用件 を 尋ねる と 、なぜ だ か 不満 そうな 声 が 返ってくる 。
「かけて きた の そっち だ ろ 」
「昨日 、こっち 着いた よって 連絡 して なかった から 、今 、電話 した のに 」
こっち と は もちろん 祖父母 の 家 という 意味 だ 。
「おじいちゃん と おばあちゃん は 元気 か ? 」
「うん 、元気 。 お 兄ちゃん に も 会い たがってる よ 」
「ま 、その うち 行く よ 。 今回 は 僕 の 分 まで 可愛がって もらって おいて くれ 」
「じゃあ 、お兄ちゃん の 分 の クリスマス プレゼント と お年玉 は 私 が もらう ね 」
なんとも 現金 な 返事 だ 。
「僕 に は 麻衣 さん が いる から 、それ くらい は 花楓 に 譲って やる よ 」
その 麻衣 と は 今日 デート の 約束 を して いる 。 待ち合わせ 時間 は 麻衣 の 仕事 終わり に 合わせた 午後 六 時 。 彼女 の 多忙な スケジュール を 考える と 、クリスマス を 一緒に 過ごせる のは とても 幸運だ 。
この 約束 が ある からこそ 、咲太 は 二度 寝 の 誘惑 を 撥ね除けて 、まずは 学校 に 行こう という 気 に なっていた 。
「麻衣 さん に 失礼な こと する と 嫌わ れる よ 」
せっかく の クリスマス な ので 、咲太 としては ちょいと 失礼 して 麻衣 と 色々 して おきたい 。 可能な 限り 欲張って いきたい と 思う 。 がんばりたい 。 だが 、そんな 決意 表明 を 実の 妹 に して も 仕方がない ので 咲太 は 黙って おいた 。
「て か 、麻衣 さん 、花楓 も いる もん だ と 思って 、一緒に ケーキ 食べようって 言って くれてた ぞ 」
「それ 、絶対 お邪魔虫 に なる から 、おじいちゃん 家 に 来た んじゃん 」
「僕 の 麻衣 さん が そんな 風 に 思う わけ ない だろ 」
「お兄ちゃん がって 意味 だ よ ぉ 」
むっと した 感情 を 隠そう と も し ないで 花 楓 が ぶつけて くる 。
「心配 する な 。 豊浜 が クリスマス ライブ 終わったら 即 帰宅 する って 息巻いてる んで 、お邪魔虫 なら すでに 一匹 いる 」
金髪 の キラキラ した やつ が ……
「それ 、今度 のどか さん に 言っとく ね 」
「今日 、直接 言う から 大丈夫 だ ぞ 」
あの シスコンアイドル に は もう 少し 気 を 遣って もらいたい もの だ 。
「……お兄ちゃん って 、色々 おかしい よ ね 」
呆れた 声 で 、花 楓 が 呟いて いる 。
「そろそろ 、学校 行く 準備 する から 切る ぞ 」
「えっと 、うん ……」
急に 花 楓 の 声 は しぽん で いく 。
「……」
咲 太 は 何も 言わ ず に 、花 楓 の 言葉 の 続き を 待った 。
「あ 、あの ね ……」
受話器 を 通して 、花 楓 の 緊張 が 伝わって くる 。 何 か 言い出しづらい こと を 言おう と している のだろう 。 そして 、それ が 何 なの か 咲太 に は 聞かなくて も わかって いた 。
「その 、そっち に 帰ったら なんだけど ……」
一 度 は 大きく なった 声 も 、尻すぼみ に 小さく なる 。
「学校 行く 練習 に 付き合えば いい ん だろ ? 」
「もう 、なんで 先 に 言う の ぉ 」
声 だけ でも 花 楓 の ふてくされた 表情 が 容易に 想像 できる 。 口 を 尖らせて 、不満 を 露 に している はずだ 。
「だから 、出かける 時間 な ん だ よ 」
本当 は まだ 少し 余裕 が ある が 、家族 と この 手 の 話 を する の は むずむず して 居心地 が 悪い のだ 。 体 が 痒く なって くる 。
「…… でも 、 あり が と 、 お 兄ちゃん 」
「ん じゃ 、切る ぞ 」
「あ 、うん 」
切らない と ずるずる 続き そうだった ので 、咲太 は 先に 受話器 を 置いた 。
カリカリ を 食べ 終えた なす の が 「ん なー 」と 満足 そうに 嗚いている 。 顔 を 洗って 、後ろ足 で 首 の あたり を かいて いた 。
その なす の から 視線 を 上げる と 、ふと ドア を 開けっぱなし に して ある 花楓 の 部屋 が 視界 に 入った 。 クローゼット の 前 に は 、中学校 の 制服 一式 が ハンガー に かけられている 。 昨日 、花 楓 が 出かける 前 に 用意 して いった もの だ 。 祖父母 の 家 から 戻ったら 、それ を 着て 中学校 に 通える ように なる ために ……。 毎日 、学校 に 行ける ように なる ために ……。
もう 一 度 、なす の が 「なー 」と 嗚く 。
そろそろ 、咲太 も 着替えて 出かけない と いけない 時間 に なっていた 。