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野分 夏目漱石, 「十一」 野分 夏目漱石

「十一 」 野 分 夏目 漱石

十一

今日 も また 風 が 吹く 。 汁 気 の ある もの を ことごとく 乾 鮭 に する つもりで 吹く 。 「 御 兄さん の 所 から 御 使 です 」 と 細 君 が 封書 を 出す 。 道也 は 坐った まま 、 体 を そらして 受け取った 。 「 待って る かい 」 「 ええ 」 道也 は 封 を 切って 手紙 を 読み 下す 。 やがて 、 終り から 巻き返して 、 再び 状 袋 の なか へ 収めた 。 何にも 云 わ ない 。 「 何 か 急用 で でも ご ざん す か 」 道也 は 「 うん 」 と 云 いながら 、 墨 を 磨って 、 何 か さらさら と 返事 を 認めて いる 。 「 何の 御用 です か 」 「 ええ ? ちょっと 待った 。 書いて しまう から 」 返事 は わずか 五六 行 である 。 宛名 を かいて 、「 これ を 」 と 出す 。 細 君 は 下 女 を 呼んで 渡して やる 。 自分 は 動か ない 。 「 何の 御用 な んです か 」 「 何の 用 か わから ない 。 ただ 、 用 が ある から 、 すぐ 来て くれ と かいて ある 」 「 いらっしゃる でしょう 」 「 おれ は 行か れ ない 。 なんなら お前 行って 見てくれ 」 「 私 が ? 私 は 駄目です わ 」 「 なぜ 」 「 だって 女 です もの 」 「 女 でも 行か ない より いい だろう 」 「 だって 。 あなた に 来い と 書いて ある んでしょう 」 「 おれ は 行か れ ない もの 」 「 どうして ? 」 「 これ から 出掛け なくっちゃ なら ん 」 「 雑誌 の 方 なら 、 一 日 ぐらい 御 休み に なって も いい でしょう 」 「 編 輯 なら いい が 、 今日 は 演説 を やら なくっちゃ なら ん 」 「 演説 を ? あなた が です か ? 」 「 そう よ 、 おれ が やる の さ 。 そんなに 驚 ろく 事 は なかろう 」 「 こんなに 風 が 吹く のに 、 よし に なされば いい のに 」 「 ハハハハ 風 が 吹いて やめる ような 演説 なら 始め から やりゃ し ない 」 「 ですけれども 滅多な 事 は なさら ない 方 が よ ご ざん す よ 」 「 滅多な 事 と は 。 何 が さ 」 「 いいえ ね 。 あんまり 演説 なんか なさら ない 方 が 、 あなた の 得だ と 云 うん です 」 「 な に 得な 事 が ある もの か 」 「 あと が 困る かも 知れ ない と 申す のです 」 「 妙な 事 を 云 うね 御前 は 。 ―― 演説 を しちゃ いけない と 誰 か 云った の か ね 」 「 誰 が そんな 事 を 云 う もの です か 。 ―― 云 いやしま せ ん が 、 御 兄さん から こう やって 、 急用 だって 、 御 使 が 来て いる んです から 行って 上げ なくって は 義理 が わるい じゃ ありません か 」 「 それ じゃ 演説 を やめ なくっちゃ なら ない 」 「 急に 差 支 が 出来たって 断わったら いい でしょう 」 「 今さら そんな 不 義理 が 出来る もの か 」 「 では 御 兄さん の 方 へ は 不 義理 を な すって も 、 いい と おっしゃる んです か 」 「 いい と は 云 わ ない 。 しかし 演説 会 の 方 は 前 から の 約束 で ―― それ に 今日 の 演説 は ただ の 演説 で は ない 。 人 を 救う ため の 演説 だ よ 」 「 人 を 救うって 、 誰 を 救う のです 」 「 社 の もの で 、 この 間 の 電車 事件 を 煽 動 した と 云 う 嫌疑 で 引っ張ら れた もの が ある 。 ―― ところが その 家族 が 非常な 惨状 に 陥って 見る に 忍びない から 、 演説 会 を して その 収入 を そちら へ 廻して やる 計画 な んだ よ 」 「 そんな 人 の 家族 を 救う の は 結構な 事 に 相違 ない でしょう が 、 社会 主義 だ なんて 間違えられる と あと が 困ります から ……」 「 間違えたって 構わ ない さ 。 国家 主義 も 社会 主義 も ある もの か 、 ただ 正しい 道 が いい の さ 」 「 だって 、 もし あなた が 、 その 人 の ように なった と して 御覧 なさい 。 私 は やっぱり 、 その 人 の 奥さん 同様な 、 ひどい 目 に 逢わ なけりゃ なら ない でしょう 。 人 を 御 救い なさる の も 結構です が 、 ちっと は 私 の 事 も 考えて 、 やって 下さら なくっちゃ 、 あんまりです わ 」 道也 先生 は しばらく 沈 吟 して いた が 、 やがて 、 机 の 前 を 立ち ながら 「 そんな 事 は ない よ 。 そんな 馬鹿な 事 は ない よ 。 徳川 政府 の 時代 じゃ ある ま いし 」 と 云った 。 例の 袴 を 突っかける と 支度 は 一 分 たた ぬ うち に 出来上った 。 玄関 へ 出る 。 外 は いまだに 強く 吹いて いる 。 道也 先生 の 姿 は 風 の 中 に 消えた 。 清 輝 館 の 演説 会 は この 風 の 中 に 開か れる 。 講演 者 は 四 名 、 聴衆 は 三百 名 足らず である 。 書生 が 多い 。 その 中 に 文学 士 高柳 周作 が いる 。 彼 は この 風 の 中 を 襟巻 に 顔 を 包んで 咳 を し ながら やって 来た 。 十 銭 の 入場 料 を 払って 、 二 階 に 上った 時 は 、 広い 会場 は まばらに 席 を あまして むしろ 寂 寞 の 感 が あった 。 彼 は 南側 の なるべく 暖か そうな 所 に 席 を とった 。 演説 は すでに 始まって いる 。 「…… 文士 保護 は 独立 し がたき 文士 の 言う 事 である 。 保護 と は 貴族 的 時代 に 云 う べき 言葉 で 、 個人 平等 の 世に これ を 云々 する の は 恥 辱 の 極 である 。 退いて 保護 を 受 くる より 進んで 自己 に 適当なる 租税 を 天下 から 払わ しむ べきである 」 と 云った と 思ったら 、 引き込んだ 。 聴衆 は 喝采 する 。 隣り に 薩摩 絣 の 羽織 を 着た 書生 が いて 話して いる 。 「 今 の が 、 黒田 東陽 か 」 「 うん 」 「 妙な 顔 だ な 。 もっと 話せる 顔 か と 思った 」 「 保護 を 受けたら 、 もう 少し 顔 らしく なる だろう 」 高柳 君 は 二 人 を 見た 。 二 人 も 高柳 君 を 見た 。 「 おい 」 「 何 だ 」 「 いやに 睨め る じゃ ねえ か 」 「 おっか ねえ 」 「 こんだ 誰 の 番 だ 。 ―― 見ろ 見ろ 出て 来た 」 「 いやに 、 ひ ょろ 長い な 。 この 風 に どうして 出て 来たろう 」 ひ ょろ ながい 道也 先生 は 綿 服 の まま 壇上 に あらわれた 。 かれ は この 風 の 中 を 金 釘 の ごとく 直立 して 来た のである 。 から風 に 吹き 曝さ れ たる 彼 は 、 からからの 古 瓢箪 の ごとく に 見える 。 聴衆 は 一度に 手 を たたく 。 手 を たたく の は 必ずしも 喝采 の 意 と 解す べ から ざる 場合 が ある 。 独り 高柳 君 のみ は 粛然 と して 襟 を 正した 。 「 自己 は 過去 と 未来 の 連鎖 である 」 道也 先生 の 冒頭 は 突如と して 来た 。 聴衆 は ちょっと 不意 撃 を 食った 。 こんな 演説 の 始め 方 は ない 。 「 過去 を 未来 に 送り込む もの を 旧派 と 云 い 、 未来 を 過去 より 救う もの を 新派 と 云 う のであります 」 聴衆 は いよいよ 惑った 。 三百 の 聴衆 の うち に は 、 道也 先生 を ひやかす 目的 を もって 入場 して いる もの が ある 。 彼ら に 一 寸 の 隙 でも 与えれば 道也 先生 は 壇上 に 嘲 殺さ れ ねば なら ぬ 。 角 力 は 呼吸 である 。 呼吸 を 計ら ん で ひやかせば かえって 自分 が 放り出さ れる ばかりである 。 彼ら は 蛇 の ごとく 鎌 首 を 持ち上げて 待構えて いる 。 道也 先生 の 眼中 に は 道 の 一 字 が ある 。 「 自己 の うち に 過去 なし と 云 う もの は 、 われ に 父母 なし と 云 う が ごとく 、 自己 の うち に 未来 なし と 云 う もの は 、 われ に 子 を 生む 能力 なし と いう と 一般 である 。 わが 立脚 地 は ここ に おいて 明瞭である 。 われ は 父母 の ため に 存在 する か 、 われ は 子 の ため に 存在 する か 、 あるいは われ そのもの を 樹立 せ ん が ため に 存在 する か 、 吾人 生存 の 意義 は この 三 者 の 一 を 離 る る 事 が 出来 ん のである 」 聴衆 は 依然と して 、 だまって いる 。 あるいは 煙 に 捲 かれた の かも 知れ ない 。 高柳 君 は なるほど と 聴いて いる 。 「 文芸 復興 は 大 なる 意味 に おいて 父母 の ため に 存在 し たる 大 時期 である 。 十八 世紀 末 の ゴシック 復活 も また 大 なる 意味 に おいて 父母 の ため に 存在 し たる 小 時期 である 。 同時に スコット 一派 の 浪漫 派 を 生ま ん が ため に 存在 した 時期 である 。 すなわち 子孫 の ため に 存在 し たる 時期 である 。 自己 を 樹立 せ ん が ため に 存在 し たる 時期 の 好例 は エリザベス 朝 の 文学 である 。 個人 に ついて 云 えば イブセン である 。 メレジス である 。 ニイチェ である 。 ブラウニング である 。 耶蘇 教徒 ( ヤソ きょうと ) は 基督 ( キリスト ) の ため に 存在 して いる 。 基督 は 古 え の 人 である 。 だから 耶蘇 教徒 は 父 の ため に 存在 して いる 。 儒者 は 孔子 の ため に 生きて いる 。 孔子 も 昔 え の 人 である 。 だから 儒者 は 父 の ため に 生きて いる 。 ……」 「 もう わかった 」 と 叫ぶ もの が ある 。 「 なかなか わかりません 」 と 道也 先生 が 云 う 。 聴衆 は どっと 笑った 。 「 袷 は 単 衣 の ため に 存在 する です か 、 綿 入 の ため に 存在 する です か 。 または 袷 自身 の ため に 存在 する です か 」 と 云って 、 一応 聴衆 を 見 廻した 。 笑う に は あまり 、 奇 警 である 。 慎 しむ に は あまり 飄 きん である 。 聴衆 は 迷う た 。 「 六 ず か しい 問題 じゃ 、 わたし に も わから ん 」 と 済ました 顔 で 云って しまう 。 聴衆 は また 笑った 。 「 それ は わから ん でも 差 支 ない 。 しかし 吾々 は 何の ため に 存在 して いる か ? これ は 知ら なくて は なら ん 。 明治 は 四十 年 立った 。 四十 年 は 短 かく は ない 。 明治 の 事業 は これ で 一 段落 を 告げた ……」 「 ノー 、 ノー 」 と 云 う もの が ある 。 「 どこ か で ノー 、 ノー と 云 う 声 が する 。 わたし は その 人 に 賛成 である 。 そう 云 う 人 が ある だろう と 思う て 待って いた のである 」 聴衆 は また 笑った 。 「 いや 本当に 待って いた のである 」 聴衆 は 三 たび 鬨 を 揚げた 。 「 私 は 四十 年 の 歳月 を 短 かく は ない と 申した 。 なるほど 住んで 見れば 長い 。 しかし 明治 以外 の 人 から 見たら やはり 長い だろう か 。 望遠 鏡 の 眼鏡 は 一 寸 の 直径 である 。 しかし 愛宕 山 から 見る と 品川 の 沖 が この 一 寸 の なか に 這 入って しまう 。 明治 の 四十 年 を 長い と 云 う もの は 明治 の なか に 齷齪 して いる もの の 云 う 事 である 。 後世 から 見れば ずっと 縮まって しまう 。 ずっと 遠く から 見る と 一 弾 指 の 間 に 過ぎ ん 。 ―― 一 弾 指 の 間 に 何 が 出来る 」 と 道也 は テーブル の 上 を とんと 敲いた 。 聴衆 は ちょっと 驚 ろ いた 。 「 政治 家 は 一大事 業 を した つもりで いる 。 学者 も 一大事 業 を した つもりで いる 。 実業 家 も 軍人 も みんな 一大事 業 を した つもりで いる 。 した つもりで いる が それ は 自分 の つもりである 。 明治 四十 年 の 天地 に 首 を 突き 込んで いる から 、 した つもり に なる のである 。 ―― 一 弾 指 の 間 に 何 が 出来る 」 今度 は 誰 も 笑わ なかった 。 「 世の中 の 人 は 云 うて いる 。 明治 も 四十 年 に なる 、 まだ 沙 翁 が 出 ない 、 まだ ゲーテ が 出 ない 。 四十 年 を 長い と 思えば こそ 、 そんな 愚痴 が 出る 。 一 弾 指 の 間 に 何 が 出る 」 「 もうでる ぞ 」 と 叫んだ もの が ある 。 「 もうでる かも 知れ ん 。 しかし 今 まで に 出て おら ん 事 は 確かである 。 ―― 一言 に して 云 えば 」 と 句 を 切った 。 満場 は しんと して いる 。 「 明治 四十 年 の 日月 は 、 明治 開化 の 初期 である 。 さらに 語 を 換えて これ を 説明 すれば 今日 の 吾人 は 過去 を 有 た ぬ 開化 の うち に 生息 して いる 。 したがって 吾人 は 過去 を 伝う べき ため に 生れた ので は ない 。 ―― 時 は 昼夜 を 舎 て ず 流れる 。 過去 の ない 時代 は ない 。 ―― 諸君 誤解 して は なりません 。 吾人 は 無論 過去 を 有して いる 。 しかし その 過去 は 老 耄 した 過去 か 、 幼稚な 過去 である 。 則 とる に 足る べき 過去 は 何にも ない 。 明治 の 四十 年 は 先例 の ない 四十 年 である 」 聴衆 の うち に そう か なあ と 云 う 顔 を して いる 者 が ある 。 「 先例 の ない 社会 に 生れた もの ほど 自由な もの は ない 。 余 は 諸君 が この 先例 の ない 社会 に 生れた の を 深く 賀 する もの である 」 「 ひや 、 ひや 」 と 云 う 声 が 所々 に 起る 。 「 そう 早合点 に 賛成 されて は 困る 。 先例 の ない 社会 に 生れた もの は 、 自から 先例 を 作ら ねば なら ぬ 。 束縛 の ない 自由 を 享 ける もの は 、 すでに 自由 の ため に 束縛 されて いる 。 この 自由 を いかに 使いこなす か は 諸君 の 権利 である と 同時に 大 なる 責任 である 。 諸君 。 偉大なる 理想 を 有せ ざる 人 の 自由 は 堕落 で あります 」 言い切った 道也 先生 は 、 両手 を 机 の 上 に 置いて 満場 を 見 廻した 。 雷 が 落ちた ような 気合 である 。 「 個人 に ついて 論じて も わかる 。 過去 を 顧みる 人 は 半 白 の 老人 である 。 少 壮 の 人 に 顧みる べき 過去 は ない はずである 。 前途 に 大 なる 希望 を 抱く もの は 過去 を 顧みて 恋 々 たる 必要 が ない のである 。 ―― 吾人 が 今日 生きて いる 時代 は 少 壮 の 時代 である 。 過去 を 顧みる ほど に 老い 込んだ 時代 で は ない 。 政治 に 伊藤 侯 や 山県 侯 を 顧みる 時代 で は ない 。 実業 に 渋沢 男 や 岩崎 男 を 顧みる 時代 で は ない 。 ……」 「 大気 」 と 評した の は 高柳 君 の 隣り に いた 薩摩 絣 である 。 高柳 君 は むっと した 。 「 文学 に 紅葉 氏 一 葉 氏 を 顧みる 時代 で は ない 。 これら の 人々 は 諸君 の 先例 に なる が ため に 生きた ので は ない 。 諸君 を 生む ため に 生きた のである 。 最 前 の 言葉 を 用いれば これら の 人々 は 未来 の ため に 生きた のである 。 子 の ため に 存在 した のである 。 しか して 諸君 は 自己 の ため に 存在 する のである 。 ―― およそ 一 時代 に あって 初期 の 人 は 子 の ため に 生きる 覚悟 を せ ねば なら ぬ 。 中期 の 人 は 自己 の ため に 生きる 決心 が 出来 ねば なら ぬ 。 後期 の 人 は 父 の ため に 生きる あきらめ を つけ なければ なら ぬ 。 明治 は 四十 年 立った 。 まず 初期 と 見て 差 支 なかろう 。 すると 現代 の 青年 たる 諸君 は 大 に 自己 を 発展 して 中期 を かたちづくら ねば なら ぬ 。 後ろ を 顧みる 必要 なく 、 前 を 気遣う 必要 も なく 、 ただ 自我 を 思 の まま に 発展 し 得る 地位 に 立つ 諸君 は 、 人生 の 最大 愉快 を 極 む る もの である 」 満場 は 何となく どよめき 渡った 。 「 なぜ 初期 の もの が 先例 に なら ん ? 初期 は もっとも 不 秩序 の 時代 である 。 偶然 の 跋扈 する 時代 である 。 僥倖 の 勢 を 得る 時代 である 。 初期 の 時代 に おいて 名 を 揚げ たる もの 、 家 を 起し たる もの 、 財 を 積み たる もの 、 事業 を なし たる もの は 必ずしも 自己 の 力量 に 由って 成功 した と は 云 われ ぬ 。 自己 の 力量 に よら ず して 成功 する は 士 の もっとも 恥 辱 と する ところ である 。 中期 の もの は この 点 に おいて 遥かに 初期 の 人々 より も 幸福である 。 事 を 成す の が 困難である から 幸福である 。 困難に も かかわら ず 僥倖 が 少ない から 幸福である 。 困難に も かかわら ず 力量 しだい で 思う ところ へ 行ける ほど の 余裕 が あり 、 発展 の 道 が ある から 幸福である 。 後期 に 至る と かたまって しまう 。 ただ 前代 を 祖 述 する より ほか に 身動き が とれ ぬ 。 身動き が とれ なく なって 、 人間 が 腐った 時 、 また 波 瀾 が 起る 。 起ら ねば 化石 する より ほか に しようがない 。 化石 する の が いやだ から 、 自から 波 瀾 を 起す のである 。 これ を 革命 と 云 う のである 。 「 以上 は 明治 の 天下 に あって 諸君 の 地位 を 説明 した のである 。 かかる 愉快な 地位 に 立つ 諸君 は この 愉快に 相当 する 理想 を 養わ ねば なら ん 」 道也 先生 は ここ に おいて 一転 語 を 下した 。 聴衆 は 別に ひやかす 気 も なくなった と 見える 。 黙って いる 。 「 理想 は 魂 である 。 魂 は 形 が ない から わから ない 。 ただ 人 の 魂 の 、 行為 に 発現 する ところ を 見て 髣髴 する に 過ぎ ん 。 惜しい かな 現代 の 青年 は これ を 髣髴 する こと が 出来 ん 。 これ を 過去 に 求めて も ない 、 これ を 現代 に 求めて は なおさら ない 。 諸君 は 家庭 に 在って 父母 を 理想 と する 事 が 出来ます か 」 ある もの は 不平 な 顔 を した 。 しかし だまって いる 。 「 学校 に 在って 教師 を 理想 と する 事 が 出来ます か 」 「 ノー 、 ノー 」 「 社会 に 在って 紳士 を 理想 と する 事 が 出来ます か 」 「 ノー 、 ノー 」 「 事実 上 諸君 は 理想 を もって おら ん 。 家 に 在って は 父母 を 軽蔑 し 、 学校 に 在って は 教師 を 軽蔑 し 、 社会 に 出 でて は 紳士 を 軽蔑 して いる 。 これら を 軽蔑 し 得る の は 見識 である 。 しかし これら を 軽蔑 し 得る ため に は 自己 に より 大 なる 理想 が なくて は なら ん 。 自己 に 何ら の 理想 なく して 他 を 軽蔑 する の は 堕落 である 。 現代 の 青年 は 滔々と して 日 に 堕落 し つつ ある 」 聴衆 は 少し く 色めいた 。 「 失敬な 」 と つぶやく もの が ある 。 道也 先生 は 昂 然 と して 壇 下 を 睥睨 して いる 。 「 英国 風 を 鼓 吹 して 憚 から ぬ もの が ある 。 気の毒な 事 である 。 己 れ に 理想 の ない の を 明か に 暴露 して いる 。 日本 の 青年 は 滔々と して 堕落 する に も かかわら ず 、 いまだ ここ まで は 堕落 せ ん と 思う 。 すべて の 理想 は 自己 の 魂 である 。 うち より 出 ねば なら ぬ 。 奴隷 の 頭脳 に 雄大な 理想 の 宿り よう が ない 。 西洋 の 理想 に 圧倒 せられて 眼 が くらむ 日本 人 は ある 程度 に おいて 皆 奴隷 である 。 奴隷 を もって 甘んずる のみ なら ず 、 争って 奴隷 たら ん と する もの に 何ら の 理想 が 脳裏 に 醗酵 し 得る 道理 が あろう 。 「 諸君 。 理想 は 諸君 の 内部 から 湧き出 なければ なら ぬ 。 諸君 の 学問 見識 が 諸君 の 血 と なり 肉 と なり ついに 諸君 の 魂 と なった 時 に 諸君 の 理想 は 出来上る のである 。 付 焼 刃 は 何にも なら ない 」 道也 先生 は ひやかさ れる なら 、 ひやかして 見ろ と 云 わ ぬ ばかりに 片手 の 拳骨 を テーブル の 上 に 乗せて 、 立って いる 。 汚 ない 黒 木綿 の 羽織 に 、 べん べら の 袴 は 最 前 ほど に 目立た ぬ 。 風 の 音 が ごう と 鳴る 。 「 理想 の ある もの は 歩く べき 道 を 知っている 。 大 なる 理想 の ある もの は 大 なる 道 を あるく 。 迷子 と は 違う 。 どう あって も この 道 を あるか ねば やま ぬ 。 迷い たくて も 迷え ん のである 。 魂 が こちら こちら と 教える から である 。 「 諸君 の うち に は 、 どこ まで 歩く つもりだ と 聞く もの が ある かも 知れ ぬ 。 知れた 事 である 。 行ける 所 まで 行く の が 人生 である 。 誰しも 自分 の 寿命 を 知って る もの は ない 。 自分 に 知れ ない 寿命 は 他人 に は なおさら わから ない 。 医者 を 家業 に する 専門 家 でも 人間 の 寿命 を 勘定 する 訳 に は 行か ぬ 。 自分 が 何 歳 まで 生きる か は 、 生 きた あと で 始めて 言う べき 事 である 。 八十 歳 まで 生きた と 云 う 事 は 八十 歳 まで 生きた 事実 が 証拠 立てて くれ ねば なら ん 。 た とい 八十 歳 まで 生きる 自信 が あって 、 その 自信 通り に なる 事 が 明瞭である に して も 、 現に 生きた と 云 う 事実 が ない 以上 は 誰 も 信ずる もの は ない 。 したがって 言う べき もの で ない 。 理想 の 黙 示 を 受けて 行く べき 道 を 行く の も その 通り である 。 自己 が どれほど に 自己 の 理想 を 現実 に し 得る か は 自己 自身 に さえ 計ら れ ん 。 過去 が こう である から 、 未来 も こう であろう ぞ と 臆 測 する の は 、 今 まで 生きて いた から 、 これ から も 生きる だろう と 速 断 する ような もの である 。 一種 の 山 である 。 成功 を 目的 に して 人生 の 街頭 に 立つ もの は すべて 山師 である 」 高柳 君 の 隣り に いた 薩摩 絣 は 妙な 顔 を した 。 「 社会 は 修羅場 である 。 文明 の 社会 は 血 を 見 ぬ 修羅場 である 。 四十 年 前 の 志士 は 生死 の 間 に 出入 して 維新 の 大 業 を 成就 した 。 諸君 の 冒す べき 危険 は 彼ら の 危険 より 恐ろしい かも 知れ ぬ 。 血 を 見 ぬ 修羅場 は 砲声 剣 光 の 修羅場 より も 、 より 深刻に 、 より 悲惨である 。 諸君 は 覚悟 を せ ねば なら ぬ 。 勤 王 の 志士 以上 の 覚悟 を せ ねば なら ぬ 。 斃 る る 覚悟 を せ ねば なら ぬ 。 太平の 天地 だ と 安心 して 、 拱 手 して 成功 を 冀う 輩 は 、 行く べき 道 に 躓いて 非業 に 死 し たる 失敗 の 児 より も 、 人間 の 価値 は 遥かに 乏しい のである 。 「 諸君 は 道 を 行か ん が ため に 、 道 を 遮 ぎ る もの を 追わ ねば なら ん 。 彼ら と 戦う とき に 始めて 、 わが 生涯 の 内 生命 に 、 勤 王 の 諸 士 が あえて し たる 以上 の 煩 悶 と 辛 惨 と を 見出し 得る のである 。 ―― 今日 は 風 が 吹く 。 昨日 も 風 が 吹いた 。 この頃 の 天候 は 不穏である 。 しかし 胸 裏 の 不穏 は こんな もの で は ない 」 道也 先生 は 、 が たつ く 硝子 窓 ( ガラス まど ) を 通して 、 往来 の 方 を 見た 。 折から 一陣 の 風 が 、 会釈 なく 往来 の 砂 を 捲 き 上げて 、 屋 の 棟 に 突き当って 、 虚 空 を 高く 逃れて 行った 。 「 諸君 。 諸君 の どれ ほど に 剛 健 なる か は 、 わたし に は 分 らん 。 諸君 自身 に も 知れ ぬ 。 ただ 天下 後世 が 証拠 だ てる のみ である 。 理想 の 大道 を 行き 尽して 、 途上 に 斃 る る 刹那 に 、 わが 過去 を 一 瞥 の うち に 縮め 得て 始めて 合点 が 行く のである 。 諸君 は 諸君 の 事業 そのもの に 由って 伝えられ ねば なら ぬ 。 単に 諸君 の 名 に 由って 伝えられ ん と する は 軽薄である 」 高柳 君 は 何となく きまり が わるかった 。 道也 の 輝 やく 眼 が 自分 の 方 に 注いで いる ように 思 れる 。 「 理想 は 人 に よって 違う 。 吾々 は 学問 を する 。 学問 を する もの の 理想 は 何 であろう 」 聴衆 は 黙 然 と して 応ずる もの が ない 。 「 学問 を する もの の 理想 は 何で あろう と も ―― 金 で ない 事 だけ は たしかである 」 五六 ヵ 所 に 笑 声 が 起る 。 道也 先生 の 裕福 なら ぬ 事 は その 服装 を 見た もの の 心 から 取り除けられ ぬ 事実 である 。 道也 先生 は 羽織 の ゆき を 左右 の 手 に 引っ張り ながら 、 まず 徐 ろ にわ が 右 の 袖 を 見た 。 次に 眼 を 転じて また 徐 ろ にわ が 左 の 袖 を 見た 。 黒 木綿 の 織 目 の なか に 砂 が いっぱい たまって いる 。 「 随分 きたない 」 と 落ちつき払って 云った 。 笑 声 が 満場 に 起る 。 これ は ひやかし の 笑 声 で は ない 。 道也 先生 は ひやかし の 笑 声 を 好意 の 笑 声 で 揉み 潰した のである 。 「 せんだって 学問 を 専門 に する 人 が 来て 、 私 も 妻 を もろう て 子 が 出来た 。 これ から 金 を 溜 め ねば なら ぬ 。 是非 共子 供 に 立派な 教育 を さ せる だけ は 今 の うち に 貯蓄 して 置か ねば なら ん 。 しかし どう したら 貯蓄 が 出来る でしょう か と 聞いた 。 「 どう したら 学問 で 金 が とれる だろう と 云 う 質問 ほど 馬鹿 気 た 事 は ない 。 学問 は 学者 に なる もの である 。 金 に なる もの で は ない 。 学問 を して 金 を とる 工夫 を 考える の は 北極 へ 行って 虎 狩 を する ような もの である 」 満場 は また ちょっと どよめいた 。 「 一般 の 世 人 は 労力 と 金 の 関係 に ついて 大 なる 誤 謬 を 有して いる 。 彼ら は 相応の 学問 を すれば 相応の 金 が とれる 見込 の ある もの だ と 思う 。 そんな 条 理 は 成立 する 訳 が ない 。 学問 は 金 に 遠ざかる 器械 である 。 金 が ほし ければ 金 を 目的 に する 実業 家 と か 商 買 人 に なる が いい 。 学者 と 町人 と は まるで 別途 の 人間 であって 、 学者 が 金 を 予期 して 学問 を する の は 、 町人 が 学問 を 目的 に し て 丁 稚 に 住み込む ような もの である 」 「 そう か なあ 」 と 突飛な 声 を 出す 奴 が いる 。 聴衆 は どっと 笑った 。 道也 先生 は 平然と して 笑 の しずまる の を 待って いる 。 「 だから 学問 の こと は 学者 に 聞か なければ なら ん 。 金 が 欲しければ 町人 の 所 へ 持って行く より ほか に 致し方 は ない 」 「 金 が 欲しい 」 と まぜかえす 奴 が 出る 。 誰 だ か わから ない 。 道也 先生 は 「 欲しい でしょう 」 と 云った ぎり 進行 する 。 「 学問 すなわち 物 の 理 が わかる と 云 う 事 と 生活 の 自由 すなわち 金 が ある と 云 う 事 と は 独立 して 関係 の ない のみ なら ず 、 かえって 反対 の もの である 。 学者 であれば こそ 金 が ない のである 。 金 を 取る から 学者 に は なれ ない のである 。 学者 は 金 が ない 代り に 物 の 理 が わかる ので 、 町人 は 理 窟 が わから ない から 、 その 代り に 金 を 儲ける 」 何 か 云 うだろう と 思って 道也 先生 は 二十 秒 ほど 絶句 して 待って いる 。 誰 も 何も 云 わ ない 。 「 それ を 心得 ん で 金 の ある 所 に は 理 窟 も ある と 考えて いる の は 愚 の 極 で ある 。 しかも 世間 一般 は そう 誤認 して いる 。 あの 人 は 金持ち で 世間 が 尊敬 して いる から して 理 窟 も わかって いる に 違 ない 、 カルチュアー も ある に きまって いる と ―― こう 考える 。 ところが その実 は カルチュアー を 受ける 暇 が なければ こそ 金 を もうける 時間 が 出来た のである 。 自然 は 公平な もの で 一 人 の 男 に 金 も もうけ させ る 、 同時に カルチュアー も 授ける と 云 う ほど 贔屓 に は せ ん のである 。 この 見やすき 道理 も 弁 ぜ ず して 、 か の 金持ち 共 は 己 惚れて ……」 「 ひや 、 ひや 」「 焼く な 」「 しっ、 しっ」 だいぶ 賑やかに なる 。 「 自分 達 は 社会 の 上流 に 位 して 一般 から 尊敬 されて いる から して 、 世の中 に 自分 ほど 理 窟 に 通じた もの は ない 。 学者 だろう が 、 何 だろう が おれ に 頭 を さげ ねば なら ん と 思う の は 憫然 の しだい で 、 彼ら が こんな 考 を 起す 事 自身 が カルチュアー の ない と 云 う 事実 を 証明 して いる 」 高柳 君 の 眼 は 輝 やいた 。 血 が 双 頬 に 上って くる 。 「 訳 の わから ぬ 彼ら が 己 惚 は とうてい 済 度 すべ から ざる 事 と する も 、 天下 社会 から 、 彼ら の 己 惚 を もっともだ と 是認 する に 至って は 愛想 の 尽きた 不 見識 と 云 わ ねば なら ぬ 。 よく 云 う 事 だ が 、 あの 男 も あの くらい な 社会 上 の 地位 に あって 相応の 財産 も 所有 して いる 事 だ から 万 更 そんな 訳 の わから ない 事 も なかろう 。 豈計 らん や ある 場合 に は 、 そんな 社会 上 の 地位 を 得て 相当 の 財産 を 有して おれば こそ 訳 が わから ない のである 」 高柳 君 は 胸 の 苦し み を 忘れて 、 ひやひや と 手 を 打った 。 隣 の 薩摩 絣 はえ へん と 嘲 弄 的な 咳払 を する 。 「 社会 上 の 地位 は 何で きまる と 云 えば ―― いろいろ ある 。 第 一 カルチュアー で きまる 場合 も ある 。 第 二 門 閥 で きまる 場合 も ある 。 第 三 に は 芸能 で きまる 場合 も ある 。 最後に 金 で きまる 場合 も ある 。 しか して これ は もっとも 多い 。 かよう に いろいろの 標準 が ある の を 混同 して 、 金 で 相場 が きまった 男 を 学問 で 相場 が きまった 男 と 相互 に 通用 し 得る ように 考えて いる 。 ほとんど 盲目 同然である 」 エヘン 、 エヘン と 云 う 声 が 散らばって 五六 ヵ 所 に 起る 。 高柳 君 は 口 を 結んで 、 鼻 から 呼吸 を はずま せて いる 。 「 金 で 相場 の きまった 男 は 金 以外 に 融通 は 利か ぬ はずである 。 金 は ある 意味 に おいて 貴重 かも 知れ ぬ 。 彼ら は この 貴重な もの を 擁して いる から 世 の 尊敬 を 受ける 。 よろしい 。 そこ まで は 誰 も 異存 は ない 。 しかし 金 以外 の 領分 に おいて 彼ら は 幅 を 利かし 得る 人間 で は ない 、 金 以外 の 標準 を もって 社会 上 の 地位 を 得る 人 の 仲間 入 は 出来 ない 。 もし それ が 出来る と 云 えば 学者 も 金持ち の 領分 へ 乗り込んで 金銭 本位 の 区域 内 で 威張って も 好 い 訳 に なる 。 彼ら は そう は させ ぬ 。 しかし 自分 だけ は 自分 の 領分 内 に おとなしく して いる 事 を 忘れて 他の 領分 まで のさばり 出よう と する 。 それ が 物 の わから ない 、 好 い 証拠 である 」 高柳 君 は 腰 を 半分 浮かして 拍手 を した 。 人間 は 真似 が 好 である 。 高柳 君 に 誘い出されて 、 ぱち ぱち の 声 が 四方 に 起る 。 冷笑 党 は 勢 の 不可 なる を 知って 黙した 。 「 金 は 労力 の 報酬 である 。 だから 労力 を 余計に すれば 金 は 余計に とれる 。 ここ まで は 世間 も 公平である 。 これ すら も 不公平な 事 が ある 。 相場 師 など は 労力 なし に 金 を 攫んで いる ) しかし 一 歩 進めて 考えて 見る が 好 い 。 高等な 労力 に 高等な 報酬 が 伴う であろう か ―― 諸君 どう 思います ―― 返事 が なければ 説明 しなければ なら ん 。 報酬 なる もの は 眼前 の 利害 に もっとも 影響 の 多い 事情 だけ で きめられる のである 。 だから 今 の 世 でも 教師 の 報酬 は 小 商人 の 報酬 より も 少ない のである 。 眼前 以上 の 遠い 所 高い 所 に 労力 を 費やす もの は 、 いかに 将来 の ため に なろう と も 、 国家 の ため に なろう と も 、 人類 の ため に なろう と も 報酬 は いよいよ 減 ずる のである 。 だに よって 労力 の 高 下 で は 報酬 の 多寡 は きまら ない 。 金銭 の 分配 は 支配 されて おら ん 。 したがって 金 の ある もの が 高尚な 労力 を した と は 限ら ない 。 換言 すれば 金 が ある から 人間 が 高尚だ と は 云 え ない 。 金 を 目安 に して 人物 の 価値 を きめる 訳 に は 行か ない 」 滔々と して 述べて 来た 道也 は ちょっと ここ で 切って 、 満場 の 形勢 を 観 望 した 。 活版 に 押した 演説 は 生命 が ない 。 道也 は 相手 しだい で 、 どう と も 変わる つもりである 。 満場 は 思った より 静かである 。 「 それ を 金 が ある から と 云 うて むやみに えら がる の は 間違って いる 。 学者 と 喧嘩 する 資格 が ある と 思って る の も 間違って いる 。 気品 の ある 人々 に 頭 を 下げ させる つもりで いる の も 間違って いる 。 ―― 少し は 考えて も 見る が いい 。 いくら 金 が あって も 病気 の 時 は 医者 に 降参 しなければ なる まい 。 金貨 を 煎じて 飲む 訳 に は 行か ない ……」 あまり 熱心な 滑稽な ので 、 思わず 噴き出した もの が 三四 人 ある 。 道也 先生 は 気 が ついた 。 「 そう でしょう ―― 金貨 を 煎じたって 下痢 は とまら ない でしょう 。 ―― だ から 御 医者 に 頭 を 下げる 。 その代り 御 医者 は ―― 金 に 頭 を 下げる 」 道也 先生 は に やに や と 笑った 。 聴衆 も おとなしく 笑う 。 「 それ で 好 い のです 。 金 に 頭 を 下げて 結構です ―― しかし 金持 は いけない 。 医者 に 頭 を 下げる 事 を 知って ながら 、 趣味 と か 、 嗜好 と か 、 気品 と か 人品 と か 云 う 事 に 関して 、 学問 の ある 、 高尚な 理 窟 の わかった 人 に 頭 を 下げる こと を 知ら ん 。 のみ なら ず かえって 金 の 力 で 、 それ ら の 頭 を さげ させよう と する 。 ―― 盲目 蛇 に 怖 じ ず と は よく 云った もの です ねえ 」 と 急に 会話 調 に なった の は 曲折 が あった 。 「 学問 の ある 人 、 訳 の わかった 人 は 金持 が 金 の 力 で 世間 に 利益 を 与 うる と 同様の 意味 に おいて 、 学問 を もって 、 わけ の 分った ところ を もって 社会 に 幸福 を 与える のである 。 だから して 立場 こそ 違え 、 彼ら は とうてい 冒し 得 べ から ざる 地位 に 確たる 尻 を 据えて いる のである 。 「 学者 が もし 金銭 問題 に かかれば 、 自己 の 本領 を 棄 て て 他 の 縄張 内 に 這 入る のだ から 、 金持ち に 頭 を 下げる が 順当であろう 。 同時に 金 以上 の 趣味 と か 文学 と か 人生 と か 社会 と か 云 う 問題 に 関して は 金持ち の 方 が 学者 に 恐れ入って 来 なければ なら ん 。 今 、 学者 と 金持 の 間 に 葛藤 が 起る と する 。 単に 金銭 問題 ならば 学者 は 初手 から 無能力である 。 しかし それ が 人生 問題 であり 、 道徳 問題 であり 、 社会 問題 である 以上 は 彼ら 金持 は 最初 から 口 を 開く 権能 の ない もの と 覚悟 を して 絶対 的に 学者 の 前 に 服従 しなければ なら ん 。 岩崎 は 別荘 を 立て 連 ら ねる 事 に おいて 天下 の 学者 を 圧倒 して いる かも 知れ ん が 、 社会 、 人生 の 問題 に 関して は 小児 と 一般 である 。 十万 坪 の 別荘 を 市 の 東西 南北 に 建てた から 天下 の 学者 を 凹ま した と 思う の は 凌 雲 閣 を 作った から 仙人 が 恐れ入ったろう と 考える ような もの だ ……」 聴衆 は 道也 の 勢 と 最後 の 一 句 の 奇 警 な のに 気 を 奪われて 黙って いる 。 独り 高柳 君 が たまらなかった と 見えて 大きな 声 を 出して 喝采 した 。 「 商人 が 金 を 儲ける ため に 金 を 使う の は 専門 上 の 事 で 誰 も 容喙 が 出来 ぬ 。 しかし 商 買 上 に 使わ ないで 人事 上 に その 力 を 利用 する とき は 、 訳 の わかった 人 に 聞か ねば なら ぬ 。 そう しなければ 社会 の 悪 を 自ら 醸造 して 平気で いる 事 が ある 。 今 の 金持 の 金 の ある 一部分 は 常に この 目的 に 向って 使用 されて いる 。 それ と 云 うの も 彼ら 自身 が 金 の 主である だけ で 、 他の 徳 、 芸 の 主で ない から である 。 学者 を 尊敬 する 事 を 知ら ん から である 。 いくら 教えて も 人 の 云 う 事 が 理解 出来 ん から である 。 災 は 必ず 己 れ に 帰る 。 彼ら は 是非 共学 者 文学 者 の 云 う 事 に 耳 を 傾け ねば なら ぬ 時期 が くる 。 耳 を 傾け ねば 社会 上 の 地位 が 保て ぬ 時期 が くる 」 聴衆 は 一度に どっと 鬨 を 揚げた 。 高柳 君 は 肺病 に も かかわら ず もっとも 大 なる 鬨 を 揚げた 。 生れて から 始めて こんな 痛快な 感じ を 得た 。 襟巻 に 半分 顔 を 包んで から 風 の なか を ここ まで 来た 甲斐 は ある と 思う 。 道也 先生 は 予言 者 の ごとく 凛と して 壇上 に 立って いる 。 吹き まくる 木 枯 は 屋 を 撼 かして 去る 。

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「十一 」 野 分 夏目 漱石 じゅういち|の|ぶん|なつめ|そうせき Nobe Natsume Soseki Once". Nobe Natsume Soseki Eleven" Nobe, Natsume Soseki. 《十一》野分夏目漱石

十一 じゅういち

今日 も また 風 が 吹く 。 きょう|||かぜ||ふく today||||| 汁 気 の ある もの を ことごとく 乾 鮭 に する つもりで 吹く 。 しる|き||||||いぬい|さけ||||ふく Intending to turn everything with juice into dried salmon, I blow. 「 御 兄さん の 所 から 御 使 です 」 と 細 君 が 封書 を 出す 。 ご|にいさん||しょ||ご|つか|||ほそ|きみ||ふうしょ||だす "I have a message from your brother," said Mr. Hosokun as he took out an envelope. 道也 は 坐った まま 、 体 を そらして 受け取った 。 みちや||すわった||からだ|||うけとった Michiya received it while sitting, bending his body to the side. 「 待って る かい 」 「 ええ 」 道也 は 封 を 切って 手紙 を 読み 下す 。 まって||||みちや||ふう||きって|てがみ||よみ|くだす Are you waiting? "Yes," Michiya cut the seal and read the letter. やがて 、 終り から 巻き返して 、 再び 状 袋 の なか へ 収めた 。 |おわり||まきかえして|ふたたび|じょう|ふくろ||||おさめた |||rolled back||||||| Eventually, he rolled it back from the end and put it back into the envelope. 何にも 云 わ ない 。 なんにも|うん|| He didn't say anything. 「 何 か 急用 で でも ご ざん す か 」 道也 は 「 うん 」 と 云 いながら 、 墨 を 磨って 、 何 か さらさら と 返事 を 認めて いる 。 なん||きゅうよう|||||||みちや||||うん||すみ||みがく って|なん||||へんじ||みとめて| |||||||||||||||||grinding ink|||||||| "Is there something urgent?" Michiya responded with "Yeah," while grinding ink and writing something in a smooth manner. 「 何の 御用 です か 」 「 ええ ? なんの|ごよう||| "What do you need?" "Huh? ちょっと 待った 。 |まった Wait a minute. 書いて しまう から 」 返事 は わずか 五六 行 である 。 かいて|||へんじ|||ごろく|ぎょう| Because I will write it, the reply consists of just five or six lines. 宛名 を かいて 、「 これ を 」 と 出す 。 あてな||||||だす I write the addressee and say, 'Please take this.' 細 君 は 下 女 を 呼んで 渡して やる 。 ほそ|きみ||した|おんな||よんで|わたして| Mr. Sai calls a maid and hands it over to her. 自分 は 動か ない 。 じぶん||うごか| 「 何の 御用 な んです か 」 「 何の 用 か わから ない 。 なんの|ごよう||||なんの|よう||| What is it that you need? I don't understand what you need. ただ 、 用 が ある から 、 すぐ 来て くれ と かいて ある 」 「 いらっしゃる でしょう 」 「 おれ は 行か れ ない 。 |よう|||||きて|||||||||いか|| It just says that there is something to discuss, so come quickly. Are you there? I can't go. なんなら お前 行って 見てくれ 」 「 私 が ? |おまえ|おこなって|みてくれ|わたくし| If that's the case, why don't you go and see? Me? 私 は 駄目です わ 」 「 なぜ 」 「 だって 女 です もの 」 「 女 でも 行か ない より いい だろう 」 「 だって 。 わたくし||だめです||||おんな|||おんな||いか||||| I'm no good, you see. Why? Because I'm a woman. It's better than not going at all, right? But... あなた に 来い と 書いて ある んでしょう 」 「 おれ は 行か れ ない もの 」 「 どうして ? ||こい||かいて|||||いか|||| It says you should come, doesn't it? I can't go. Why not? 」 「 これ から 出掛け なくっちゃ なら ん 」 「 雑誌 の 方 なら 、 一 日 ぐらい 御 休み に なって も いい でしょう 」 「 編 輯 なら いい が 、 今日 は 演説 を やら なくっちゃ なら ん 」 「 演説 を ? ||でがけ||||ざっし||かた||ひと|ひ||ご|やすみ||||||へん|しゅう||||きょう||えんぜつ||||||えんぜつ| I have to go out from now on. For magazines, it's okay to take a day off, right? Editing is fine, but I must give a speech today. A speech? あなた が です か ? 」 「 そう よ 、 おれ が やる の さ 。 そんなに 驚 ろく 事 は なかろう 」 「 こんなに 風 が 吹く のに 、 よし に なされば いい のに 」 「 ハハハハ 風 が 吹いて やめる ような 演説 なら 始め から やりゃ し ない 」 「 ですけれども 滅多な 事 は なさら ない 方 が よ ご ざん す よ 」 「 滅多な 事 と は 。 |おどろ||こと||||かぜ||ふく||||||||かぜ||ふいて|||えんぜつ||はじめ||||||めったな|こと||||かた|||||||めったな|こと|| It's not something to be that surprised about. With the wind blowing this much, it would be nice if things went well. Hahaha, if it were a speech that would stop just because the wind blows, I wouldn't start it in the first place. However, it is better for you not to do reckless things. What do you mean by reckless things? 何 が さ 」 「 いいえ ね 。 なん|||| What do you mean? あんまり 演説 なんか なさら ない 方 が 、 あなた の 得だ と 云 うん です 」 「 な に 得な 事 が ある もの か 」 「 あと が 困る かも 知れ ない と 申す のです 」 「 妙な 事 を 云 うね 御前 は 。 |えんぜつ||||かた||||とくだ||うん|||||とくな|こと|||||||こまる||しれ|||もうす||みょうな|こと||うん||おまえ| I say that it's better for you not to give speeches too much, it would be to your benefit. What benefit could there possibly be? I am saying that it may cause problems later on. You say strange things, don't you? ―― 演説 を しちゃ いけない と 誰 か 云った の か ね 」 「 誰 が そんな 事 を 云 う もの です か 。 えんぜつ|||||だれ||うん った||||だれ|||こと||うん|||| ‘Did someone say you shouldn't give a speech?’ ‘Who would say such a thing?’ ―― 云 いやしま せ ん が 、 御 兄さん から こう やって 、 急用 だって 、 御 使 が 来て いる んです から 行って 上げ なくって は 義理 が わるい じゃ ありません か 」 「 それ じゃ 演説 を やめ なくっちゃ なら ない 」 「 急に 差 支 が 出来たって 断わったら いい でしょう 」 「 今さら そんな 不 義理 が 出来る もの か 」 「 では 御 兄さん の 方 へ は 不 義理 を な すって も 、 いい と おっしゃる んです か 」 「 いい と は 云 わ ない 。 うん|||||ご|にいさん||||きゅうよう||ご|つか||きて||||おこなって|あげ|なく って||ぎり||||あり ませ ん||||えんぜつ||||||きゅうに|さ|し||できた って|ことわったら|||いまさら||ふ|ぎり||できる||||ご|にいさん||かた|||ふ|ぎり|||||||||||||うん|| |well||||||||||||||||||||||obligation|||||||||||||||差|支||||||||||||||||||||||||||||||||||||| ‘I won't say that, but since your brother is here urgently, and the messenger has come, it would be rude not to go, wouldn’t it?’ ‘Then I must not give a speech.’ ‘If something suddenly comes up, you could just refuse, couldn’t you?’ ‘Now, would I be able to act so rudely?’ ‘So you are saying it’s fine to act rudely towards your brother?’ ‘I wouldn’t say it’s fine.’ しかし 演説 会 の 方 は 前 から の 約束 で ―― それ に 今日 の 演説 は ただ の 演説 で は ない 。 |えんぜつ|かい||かた||ぜん|||やくそく||||きょう||えんぜつ||||えんぜつ||| ‘However, the speech event was a prior commitment—and today’s speech is not just any speech.’ 人 を 救う ため の 演説 だ よ 」 「 人 を 救うって 、 誰 を 救う のです 」 「 社 の もの で 、 この 間 の 電車 事件 を 煽 動 した と 云 う 嫌疑 で 引っ張ら れた もの が ある 。 じん||すくう|||えんぜつ|||じん||すくう って|だれ||すくう||しゃ|||||あいだ||でんしゃ|じけん||あお|どう|||うん||けんぎ||ひっぱら|||| ||||||||||to save|||||company||||||||||||||||suspicion||pulled|||| ―― ところが その 家族 が 非常な 惨状 に 陥って 見る に 忍びない から 、 演説 会 を して その 収入 を そちら へ 廻して やる 計画 な んだ よ 」 「 そんな 人 の 家族 を 救う の は 結構な 事 に 相違 ない でしょう が 、 社会 主義 だ なんて 間違えられる と あと が 困ります から ……」 「 間違えたって 構わ ない さ 。 ||かぞく||ひじょうな|さんじょう||おちいって|みる||しのびない||えんぜつ|かい||||しゅうにゅう||||まわして||けいかく|||||じん||かぞく||すくう|||けっこうな|こと||そうい||||しゃかい|しゅぎ|||まちがえ られる||||こまり ます||まちがえた って|かまわ|| |||||tragic situation||fallen into|||忍びない||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||| 国家 主義 も 社会 主義 も ある もの か 、 ただ 正しい 道 が いい の さ 」 「 だって 、 もし あなた が 、 その 人 の ように なった と して 御覧 なさい 。 こっか|しゅぎ||しゃかい|しゅぎ||||||ただしい|どう||||||||||じん||||||ごらん| 私 は やっぱり 、 その 人 の 奥さん 同様な 、 ひどい 目 に 逢わ なけりゃ なら ない でしょう 。 わたくし||||じん||おくさん|どうような||め||あわ|||| |||||||similar|||||||| I guess I have to go through something terrible, just like that person's wife. 人 を 御 救い なさる の も 結構です が 、 ちっと は 私 の 事 も 考えて 、 やって 下さら なくっちゃ 、 あんまりです わ 」 道也 先生 は しばらく 沈 吟 して いた が 、 やがて 、 机 の 前 を 立ち ながら 「 そんな 事 は ない よ 。 じん||ご|すくい||||けっこうです||ち っと||わたくし||こと||かんがえて||くださら||||みちや|せんせい|||しず|ぎん|||||つくえ||ぜん||たち|||こと||| |||||||that's fine||||||||||||not fair|||||||pondering||||||||||||||| そんな 馬鹿な 事 は ない よ 。 |ばかな|こと||| 徳川 政府 の 時代 じゃ ある ま いし 」 と 云った 。 とくがわ|せいふ||じだい||||||うん った It was said, 'This is not the time of the Tokugawa government.' 例の 袴 を 突っかける と 支度 は 一 分 たた ぬ うち に 出来上った 。 れいの|はかま||つっかける||したく||ひと|ぶん|||||できあがった the aforementioned|hakama||put on||preparation|||||||| When I put on the usual hakama, it was ready in no time, in less than a minute. 玄関 へ 出る 。 げんかん||でる I head to the entrance. 外 は いまだに 強く 吹いて いる 。 がい|||つよく|ふいて| ||still||| 道也 先生 の 姿 は 風 の 中 に 消えた 。 みちや|せんせい||すがた||かぜ||なか||きえた 清 輝 館 の 演説 会 は この 風 の 中 に 開か れる 。 きよし|あきら|かん||えんぜつ|かい|||かぜ||なか||あか| |ki|||speech||||||||| 講演 者 は 四 名 、 聴衆 は 三百 名 足らず である 。 こうえん|もの||よっ|な|ちょうしゅう||さんびゃく|な|たら ず| lecture|||||||||less than| There are four speakers and less than three hundred audience members. 書生 が 多い 。 しょせい||おおい student|| There are many students. その 中 に 文学 士 高柳 周作 が いる 。 |なか||ぶんがく|し|たかやなぎ|しゅうさく|| Among them is the literary person Shusaku Takayanagi. 彼 は この 風 の 中 を 襟巻 に 顔 を 包んで 咳 を し ながら やって 来た 。 かれ|||かぜ||なか||えりまき||かお||つつんで|せき|||||きた |||||||scarf|||||||||| He came while coughing, with his face wrapped in a scarf against the wind. 十 銭 の 入場 料 を 払って 、 二 階 に 上った 時 は 、 広い 会場 は まばらに 席 を あまして むしろ 寂 寞 の 感 が あった 。 じゅう|せん||にゅうじょう|りょう||はらって|ふた|かい||のぼった|じ||ひろい|かいじょう|||せき||||じゃく|ばく||かん|| ||||||||||||||||sparsely|||vacant||||||| When I paid the ten sen admission fee and went up to the second floor, the spacious venue had sparse seating, giving rather a sense of loneliness. 彼 は 南側 の なるべく 暖か そうな 所 に 席 を とった 。 かれ||みなみがわ|||あたたか|そう な|しょ||せき|| ||||as much as possible||||||| He took a seat in the warmest spot he could find on the south side. 演説 は すでに 始まって いる 。 えんぜつ|||はじまって| 「…… 文士 保護 は 独立 し がたき 文士 の 言う 事 である 。 ぶんし|ほご||どくりつ|||ぶんし||いう|こと| |protection||||difficult|writer|||| 保護 と は 貴族 的 時代 に 云 う べき 言葉 で 、 個人 平等 の 世に これ を 云々 する の は 恥 辱 の 極 である 。 ほご|||きぞく|てき|じだい||うん|||ことば||こじん|びょうどう||よに|||うんぬん||||はじ|じょく||ごく| |||nobility||||||||||equality||||||||||||extreme| 退いて 保護 を 受 くる より 進んで 自己 に 適当なる 租税 を 天下 から 払わ しむ べきである 」 と 云った と 思ったら 、 引き込んだ 。 しりぞいて|ほご||じゅ|||すすんで|じこ||てきとうなる|そぜい||てんか||はらわ||||うん った||おもったら|ひきこんだ withdrew|||||||||appropriate||||||||||||pulled back 聴衆 は 喝采 する 。 ちょうしゅう||かっさい| ||applause| The audience applauds. 隣り に 薩摩 絣 の 羽織 を 着た 書生 が いて 話して いる 。 となり||さつま|かすり||はおり||きた|しょせい|||はなして| ||Satsuma|||||||||| Next to me, there is a student wearing a Satsuma kasuri haori, and we are talking. 「 今 の が 、 黒田 東陽 か 」 「 うん 」 「 妙な 顔 だ な 。 いま|||くろた|とうよう|||みょうな|かお|| ||||Toyo Kuroda|||||| "Was that Kuroda Toyo just now?" "Yeah." "What a strange face." もっと 話せる 顔 か と 思った 」 「 保護 を 受けたら 、 もう 少し 顔 らしく なる だろう 」 高柳 君 は 二 人 を 見た 。 |はなせる|かお|||おもった|ほご||うけたら||すこし|かお||||たかやなぎ|きみ||ふた|じん||みた I thought it would be a face that could talk more. If it received protection, it would probably look a bit more like a face. Takayanagi-kun looked at the two. 二 人 も 高柳 君 を 見た 。 ふた|じん||たかやなぎ|きみ||みた The two also looked at Takayanagi-kun. 「 おい 」 「 何 だ 」 「 いやに 睨め る じゃ ねえ か 」 「 おっか ねえ 」 「 こんだ 誰 の 番 だ 。 |なん|||にらめ|||||お っか|||だれ||ばん| Hey. What is it? You're glaring a lot, aren't you? Scary. Whose turn is it now? ―― 見ろ 見ろ 出て 来た 」 「 いやに 、 ひ ょろ 長い な 。 みろ|みろ|でて|きた||||ながい| ―― Look, look, it's come out. "It's unusually long." この 風 に どうして 出て 来たろう 」 ひ ょろ ながい 道也 先生 は 綿 服 の まま 壇上 に あらわれた 。 |かぜ|||でて|きたろう||||みちや|せんせい||めん|ふく|||だんじょう|| Why has it come out in this wind?" The long-haired Michiya-sensei appeared on stage in his cotton clothes. かれ は この 風 の 中 を 金 釘 の ごとく 直立 して 来た のである 。 |||かぜ||なか||きむ|くぎ|||ちょくりつ||きた| He came standing upright in this wind like a metal nail. から風 に 吹き 曝さ れ たる 彼 は 、 からからの 古 瓢箪 の ごとく に 見える 。 からかぜ||ふき|さらさ|||かれ|||ふる|ひょうたん||||みえる dry wind||||||||dry|||||| Having been exposed to the wind, he looks like a dry old gourd. 聴衆 は 一度に 手 を たたく 。 ちょうしゅう||いちどに|て|| audience||||| The audience claps their hands all at once. 手 を たたく の は 必ずしも 喝采 の 意 と 解す べ から ざる 場合 が ある 。 て|||||かならずしも|かっさい||い||かいす||||ばあい|| ||||||||||to interpret|||||| Clapping hands is not necessarily to be understood as a sign of applause. 独り 高柳 君 のみ は 粛然 と して 襟 を 正した 。 ひとり|たかやなぎ|きみ|||しゅくぜん|||えり||ただした |||||solemnly||||| Only Takayanagi stood quietly and adjusted his collar. 「 自己 は 過去 と 未来 の 連鎖 である 」 道也 先生 の 冒頭 は 突如と して 来た 。 じこ||かこ||みらい||れんさ||みちや|せんせい||ぼうとう||とつじょと||きた The teacher Michiya's opening line, 'The self is a chain of the past and the future,' came suddenly. 聴衆 は ちょっと 不意 撃 を 食った 。 ちょうしゅう|||ふい|う||くった audience|||suddenly||| The audience was a bit caught off guard. こんな 演説 の 始め 方 は ない 。 |えんぜつ||はじめ|かた|| |speech||||| There is no way to start a speech like this. 「 過去 を 未来 に 送り込む もの を 旧派 と 云 い 、 未来 を 過去 より 救う もの を 新派 と 云 う のであります 」 聴衆 は いよいよ 惑った 。 かこ||みらい||おくりこむ|||きゅうは||うん||みらい||かこ||すくう|||しんぱ||うん||のであり ます|ちょうしゅう|||まどった |||||||old school|||||||||||new school|||||||finally|perplexed "Those who send the past into the future are called the old school, and those who save the future from the past are called the new school," the audience was increasingly puzzled. 三百 の 聴衆 の うち に は 、 道也 先生 を ひやかす 目的 を もって 入場 して いる もの が ある 。 さんびゃく||ちょうしゅう|||||みちや|せんせい|||もくてき|||にゅうじょう||||| three hundred||||||||||||||||||| Among the three hundred audience members, there are some who entered with the intention of mocking Teacher Michiya. 彼ら に 一 寸 の 隙 でも 与えれば 道也 先生 は 壇上 に 嘲 殺さ れ ねば なら ぬ 。 かれら||ひと|すん||すき||あたえれば|みちや|せんせい||だんじょう||あざけ|ころさ|||| |||||slip||||||||||||| If he gives them even a moment of opportunity, Teacher Michiya must be ridiculed on stage. 角 力 は 呼吸 である 。 かど|ちから||こきゅう| Sumo is breathing. 呼吸 を 計ら ん で ひやかせば かえって 自分 が 放り出さ れる ばかりである 。 こきゅう||はから|||||じぶん||ほうりださ|| ||measure|||if teased|||||| If you don't measure your breathing and just tease, you'll only end up getting thrown out yourself. 彼ら は 蛇 の ごとく 鎌 首 を 持ち上げて 待構えて いる 。 かれら||へび|||かま|くび||もちあげて|まちかまえて| |||||||||waiting poised| They are waiting with their heads raised like snakes. 道也 先生 の 眼中 に は 道 の 一 字 が ある 。 みちや|せんせい||がんちゅう|||どう||ひと|あざ|| In Doctor Michinari's eyes, there is the character for 'path'. 「 自己 の うち に 過去 なし と 云 う もの は 、 われ に 父母 なし と 云 う が ごとく 、 自己 の うち に 未来 なし と 云 う もの は 、 われ に 子 を 生む 能力 なし と いう と 一般 である 。 じこ||||かこ|||うん||||||ふぼ|||うん||||じこ||||みらい|||うん||||||こ||うむ|のうりょく|||||いっぱん| Those who say there is no past within themselves are like those who say they have no parents; those who say there is no future within themselves are generally speaking like those who say they have no ability to bear children. わが 立脚 地 は ここ に おいて 明瞭である 。 |りっきゃく|ち|||||めいりょうである |||||||clear My footing is clear at this point. われ は 父母 の ため に 存在 する か 、 われ は 子 の ため に 存在 する か 、 あるいは われ そのもの を 樹立 せ ん が ため に 存在 する か 、 吾人 生存 の 意義 は この 三 者 の 一 を 離 る る 事 が 出来 ん のである 」 聴衆 は 依然と して 、 だまって いる 。 ||ふぼ||||そんざい|||||こ||||そんざい|||||その もの||じゅりつ||||||そんざい|||ごじん|せいぞん||いぎ|||みっ|もの||ひと||はな|||こと||でき|||ちょうしゅう||いぜん と||| ||||||||||||||||||||||establish||||||||||existence||meaning||||||||離れる||||||||||||| Do we exist for our parents, do we exist for our children, or do we exist to establish ourselves? The meaning of our existence cannot be separated from one of these three. The audience remains silent. あるいは 煙 に 捲 かれた の かも 知れ ない 。 |けむり||まく||||しれ| ||||wrapped|||| Perhaps it was engulfed in smoke. 高柳 君 は なるほど と 聴いて いる 。 たかやなぎ|きみ||||きいて| Takanayagi-kun is indeed listening. 「 文芸 復興 は 大 なる 意味 に おいて 父母 の ため に 存在 し たる 大 時期 である 。 ぶんげい|ふっこう||だい||いみ|||ふぼ||||そんざい|||だい|じき| literature|revival|||||||||||||||great time| "The Literary Renaissance is a great period that exists, in a significant sense, for the sake of parents." 十八 世紀 末 の ゴシック 復活 も また 大 なる 意味 に おいて 父母 の ため に 存在 し たる 小 時期 である 。 じゅうはち|せいき|すえ||ごしっく|ふっかつ|||だい||いみ|||ふぼ||||そんざい|||しょう|じき| |||||revival||||||||||||||||| The gothic revival at the end of the 18th century also existed for a short period in a significant way for parents. 同時に スコット 一派 の 浪漫 派 を 生ま ん が ため に 存在 した 時期 である 。 どうじに|すこっと|いっぱ||ろうまん|は||うま|||||そんざい||じき| ||group||||||||||||| At the same time, it was a period that existed to give birth to the romantic sect of Scott. すなわち 子孫 の ため に 存在 し たる 時期 である 。 |しそん||||そんざい|||じき| In other words, it was a period that existed for the descendants. 自己 を 樹立 せ ん が ため に 存在 し たる 時期 の 好例 は エリザベス 朝 の 文学 である 。 じこ||じゅりつ||||||そんざい|||じき||こうれい|||あさ||ぶんがく| A good example of the time when one existed to establish oneself is the literature of the Elizabethan era. 個人 に ついて 云 えば イブセン である 。 こじん|||うん||| |||||Ibsen| Speaking of individuals, it is Ibsen. メレジス である 。 Meresis| It is Melezhis. ニイチェ である 。 It is Nietzsche. ブラウニング である 。 It is Browning. 耶蘇 教徒 ( ヤソ きょうと ) は 基督 ( キリスト ) の ため に 存在 して いる 。 やそ|きょうと||きょう と||きりすと|きりすと||||そんざい|| Jesus|believer||Christian||Christ||||||| Christian (Yaso kyoto) exists for Christ. 基督 は 古 え の 人 である 。 きりすと||ふる|||じん| Christ is an ancient person. だから 耶蘇 教徒 は 父 の ため に 存在 して いる 。 |やそ|きょうと||ちち||||そんざい|| Therefore, Christians exist for the Father. 儒者 は 孔子 の ため に 生きて いる 。 じゅしゃ||こうし||||いきて| Confucian scholar||Confucius||||| Confucian scholars live for Confucius. 孔子 も 昔 え の 人 である 。 こうし||むかし|||じん| Confucius|||||| だから 儒者 は 父 の ため に 生きて いる 。 |じゅしゃ||ちち||||いきて| ……」 「 もう わかった 」 と 叫ぶ もの が ある 。 |||さけぶ||| ......' 'I understand now,' someone shouts. 「 なかなか わかりません 」 と 道也 先生 が 云 う 。 |わかり ませ ん||みちや|せんせい||うん| 'I don't quite understand,' says Teacher Michiya. 聴衆 は どっと 笑った 。 ちょうしゅう|||わらった ||suddenly| The audience burst into laughter. 「 袷 は 単 衣 の ため に 存在 する です か 、 綿 入 の ため に 存在 する です か 。 あわせ||ひとえ|ころも||||そんざい||||めん|はい||||そんざい||| layered kimono|||clothing|||||||||||||||| "Is the awase (lined clothing) meant for single-layer garments, or is it meant for quilts?" または 袷 自身 の ため に 存在 する です か 」 と 云って 、 一応 聴衆 を 見 廻した 。 |あわせ|じしん||||そんざい|||||うん って|いちおう|ちょうしゅう||み|まわした ||||||||||||for the time being|audience||| Or does the lined garment exist for its own sake?" he said, looking around at the audience for a moment. 笑う に は あまり 、 奇 警 である 。 わらう||||き|けい| It is too strange to laugh. 慎 しむ に は あまり 飄 きん である 。 まこと|||||ひょう|| careful|to be cautious||||drift|| Being cautious is rather frivolous. 聴衆 は 迷う た 。 ちょうしゅう||まよう| The audience was confused. 「 六 ず か しい 問題 じゃ 、 わたし に も わから ん 」 と 済ました 顔 で 云って しまう 。 むっ||||もんだい||||||||すました|かお||うん って| ||||||||||||finished|||| Saying with a finished expression, 'It's a tricky problem, I don't understand it either.' 聴衆 は また 笑った 。 ちょうしゅう|||わらった 「 それ は わから ん でも 差 支 ない 。 |||||さ|し| |||||difference|support| しかし 吾々 は 何の ため に 存在 して いる か ? |われ々||なんの|||そんざい||| これ は 知ら なくて は なら ん 。 ||しら|||| 明治 は 四十 年 立った 。 めいじ||しじゅう|とし|たった Meiji|||| The Meiji Era has lasted for forty years. 四十 年 は 短 かく は ない 。 しじゅう|とし||みじか||| ||||short|| Forty years is not a short time. 明治 の 事業 は これ で 一 段落 を 告げた ……」 「 ノー 、 ノー 」 と 云 う もの が ある 。 めいじ||じぎょう||||ひと|だんらく||つげた|のー|のー||うん|||| ||business|||||paragraph|||||||||| The Meiji projects have signaled a conclusion here... There are those who say, 'No, no.' 「 どこ か で ノー 、 ノー と 云 う 声 が する 。 |||のー|のー||うん||こえ|| "I hear a voice somewhere saying 'No, no.'" わたし は その 人 に 賛成 である 。 |||じん||さんせい| "I agree with that person." そう 云 う 人 が ある だろう と 思う て 待って いた のである 」 聴衆 は また 笑った 。 |うん||じん|||||おもう||まって|||ちょうしゅう|||わらった I thought there would be people who would say that, so I was waiting. The audience laughed again. 「 いや 本当に 待って いた のである 」 聴衆 は 三 たび 鬨 を 揚げた 。 |ほんとうに|まって|||ちょうしゅう||みっ||こう||あげた |||||||||cheer|| No, I was really waiting. The audience cheered for the third time. 「 私 は 四十 年 の 歳月 を 短 かく は ない と 申した 。 わたくし||しじゅう|とし||さいげつ||みじか|||||もうした |||||years||||||| I said that forty years is not a short time. なるほど 住んで 見れば 長い 。 |すんで|みれば|ながい I see, living here, it feels long. しかし 明治 以外 の 人 から 見たら やはり 長い だろう か 。 |めいじ|いがい||じん||みたら||ながい|| However, from the perspective of someone other than a person from the Meiji era, it probably still feels long. 望遠 鏡 の 眼鏡 は 一 寸 の 直径 である 。 ぼうえん|きよう||めがね||ひと|すん||ちょっけい| The eyepiece of the telescope has a diameter of one inch. しかし 愛宕 山 から 見る と 品川 の 沖 が この 一 寸 の なか に 這 入って しまう 。 |あたご|やま||みる||しなかわ||おき|||ひと|すん||||は|はいって| ||||||||offing|||||||||| However, from the top of Mount Atago, the offshore area of Shinagawa seems to fit within this tiny space. 明治 の 四十 年 を 長い と 云 う もの は 明治 の なか に 齷齪 して いる もの の 云 う 事 である 。 めいじ||しじゅう|とし||ながい||うん||||めいじ||||あくさく|||||うん||こと| |||||||||||||||squabbling|||||||| Those who say that the 40th year of Meiji is long are the ones who are struggling within the Meiji period. 後世 から 見れば ずっと 縮まって しまう 。 こうせい||みれば||ちぢまって| ||||will shrink| From the perspective of later generations, it will seem much shorter. ずっと 遠く から 見る と 一 弾 指 の 間 に 過ぎ ん 。 |とおく||みる||ひと|たま|ゆび||あいだ||すぎ| ―― 一 弾 指 の 間 に 何 が 出来る 」 と 道也 は テーブル の 上 を とんと 敲いた 。 ひと|たま|ゆび||あいだ||なん||できる||みちや||てーぶる||うえ|||たたいた ||||||||||||||||lightly|tapped 聴衆 は ちょっと 驚 ろ いた 。 ちょうしゅう|||おどろ|| 「 政治 家 は 一大事 業 を した つもりで いる 。 せいじ|いえ||いちだいじ|ぎょう|||| politics|||||||| Politicians feel as if they have accomplished a great enterprise. 学者 も 一大事 業 を した つもりで いる 。 がくしゃ||いちだいじ|ぎょう|||| Scholars feel as if they have accomplished a great enterprise. 実業 家 も 軍人 も みんな 一大事 業 を した つもりで いる 。 じつぎょう|いえ||ぐんじん|||いちだいじ|ぎょう|||| business||||||||||| Businesspeople and military personnel all feel as if they have accomplished a great enterprise. した つもりで いる が それ は 自分 の つもりである 。 ||||||じぶん|| I think I'm doing it, but that is my own intention. 明治 四十 年 の 天地 に 首 を 突き 込んで いる から 、 した つもり に なる のである 。 めいじ|しじゅう|とし||てんち||くび||つき|こんで||||||| It is because I am poking my head into the heaven and earth of the 40th year of Meiji that I have that intention. ―― 一 弾 指 の 間 に 何 が 出来る 」 今度 は 誰 も 笑わ なかった 。 ひと|たま|ゆび||あいだ||なん||できる|こんど||だれ||わらわ| -- 'What can be done in the space of a single finger?' This time, no one laughed. 「 世の中 の 人 は 云 うて いる 。 よのなか||じん||うん|| 明治 も 四十 年 に なる 、 まだ 沙 翁 が 出 ない 、 まだ ゲーテ が 出 ない 。 めいじ||しじゅう|とし||||いさご|おきな||だ|||||だ| It has been 40 years of the Meiji era, and still no Sandō, still no Goethe. 四十 年 を 長い と 思えば こそ 、 そんな 愚痴 が 出る 。 しじゅう|とし||ながい||おもえば|||ぐち||でる It is precisely because I think 40 years is long that such complaints arise. 一 弾 指 の 間 に 何 が 出る 」 「 もうでる ぞ 」 と 叫んだ もの が ある 。 ひと|たま|ゆび||あいだ||なん||でる||||さけんだ||| |||||||||will come out|||||| In the blink of an eye, 'What will come out?' 'It will come out already,' shouted someone. 「 もうでる かも 知れ ん 。 ||しれ| しかし 今 まで に 出て おら ん 事 は 確かである 。 |いま|||でて|||こと||たしかである However, it is certain that what has not been revealed until now is true. ―― 一言 に して 云 えば 」 と 句 を 切った 。 いちげん|||うん|||く||きった ‘—In a word,’ he paused. 満場 は しんと して いる 。 まんじょう|||| The entire venue is silent. 「 明治 四十 年 の 日月 は 、 明治 開化 の 初期 である 。 めいじ|しじゅう|とし||じつげつ||めいじ|かいか||しょき| The sun and moon of the year Meiji 40 is in the early period of Meiji enlightenment. さらに 語 を 換えて これ を 説明 すれば 今日 の 吾人 は 過去 を 有 た ぬ 開化 の うち に 生息 して いる 。 |ご||かえて|||せつめい||きょう||ごじん||かこ||ゆう|||かいか||||せいそく|| ||||||||||||||possessed||||||||| Furthermore, to explain it in other words, we today live within an enlightenment that does not possess the past. したがって 吾人 は 過去 を 伝う べき ため に 生れた ので は ない 。 |ごじん||かこ||つたう||||うまれた||| therefore|||||to convey||||||| Therefore, we were not born to pass on the past. ―― 時 は 昼夜 を 舎 て ず 流れる 。 じ||ちゅうや||しゃ|||ながれる ||day and night||separate||| Time flows without regard for day or night. 過去 の ない 時代 は ない 。 かこ|||じだい|| There is no era without a past. ―― 諸君 誤解 して は なりません 。 しょくん|ごかい|||なり ませ ん |misunderstanding||| You must not misunderstand, gentlemen. 吾人 は 無論 過去 を 有して いる 。 ごじん||むろん|かこ||ゆうして| We certainly have a past. しかし その 過去 は 老 耄 した 過去 か 、 幼稚な 過去 である 。 ||かこ||ろう|もう||かこ||ようちな|かこ| |||||old age|||||| However, that past is either an aged past or a childish past. 則 とる に 足る べき 過去 は 何にも ない 。 そく|||たる||かこ||なんにも| There is nothing worthwhile to take from that past. 明治 の 四十 年 は 先例 の ない 四十 年 である 」 聴衆 の うち に そう か なあ と 云 う 顔 を して いる 者 が ある 。 めいじ||しじゅう|とし||せんれい|||しじゅう|とし||ちょうしゅう||||||||うん||かお||||もの|| The year forty of Meiji is a year without precedent.” There are some in the audience who have faces that suggest they agree. 「 先例 の ない 社会 に 生れた もの ほど 自由な もの は ない 。 せんれい|||しゃかい||うまれた|||じゆうな||| Nothing is freer than those born in a society without precedent. 余 は 諸君 が この 先例 の ない 社会 に 生れた の を 深く 賀 する もの である 」 「 ひや 、 ひや 」 と 云 う 声 が 所々 に 起る 。 よ||しょくん|||せんれい|||しゃかい||うまれた|||ふかく|が|||||||うん||こえ||ところどころ||おこる I deeply congratulate you all for being born into this unprecedented society.” Voices of “oh my, oh my” arise here and there. 「 そう 早合点 に 賛成 されて は 困る 。 |はやがてん||さんせい|さ れて||こまる It is problematic if you agree to such hasty conclusions. 先例 の ない 社会 に 生れた もの は 、 自から 先例 を 作ら ねば なら ぬ 。 せんれい|||しゃかい||うまれた|||おのずから|せんれい||つくら||| Those born in a society without precedents must create their own precedents. 束縛 の ない 自由 を 享 ける もの は 、 すでに 自由 の ため に 束縛 されて いる 。 そくばく|||じゆう||あきら|||||じゆう||||そくばく|さ れて| Those who enjoy freedom without constraints are already constrained for the sake of their freedom. この 自由 を いかに 使いこなす か は 諸君 の 権利 である と 同時に 大 なる 責任 である 。 |じゆう|||つかいこなす|||しょくん||けんり|||どうじに|だい||せきにん| How to make the most of this freedom is your right, and at the same time, a great responsibility. 諸君 。 しょくん Ladies and Gentlemen. 偉大なる 理想 を 有せ ざる 人 の 自由 は 堕落 で あります 」 言い切った 道也 先生 は 、 両手 を 机 の 上 に 置いて 満場 を 見 廻した 。 いだいなる|りそう||ゆうせ||じん||じゆう||だらく||あり ます|いいきった|みちや|せんせい||りょうて||つくえ||うえ||おいて|まんじょう||み|まわした |||possess||||||||||||||||||||||| The teacher Michiya, who stated, 'The freedom of a person without great ideals is a corruption,' looked around the hall with both hands placed on the desk. 雷 が 落ちた ような 気合 である 。 かみなり||おちた||きあい| It feels like thunder has struck. 「 個人 に ついて 論じて も わかる 。 こじん|||ろんじて|| It's understandable to discuss individuals. 過去 を 顧みる 人 は 半 白 の 老人 である 。 かこ||かえりみる|じん||はん|しろ||ろうじん| A person who looks back at the past is a half-white old man. 少 壮 の 人 に 顧みる べき 過去 は ない はずである 。 しょう|そう||じん||かえりみる||かこ||| There should be no past for a young person to look back on. 前途 に 大 なる 希望 を 抱く もの は 過去 を 顧みて 恋 々 たる 必要 が ない のである 。 ぜんと||だい||きぼう||いだく|||かこ||かえりみて|こい|||ひつよう||| Those who hold great hope for the future do not need to look back on the past with longing. ―― 吾人 が 今日 生きて いる 時代 は 少 壮 の 時代 である 。 ごじん||きょう|いきて||じだい||しょう|そう||じだい| — The era in which we live today is the era of youth. 過去 を 顧みる ほど に 老い 込んだ 時代 で は ない 。 かこ||かえりみる|||おい|こんだ|じだい||| This is not an era to reflect on the past. 政治 に 伊藤 侯 や 山県 侯 を 顧みる 時代 で は ない 。 せいじ||いとう|こう||やまがた|こう||かえりみる|じだい||| |||||Yamagata||||||| This is not an era to look back at figures like Ito and Yamagata in politics. 実業 に 渋沢 男 や 岩崎 男 を 顧みる 時代 で は ない 。 じつぎょう||しぶさわ|おとこ||いわさき|おとこ||かえりみる|じだい||| business|||||||||||| This is not an era to reconsider figures like Shibusawa and Iwasaki in business. ……」 「 大気 」 と 評した の は 高柳 君 の 隣り に いた 薩摩 絣 である 。 たいき||ひょうした|||たかやなぎ|きみ||となり|||さつま|かすり| The one who evaluated it as 'the atmosphere' was Satsuma Kasuri, who was next to Takayanagi-kun. 高柳 君 は むっと した 。 たかやなぎ|きみ||| Takayanagi-kun was annoyed. 「 文学 に 紅葉 氏 一 葉 氏 を 顧みる 時代 で は ない 。 ぶんがく||こうよう|うじ|ひと|は|うじ||かえりみる|じだい||| It is not an era to look back at Mr. Momiji or Mr. Ippyou in literature. これら の 人々 は 諸君 の 先例 に なる が ため に 生きた ので は ない 。 これ ら||ひとびと||しょくん||せんれい||||||いきた||| These people did not live to be examples for you. 諸君 を 生む ため に 生きた のである 。 しょくん||うむ|||いきた| They lived to give birth to you. 最 前 の 言葉 を 用いれば これら の 人々 は 未来 の ため に 生きた のである 。 さい|ぜん||ことば||もちいれば|これ ら||ひとびと||みらい||||いきた| In other words, these people lived for the future. 子 の ため に 存在 した のである 。 こ||||そんざい|| しか して 諸君 は 自己 の ため に 存在 する のである 。 ||しょくん||じこ||||そんざい|| ―― およそ 一 時代 に あって 初期 の 人 は 子 の ため に 生きる 覚悟 を せ ねば なら ぬ 。 |ひと|じだい|||しょき||じん||こ||||いきる|かくご||||| In an era, the early people must prepare to live for their children. 中期 の 人 は 自己 の ため に 生きる 決心 が 出来 ねば なら ぬ 。 ちゅうき||じん||じこ||||いきる|けっしん||でき||| The mid-stage people must be determined to live for themselves. 後期 の 人 は 父 の ため に 生きる あきらめ を つけ なければ なら ぬ 。 こうき||じん||ちち||||いきる|||||| The later people must come to terms with living for their fathers. 明治 は 四十 年 立った 。 めいじ||しじゅう|とし|たった まず 初期 と 見て 差 支 なかろう 。 |しょき||みて|さ|し| First of all, it is unlikely that we would see anything as 'initial'. すると 現代 の 青年 たる 諸君 は 大 に 自己 を 発展 して 中期 を かたちづくら ねば なら ぬ 。 |げんだい||せいねん||しょくん||だい||じこ||はってん||ちゅうき||||| |||||||||||||||must shape||| Thus, you young people of the modern age must greatly develop yourselves and shape the mid-term. 後ろ を 顧みる 必要 なく 、 前 を 気遣う 必要 も なく 、 ただ 自我 を 思 の まま に 発展 し 得る 地位 に 立つ 諸君 は 、 人生 の 最大 愉快 を 極 む る もの である 」 満場 は 何となく どよめき 渡った 。 うしろ||かえりみる|ひつよう||ぜん||きづかう|ひつよう||||じが||おも||||はってん||える|ちい||たつ|しょくん||じんせい||さいだい|ゆかい||ごく|||||まんじょう||なんとなく||わたった Those of you who stand in a position where you can develop your ego freely, without the need to look back or worry about the future, are the ones who attain the greatest pleasure in life.” The audience was somehow filled with a murmuring. 「 なぜ 初期 の もの が 先例 に なら ん ? |しょき||||せんれい||| Why shouldn't the early ones become precedents? 初期 は もっとも 不 秩序 の 時代 である 。 しょき|||ふ|ちつじょ||じだい| The early period is the most chaotic era. 偶然 の 跋扈 する 時代 である 。 ぐうぜん||ばっこ||じだい| ||rampant behavior||| It is an era where randomness prevails. 僥倖 の 勢 を 得る 時代 である 。 ぎょうこう||ぜい||える|じだい| unexpected luck|||||| It is an era of gaining the power of chance. 初期 の 時代 に おいて 名 を 揚げ たる もの 、 家 を 起し たる もの 、 財 を 積み たる もの 、 事業 を なし たる もの は 必ずしも 自己 の 力量 に 由って 成功 した と は 云 われ ぬ 。 しょき||じだい|||な||あげ|||いえ||おこし|||ざい||つみ|||じぎょう||||||かならずしも|じこ||りきりょう||よし って|せいこう||||うん|| |||||||||||||||||accumulated|||business||||||not necessarily|||||by||||||| Those who gained fame, established a household, accumulated wealth, and started businesses in the early days are not necessarily said to have succeeded solely by their own abilities. 自己 の 力量 に よら ず して 成功 する は 士 の もっとも 恥 辱 と する ところ である 。 じこ||りきりょう|||||せいこう|||し|||はじ|じょく|||| To succeed not by one's own abilities is considered the greatest shame for a samurai. 中期 の もの は この 点 に おいて 遥かに 初期 の 人々 より も 幸福である 。 ちゅうき|||||てん|||はるかに|しょき||ひとびと|||こうふくである ||||||||||||||happier The people of the medium-term are far happier in this respect than those of the early period. 事 を 成す の が 困難である から 幸福である 。 こと||なす|||こんなんである||こうふくである ||to accomplish||||| They are happy because it is difficult to accomplish things. 困難に も かかわら ず 僥倖 が 少ない から 幸福である 。 こんなんに||||ぎょうこう||すくない||こうふくである They are happy because, despite difficulties, there are few strokes of luck. 困難に も かかわら ず 力量 しだい で 思う ところ へ 行ける ほど の 余裕 が あり 、 発展 の 道 が ある から 幸福である 。 こんなんに||||りきりょう|||おもう|||いける|||よゆう|||はってん||どう||||こうふくである Despite the difficulties, I am fortunate to have the capacity to go where I desire thanks to my abilities, as there is a path for development. 後期 に 至る と かたまって しまう 。 こうき||いたる||| By the later stages, it becomes stagnant. ただ 前代 を 祖 述 する より ほか に 身動き が とれ ぬ 。 |ぜんだい||そ|じゅつ|||||みうごき||| |previous generation||||||||||| I can only move by reiterating the previous generation. 身動き が とれ なく なって 、 人間 が 腐った 時 、 また 波 瀾 が 起る 。 みうごき|||||にんげん||くさった|じ||なみ|らん||おこる |||||||||||||will occur When humans become unable to move, a wave of turmoil arises again. 起ら ねば 化石 する より ほか に しようがない 。 おこら||かせき||||| If it does not arise, there is no choice but to become a fossil. 化石 する の が いやだ から 、 自から 波 瀾 を 起す のである 。 かせき||||||おのずから|なみ|らん||おこす| Because I do not want to become a fossil, I create the wave of turmoil myself. これ を 革命 と 云 う のである 。 ||かくめい||うん|| 「 以上 は 明治 の 天下 に あって 諸君 の 地位 を 説明 した のである 。 いじょう||めいじ||てんか|||しょくん||ちい||せつめい|| The above has explained your positions in the world of Meiji. かかる 愉快な 地位 に 立つ 諸君 は この 愉快に 相当 する 理想 を 養わ ねば なら ん 」 道也 先生 は ここ に おいて 一転 語 を 下した 。 |ゆかいな|ちい||たつ|しょくん|||ゆかいに|そうとう||りそう||やしなわ||||みちや|せんせい|||||いってん|ご||くだした Those of you who stand in such a pleasant position must cultivate ideals that correspond to this joy, Sensei Michiya stated here in a decisive tone. 聴衆 は 別に ひやかす 気 も なくなった と 見える 。 ちょうしゅう||べつに||き||||みえる It seems that the audience no longer had any intention of teasing. 黙って いる 。 だまって| 「 理想 は 魂 である 。 りそう||たましい| 魂 は 形 が ない から わから ない 。 たましい||かた||||| The soul has no form, so it cannot be understood. ただ 人 の 魂 の 、 行為 に 発現 する ところ を 見て 髣髴 する に 過ぎ ん 。 |じん||たましい||こうい||はつげん||||みて|ほうふつ|||すぎ| ||||||||||||faintly reminiscent|||| It is merely a vague semblance seen in the actions of a person's soul. 惜しい かな 現代 の 青年 は これ を 髣髴 する こと が 出来 ん 。 おしい||げんだい||せいねん||||ほうふつ||||でき| Unfortunately, modern youth are unable to grasp this semblance. これ を 過去 に 求めて も ない 、 これ を 現代 に 求めて は なおさら ない 。 ||かこ||もとめて|||||げんだい||もとめて||| I do not seek this in the past, nor do I seek it in the present. 諸君 は 家庭 に 在って 父母 を 理想 と する 事 が 出来ます か 」 ある もの は 不平 な 顔 を した 。 しょくん||かてい||あって|ふぼ||りそう|||こと||でき ます|||||ふへい||かお|| ||||at||||||||||||||||| Can you regard your parents as ideals while at home? Some showed dissatisfied faces. しかし だまって いる 。 However, they remained silent. 「 学校 に 在って 教師 を 理想 と する 事 が 出来ます か 」 「 ノー 、 ノー 」 「 社会 に 在って 紳士 を 理想 と する 事 が 出来ます か 」 「 ノー 、 ノー 」 「 事実 上 諸君 は 理想 を もって おら ん 。 がっこう||あって|きょうし||りそう|||こと||でき ます||のー|のー|しゃかい||あって|しんし||りそう|||こと||でき ます||のー|のー|じじつ|うえ|しょくん||りそう|||| |||||||||||||||||gentleman||||||||||||||||||| Can you regard teachers as ideals while at school? 'No, no.' Can you regard gentlemen as ideals in society? 'No, no.' In reality, you do not have ideals. 家 に 在って は 父母 を 軽蔑 し 、 学校 に 在って は 教師 を 軽蔑 し 、 社会 に 出 でて は 紳士 を 軽蔑 して いる 。 いえ||あって||ふぼ||けいべつ||がっこう||あって||きょうし||けいべつ||しゃかい||だ|||しんし||けいべつ|| At home, I despise my parents; at school, I despise my teachers; and out in society, I despise gentlemen. これら を 軽蔑 し 得る の は 見識 である 。 これ ら||けいべつ||える|||けんしき| |||||||insight| The ability to despise these is called discernment. しかし これら を 軽蔑 し 得る ため に は 自己 に より 大 なる 理想 が なくて は なら ん 。 |これ ら||けいべつ||える||||じこ|||だい||りそう||||| However, in order to despise these, one must have ideals greater than oneself. 自己 に 何ら の 理想 なく して 他 を 軽蔑 する の は 堕落 である 。 じこ||なんら||りそう|||た||けいべつ||||だらく| To despise others without any ideals for oneself is a form of degradation. 現代 の 青年 は 滔々と して 日 に 堕落 し つつ ある 」 聴衆 は 少し く 色めいた 。 げんだい||せいねん||とうとうと||ひ||だらく||||ちょうしゅう||すこし||いろめいた ||||flowing abundantly||||||||||||slightly excited Modern youth are progressively falling into degradation, and the audience is slightly stirred. 「 失敬な 」 と つぶやく もの が ある 。 しっけいな||||| Some murmur, 'How rude.' 道也 先生 は 昂 然 と して 壇 下 を 睥睨 して いる 。 みちや|せんせい||たかし|ぜん|||だん|した||へいげい|| Mr. Michiyasu is looking down at the audience with pride. 「 英国 風 を 鼓 吹 して 憚 から ぬ もの が ある 。 えいこく|かぜ||つづみ|ふ||はばか||||| |||drum|||hesitate||||| "There are those who boldly embrace the British style without restraint. 気の毒な 事 である 。 きのどくな|こと| It is a pity. 己 れ に 理想 の ない の を 明か に 暴露 して いる 。 おのれ|||りそう|||||あか||ばくろ|| ||||||||||expose|| It is clearly exposing the fact that one has no ideals of their own. 日本 の 青年 は 滔々と して 堕落 する に も かかわら ず 、 いまだ ここ まで は 堕落 せ ん と 思う 。 にっぽん||せいねん||とうとうと||だらく||||||||||だらく||||おもう Despite the fact that Japanese youth is decadently flowing, I still think they will not fall this far. すべて の 理想 は 自己 の 魂 である 。 ||りそう||じこ||たましい| All ideals are the soul of oneself. うち より 出 ねば なら ぬ 。 ||だ||| I must leave the house. 奴隷 の 頭脳 に 雄大な 理想 の 宿り よう が ない 。 どれい||ずのう||ゆうだいな|りそう||やどり||| There can be no grand ideals dwelling in the mind of a slave. 西洋 の 理想 に 圧倒 せられて 眼 が くらむ 日本 人 は ある 程度 に おいて 皆 奴隷 である 。 せいよう||りそう||あっとう|せら れて|がん|||にっぽん|じん|||ていど|||みな|どれい| Japanese people, dazzled by the overwhelming ideals of the West, are to some extent all slaves. 奴隷 を もって 甘んずる のみ なら ず 、 争って 奴隷 たら ん と する もの に 何ら の 理想 が 脳裏 に 醗酵 し 得る 道理 が あろう 。 どれい|||あまんずる||||あらそって|どれい|||||||なんら||りそう||のうり||はっこう||える|どうり|| |||||||||||||||||||||ferment||||| Not only content with having slaves, but what reason is there for those who strive to become slaves to have any ideals fermenting in their minds? 「 諸君 。 しょくん Gentlemen. 理想 は 諸君 の 内部 から 湧き出 なければ なら ぬ 。 りそう||しょくん||ないぶ||わきで||| ||||||must emerge||| Ideals must emerge from within yourselves. 諸君 の 学問 見識 が 諸君 の 血 と なり 肉 と なり ついに 諸君 の 魂 と なった 時 に 諸君 の 理想 は 出来上る のである 。 しょくん||がくもん|けんしき||しょくん||ち|||にく||||しょくん||たましい|||じ||しょくん||りそう||できあがる| When your scholarship and insight become your blood and flesh and ultimately become your soul, your ideals will be realized. 付 焼 刃 は 何にも なら ない 」 道也 先生 は ひやかさ れる なら 、 ひやかして 見ろ と 云 わ ぬ ばかりに 片手 の 拳骨 を テーブル の 上 に 乗せて 、 立って いる 。 つき|や|は||なんにも|||みちや|せんせい||||||みろ||うん||||かたて||げんこつ||てーぶる||うえ||のせて|たって| ||||||||||mocked|||to tease||||||just|||fist|||||||| The teacher, Michiya, doesn’t care if they tease him, as if to say, 'Go ahead and tease me,' while he places one hand's fist against the table and stands. 汚 ない 黒 木綿 の 羽織 に 、 べん べら の 袴 は 最 前 ほど に 目立た ぬ 。 きたな||くろ|もめん||はおり|||||はかま||さい|ぜん|||めだた| The dirty black cotton haori and the checked hakama are no longer as noticeable as before. 風 の 音 が ごう と 鳴る 。 かぜ||おと||||なる The sound of the wind roars. 「 理想 の ある もの は 歩く べき 道 を 知っている 。 りそう|||||あるく||どう||しっている Those with ideals know the path they should walk. 大 なる 理想 の ある もの は 大 なる 道 を あるく 。 だい||りそう|||||だい||どう|| Those with great ideals walk the great path. 迷子 と は 違う 。 まいご|||ちがう It is different from being lost. どう あって も この 道 を あるか ねば やま ぬ 。 ||||どう||||| No matter what, I must walk this path. 迷い たくて も 迷え ん のである 。 まよい|||まよえ|| Even if I want to hesitate, I cannot hesitate. 魂 が こちら こちら と 教える から である 。 たましい|||||おしえる|| It is because my soul teaches me this way. 「 諸君 の うち に は 、 どこ まで 歩く つもりだ と 聞く もの が ある かも 知れ ぬ 。 しょくん|||||||あるく|||きく|||||しれ| Some of you may ask, 'How far are you planning to walk?' 知れた 事 である 。 しれた|こと| It's something that is already known. 行ける 所 まで 行く の が 人生 である 。 いける|しょ||いく|||じんせい| Going as far as you can is what life is about. 誰しも 自分 の 寿命 を 知って る もの は ない 。 だれしも|じぶん||じゅみょう||しって|||| No one knows their own lifespan. 自分 に 知れ ない 寿命 は 他人 に は なおさら わから ない 。 じぶん||しれ||じゅみょう||たにん||||| |||||||||even more|| A lifespan that one does not know is even more unknowable to others. 医者 を 家業 に する 専門 家 でも 人間 の 寿命 を 勘定 する 訳 に は 行か ぬ 。 いしゃ||かぎょう|||せんもん|いえ||にんげん||じゅみょう||かんじょう||やく|||いか| ||family business|||specialty||||||||||||| Even a specialist who makes a living as a doctor cannot calculate human lifespan. 自分 が 何 歳 まで 生きる か は 、 生 きた あと で 始めて 言う べき 事 である 。 じぶん||なん|さい||いきる|||せい||||はじめて|いう||こと| The question of how long one will live should only be answered after one has lived. 八十 歳 まで 生きた と 云 う 事 は 八十 歳 まで 生きた 事実 が 証拠 立てて くれ ねば なら ん 。 はちじゅう|さい||いきた||うん||こと||はちじゅう|さい||いきた|じじつ||しょうこ|たてて|||| The claim of having lived until eighty must be substantiated by the fact of having lived until eighty. た とい 八十 歳 まで 生きる 自信 が あって 、 その 自信 通り に なる 事 が 明瞭である に して も 、 現に 生きた と 云 う 事実 が ない 以上 は 誰 も 信ずる もの は ない 。 ||はちじゅう|さい||いきる|じしん||||じしん|とおり|||こと||めいりょうである||||げんに|いきた||うん||じじつ|||いじょう||だれ||しんずる||| Even if one is confident about living until eighty and it seems clear that this will be the case, without the actual fact of having lived, no one will believe it. したがって 言う べき もの で ない 。 |いう|||| 理想 の 黙 示 を 受けて 行く べき 道 を 行く の も その 通り である 。 りそう||もく|しめ||うけて|いく||どう||いく||||とおり| It is indeed true that one must follow the path dictated by the ideal revelation. 自己 が どれほど に 自己 の 理想 を 現実 に し 得る か は 自己 自身 に さえ 計ら れ ん 。 じこ||||じこ||りそう||げんじつ|||える|||じこ|じしん|||はから|| How much one can realize one's own ideals depends even on oneself. 過去 が こう である から 、 未来 も こう であろう ぞ と 臆 測 する の は 、 今 まで 生きて いた から 、 これ から も 生きる だろう と 速 断 する ような もの である 。 かこ|||||みらい||||||おく|そく||||いま||いきて||||||いきる|||はや|だん|||| To speculate that the future will be like this because the past has been like this is akin to hastily concluding that one will continue to live because one has lived until now. 一種 の 山 である 。 いっしゅ||やま| It is a type of mountain. 成功 を 目的 に して 人生 の 街頭 に 立つ もの は すべて 山師 である 」 高柳 君 の 隣り に いた 薩摩 絣 は 妙な 顔 を した 。 せいこう||もくてき|||じんせい||がいとう||たつ||||やまし||たかやなぎ|きみ||となり|||さつま|かすり||みょうな|かお|| |||||||||||||speculator|||||||||||||| "All those who stand on the streets of life with the purpose of success are mountain craftsmen." The Satsuma fabric next to Takayanagi-kun had a strange expression. 「 社会 は 修羅場 である 。 しゃかい||しゅらば| society||battleground| "Society is a battlefield." 文明 の 社会 は 血 を 見 ぬ 修羅場 である 。 ぶんめい||しゃかい||ち||み||しゅらば| civilization||||||||scene of conflict| The society of civilization is a battlefield where blood is not seen. 四十 年 前 の 志士 は 生死 の 間 に 出入 して 維新 の 大 業 を 成就 した 。 しじゅう|とし|ぜん||しし||せいし||あいだ||しゅつにゅう||いしん||だい|ぎょう||じょうじゅ| ||||||life and death||||coming and going||restoration|||||achieved| The patriots from forty years ago moved between life and death to achieve the great endeavor of the restoration. 諸君 の 冒す べき 危険 は 彼ら の 危険 より 恐ろしい かも 知れ ぬ 。 しょくん||おかす||きけん||かれら||きけん||おそろしい||しれ| ||risk||danger||||||||| The dangers you should face may be more terrifying than the dangers they faced. 血 を 見 ぬ 修羅場 は 砲声 剣 光 の 修羅場 より も 、 より 深刻に 、 より 悲惨である 。 ち||み||しゅらば||ほうせい|けん|ひかり||しゅらば||||しんこくに||ひさんである ||||||cannon fire||||||||more seriously||tragic The battlefield where blood is not seen is, more serious and more tragic than the battlefield of cannon fire and sword light. 諸君 は 覚悟 を せ ねば なら ぬ 。 しょくん||かくご||||| ||resolution||||| You must prepare yourselves. 勤 王 の 志士 以上 の 覚悟 を せ ねば なら ぬ 。 つとむ|おう||しし|いじょう||かくご||||| ||||||determination||||| You must have a determination greater than that of the loyalist samurai. 斃 る る 覚悟 を せ ねば なら ぬ 。 へい|||かくご||||| One must be prepared to die. 太平の 天地 だ と 安心 して 、 拱 手 して 成功 を 冀う 輩 は 、 行く べき 道 に 躓いて 非業 に 死 し たる 失敗 の 児 より も 、 人間 の 価値 は 遥かに 乏しい のである 。 たいへいの|てんち|||あんしん||こまぬ|て||せいこう||こいねがう|やから||いく||どう||つまずいて|ひごう||し|||しっぱい||じ|||にんげん||かち||はるかに|とぼしい| peace|||||||||||hope for|person||||||stumbled|untimely death|||||||child||||||||わずか| Those who, feeling secure in the peaceful world, sit back and hope for success are far less valuable as humans than those who have stumbled on the path they should have taken and died a tragic death due to failure. 「 諸君 は 道 を 行か ん が ため に 、 道 を 遮 ぎ る もの を 追わ ねば なら ん 。 しょくん||どう||いか|||||どう||さえぎ|||||おわ||| |||||||||||blocking|||||||| You must pursue those who obstruct the path in order to walk the path, gentlemen. 彼ら と 戦う とき に 始めて 、 わが 生涯 の 内 生命 に 、 勤 王 の 諸 士 が あえて し たる 以上 の 煩 悶 と 辛 惨 と を 見出し 得る のである 。 かれら||たたかう|||はじめて||しょうがい||うち|せいめい||つとむ|おう||しょ|し|||||いじょう||わずら|もん||しん|さん|||みだし|える| |||||||||||||||various|||dared|||||trouble||||||||| It is when I fight against them that I can find more anguish and misery than what the loyal warriors have dared to endure in my lifetime. ―― 今日 は 風 が 吹く 。 きょう||かぜ||ふく — Today, the wind blows. 昨日 も 風 が 吹いた 。 きのう||かぜ||ふいた The wind also blew yesterday. この頃 の 天候 は 不穏である 。 このごろ||てんこう||ふおんである ||weather||unsettled しかし 胸 裏 の 不穏 は こんな もの で は ない 」 道也 先生 は 、 が たつ く 硝子 窓 ( ガラス まど ) を 通して 、 往来 の 方 を 見た 。 |むね|うら||ふおん|||||||みちや|せんせい|||||がらす|まど|がらす|||とおして|おうらい||かた||みた ||back|||||||||||||||glass||||||traffic|||| However, the unease in my chest is not just something like this.” Teacher Michiya looked through the trembling glass window at the people passing by. 折から 一陣 の 風 が 、 会釈 なく 往来 の 砂 を 捲 き 上げて 、 屋 の 棟 に 突き当って 、 虚 空 を 高く 逃れて 行った 。 おりから|いちじん||かぜ||えしゃく||おうらい||すな||まく||あげて|や||むね||つきあたって|きょ|から||たかく|のがれて|おこなった |||||a slight bow||||sand|||||||ridge|||||||| Just then, a gust of wind, without a bow, swept up the sand from the street, slammed against the roof ridge, and escaped high into the void. 「 諸君 。 しょくん Everyone. 諸君 の どれ ほど に 剛 健 なる か は 、 わたし に は 分 らん 。 しょくん|||||かたし|けん|||||||ぶん| |||||strong|healthy|||||||| I cannot tell how strong you all are. 諸君 自身 に も 知れ ぬ 。 しょくん|じしん|||しれ| You do not know yourselves either. ただ 天下 後世 が 証拠 だ てる のみ である 。 |てんか|こうせい||しょうこ|||| ||later generations|||||| Only the world and future generations can testify. 理想 の 大道 を 行き 尽して 、 途上 に 斃 る る 刹那 に 、 わが 過去 を 一 瞥 の うち に 縮め 得て 始めて 合点 が 行く のである 。 りそう||おおみち||いき|つくして|とじょう||へい|||せつな|||かこ||ひと|べつ||||ちぢめ|えて|はじめて|がてん||いく| ideal||great road|||||||||||||||glance||||compressed|||understanding||| By going through the ideal path and collapsing at the moment along the way, I can finally understand when I can condense my past in a glance. 諸君 は 諸君 の 事業 そのもの に 由って 伝えられ ねば なら ぬ 。 しょくん||しょくん||じぎょう|その もの||よし って|つたえ られ||| ||||business||||||| Gentlemen, you must be conveyed by your very own work. 単に 諸君 の 名 に 由って 伝えられ ん と する は 軽薄である 」 高柳 君 は 何となく きまり が わるかった 。 たんに|しょくん||な||よし って|つたえ られ|||||けいはくである|たかやなぎ|きみ||なんとなく||| |||||||||||superficial||||||| It is superficial to think that it is merely conveyed by your name.” Mr. Takayanagi somehow felt uneasy. 道也 の 輝 やく 眼 が 自分 の 方 に 注いで いる ように 思 れる 。 みちや||あきら||がん||じぶん||かた||そそいで|||おも| ||radiance|||||||||||| It seems that Michiya's shining eyes are directed toward me. 「 理想 は 人 に よって 違う 。 りそう||じん|||ちがう Ideals differ from person to person. 吾々 は 学問 を する 。 われ々||がくもん|| We pursue knowledge. 学問 を する もの の 理想 は 何 であろう 」 聴衆 は 黙 然 と して 応ずる もの が ない 。 がくもん|||||りそう||なん||ちょうしゅう||もく|ぜん|||おうずる||| What could be the ideal of those who pursue knowledge? The audience remains silent, with no one responding. 「 学問 を する もの の 理想 は 何で あろう と も ―― 金 で ない 事 だけ は たしかである 」 五六 ヵ 所 に 笑 声 が 起る 。 がくもん|||||りそう||なんで||||きむ|||こと||||ごろく||しょ||わら|こえ||おこる |||||||||||||||||certainly not|||||||| The ideal of those who study is certainly not money, no matter what it may be - this is certain. Laughter arises from five or six places. 道也 先生 の 裕福 なら ぬ 事 は その 服装 を 見た もの の 心 から 取り除けられ ぬ 事実 である 。 みちや|せんせい||ゆうふく|||こと|||ふくそう||みた|||こころ||とりのけ られ||じじつ| ||||||||||||||||could not be removed||| The fact that Mr. Michiya is not wealthy is a truth that cannot be removed from the minds of those who see his clothing. 道也 先生 は 羽織 の ゆき を 左右 の 手 に 引っ張り ながら 、 まず 徐 ろ にわ が 右 の 袖 を 見た 。 みちや|せんせい||はおり||||さゆう||て||ひっぱり|||じょ||||みぎ||そで||みた ||||||||||||||slowly|||||||| Mr. Michiya, pulling the sleeves of his haori with both hands, first looked slowly at my right sleeve. 次に 眼 を 転じて また 徐 ろ にわ が 左 の 袖 を 見た 。 つぎに|がん||てんじて||じょ||||ひだり||そで||みた Next, I turned my eyes and slowly looked at my left sleeve. 黒 木綿 の 織 目 の なか に 砂 が いっぱい たまって いる 。 くろ|もめん||お|め||||すな|||| There is a lot of sand accumulated in the black cotton weave. 「 随分 きたない 」 と 落ちつき払って 云った 。 ずいぶん|||おちつきはらって|うん った |||calmly said| "It's quite dirty," I said calmly. 笑 声 が 満場 に 起る 。 わら|こえ||まんじょう||おこる これ は ひやかし の 笑 声 で は ない 。 ||||わら|こえ||| 道也 先生 は ひやかし の 笑 声 を 好意 の 笑 声 で 揉み 潰した のである 。 みちや|せんせい||||わら|こえ||こうい||わら|こえ||もみ|つぶした| Teacher Michiya crushed the mocking laughter with a friendly laugh. 「 せんだって 学問 を 専門 に する 人 が 来て 、 私 も 妻 を もろう て 子 が 出来た 。 |がくもん||せんもん|||じん||きて|わたくし||つま||||こ||できた |||||||||||||to marry|||| The other day, a person who specializes in academics came, and I also got a wife and had a child. これ から 金 を 溜 め ねば なら ぬ 。 ||きむ||たま|||| From now on, I must save money. 是非 共子 供 に 立派な 教育 を さ せる だけ は 今 の うち に 貯蓄 して 置か ねば なら ん 。 ぜひ|きようこ|とも||りっぱな|きょういく||||||いま||||ちょちく||おか||| |together with||||||||||||||savings||||| We must save enough money now to provide our children with a proper education. しかし どう したら 貯蓄 が 出来る でしょう か と 聞いた 。 |||ちょちく||できる||||きいた But I asked, how can we save money? 「 どう したら 学問 で 金 が とれる だろう と 云 う 質問 ほど 馬鹿 気 た 事 は ない 。 ||がくもん||きむ|||||うん||しつもん||ばか|き||こと|| There is no more foolish question than asking how one can earn money through academics. 学問 は 学者 に なる もの である 。 がくもん||がくしゃ|||| "Academic study is something that leads one to become a scholar." 金 に なる もの で は ない 。 きむ|||||| It is not something that can turn into money. 学問 を して 金 を とる 工夫 を 考える の は 北極 へ 行って 虎 狩 を する ような もの である 」 満場 は また ちょっと どよめいた 。 がくもん|||きむ|||くふう||かんがえる|||ほっきょく||おこなって|とら|か||||||まんじょう|||| |||||||||||Arctic||||hunting|||||||||| Thinking of ways to study and make money is like going to the Arctic to hunt tigers.” The audience murmured a bit. 「 一般 の 世 人 は 労力 と 金 の 関係 に ついて 大 なる 誤 謬 を 有して いる 。 いっぱん||よ|じん||ろうりょく||きむ||かんけい|||だい||ご|びゅう||ゆうして| |||||||||||||||error||possessing| The general public holds a great misconception about the relationship between labor and money. 彼ら は 相応の 学問 を すれば 相応の 金 が とれる 見込 の ある もの だ と 思う 。 かれら||そうおうの|がくもん|||そうおうの|きむ|||みこ||||||おもう ||appropriate|||||||||||||| I think that if they engage in appropriate studies, there is a prospect of earning a corresponding amount of money. そんな 条 理 は 成立 する 訳 が ない 。 |じょう|り||せいりつ||やく|| ||logic||could not be established|||| Such reasoning cannot possibly hold. 学問 は 金 に 遠ざかる 器械 である 。 がくもん||きむ||とおざかる|きかい| Academics are an instrument that takes you further away from money. 金 が ほし ければ 金 を 目的 に する 実業 家 と か 商 買 人 に なる が いい 。 きむ||||きむ||もくてき|||じつぎょう|いえ|||しょう|か|じん|||| |||||||||business|||||||||| If you want money, it would be good to become a businessman or a merchant whose goal is money. 学者 と 町人 と は まるで 別途 の 人間 であって 、 学者 が 金 を 予期 して 学問 を する の は 、 町人 が 学問 を 目的 に し て 丁 稚 に 住み込む ような もの である 」 「 そう か なあ 」 と 突飛な 声 を 出す 奴 が いる 。 がくしゃ||ちょうにん||||べっと||にんげん||がくしゃ||きむ||よき||がくもん|||||ちょうにん||がくもん||もくてき||||ちょう|ち||すみこむ||||||||とっぴな|こえ||だす|やつ|| ||townsman||||separately||||||||expected|||||||||||||||child|apprentice||live in|||||||||||||| Scholars and townspeople are completely different types of humans, and for a scholar to expect money while studying is like a townsman making study his goal and living as an apprentice." "Is that really true?" someone said with a surprised voice. 聴衆 は どっと 笑った 。 ちょうしゅう|||わらった ||suddenly| The audience erupted in laughter. 道也 先生 は 平然と して 笑 の しずまる の を 待って いる 。 みちや|せんせい||へいぜんと||わら|||||まって| |||||||quieting|||| Sensei Michiya is calmly waiting for the laughter to settle down. 「 だから 学問 の こと は 学者 に 聞か なければ なら ん 。 |がくもん||||がくしゃ||きか||| "Therefore, when it comes to learning, you must ask a scholar. 金 が 欲しければ 町人 の 所 へ 持って行く より ほか に 致し方 は ない 」 「 金 が 欲しい 」 と まぜかえす 奴 が 出る 。 きむ||ほしければ|ちょうにん||しょ||もっていく||||いたしかた|||きむ||ほしい|||やつ||でる |||||||||||仕方|||||||mixes in||| If you want money, there is no other way but to take it to the merchants." A guy interjects, "I want money." 誰 だ か わから ない 。 だれ|||| I don't know who it is. 道也 先生 は 「 欲しい でしょう 」 と 云った ぎり 進行 する 。 みちや|せんせい||ほしい|||うん った||しんこう| ||||||||will proceed| Teacher Michiya said, 'You want it, don't you?' and continued. 「 学問 すなわち 物 の 理 が わかる と 云 う 事 と 生活 の 自由 すなわち 金 が ある と 云 う 事 と は 独立 して 関係 の ない のみ なら ず 、 かえって 反対 の もの である 。 がくもん||ぶつ||り||||うん||こと||せいかつ||じゆう||きむ||||うん||こと|||どくりつ||かんけい|||||||はんたい||| ||||principle||||||||||||||||||||||||||||||||| The pursuit of knowledge and understanding of the principles of things is not only independent of and unrelated to the freedom of living, which is equivalent to having money, but rather it is the opposite. 学者 であれば こそ 金 が ない のである 。 がくしゃ|||きむ||| It is precisely because one is a scholar that they have no money. 金 を 取る から 学者 に は なれ ない のである 。 きむ||とる||がくしゃ||||| 学者 は 金 が ない 代り に 物 の 理 が わかる ので 、 町人 は 理 窟 が わから ない から 、 その 代り に 金 を 儲ける 」 何 か 云 うだろう と 思って 道也 先生 は 二十 秒 ほど 絶句 して 待って いる 。 がくしゃ||きむ|||かわり||ぶつ||り||||ちょうにん||り|いわや||||||かわり||きむ||もうける|なん||うん|||おもって|みちや|せんせい||にじゅう|びょう||ぜっく||まって| |||||||||||||townsman|||||||||||||||||might say|||||||||speechless||| Scholars have no money but understand the principles of things, while townspeople do not understand the reasoning, and instead, they make money. Thinking that someone would say something, Sensei Michiya waited in silence for about twenty seconds. 誰 も 何も 云 わ ない 。 だれ||なにも|うん|| No one says anything. 「 それ を 心得 ん で 金 の ある 所 に は 理 窟 も ある と 考えて いる の は 愚 の 極 で ある 。 ||こころえ|||きむ|||しょ|||り|いわや||||かんがえて||||ぐ||ごく|| it|||||||||||reason|||||||||foolishness||extreme|| To believe that where there is money, there are also principles, is the height of foolishness. しかも 世間 一般 は そう 誤認 して いる 。 |せけん|いっぱん|||ごにん|| |||||misunderstanding|| Moreover, the general public is misled in this way. あの 人 は 金持ち で 世間 が 尊敬 して いる から して 理 窟 も わかって いる に 違 ない 、 カルチュアー も ある に きまって いる と ―― こう 考える 。 |じん||かねもち||せけん||そんけい|||||り|いわや|||||ちが||||||||||かんがえる |||rich person||||||||||reason|||||||culture||||certainly|||| People think, 'That person is wealthy and respected by society, so they must understand logic and surely have culture.' ところが その実 は カルチュアー を 受ける 暇 が なければ こそ 金 を もうける 時間 が 出来た のである 。 |そのじつ||||うける|いとま||||きむ|||じかん||できた| ||||||||||||to make money|||| However, the reality is that it is precisely because there is no time to gain culture that they have found time to make money. 自然 は 公平な もの で 一 人 の 男 に 金 も もうけ させ る 、 同時に カルチュアー も 授ける と 云 う ほど 贔屓 に は せ ん のである 。 しぜん||こうへいな|||ひと|じん||おとこ||きむ|||さ せ||どうじに|||さずける||うん|||ひいき||||| ||fair|||||||||||||||||||||||||| Nature is fair and allows a man to make money, while at the same time, it does not particularly favor anyone by bestowing culture. この 見やすき 道理 も 弁 ぜ ず して 、 か の 金持ち 共 は 己 惚れて ……」 「 ひや 、 ひや 」「 焼く な 」「 しっ、 しっ」 だいぶ 賑やかに なる 。 |みやすき|どうり||べん||||||かねもち|とも||おのれ|ほれて|||やく|||||にぎやかに| |easy to see|reason||explanation||||||||||fallen in love||||||||| Without understanding this obvious reasoning, those rich people are full of themselves... 'Oh dear, oh dear', 'Don't burn it', 'Shh, shh.' It becomes quite lively. 「 自分 達 は 社会 の 上流 に 位 して 一般 から 尊敬 されて いる から して 、 世の中 に 自分 ほど 理 窟 に 通じた もの は ない 。 じぶん|さとる||しゃかい||じょうりゅう||くらい||いっぱん||そんけい|さ れて||||よのなか||じぶん||り|いわや||つうじた||| Since we hold a high position in society and are respected by the general public, there is no one in the world as reasonable as myself. 学者 だろう が 、 何 だろう が おれ に 頭 を さげ ねば なら ん と 思う の は 憫然 の しだい で 、 彼ら が こんな 考 を 起す 事 自身 が カルチュアー の ない と 云 う 事実 を 証明 して いる 」 高柳 君 の 眼 は 輝 やいた 。 がくしゃ|||なん|||||あたま|||||||おもう|||びんぜん||||かれら|||こう||おこす|こと|じしん||||||うん||じじつ||しょうめい|||たかやなぎ|きみ||がん||あきら| Although they are scholars, I think it is a natural consequence of pity that they must humble themselves before me, and the very fact that they come to such a thought proves that they lack culture.” Takayanagi's eyes sparkled. 血 が 双 頬 に 上って くる 。 ち||そう|ほお||のぼって| Blood rushes to my cheeks. 「 訳 の わから ぬ 彼ら が 己 惚 は とうてい 済 度 すべ から ざる 事 と する も 、 天下 社会 から 、 彼ら の 己 惚 を もっともだ と 是認 する に 至って は 愛想 の 尽きた 不 見識 と 云 わ ねば なら ぬ 。 やく||||かれら||おのれ|ぼけ|||す|たび||||こと||||てんか|しゃかい||かれら||おのれ|ぼけ||||ぜにん|||いたって||あいそ||つきた|ふ|けんしき||うん|||| |||||||||||||||||||||||||||reasonable||||||||||||||||| Although they themselves find it inconceivable that they can be self-absorbed without understanding, if society as a whole comes to accept their self-absorption, it can only be said that this is a lack of insight that has exhausted all politeness. よく 云 う 事 だ が 、 あの 男 も あの くらい な 社会 上 の 地位 に あって 相応の 財産 も 所有 して いる 事 だ から 万 更 そんな 訳 の わから ない 事 も なかろう 。 |うん||こと||||おとこ|||||しゃかい|うえ||ちい|||そうおうの|ざいさん||しょゆう|||こと|||よろず|こう||やく||||こと|| It is often said, but since that man holds a social status that is considerable and possesses a corresponding fortune, there shouldn't be any such incomprehensible things. 豈計 らん や ある 場合 に は 、 そんな 社会 上 の 地位 を 得て 相当 の 財産 を 有して おれば こそ 訳 が わから ない のである 」 高柳 君 は 胸 の 苦し み を 忘れて 、 ひやひや と 手 を 打った 。 あにけい||||ばあい||||しゃかい|うえ||ちい||えて|そうとう||ざいさん||ゆうして|||やく|||||たかやなぎ|きみ||むね||にがし|||わすれて|||て||うった how could||||||||||||||||||possessing|||||||||||||||||with a start|||| Who would have thought that, in some cases, it is precisely because one has attained such a social status and possesses a considerable fortune that they find it incomprehensible.” Mr. Takayanagi forgot his chest pain and clapped his hands in excitement. 隣 の 薩摩 絣 はえ へん と 嘲 弄 的な 咳払 を する 。 となり||さつま|かすり||||あざけ|もてあそ|てきな|せきふつ|| ||||||||||clearing throat|| The Satsuma fabric next door scoffs with a mocking cough. 「 社会 上 の 地位 は 何で きまる と 云 えば ―― いろいろ ある 。 しゃかい|うえ||ちい||なんで|||うん||| When one asks what determines social status—there are various factors. 第 一 カルチュアー で きまる 場合 も ある 。 だい|ひと||||ばあい|| Sometimes it is determined by the first culture. 第 二 門 閥 で きまる 場合 も ある 。 だい|ふた|もん|ばつ|||ばあい|| Sometimes it is decided by the second gate. 第 三 に は 芸能 で きまる 場合 も ある 。 だい|みっ|||げいのう|||ばあい|| ||||entertainment||||| Sometimes it is decided by entertainment in the third. 最後に 金 で きまる 場合 も ある 。 さいごに|きむ|||ばあい|| Finally, sometimes it is decided by money. しか して これ は もっとも 多い 。 |||||おおい かよう に いろいろの 標準 が ある の を 混同 して 、 金 で 相場 が きまった 男 を 学問 で 相場 が きまった 男 と 相互 に 通用 し 得る ように 考えて いる 。 |||ひょうじゅん|||||こんどう||きむ||そうば|||おとこ||がくもん||そうば|||おとこ||そうご||つうよう||える||かんがえて| to correspond||||||||confusion||||market||||||||||||||can be interchanged||||| Confusing the various standards that exist in this way, he thinks that a man whose market is determined by money can interchangeably be considered a man whose market is determined by academic achievement. ほとんど 盲目 同然である 」 エヘン 、 エヘン と 云 う 声 が 散らばって 五六 ヵ 所 に 起る 。 |もうもく|どうぜんである||||うん||こえ||ちらばって|ごろく||しょ||おこる ||practically blind||||||||||||| It is almost blind; cough, cough, voices saying this arise in five or six places scattered around. 高柳 君 は 口 を 結んで 、 鼻 から 呼吸 を はずま せて いる 。 たかやなぎ|きみ||くち||むすんで|はな||こきゅう|||| Mr. Takayanagi has sealed his lips and is breathing through his nose. 「 金 で 相場 の きまった 男 は 金 以外 に 融通 は 利か ぬ はずである 。 きむ||そうば|||おとこ||きむ|いがい||ゆうずう||きか|| money||||||||||flexibility||would not be flexible|| A man who is determined by money cannot be flexible in anything other than money. 金 は ある 意味 に おいて 貴重 かも 知れ ぬ 。 きむ|||いみ|||きちょう||しれ| Money may be valuable in a certain sense. 彼ら は この 貴重な もの を 擁して いる から 世 の 尊敬 を 受ける 。 かれら|||きちょうな|||ようして|||よ||そんけい||うける ||||||possessing||||||| They are respected by the world because they possess this precious thing. よろしい 。 そこ まで は 誰 も 異存 は ない 。 |||だれ||いぞん|| |||||objection|| しかし 金 以外 の 領分 に おいて 彼ら は 幅 を 利かし 得る 人間 で は ない 、 金 以外 の 標準 を もって 社会 上 の 地位 を 得る 人 の 仲間 入 は 出来 ない 。 |きむ|いがい||りょうぶん|||かれら||はば||きかし|える|にんげん||||きむ|いがい||ひょうじゅん|||しゃかい|うえ||ちい||える|じん||なかま|はい||でき| |||||||||width||exert influence|||||||||||||||||||||||| However, outside of wealth, they are not individuals who can exert their influence, and they cannot be included among those who gain social status based on standards other than wealth. もし それ が 出来る と 云 えば 学者 も 金持ち の 領分 へ 乗り込んで 金銭 本位 の 区域 内 で 威張って も 好 い 訳 に なる 。 |||できる||うん||がくしゃ||かねもち||りょうぶん||のりこんで|きんせん|ほんい||くいき|うち||いばって||よしみ||やく|| |||||||||rich person|||||money|based||area|||to boast|||||| If that were possible, it would mean that scholars could intrude into the territory of the wealthy and be arrogant within the monetary-based domain. 彼ら は そう は させ ぬ 。 かれら||||さ せ| They will not allow that. しかし 自分 だけ は 自分 の 領分 内 に おとなしく して いる 事 を 忘れて 他の 領分 まで のさばり 出よう と する 。 |じぶん|||じぶん||りょうぶん|うち|||||こと||わすれて|たの|りょうぶん|||でよう|| |||||||||quietly|||||||||acting freely||| However, one forgets to remain quietly within one's own domain and tries to intrude into others' domains. それ が 物 の わから ない 、 好 い 証拠 である 」 高柳 君 は 腰 を 半分 浮かして 拍手 を した 。 ||ぶつ||||よしみ||しょうこ||たかやなぎ|きみ||こし||はんぶん|うかして|はくしゅ|| That is good evidence of not understanding things, Takayanagi-kun half lifted his waist and applauded. 人間 は 真似 が 好 である 。 にんげん||まね||よしみ| Humans like to imitate. 高柳 君 に 誘い出されて 、 ぱち ぱち の 声 が 四方 に 起る 。 たかやなぎ|きみ||さそいださ れて||||こえ||しほう||おこる |||invited out|||||||| Invited out by Takayanagi-kun, the sound of clapping arises from all directions. 冷笑 党 は 勢 の 不可 なる を 知って 黙した 。 れいしょう|とう||ぜい||ふか|||しって|もくした |||power||inevitable||||fell silent The Cold Laugh Party knew that the forces could not be ignored and fell silent. 「 金 は 労力 の 報酬 である 。 きむ||ろうりょく||ほうしゅう| "Money is the reward for effort." だから 労力 を 余計に すれば 金 は 余計に とれる 。 |ろうりょく||よけいに||きむ||よけいに| So if you exert more effort, you can earn more money. ここ まで は 世間 も 公平である 。 |||せけん||こうへいである |||||fair Up to this point, the world is fair. これ すら も 不公平な 事 が ある 。 |||ふこうへいな|こと|| |||unfair||| There are even unfair things regarding this. 相場 師 など は 労力 なし に 金 を 攫んで いる ) しかし 一 歩 進めて 考えて 見る が 好 い 。 そうば|し|||ろうりょく|||きむ||つかんで|||ひと|ふ|すすめて|かんがえて|みる||よしみ| market|master||||||||snatch||||step|||||| Market traders are snatching money without any effort) However, it is good to think one step further. 高等な 労力 に 高等な 報酬 が 伴う であろう か ―― 諸君 どう 思います ―― 返事 が なければ 説明 しなければ なら ん 。 こうとうな|ろうりょく||こうとうな|ほうしゅう||ともなう|||しょくん||おもい ます|へんじ|||せつめい|し なければ|| ||||||accompanies|||||||||||| Shall high effort be accompanied by high rewards? ―― What do you think, everyone? ―― If there is no answer, I must explain. 報酬 なる もの は 眼前 の 利害 に もっとも 影響 の 多い 事情 だけ で きめられる のである 。 ほうしゅう||||がんぜん||りがい|||えいきょう||おおい|じじょう|||きめ られる| ||||before||interests|||influence|||circumstances|||can be decided| Rewards are determined by the circumstances that most influence the interests at hand. だから 今 の 世 でも 教師 の 報酬 は 小 商人 の 報酬 より も 少ない のである 。 |いま||よ||きょうし||ほうしゅう||しょう|しょうにん||ほうしゅう|||すくない| Therefore, even in today's world, the rewards for teachers are less than those for small merchants. 眼前 以上 の 遠い 所 高い 所 に 労力 を 費やす もの は 、 いかに 将来 の ため に なろう と も 、 国家 の ため に なろう と も 、 人類 の ため に なろう と も 報酬 は いよいよ 減 ずる のである 。 がんぜん|いじょう||とおい|しょ|たかい|しょ||ろうりょく||ついやす||||しょうらい|||||||こっか|||||||じんるい|||||||ほうしゅう|||げん|| ||||||||||||||||||||||||||||humanity|||||||||finally|will decrease|will decrease| What expends effort in distant and high places before our eyes, no matter how much it may be for the future, for the nation, or for humanity, will only lead to increasingly diminished rewards. だに よって 労力 の 高 下 で は 報酬 の 多寡 は きまら ない 。 ||ろうりょく||たか|した|||ほうしゅう||たか||| ||||||||||amount||cannot be determined| Therefore, the amount of reward is not determined by the high or low of effort. 金銭 の 分配 は 支配 されて おら ん 。 きんせん||ぶんぱい||しはい|さ れて|| money||distribution||control||| The distribution of money is not controlled. したがって 金 の ある もの が 高尚な 労力 を した と は 限ら ない 。 |きむ|||||こうしょうな|ろうりょく|||||かぎら| Therefore, having money does not necessarily mean that one has engaged in noble efforts. 換言 すれば 金 が ある から 人間 が 高尚だ と は 云 え ない 。 かんげん||きむ||||にんげん||こうしょうだ|||うん|| in other words||||||||noble||||| In other words, one cannot say that a person is noble simply because they have money. 金 を 目安 に して 人物 の 価値 を きめる 訳 に は 行か ない 」 滔々と して 述べて 来た 道也 は ちょっと ここ で 切って 、 満場 の 形勢 を 観 望 した 。 きむ||めやす|||じんぶつ||かち|||やく|||いか||とうとうと||のべて|きた|みちや|||||きって|まんじょう||けいせい||かん|のぞみ| |||||||||||||||overflowing||||||||||the whole audience||situation||to observe|to observe| While speaking eloquently about how one cannot determine a person's worth based on money, Michiya paused here briefly to observe the atmosphere of the entire assembly. 活版 に 押した 演説 は 生命 が ない 。 かっぱん||おした|えんぜつ||せいめい|| printing press|||speech||life|| The speech printed in movable type has no life. 道也 は 相手 しだい で 、 どう と も 変わる つもりである 。 みちや||あいて||||||かわる| Michinari intends to change depending on the opponent. 満場 は 思った より 静かである 。 まんじょう||おもった||しずかである The venue is quieter than expected. 「 それ を 金 が ある から と 云 うて むやみに えら がる の は 間違って いる 。 ||きむ|||||うん|||||||まちがって| It is wrong to say that one can act arrogantly just because they have money. 学者 と 喧嘩 する 資格 が ある と 思って る の も 間違って いる 。 がくしゃ||けんか||しかく||||おもって||||まちがって| ||||qualification||||||||| It is also wrong to think that one has the qualifications to argue with scholars. 気品 の ある 人々 に 頭 を 下げ させる つもりで いる の も 間違って いる 。 きひん|||ひとびと||あたま||さげ|さ せる|||||まちがって| elegance|||||||||||||| It is wrong to intend to make dignified people bow their heads. ―― 少し は 考えて も 見る が いい 。 すこし||かんがえて||みる|| You should think about it a little. いくら 金 が あって も 病気 の 時 は 医者 に 降参 しなければ なる まい 。 |きむ||||びょうき||じ||いしゃ||こうさん|し なければ|| No matter how much money you have, when you're sick, you have to surrender to the doctor. 金貨 を 煎じて 飲む 訳 に は 行か ない ……」 あまり 熱心な 滑稽な ので 、 思わず 噴き出した もの が 三四 人 ある 。 きんか||せんじて|のむ|やく|||いか|||ねっしんな|こっけいな||おもわず|ふきだした|||さんし|じん| It's not like you can boil gold coins and drink them... Some people couldn't help but burst out laughing because it was so enthusiastic and ridiculous. 道也 先生 は 気 が ついた 。 みちや|せんせい||き|| 「 そう でしょう ―― 金貨 を 煎じたって 下痢 は とまら ない でしょう 。 ||きんか||せんじた って|げり|||| probably||||boiled down||||| That's right - even if you boil gold coins, diarrhea won't stop. ―― だ から 御 医者 に 頭 を 下げる 。 ||ご|いしゃ||あたま||さげる So, you bow your head to the doctor. その代り 御 医者 は ―― 金 に 頭 を 下げる 」 道也 先生 は に やに や と 笑った 。 そのかわり|ご|いしゃ||きむ||あたま||さげる|みちや|せんせい||||||わらった |||||||||||||smirk||| In return, the doctor bows his head to money,' Dr. Michiya said with a smirk. 聴衆 も おとなしく 笑う 。 ちょうしゅう|||わらう ||quietly| 「 それ で 好 い のです 。 ||よしみ|| 金 に 頭 を 下げて 結構です ―― しかし 金持 は いけない 。 きむ||あたま||さげて|けっこうです||かねもち|| |||||that's fine|||| It's fine to bow your head to money ―― however, it's not acceptable to bow to the wealthy. 医者 に 頭 を 下げる 事 を 知って ながら 、 趣味 と か 、 嗜好 と か 、 気品 と か 人品 と か 云 う 事 に 関して 、 学問 の ある 、 高尚な 理 窟 の わかった 人 に 頭 を 下げる こと を 知ら ん 。 いしゃ||あたま||さげる|こと||しって||しゅみ|||しこう|||きひん|||じんぴん|||うん||こと||かんして|がくもん|||こうしょうな|り|いわや|||じん||あたま||さげる|||しら| ||||||||||||||||||character|||||||||||noble||||||||||||| While knowing to bow to doctors, they do not know how to bow to those who are educated and understand high-minded reasoning regarding tastes, preferences, and dignity. のみ なら ず かえって 金 の 力 で 、 それ ら の 頭 を さげ させよう と する 。 ||||きむ||ちから|||||あたま|||さ せよう|| |||||||||||||to lower||| Moreover, they try to make those heads bow instead through the power of money. ―― 盲目 蛇 に 怖 じ ず と は よく 云った もの です ねえ 」 と 急に 会話 調 に なった の は 曲折 が あった 。 もうもく|へび||こわ||||||うん った|||||きゅうに|かいわ|ちょう|||||きょくせつ|| blindness|||scared|||||||||||||tuning||||||| "‘It is indeed a good thing to not be afraid of the blind snake,’" the conversation suddenly shifted in tone, suggesting there had been some twists and turns. 「 学問 の ある 人 、 訳 の わかった 人 は 金持 が 金 の 力 で 世間 に 利益 を 与 うる と 同様の 意味 に おいて 、 学問 を もって 、 わけ の 分った ところ を もって 社会 に 幸福 を 与える のである 。 がくもん|||じん|やく|||じん||かねもち||きむ||ちから||せけん||りえき||あずか|||どうようの|いみ|||がくもん|||||ぶん った||||しゃかい||こうふく||あたえる| A learned person, someone who understands the meaning, provides happiness to society with their knowledge, just as a wealthy person provides benefits to the world through their financial power. だから して 立場 こそ 違え 、 彼ら は とうてい 冒し 得 べ から ざる 地位 に 確たる 尻 を 据えて いる のである 。 ||たちば||ちがえ|かれら|||おかし|とく||||ちい||かくたる|しり||すえて|| |||||||by no means|risk|||||||certain||||| Therefore, although their positions are different, they firmly hold a status that is beyond reproach. 「 学者 が もし 金銭 問題 に かかれば 、 自己 の 本領 を 棄 て て 他 の 縄張 内 に 這 入る のだ から 、 金持ち に 頭 を 下げる が 順当であろう 。 がくしゃ|||きんせん|もんだい|||じこ||ほんりょう||き|||た||なわばり|うち||は|はいる|||かねもち||あたま||さげる||じゅんとうであろう |||money||||||||abandon|||||territory||||||||||||| If a scholar were to get involved in financial matters, they would be abandoning their true domain and encroaching on someone else's territory; thus, it would be appropriate for them to bow to the rich. 同時に 金 以上 の 趣味 と か 文学 と か 人生 と か 社会 と か 云 う 問題 に 関して は 金持ち の 方 が 学者 に 恐れ入って 来 なければ なら ん 。 どうじに|きむ|いじょう||しゅみ|||ぶんがく|||じんせい|||しゃかい|||うん||もんだい||かんして||かねもち||かた||がくしゃ||おそれいって|らい||| ||||||||||||||||||||||||||||appreciate|||| At the same time, regarding issues such as hobbies beyond money, literature, life, and society, the wealthy must respect scholars. 今 、 学者 と 金持 の 間 に 葛藤 が 起る と する 。 いま|がくしゃ||かねもち||あいだ||かっとう||おこる|| Now, let us suppose a conflict arises between scholars and the wealthy. 単に 金銭 問題 ならば 学者 は 初手 から 無能力である 。 たんに|きんせん|もんだい||がくしゃ||しょて||むのうりょくである |money|||||first move||incapable If it is merely a financial issue, the scholar is incapable from the very beginning. しかし それ が 人生 問題 であり 、 道徳 問題 であり 、 社会 問題 である 以上 は 彼ら 金持 は 最初 から 口 を 開く 権能 の ない もの と 覚悟 を して 絶対 的に 学者 の 前 に 服従 しなければ なら ん 。 |||じんせい|もんだい||どうとく|もんだい||しゃかい|もんだい||いじょう||かれら|かねもち||さいしょ||くち||あく|けんのう|||||かくご|||ぜったい|てきに|がくしゃ||ぜん||ふくじゅう|し なければ|| ||||||||||||||||||||||power||||||||||||||||| However, since that is a life problem, a moral problem, and a social problem, these wealthy people must absolutely prepare to be subordinate to scholars from the very beginning, having no right to speak. 岩崎 は 別荘 を 立て 連 ら ねる 事 に おいて 天下 の 学者 を 圧倒 して いる かも 知れ ん が 、 社会 、 人生 の 問題 に 関して は 小児 と 一般 である 。 いわさき||べっそう||たて|れん|||こと|||てんか||がくしゃ||あっとう||||しれ|||しゃかい|じんせい||もんだい||かんして||しょうに||いっぱん| Iwasaki may overwhelm the scholars of the world with his series of villas, but when it comes to social and life issues, he is as naive as a child. 十万 坪 の 別荘 を 市 の 東西 南北 に 建てた から 天下 の 学者 を 凹ま した と 思う の は 凌 雲 閣 を 作った から 仙人 が 恐れ入ったろう と 考える ような もの だ ……」 聴衆 は 道也 の 勢 と 最後 の 一 句 の 奇 警 な のに 気 を 奪われて 黙って いる 。 じゅうまん|つぼ||べっそう||し||とうざい|なんぼく||たてた||てんか||がくしゃ||くぼま|||おもう|||しの|くも|かく||つくった||せんにん||おそれいったろう||かんがえる||||ちょうしゅう||みちや||ぜい||さいご||ひと|く||き|けい|||き||うばわ れて|だまって| ||||||||||||||||to impress||||||||||||||was impressed||||||||||||||||||||||||| To think that building a hundred thousand tsubo (about 3.3 million square meters) villa in the east, west, north, and south of the city has defeated the scholars of the world is like thinking that after building the Ryouunkaku (a tower), the immortals were impressed... The audience was captivated by the momentum of Michiya and the final unusual remark, falling silent. 独り 高柳 君 が たまらなかった と 見えて 大きな 声 を 出して 喝采 した 。 ひとり|たかやなぎ|きみ||||みえて|おおきな|こえ||だして|かっさい| |||||||||||applause| It seems that Mr. Takayanagi was overwhelmed and let out a loud voice in applause. 「 商人 が 金 を 儲ける ため に 金 を 使う の は 専門 上 の 事 で 誰 も 容喙 が 出来 ぬ 。 しょうにん||きむ||もうける|||きむ||つかう|||せんもん|うえ||こと||だれ||ようかい||でき| |||||||||||||||||||interfere||| "It is a professional matter that merchants use money to make money, and no one can interfere with this. しかし 商 買 上 に 使わ ないで 人事 上 に その 力 を 利用 する とき は 、 訳 の わかった 人 に 聞か ねば なら ぬ 。 |しょう|か|うえ||つかわ||じんじ|うえ|||ちから||りよう||||やく|||じん||きか||| However, when that power is used in personal matters instead of business transactions, one must consult someone who understands the situation." そう しなければ 社会 の 悪 を 自ら 醸造 して 平気で いる 事 が ある 。 |し なければ|しゃかい||あく||おのずから|じょうぞう||へいきで||こと|| If we do not do so, there are times when we unconsciously brew the evils of society and remain indifferent. 今 の 金持 の 金 の ある 一部分 は 常に この 目的 に 向って 使用 されて いる 。 いま||かねもち||きむ|||いちぶぶん||とわに||もくてき||むかい って|しよう|さ れて| Part of the wealth of the current rich is always used for this purpose. それ と 云 うの も 彼ら 自身 が 金 の 主である だけ で 、 他の 徳 、 芸 の 主で ない から である 。 ||うん|||かれら|じしん||きむ||おもである|||たの|とく|げい||おもで||| ||||||||||||||virtue|||||| This is because they themselves are masters of money, but not masters of other virtues or arts. 学者 を 尊敬 する 事 を 知ら ん から である 。 がくしゃ||そんけい||こと||しら||| It is because I do not know how to respect scholars. いくら 教えて も 人 の 云 う 事 が 理解 出来 ん から である 。 |おしえて||じん||うん||こと||りかい|でき||| No matter how much I teach, it is because they cannot understand what people say. 災 は 必ず 己 れ に 帰る 。 わざわい||かならず|おのれ|||かえる disaster|||||| Disaster will inevitably return to oneself. 彼ら は 是非 共学 者 文学 者 の 云 う 事 に 耳 を 傾け ねば なら ぬ 時期 が くる 。 かれら||ぜひ|きょうがく|もの|ぶんがく|もの||うん||こと||みみ||かたむけ||||じき|| ||||||||||||||listen||||time|| There will come a time when they must listen to the words of fellow students and literary figures. 耳 を 傾け ねば 社会 上 の 地位 が 保て ぬ 時期 が くる 」 聴衆 は 一度に どっと 鬨 を 揚げた 。 みみ||かたむけ||しゃかい|うえ||ちい||たもて||じき|||ちょうしゅう||いちどに||こう||あげた ||||||||||||||||at once|||| There comes a time when one must listen, or they cannot maintain their social standing,” the audience erupted in cheers all at once. 高柳 君 は 肺病 に も かかわら ず もっとも 大 なる 鬨 を 揚げた 。 たかやなぎ|きみ||はいびょう||||||だい||こう||あげた Takayanagi-kun raised the greatest cheer despite having tuberculosis. 生れて から 始めて こんな 痛快な 感じ を 得た 。 うまれて||はじめて||つうかいな|かんじ||えた I have never felt such an exhilarating feeling since I was born. 襟巻 に 半分 顔 を 包んで から 風 の なか を ここ まで 来た 甲斐 は ある と 思う 。 えりまき||はんぶん|かお||つつんで||かぜ||||||きた|かい||||おもう I think it was worth coming this far in the wind with half of my face wrapped in a scarf. 道也 先生 は 予言 者 の ごとく 凛と して 壇上 に 立って いる 。 みちや|せんせい||よげん|もの|||りんと||だんじょう||たって| |||prophet||||with dignity||platform||| Mr. Michiya stands dignified on the stage like a prophet. 吹き まくる 木 枯 は 屋 を 撼 かして 去る 。 ふき||き|こ||や||かん||さる |||||house||shake|| The howling winter wind shakes the house and departs.