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有島武郎 - 或る女(アクセス), 5.2 或る 女 – Text to read

有島武郎 - 或る女(アクセス), 5.2 或る 女

Avanzato 2 di giapponese lesson to practice reading

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5.2 或る 女

正面 から はね返さ れた 古藤 は 黙って しまった 。 しかし 葉子 も 勢いに 乗って 追い迫る ような 事 は しなかった 。 矢頃 を 計って から 語気 を かえて ずっと 下手に なって 、・・

「妙に お思い に なった でしょう ね 。 わるう ございまして ね 。 こんな 所 に 来て いて 、お酒 なんか 飲む のは ほんとうに 悪い と 思った んです けれども 、気分 が ふさいで 来る と 、わたし に は これ より ほか に お薬 は ない んです もの 。 さっき の ように 苦しく なって 来る と 私 は いつでも 湯 を 熱めに して 浴って から 、お酒 を 飲み過ぎる くらい 飲んで 寝る んです の 。 そう する と 」・・

と いって 、ちょっと いい よどんで 見せて 、・・

「 十 分 か 二十 分 ぐっすり 寝入る ん です の よ …… 痛み も 何も 忘れて しまって いい 心持ち に ……。 それ から 急に 頭 が かっと 痛んで 来ます の 。 そして それ と 一緒に 気が めいり 出して 、もうもう どうして いい か わから なく なって 、子供 の ように 泣き つづける と 、その うちに また 眠たく なって 一寝入り します の よ 。 そう する と その あと は いくらか さっぱり する んです 。 ……父 や 母 が 死んで しまって から 、頼み も しない のに 親類 たち から よけいな 世話 を やかれたり 、他人力 なんぞ を あてに せずに 妹 二人 を 育てて 行か なければ ならない と 思ったり する と 、わたし の ような 、他人様 と 違って 風変わりな 、……そら 、五本 の 骨 でしょう 」・・

と さびしく 笑った 。 ・・

「それ です もの どうぞ 堪忍 して ちょうだい 。 思いきり 泣きたい 時 でも 知らん顔 を して 笑って 通して いる と 、こんな わたし みたい な 気まぐれ 者 に なる んです 。 気まぐれ で も しなければ 生きて 行け なく なる んです 。 男 の かた に は この 心持ち は おわかり に は ならない かも しれない けれども 」・・

こう いってる うち に 葉子 は 、 ふと 木部 と の 恋 が はかなく 破れた 時 の 、 われ に も なく 身 に しみ渡る さびし み や 、 死ぬ まで 日陰者 で あら ねば なら ぬ 私 生子 の 定子 の 事 や 、 計ら ず も きょう まのあたり 見た 木部 の 、 心から やつれた 面影 など を 思い起こした 。 そして さらに 、母 の 死んだ 夜 、日ごろ は 見向き も しなかった 親類 たち が 寄り集まって 来て 、早月 家 に は 毛 の 末 ほど も 同情 の ない 心 で 、早月 家 の 善後策 について 、さも 重大 らしく 勝手気まま な 事 を 親切ごかし に しゃべり散らす の を 聞かされた 時 、どうにでもなれ という 気 に なって 、暴れ抜いた 事 が 、自分 に さえ 悲しい 思い出 と なって 、葉子 の 頭 の 中 を 矢 の ように 早く ひらめき通った 。 葉子 の 顔 に は 人 に 譲って は いない 自信 の 色 が 現われ 始めた 。 ・・

「母 の 初七日 の 時 も ね 、わたし は たて続けに ビール を 何杯 飲みましたろう 。 なんでも びん が そこ いら に ごろごろ ころがりました 。 そして しまい には 何がなんだか 夢中になって 、宅 に 出入りする お医者さん の 膝 を 枕に 、泣き寝入りに 寝入って 、夜中 を あなた 二時間 の 余も 寝続けて しまいました わ 。 親類 の 人たち は それを 見る と 一人 帰り 二人 帰り して 、相談 も 何も めちゃくちゃに なった んですって 。 母 の 写真 を 前に 置いといて 、わたし は そんな 事 まで する 人間 です の 。 お あきれ に なった でしょう ね 。 いやな やつ でしょう 。 あなた の ような 方 から 御覧 に なったら 、さぞ いやな 気 が なさいましょう ねえ 」・・

「え ゝ 」・・

と 古藤 は 目 も 動かさ ず に ぶっきらぼうに 答えた 。 ・・

「 それ でも あなた 」・・

と 葉子 は 切な さ そうに 半ば 起き上がって 、・・

「外面 だけ で 人 の する 事 を なんとか おっしゃる の は 少し 残酷です わ 。 …… い ゝ え ね 」・・

と 古藤 の 何 か いい 出そう と する の を さえぎって 、今度 は きっと すわり 直った 。 ・・

「わたし は 泣き言 を いって 他人様 に も 泣いて いた だこう なんて 、そんな 事 は これ ん ばかり も 思やしません とも ……なる なら どこか に 大砲 の ような 大きな 力 の 強い 人 が いて 、その 人 が 真剣に 怒って 、葉子 の ような 人非人 は こうして やる ぞ と いって 、わたし を 押えつけて 心臓 でも 頭 でも くだけて 飛んで しまう ほど 折檻 を して くれたら と 思う んです の 。 どの人 も どの人 も ちゃんと 自分 を 忘れ ないで 、いいかげんに 怒ったり 、いいかげんに 泣いたり して いる ん です から ねえ 。 なん だって こう 生温い んでしょう 。 ・・

義一 さん (葉子 が 古藤 を こう名 で 呼んだ の は この 時 が 始めて だった )あなた が けさ 、心 の 正直な なんとか だ と おっしゃった 木村 に 縁づく ように なった の も 、その 晩 の 事 です 。 五十川 が 親類 じゅう に 賛成 さして 、晴れがましく も わたし を みんな の 前 に 引き出して おいて 、罪人 に でも いう ように 宣告 して しまった のです 。 わたし が 一口 でも いおう と すれば 、五十川 の いう に は 母 の 遺言 ですって 。 死人 に 口なし 。 ほんとに 木村 は あなた が おっしゃった ような 人間 ね 。 仙台 で あんな 事 が あった でしょう 。 あの 時 知事 の 奥さん はじめ 母 の ほう は なんとか しよう が 娘 の ほう は 保証 が でき ない と おっしゃった んです と さ 」・・

いい 知ら ぬ 侮 蔑 の 色 が 葉子 の 顔 に みなぎった 。 ・・

「ところが 木村 は 自分 の 考え を 押し通し も し ないで 、おめおめ と 新聞 に は 母 だけ の 名 を 出して あの 広告 を したんです の 。 ・・

母 だけ が いい 人 に なれば だれ だって わたし を ……そうでしょう 。 その あげく に 木村 はしゃあしゃあ と わたし を 妻 に したい んですって 、義一 さん 、男って それ で いい もの なんですか 。 まあ ね 物 の 譬え が です わ 。 それとも 言葉 で は なんといっても むだだ から 、 実行 的に わたし の 潔白 を 立てて やろう と でも いう ん でしょう か 」・・

そう いって 激昂しきった 葉子 は かみ 捨てる ように かん高く ほゝと 笑った 。 ・・

「 いったい わたし は ちょっと した 事 で 好ききらい の できる 悪い 質 な ん です から ね 。 と いって わたし は あなた の ような 生一本 で も ありません の よ 。 ・・

母 の 遺言 だ から 木村 と 夫婦 に なれ 。 早く 身 を 堅めて 地道に 暮らさなければ 母 の 名誉 を けがす 事 に なる 。 妹 だって 裸 で お 嫁入り も でき まい と いわ れれば 、 わたし 立派に 木村 の 妻 に なって 御覧 に いれます 。 その代わり 木村が 少し つらい だけ 。 ・・

こんな 事を あなたの 前で いって は さぞ 気を 悪く なさる でしょう が 、真直な あなた だと 思います から 、わたし も その 気で 何もかも 打ち明けて 申して しまいます のよ 。 わたし の 性質 や 境遇 は よく 御存じ です わ ね 。 こんな 性質 で こんな 境遇 に いる わたし が こう 考える のに もし 間違い が あったら 、どうか 遠慮 なく おっしゃって ください 。 ・・

あ ゝ いやだった 事 。 義一 さん 、 わたし こんな 事 は おくび に も 出さ ず に 今 の 今 まで しっかり 胸 に しまって 我慢 して いた の です けれども 、 きょう は どうした ん でしょう 、 なんだか 遠い 旅 に でも 出た ような さびしい 気 に なって しまって …… 」・・

弓 弦 を 切って 放した ように 言葉 を 消して 葉子 は うつむいて しまった 。 日 は いつのまにか とっぷり と 暮れて いた 。 じめじめ と 降り続く 秋雨 に 湿った 夜風 が 細々と 通って 来て 、湿気 で たるんだ 障子 紙 を そっと あおって 通った 。 古藤 は 葉子 の 顔 を 見る の を 避ける ように 、そこら に 散らばった 服地 や 帽子 など を ながめ 回して 、なんと 返答 を して いい の か 、いう べき 事 は 腹 に ある けれども 言葉 に は 現わせない ふうだった 。 部屋 は 息 気 苦しい ほど しんと なった 。 ・・

葉子 は 自分 の 言葉 から 、その 時 の ありさま から 、妙に やる 瀬 ない さびしい 気分 に なって いた 。 強い 男 の 手 で 思い 存分 両 肩 でも 抱きすくめて ほしい ような たよりなさ を 感じた 。 そして 横腹 に 深々と 手 を やって 、さし込む 痛み を こらえる らしい 姿 を して いた 。 古藤 は やや しばらく して から 何か 決心 した らしく まともに 葉子 を 見よう と した が 、葉子 の 切なさ そうな 哀れな 様子 を 見る と 、驚いた 顔つき を して われ知らず 葉子 の ほう に いざり寄った 。 葉子 は すかさず 豹 の ように なめらかに 身 を 起こして いち早く も しっかり 古藤 の さし出す 手 を 握って いた 。 そして 、・・

「義一 さん 」・・

と 震え を 帯びて いった 声 は 存分に 涙 に ぬれて いる ように 響いた 。 古藤 は 声 を わななか して 、・・

「木村 は そんな 人間 じゃ ありません よ 」・・

と だけ いって 黙って しまった 。 ・・

だめだった と 葉子 は その 途端 に 思った 。 葉子 の 心持ち と 古藤 の 心持ち と は ちぐはぐに なって いる のだ 。 なんという 響き の 悪い 心 だろう と 葉子 は それ を さげすんだ 。 しかし 様子 に は そんな 心持ち は 少しも 見せ ないで 、頭 から 肩 へ かけて の な よ や かな 線 を 風 の 前 の てっせん の 蔓 の ように 震わせ ながら 、二三 度 深々と うなずいて 見せた 。 ・・

しばらく して から 葉子 は 顔 を 上げた が 、涙 は 少しも 目 に たまって は いなかった 。 そして いとしい 弟 で も いたわる ように ふとん から 立ち上がり ざま 、・・

「すみませんでした 事 、義一 さん 、あなた 御飯 は まだ でした の ね 」・・

と いい ながら 、腹 の 痛む の を こらえる ような 姿 で 古藤 の 前 を 通りぬけた 。 湯 で ほんのり と 赤らんだ 素足 に 古藤 の 目 が 鋭く ちらっと 宿った の を 感じながら 、障子 を 細目に あけて 手 を ならした 。 ・・

葉子 は その 晩 不思議に 悪魔じみた 誘惑 を 古藤 に 感じた 。 童貞 で 無経験 で 恋 の 戯れ に は なんの おもしろみ も なさそうな 古藤 、木村 に 対して と いわず 、友だち に 対して 堅苦しい 義務観念 の 強い 古藤 、そういう 男 に 対して 葉子 は 今まで なんの 興味 を も 感じなかった ばかりか 、働きのない 没情漢 と 見限って 、口先 ばかり で 人間 並み の あしらい を していた のだ 。 しかし その 晩 葉子 は この 少年 の ような 心 を 持って 肉 の 熟した 古藤 に 罪 を 犯させて 見たくって たまらなく なった 。 一夜 の うち に 木村 と は 顔 も 合わせる 事 の できない 人間 に して 見たくって たまらなく なった 。 古藤 の 童貞 を 破る 手 を 他の 女 に 任せる の が ねたましくて たまらなく なった 。 幾 枚 も 皮 を かぶった 古藤 の 心 の どん底 に 隠れて いる 欲念 を 葉子 の 蠱惑 力 で 掘り起こして 見たくって たまらなく なった 。 ・・

気取ら れない 範囲 で 葉子 が あらん限り の 謎 を 与えた に も かかわら ず 、 古藤 が 堅く なって しまって それ に 応ずる けしき のない の を 見る と 葉子 は ますます いらだった 。 そして その 晩 は 腹が 痛んで どうしても 東京 に 帰れない から 、いやでも 横浜 に 宿って くれ と いい出した 。 しかし 古藤 は 頑として きかなかった 。 そして 自分 で 出かけて 行って 、品 も あろう 事か まっ赤 な 毛布 を 一枚 買って 帰って 来た 。 葉子 は とうとう 我 を 折って 最 終列車 で 東京 に 帰る 事 に した 。 ・・

一 等 の 客車 に は 二 人 の ほか に 乗客 は なかった 。 葉子 は ふとした 出来心 から 古藤 を おとしいれよう と した 目論見 に 失敗 して 、自分 の 征服力 に 対する かすかな 失望 と 、存分の 不快 と を 感じて いた 。 客車 の 中 で は また いろいろ と 話そう と いって 置きながら 、汽車 が 動き出す と すぐ 、古藤 の 膝 の そば で 毛布 に くるまった まま 新橋 まで 寝通して しまった 。 ・・

新 橋 に 着いて から 古藤 が 船 の 切符 を 葉子 に 渡して 人力車 を 二 台 傭って 、その 一 つ に 乗る と 、葉子 は それ に かけよって 懐中 から 取り出した 紙 入れ を 古藤 の 膝 に ほうり出して 、左 の 鬢 を やさしく かき上げ ながら 、・・

「 きょう の お 立て替え を どうぞ その 中 から …… あす は きっと いら しって ください まし ね …… お 待ち 申します こと よ …… さようなら 」・・ と いって 自分 も もう 一 つ の 車 に 乗った 。 葉子 の 紙 入れ の 中 に は 正 金 銀行 から 受け取った 五十 円 金貨 八 枚 が はいっている 。 そして 葉子 は 古藤 が それ を くずして 立て替え を 取る 気づかい の ない の を 承知 して いた 。

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