WHYJapaneseDON'TSAY "NO "andmyopinionaboutharmony
今日 は 、日本語 だけ で 話す 動画 を 作り たい と 思います 。
私 は 外国人 の 友達 に 、「どうして 日本人 は 、いやな とき に 、いや だって 言わない の ?」って 聞かれる こと が よく あります 。
私 も 実は 、海外 に 留学 した 時 に 、自分 が いやな とき に いや だって 言えない こと に 気づきました 。
スペイン に 留学 して いた 時 に 、
ホストマザー に よく 、“¿Si o no ?”って 言わ れ て い ました 。
スペイン語 を 話して いて も 、
はっきり NO と 言う こと は 、私 に とって すごく むずかしい こと でした 。
スペイン で できた 外国人 の 友達 に 初めて はっきり “No ”と 言われた 時 も 、
かなり 衝撃 的 ( しょうげき てき ) だった の を 今 でも 覚えて います 。
日本 で 生まれて 日本 で 育った 私 に とって 、
はっきり 嫌だ と 言う こと は 、すごく むずかしい こと でした 。
それ は 、相手 が どう 感じる か 、どう 思う か を 先に 考えて しまう から です 。
もちろん 、家族 に は 正直な 気持ち を 言い ます が 、
仲 の いい 友達 に も 、はっきり 嫌だ と 言えない こと が ありました 。
みなさん も 日本 語 の 勉強 を し はじめた とき に 、
「あー 日曜日 は ちょっと …。用事 が あり ます から 。」と 練習 させられた こと が ある と 思い ます 。
きっと みんな は 、「え ?ちょっと って 何 ?」“Littlebit ?Littlebitwhat ?”って 思った こと が ある かも しれません 。
絶対 1 回 は 「ちょっと って なん や ねん 」って 思った こと が ある と 思います 。
日本 人 は 、「嫌 、したくない 。」と か 、「他の こと が したい 。」と 言う 代わりに 、
遠回し ( とおまわし ) に 、 他の こと を 言ったり します 。
そして 、 それ を 言われた人 は その人 の 本音 を 理解 ( りかい ) しよう と します 。
でも 言い訳 したくない 時は 、全部 受け入れて 、
嫌なのに 、「うん 、いいよ 。」と 言って しまったり します 。
相手 を きずつけたくない 、相手 に きらわれたくない と いう 気持ち で 、本当の 気持ち を 言わない こと が ときどき あります 。
日本語 を 勉強 して いる 皆さん は 、これ を 知っている と 、
日本人 と コミュニケーション が 取りやすく なる かもしれません 。
日本人 は 、 和 を みだす こと 、 衝突 ( しょうとつ ) する こと を できる だけ さけます 。
和 を 大切に する こと は 、昔 から 日本人 が 大切に して きた こと です 。
約 1400 年 前 に 、 聖徳太子 ( しょ うとくたい し ) と いう 皇族 ( こうぞく ) が いました 。
その人 が 、 約 1400 年 前 に 、 十七 条 憲法 ( じゅう なな じょう けんぽう ) と いう 憲法 ( けんぽう ) を 作りました 。
その 憲法 ( けんぽう ) は 、 現代 の 憲法 ( けんぽう ) と は 違って 、
貴族 や 国 ため に 働いて いる 人 の ため に 作られた んです が 、
その 憲法 ( けんぽう ) の 中 で 、 第 一 条 ( だいいち じょう ) に 書かれて いる の は 、
和 を 大切に する という こと 、
話し合い ながら 、みんな で 協力 して 働く と いう こと でした 。
それ は 貴族 と か 、国 ため に 働いて いた 人 だけ じゃなくて 、
日本 人 が ずっと 大切に して きた こと です 。
私 も 、 他の人 と 調和 ( ちょうわ ) し ながら 生きて いく こと は すごく 大切な こと だ と 思います 。
やっぱり 私 たち は 一人 で は 生きて いけない ので 、
周り の人 の こと も 考えて 行動 ( こうどう ) する こと と か 、
思いやり を 持って 人 と 接する こと は 、本当に 大切な こと だ と 思い ます 。
でも 、ちがう と 思っている のに 、「そう だ ね 」と 言う こと は 、ほんとうに 調和 な んでしょうか 。
嫌だ と 思って いる のに 「 いい よ 」 と 言う こと は 、 本当の 意味 ( いみ ) で の 調和 で は ない と 思います 。
他の 国 の 人 たち と 交流 して 、みんな が 教えて くれた の は 、
自分 の 中 に も 調和 が ない と 、他の 人 と も 本当の 意味 で 調和 でき ない と いう こと です 。
これ に はじめて 気づいた 時 は 、 雷 ( かみなり ) に 打たれた ような 衝撃 ( しょうげき ) を 受けました 。
孔子 の 言葉 に 、こんな 言葉 が あり ます 。
くんし は わして どうぜ す 、しょうじん は どうじて わ せ ず 。
意味 ( いみ ) は 、 じしょ の 言葉 を 借りる と 、
徳 の ある すぐれた人 は 調和 を 大事に する ので 協調 ( きょうちょう ) は する が 、
やたら と 同調 ( どうちょう ) したり しない 。
その 一方 で 、 つまらない人物 は 主体 性 ( しゅたい せい ) が ない ので 、
簡単に 同調 する が 、 それ は 表面的 な もの であって 、 心から の 調和 は できない と いう いみ です 。
ちょっと 難しい 日本語 です が 、
簡単に 言う と 、 調和 ( ちょうわ ) と 同調 ( どうちょう ) は ちがう と いう こと です 。
同調 は 「そう です ね 、さんせい です 」と 言う こと です 。
調和 の 意味 は 、 また 辞書 ( じしょ ) の ことば を 借りる と 、
二 つ 以上 の もの が 、互いに つり合い が とれ 、ととのっている こと 。
和 を 大切に する という こと は 、いつでも 、「うん 」と いう こと じゃ なくて 、
自分 の 意見 を しっかり 持って 、 相手 に 伝える 勇気 ( ゆうき ) を 持つ こと 、
そして 相手 の こと も しっかり 聞いて 、
お互い の 意見 ( いけ ん ) を 交換 ( こうかん ) する こと だ と 思います 。
私 は じつは 10 代 の 頃 日本 は すごく 生き にくい と 感じて いました 。
それ は 、自分 の 意見 が あっても 、言わない ほうが いい と 思っていた から でした 。
むいしき に 、人 と 同じ こと を 言わない と いけない と いう プレッシャー を 感じて いました 。
でも 、調和 と 同調 は ちがう と いう こと に 気づいて から 、
相手 の 意見 も そんちょう し ながら 自分 の 意見 も そんちょう できる ように なり ました 。
そして 、 ねんれい が ちがって も 、 しんらい 関係 ( かんけい ) が あれば 、
いつでも 本音 で 話し合える こと に 気づき ました 。
もし 本音 で 話し合え なか ったら 、
それ は 表面 的 な 関係 ( かんけい ) に しか ならない ので 、
ふかい 関係 は 築けない ( きずけない ) と 思います 。
ただ 、誰 と 話す とき でも 、
何 か を 言う まえに 、相手 の 気持ち を 考える こと や 、
言い方 を 考えて から 話す こと は 、ほんとうに 大切な こと だ と 思います 。
それ は 日本人 が ずっと 大切に して きた こと なので 、
これから も 変わって ほしくない です 。
日本人 と 話す 時 に 私 が 心地いい な と 思う こと は 、
ほとんど の 人 は 話を さえぎらずに 最後 まで 聞いて くれる こと です 。
あと は 、 グループ で 話して いる とき に 、 一人 だけ ずっと 話す こと が あまり ない こと です 。
もし グループ の 中 で ぜんぜん 話して いない 人 が いたら 、
気 を 使って その 人 に 話 を ふる 人 が 、 グループ の 中 に 一人 は いる と 思い ます 。
今日 言った こと は あくまで 私 の 個人 的 ( こじん てき ) な 意見 です 。
私 は 、 日本 の いい ところ を 残して 、 他の 国 の いい ところ を 取り入れれば 、 日本 は もっと 生き やすい 国 に なる と 思います 。
みなさん は 、日本人 と コミュニケーション を とる の は 難しい と 思った こと は あり ます か 。
この 調和 と 同調 と いう がいねん に ついて どう 思い ます か 。
みなさん の 国 で は 、 どんな コミュニケーション の とり 方 を します か 。
みなさん の 意見 ( いけ ん ) や 、 経験 ( けいけん ) も 聞きたい ので 、 ぜひ コメント して ください 。
今日 も 見て くれて ありがとう 。
また 次の 動画 で 会いましょう 。