107. 雪を降らす話 - 中谷宇吉郎
雪 を 降らす 話 -中谷 宇 吉郎
雪国 に 育った 私たち に は 、お正月 に 雪 が ない と 、どうも お正月らしい 気 が しない 。 吹雪 で 障子 が ばたばた いう ようで も 困る が 、炬燵 に は いって 、硝子戸 越し に 、庭 の 松 の 木 に こんもり と 雪 が つもっている の を 眺めて 、蜜柑 でも たべ ながら 、寝正月 という のは 、大変 いい もの である 。 もっとも これ は 日本 の 話 で 、私たち の 理想 と いう のは 、この 程度 の こと である 。 しかし アメリカ ならば 、そんな こと を 理想 とは しない だろう 。 雪 が ほしかったら 、雪 を 降らす こと を 考える であろう 。 ・・
実際 の ところ 、アメリカ で は 、一昨年 の 秋 頃 から 、人間 の 力 で 雪 を 降らす こと を 研究 して いる 。 そして それ は かなり の 程度 まで 成功 して いる 。 目的 は 、クリスマス ツリー に 雪 を かぶらす ので は ない が 、とにかく 面白い 話 である 。 ・・
雪 という の は 、上空 の 零下 約 十 度 以下 の 寒い 所 で 、水蒸気 が 水 の 状態 を とおらず 直接 に 凍って 出来る もの である 。 それ に は 、水蒸気 が たくさん ある こと と 、凍りつく 時 の 芯 に なる もの が ある こと が 必要である 。 冬 の 空 は たいてい 曇って いて 、水蒸気 は かなり たくさん ある が 、それ だけ で は 、雪 は 降ら ない 。 曇って いる の は 、雲 が ある こと で 、雲 という もの は 直径 百 分の 数 ミリ と いう 水滴 である 。 ・・
そういう 水滴 が 空中 に 浮んで いる と 、零下 十 度 ないし 二十 度 程度 まで 温度 が 下がって も 、なかなか 凍ら ない 。 そういう 状態 の 水 を 過冷却 の 水 と いう 。 冬 でも 雲 は 、この 過 冷却 の 水滴 から 出来ている こと が 多く 、氷 の 粒 から 出来ている 雲 の 方 が 少ない 。 うんと 高い 所 に ある 巻雲 とか 、厳寒 の 時 の 刷毛 で はいた ような 形 の 雲 とか は 、氷粒 の 集まった 雲 即ち 氷雲 である 。 ・・
ところで 雪 の 芯 に なる もの としては 、氷 の 粒 が 一番 いい 。 それ で 水 雲 を 氷雲 に する こと が 出来れば 、あと は もし 水蒸気 さえ 充分 あれば 、雪 が 降る はずである 。 水 雲 の 粒 、即ち 過冷却 した 水滴 は 、何か 刺戟 が ある と 、凍って 氷 の 粒 に なる 性質 が ある 。 それ で 或る 種 の 粉 を 過冷却 した 水滴 に 「種付 」を する と 、氷 の 粒 に なる 。 ・・
この 研究 を した の が 、アメリカ の GE 研究所 の シェファー 博士 ら である 。 沃化 銀 の 細かい 粉 を 、過冷却 した 水雲 の 中 に 飛行機 で まく と 、それ が 氷雲 に なる こと が わかった 。 実際 大仕掛けに 冬 の 広野 で 、この 実験 を して 成功 した のである 。 実際 に 地上 まで 雪 が 降った か どう か は 、確かな 報告 は ない が 、それ も 成功 した と いう 噂 は きいた 。 私 たち の 人工 雪 の 研究 は 、この 氷 粒 から あの 美しい 六花 の 雪 を 作る 研究 である 。 これ は もう 大分 前 から 完成 して いる ので 、実験的に は 、人間 は 初め から しまい まで の 全 過程 に わたって 、雪 を 作る こと が 出来た わけである 。 ・・
お 正月 が 来て 、また 年 が 新しく なった 。 二 、三 年 の うち に は 、アメリカ で は ほんとうに 雪 を 降らす こと が 出来る ように なる かも しれない 。 シェファー 博士 は 、最初の 実験 に 実験室 内 で 成功して から 、一 、二 週間 後 には 、もう 飛行機 による 実験 を 始めた ようである 。 あの スピード で 、研究 が どんどん 進めば 、間もなく 雪 も 降らせられる であろう 。 もっとも 飛行機 など 使え なくて も 、ちっとも かまわない 。 お 正月 の 炬燵 に 入れる 木炭 でも ちゃんと 配給 して もらえれば 、われわれ の 理想 は 達せられる わけである 。 ・・
(昭和 二十三 年 十二 月 )