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Aozora Bunko Readings (4-5mins), 073. 寺田さんに最後に逢った時 - 和辻哲郎

073. 寺田 さん に 最後に 逢った 時 - 和 辻 哲郎

寺田 さんに 最後に 逢った 時 -和辻 哲郎

去年 の 八月 の 末 、谷川 君に 引っ張り出されて 北軽井沢 を 訪れた 。 ちょうど その 日は 雨に なって 、軽井沢 駅に 降りた 時 などは 土砂降り であった 。 その 中 を 電車 の 終点 まで 歩き 、さらに 玩具 の ように 小さい 電車 の 中 で 窓 を 閉め切って 発車 を 待って いた 時 の 気持ち は 、はなはだ わびしい もの であった 。 少し 癇癪 が 起き そうに なる まで 待た さ れた あと で 、やっと 動き出した か と 思う と 、やがて また すぐに 止まった 。 旧 軽井沢 であった らしい 。 ここ でも なかなか 発車 し そうに ない 。 うんざり しながら 鄙びた 小さな 停車場 を ながめている と 、突然 陽気な 人声 が 聞こえて 四 、五 人 の 男女 が 電車 へ 飛び込んで 来た 。 よほど 馳けて 来た らしく 息を 切らしている 人も ある 。 ふと 見ると その 一人が 寺田 先生 であった 。

自分 には この 時 一種の 驚きが 感じられた 。 この 雨 の 中 の わびしい 電車 に 乗る など という こと は 、よほど 特殊な 事情 に よる のである 。 自分 は 谷川 君 と の 約束 を 幾度 か 延ばし 延ばし して いた 罰 で こんな 羽目 に なった 。 しかし 軽井沢 に 避暑 している 人 たち が まさか こんな 日 に 出歩く と は 思わなかった 。 まして 寺田 さん の 一行 が 自分 と 同じく 北軽井沢 まで も 行か れ る と は 全然 思いがけなかった 。 ところが 聞いて みる と 寺田 さん の 方 でも 松根 氏 と の 約束 を 延ばし 延ばし して いる 内 に つい こんな 日 に 出掛ける こと に なった のだ そうである 。 しかも その 朝 東京 から 出掛けて 来た 自分たち と 軽井沢 に 逗留して いられる 寺田さんたち と が 、こうして 同じ 電車に 落ち合った のである 。 が 、寺田 さん と 話して いる うちに このような 偶然 よりも 一層 強く 自分を 驚かせる ものが あった 。 何か 植物 の こと を たずねた 時 に 、寺田 さんは 袖珍 の 植物図鑑 を ポケットから 取り出した のである 。 山 を 歩く と いろんな 植物 が 眼 に つく 、それで こういう もの を 持って 歩いて いる 、と いう のである 。 この 成熟 した 物理 学者 は 、ちょうど 初めて 自然 界 の 現象 に 眼 が 開けて 来た 少年 の ように 新鮮な 興味 で 自然 を ながめて いる 。 植物 に いろんな 種類 、いろんな 形 の ある こと が 、実に 不思議で たまらない といった 調子 である 。 その 話 を 聞いて いる と 自分 の 方 へ も ひしひしと その 興味 が 伝わって くる 。 人間 の 作る 機械 より も はるかに 精巧な 機構 を 持った 植物 が 、しかも 実に 豊富な 変様 を もって 眼 の 前 に 展開されている 。 自分 たち が 今 いる の は わびしい 小さな 電車 の 中 で は なくして 、実に にぎやかな 、驚く べき 見世物 の 充満した 、アリス の 鏡 の 国 より も もっと 不思議な 世界 である 。 我々 は 驚異 の 海 の ただ中 に 浮かんで いる 。 山川 草木 は ことごとく 浄光 を 発して 光り輝く 。 そう いった ような 気持ち を 寺田 さん は 我々 に 伝えて くれる のである 。 こうして あの 小さい 電車 の なか の 一時間 は 自分 に は 実に 楽しい もの に なった 。

あの 日 は 寺田 さん は 非常に 元気 であった 。 電車 へ 飛び込んで 来られる 時 など は まるで 青年 の ようであった 。 自分 など より も よほど 若々しさ が ある と 思った 。 その後 一 月 たたない 内 に 死 の 床 に 就か れる 人 だ など とは どうしても 見え なかった 。 これから 後 にも 時々 ああいう 楽しい 時 を 持つ こと が できる と 思う と 、寺田 さん の 存在 そのもの が 自分 には 非常に 楽しい もの に 思われた 。 それが 最後 に なった のである 。

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