060.寺田 寅彦 -和辻 哲郎
寺田 寅彦 -和 辻 哲郎
(昭和 十一 年 )
寺田 さん は 有名 な 物理 学者 である が 、その 研究 の 特徴 は 、日常 身辺 に ありふれた 事柄 、具体的 現実 として 我々 の 周囲 に 手近に 見られる ような 事実 の 中に 、本当に 研究 すべき 問題 を 見出した 点に ある と いう 。 ところで 日常 身辺 の 事実 が 示して いる の は 単に 物理 学 的 現象 のみ で は なく 、 化学 的 ・ 生理 学 的 ・ 動植物 学 的 等 の 諸 現象 の 複雑な 絡み合い である 。
寺田 さん は そういう 現象 の うち に も 常に 閑却 された 重大な 問題 を 見出して いった 。 が 更に いっそう 具体的な 日常 の 現実 は 人間 の 現象 である 。 ここ でも 寺田 さん は 人々 が あたり前 と して 看過 している 現象 の 中 に 数々 の 不思議 を 見出し 熱心に それ を 探究 している 。
寺田 さん の 探究心 に とっては その いずれ が 特に 重大だ という 訳 で は なかった 。 つまり 寺田 さん は 自然 現象 、文化 現象 の いっさい に わたる 探究者 であって 、ただ に 物理学者 であった のみ で は ない 。 寺田 さん の 健筆 は この 探究 の 記録 な のである 。
周知 の 通り 、林檎 が 樹 から 落ちる の を 不思議に 感じて 問題 と した こと が 、近代 物理学 へ の 重大 貢献 と なった 。 あたり 前 の 現象 と して人々 が 不思議がらない 事柄 の うち に 不思議 を 見出す の が 、 法則 発見 の 第 一 歩 な のである 。 寺田 さんは 最も 日常的な 事柄の うちに 無限に 多くの 不思議を 見出した 。 我々は 寺田 さんの 随筆を 読む ことに より 寺田 さんの 目を もって 身辺を 見廻す ことが できる 。 その とき 我々の 世界は 実に 不思議に 充ちた 世界に なる 。
夏 の 夕暮れ 、やや ほの暗く なる ころ に 、月見草 や 烏瓜 の 花 が はらはら と 花びら を 開く の は 、我々 の 見なれている ことである 。 しかし それ が いかに 不思議な 現象 である か は 気づか ないで いる 。 寺田 さん は それ を はっきり と 教えて くれる 。 あるいは 鳶 が 空 を 舞い ながら 餌 を 探して いる 。 我々 は その 鳶 が どうして 餌 を 探し 得る か を 疑問 と した こと が ない 。 寺田 さん は そこ に も 問題 の 在り 場所 を 教え 、その 解き方 を 暗示して くれる 。 そういう 仕方 で 目 の 錯覚 、物忌み 、嗜虐性 、喫煙 欲 と いう ような 事柄 へ も 連れて 行かれれば 、また 地図 や 映画 や 文芸 など の 深い 意味 を も 教えられる 。 我々 は それ ほど の 不思議 、それ ほど の 意味 を 持った もの に 日常 触れて いながら 、それ を 全然 感得 しないで いた のである 。 寺田 さん は この 色盲 、この 不感症 を 療治 して くれる 。 この 療治 を 受けた もの に とって は 、日常 身辺 の 世界 が 全然 新しい 光 を もって 輝き出す であろう 。
この 寺田 さん から 次 の ような 言葉 を 聞く と 、まことに もっともに 思われる のである 。
「西洋 の 学者 の 掘り散らした 跡 へ 遙々 遅ればせに 鉱石 の かけら を 捜しに 行く のも いい が 、我々 の 脚元 に 埋もれて ゐる 宝 を 忘れて は ならない と 思ふ 。」
寺田 さん は その 「我々 の 脚元 に 埋もれて ゐる 宝 」を 幾つか 掘り出して くれた 人 である 。