005. 梅 の におい - 夢野 久作
一匹 の 斑猫 が 人間 の 真似 を して 梅 の 木 に のぼって 花 を 嗅いで みました 。 あの 枝 から この 枝 、花 から 蕾 と いくつも いくつも 嗅いで みました が 、
「ナアーンダ 、人間 が いい におい だ 、いい におい だ と 言う から 本当に して 嗅いで みたら 、つまらない におい じゃないか 。 馬鹿馬鹿しい 、帰ろう 帰ろう 」
と 樹 から 降りかかりました 。
「ホーホケキョ 、ホーホケキョ 」
「オヤ 、鶯 が やって 来た な 。 おれ は 一度 あいつ を たべて みたい と 思って いた が 、ちょうど いい 。 ここ に 隠れて まって いて やろう 」
「 ホーホケキョ 、 ホーホケキョ 、 ケキョ 、 ケキョ 、 ケキョ 、 ケキョ 、 ケキョ 」
と 言う うち に 鶯 は 、斑 の いろ 梅 の 木 の すぐ そば に ある 梅 の 花 の たくさん 開いた ほそい 枝 の 処 へ 、ヒョイ と とまりました 。
「 鶯 さん 鶯 さん 」
と 猫 な で ごえ で 呼びかけました 。
「オヤ 斑 さん 、今日 は いい お 天気 です ね 」
「ニャーニャー 、ホントに いい お 天気 です ね 。 それ に この 梅 の 花 の におい の いい こと 。 ほんとに たべ たく なる ようです ね 」
「オホホホホ 、イヤな 斑 さん だ こと 。 梅 の 花 に おいしい におい が します か 」
「ええ 、梅 の に おい を かぐ と おなか が 急に すく ようです 。 あなた は どんなに おい が する のです か 」
「あたし は ねえ 、梅 の におい を 嗅ぐ と 何とも 言えない いい 心持ち に なって 、歌 が うたい たく なる のです 。 そうして あちらこちら と 躍り ながら 飛びまわり たく なる のです 」
「ヘエ 、さよう ですかね 。 そう 言えば あたし も 何だか 踊り たく なった ようです 」
「まあ 、おもしろい こと 。 一つ おどって みせて ちょうだいな 」
「いいえ 、あたし は あなた の 着物 の におい を 嗅いだら 一緒に 踊り たく なった のです 、本当に あなた の におい を 嗅ぐ と いい こころもち に なります 。 どう です 、一緒に 踊ろう じゃ ありません か 」
「いや です よ 。 あなた と 踊る の は こわい 」
「何故 です 。 ちっとも 怖い 事 は ない じゃ ありません か 。 もっと こっち へ きて ごらん なさい 」
「イヤ です よ 。 妾 の におい を 嗅いで 踊り たく なった と 言う の は 嘘 でしょう 」
「 どうして 」
「たべ たく なった んでしょう 」
と 言う うち に 鶯 は パッと 飛げ 出しました 。
「 しまった 」
と 斑 が 飛びつきます と 、 ドタリ と 地べた へ 落ちて しまいました 。
「ホーホケキョ 、ホーホケキョ 」
と 鶯 は 隣 の うち の 梅 の 木 で 鳴いて いました 。