人工知能 は 人間 を 超える か Chapter00a (1)
はじめに 人工知能 の 春
「人工知能 (ArtificialIntelligence :略して AI )」という 言葉 が 、いろいろな ところで 聞かれる 。
ほんの 10 年 前 とは 大きな 違い である 。
私 が 大学院 の 学生 だった 1997年 から 2002年 ごろ には 、人工知能 の 研究 を している と 言うと 、怪訝な 顔 を される ことが 多かった 。
「なぜ 人工 知能 は 実現 でき ない んです か ? 」と まわり の 研究者 に 聞いても 苦笑 された ものだ 。 なぜなら 「人工知能 」と いう 言葉 自体 が 、あるいは 「人工知能 が できる 」と 主張 する こと 自体 が 、ある 種 の タブー と なって いた からだ 。
いま でも 印象 に 残って いる 出来事 が ある 。
私 が 大学院 を 修了 し 、新米 の 研究者 として 初めて 挑んだ 研究費 の 審査 の こと だ 。 若手 の 研究者 に とって 、年間 数百万円 の 研究費 を もらえる か どうか は 、研究者 として やっていける か どうか の 明暗 を 分ける 死活問題 である 。 私 は 一生懸命 に 考え 、提案書 を 書いた 。
2002年当時、いちはやくインターネット上にある情報の研究に取り組んでいた私は、大量のウェブページを分析することで、言葉(キーワード)の関連性を表すようなネットワークを大規模に取り出すことができる技術を持っていた。
それを 使えば 、一見 する と 関係 が ない ような 言葉 でも 、関連性 を 認識 し 、適切 な 広告 を 打てる はずだ 。 ネット の 広告 技術 の 研究 なんて 、まだ 誰 も やって いなかった ので 、私 は 自分 の 提案 に 自信 を 持っていた 。
書類 審査 を 無事 通過 した 私 は 、意気揚々 と 面接 に 臨んだ 。
面接 の 会場 で は 、他の 分野 の 大御所 の 先生 が 何人 も 座って おり 、その 前 で ひとり プレゼンテーション を した 。 研究 内容 について 根 ほり 葉 ほり 質問 を 受けた 後 、先生 方 から 言われた 言葉 に 、私 は 衝撃 を 受けた 。
「広告 なんて くだらない もの を やる な 」
「言葉 の ネットワーク が 簡単に でき ます など と 言う な 」
そして 、最後に 浴びせかけられた 言葉が 極めつけに ひどかった 。
「 あなた たち人工 知能 研究者 は 、 いつも そう やって 噓 を つく ん だ 」
案の定 、その 提案は 落選した 。
いま 考えて みても 、検索エンジン と 広告モデルが 当たり前に なった いまの 時代を 先取りする 研究であり 、悪い 提案では なかった はずだが 、当時は ひどいめにあった 。 学生 時代 、人工 知能 の 研究者 に 育てられた 自分 にとっては 、初めて 世間 の 冷たい 風 を まともに 受けた 瞬間 だった 。
「人工 知能 と いう 言葉 を 使って は いけない んだ 」
「人工 知能 と いう だけ で 、敵愾心 を 燃やす 人 が たくさん いる んだ 」
その とき 受けた 衝撃 は 、私 が 最初 に 臨んだ 研究 費 の 面接 の 苦い 思い出 として 、いまでも 痛烈に 心 に 刻み込まれている 。
いま 、世の中 は 、人工 知能 ブーム に 差しかかっている 。
ネット の ニュース に も 、新聞 や 雑誌 、テレビ に も 、人工 知能 と いう 言葉 が 踊っている 。 「人工 知能 を 研究 して います 」と 堂々と 言える 。 「これ から は 人工 知能 の 時代 です ね 」と いろいろな 人 から 言わ れ る 。 われわれ 人工 知能 研究者 にとっては うれしい 春 の 到来 だ 。 種 が 芽 を 出し 、葉 を 茂らせ 、花 を 咲かせ 始めている 。 だが 、それは 同時に 、憂鬱 の 種 で も ある 。 暗くて 長い 冬 の 時代 も 思い起こさせる からだ 。
実は 、人工 知能 には 、これまで 2回のブームがあった。
1956年から1960年代が第1次ブーム。 1980年代が第2次ブーム。 私が 学生 だった のは 、ちょうど 第2次ブームが去った後だった。
過去 の 2度のブームでは、人工知能研究者は、人工知能の可能性を喧伝した。
いや 、喧伝 する 意図 は なかった の かも しれない が 、世の中 が それ を 煽り 、その ブーム に 研究者たち も 乗った 。 多く の 企業 が 人工 知能 研究 に 殺到 し 、多額 の 国家 予算 が 投下 された 。
パターン は いつも 同じ だ 。
「人工 知能 は もうすぐ できる 」、その 言葉 に みんな 踊った 。 しかし 、思った ほど 技術 は 進展 しなかった 。 思い描いて いた 未来 は 実現 しなかった 。 人工知能 は あちこち で 壁 に ぶち当たり 、行き詰まり 、停滞 した 。 そう こう する うち 、人 は 去り 、予算 も 削られ 、「人工 知能 なんて できない じゃないか 」と 世間 は そっぽを 向いて しまう 。 期待 が 大きかった 分 だけ 失望 も 大きかった 。
楽しい 時間 の 後 に は 冷たい 現実 が 待って いた 。
人工 知能 研究者 に とって は 大変に つらく 長い 冬 の 時代 が やってきた 。
2度の冬の時代、人工知能という言葉を発することさえ憚られるような雰囲気の中、「いつか人工知能をつくりたい」「知能の謎を解明したい」という研究者の思いが人工知能研究を支えていた。
多く の 研究者 が 現実的な テーマ に シフト し 、本当の 知的 好奇心 を ひた隠しに して 、表向き は 人工知能 という 看板 を 下ろして 研究を 続けた 。 ブーム は 危険 だ 。 実力 を 超えた 期待 に は 、いかなる とき も 慎重で あらねば ならない 。 世間が 技術の 可能性と 限界を 理解せず 、ただ やみくもに 賞賛する ことは とても 怖い 。
これまで 冬の 時代を 耐えてきた 研究者の 地道な 努力が あるから 、いまが ある 。
だからこそ 私 は 、 読者 の みなさん に 、 人工 知能 の 現在 の 実力 、 現在 の 状況 、 そして その 可能 性 を できる だけ 正しく 理解 して ほしい と 思う 。 それが 本書の 大きな 目的だ 。
この 本 で 言い たい こと を 本当に 理解 して もらおう と 思う と 、最後 まで 読み 進めて もらわない と いけない 。
ポイント は 、50 年 ぶり に 訪れた ブレークスルー を もたらす かも しれない 新 技術 「ディープラーニング 」の 意義 を どう とらえる か に かかっている 。 ただ 、あらかじめ ざっくり 言って おく と 、いま の 人工 知能 を 正しく 理解 する という の は 、こういう こと だ 。 なぜなら 「ディープラーニング 」、あるいは 「特徴 表現 学習 (*注 1)」という領域が開拓されたからだ。 これ は 、人工 知能 の 「大きな 飛躍 の 可能性 」を 示す もの だ 。 もしかすると 、数年 から 十数年 の うちに 、人工 知能 技術 が 世の中 の 多くの 場所 で 使われ 、大きな 経済的 インパクト を もたらす かもしれない 。 つまり 、宝くじ で いう と 、大当たり したら 5億 円 が 手に入る かも しれない 、と いう こと だ 。 基本 的に は 、 決められた 処理 を 決められた よう に 行う こと しか でき ず 、「 学習 」 と 呼ば れる 技術 も 、 決められた 範囲 内 で 適切な 値 を 見つけ出す だけ だ 。 例外 に 弱く 、汎用性 や 柔軟性 が ない 。 ただし 、「掃除 を する 」とか 「将棋 を する 」といった 、すごく 限定された 領域 で は 、人間 を 上回る こと も ある (だが 、足し算 や 引き算 で とうの 昔 に 人間 が 電卓 に 敵わなくなった の と いったい 何が 違う という の だろうか ! 人工 知能 が 人間 を 支配 する など と いう 話 は 笑い話 に すぎない 。 要するに これ は 、宝くじ で いう と 、いま 手元 に ある 10 枚 の くじ で 平均的に 受け取れる 金額 ─現状 の 期待値 ─は 300円にすぎない、ということだ。 宝くじ を 買った だけで 、1等が当たる気になってしまうのは、人間であればしかたない。 でも 、1等が当たることは、実際にはめったにない。
人工 知能 は 、急速に 発展する かもしれない が 、そう ならない かもしれない 。
少なくとも 、いまの 人工 知能 は 、実力 より 期待感 のほうが はるかに 大きく なって いる 。
読者 の みなさん に は 、それ を 正しく 理解 して もらい たい 。
その 上で 、人工 知能 の 未来 に 賭けて ほしい のだ 。 人工 知能 技術 の 発展 を 応援 して ほしい 。 現在 の人工 知能 は 、 この 「 大きな 飛躍 の 可能 性 」 に 賭けて も いい ような 段階 だ 。 買う 価値 の ある 宝くじ だ と 思う 。 その 理由 を 、本書 で は 順 を 追って 説明 しよう 。 人工 知能 に ついて 、できるだけ 多く の 人 に わかって もらえる よう 、基礎的な こと から 書いた つもり である 。
なぜ 2 回 の 冬 の 時代 が あった の か 。
なぜ 3回目の春には希望が持てるのか。
これ は 人類 に とって の 希望 な の か 、あるいは 大いなる 危機 な の か 。
本書 を 読めば 、自ずから 答え は 明らかに なる はずだ 。
理由 は 後述 する 。