三 姉妹 探偵 団 01chapter07(2)
「同じ の を 百 枚 ずつ 取る の よ 。
退屈 で 気の毒だ けど 、お 願い ね 」
と 言わ れて 、いいえ 、私 、退屈な 方 が 好きです 、と 返事 を し そうに なった 。
いくら 不器用な 綾子 でも 、コピー ぐらい は 何回 か くり返せば 巧く なる 。
後 は 枚数 を 間違え さえ し なければ 、楽な もの だ 。
それ も 、一枚 の 原紙 を 百枚 ずつ 、という のだ から 、用紙 の 一袋 が 百枚 という わけで 、間違えよう が なかった のである 。
コピー を 取り ながら 、綾子 は 幸せ であった 。
いや 、コピー を 取る の が 幸せ だった ので は ない 。 ──昨日 の 記憶 。 安東 に 抱かれた 記憶 を 、思い起こして いた から な のである 。
夢中 で 安東 の 胸 に すがって 、抱きしめられ 、キス されて 、綾子 は もう このまま どう なって も いい 、と 思った 。
しかし 、安東 は 、それ 以上 の こと は せずに 、寝転がって 、綾子 の 頭 を 、胸 に のせて 、じっと していた 。
泣きやんだ 綾子 が そっと 顔 を 上げる と 、安東 が 自分 の 方 へ 引き寄せて 、もう 一度 キス して くれた 。
「 先生 ……」
綾子 は 呟く ように 言った 。
「悪かった なあ 、こんな 真似 を して 」
安東 が 、照れくさ そうに 笑った 。
「 いいえ 。
いい んです 」
綾子 は 、安東 の 胸 に もう 一度 顔 を 伏せた 。
男 の 汗 の 匂い 、体臭 が 、かすかに 感じられた 。 安東 の 心臓 の 脈打つ 響き が 、自分 自身 の 鼓動 の 高鳴り と 微妙な 和音 を 鳴らしている 。
「君 は いい 娘 だ 」
と 、安東 は 言った 。
「最初 見た とき から 、好きだった よ 」
綾子 は 、目 を 閉じた 。
夢 の ようだった 。
そして 、安東 の 口 から 、妻 の 岐子 と うまく 行って いない 、その 苦しみ が 語られる と 、綾子 の 胸 は 同情 で 痛い ほど しめつけられた 。
「子供 で も あれば いい の かも しれん 」
と 、安東 は 言った 。
「しかし 、岐子 に とって は 、教職 こそ が 世界 で 一番 大切な もの なんだ 。 その 邪魔 に なる もの は 、一 つ も 欲しい と 思わない 。 子供 も そう な んだ 。 岐子 に とって は 、そんな 面倒な もの に さいている 時間 は ない と いう わけな んだ 」
「別れよう と は 思わ ない んです か ?
「離婚 か 。
──だが 、お互い 教師 だ 。 離婚 という の は 、難しい 。 だから 結局 、我慢 して しまう こと に なる んだ よ 」
「でも ……ずっと このまま ……」
「君 は 、若い 。
まだ 、十九 だった ね 」
「 ええ 」
「僕 は もう 年寄 だ 。
こんな こと を して は いけない んだ 」
「先生 、そんな ──」
「いい かね 。
こんな こと を して いる と 、いつか きっと 、自分 を 抑え られ なく なる とき が 来る 。 なまじ 、岐子 は 毎日 学校 に 遅く まで 残って 来る から ね 。 僕 も いつか 、自分 の 欲望 に 負けて しまう かも しれない 。 君 は この 家 を 出 なさい 」
「いや です 。
先生 の そば に い たい 」
綾子 は もう 一 度 、安東 の 胸 に すがりついて 行った ……。
今日 から は 、私 が 夕ご飯 を 作って あげよう 、など と 綾子 は 、コピー を しながら 考えて いた 。
いつも 何 か 取って は 済ませて いる ので 、自分 と 珠美 が いる せい か と思っていた のだが 、そう で は ない らしい 。 岐子 が 、夕食 の 仕度 の ような 「面倒な こと 」を やらない のであろう 。
それ なら 結婚 なんか し なきゃ いい のに 。
綾子 は 腹立たしげ に 思った 。 安東 先生 が 可哀そう ……。
「誰 が 可哀そう です って ?
急に 声 が して 、びっくり して 振り向く と 、神田 初江 が 入って 来た 。
「 え ?
何 です か ? 「今 、誰 だか が 可哀そう とか 言ってた じゃないの 」
いつの間にか 口 に 出して 言って いた らしい 。
「別に 、あの ……あの 人 の こと です 」
「あの 人 ?
「 ええ 。
この 間 話して 下さった でしょ 。 ここ に いて 、殺さ れた ……」
「ああ 、水口 淳子 さん ね 」
神田 初江 は コピー 用紙 を 適当に 取り ながら 、「どうして 彼女 の こと を 気に する の ?
さては 、あなた も 中年 男 に ひか れ て んでしょ 」
言わ れて みれば その 通り で 、綾子 は あわてて コピー の 方 へ 注意 を 戻した 。
「でも ね 、確かに 中年 男 って の も 悪く ない の よ ね 」
しばらく して 、一緒に コピー を 取って いた 神田 初江 が 言った 。
「でも 、中年 男 に 慣れちゃう と さ 、怖い の よ 。 若い 男 じゃ 物足りなく なっちゃう の ね 。 何て ったって 、セックス は 中年 男 の 方 が よく 知ってる もん 」
「そ 、そう です か 」
何しろ 綾子 は この 手 の 話 で は 、現代 の 水準 から いえば 、小学校 低学年 並み な ので 、赤く なって どぎまぎ している 。
それでいて 、安東 へ の 想い を 燃やしている のだ から 、恋 という のは 、性 の 知識 と は 比例 しない と 言って いい であろう 。
「──そう いえば ね 」
と 神田 初江 が 言った 。
「この 間 、ホテル に 行った の 」
「ご 旅行 です か 」
「違う わ よ 、もち 。
ラブ ・ホテル じゃ ない の さ 」
と 笑う 。
「は あ 」
そういう ホテル の 存在 は 、綾子 とて 知ら ぬ で も ない 。
「あの ホテル で ね 、以前 、彼女 を 見かけた こと あんの よ 」
「彼女 って ……」
「もちろん 水口 さん よ 」
「じゃ 、男 の 人 と 一緒で ?
それ ぐらい は 綾子 に も 分 る のだ 。
「 そう 。
あれ が その 男 だった の か どう か 分んない けど ね 。 後ろ姿 だけ 見た の 。 がっしり した 男 で さ 」
それ じゃ やっぱり パパ じゃ ない 、と 綾子 は 思った 。
父 は スマートな 体型 を して いた のである 。
「あの ホテル 、この 会社 から 行き やすい の よ ね 。
タクシー で 基本 料金 だ し 、それでいて 静かで 、人目 の ない 所 に ある の 。 あんまり 高く ない し さ 」
「そう です か 」
どこ の 何という ホテル か と 訊きたかった が 、恥ずかしくて 言葉 が 出て来ない 。
「それ で 水口 さん も 来て た んだ と 思う の ね 。
まあ 、こっち は ちょっと ヒヤッ と した けど 。 何しろ 同じ 会社 の 人 と 顔 を 合わせる んじゃ 、お互い 気まずい もの ね 」
神田 初江 は 、それ で 話 を 切って しまった 。
しばらく 待って いた が 、何も 言わ ない ので 、仕方なく 、綾子 は 、
「それ で ──どうした ん です か ?
と 訊 いた 。
「 え ?
──あ 、そう か 。 何の 話して た か 忘れちゃってた 。 いえ 、この 前 ね 、その ホテル へ 行った の 。 そ したら 、前 に 水口さん と 一緒 だった 男らしい の を 見かけた の よ 。 ……ねえ 、どうした の ? もう コピー が 出来てる わ よ 」
「あ 、あの ──」
綾子 は 、自分 の 本名 を 言って 、神田 初江 から もっと 詳しい 話 を 聞こう か 、と 思った 。
そこ へ ドア が 開いて 、
「神田 さん 、彼 から 電話 よ 」
「 は ー い 。
さて 、早く 会い たいわ 、って 甘えた 声 を 出して や ん なきゃ 。 そう する と 喜ぶ の 。 男 なんて 単純 よ 。 憶 え とき なさい ね 」
と 、綾子 に ウインク して 見せ 、コピー 室 を 出て 行った 。
綾子 は 、ゆっくり 息 を ついた 。
やはり 夕里子 に 話して 、任せた 方が いい 、と 思い 直した 。 長女 として は 、いささか だらしのない 話 だが 、綾子 は 自分 を よく 知っている 。
自分 の 判断 で 何 か を やって 、巧く 行った ためし が 、あまり ない のである 。
それ に 、神田 初江 は 、警察 と 関り 合ったり する の を いやがっている 。 今 は 綾子 が ただ の アルバイト 学生 だ と 思って いる から 、ああして ペラペラ しゃべって くれる が 、事実 を 知ったら 、そんな こと は 言わない 、と 言い出す かも しれない 。
「やっぱり 夕里子 に 任せよう 」
そう 決める と 、綾子 は コピー を 続けた 。
──そして 、思い は 再び 安東 へ と 、戻って 行く のだった ……。