三姉妹 探偵団 01 chapter 02 (1 )
2 探偵 業 事 始め
夕 里子 は 、放課後 の 校庭 へ と 入って 行った 。 クラブ 活動 の 生徒 たち が 何 人 か 残って いる が 、それ 以外 は 閑散 と している 。
友達 に は 会い たく なかった 。 ──あれこれ 言わ れる の が いやな ので は ない 。 それ に 、そんな こと を 言う 友達 は い ない 。 むしろ 、みんな に 同情 さ れ る の が いや だった のである 。
夕 里子 が 通っている の は 私立 の 女子 高 で 、短大 まで は エスカレーター 式 に 進む こと が できる 。 優秀な 者 は 他の 大学 を 受験 して いた 。 高校 二 年 から 、 クラス は 大学 受験 組 と 、 短大 組 と に 分れて 、 授業 も 別々に 行わ れる 。
夕 里子 も 大学 受験 組 の 中 に 入って いた 。
あまり 着たく は ない が 、敦子 の 制服 を 借りて 着て 来た 。 目立ち たく ない から である 。
火事 から 、十 日 が 過ぎた 。 ──父 、佐々本 周平 は 、まだ 帰って 来なかった 。 いや 、まだ 捕まって いなかった 、と 言った 方が 正確だろう 。
目下 、殺人 容疑 で 指名 手配 さ れて いる のだ 。
── 殺人 。 パパ が 。
「そんな 馬鹿な こと が ! 誰 だって 、父 を 知っている 人 なら 、そんな こと を 信じ は しない 。 しかし 、手配 写真 を 見る 全国 の 人々 の 大部分 は 、父 を 知ら ない のだ 。 そんな 人 たち の 目 に は 、父 の 顔 が 、残忍 凶悪な 人殺し の それ らしく 映る だろう 。
校舎 へ 入って 行く と 、ちょうど 向う から 担任 の 教師 、中岡 が 歩いて 来た 。
「佐々 本 。 どうした ん だ 、こんな 時間 に 」
「ちょっと お 話 が あって ……」
と 、夕里子 は 言った 。
「今 帰る ところ だ 。 どう だ 、しるこ でも 食う か 」
いつも の ぶっきら棒な 口調 が 、夕里子 に は 嬉しかった 。 中岡 は 私立 女子 高 の 教師 らしからぬ 、旧い タイプ の 教師 である 。 夕 里子 は 、その 野暮ったい 担任 が 割合 に 好きだった 。
「 はい 」
学校 の 中 で 話さ ずに 済む ように 気 を 遣って くれた こと が 、嬉しかった 。
国友 刑事 が 、被害者 の 身許 が 分った と 知らせ に 来て くれた のは 、火事 から 四日 たった 午後 の こと だった 。
夕 里子 は まだ 片瀬 敦子 の 家 に 、 綾子 と 珠美 は 安東 の 家 に 居候 の 身 だった 。 父 は 帰ら ず 、住む 家 も なく 、頼る べき 親戚 も ない 。
「一家 心中 で も やろう か 」
珠美 が 例によって 、おそろしく 現実的な 提案 を した が 、幸い 他の 二人 が 認めなかった 。
「──殺さ れた の は 水口 淳子 と いう 女性 でした 」
「 水口 ……」
「聞き 憶え は ? 夕 里子 は 黙って 首 を 振った 。
外 を 歩いて いて 、いつの間にか 、自分 の 家 の 焼け跡 の 前 に 来て いた 。 まだ 立入 禁止 の ロープ が 張って ある 。
「どういう 人 な んです か ? 「会社 勤め の OL というわけでね。 お 父さん の 恋人 だった んじゃ ない か な 」
「パパ が そんな ……」
と 言いかけて 、夕里子 は 黙った 。 そりゃ 、パパ だって 男 だ から 、恋人 ぐらい 作る かも しれない 。
「でも 、恋人 が できたら 、絶対に 私たち に 隠したり しません 。 私 たち に 紹介 して くれ ます 」
「しかし 、会社 の 中 で は 、最近 中年 の 恋人 が できた と 友だち に 話していた そうだ よ 」
国友 の 口調 が 、変った のに 夕 里子 は 気付いた 。 国友 は ちょっと 照れくさ そうに 、
「本当 は まだ この こと は 君 たち に 教える な と 三崎 さん から 言われてる んだ けど 、いきなり 新聞 記事 で 読んだら ショック だろう と 思って ね 」
「 ありがとう 」
夕 里子 は 心から そう 言った 。
「──水口 淳子 は 妊娠 して いた 。 父親 は 非常に 厳格な 人 で 、ともかく 歯医者 が 確認 して くれた んだ が 、そんな 殺さ れ方 を する もの は うち の 娘 で は ない と 言って きかない んだ 」
「でも ……もし 本当に その 人 が パパ の 恋人 なら 、どうして 殺す 必要 が ある んですか ? 「僕 も そう 思う 」
と 、国友 は 肯 いた 。 「しかし 、彼女 の 死体 が この 家 の 中 に あった の は 事実 だ から ね 」
「万が一 、パパ が その 女 の 人 を 殺した と しても 、私たち まで 一緒に 焼き殺そう なんて する はずが ありませ ん ! 焼け跡 は 、まだ 生々しかった 。 国友 は 困った ように 頭 を かいた 。
「まあ 、君 の 言葉 の 方 が 説得力 は ある な 。 君 の お 父さん が 発狂 した なんて 説 より も ね 」
夕 里子 は しばらく 黙って いた が 、やがて 国友 の 顔 を 見た 。
「父 は 、手配 される んです か ? 「そういう こと に なる と 思う 。 残念 だ けど ね 」
国友 は そう 言って 、「どこ に いる の か …… 。 出て 来て 弁明 して くれれば 、警察 だって ちゃんと 調査 する んだが ……」
と 、独り言 の ように 付け加えた 。
「犯人 を 探す ? 中岡 は 、夕 里子 の 言葉 に 、さすが に びっくり した ようだった 。
「 はい 。 父 の 無実 を 晴らして やり たい んです 」
「言う は 易く 、だ ぞ 」
「分 って ます 。 でも 、そう し ない と 、私 たち 、気 が 済み ませ ん 」
中岡 は 困った ような 苦い 顔 で 、ぼさぼさ の 髪 を 引張って いた が 、
「お前 なら やる かも しれ ん な 」
と 、笑い ながら 言った 。 「金 は ある の か 」
「お 金 です か ? 「資金 が いる だろう 。 電車 賃 、バス 代 、タクシー に だって 乗る かも しれん 」
「アルバイト でも して 稼ぎ ます 」
「その 間 に 犯人 は 逃げ ちまう ぞ 」
中岡 は 上 衣 の ポケット から 財布 を 出す と 、一万 円 札 を 三 枚 抜いて 、テーブル に 置いた 。
「貸して やる 」
「 先生 ──」
「貸す んだ 。 やる んじゃ ない ぞ 。 後 で バイト でも して 返せよ 」
「 すみません 」
と 夕 里子 は 頭 を 下げた 。
「その 代り 条件 が ある 」
「何 です か ? 「犯人 探し も いい が 、危険 が 伴う こと を 忘れる な 。 深追い する と 危い ぞ 」
「約束 し ます 」
「あんまり 当て に ならん な 」
と 、中岡 は 笑い ながら 言った 。
「生徒 に 金 を 貸す の だって 、教師 として 感心 した こと じゃ ありませ ん 」
と 、夕里子 は 言い返して やった 。
綾子 は 、また 大学 の 門 の 前 で 足 を 止めて しまった 。
ここ 三 日間 、毎日 、ここ まで 来て は 、帰って しまう のだ 。 何も 私 が 悪い こと を した わけじゃ ない 。 そう 自分 へ 言い聞かせて 、明日 こそ 、堂々と 胸 を 張って 入ろう と思う のだが 、こうして やって 来る と 、その 決心 は くじけて しまう 。
明日 だ 。 明日 から 来よう 。 今日 は ……ちょっと 頭痛 も する し ……。
卑怯 者 、弱虫 、と 責め立てる 自分 自身 の 声 を 聞き ながら 、綾子 は 、重い 足取り で 、駅 へ と 戻って 行った 。
綾子 だって 、父 の 無実 を 信じて は いる のである 。 しかし 、夕里子 の ように 周囲 の 視線 を はね返す だけ の 度胸 が ない 。 と いって 、珠美 の ように 、却って それ で 周囲 の 同情 を ひき 、宿題 を 代り に やらせて しまう と いう 要領 の 良さ も 、持ち合せて いない のである 。
電車 に 乗って 、綾子 は ため息 ばかり ついて いた 。 我ながら 情ない 、と は 思う のである 。 長女 な のだ から 、こんな とき に こそ しっかり し なくては …… 。 でも 、分 って はいて も 、でき ない もの は でき ない 、のである 。
生来 の 内気 さ 、気 の 弱さ は 、この 年齢 に なって 変えられる もの で はない 。
たぶん 妹 の 二人 、特に 夕里子 が しっかり者 すぎる の も 、綾子 の そういう 性向 を 助けた のだろう 。 母 が 死んだ 後 、張り切って 母親 役 を 一手 に 引き受けた の は 夕里子 だった 。
綾子 は 、おかげ で 少しも 変ら ず 、のんびり と 毎日 を 送る こと が できた 。 そこ へ 今度 の 事件 である 。 ──どう すれば いい もの やら 、綾子 は 途方 に 暮れる ばかりだった 。
父 が い なく なって 、佐々 本家 は 無 収入 である 。 長女 として は 大学 を やめて 、働き に 出る 必要 が あろう 。 妹 二 人 、せめて 高校 まで は 出して やり たい 。
その 程度 の こと は 、綾子 も 考えて いる 。 ただ 、実行 に 移せ ない だけ である 。 一日一日 と 先 へ のばして 、その 内 に 父 が 帰って 来る ので は ない か 、何か 起って 、全部 が 丸く おさまる んじゃないか 、と 期待 している のだった 。
「──何 だ 、大学 は どうした 」
安東 が 家 から 出て 来る のに 、ばったり と 出会って しまった 。
「あ 、先生 ……。 お 休み な んです か 」
「うん 、今日 は 開校 記念日 だ 。 珠美 君 は どこ か へ 出かけて 行った ぞ 。 ──どうした ん だ ? 「 あの ……」
と 言った きり 、どう 言って いい の か 分らず 、口 を つぐんで しまう 。
安東 は 察した らしく 、綾子 の 肩 を 叩く と 、
「昼 飯 を 食い に 出て 来た んだ 。 一緒に どう だ ? と 言った 。
駅 の 近く まで 歩いて 、うどん屋 に 入る と 、安東 は カツ丼 を 注文 した 。
「同じ で いい か ? ──じゃ 、二 つ 」
綾子 は うつむいて いた 。 安東 は お茶 を ゆっくり と すする と 、
「色々 、大変 だ な 」
と 言った 。
「すっかり お 世話 に なって ……すみません 」
「そんな こと は 気 に する な 。 親父 さん が 見付から ない 限り 、君 たち と しても 動き よう が ない もの な 」
「そう な ん です 」
「大学 に も 行き にくい んだろう ? ──分 る よ 。 まあ 元気 出せ 。 ビール 飲む か ? 「いえ ……飲め ない んです 」
「そう か 。 じゃ 、ともかく 食って 元気 を 出す んだ な 」
カツ丼 が 来る と 、安東 は 早速 食べ 始めた が 、綾子 は 手 を つけない 。 「──何 だ 、食わない の か ? 「 あの ……」
綾子 は 蚊 の 鳴く ような 声 で 言った 。 「私 、だめ な んです 。 カツ は 好きな んです けど 、カツ丼 は ……」
「それ なら そう 言えば いい のに 」
「すみません ……つい ……」
綾子 は 目 から 溢れる 涙 を 拭った 。 「いつも こんな 風 で ……だめな んです 、私 」
何しろ 悲しく なる より 早く 涙 が 出て 来て しまう 性質 な のである 。
「おい 、泣く な よ 。 俺 が 泣かせた ように 見える じゃ ない か 」
「 すみません 」
と 、また 涙 が 出て 来る 。 少々 涙腺 の パッキン が 古く なって いる の かも しれない 。
安東 が 笑って 、
「君 は 全く 妹 二人 と は 違う なあ 」
と 言った 。
「妹 たち は しっかり して る んです けど 」
「いや 、君 の ような 内気な 娘 は 当節 、希少 価値 だ ぞ 」
安東 が 、綾子 の 肩 へ 、その 力強い 手 を 置いた 。 綾子 は 胸 が 熱く なった 。 涙 に うるんだ 目 で 、じっと 安東 を 見つめて いた ……。
「何 なの よ 、私 、忙しい んだ から 」
と 、珠美 が ブツブツ 言った 。
「重要な 話 だって 言った でしょ ! 夕 里子 が にらみつける 。
「 分った わ よ 。 そんな 、かみつき そうな 顔 し ないで 」
「生れつき よ 。 ──お姉さん は ? 「言 っと いたんだ けど ね 」
「もう いや ねえ 、時間 ルーズ な んだ から 」
もう そろそろ 表 は 暗く なり かけて いる 。 夕 里子 は 、姉 と 妹 に 、駅前 で 唯一 の 「飲める 」コーヒー を 出す 喫茶店 に 集合 しろ と 呼びかけた のである 。
ブツブツ 言って いる と 、綾子 が 入って 来た 。
「ごめん 、待った ? 「お姉さん 、今日 は 大学 に 行った ? 綾子 が ギクリ と して 、
「行った わ よ 。 ──本当 よ 」
「お姉さん の 噓 は すぐ ばれる の 」
「噓 じゃ ない って ば ! 門 の 前 まで でも 、行った こと に 変り ない 。
「まあ いい わ 。 ともかく 、話 が ある の 」
「その 前 に 、一つ 訊いて いい ? と 珠美 。 「ここ 、誰 が 払う の ? 「私 が 払う わ よ 」
「じゃ 安心 だ 」
「がめつい んだ から 、あんた は 」
「こういう 人 が 一人 いない と 家計 は 成り立たない の 」
「じゃ 、ともかく 話 を する わ 」
コーヒー を 飲み ながら 、夕里子 は 言った 。
「パパ は 今や 殺人 容疑 で 手配 中 。 うち は 焼けて 、私たち は 無収入 、住所 不定 って わけ 。 嘆いて たって 始まら ない わ 。 自分 たち の 手 で 、何とか し ない と 」
「どう する の ? と 綾子 が 不安 げ に 言った 。 何しろ 夕 里子 は ときどき 無茶 な こと を 言い出す のだ 。
「私 たち の 力 で 、パパ の 無実 を 立証 する の 」
「どう やって ? 「真 犯人 を 見付ける の よ 」
「そんな こと 無理 よ ! と 、綾子 は 啞然 と して 、「私 たち ──学生 な の よ 」
「でも 、幼稚園 や 小学校 の 生徒 と は わけ が 違う わ 。 もう 大人 よ 。 それとも お姉さん は パパ が 殺人 犯 に さ れて て も かまわない って いう の ? 「そ 、そう じゃ ない けど ……」
「じゃ 、決定 」
綾子 は 諦めた ように 肩 を 落とした 。 いつも こう なんだ 。 夕 里子 に 強く 言わ れる と 、何も 反論 でき なく なって しまう 。 これ じゃ どっち が 姉 なんだか ……。
「でも 、具体案 は ある の ? 珠美 は リアル である 。