第 三 章 彼女 は 誰 に 出会った か?【2】
ベッド の 軋み 方 を 確かめる ように 、 祐一 は 何度 も 寝返り を 打った 。
午後 八 時 五十 分 。
まだ 眠る に は 早 すぎる 時間 だった が 、 ここ 数 日 、 できれば 一刻 も 早く 眠り に 落ち たくて 、 風呂 に 入って 夕食 を 済ませる と 、 まだ 目 を ギラギラ さ せた まま ベッド に 入る 。
入った ところ で 眠れる わけ も ない 。
こう やって 何度 も 寝返り を 繰り返して いる うち に 、 枕 の 臭い が 気 に なり 出し 、 首筋 に 触れる 毛布 の 毛 羽 立ち に イライラ して くる 。
たいてい 気 が つく と 、 性器 を 弄って いる 。
布団 の 中 で 硬く なった 性器 は 、 横顔 に 当たる 赤外線 ストーブ の 熱 と 同じ くらい に 熱い 。
事件 から すでに 九 日 が 経って いた 。
重要 参考人 である 福岡 の 大学生 の 行方 が 未 だに 分から ない と いう ところ まで 伝えて いた テレビ の ワイドショー も 、 ここ 数 日 は まったく 三瀬 の 事件 を 扱って い ない 。
駐在 所 の 巡査 が こっそり と 房枝 に 告げた ように 、 実際 に 警察 は 、 未 だ 行方 の 分から ない その 大学生 を 追って いる と しか 考え られ ない 。
あれ 以来 、 祐一 の 元 に 警察 から の 連絡 や 聞き込み は ない 。
捜査 線上 から 完全に 消えた か の よう に 何も 起こら ない 。
目 を 閉じる と 、 あの 夜 、 三瀬 峠 を 走り抜けた とき の 感触 が 未 だに 手 に 蘇る 。
強く ハンドル を 握って いた せい で 、 何度 も カーブ で スピン し かけた 。 車 の ライト が 藪 を 照らし 、 真っ白な ガード レール が 迫る 。
また 寝返り を 打った 祐一 は 、「 早く 眠って しまえ 」 と 自分 に 言い聞かせる ように 臭い 枕 に 顔 を 埋めた 。
汗 と 体 臭 と シャンプー が 混じり合った イライラ する 臭い だった 。
床 に 脱ぎ捨てた ズボン から メール の 着信 音 が 聞こえた の は その とき だった 。
祐一 は 眠る こと へ の 強迫 から 解放 して もらえた ような 気 が して 、 すぐに 腕 を 伸ばして 携帯 を 取り出した 。
どうせ 一二三 から だろう と 思った が 、 送信 者 欄 に 見知らぬ アドレス が あった 。
ベッド から 抜け出して 床 に あぐら を かいた 。
真冬 でも パンツ だけ で 寝る 習慣 が ある ので 、 赤外線 ストーブ に 向け られた 背中 が 熱い 。
〈 こんにちは 。 覚えて ます か ? 三 カ月 くらい 前 に ちょっと だけ メール を やりとり した 者 です 。 私 は 佐賀 に 住んで いる 双子 姉妹 の 姉 で 、 その とき あなた と 灯台 の 話 で 盛り上がった んだ けど 、 もう 忘れ ちゃ い ました か ? 急な メール ごめんなさい 〉
メール を 読み 終える と 、 祐一 は 赤外線 ストーブ が 当たる 背中 を 掻いた 。
数 十 秒 の こと だった が 、 肌 が 焼けた ように 熱く なって いた 。
あぐら を かいた まま 、 畳 の 上 を 移動 した 。
横 に あった ズボン や トレーナー が 、 その 膝 に 絡まって 一緒に ついてくる 。
メール を 送って きた 相手 の 女 を 祐一 は 覚えて いた 。
三 カ月 ほど 前 、 出会い 系 サイト に 自分 の アドレス を 登録 した とき 、 五 、 六 通 の メール が あった うち の 一 人 で 、 しばらく は メール の やりとり を して いた のだ が 、 祐一 が ドライブ に 誘った とたん 、 いきなり 返信 が こ なく なった 。
〈 久しぶり 。 急に どうした と ? 自然に 指 が 動いた 。
普段 、 喋る とき に は 頭 に 浮かんだ 言葉 が 口 から 出る 前 に 、 必ず 何 か に 突っかかる のに 、 こう やって メール を 打つ とき だけ は 、 その 言葉 が すら すら と 指先 に 伝わって いく 。
〈 覚えて て くれた ? よかった 。 別に 用 は ない の 。 ただ 、 急に メール し たく なって 〉
女 から すぐに 返信 が あった 。
名前 を 思い出せ なかった が 、 思い出した ところ で 偽名 に 決まって いる 。
〈 あれ から 元気 やった ?
車 買う と か 言い よった けど 、 買った と ? 〉 と 祐一 は 返信 した 。
〈 買って ない よ 。 相変わらず 自転車 で 通勤 中 。 そっち は なんか いい こと あった ? 〈 いい こと ? 〈 彼女 できた と か ? 〈 でき とら ん よ 。 そっち は ? 〈 私 も 。 ねえ 、 あれ から どこ か 新しい 灯台 行った ? 〈 最近 ぜんぜん 行 っと らん 。 週 末 も 家 で 寝て ばっかり 〉
〈 そう な んだ 。 ねえ 、 どこ だ っけ ? 前 に 勧めて くれた 奇麗な 灯台 って 〉
〈 どこ の 灯台 ? 長崎 ? 佐賀 ? 〈 長崎 の 。 灯台 の 先 に 展望 台 が ある 小さな 島 が あって 、 そこ まで 歩いて 行ける って 。 そこ から 夕日 見たら 泣き たく なる くらい 奇麗 だって 〉
〈 ああ 、 それ やったら 樺島 の 灯台 やろ 。 うち から 近い よ 〉
〈 どれ くらい ? 〈 車 で 十五 分 か 二十 分 くらい 〉
〈 そ っか ぁ 。 いい 所 に 住 ん ど る と ね ー 〉
〈 別に いい 所 じゃ なか よ 〉
〈 でも 海 の 近く やろ ? 〈 海 なら 、 すぐ そこ に ある 〉
〈 海 なら 、 すぐ そこ に ある 〉 と 打った メール を 送った とたん 、 窓 の 外 から 波 止め で 砕ける 波 の 音 が 聞こえた 。
夜 に なる と 波 の 音 は 高く なる 。 波 の 音 は 夜通し 聞こえ 、 小さな ベッド で 眠る 祐一 の からだ を 浸して いく 。
そんな とき 、 祐一 は 波打ち際 の 流木 の ような 気持ち に なる 。
波 に 攫 われ そうで 攫 われ ず 、 砂浜 に 打ち上げ られ そうで 打ち上げ られ ない 。 いつまでも いつまでも 、 流木 は 砂 の 上 を 転がさ れ 続ける 。
〈 佐賀 に も ある ? 奇麗な 灯台 〉
すぐに 送ら れて きた メール に 、〈 ある ばい 。 佐賀 に も 〉 と 祐一 は 送り 返した 。
〈 でも 唐津 の ほう やろ ? うち 市 内 の ほう やけん 〉
送ら れて くる 一 文字 一 文字 に 音 が あって 、 聞いた こと も ない 女 の 声 が はっきり と 耳 に 届いた 。
祐一 は 車 で 何 度 か 走った こと の ある 佐賀 の 風景 を 思い描いた 。
長崎 と 違い 、 気 が 抜けて しまう ほど 平坦な 土地 で 、 どこまでも 単調な 街道 が 伸びて いる 。 前 に も 後ろ に も 山 は ない 。 急な 坂道 も なければ 、 石畳 の 路地 も ない 。 真 新しい アスファルト 道路 が ただ 真っすぐに 伸びて いる 。
道 の 両側 に は 本屋 や パチンコ 屋 や ファーストフード の 大型 店 が 並んで いる 。
どの 店舗 に も 大きな 駐車 場 が あり 、 たくさん 車 は 停 まって いる のに 、 なぜ か その 風景 の 中 に 人 だけ が い ない 。
ふと 、 今 、 メール の やりとり を して いる 女 は 、 あの 町 を 歩いて いる んだ 、 と 祐一 は 思った 。
とても 当たり前の こと だ が 、 車 から の 景色 しか 知ら ない 祐一 に とって 、 あの 単調な 町 を 歩く とき 、 風景 が どのように 見える の か 分から なかった 。 歩いて も 歩いて も 景色 は 変わら ない 。 まるで スローモーション の ような 景色 。 いつまでも いつまでも 打ち上げ られ ない 流木 が 見て いる ような 景色 。
〈 最近 、 誰 と も 話し とら ん 〉
手元 を 見る と 、 そう 書いて あった 。
送ら れて きた もの で は なく 、 自分 が 自分 の 指 で 無意識に 打って いた 文章 だった 。
祐一 は すぐに 消そう と した が 、 その あと に 〈 仕事 と 家 の 往復 だけ で 〉 と 付け加え 、 一瞬 迷い ながら 送信 した 。
これ まで 寂しい と 思った こと は なかった 。
寂しい と いう の が どういう もの な の か 分かって い なかった 。 ただ 、 あの 夜 を 境 に 、 今 、 寂しくて 仕方 が ない 。 寂し さ と いう の は 、 自分 の 話 を 誰 か に 聞いて もらい たい と 切望 する 気持ち な の かも しれ ない と 祐一 は 思う 。 これ まで は 誰 か に 伝え たい 自分 の 話 など なかった のだ 。 でも 、 今 の 自分 に は それ が あった 。 伝える 誰 か に 出会い たかった 。
「 珠代 ! 私 、 今夜 ちょっと 遅く なる かも しれ ん けん 」
妹 の 珠代 が 襖 の 向こう で 出勤 の 支度 を する 音 を 布団 の 中 で 聞き ながら 、 光代 は 言おう か 言う まい か と 悩んで いた 言葉 を 、 いよいよ 珠代 が 玄関 で 靴 を 履き 始めた とき に 告げた 。
「 棚卸し ? 玄関 から 珠代 の 声 が 返って くる 。
「 う 、…… うん 。 あ 、 いや 、 そう じゃ なくて 、 仕事 休み やけん ……。 とにかく 、 ちょっと 用 が あって 遅く なる と 思う 」
光代 は 布団 から 這い 出し 、 襖 を 開けて 玄関 の ほう へ 顔 を 出した 。
すでに 靴 を 履き 終えた 珠代 は ドアノブ に 手 を かけて いる 。
「 用 ? 何の ? 何時ごろ に なる と ? ごはん も いら ん って こと ? 矢継ぎ早に 質問 して くる わりに は 興味 も ない らしく 、 珠代 は ドア を 開け 、 片足 は 外 に 出して いる 。
「 起きる なら 、 鍵 か けん で いい ?
もう ッ 、 なんで 土曜日 に 出勤 な わけ ッ 」
珠代 は 光代 の 答え も 待た ず に ドア を 閉めた 。
閉まった ドア に 向かって 、「 いって らっしゃい 」 と 光代 は 声 を かけた 。
珠代 が 電気 カーペット を つけて いた おかげ で 、 這い 出した 手のひら や 膝 が ぽかぽか と 温かい 。
光代 は カレンダー を 手 に 取り 、 青い 22 と いう 数字 に 指 で 触れた 。
考えて みれば 、 店 の 繁盛 日 である 土 日 に 、 連続 して 休暇 を 取る の は あの 日 以来 だ 。
今 から 一 年 半 ほど 前 の ゴールデンウィーク 、 博多 で 暮らす 高校 時代 の 友人 の 家 に 泊まり に 行く 予定 で 、 溜まって いた 有給 休暇 を 取った のだ 。
友人 の 旦那 が その 週 末 法事 で 里帰り して おり 、 久しぶりに 二 人 で 夜通し お 喋り する 計画 だった 。 彼女 の 二 歳 に なる 息子 も 一 度 抱いて み たい と 思って いた 。
天神 行き の バス は 佐賀 駅前 に 乗り場 が ある 。
その 日 、 自転車 で 駅 に 着いた の は 十二 時 半 を 回った ころ で 、 あと 十 数 分 で 博多 行き の 高速 バス が 出発 する ところ だった 。
友人 から 「 ごめん 。 子供 が 熱 の ある みたいな ん よ 」 と いう 電話 が 入った の は 切符 を 買おう と 列 に 並んで いる とき だ 。 今更 と 言えば 今更 だ が 、 子供 が 病気 と なれば 無理 は 言え ない 。 光代 は 潔く 諦めて 列 を 離れ 、 半分 不貞腐れて アパート へ 戻った 。
乗る はずだった その 高速 バス が 、 若い 男 に 乗っ取ら れた こと を 知った の は 、 戻った アパート で 無駄に 取って しまった 有給 休暇 を どう 使おう か と 悩んで いる とき だった 。
つけた まま 、 見て も い なかった テレビ 画面 に 、 何 か の ニュース 速報 が 流れ出した とき 、 光代 は また どこ か で 何 年 も 監禁 さ れて いた 少女 が 見つかった の か と ぞっと した 。
それ くらい あの 事件 は 恐ろしかった 。
しかし 流れて きた の は バスジャック を 知らせる ニュース だった 。
光代 は 一瞬 、 ほっと 胸 を 撫で下ろし 、 次の 瞬間 、「 え ? 」 と 声 を 上げた 。
画面 に は 、 つい さっき 自分 が 乗ろう と して いた 高速 バス の 名前 が 出て いた 。
「 え ? ええ ? 誰 も い ない 部屋 で 光代 は また 声 を 上げた 。
慌てて チャンネル を 変える と 、 ちょうど バスジャック さ れた バス を 実況 中継 する 特別 番組 を 始めた 局 が あった 。
「 うそ 、 うそ ……」
声 など 出す つもりじゃ ない のに 、 自然 と そんな 声 が 漏れた 。
九州 自動車 道 を 疾走 する バス の 映像 を ヘリコプター の カメラ が 捉えて いた 。
映像 に は ローター の 轟音 に 、 興奮 した レポーター の 「 ああ 、 危ない ! また 一 台 トラック を 抜き ました ッ 」 と いう 絶叫 が 重なって いる 。
テーブル に 投げ出して いた 携帯 が 鳴った の は その とき で 、 相手 は 博多 の 友人 だった 。
「 あんた 、 今 どこ ? いきなり 詰問 さ れ 、「 だ 、 大丈夫 。 家 に おる 。 家 に 」 と 光代 は 答えた 。
友人 も 事件 を テレビ で 知った らしかった 。
光代 が 諦めて 家 に 戻った と は 思って いた が 、 万が一 、 この バス に 乗って いたら どう しよう か と 慌てて 電話 を かけて きた らしい 。 携帯 を 握りしめた まま 、 光代 は テレビ 画面 に 見入った 。 スピード を 上げた バス が 、 何も 知ら ず に 走って いる 何 台 も の 車 を ギリギリ の ところ で 避けて 抜きさって いく 。
「 ああ 、 私 、 これ に 乗っとった と よ 。 本当 なら 、 この バス に 乗っとった と よ ……」
光代 は テレビ を 見つめ ながら 呟いた 。
一応 安心 した らしい 友人 から の 電話 を 切って も テレビ から 目 が 離せ なかった 。
アナウンサー が 高速 バス の 正確な 出発 時刻 と 経路 を 説明 して いた 。
紛れ も なく 自分 が 乗る はずの バス だった 。 切符 売り場 の 列 に 並んだ とき 、 外 に 停 まって いた バス だった 。 目の前 の 賑やかな 女子 高 生 たち や その 前 に 並んで いた おばさん が 、 乗り込んで いった バス だった 。
バスジャック を 中継 する 映像 を 、 それ こそ 齧りつく ように 光代 は 見 続けた 。
車 内 の 様子 が まったく 分から ない と 、 しきりに 嘆く アナウンサー に 、「 だけ ん 、 私 の 前 に 並 ん ど った あの おばさん と か 、 女の子 たち が 乗っとる と って ! 」 と 、 アナウンサー に 言い返し たい 気持ち だった 。
画面 に 映って いる の は 、 高速 を ひた走る バス の 屋根 だった 。
それなのに 光代 は まるで 自分 が その バス に 乗って いる ような 感覚 に 陥って いた 。 流れて いく 車窓 の 景色 が 見える のだ 。 通路 を 挟んだ 隣 の 座席 に は 、 営業 所 の 切符 売り場 で 前 に 並んで いた おばさん が 真っ青な 顔 で 座って いる 。 ちょっと 離れた 前 の 席 に は 、 自分 の 前 に 並んで いた 女の子 たち が 肩 を 寄せ合って 泣いて いる 。
バス が スピード を 落とす 気配 は ない 。
次 から 次に バス は ゴールデンウィーク の ドライブ を 楽しむ 家族 連れ の 車 を 追い抜いて いく 。
光代 は 通路 側 から 窓 側 に 移動 し たくて たまらない 。
見る な と 言わ れて も 、 つい 前方 に 目 が 行って しまう 。 運転 席 の 横 に は 若い 男 が 立って いる 。 手 に は ナイフ を 持って いる 。 ときどき ナイフ で 座席 の スポンジ を 切り裂き ながら 、 訳 の 分から ない 叫び を 上げて いる 。
「 バス が ! バス が サービス エリア に 入る 模様 です ! レポーター の 怒声 に 光代 は ハッと 我 に 返った 。
バス は 目的 地 の 天神 を 遥かに 越え 、 九州 道 から 中国 道 へ 入って いる 。
警察 の 車 に 誘導 さ れて バス が サービス エリア 内 の 駐車 場 に 停車 する 。
その 映像 を テレビ で 見て いる はずな のに 、 光代 の 目 は なぜ か バス の 内 に あり 、 窓 の 外 に 取り囲む 警官 たち が 見える 。
「 中 に 、 中 に 怪我人 が いる 模様 です ! ナイフ で 刺さ れ 重傷 を 負って いる 模様 です ! レポーター の 声 が だだっ広い 駐車 場 の 映像 に 重なる 。
横 を 向けば 、 そこ に 胸 を 刺さ れた あの おばさん が いる ようだった 。
自分 が 自宅 アパート の 居間 で テレビ を 見て いる こと は 分かって いた が 、 それ でも 光代 は 怖くて 顔 を 横 に 動かせ なかった 。
子供 の ころ から 自分 が 「 ついて いる 」 と 感じる こと が まったく なかった 。
世の中 に は いろんな 人間 が いて 、 その 中 で 「 ついて いる 人 」 と 「 ついて い ない 人 」 に 分類 さ れたら 、 自分 は 間違い なく 後者 で 、 その 後者 グループ で 分類 さ れて も 、 やっぱり 「 ついて ない 」 方 に 選り分け られる 。 自分 は そんな 人間 だ と 思い込んで 生きて いた 。
たまたま 有給 を 取った の が 、 あの 日 と 同じ 休日 だった と いう こと で 嫌 な 記憶 が 蘇って いた 。
光代 は 気分 を 変えよう と 窓 を 開けた 。
暖まって いた 部屋 の 空気 が す っと 外 へ 流れ 、 冬 の 日 を 浴びた 寒風 が からだ を 撫でて 部屋 へ 流れ込んで くる 。
光代 は 一 度 身震い する と 、 大きく 背伸び して 深呼吸 した 。
選り分け られたら 、 必ず 悪い ほう へ 入れ られて しまう 。
それ が 自分 だ と 、 光代 は ずっと 思い込んで いた 。 でも 、 あの とき 、 あの 高速 バス に 、 私 は 乗ら なかった 。 あの バス に ギリギリ に なって 乗ら なかった 私 は 、 きっと 生まれて 初めて 、 良い 方 に 選り分け られた のだ 。
気 が つく と 、 光代 は そんな こと を 考えて いた 。
目の前 に は 静かな 田んぼ の 風景 が 広がって いる 。
光代 は 窓 を 開けた まま 、 その 日差し の 中 で 携帯 を 見た 。
メール を 開く と 、 昨日 の 夜 まで もう 何 十 通 と 交わした 履歴 が 残って いる 。
四 日 前 、 勇気 を 振り絞って 出した メール に 、 清水 祐一 と 名乗る 男 は 親切に 応対 して くれた 。
三 カ月 前 、 久しぶりに 職場 の 飲み 会 に 出て 酔った 夜 、 遊び半分で 初めて 出会い 系 サイト を 覗いた 。 使い 方 が よく 分から ず 、 新 着 欄 に あった 中 から 長崎 に 住む 彼 を 選んだ 。
長崎 を 選んだ の は 、 佐賀 で は 知り合い の 可能 性 が ある し 、 福岡 だ と 都会 過ぎる し 、 鹿児島 や 大分 だ と 遠 すぎる 。
そんな 簡単な 理由 から だった 。
三 カ月 前 は ドライブ に 誘わ れた とたん に 返事 を 出せ なく なった 。
四 日 前 も 実際 に 会う 気 など まったく なかった 。
ただ 、 その 晩 、 寝る 前 に 誰 か と メール で いい から 言葉 を 交わして み たい だけ だ 。 それなのに メール 交換 は 四 日 も 続いた 。 会う 気 など なかった くせ に 、 いつの間にか 会い たくて 仕方なく なって いた 。
彼 の 何 が そう 思わ せた の か 分から ない が 、 彼 と メール を 交わして いる と 、 あの 日 、 あの バス に 乗ら なかった 自分 で い られた 。
何の 確信 も なかった が 、 ここ で 勇気 を 振り絞れば 、 もう 二度と あの バス に 乗ら ず に 済む ような 気 が した 。
光代 は 差し込む 冬 の 日差し の 中 、 昨夜 最後に 送ら れて きた メール を 改めて 読んだ 。
〈 じゃあ 、 明日 、 十一 時 に 佐賀 駅前 で 。 お やすみ 〉
簡単な 言葉 だった が 、 キラキラ と 輝いて 見えた 。
今日 、 これ から 私 は 彼 の 車 で ドライブ する 。
灯台 を 見 に 行く 。 海 に 向かって 立つ 、 美しい 灯台 を 二 人 で 見 に 行く 。