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クラッシェン氏と習得-学習仮説, インプット仮説(クラッシェンの「第二言語習得理論」4)

インプット仮説(クラッシェンの「第二言語習得理論」4)

インプット 仮説 ( The Input Hypothesis )

この 仮説 は 、 言語 の ‘ 習得 ' に 関する もの であって 、‘ 学習 ' と は 関わり が ない と して いる 。 人 が いかに して 言語 を 獲得 して いく か 、 どのような プロセス が 言語 の ‘ 習得 ' に 効果 的な の か を 検討 して いる もの である 。

まず 、 この 仮説 で は 、 聴解 能力 の 育成 が 大切で 、 発話 に よる 伝達 能力 は 、 聴覚 に よる ‘ 理解 ' の 能力 に 続いて 自然に 発達 して くる もの と 考えて いる 。

流暢な 話し 方 など は 、 対話 を 復唱 したり 、 暗記 したり して できる ように なる ので は なく 、 耳 から の インプット を 理解 して 、 その 経験 を 蓄積 して いく うち に 、 だんだん 強化 されて くる もの である と して いる 。 そして 、 学習 者 の 現在 の 習得 レベル より ‘ やや 高い ' レベル の 言語 を インプット する こと 、 つまり 弱冠 の 未 習 事項 を 含む 文 を 聞いて 理解 する こと に よって 、 その 未習 の 部分 を 習得 して いく のである と して いる 。

未 習 事項 が インプット さ れた 場合 、 それ が 既習 の もの に 混じって ‘ ほんの 少し ' であれば 、 学習 者 は 、‘ それ が 使わ れる 状況 ' や ‘ 非 言語 情報 ' や ‘ 文脈 ' など から 判断 して 、‘ 知識 ' を 使って その 意味 を 理解 できる と いう わけである 。

クラッシェン の 考え で は 、 理想 的な インプット は 、 学習 者 の 言語 レベル より わずかに 高い もの であり 、 インプット の レベル が 低 すぎれば 進歩 が なく 、 逆に 高 すぎれば インプット が 理解 さ れ ず に 習得 に 至らない 。

この 理想 的な インプット を ‘ i +1' と いう ように 定式 化 して 表して いる 。

現在 の 言語 レベル が ‘ i ' であり 、 その 一 歩 上 の ‘ i +1' を インプット する こと に よって 、 その ‘ i +1' の レベル へ と 進歩 して いく 、 と いう こと である 。

幼児 が 第一言語 を 習得 して いく 過程 も 、 この 考え に よって 説明 できる と して いる 。

幼児 の 周囲 に いる 大人 は 、 その 幼児 の 言語 レベル と 思わ れる あたり の 単純 化 さ れた 幼児 用語 ( 幼児 の 世話 を する 人 の 言葉 と いう 意味 で caretaker speech と 言う ) で 話しかける こと に よって 、 幼児 は 言語 レベル ( 発話 能力 も 含めて ) を 上げて いく こと が できる 。

幼児 が 言葉 を 理解 でき なかった 時 は 、 周囲 の 大人 は 意志 を 伝達 する ため に 他の 言い 方 に 言い換え を しよう と する が 、 その ‘ 言い換え ' そのもの も 、 幼児 に とって ‘ i +1' と なり 、 言語 能力 を 向上 さ せて いる と 言う 。

また 、 幼児 は 第 一言 語 を 話し 始める 前 の 一定 の 期間 、 周囲 の 大人 が 話す 言葉 を 聞いて いる だけ の 時期 が ある が 、 この 時期 に 、 聞いて 理解 する 能力 が 育成 されて いる と 考えて おり 、 その 能力 が 十分に ついてくる と 、 自然に 話す こと も できる ように なる もの だ と いう 見方 を して いる 。 これ が 、 第 二 言語 習得 に おいて も 、 発話 に よる 伝達 能力 の 育成 より も 、 聴 解 能力 の 育成 を 優先 さ せよう と する この 仮説 の 理論 的 根拠 と なって いる 。

「 インプット 仮説 」 は 、 TPR など 聴 解 優先 の 教授 法 が 良い 効果 を あげて いる こと から 、‘ 発話 能力 より も 聴 解 能力 の 育成 を 優先 さ せる べきだ ' と いう 考え は かなり の 支持 を 受けて きた 。

しかし 、‘( 聴 解 に よる ) インプット の 蓄積 のみ で 発話 能力 が 身 に 付く ' と いう 考え に は 疑問 の 声 も ある 。 実際 に 話す 機会 を たくさん 持た ない と 、 発話 能力 は 育成 さ れ ない 、 と する 実証 的 研究 も 数多い 。

例えば 、 ある 言語 で 話されて いる 映画 など の ビデオ を 幼児 に 見せる 、 と いう こと を 続けて いて も 、 聴 解 能力 は 身 に 付く が 、 発話 能力 は 身 に 付か ない 、 と いう こと が ある 。 実際 に 話さ せて みる と 、 文法 的に かなり 不自然な 文 を 発する そうである 。 これ は 、 インプット 理解 に おいて は 、 主に 意味 に 注意 が 向けられる ため 、 形式 に 対する 意識 が 高められて いない から だ と 言わ れる 。 そのような 理由 で 、 多く の 研究 者 が 、( 発話 能力 に 向けて の 援助 効果 が 確実に ある 、 と いう 意味 で ) インプット の 重要 性 は 認め ながら も 、 インプット の 蓄積 が 総合 的な コミュニケーション 能力 を 育成 する ため の 十 分 条件 な の か どう か に ついて は 、 疑念 を 抱いて いる 。

理想 的な インプット を ‘ i +1' と して いる こと に ついて は 、 多く の 批判 が 集中 して いる 。 ‘ i +1' と は 、 具体 的に どのような 範囲 まで を 指す の か 、 かなり あいまい と 言わ ざる を え ない し 、 科学 的に 検証 が でき ない 、 と いう こと である 。

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