×

Utilizziamo i cookies per contribuire a migliorare LingQ. Visitando il sito, acconsenti alla nostra politica dei cookie.

image

野分 夏目漱石, 「十」 野分 夏目漱石

「十 」野 分 夏目 漱石

道也 先生 長い 顔 を 長く して 煤 竹 で 囲った 丸 火 桶 を 擁している 。 外 を 木枯 が 吹いて 行く 。 「あなた 」と 次の 間 から 妻君 が 出て くる 。 紬 の 羽織 の 襟 が 折れて いない 。 「何 だ 」と こっち を 向く 。 机 の 前 に おり ながら 、 終日 木 枯 に 吹き 曝された か の ご とくに 見える 。 「本 は 売れた のです か 」「まだ 売れ ない よ 」「もう 一 ヵ月 も 立てば 百 や 弐百 の 金 は 這入る 都合 だ と おっしゃった じゃ ありません か 」「うん 言った 。 言った に は 相違 ない が 、売れ ない 」「困る じゃ ござんせんか 」「困る よ 。 御前 より おれ の 方 が 困る 。 困る から 今 考えて る んだ 」「だって 、あんなに 骨 を 折って 、三百 枚 も 出来てる もの を ――」「三百 枚 どころか 四百三十五 頁 ある 」「それで 、どうして 売れ ない んでしょう 」「やっぱり 不景気 なんだろう よ 」「だろう よ じゃ 困ります わ 。 どうか 出来 ない でしょう か 」「南 溟堂 へ 持って行った 時 に は 、有名な 人 の 御序文 が あれば と 云う から 、それから 足立 なら 大学教授 だ から 、よかろう と 思って 、足立 に たのんだ の さ 。 本 も 借金 と 同じ 事 で 保証人 が ない と 駄目だ ぜ 」 「 借金 は 借りる ん だ から 保証人 も いる でしょう が ――」 と 妻君 頭 の なか へ人 指 ゆび を 入れて ぐいぐい 掻く 。 束 髪 が 揺れる 。 道也 は その 頭 を 見ている 。 「近頃 の 本 は 借金 同様 だ 。 信用 の ない もの は 連帯 責任 で ない と 出版 が 出来 ない 」「本当に つまらない わ ね 。 あんなに 夜 遅く まで かかって 」「そんな 事 は 本屋 の 知らん 事 だ 」「本屋 は 知らない でしょう さ 。 しかし あなた は 御存じ でしょう 」「ハハハハ 当人 は 知ってる よ 。 御前 も 知って る だろう 」「知って る から 云う ので さあね 」「言って くれて も 信用 が ない んだ から 仕方 が ない 」「それで どう なさる の 」「だから 足立 の 所 へ 持って行った んだ よ 」「足立 さん が 書いて やる と おっしゃって 」「うん 、書く ような 事 を 云う から 置いて来たら 、また あと から 書けないって 断わって 来た 」「なぜ でしょう 」「なぜ だ か 知ら ない 。 厭 な のだろう 」「それ で あなた は そのまま に して 御置き に なる んですか 」「うん 、書かん のを 無理に 頼む 必要 は ない さ 」「でも それじゃ 、うち の 方 が 困ります わ 。 この 間 御 兄さん に 判 を 押して 借りて 頂いた 御 金 も もう 期限 が 切れる んです から 」「おれ も その方 を 埋める つもり で いたんだ が ――売れ ない から 仕方 が ない 」「馬鹿馬鹿しい の ね 。 何の ため に 骨 を 折った んだ か 、分りゃしない 」道也 先生 は 火桶 の なか の 炭団 を 火箸 の 先 で 突つき ながら 「御前 から 見れば 馬鹿馬鹿しい の さ 」と 云った 。 妻君 は だまって しまう 。 ひゅう ひゅう と 木枯 が 吹く 。 玄関 の 障子 の 破れ が 紙 鳶 の うなり の ように 鳴る 。 「あなた 、いつまで こうして いらっしゃる の 」と 細 君 は 術 なげ に 聞いた 。 「いつまで とも 考は ない 。 食えれば いつまで こうして いたって いい じゃないか 」「二 言目 には 食えれば 食えれば と おっしゃる が 、今 こそ 、どうにか こうにかして 行きます けれども 、このぶんで 押して 行けば 今に 食べられなく なります よ 」「そんなに 心配 する の かい 」細 君 は むっと した 様子 である 。 「だって 、あなた も 、あんまり 無考 じゃ ござんせん か 。 楽に 暮せる 教師 の 口 は みんな 断って おしまい な すって 、そうして 何でも 筆 で 食う と 頑固 を 御張り に なる んです もの 」「その 通り だ よ 。 筆 で 食う つもり なんだ よ 。 御前 も その つもり に する が いい 」「食べる もの が 食べられれば 私 だって その つもり に なります わ 。 私 も 女房 です もの 、あなた の 御 好き で お やり に なる 事 を とやかく 云う ような 差し出口 は きき ゃあ しません 」「それ じゃ 、それ で いい じゃないか 」「だって 食べられ ない んです もの 」「たべられる よ 」「随分 ね 、あなた も 。 現に 教師 を して いた 方 が 楽で 、今 の 方 が よっぽど 苦しい じゃ ありません か 。 あなた は やっぱり 教師 の 方 が 御上手 な んです よ 。 書く 方 は 性 に 合わない ん です よ 」 「 よく そんな 事 が わかる な 」 細 君 は 俯 向いて 、 袂 から 鼻 紙 を 出して ち い ん と 鼻 を かんだ 。 「私 ばかり じゃ 、ありません わ 。 御 兄さん だって 、そう おっしゃる じゃありませんか 」「御前 は 兄 の 云う 事 を そう 信用 している の か 」「信用 したって いい じゃありませんか 、御兄さん ですもの 、そうして 、あんなに 立派に していらっしゃる んですもの 」「そう か 」と 云った なり 道也 先生 は 火鉢 の 灰 を 丁寧に 掻きならす 。 中 から 二 寸 釘 が 灰 だらけ に なって 出る 。 道也 先生 は 、曲った 真鍮 の 火箸 で 二 寸 釘 を つまみ ながら 、片手 に 障子 を あけて 、ほいと 庭先 へ 抛り 出した 。 庭 に は 何にも ない 。 芭蕉 が ずたずたに 切れて 、茶色 ながら 立往生 を している 。 地面 は 皮 が 剥けて 、蓆 を 捲き かけた ように 反っくり返って いる 。 道也 先生 は 庭 の 面 を 眺め ながら 「だいぶ 吹いてる な 」と 独語 の ように 云った 。 「もう 一遍 足立さん に 願って 御覧 に なったら どうでしょう 」「厭な もの に 頼んだって 仕方がない さ 」「あなた は 、それ だから 困る の ね 。 どうせ 、あんな 、豪い 方 に なれば 、すぐ 、おいそれと 書いて 下さる 事 は ない でしょう から ……」「あんな 豪い 方 って ――足立 が かい 」「そりゃ 、あなた も 豪い でしょう さ ――しかし 向 は ともかくも 大学校 の 先生 です から 頭 を 下げたって 損 は ない でしょう 」「そう か 、それじゃ おおせ に 従って 、もう 一返 頼んで 見よう よ 。 ――時に 何時か な 。 や 、大変だ 、ちょっと 社 まで 行って 、校正 を して こなければならない 。 袴 を 出して くれ 」道也 先生 は 例 の ごとく 茶 の 千筋 の 嘉平治 を 木枯 に ぺら つかす べく 一着して 飄然 と 出て行った 。 居間 の 柱時計 が ぼんぼん と 二時 を 打つ 。 思う 事 積んで は 崩す 炭火 か な と 云う 句 が ある が 、細 君 は 恐らく 知る まい 。 細 君 は 道也 先生 の 丸 火 桶 の 前 へ 来て 、 火 桶 の 中 を 、 丸 る く 掻きならして いる 。 丸い 火 桶 だ から 丸く 掻きならす 。 角 な 火 桶 なら 角 に 掻きならす だろう 。 女 は 与えられた もの を 正しい もの と 考える 。 その なか で 差し当り の ない ように 暮らす の を 至善 と 心得ている 。 女 は 六角 の 火桶 を 与えられて も 、八角 の 火鉢 を 与えられて も 、六角 に また 八角 に 灰 を 掻きならす 。 それ より 以上 の 見識 は 持た ぬ 。 立って も おらぬ 、坐って も おらぬ 、細 君 の 腰 は 宙 に 浮いて 、膝頭 は 火桶 の 縁 に つきつけられている 。 坐 わる に は 所 を 得ない 、立って は 考えられない 。 細 君 の 姿勢 は 中途 半 把 で 、 細 君 の 心 も 中途 半 把 である 。 考える と 嫁 に 来た の は 間違って いる 。 娘 の うち の 方 が 、いくら 気楽 で 面白かった か 知れ ぬ 。 人 の 女房 は こんな もの と 、誰 か 教えて くれたら 、来 ぬ 前 に よす はずであった 。 親 で さえ 、あれほど に 親切 を 尽して くれた のだ から 、二世 の 契り と 掟 に さえ 出ている 夫 は 、二重 にも 三重 にも 可愛がって くれる だろう 、また 可愛がって 下さる よ と 受合われて 、住み 馴れた 家 を 今日 限り と 出た 。 今日 限り と 出た 家 へ 二度と は 帰られない 。 帰ろう と 思って も お とっさん も お母さん も 亡くなって しまった 。 可愛がら れる 目的 は はずれて 、可愛がって くれる 人 は もう この世 に いない 。 細 君 は 赤い 炭 団 の 、灰 の 皮 を 剥いて 、火箸 の 先 で 突つき 始めた 。 炭火 なら 崩して も 積む 事 が 出来る 。 突ついた 炭 団 は 壊れ たぎり 、丸い 元 の 姿 に は 帰ら ぬ 。 細 君 は この 理 を 心得て いる だろう か 。 しきりに 突ついて いる 。 今 から 考えて 見る と 嫁 に 来た 時 の 覚悟 が 間違って いる 。 自分 が 嫁 に 来た の は 自分 の ため に 来た のである 。 夫 の ため と 云 う 考 は すこしも 持た なかった 。 吾 が 身 が 幸福 に なりたい ばかりに 祝言 の 盃 も した 。 父 、 母 も その つもり で 高砂 を 聴いて いた に 違ない 。 思う 事 は みんな はずれた 。 この頃 の 模様 を 父 、母 に 話したら 定め し 道也 は けしからぬ と 怒る であろう 。 自分 も 腹 の 中 で は 怒って いる 。 道也 は 夫 の 世話 を する の が 女房 の 役 だ と 済ましている らしい 。 それ は こっち で 云いたい 事 である 。 女 は 弱い もの 、年 の 足らぬ もの 、したがって 夫 の 世話 を 受く べき もの である 。 夫 を 世話 する 以上 に 、夫 から 世話 される べき もの である 。 だから 夫 に 自分 の 云う 通り に なれ と 云う 。 夫 は けっして 聞き入れた 事 が ない 。 家庭 の 生涯 は むしろ 女房 の 生涯 である 。 道也 は 夫 の 生涯 と 心得て いる らしい 。 それ だ から 治まら ない 。 世間 の 夫 は 皆 道也 の ような もの か しらん 。 みんな 道也 の ようだ と すれば 、この先 結婚 を する 女 は だんだん 減る だろう 。 減らない ところ で 見る と ほか の 旦那 様 は 旦那 様 らしく して いる に 違ない 。 広い 世界 に 自分 一人 が こんな 思 を して いる か と 気 が つく と 生涯 の 不幸 である 。 どうせ 嫁 に 来た からに は 出る 訳 に は 行かぬ 。 しかし 連れ添う 夫 が こんな で は 、臨終 まで 本当の 妻 と 云う 心持ち が 起ら ぬ 。 これ は どうかせ ねば なら ぬ 。 どうにか して 夫 を 自分 の 考え 通り の 夫 に し なくては 生きている 甲斐 が ない 。 ――細 君 は こう 思案 し ながら 、火鉢 を いじくっている 。 風 が 枯 芭蕉 を 吹き 倒す ほど 鳴る 。 表 に 案内 が ある 。 寒 そうな 顔 を 玄関 の 障子 から 出す と 、道也 の 兄 が 立っている 。 細 君 は 「おや 」と 云った 。 道也 の 兄 は 会社 の 役員 である 。 その 会社 の 社長 は 中野 君 の おやじ である 。 長い 二 重 廻し を 玄関 へ 脱いで 座敷 へ 這 入って くる 。 「だいぶ 吹きます ね 」と 薄い 更紗 の 上 へ 坐って 抜け 上がった 額 を 逆に 撫でる 。 「御 寒い のに よく 」「ええ 、今日 は 社 の 方 が 早く 引けた もの だ から ……」「今 御 帰り掛け ですか 」「いえ 、いったん うち へ 帰って ね 。 それ から 出直して 来ました 。 どうも 洋服 だ と 坐って る の が 窮屈で ……」兄 は 糸 織 の 小袖 に 鉄 御納戸 の 博多 の 羽織 を 着て いる 。 「 今日 は ―― 留守 です か 」 「 は あ 、 たった 今しがた 出ました 。 おっつけ 帰りましょう 。 どうぞ 御 緩く り 」と 例の 火鉢 を 出す 。 「もう 御 構 なさる な 。 ――どうも なかなか 寒い 」と 手 を 翳す 。 「だんだん 押し詰り まして さぞ 御 忙 が しゅう 、いらっしゃいましょう 」「へ 、ありがとう 。 毎年 暮 に なる と 大 頭痛 、ハハハハ 」と 笑った 。 世の中 の 人 は おかしい 時 ばかり 笑う もの で は ない 。 「 でも 御 忙 が しい の は 結構で ……」 「 え 、 まあ 、 どう か 、 こう か やってる ん です 。 ――時に 道也 は やはり 不 相 変です か 」「ありがとう 。 この 方 は ただ 忙 が しい ばかりで ……」 「 結構でない か ね 。 ハハハハ 。 どうも 困った 男 です ねえ 、御政 さん 。 あれほど 訳 が わから ない と まで は 思わ なかった が 」「どうも 御 心配 ばかり 懸け まして 、私 も いろいろ 申します が 、女 の 云う 事 だ と 思って ちっとも 取り上げません ので 、まことに 困り切ります 」「そう でしょう 、私 の 云う 事 だって 聞か ない んだ から 。 ――わたし も 傍 に いる と つい 気 に なる から 、つい とやかく 云い たく なって ね 」「ご もっとも で ございます と も 。 みんな 当人 の ため に おっしゃって 下さる 事 です から ……」「田舎 に いりゃ 、それ まで です が 、こっち に こうして いる と 、当人 の 気 に いって も 、いらなくっても 、やっぱり 兄 の 義務 で ね 。 つい 云 い たく なる ん です 。 ――する と ちっとも 寄りつか ない 。 全く 変人 だ ね 。 おとなしく して 教師 を して いりゃ それ まで の 事 を 、 どこ へ 行って も 衝突 して ……」 「 あれ が 全く 心配で 、 私 も あの ため に は 、 どんなに 苦労 した か 分 りません 」 「 そう でしょう と も 。 わたし も 、そりゃ よく 御察し 申して いる んです 」「ありがとう ございます 。 いろいろ 御 厄介 に ばかり なり まして 」「東京 へ 来て から でも 、こんな くだらん 事 を し ない でも 、どうにでも 成る んで さあ 。 それ を せっかく 云って やる と 、まるで 取り合わ ない 。 取り合わ ないで も いい から 、自分 だけ 立派に やって行けば いい 」「それ を 私 も 申す ので ござんす けれども 」「いざ と なると 、やっぱり どうかして くれ と 云うん でしょう 」「まことに 御気の毒 さまで ……」「いえ 、あなた に 何も 云う つもり は ない 。 当人 が さ 。 まるで 無鉄砲 です から ね 。 大学 を 卒業 して 七八 年 に も なって 筆耕 の 真似 を している もの が 、どこ の 国 に いる もの ですか 。 あれ の 友達 の 足立 なんて 人 は 大学 の 先生 に なって 立派に して いる じゃありませんか 」「自分 だけ は あれ で なかなか えらい つもり で おります から 」「ハハハハ えらい つもり だって 。 いくら 一 人 で えらがったって 、人 が 相手 に し なくっちゃ しようがない 」「近頃 は 少し どうかしている んじゃないか と 思います 」「何とも 云えません ね 。 ――何でも しきりに 金持 や なにか を 攻撃する そうじゃありませんか 。 馬鹿 です ねえ 。 そんな 事 を したって どこ が 面白い 。 一 文 に ゃ ならず 、人 から は 擯斥 さ れ る 。 つまり 自分 の 錆 に なる ばかりで さあ 」 「 少し は人 の 云 う 事 でも 聞いて くれる と いい ん です けれども 」 「 しまい に ゃ人 に まで 迷惑 を かける 。 ――実は ね 、きょう 社 でもって 赤面 しちまったん です が ね 。 課長 が 私 を 呼んで 聞けば 君 の 弟 だ そうだ が 、あの 白井 道也 とか 云う 男 は 無暗に 不穏な 言論 を して 富豪 など を 攻撃 する 。 よく ない 事 だ 。 ちっと 君 から 注意 したら よかろうって 、さんざん 叱られた んです 」「まあ どうも 。 どうして そんな 事 が 知れました んでしょう 」「そりゃ 、会社 なんて もの は 、それぞれ 探偵 が 届きます から ね 」「へえ 」「なに 道也 なんぞ が 、何 を かいたって 、あんな 地位 の ない もの に 世間 が 取り合う 気遣 は ない が 、課長 から そう 云わ れて 見る と 、放って 置けません から ね 」「ご もっともで 」「それで 実は 今日 は 相談 に 来た んです が ね 」「生憎 出まして 」「なに 当人 は いない 方 が かえって いい 。 あなた と 相談 さえ すれば いい 。 ――で 、わたし も 今 途中 で だんだん 考えて 来た んだ が 、どうした もの でしょう 」「あなた から 、とくと 異見 でも して いただいて 、また 教師 に でも 奉職 したら 、どんな もの で ございましょう 」「そうなれば いい です とも 。 あなた も 仕合せ だ し 、わたし も 安心 だ 。 ――しかし 異見 で おいそれと 、云う 通り に なる 男 じゃ ありません よ 」「そうで ござんす ね 。 あの 様子 じゃ 、とても 駄目で ございましょう か 」「わたし の 鑑定 じゃ 、とうてい 駄目だ 。 ――それ で ここ に 一つ の 策 が ある んだ が 、どう でしょう 当人 の 方 から 雑誌 や 新聞 を やめて 、教師 に なりたい と 云う 気 を 起させる ように する のは 」「そうなれば 私 は 実に ありがたい のです が 、どう したら 、そう 旨い 具合 に 参りましょう 」「あの この 間中 当人 が しきりに 書いていた 本 は どう なりました 」「まだ そのまま に なって おります 」「まだ 売れないですか 」「売れる どころ じゃ ございません 。 どの 本屋 も みんな 断わります そうで 」「そう 。 それ が 売れ なけりゃ かえって 結構だ 」「え ? 」「売れ ない 方 が いい んです よ 。 ――で 、せんだって わたし が 周旋 した 百円 の 期限 は もう じき でしょう 」「たしか この 月 の 十五日 だ と 思います 」「今日 が 十一日 だから 。 十二 、十三 、十四 、十五 、と もう 四 日 です ね 」「ええ 」「あの 方 を 手厳しく 催促 させる のです 。 ――実は あなた だ から 、今 打ち明けて 御話し する が 、あれ は 、わたし が 印 を 押して いる 体 に は なって いる が 本当 は わたし が 融通 した のです 。 ――そう し ない と 当人 が 安心 して いけない から 。 ――それ で あの 方 を 今 云う 通り 責める ――何か ほか に 工面 の 出来る 所 が あります か 」「いいえ 、ちっとも ございませ ん 」「じゃ 大丈夫 、その方 で だんだん 責めて 行く 。 ――いえ 、わたし は 黙って 見て いる 。 証文 の 上 の 貸手 が 催促 に 来る のです 。 あなた も 済 して い なくっちゃ いけません 。 ――何 を 云って も 冷淡に 済まして い なくっちゃ いけません 。 けっして こちら から 、一言 も 云わない のです 。 ――それ で 当人 いくら 頑固だって 苦しい から 、また 、わたし の 方 へ 頭 を 下げて 来る 。 いえ 来 なけりゃ なら ないで す 。 その 、頭 を 下げて 来た 時 に 、取って 抑える のです 。 いい です か 。 そう たよって 来る なら 、おれ の 云う 事 を 聞く が いい 。 聞か なければ おれ は 構わ ん 。 と 云 いや あ 、向 でも 否 とは 云われん です 。 そこ で わたし が 、御政 さん だって 、あんなに 苦労 して やって いる 。 雑誌 なんか で 法 螺 ばかり 吹き 立てて いたって 始まら ない 、これ から 性根 を 入れかえて 、もっと 着実な 世間 に 害 の ない ような 職業 を やれ 、教師 に なる 気 なら 心当り を 奔走 して やろう 、と 持ち懸ける のです ね 。 ――そう すれば きっと 我々 の 思わく 通り に なる と 思う が 、どう でしょう 」「そうなれば 私 は どんなに 安心 が 出来る か 知れません 」「やって 見ましょう か 」「何分 宜しく 願います 」「じゃ 、それ は きまった と 。 そこ で もう 一つ ある んです が ね 。 今日 社 の 帰りがけ に 、神田 を 通ったら 清輝館 の 前 に 、大きな 広告 が あって 、わたし は 吃驚させられました よ 」「何の 広告 で ござんす 」「演説 の 広告 なんです 。 ――演説 の 広告 は いい が 道也 が 演説 を やる んです ぜ 」「へえ 、ちっとも 存じません でした 」「それで 題 が 大きい から 面白い 、現代 の 青年 に 告ぐ と 云う んです 。 まあ 何の 事 やら 、あんな もの の 云う 事 を 聞き に くる 青年 も なさそう じゃ ありません か 。 しかし 剣 呑 です よ 。 やけに なって 何 を 云う か 分らない から 。 わたし も 課長 から 忠告 さ れた 矢先 だ から 、すぐ 社 へ 電話 を かけて 置いた から 、まあ 好 い です が 、何なら 、やらせ たくない もの です ね 」「何の 演説 を やる つもり で ござんしょう 。 そんな 事 を やる と また 人様 に 御迷惑 が かかりましょう ね 」「どうせ また 過激な 事 でも 云う のです よ 。 無事に 済めば いい が 、つまらない 事 を 云おう もの なら 取って返し が つかない から ね 。 ――どうしても やめ させ なくっちゃ 、いけない ね 」「どう したら やめる で ござんしょう 」「これ も よせったって 、頑固だ から 、よす 気遣 は ない 。 やっぱり 欺す より 仕方がない でしょう 」「どうして 欺したら いい でしょう 」「そう さ 。 あした 時刻 に わたし が 急用 で 逢いたい からって 使 を よこして 見ましょうか 」「そうで ござんす ね 。 それ で 、あなた の 方 へ 参る ようだ と 宜しゅう ございます が ……」「聞か ない かも 知れません ね 。 聞か なければ それ まで さ 」初冬 の 日 は もう 暗く なり かけた 。 道也 先生 は 風 の なか を 帰って くる 。

Learn languages from TV shows, movies, news, articles and more! Try LingQ for FREE