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或る女 - 有島武郎(アクセス), 9.1 或る女

9.1 或る 女

底光り の する 雲母 色 の 雨雲 が 縫い目 なし に どんより と 重く 空 いっぱい に はだかって 、 本牧 の 沖合 いま で 東京 湾 の 海 は 物 すごい ような 草 色 に 、 小さく 波 の 立ち 騒ぐ 九 月 二十五 日 の 午後 であった 。 きのう の 風 が 凪いで から 、 気温 は 急に 夏 らしい 蒸し暑 さ に 返って 、 横浜 の 市街 は 、 疫病 に かかって 弱りきった 労働 者 が 、 そぼ ふる 雨 の 中 に ぐったり と あえいで いる ように 見えた 。 ・・

靴 の 先 で 甲板 を こつこつと たたいて 、 うつむいて それ を ながめ ながら 、 帯 の 間 に 手 を さし込んで 、 木村 へ の 伝言 を 古藤 は ひとり言 の ように 葉子 に いった 。 葉子 は それ に 耳 を 傾ける ような 様子 は して いた けれども 、 ほんとう は さして 注意 も せ ず に 、 ちょうど 自分 の 目の前 に 、 たくさんの 見送り 人 に 囲まれて 、 応接 に 暇 も なげ な 田川 法学 博士 の 目じり の 下がった 顔 と 、 その 夫人 の やせぎす な 肩 と の 描く 微細な 感情 の 表現 を 、 批評 家 の ような 心 で 鋭く ながめ やって いた 。 かなり 広い プロメネード ・ デッキ は 田川 家 の 家族 と 見送り 人 と で 縁日 の ように にぎわって いた 。 葉子 の 見送り に 来た はずの 五十川 女史 は 先刻 から 田川 夫人 の そば に 付き きって 、 世話好きな 、 人 の よい 叔母さん と いう ような 態度 で 、 見送り 人 の 半分 が た を 自身 で 引き受けて 挨拶 して いた 。 葉子 の ほう へ は 見向こう と する 模様 も なかった 。 葉子 の 叔母 は 葉子 から 二三 間 離れた 所 に 、 蜘蛛 の ような 白 痴 の 子 を 小 婢 に 背負わ して 、 自分 は 葉子 から 預かった 手 鞄 と 袱紗 包み と を 取り 落とさ ん ばかりに ぶら下げた まま 、 花々しい 田川 家 の 家族 や 見送り 人 の 群れ を 見て あっけ に 取られて いた 。 葉子 の 乳母 は 、 どんな 大きな 船 でも 船 は 船 だ と いう ように ひどく 臆病 そうな 青い 顔つき を して 、 サルン の 入り口 の 戸 の 陰 に たたずみ ながら 、 四角に たたんだ 手ぬぐい を まっ赤 に なった 目 の 所 に 絶えず 押しあてて は 、 ぬすみ 見る ように 葉子 を 見 やって いた 。 その他 の 人々 は じみな 一団 に なって 、 田川 家 の 威光 に 圧せられた ように すみ の ほう に かたまって いた 。 ・・

葉子 は かねて 五十川 女史 から 、 田川 夫婦 が 同船 する から 船 の 中 で 紹介 して やる と いい聞かせられて いた 。 田川 と いえば 、 法曹 界 で は かなり 名 の 聞こえた 割合 に 、 どこ と いって 取りとめた 特色 も ない 政 客 で は ある が 、 その 人 の 名 は むしろ 夫人 の うわさ の ため に 世 人 の 記憶 に あざやかであった 。 感 受 力 の 鋭敏な そして なんらか の 意味 で 自分 の 敵 に 回さ なければ なら ない 人 に 対して こと に 注意深い 葉子 の 頭 に は 、 その 夫人 の 面影 は 長い 事 宿題 と して 考えられて いた 。 葉子 の 頭 に 描か れた 夫人 は 我 の 強い 、 情 の 恣 まま な 、 野心 の 深い 割合 に 手練 の 露骨な 、 良 人 を 軽く 見て やや ともすると 笠 に かかり ながら 、 それでいて 良 人 から 独立 する 事 の 到底 でき ない 、 いわば 心 の 弱い 強 がり 家 で は ない か しら ん と いう のだった 。 葉子 は 今 後ろ向き に なった 田川 夫人 の 肩 の 様子 を 一目 見た ばかりで 、 辞書 で も 繰り 当てた ように 、 自分 の 想像 の 裏書き を さ れた の を 胸 の 中 で ほほえま ず に は いられ なかった 。 ・・

「 なんだか 話 が 混雑 した ようだ けれども 、 それ だけ いって 置いて ください 」・・

ふと 葉子 は 幻想 から 破れて 、 古藤 の いう これ だけ の 言葉 を 捕えた 。 そして 今 まで 古藤 の 口 から 出た 伝言 の 文句 はたいてい 聞きもらして いた くせ に 、 空々し げ に も なく しんみり と した 様子 で 、・・

「 確かに …… けれども あなた あと から 手紙 で でも 詳しく 書いて やって ください まし ね 。 間違い でも して いる とたいへんです から 」・・

と 古藤 を のぞき込む ように して いった 。 古藤 は 思わず 笑い を もらし ながら 、「 間違う とたいへんです から 」 と いう 言葉 を 、 時おり 葉子 の 口 から 聞く チャーム に 満ちた 子供 らしい 言葉 の 一 つ と でも 思って いる らしかった 。 そして 、・・

「 何 、 間違ったって 大事 は ない けれども …… だが 手紙 は 書いて 、 あなた の 寝床 の 枕 の 下 に 置 い と きました から 、 部屋 に 行ったら どこ に でも しまって おいて ください 。 それ から 、 それ と 一緒に もう 一 つ ……」・・

と いい かけた が 、・・

「 何しろ 忘れ ず に 枕 の 下 を 見て ください 」・・

この 時 突然 「 田川 法学 博士 万 歳 」 と いう 大きな 声 が 、 桟橋 から デッキ まで ど よみ 渡って 聞こえて 来た 。 葉子 と 古藤 と は 話 の 腰 を 折られて 互いに 不快な 顔 を し ながら 、 手 欄 から 下 の ほう を のぞいて 見る と 、 すぐ 目 の 下 に 、 その ころ 人 の 少し 集まる 所 に は どこ に でも 顔 を 出す 轟 と いう 剣 舞 の 師匠 だ か 撃 剣 の 師匠 だ か する 頑丈な 男 が 、 大きな 五 つ 紋 の 黒 羽織 に 白っぽい 鰹 魚 縞 の 袴 を はいて 、 桟橋 の 板 を 朴 の 木 下駄 で 踏み鳴らし ながら 、 ここ を 先 途 と わめいて いた 。 その 声 に 応じて 、 デッキ まで は のぼって 来 ない 壮 士 体 の 政 客 や 某 私立 政治 学校 の 生徒 が 一斉に 万 歳 を 繰り返した 。 デッキ の 上 の 外国 船客 は 物珍し さ に いち早く 、 葉子 が よりかかって いる 手 欄 の ほう に 押し寄せて 来た ので 、 葉子 は 古藤 を 促して 、 急いで 手 欄 の 折れ曲がった かどに 身 を 引いた 。 田川 夫婦 も ほほえみ ながら 、 サルン から 挨拶 の ため に 近づいて 来た 。 葉子 は それ を 見る と 、 古藤 の そば に 寄り添った まま 、 左手 を やさしく 上げて 、 鬢 の ほつれ を かき上げ ながら 、 頭 を 心持ち 左 に かしげて じっと 田川 の 目 を 見 やった 。 田川 は 桟橋 の ほう に 気 を 取られて 急ぎ足 で 手 欄 の ほう に 歩いて いた が 、 突然 見え ぬ 力 に ぐっと 引きつけられた ように 、 葉子 の ほう に 振り向いた 。 ・・

田川 夫人 も 思わず 良 人 の 向く ほう に 頭 を 向けた 。 田川 の 威厳 に 乏しい 目 に も 鋭い 光 が きらめいて は 消え 、 さらに きらめいて 消えた の を 見 すまして 、 葉子 は 始めて 田川 夫人 の 目 を 迎えた 。 額 の 狭い 、 顎 の 固い 夫人 の 顔 は 、 軽蔑 と 猜疑 の 色 を みなぎら して 葉子 に 向かった 。 葉子 は 、 名前 だけ を かねて から 聞き 知って 慕って いた 人 を 、 今 目の前 に 見た ように 、 うやうやし さ と 親しみ と の 交じり 合った 表情 で これ に 応じた 。 そして すぐ その ば から 、 夫人 の 前 に も 頓着 なく 、 誘惑 の ひとみ を 凝らして その 良 人 の 横顔 を じっと 見 やる のだった 。 ・・

「 田川 法学 博士 夫人 万 歳 」「 万歳 」「 万歳 」・・

田川 その 人 に 対して より も さらに 声高な 大 歓呼 が 、 桟橋 に いて 傘 を 振り 帽子 を 動かす 人々 の 群れ から 起こった 。 田川 夫人 は 忙しく 葉子 から 目 を 移して 、 群 集 に 取っと き の 笑顔 を 見せ ながら 、 レース で 笹 縁 を 取った ハンケチ を 振ら ねば なら なかった 。 田川 の すぐ そば に 立って 、 胸 に 何 か 赤い 花 を さして 型 の いい フロック ・ コート を 着て 、 ほほえんで いた 風流な 若 紳士 は 、 桟橋 の 歓呼 を 引き取って 、 田川 夫人 の 面前 で 帽子 を 高く あげて 万 歳 を 叫んだ 。 デッキ の 上 は また 一 しきり どよめき 渡った 。 ・・

やがて 甲板 の 上 は 、 こんな 騒ぎ の ほか に なんとなく 忙しく なって 来た 。 事務 員 や 水夫 たち が 、 物 せわし そうに 人中 を 縫う て あちこち する 間 に 、 手 を 取り合わ ん ばかりに 近よって 別れ を 惜しむ 人々 の 群れ が ここ に も かしこ に も 見え 始めた 。 サルン ・ デッキ から 見る と 、 三 等 客 の 見送り 人 が ボーイ 長 に せき立てられて 、 続々 舷門 から 降り 始めた 。 それ と 入れ 代わり に 、 帽子 、 上着 、 ズボン 、 ネクタイ 、 靴 など の 調和 の 少しも 取れて いない くせ に 、 むやみに 気取った 洋装 を した 非番 の 下級 船員 たち が 、 ぬれた 傘 を 光らし ながら 駆けこんで 来た 。 その 騒ぎ の 間 に 、 一種 生臭い ような 暖かい 蒸気 が 甲板 の 人 を 取り巻いて 、 フォクスル の ほう で 、 今 まで やかましく 荷物 を まき上げて いた 扛重 機 の 音 が 突然 やむ と 、 か ー ん と する ほど 人々 の 耳 は かえって 遠く なった 。 隔たった 所 から 互いに 呼びかわす 水夫 ら の 高い 声 は 、 この 船 に どんな 大 危険で も 起こった か と 思わ せる ような 不安 を まき散らした 。 親しい 間 の 人 たち は 別れ の 切な さ に 心 が わくわく して ろくに 口 も きか ず 、 義理 一ぺん の 見送り 人 は 、 やや ともすると まわり に 気 が 取られて 見送る べき 人 を 見失う 。 そんな あわただしい 抜 錨 の 間ぎわ に なった 。 葉子 の 前 に も 、 急に いろいろな 人 が 寄り集まって 来て 、 思い思い に 別れ の 言葉 を 残して 船 を 降り 始めた 。 葉子 は こんな 混雑 な 間 に も 田川 の ひとみ が 時々 自分 に 向けられる の を 意識 して 、 その ひとみ を 驚か す ような なま めいた ポーズ や 、 たよりな げ な 表情 を 見せる の を 忘れ ないで 、 言葉少なに それ ら の 人 に 挨拶 した 。 叔父 と 叔母 と は 墓 の 穴 まで 無事に 棺 を 運んだ 人 夫 の ように 、 通り一ぺんの 事 を いう と 、 預かり 物 を 葉子 に 渡して 、 手 の 塵 を はたか ん ばかりに すげなく 、 まっ先 に 舷梯 を 降りて 行った 。 葉子 は ちらっと 叔母 の 後ろ姿 を 見送って 驚いた 。 今 の 今 まで どこ とて 似通う 所 の 見え なかった 叔母 も 、 その 姉 なる 葉子 の 母 の 着物 を 帯 まで 借りて 着込んで いる の を 見る と 、 はっと 思う ほど その 姉 に そっくりだった 。 葉子 は なんという 事 なし に いやな 心持ち が した 。 そして こんな 緊張 した 場合 に こんな ちょっと した 事 に まで こだわる 自分 を 妙に 思った 。 そう 思う 間 も あら せ ず 、 今度 は 親類 の 人 たち が 五六 人 ずつ 、 口々に 小 やかましく 何 か いって 、 あわれむ ような 妬む ような 目つき を 投げ 与え ながら 、 幻影 の ように 葉子 の 目 と 記憶 と から 消えて 行った 。 丸 髷 に 結ったり 教師 らしい 地味な 束 髪 に 上げたり して いる 四 人 の 学校 友だち も 、 今 は 葉子 と は かけ 隔たった 境界 の 言葉づかい を して 、 昔 葉子 に 誓った 言葉 など は 忘れて しまった 裏切り者 の 空々しい 涙 を 見せたり して 、 雨 に ぬらす まい と 袂 を 大事に かばい ながら 、 傘 に かくれて これ も 舷梯 を 消えて 行って しまった 。 最後に 物おじ する 様子 の 乳母 が 葉子 の 前 に 来て 腰 を かがめた 。 葉子 は とうとう 行き詰まる 所 まで 来た ような 思い を し ながら 、 振り返って 古藤 を 見る と 、 古藤 は 依然と して 手 欄 に 身 を 寄せた まま 、 気抜け でも した ように 、 目 を 据えて 自分 の 二三 間 先 を ぼんやり ながめて いた 。 ・・

「 義一 さん 、 船 の 出る の も 間 が 無 さ そう です から どう か 此女 …… わたし の 乳母 です の …… の 手 を 引いて おろして やって ください ましな 。 すべり でも する と 怖う ご ざん す から 」・・

と 葉子 に いわれて 古藤 は 始めて われ に 返った 。 そして ひとり言 の ように 、・・

「 この 船 で 僕 も アメリカ に 行って 見たい なあ 」・・

と のんきな 事 を いった 。 ・・

「 どうか 桟橋 まで 見て やって ください まし ね 。 あなた も その うち ぜひ いらっしゃい ましな …… 義一 さん それ で は これ で お 別れ 。 ほんとうに 、 ほんとうに 」・・

と いい ながら 葉子 は なんとなく 親しみ を いちばん 深く この 青年 に 感じて 、 大きな 目 で 古藤 を じっと 見た 。 古藤 も 今さら の ように 葉子 を じっと 見た 。 ・・

「 お 礼 の 申し よう も ありません 。 この上 の お 願い です 。 どうぞ 妹 たち を 見て やって ください まし 。 あんな 人 たち に は どうしたって 頼んで は おけません から 。 …… さようなら 」・・

「 さようなら 」・・

古藤 は 鸚鵡 返し に 没 義道 に これ だけ いって 、 ふい と 手 欄 を 離れて 、 麦 稈帽 子 を 目深に かぶり ながら 、 乳母 に 付き添った 。


9.1 或る 女 ある|おんな 9.1 Una mujer

底光り の する 雲母 色 の 雨雲 が 縫い目 なし に どんより と 重く 空 いっぱい に はだかって 、 本牧 の 沖合 いま で 東京 湾 の 海 は 物 すごい ような 草 色 に 、 小さく 波 の 立ち 騒ぐ 九 月 二十五 日 の 午後 であった 。 そこびかり|||うんも|いろ||あまぐも||ぬいめ|||||おもく|から|||はだか って|ほんもく||おきあい|||とうきょう|わん||うみ||ぶつ|||くさ|いろ||ちいさく|なみ||たち|さわぐ|ここの|つき|にじゅうご|ひ||ごご| きのう の 風 が 凪いで から 、 気温 は 急に 夏 らしい 蒸し暑 さ に 返って 、 横浜 の 市街 は 、 疫病 に かかって 弱りきった 労働 者 が 、 そぼ ふる 雨 の 中 に ぐったり と あえいで いる ように 見えた 。 ||かぜ||ないで||きおん||きゅうに|なつ||むしあつ|||かえって|よこはま||しがい||えきびょう|||よわりきった|ろうどう|もの||||あめ||なか|||||||みえた ・・

靴 の 先 で 甲板 を こつこつと たたいて 、 うつむいて それ を ながめ ながら 、 帯 の 間 に 手 を さし込んで 、 木村 へ の 伝言 を 古藤 は ひとり言 の ように 葉子 に いった 。 くつ||さき||かんぱん|||||||||おび||あいだ||て||さしこんで|きむら|||でんごん||ことう||ひとりごと|||ようこ|| 葉子 は それ に 耳 を 傾ける ような 様子 は して いた けれども 、 ほんとう は さして 注意 も せ ず に 、 ちょうど 自分 の 目の前 に 、 たくさんの 見送り 人 に 囲まれて 、 応接 に 暇 も なげ な 田川 法学 博士 の 目じり の 下がった 顔 と 、 その 夫人 の やせぎす な 肩 と の 描く 微細な 感情 の 表現 を 、 批評 家 の ような 心 で 鋭く ながめ やって いた 。 ようこ||||みみ||かたむける||ようす||||||||ちゅうい||||||じぶん||めのまえ|||みおくり|じん||かこま れて|おうせつ||いとま||||たがわ|ほうがく|はかせ||めじり||さがった|かお|||ふじん||||かた|||えがく|びさいな|かんじょう||ひょうげん||ひひょう|いえ|||こころ||するどく||| かなり 広い プロメネード ・ デッキ は 田川 家 の 家族 と 見送り 人 と で 縁日 の ように にぎわって いた 。 |ひろい||でっき||たがわ|いえ||かぞく||みおくり|じん|||えんにち|||| 葉子 の 見送り に 来た はずの 五十川 女史 は 先刻 から 田川 夫人 の そば に 付き きって 、 世話好きな 、 人 の よい 叔母さん と いう ような 態度 で 、 見送り 人 の 半分 が た を 自身 で 引き受けて 挨拶 して いた 。 ようこ||みおくり||きた||いそがわ|じょし||せんこく||たがわ|ふじん||||つき||せわずきな|じん|||おばさん||||たいど||みおくり|じん||はんぶん||||じしん||ひきうけて|あいさつ|| 葉子 の ほう へ は 見向こう と する 模様 も なかった 。 ようこ|||||みむこう|||もよう|| 葉子 の 叔母 は 葉子 から 二三 間 離れた 所 に 、 蜘蛛 の ような 白 痴 の 子 を 小 婢 に 背負わ して 、 自分 は 葉子 から 預かった 手 鞄 と 袱紗 包み と を 取り 落とさ ん ばかりに ぶら下げた まま 、 花々しい 田川 家 の 家族 や 見送り 人 の 群れ を 見て あっけ に 取られて いた 。 ようこ||おば||ようこ||ふみ|あいだ|はなれた|しょ||くも|||しろ|ち||こ||しょう|はしため||せおわ||じぶん||ようこ||あずかった|て|かばん||ふくさ|つつみ|||とり|おとさ|||ぶらさげた||はなばなしい|たがわ|いえ||かぞく||みおくり|じん||むれ||みて|あっ け||とら れて| 葉子 の 乳母 は 、 どんな 大きな 船 でも 船 は 船 だ と いう ように ひどく 臆病 そうな 青い 顔つき を して 、 サルン の 入り口 の 戸 の 陰 に たたずみ ながら 、 四角に たたんだ 手ぬぐい を まっ赤 に なった 目 の 所 に 絶えず 押しあてて は 、 ぬすみ 見る ように 葉子 を 見 やって いた 。 ようこ||うば|||おおきな|せん||せん||せん||||||おくびょう|そう な|あおい|かおつき|||||いりぐち||と||かげ||||しかくに||てぬぐい||まっ あか|||め||しょ||たえず|おしあてて|||みる||ようこ||み|| その他 の 人々 は じみな 一団 に なって 、 田川 家 の 威光 に 圧せられた ように すみ の ほう に かたまって いた 。 そのほか||ひとびと|||いちだん|||たがわ|いえ||いこう||あっせ られた||||||| ・・

葉子 は かねて 五十川 女史 から 、 田川 夫婦 が 同船 する から 船 の 中 で 紹介 して やる と いい聞かせられて いた 。 ようこ|||いそがわ|じょし||たがわ|ふうふ||どうせん|||せん||なか||しょうかい||||いいきかせ られて| 田川 と いえば 、 法曹 界 で は かなり 名 の 聞こえた 割合 に 、 どこ と いって 取りとめた 特色 も ない 政 客 で は ある が 、 その 人 の 名 は むしろ 夫人 の うわさ の ため に 世 人 の 記憶 に あざやかであった 。 たがわ|||ほうそう|かい||||な||きこえた|わりあい|||||とりとめた|とくしょく|||まつりごと|きゃく||||||じん||な|||ふじん||||||よ|じん||きおく|| Speaking of Tagawa, it is quite common to hear his name in the legal world, and although he is an unremarkable politician, his name is rather remembered by the public because of rumors about his wife. It was brilliant. 感 受 力 の 鋭敏な そして なんらか の 意味 で 自分 の 敵 に 回さ なければ なら ない 人 に 対して こと に 注意深い 葉子 の 頭 に は 、 その 夫人 の 面影 は 長い 事 宿題 と して 考えられて いた 。 かん|じゅ|ちから||えいびんな||||いみ||じぶん||てき||まわさ||||じん||たいして|||ちゅういぶかい|ようこ||あたま||||ふじん||おもかげ||ながい|こと|しゅくだい|||かんがえ られて| 葉子 の 頭 に 描か れた 夫人 は 我 の 強い 、 情 の 恣 まま な 、 野心 の 深い 割合 に 手練 の 露骨な 、 良 人 を 軽く 見て やや ともすると 笠 に かかり ながら 、 それでいて 良 人 から 独立 する 事 の 到底 でき ない 、 いわば 心 の 弱い 強 がり 家 で は ない か しら ん と いう のだった 。 ようこ||あたま||えがか||ふじん||われ||つよい|じょう||し|||やしん||ふかい|わりあい||てだれ||ろこつな|よ|じん||かるく|みて|||かさ|||||よ|じん||どくりつ||こと||とうてい||||こころ||よわい|つよ||いえ||||||||| 葉子 は 今 後ろ向き に なった 田川 夫人 の 肩 の 様子 を 一目 見た ばかりで 、 辞書 で も 繰り 当てた ように 、 自分 の 想像 の 裏書き を さ れた の を 胸 の 中 で ほほえま ず に は いられ なかった 。 ようこ||いま|うしろむき|||たがわ|ふじん||かた||ようす||いちもく|みた||じしょ|||くり|あてた||じぶん||そうぞう||うらがき||||||むね||なか||||||いら れ| ・・

「 なんだか 話 が 混雑 した ようだ けれども 、 それ だけ いって 置いて ください 」・・ |はなし||こんざつ|||||||おいて|

ふと 葉子 は 幻想 から 破れて 、 古藤 の いう これ だけ の 言葉 を 捕えた 。 |ようこ||げんそう||やぶれて|ことう||||||ことば||とらえた そして 今 まで 古藤 の 口 から 出た 伝言 の 文句 はたいてい 聞きもらして いた くせ に 、 空々し げ に も なく しんみり と した 様子 で 、・・ |いま||ことう||くち||でた|でんごん||もんく|はたいて い|ききもらして||||そらぞらし||||||||ようす|

「 確かに …… けれども あなた あと から 手紙 で でも 詳しく 書いて やって ください まし ね 。 たしかに|||||てがみ|||くわしく|かいて|||| 間違い でも して いる とたいへんです から 」・・ まちがい||||と たいへんです|

と 古藤 を のぞき込む ように して いった 。 |ことう||のぞきこむ||| 古藤 は 思わず 笑い を もらし ながら 、「 間違う とたいへんです から 」 と いう 言葉 を 、 時おり 葉子 の 口 から 聞く チャーム に 満ちた 子供 らしい 言葉 の 一 つ と でも 思って いる らしかった 。 ことう||おもわず|わらい||||まちがう|と たいへんです||||ことば||ときおり|ようこ||くち||きく|||みちた|こども||ことば||ひと||||おもって|| そして 、・・

「 何 、 間違ったって 大事 は ない けれども …… だが 手紙 は 書いて 、 あなた の 寝床 の 枕 の 下 に 置 い と きました から 、 部屋 に 行ったら どこ に でも しまって おいて ください 。 なん|まちがった って|だいじ|||||てがみ||かいて|||ねどこ||まくら||した||お|||き ました||へや||おこなったら|||||| それ から 、 それ と 一緒に もう 一 つ ……」・・ ||||いっしょに||ひと|

と いい かけた が 、・・

「 何しろ 忘れ ず に 枕 の 下 を 見て ください 」・・ なにしろ|わすれ|||まくら||した||みて|

この 時 突然 「 田川 法学 博士 万 歳 」 と いう 大きな 声 が 、 桟橋 から デッキ まで ど よみ 渡って 聞こえて 来た 。 |じ|とつぜん|たがわ|ほうがく|はかせ|よろず|さい|||おおきな|こえ||さんばし||でっき||||わたって|きこえて|きた 葉子 と 古藤 と は 話 の 腰 を 折られて 互いに 不快な 顔 を し ながら 、 手 欄 から 下 の ほう を のぞいて 見る と 、 すぐ 目 の 下 に 、 その ころ 人 の 少し 集まる 所 に は どこ に でも 顔 を 出す 轟 と いう 剣 舞 の 師匠 だ か 撃 剣 の 師匠 だ か する 頑丈な 男 が 、 大きな 五 つ 紋 の 黒 羽織 に 白っぽい 鰹 魚 縞 の 袴 を はいて 、 桟橋 の 板 を 朴 の 木 下駄 で 踏み鳴らし ながら 、 ここ を 先 途 と わめいて いた 。 ようこ||ことう|||はなし||こし||おら れて|たがいに|ふかいな|かお||||て|らん||した|||||みる|||め||した||||じん||すこし|あつまる|しょ||||||かお||だす|とどろき|||けん|まい||ししょう|||う|けん||ししょう||||がんじょうな|おとこ||おおきな|いつ||もん||くろ|はおり||しろ っぽい|かつお|ぎょ|しま||はかま|||さんばし||いた||ぼく||き|げた||ふみならし||||さき|と||| その 声 に 応じて 、 デッキ まで は のぼって 来 ない 壮 士 体 の 政 客 や 某 私立 政治 学校 の 生徒 が 一斉に 万 歳 を 繰り返した 。 |こえ||おうじて|でっき||||らい||そう|し|からだ||まつりごと|きゃく||ぼう|しりつ|せいじ|がっこう||せいと||いっせいに|よろず|さい||くりかえした デッキ の 上 の 外国 船客 は 物珍し さ に いち早く 、 葉子 が よりかかって いる 手 欄 の ほう に 押し寄せて 来た ので 、 葉子 は 古藤 を 促して 、 急いで 手 欄 の 折れ曲がった かどに 身 を 引いた 。 でっき||うえ||がいこく|せんきゃく||ものめずらし|||いちはやく|ようこ||||て|らん||||おしよせて|きた||ようこ||ことう||うながして|いそいで|て|らん||おれまがった||み||ひいた 田川 夫婦 も ほほえみ ながら 、 サルン から 挨拶 の ため に 近づいて 来た 。 たがわ|ふうふ||||||あいさつ||||ちかづいて|きた 葉子 は それ を 見る と 、 古藤 の そば に 寄り添った まま 、 左手 を やさしく 上げて 、 鬢 の ほつれ を かき上げ ながら 、 頭 を 心持ち 左 に かしげて じっと 田川 の 目 を 見 やった 。 ようこ||||みる||ことう||||よりそった||ひだりて|||あげて|びん||||かきあげ||あたま||こころもち|ひだり||||たがわ||め||み| 田川 は 桟橋 の ほう に 気 を 取られて 急ぎ足 で 手 欄 の ほう に 歩いて いた が 、 突然 見え ぬ 力 に ぐっと 引きつけられた ように 、 葉子 の ほう に 振り向いた 。 たがわ||さんばし||||き||とら れて|いそぎあし||て|らん||||あるいて|||とつぜん|みえ||ちから|||ひきつけ られた||ようこ||||ふりむいた ・・

田川 夫人 も 思わず 良 人 の 向く ほう に 頭 を 向けた 。 たがわ|ふじん||おもわず|よ|じん||むく|||あたま||むけた 田川 の 威厳 に 乏しい 目 に も 鋭い 光 が きらめいて は 消え 、 さらに きらめいて 消えた の を 見 すまして 、 葉子 は 始めて 田川 夫人 の 目 を 迎えた 。 たがわ||いげん||とぼしい|め|||するどい|ひかり||||きえ|||きえた|||み||ようこ||はじめて|たがわ|ふじん||め||むかえた 額 の 狭い 、 顎 の 固い 夫人 の 顔 は 、 軽蔑 と 猜疑 の 色 を みなぎら して 葉子 に 向かった 。 がく||せまい|あご||かたい|ふじん||かお||けいべつ||さいぎ||いろ||||ようこ||むかった 葉子 は 、 名前 だけ を かねて から 聞き 知って 慕って いた 人 を 、 今 目の前 に 見た ように 、 うやうやし さ と 親しみ と の 交じり 合った 表情 で これ に 応じた 。 ようこ||なまえ|||||きき|しって|したって||じん||いま|めのまえ||みた|||||したしみ|||まじり|あった|ひょうじょう||||おうじた そして すぐ その ば から 、 夫人 の 前 に も 頓着 なく 、 誘惑 の ひとみ を 凝らして その 良 人 の 横顔 を じっと 見 やる のだった 。 |||||ふじん||ぜん|||とんちゃく||ゆうわく||||こらして||よ|じん||よこがお|||み|| ・・

「 田川 法学 博士 夫人 万 歳 」「 万歳 」「 万歳 」・・ たがわ|ほうがく|はかせ|ふじん|よろず|さい|ばんざい|ばんざい

田川 その 人 に 対して より も さらに 声高な 大 歓呼 が 、 桟橋 に いて 傘 を 振り 帽子 を 動かす 人々 の 群れ から 起こった 。 たがわ||じん||たいして||||こわだかな|だい|かんこ||さんばし|||かさ||ふり|ぼうし||うごかす|ひとびと||むれ||おこった 田川 夫人 は 忙しく 葉子 から 目 を 移して 、 群 集 に 取っと き の 笑顔 を 見せ ながら 、 レース で 笹 縁 を 取った ハンケチ を 振ら ねば なら なかった 。 たがわ|ふじん||いそがしく|ようこ||め||うつして|ぐん|しゅう||と っと|||えがお||みせ||れーす||ささ|えん||とった|||ふら||| 田川 の すぐ そば に 立って 、 胸 に 何 か 赤い 花 を さして 型 の いい フロック ・ コート を 着て 、 ほほえんで いた 風流な 若 紳士 は 、 桟橋 の 歓呼 を 引き取って 、 田川 夫人 の 面前 で 帽子 を 高く あげて 万 歳 を 叫んだ 。 たがわ|||||たって|むね||なん||あかい|か|||かた||||こーと||きて|||ふうりゅうな|わか|しんし||さんばし||かんこ||ひきとって|たがわ|ふじん||めんぜん||ぼうし||たかく||よろず|さい||さけんだ デッキ の 上 は また 一 しきり どよめき 渡った 。 でっき||うえ|||ひと|||わたった ・・

やがて 甲板 の 上 は 、 こんな 騒ぎ の ほか に なんとなく 忙しく なって 来た 。 |かんぱん||うえ|||さわぎ|||||いそがしく||きた 事務 員 や 水夫 たち が 、 物 せわし そうに 人中 を 縫う て あちこち する 間 に 、 手 を 取り合わ ん ばかりに 近よって 別れ を 惜しむ 人々 の 群れ が ここ に も かしこ に も 見え 始めた 。 じむ|いん||すいふ|||ぶつ||そう に|ひとなか||ぬう||||あいだ||て||とりあわ|||ちかよって|わかれ||おしむ|ひとびと||むれ||||||||みえ|はじめた サルン ・ デッキ から 見る と 、 三 等 客 の 見送り 人 が ボーイ 長 に せき立てられて 、 続々 舷門 から 降り 始めた 。 |でっき||みる||みっ|とう|きゃく||みおくり|じん||ぼーい|ちょう||せきたて られて|ぞくぞく|げんもん||ふり|はじめた それ と 入れ 代わり に 、 帽子 、 上着 、 ズボン 、 ネクタイ 、 靴 など の 調和 の 少しも 取れて いない くせ に 、 むやみに 気取った 洋装 を した 非番 の 下級 船員 たち が 、 ぬれた 傘 を 光らし ながら 駆けこんで 来た 。 ||いれ|かわり||ぼうし|うわぎ|ずぼん|ねくたい|くつ|||ちょうわ||すこしも|とれて|||||きどった|ようそう|||ひばん||かきゅう|せんいん||||かさ||ひからし||かけこんで|きた その 騒ぎ の 間 に 、 一種 生臭い ような 暖かい 蒸気 が 甲板 の 人 を 取り巻いて 、 フォクスル の ほう で 、 今 まで やかましく 荷物 を まき上げて いた 扛重 機 の 音 が 突然 やむ と 、 か ー ん と する ほど 人々 の 耳 は かえって 遠く なった 。 |さわぎ||あいだ||いっしゅ|なまぐさい||あたたかい|じょうき||かんぱん||じん||とりまいて|||||いま|||にもつ||まきあげて||こうじゅう|き||おと||とつぜん||||-|||||ひとびと||みみ|||とおく| 隔たった 所 から 互いに 呼びかわす 水夫 ら の 高い 声 は 、 この 船 に どんな 大 危険で も 起こった か と 思わ せる ような 不安 を まき散らした 。 へだたった|しょ||たがいに|よびかわす|すいふ|||たかい|こえ|||せん|||だい|きけんで||おこった|||おもわ|||ふあん||まきちらした 親しい 間 の 人 たち は 別れ の 切な さ に 心 が わくわく して ろくに 口 も きか ず 、 義理 一ぺん の 見送り 人 は 、 やや ともすると まわり に 気 が 取られて 見送る べき 人 を 見失う 。 したしい|あいだ||じん|||わかれ||せつな|||こころ|||||くち||||ぎり|いっぺん||みおくり|じん||||||き||とら れて|みおくる||じん||みうしなう そんな あわただしい 抜 錨 の 間ぎわ に なった 。 ||ぬき|いかり||まぎわ|| 葉子 の 前 に も 、 急に いろいろな 人 が 寄り集まって 来て 、 思い思い に 別れ の 言葉 を 残して 船 を 降り 始めた 。 ようこ||ぜん|||きゅうに||じん||よりあつまって|きて|おもいおもい||わかれ||ことば||のこして|せん||ふり|はじめた 葉子 は こんな 混雑 な 間 に も 田川 の ひとみ が 時々 自分 に 向けられる の を 意識 して 、 その ひとみ を 驚か す ような なま めいた ポーズ や 、 たよりな げ な 表情 を 見せる の を 忘れ ないで 、 言葉少なに それ ら の 人 に 挨拶 した 。 ようこ|||こんざつ||あいだ|||たがわ||||ときどき|じぶん||むけ られる|||いしき|||||おどろか|||||ぽーず|||||ひょうじょう||みせる|||わすれ||ことばずくなに||||じん||あいさつ| 叔父 と 叔母 と は 墓 の 穴 まで 無事に 棺 を 運んだ 人 夫 の ように 、 通り一ぺんの 事 を いう と 、 預かり 物 を 葉子 に 渡して 、 手 の 塵 を はたか ん ばかりに すげなく 、 まっ先 に 舷梯 を 降りて 行った 。 おじ||おば|||はか||あな||ぶじに|ひつぎ||はこんだ|じん|おっと|||とおりいっぺんの|こと||||あずかり|ぶつ||ようこ||わたして|て||ちり||||||まっ さき||げんてい||おりて|おこなった 葉子 は ちらっと 叔母 の 後ろ姿 を 見送って 驚いた 。 ようこ|||おば||うしろすがた||みおくって|おどろいた 今 の 今 まで どこ とて 似通う 所 の 見え なかった 叔母 も 、 その 姉 なる 葉子 の 母 の 着物 を 帯 まで 借りて 着込んで いる の を 見る と 、 はっと 思う ほど その 姉 に そっくりだった 。 いま||いま||||にかよう|しょ||みえ||おば|||あね||ようこ||はは||きもの||おび||かりて|きこんで||||みる|||おもう|||あね|| 葉子 は なんという 事 なし に いやな 心持ち が した 。 ようこ|||こと||||こころもち|| そして こんな 緊張 した 場合 に こんな ちょっと した 事 に まで こだわる 自分 を 妙に 思った 。 ||きんちょう||ばあい|||||こと||||じぶん||みょうに|おもった そう 思う 間 も あら せ ず 、 今度 は 親類 の 人 たち が 五六 人 ずつ 、 口々に 小 やかましく 何 か いって 、 あわれむ ような 妬む ような 目つき を 投げ 与え ながら 、 幻影 の ように 葉子 の 目 と 記憶 と から 消えて 行った 。 |おもう|あいだ|||||こんど||しんるい||じん|||ごろく|じん||くちぐちに|しょう||なん|||||ねたむ||めつき||なげ|あたえ||げんえい|||ようこ||め||きおく|||きえて|おこなった 丸 髷 に 結ったり 教師 らしい 地味な 束 髪 に 上げたり して いる 四 人 の 学校 友だち も 、 今 は 葉子 と は かけ 隔たった 境界 の 言葉づかい を して 、 昔 葉子 に 誓った 言葉 など は 忘れて しまった 裏切り者 の 空々しい 涙 を 見せたり して 、 雨 に ぬらす まい と 袂 を 大事に かばい ながら 、 傘 に かくれて これ も 舷梯 を 消えて 行って しまった 。 まる|まげ||ゆったり|きょうし||じみな|たば|かみ||あげたり|||よっ|じん||がっこう|ともだち||いま||ようこ||||へだたった|きょうかい||ことばづかい|||むかし|ようこ||ちかった|ことば|||わすれて||うらぎりもの||そらぞらしい|なみだ||みせたり||あめ|||||たもと||だいじに|||かさ|||||げんてい||きえて|おこなって| 最後に 物おじ する 様子 の 乳母 が 葉子 の 前 に 来て 腰 を かがめた 。 さいごに|ものおじ||ようす||うば||ようこ||ぜん||きて|こし|| 葉子 は とうとう 行き詰まる 所 まで 来た ような 思い を し ながら 、 振り返って 古藤 を 見る と 、 古藤 は 依然と して 手 欄 に 身 を 寄せた まま 、 気抜け でも した ように 、 目 を 据えて 自分 の 二三 間 先 を ぼんやり ながめて いた 。 ようこ|||ゆきづまる|しょ||きた||おもい||||ふりかえって|ことう||みる||ことう||いぜん と||て|らん||み||よせた||きぬけ||||め||すえて|じぶん||ふみ|あいだ|さき|||| ・・

「 義一 さん 、 船 の 出る の も 間 が 無 さ そう です から どう か 此女 …… わたし の 乳母 です の …… の 手 を 引いて おろして やって ください ましな 。 ぎいち||せん||でる|||あいだ||む|||||||これおんな|||うば||||て||ひいて|||| "Mr. Giichi, it looks like it won't be long before the boat leaves, so please take this woman... she's my wet nurse... by the hand and put her down. すべり でも する と 怖う ご ざん す から 」・・ ||||こわう||||

と 葉子 に いわれて 古藤 は 始めて われ に 返った 。 |ようこ||いわ れて|ことう||はじめて|||かえった そして ひとり言 の ように 、・・ |ひとりごと||

「 この 船 で 僕 も アメリカ に 行って 見たい なあ 」・・ |せん||ぼく||あめりか||おこなって|み たい|

と のんきな 事 を いった 。 ||こと|| ・・

「 どうか 桟橋 まで 見て やって ください まし ね 。 |さんばし||みて|||| あなた も その うち ぜひ いらっしゃい ましな …… 義一 さん それ で は これ で お 別れ 。 |||||||ぎいち||||||||わかれ ほんとうに 、 ほんとうに 」・・

と いい ながら 葉子 は なんとなく 親しみ を いちばん 深く この 青年 に 感じて 、 大きな 目 で 古藤 を じっと 見た 。 |||ようこ|||したしみ|||ふかく||せいねん||かんじて|おおきな|め||ことう|||みた 古藤 も 今さら の ように 葉子 を じっと 見た 。 ことう||いまさら|||ようこ|||みた ・・

「 お 礼 の 申し よう も ありません 。 |れい||もうし|||あり ませ ん "I can't thank you enough. この上 の お 願い です 。 このうえ|||ねがい| This is my request. どうぞ 妹 たち を 見て やって ください まし 。 |いもうと|||みて||| Please take a look at my sisters. あんな 人 たち に は どうしたって 頼んで は おけません から 。 |じん||||どうした って|たのんで||おけ ませ ん| I can't ask such people what to do. …… さようなら 」・・

「 さようなら 」・・

古藤 は 鸚鵡 返し に 没 義道 に これ だけ いって 、 ふい と 手 欄 を 離れて 、 麦 稈帽 子 を 目深に かぶり ながら 、 乳母 に 付き添った 。 ことう||おうむ|かえし||ぼつ|よしみち|||||||て|らん||はなれて|むぎ|かんぼう|こ||まぶかに|||うば||つきそった