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或る女 - 有島武郎(アクセス), 43.2 或る女

43.2 或る 女

今度 は 山内 の 家 の ありさま が さながら まざまざ と 目 に 見る ように 想像 さ れた 。 岡 が 夜ふけ に そこ を 訪れた 時 に は 倉地 が 確かに いた に 違いない 。 そして いつも の とおり 一種 の 粘り強 さ を もって 葉子 の 言伝 て を 取り次ぐ 岡 に 対して 、 激しい 言葉 で その 理不尽な 狂気 じみ た 葉子 の 出来心 を ののしった に 違いない 。 倉地 と 岡 と の 間 に は 暗 々 裡 に 愛子 に 対する 心 の 争 闘 が 行なわ れたろう 。 岡 の 差し出す 紙幣 の 束 を 怒り に 任せて 畳 の 上 に たたきつける 倉地 の 威 丈 高 な 様子 、 少女 に は あり 得 ない ほど の 冷静 さ で 他人事 の ように 二 人 の 間 の いきさつ を 伏し目 ながら に 見守る 愛子 の 一種 の 毒々しい 妖艶 さ 。 そういう 姿 が さながら 目の前 に 浮かんで 見えた 。 ふだん の 葉子 だったら その 想像 は 葉子 を その 場 に いる ように 興奮 さ せて いた であろう 。 けれども 死 の 恐怖 に 激しく 襲わ れた 葉子 は なんとも いえ ない 嫌悪 の 情 を もってのほかに は その 場面 を 想像 する 事 が でき なかった 。 なんという あさましい 人 の 心 だろう 。 結局 は 何もかも 滅びて 行く のに 、 永遠な 灰色 の 沈黙 の 中 に くずれ 込んで しまう のに 、 目前 の 貪 婪 に 心 火 の 限り を 燃やして 、 餓鬼 同様に 命 を かみ合う と は なんという あさましい 心 だろう 。 しかも その 醜い 争い の 種子 を まいた の は 葉子 自身 な のだ 。 そう 思う と 葉子 は 自分 の 心 と 肉体 と が さながら 蛆 虫 の ように きたなく 見えた 。 …… 何の ため に 今 まで あって ない ような 妄執 に 苦しみ 抜いて それ を 生命 そのもの の ように 大事に 考え抜いて いた 事 か 。 それ は まるで 貞 世 が 始終 見て いる らしい 悪夢 の 一 つ より も さらに はかない もの で は ない か 。 …… こう なる と 倉地 さえ が 縁 も ゆかり も ない もの の ように 遠く 考えられ 出した 。 葉子 は すべて の もの の むなし さ に あきれた ような 目 を あげて 今さら らしく 部屋 の 中 を ながめ 回した 。 なんの 飾り も ない 、 修道院 の 内部 の ような 裸 な 室 内 が かえって すがすがしく 見えた 。 岡 の 残した 貞 世 の 枕 もと の 花束 だけ が 、 そして おそらくは ( 自分 で は 見え ない けれども ) これほど の 忙し さ の 間 に も 自分 を 粉飾 する の を 忘れ ず に いる 葉子 自身 が いかにも 浮 薄 な たよりない もの だった 。 葉子 は こうした 心 に なる と 、 熱 に 浮かされ ながら 一歩一歩 なんの 心 の わだかまり も なく 死に 近づいて 行く 貞 世 の 顔 が 神々しい もの に さえ 見えた 。 葉子 は 祈る ような わびる ような 心 で しみじみ と 貞 世 を 見入った 。 ・・

やがて 看護 婦 が 貞 世 の 部屋 に は いって 来た 。 形式 一ぺん の お辞儀 を 睡 そうに して 、 寝 台 の そば に 近寄る と 、 無頓着な ふうに 葉子 が 入れて おいた 検温 器 を 出して 灯 に すかして 見て から 、 胸 の 氷嚢 を 取りかえ に かかった 。 葉子 は 自分 一 人 の 手 で そんな 事 を して やりたい ような 愛着 と 神聖 さ と を 貞 世に 感じ ながら 看護 婦 を 手伝った 。 ・・

「 貞 ちゃん …… さ 、 氷嚢 を 取りかえます から ね ……」・・

と やさしく いう と 、 囈言 を いい 続けて い ながら やはり 貞 世 は それ まで 眠って いた らしく 、 痛々しい まで 大きく なった 目 を 開いて 、 まじまじ と 意外な 人 でも 見る ように 葉子 を 見る のだった 。 ・・

「 おね え 様 な の …… いつ 帰って 来た の 。 おか あ 様 が さっき いら しって よ …… いや お ねえ 様 、 病院 いや 帰る 帰る …… おか あ 様 おか あ 様 ( そう いって きょろきょろ と あたり を 見回し ながら ) 帰ら して ちょうだい よう 。 お家 に 早く 、 おか あ 様 の いる お家 に 早く ……」・・

葉子 は 思わず 毛 孔 が 一 本 一 本 逆 立つ ほど の 寒気 を 感じた 。 かつて 母 と いう 言葉 も いわ なかった 貞 世 の 口 から 思い も かけ ず こんな 事 を 聞く と 、 その 部屋 の どこ か に ぼんやり 立って いる 母 が 感ぜられる ように 思えた 。 その 母 の 所 に 貞 世 は 行き た がって あせって いる 。 なんという 深い あさましい 骨 肉 の 執着 だろう 。 ・・

看護 婦 が 行って しまう と また 病室 の 中 は しんと なって しまった 。 なんとも いえ ず 可憐な 澄んだ 音 を 立てて 水たまり に 落ちる 雨だれ の 音 は なお 絶え間 なく 聞こえ 続けて いた 。 葉子 は 泣く に も 泣か れ ない ような 心 に なって 、 苦しい 呼吸 を し ながら も うつらうつら と 生死 の 間 を 知ら ぬ げ に 眠る 貞 世 の 顔 を のぞき込んで いた 。 ・・

と 、 雨だれ の 音 に まじって 遠く の ほう に 車 の 轍 の 音 を 聞いた ように 思った 。 もう 目 を さまして 用事 を する 人 も ある か と 、 なんだか 違った 世界 の 出来事 の ように それ を 聞いて いる と 、 その 音 は だんだん 病室 の ほう に 近寄って 来た 。 …… 愛子 で は ない か …… 葉子 は 愕然と して 夢 から さめた 人 の ように きっと なって さらに 耳 を そばだてた 。 ・・

もう そこ に は 死 生 を 瞑想 して 自分 の 妄執 の はかな さ を しみじみ と 思いやった 葉子 は い なかった 。 我 執 の ため に 緊張 しきった その 目 は 怪しく 輝いた 。 そして 大急ぎで 髪 の ほつれ を かき上げて 、 鏡 に 顔 を 映し ながら 、 あちこち と 指先 で 容子 を 整えた 。 衣 紋 も なおした 。 そして また じっと 玄関 の ほう に 聞き 耳 を 立てた 。 ・・

はたして 玄関 の 戸 の あく 音 が 聞こえた 。 しばらく 廊下 が ごたごた する 様子 だった が 、 やがて 二三 人 の 足音 が 聞こえて 、 貞 世 の 病室 の 戸 が しめやかに 開か れた 。 葉子 は その しめやか さ で それ は 岡 が 開いた に 違いない 事 を 知った 。 やがて 開か れた 戸口 から 岡 に ちょっと 挨拶 し ながら 愛子 の 顔 が 静かに 現われた 。 葉子 の 目 は 知らず知らず その どこまでも 従順 らしく 伏し目 に なった 愛子 の 面 に 激しく 注がれて 、 そこ に 書か れた すべて を 一 時 に 読み取ろう と した 。 小 羊 の ように まつ毛 の 長い やさしい 愛子 の 目 は しかし 不思議に も 葉子 の 鋭い 眼光 に さえ 何物 を も 見せよう と は し なかった 。 葉子 は すぐ いらいら して 、 何事 も あばか ないで は おく もの か と 心 の 中 で 自分 自身 に 誓 言 を 立て ながら 、・・

「 倉地 さん は 」・・

と 突然 真 正面 から 愛子 に こう 尋ねた 。 愛子 は 多 恨 な 目 を はじめて まともに 葉子 の ほう に 向けて 、 貞 世 の ほう に それ を そらし ながら 、 また 葉子 を ぬすみ 見る ように した 。 そして 倉地 さん が どうした と いう の か 意味 が 読み取れ ない と いう ふう を 見せ ながら 返事 を し なかった 。 生意気 を して みる が いい …… 葉子 は いらだって いた 。 ・・

「 おじさん も 一緒に いら しった かい と いう んだ よ 」・・

「 い ゝ え 」・・

愛子 は 無愛想な ほど 無表情に 一言 そう 答えた 。 二 人 の 間 に は むずかしい 沈黙 が 続いた 。 葉子 は すわれ と さえ いって やら なかった 。 一 日一日 と 美しく なって 行く ような 愛子 は 小 肥 り な から だ を つつましく 整えて 静かに 立って いた 。 ・・

そこ に 岡 が 小道具 を 両手 に 下げて 玄関 の ほう から 帰って 来た 。 外套 を びっしょり 雨 に ぬらして いる の から 見て も 、 この 真 夜中 に 岡 が どれほど 働いて くれた か が わかって いた 。 葉子 は しかし それ に は 一言 の 挨拶 も せ ず に 、 岡 が 道具 を 部屋 の すみ に おく や 否 や 、・・

「 倉地 さん は 何 か いって い まして ? 」・・

と 剣 を 言葉 に 持た せ ながら 尋ねた 。 ・・

「 倉地 さん は おいで が ありません でした 。 で 婆 やに 言伝 て を して おいて 、 お 入り用の 荷物 だけ 造って 持って 来ました 。 これ は お返し して おきます 」・・

そう いって 衣 嚢 の 中 から 例の 紙幣 の 束 を 取り出して 葉子 に 渡そう と した 。 ・・

愛子 だけ なら まだしも 、 岡 まで が とうとう 自分 を 裏切って しまった 。 二 人 が 二 人 ながら 見えすいた 虚 言 を よくも ああ しらじらしく いえた もの だ 。 お おそれた 弱虫 ども め 。 葉子 は 世の中 が 手ぐすね引いて 自分 一 人 を 敵 に 回して いる ように 思った 。 ・・

「 へえ 、 そう です か 。 どうも 御苦労さま 。 …… 愛さ ん お前 は そこ に そう ぼんやり 立って る ため に ここ に 呼ば れた と 思って いる の ? 岡 さん の その ぬれた 外套 でも 取って お 上げ なさい な 。 そして 宿直 室 に 行って 看護 婦 に そう いって お茶 でも 持って おい で 。 あなた の 大事な 岡 さん が こんなに おそく まで 働いて くださった のに …… さあ 岡 さん どうぞ この 椅子 に ( と いって 自分 は 立ち上がった )…… わたし が 行って 来る わ 、 愛 さん も 働いて さぞ 疲れたろう から …… よ ご ざん す 、 よ ご ざん すったら 愛さ ん ……」・・

自分 の あと を 追おう と する 愛子 を 刺し 貫く ほど 睨め つけて おいて 葉子 は 部屋 を 出た 。 そうして 火 を かけられた ように かっと 逆上 し ながら 、 ほろほろ と くやし涙 を 流して 暗い 廊下 を 夢中で 宿直 室 の ほう へ 急いで 行った 。


43.2 或る 女 ある|おんな 43,2 Una mujer

今度 は 山内 の 家 の ありさま が さながら まざまざ と 目 に 見る ように 想像 さ れた 。 こんど||さんない||いえ|||||||め||みる||そうぞう|| This time, I imagined Yamauchi's house as vividly as I could see it. 岡 が 夜ふけ に そこ を 訪れた 時 に は 倉地 が 確かに いた に 違いない 。 おか||よふけ||||おとずれた|じ|||くらち||たしかに|||ちがいない そして いつも の とおり 一種 の 粘り強 さ を もって 葉子 の 言伝 て を 取り次ぐ 岡 に 対して 、 激しい 言葉 で その 理不尽な 狂気 じみ た 葉子 の 出来心 を ののしった に 違いない 。 ||||いっしゅ||ねばりづよ||||ようこ||ことづて|||とりつぐ|おか||たいして|はげしい|ことば|||りふじんな|きょうき|||ようこ||できごころ||||ちがいない And, as usual, Oka, who had followed Yoko's message with a certain kind of tenacity, must have cursed Yoko's irrational and madness with harsh words. 倉地 と 岡 と の 間 に は 暗 々 裡 に 愛子 に 対する 心 の 争 闘 が 行なわ れたろう 。 くらち||おか|||あいだ|||あん||り||あいこ||たいする|こころ||あらそ|たたか||おこなわ| 岡 の 差し出す 紙幣 の 束 を 怒り に 任せて 畳 の 上 に たたきつける 倉地 の 威 丈 高 な 様子 、 少女 に は あり 得 ない ほど の 冷静 さ で 他人事 の ように 二 人 の 間 の いきさつ を 伏し目 ながら に 見守る 愛子 の 一種 の 毒々しい 妖艶 さ 。 おか||さしだす|しへい||たば||いかり||まかせて|たたみ||うえ|||くらち||たけし|たけ|たか||ようす|しょうじょ||||とく||||れいせい|||ひとごと|||ふた|じん||あいだ||||ふしめ|||みまもる|あいこ||いっしゅ||どくどくしい|ようえん| In anger, Kurachi throws the bundle of banknotes that Oka has presented onto the tatami with dignified air. Aiko's kind of poisonous charm. そういう 姿 が さながら 目の前 に 浮かんで 見えた 。 |すがた|||めのまえ||うかんで|みえた ふだん の 葉子 だったら その 想像 は 葉子 を その 場 に いる ように 興奮 さ せて いた であろう 。 ||ようこ|||そうぞう||ようこ|||じょう||||こうふん|||| けれども 死 の 恐怖 に 激しく 襲わ れた 葉子 は なんとも いえ ない 嫌悪 の 情 を もってのほかに は その 場面 を 想像 する 事 が でき なかった 。 |し||きょうふ||はげしく|おそわ||ようこ|||||けんお||じょう|||||ばめん||そうぞう||こと||| なんという あさましい 人 の 心 だろう 。 ||じん||こころ| What a wretched human heart! 結局 は 何もかも 滅びて 行く のに 、 永遠な 灰色 の 沈黙 の 中 に くずれ 込んで しまう のに 、 目前 の 貪 婪 に 心 火 の 限り を 燃やして 、 餓鬼 同様に 命 を かみ合う と は なんという あさましい 心 だろう 。 けっきょく||なにもかも|ほろびて|いく||えいえんな|はいいろ||ちんもく||なか|||こんで|||もくぜん||むさぼ|らん||こころ|ひ||かぎり||もやして|がき|どうように|いのち||かみあう|||||こころ| In the end, everything will perish, and you'll sink into an eternal gray silence, but what a miserable heart it is to burn your heart to the limit of the greed in front of you and bite your life like a hungry ghost! wax. しかも その 醜い 争い の 種子 を まいた の は 葉子 自身 な のだ 。 ||みにくい|あらそい||しゅし|||||ようこ|じしん|| そう 思う と 葉子 は 自分 の 心 と 肉体 と が さながら 蛆 虫 の ように きたなく 見えた 。 |おもう||ようこ||じぶん||こころ||にくたい||||うじ|ちゅう||||みえた …… 何の ため に 今 まで あって ない ような 妄執 に 苦しみ 抜いて それ を 生命 そのもの の ように 大事に 考え抜いて いた 事 か 。 なんの|||いま|||||もうしゅう||くるしみ|ぬいて|||せいめい|その もの|||だいじに|かんがえぬいて||こと| …… For what reason did you suffer from delusions that you had never seen before, and think about them as if they were your own life itself? それ は まるで 貞 世 が 始終 見て いる らしい 悪夢 の 一 つ より も さらに はかない もの で は ない か 。 |||さだ|よ||しじゅう|みて|||あくむ||ひと|||||||||| …… こう なる と 倉地 さえ が 縁 も ゆかり も ない もの の ように 遠く 考えられ 出した 。 |||くらち|||えん||||||||とおく|かんがえ られ|だした 葉子 は すべて の もの の むなし さ に あきれた ような 目 を あげて 今さら らしく 部屋 の 中 を ながめ 回した 。 ようこ|||||||||||め|||いまさら||へや||なか|||まわした なんの 飾り も ない 、 修道院 の 内部 の ような 裸 な 室 内 が かえって すがすがしく 見えた 。 |かざり|||しゅうどういん||ないぶ|||はだか||しつ|うち||||みえた The naked room, like the interior of a monastery, without any decorations, looked refreshing. 岡 の 残した 貞 世 の 枕 もと の 花束 だけ が 、 そして おそらくは ( 自分 で は 見え ない けれども ) これほど の 忙し さ の 間 に も 自分 を 粉飾 する の を 忘れ ず に いる 葉子 自身 が いかにも 浮 薄 な たよりない もの だった 。 おか||のこした|さだ|よ||まくら|||はなたば|||||じぶん|||みえ|||||いそがし|||あいだ|||じぶん||ふんしょく||||わすれ||||ようこ|じしん|||うか|うす|||| 葉子 は こうした 心 に なる と 、 熱 に 浮かされ ながら 一歩一歩 なんの 心 の わだかまり も なく 死に 近づいて 行く 貞 世 の 顔 が 神々しい もの に さえ 見えた 。 ようこ|||こころ||||ねつ||うかされ||いっぽいっぽ||こころ|||||しに|ちかづいて|いく|さだ|よ||かお||こうごうしい||||みえた In such a state of mind, Yoko could even see the face of Sadayo, who was in a state of fever as he approached death with no ill feelings, something divine. 葉子 は 祈る ような わびる ような 心 で しみじみ と 貞 世 を 見入った 。 ようこ||いのる||||こころ||||さだ|よ||みいった Yoko looked intently at Sadayo with a prayerful, apologetic heart. ・・

やがて 看護 婦 が 貞 世 の 部屋 に は いって 来た 。 |かんご|ふ||さだ|よ||へや||||きた 形式 一ぺん の お辞儀 を 睡 そうに して 、 寝 台 の そば に 近寄る と 、 無頓着な ふうに 葉子 が 入れて おいた 検温 器 を 出して 灯 に すかして 見て から 、 胸 の 氷嚢 を 取りかえ に かかった 。 けいしき|いっぺん||おじぎ||すい|そう に||ね|だい||||ちかよる||むとんちゃくな||ようこ||いれて||けんおん|うつわ||だして|とう|||みて||むね||ひょうのう||とりかえ|| 葉子 は 自分 一 人 の 手 で そんな 事 を して やりたい ような 愛着 と 神聖 さ と を 貞 世に 感じ ながら 看護 婦 を 手伝った 。 ようこ||じぶん|ひと|じん||て|||こと|||やり たい||あいちゃく||しんせい||||さだ|よに|かんじ||かんご|ふ||てつだった ・・

「 貞 ちゃん …… さ 、 氷嚢 を 取りかえます から ね ……」・・ さだ|||ひょうのう||とりかえ ます||

と やさしく いう と 、 囈言 を いい 続けて い ながら やはり 貞 世 は それ まで 眠って いた らしく 、 痛々しい まで 大きく なった 目 を 開いて 、 まじまじ と 意外な 人 でも 見る ように 葉子 を 見る のだった 。 ||||うわごと|||つづけて||||さだ|よ||||ねむって|||いたいたしい||おおきく||め||あいて|||いがいな|じん||みる||ようこ||みる| ・・

「 おね え 様 な の …… いつ 帰って 来た の 。 ||さま||||かえって|きた| おか あ 様 が さっき いら しって よ …… いや お ねえ 様 、 病院 いや 帰る 帰る …… おか あ 様 おか あ 様 ( そう いって きょろきょろ と あたり を 見回し ながら ) 帰ら して ちょうだい よう 。 ||さま|||||||||さま|びょういん||かえる|かえる|||さま|||さま|||||||みまわし||かえら||| お家 に 早く 、 おか あ 様 の いる お家 に 早く ……」・・ おいえ||はやく|||さま|||おいえ||はやく

葉子 は 思わず 毛 孔 が 一 本 一 本 逆 立つ ほど の 寒気 を 感じた 。 ようこ||おもわず|け|あな||ひと|ほん|ひと|ほん|ぎゃく|たつ|||かんき||かんじた かつて 母 と いう 言葉 も いわ なかった 貞 世 の 口 から 思い も かけ ず こんな 事 を 聞く と 、 その 部屋 の どこ か に ぼんやり 立って いる 母 が 感ぜられる ように 思えた 。 |はは|||ことば||||さだ|よ||くち||おもい|||||こと||きく|||へや||||||たって||はは||かんぜ られる||おもえた その 母 の 所 に 貞 世 は 行き た がって あせって いる 。 |はは||しょ||さだ|よ||いき|||| なんという 深い あさましい 骨 肉 の 執着 だろう 。 |ふかい||こつ|にく||しゅうちゃく| What a deep and deplorable obsession! ・・

看護 婦 が 行って しまう と また 病室 の 中 は しんと なって しまった 。 かんご|ふ||おこなって||||びょうしつ||なか|||| なんとも いえ ず 可憐な 澄んだ 音 を 立てて 水たまり に 落ちる 雨だれ の 音 は なお 絶え間 なく 聞こえ 続けて いた 。 |||かれんな|すんだ|おと||たてて|みずたまり||おちる|あまだれ||おと|||たえま||きこえ|つづけて| 葉子 は 泣く に も 泣か れ ない ような 心 に なって 、 苦しい 呼吸 を し ながら も うつらうつら と 生死 の 間 を 知ら ぬ げ に 眠る 貞 世 の 顔 を のぞき込んで いた 。 ようこ||なく|||なか||||こころ|||くるしい|こきゅう|||||||せいし||あいだ||しら||||ねむる|さだ|よ||かお||のぞきこんで| Yoko made a point of not being able to cry even though she was crying, and while she was breathing hard, she gazed into the sleeping face of Sadayo, unable to know between life and death. ・・

と 、 雨だれ の 音 に まじって 遠く の ほう に 車 の 轍 の 音 を 聞いた ように 思った 。 |あまだれ||おと|||とおく||||くるま||わだち||おと||きいた||おもった もう 目 を さまして 用事 を する 人 も ある か と 、 なんだか 違った 世界 の 出来事 の ように それ を 聞いて いる と 、 その 音 は だんだん 病室 の ほう に 近寄って 来た 。 |め|||ようじ|||じん||||||ちがった|せかい||できごと|||||きいて||||おと|||びょうしつ||||ちかよって|きた …… 愛子 で は ない か …… 葉子 は 愕然と して 夢 から さめた 人 の ように きっと なって さらに 耳 を そばだてた 。 あいこ|||||ようこ||がくぜんと||ゆめ|||じん||||||みみ|| ・・

もう そこ に は 死 生 を 瞑想 して 自分 の 妄執 の はかな さ を しみじみ と 思いやった 葉子 は い なかった 。 ||||し|せい||めいそう||じぶん||もうしゅう|||||||おもいやった|ようこ||| Yoko, who had meditated on life and death and thought deeply about the transience of her delusions, was no longer there. 我 執 の ため に 緊張 しきった その 目 は 怪しく 輝いた 。 われ|と||||きんちょう|||め||あやしく|かがやいた そして 大急ぎで 髪 の ほつれ を かき上げて 、 鏡 に 顔 を 映し ながら 、 あちこち と 指先 で 容子 を 整えた 。 |おおいそぎで|かみ||||かきあげて|きよう||かお||うつし||||ゆびさき||ようこ||ととのえた 衣 紋 も なおした 。 ころも|もん||なお した そして また じっと 玄関 の ほう に 聞き 耳 を 立てた 。 |||げんかん||||きき|みみ||たてた ・・

はたして 玄関 の 戸 の あく 音 が 聞こえた 。 |げんかん||と|||おと||きこえた しばらく 廊下 が ごたごた する 様子 だった が 、 やがて 二三 人 の 足音 が 聞こえて 、 貞 世 の 病室 の 戸 が しめやかに 開か れた 。 |ろうか||||ようす||||ふみ|じん||あしおと||きこえて|さだ|よ||びょうしつ||と|||あか| For a while, the corridor seemed to be in a commotion, but before long, the footsteps of two or three people were heard, and the door to Sadayo's hospital room was gently opened. 葉子 は その しめやか さ で それ は 岡 が 開いた に 違いない 事 を 知った 。 ようこ||||||||おか||あいた||ちがいない|こと||しった やがて 開か れた 戸口 から 岡 に ちょっと 挨拶 し ながら 愛子 の 顔 が 静かに 現われた 。 |あか||とぐち||おか|||あいさつ|||あいこ||かお||しずかに|あらわれた 葉子 の 目 は 知らず知らず その どこまでも 従順 らしく 伏し目 に なった 愛子 の 面 に 激しく 注がれて 、 そこ に 書か れた すべて を 一 時 に 読み取ろう と した 。 ようこ||め||しらずしらず|||じゅうじゅん||ふしめ|||あいこ||おもて||はげしく|そそが れて|||かか||||ひと|じ||よみとろう|| 小 羊 の ように まつ毛 の 長い やさしい 愛子 の 目 は しかし 不思議に も 葉子 の 鋭い 眼光 に さえ 何物 を も 見せよう と は し なかった 。 しょう|ひつじ|||まつげ||ながい||あいこ||め|||ふしぎに||ようこ||するどい|がんこう|||なにもの|||みせよう|||| 葉子 は すぐ いらいら して 、 何事 も あばか ないで は おく もの か と 心 の 中 で 自分 自身 に 誓 言 を 立て ながら 、・・ ようこ|||||なにごと|||||||||こころ||なか||じぶん|じしん||ちか|げん||たて| Yoko quickly became irritated and made a vow to herself in her heart that she would not reveal anything.

「 倉地 さん は 」・・ くらち||

と 突然 真 正面 から 愛子 に こう 尋ねた 。 |とつぜん|まこと|しょうめん||あいこ|||たずねた 愛子 は 多 恨 な 目 を はじめて まともに 葉子 の ほう に 向けて 、 貞 世 の ほう に それ を そらし ながら 、 また 葉子 を ぬすみ 見る ように した 。 あいこ||おお|うら||め||||ようこ||||むけて|さだ|よ|||||||||ようこ|||みる|| そして 倉地 さん が どうした と いう の か 意味 が 読み取れ ない と いう ふう を 見せ ながら 返事 を し なかった 。 |くらち||||||||いみ||よみとれ||||||みせ||へんじ||| 生意気 を して みる が いい …… 葉子 は いらだって いた 。 なまいき||||||ようこ||| ・・

「 おじさん も 一緒に いら しった かい と いう んだ よ 」・・ ||いっしょに|||||||

「 い ゝ え 」・・

愛子 は 無愛想な ほど 無表情に 一言 そう 答えた 。 あいこ||ぶあいそうな||むひょうじょうに|いちげん||こたえた 二 人 の 間 に は むずかしい 沈黙 が 続いた 。 ふた|じん||あいだ||||ちんもく||つづいた 葉子 は すわれ と さえ いって やら なかった 。 ようこ||||||| 一 日一日 と 美しく なって 行く ような 愛子 は 小 肥 り な から だ を つつましく 整えて 静かに 立って いた 。 ひと|ひいちにち||うつくしく||いく||あいこ||しょう|こえ|||||||ととのえて|しずかに|たって| ・・

そこ に 岡 が 小道具 を 両手 に 下げて 玄関 の ほう から 帰って 来た 。 ||おか||こどうぐ||りょうて||さげて|げんかん||||かえって|きた 外套 を びっしょり 雨 に ぬらして いる の から 見て も 、 この 真 夜中 に 岡 が どれほど 働いて くれた か が わかって いた 。 がいとう|||あめ||||||みて|||まこと|よなか||おか|||はたらいて||||| 葉子 は しかし それ に は 一言 の 挨拶 も せ ず に 、 岡 が 道具 を 部屋 の すみ に おく や 否 や 、・・ ようこ||||||いちげん||あいさつ|||||おか||どうぐ||へや||||||いな|

「 倉地 さん は 何 か いって い まして ? くらち|||なん|||| 」・・

と 剣 を 言葉 に 持た せ ながら 尋ねた 。 |けん||ことば||もた|||たずねた ・・

「 倉地 さん は おいで が ありません でした 。 くらち|||||あり ませ ん| で 婆 やに 言伝 て を して おいて 、 お 入り用の 荷物 だけ 造って 持って 来ました 。 |ばあ||ことづて||||||いりようの|にもつ||つくって|もって|き ました これ は お返し して おきます 」・・ ||おかえし||おき ます

そう いって 衣 嚢 の 中 から 例の 紙幣 の 束 を 取り出して 葉子 に 渡そう と した 。 ||ころも|のう||なか||れいの|しへい||たば||とりだして|ようこ||わたそう|| ・・

愛子 だけ なら まだしも 、 岡 まで が とうとう 自分 を 裏切って しまった 。 あいこ||||おか||||じぶん||うらぎって| 二 人 が 二 人 ながら 見えすいた 虚 言 を よくも ああ しらじらしく いえた もの だ 。 ふた|じん||ふた|じん||みえすいた|きょ|げん||||||| Even though we were just two people, we were able to say such a blunt lie so slyly. お おそれた 弱虫 ども め 。 ||よわむし|| 葉子 は 世の中 が 手ぐすね引いて 自分 一 人 を 敵 に 回して いる ように 思った 。 ようこ||よのなか||てぐすねひいて|じぶん|ひと|じん||てき||まわして|||おもった ・・

「 へえ 、 そう です か 。 どうも 御苦労さま 。 |ごくろうさま …… 愛さ ん お前 は そこ に そう ぼんやり 立って る ため に ここ に 呼ば れた と 思って いる の ? あいさ||おまえ||||||たって||||||よば|||おもって|| 岡 さん の その ぬれた 外套 でも 取って お 上げ なさい な 。 おか|||||がいとう||とって||あげ|| そして 宿直 室 に 行って 看護 婦 に そう いって お茶 でも 持って おい で 。 |しゅくちょく|しつ||おこなって|かんご|ふ||||おちゃ||もって|| あなた の 大事な 岡 さん が こんなに おそく まで 働いて くださった のに …… さあ 岡 さん どうぞ この 椅子 に ( と いって 自分 は 立ち上がった )…… わたし が 行って 来る わ 、 愛 さん も 働いて さぞ 疲れたろう から …… よ ご ざん す 、 よ ご ざん すったら 愛さ ん ……」・・ ||だいじな|おか||||||はたらいて||||おか||||いす||||じぶん||たちあがった|||おこなって|くる||あい|||はたらいて||つかれたろう||||||||||あいさ|

自分 の あと を 追おう と する 愛子 を 刺し 貫く ほど 睨め つけて おいて 葉子 は 部屋 を 出た 。 じぶん||||おおう|||あいこ||さし|つらぬく||にらめ|||ようこ||へや||でた そうして 火 を かけられた ように かっと 逆上 し ながら 、 ほろほろ と くやし涙 を 流して 暗い 廊下 を 夢中で 宿直 室 の ほう へ 急いで 行った 。 |ひ||かけ られた||か っと|ぎゃくじょう|||||くやしなみだ||ながして|くらい|ろうか||むちゅうで|しゅくちょく|しつ||||いそいで|おこなった