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走れメロス - 太宰治, 7. 走れメロス - 太宰治

7. 走れ メロス - 太 宰 治

言う に や 及ぶ 。 まだ 陽 は 沈ま ぬ 。 最後 の 死力 を 尽して 、 メロス は 走った 。 メロス の 頭 は 、 からっぽだ 。 何一つ 考えて いない 。 ただ 、 わけ の わから ぬ 大きな 力 に ひきずられて 走った 。 陽 は 、 ゆらゆら 地平 線 に 没し 、 まさに 最後 の 一片 の 残 光 も 、 消えよう と した 時 、 メロス は 疾風 の 如く 刑 場 に 突入 した 。 間に合った 。

「 待て 。 その 人 を 殺して は なら ぬ 。 メロス が 帰って 来た 。 約束 の とおり 、 いま 、 帰って 来た 。」 と 大声 で 刑 場 の 群衆 に むかって 叫んだ つもりであった が 、 喉 が つぶれて 嗄れた 声 が 幽 か に 出た ばかり 、 群衆 は 、 ひと り と して 彼 の 到着 に 気 が つか ない 。 すでに 磔 の 柱 が 高々 と 立てられ 、 縄 を 打た れた セリヌンティウス は 、 徐々に 釣り 上げられて ゆく 。 メロス は それ を 目撃 して 最後 の 勇 、 先刻 、 濁流 を 泳いだ ように 群衆 を 掻きわけ 、 掻きわけ 、

「 私 だ 、 刑 吏 ! 殺さ れる の は 、 私 だ 。 メロス だ 。 彼 を 人質 に した 私 は 、 ここ に いる ! 」 と 、 かすれた 声 で 精一ぱい に 叫び ながら 、 ついに 磔 台 に 昇り 、 釣り 上げられて ゆく 友 の 両足 に 、 齧りついた 。 群衆 は 、 どよめいた 。 あっぱれ 。 ゆるせ 、 と 口々に わめいた 。 セリヌンティウス の 縄 は 、 ほどか れた のである 。

「 セリヌンティウス 。」 メロス は 眼 に 涙 を 浮べて 言った 。 「 私 を 殴れ 。 ちから一ぱい に 頬 を 殴れ 。 私 は 、 途中 で 一 度 、 悪い 夢 を 見た 。 君 が 若し 私 を 殴って くれ なかったら 、 私 は 君 と 抱擁 する 資格 さえ 無い のだ 。 殴れ 。」

セリヌンティウス は 、 すべて を 察した 様子 で 首肯き 、 刑 場 一 ぱい に 鳴り響く ほど 音 高く メロス の 右 頬 を 殴った 。 殴って から 優しく 微笑み 、

「 メロス 、 私 を 殴れ 。 同じ くらい 音 高く 私 の 頬 を 殴れ 。 私 は この 三 日 の 間 、 たった 一 度 だけ 、 ちら と 君 を 疑った 。 生れて 、 はじめて 君 を 疑った 。 君 が 私 を 殴って くれ なければ 、 私 は 君 と 抱擁 でき ない 。」

メロス は 腕 に 唸り を つけて セリヌンティウス の 頬 を 殴った 。

「 ありがとう 、 友 よ 。」 二 人 同時に 言い 、 ひしと 抱き合い 、 それ から 嬉し泣き に おいおい 声 を 放って 泣いた 。

群衆 の 中 から も 、 歔欷 の 声 が 聞えた 。 暴君 ディオニス は 、 群衆 の 背後 から 二 人 の 様 を 、 まじまじ と 見つめて いた が 、 やがて 静かに 二 人 に 近づき 、 顔 を あからめて 、 こう 言った 。

「 おまえ ら の 望み は 叶った ぞ 。 おまえ ら は 、 わし の 心 に 勝った のだ 。 信 実 と は 、 決して 空虚な 妄想 で は なかった 。 どう か 、 わし を も 仲間 に 入れて くれ まい か 。 どう か 、 わし の 願い を 聞き入れて 、 おまえ ら の 仲間 の 一 人 に して ほしい 。」

どっと 群衆 の 間 に 、 歓声 が 起った 。

「 万歳 、 王様 万歳 。」

ひと り の 少女 が 、 緋 の マント を メロス に 捧げた 。 メロス は 、 まごついた 。 佳 き 友 は 、 気 を きかせて 教えて やった 。

「 メロス 、 君 は 、 まっぱだ か じゃ ない か 。 早く その マント を 着る が いい 。 この 可愛い 娘 さん は 、 メロス の 裸体 を 、 皆 に 見られる の が 、 たまらなく 口惜しい のだ 。」 勇者 は 、 ひどく 赤面 した 。

( 古 伝説 と 、 シルレル の 詩 から 。 )


7. 走れ メロス - 太 宰 治 はしれ||ふと|おさむ|ち 7. run, Meros - Osamu Dazai

言う に や 及ぶ 。 いう|||およぶ まだ 陽 は 沈ま ぬ 。 |よう||しずま| 最後 の 死力 を 尽して 、 メロス は 走った 。 さいご||しりょく||つくして|||はしった メロス の 頭 は 、 からっぽだ 。 ||あたま|| 何一つ 考えて いない 。 なにひとつ|かんがえて| ただ 、 わけ の わから ぬ 大きな 力 に ひきずられて 走った 。 |||||おおきな|ちから|||はしった 陽 は 、 ゆらゆら 地平 線 に 没し 、 まさに 最後 の 一片 の 残 光 も 、 消えよう と した 時 、 メロス は 疾風 の 如く 刑 場 に 突入 した 。 よう|||ちへい|せん||ぼっし||さいご||いっぺん||ざん|ひかり||きえよう|||じ|||しっぷう||ごとく|けい|じょう||とつにゅう| 間に合った 。 まにあった

「 待て 。 まて その 人 を 殺して は なら ぬ 。 |じん||ころして||| メロス が 帰って 来た 。 ||かえって|きた 約束 の とおり 、 いま 、 帰って 来た 。」 やくそく||||かえって|きた と 大声 で 刑 場 の 群衆 に むかって 叫んだ つもりであった が 、 喉 が つぶれて 嗄れた 声 が 幽 か に 出た ばかり 、 群衆 は 、 ひと り と して 彼 の 到着 に 気 が つか ない 。 |おおごえ||けい|じょう||ぐんしゅう|||さけんだ|||のど|||しわがれた|こえ||ゆう|||でた||ぐんしゅう||||||かれ||とうちゃく||き||| すでに 磔 の 柱 が 高々 と 立てられ 、 縄 を 打た れた セリヌンティウス は 、 徐々に 釣り 上げられて ゆく 。 |はりつけ||ちゅう||たかだか||たてられ|なわ||うた||||じょじょに|つり|あげられて| メロス は それ を 目撃 して 最後 の 勇 、 先刻 、 濁流 を 泳いだ ように 群衆 を 掻きわけ 、 掻きわけ 、 ||||もくげき||さいご||いさみ|せんこく|だくりゅう||およいだ|よう に|ぐんしゅう||かき わけ|かき わけ

「 私 だ 、 刑 吏 ! わたくし||けい|り 殺さ れる の は 、 私 だ 。 ころさ||||わたくし| メロス だ 。 彼 を 人質 に した 私 は 、 ここ に いる ! かれ||ひとじち|||わたくし|||| 」 と 、 かすれた 声 で 精一ぱい に 叫び ながら 、 ついに 磔 台 に 昇り 、 釣り 上げられて ゆく 友 の 両足 に 、 齧りついた 。 ||こえ||せいいっぱい||さけび|||はりつけ|だい||のぼり|つり|あげられて||とも||りょうあし||かじりついた 群衆 は 、 どよめいた 。 ぐんしゅう|| あっぱれ 。 ゆるせ 、 と 口々に わめいた 。 ||くちぐちに| セリヌンティウス の 縄 は 、 ほどか れた のである 。 ||なわ||||

「 セリヌンティウス 。」 メロス は 眼 に 涙 を 浮べて 言った 。 ||がん||なみだ||うかべて|いった 「 私 を 殴れ 。 わたくし||なぐれ ちから一ぱい に 頬 を 殴れ 。 ちからいっぱい||ほお||なぐれ 私 は 、 途中 で 一 度 、 悪い 夢 を 見た 。 わたくし||とちゅう||ひと|たび|わるい|ゆめ||みた 君 が 若し 私 を 殴って くれ なかったら 、 私 は 君 と 抱擁 する 資格 さえ 無い のだ 。 きみ||わかし|わたくし||なぐって|||わたくし||きみ||ほうよう||しかく||ない| 殴れ 。」 なぐれ

セリヌンティウス は 、 すべて を 察した 様子 で 首肯き 、 刑 場 一 ぱい に 鳴り響く ほど 音 高く メロス の 右 頬 を 殴った 。 ||||さっした|ようす||うなずき|けい|じょう|ひと|||なりひびく||おと|たかく|||みぎ|ほお||なぐった 殴って から 優しく 微笑み 、 なぐって||やさしく|ほおえみ

「 メロス 、 私 を 殴れ 。 |わたくし||なぐれ 同じ くらい 音 高く 私 の 頬 を 殴れ 。 おなじ||おと|たかく|わたくし||ほお||なぐれ 私 は この 三 日 の 間 、 たった 一 度 だけ 、 ちら と 君 を 疑った 。 わたくし|||みっ|ひ||あいだ||ひと|たび||||きみ||うたがった 生れて 、 はじめて 君 を 疑った 。 うまれて||きみ||うたがった 君 が 私 を 殴って くれ なければ 、 私 は 君 と 抱擁 でき ない 。」 きみ||わたくし||なぐって|||わたくし||きみ||ほうよう||

メロス は 腕 に 唸り を つけて セリヌンティウス の 頬 を 殴った 。 ||うで||うなり|||||ほお||なぐった

「 ありがとう 、 友 よ 。」 |とも| 二 人 同時に 言い 、 ひしと 抱き合い 、 それ から 嬉し泣き に おいおい 声 を 放って 泣いた 。 ふた|じん|どうじに|いい||だきあい|||うれしなき|||こえ||はなって|ないた

群衆 の 中 から も 、 歔欷 の 声 が 聞えた 。 ぐんしゅう||なか|||きょき||こえ||きこえた 暴君 ディオニス は 、 群衆 の 背後 から 二 人 の 様 を 、 まじまじ と 見つめて いた が 、 やがて 静かに 二 人 に 近づき 、 顔 を あからめて 、 こう 言った 。 ぼうくん|||ぐんしゅう||はいご||ふた|じん||さま||||みつめて||||しずかに|ふた|じん||ちかづき|かお||||いった

「 おまえ ら の 望み は 叶った ぞ 。 |||のぞみ||かなった| おまえ ら は 、 わし の 心 に 勝った のだ 。 |||||こころ||かった| 信 実 と は 、 決して 空虚な 妄想 で は なかった 。 しん|み|||けっして|くうきょな|もうそう||| どう か 、 わし を も 仲間 に 入れて くれ まい か 。 |||||なかま||いれて||| どう か 、 わし の 願い を 聞き入れて 、 おまえ ら の 仲間 の 一 人 に して ほしい 。」 ||||ねがい||ききいれて||||なかま||ひと|じん|||

どっと 群衆 の 間 に 、 歓声 が 起った 。 |ぐんしゅう||あいだ||かんせい||おこった

「 万歳 、 王様 万歳 。」 ばんざい|おうさま|ばんざい

ひと り の 少女 が 、 緋 の マント を メロス に 捧げた 。 |||しょうじょ||ひ||まんと||||ささげた メロス は 、 まごついた 。 佳 き 友 は 、 気 を きかせて 教えて やった 。 か||とも||き|||おしえて|

「 メロス 、 君 は 、 まっぱだ か じゃ ない か 。 |きみ|||||| 早く その マント を 着る が いい 。 はやく||まんと||きる|| この 可愛い 娘 さん は 、 メロス の 裸体 を 、 皆 に 見られる の が 、 たまらなく 口惜しい のだ 。」 |かわいい|むすめ|||||らたい||みな||みられる||||くちおしい| 勇者 は 、 ひどく 赤面 した 。 ゆうしゃ|||せきめん|

( 古 伝説 と 、 シルレル の 詩 から 。 ) ふる|でんせつ||||し|