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走れメロス - 太宰治, 3. 走れメロス - 太宰治

3. 走れ メロス - 太 宰 治

竹馬 の 友 、 セリヌンティウス は 、 深夜 、 王 城 に 召さ れた 。 暴君 ディオニス の 面前 で 、 佳 き 友 と 佳 き 友 は 、 二 年 ぶり で 相 逢う た 。 メロス は 、 友 に 一切 の 事情 を 語った 。 セリヌンティウス は 無言 で 首肯き 、 メロス を ひしと 抱きしめた 。 友 と 友 の 間 は 、 それ で よかった 。 セリヌンティウス は 、 縄 打た れた 。 メロス は 、 すぐに 出発 した 。 初夏 、 満天 の 星 である 。

メロス は その 夜 、 一睡 も せ ず 十 里 の 路 を 急ぎ に 急いで 、 村 へ 到着 した の は 、 翌 る 日 の 午前 、 陽 は 既に 高く 昇って 、 村人 たち は 野 に 出て 仕事 を はじめて いた 。 メロス の 十六 の 妹 も 、 きょう は 兄 の 代り に 羊 群 の 番 を して いた 。 よろめいて 歩いて 来る 兄 の 、 疲労 困憊 の 姿 を 見つけて 驚いた 。 そうして 、 うるさく 兄 に 質問 を 浴びせた 。

「 なんでも無い 。」 メロス は 無理に 笑おう と 努めた 。 「 市 に 用事 を 残して 来た 。 また すぐ 市 に 行か なければ なら ぬ 。 あす 、 おまえ の 結婚 式 を 挙げる 。 早い ほう が よかろう 。」

妹 は 頬 を あからめた 。

「 うれしい か 。 綺麗な 衣裳 も 買って 来た 。 さあ 、 これ から 行って 、 村 の 人 たち に 知らせて 来い 。 結婚 式 は 、 あす だ と 。」

メロス は 、 また 、 よ ろ よ ろ と 歩き 出し 、 家 へ 帰って 神々 の 祭壇 を 飾り 、 祝宴 の 席 を 調え 、 間もなく 床 に 倒れ 伏し 、 呼吸 も せ ぬ くらい の 深い 眠り に 落ちて しまった 。

眼 が 覚めた の は 夜 だった 。 メロス は 起きて すぐ 、 花婿 の 家 を 訪れた 。 そうして 、 少し 事情 が ある から 、 結婚 式 を 明日 に して くれ 、 と 頼んだ 。 婿 の 牧人 は 驚き 、 それ は いけない 、 こちら に は 未 だ 何の 仕度 も 出来て いない 、 葡萄 の 季節 まで 待って くれ 、 と 答えた 。 メロス は 、 待つ こと は 出来 ぬ 、 どうか 明日 に して くれ 給え 、 と 更に 押して たのんだ 。 婿 の 牧人 も 頑強であった 。 なかなか 承諾 して くれ ない 。 夜明け まで 議論 を つづけて 、 やっと 、 どうにか 婿 を なだめ 、 すかして 、 説き伏せた 。 結婚 式 は 、 真昼 に 行わ れた 。 新郎 新婦 の 、 神々 へ の 宣誓 が 済んだ ころ 、 黒 雲 が 空 を 覆い 、 ぽつりぽつり 雨 が 降り出し 、 やがて 車軸 を 流す ような 大雨 と なった 。 祝宴 に 列席 して いた 村人 たち は 、 何 か 不吉な もの を 感じた が 、 それ でも 、 めいめい 気持 を 引きたて 、 狭い 家 の 中 で 、 むんむん 蒸し暑い の も 怺え 、 陽気に 歌 を うたい 、 手 を 拍った 。 メロス も 、 満面 に 喜色 を 湛え 、 しばらく は 、 王 と の あの 約束 を さえ 忘れて いた 。 祝宴 は 、 夜 に 入って いよいよ 乱れ 華やかに なり 、 人々 は 、 外 の 豪雨 を 全く 気 に し なく なった 。 メロス は 、 一生 このまま ここ に いたい 、 と 思った 。 この 佳 い 人 たち と 生涯 暮して 行きたい と 願った が 、 いま は 、 自分 の からだ で 、 自分 の もの で は 無い 。 まま なら ぬ 事 である 。 メロス は 、 わが身 に 鞭打ち 、 ついに 出発 を 決意 した 。 あす の 日没 まで に は 、 まだ 十 分 の 時 が 在る 。 ちょっと 一 眠り して 、 それ から すぐに 出発 しよう 、 と 考えた 。 その頃 に は 、 雨 も 小 降り に なって いよう 。 少し でも 永く この 家 に 愚 図 愚 図 とどまって い たかった 。 メロス ほど の 男 に も 、 やはり 未練 の 情 と いう もの は 在る 。 今 宵 呆然 、 歓喜 に 酔って いる らしい 花嫁 に 近寄り 、

「 おめでとう 。 私 は 疲れて しまった から 、 ちょっと ご免 こうむって 眠りたい 。 眼 が 覚めたら 、 すぐに 市 に 出かける 。 大切な 用事 が ある のだ 。 私 が い なくて も 、 もう おまえ に は 優しい 亭主 が ある のだ から 、 決して 寂しい 事 は 無い 。 おまえ の 兄 の 、 一ばん きらいな もの は 、 人 を 疑う 事 と 、 それ から 、 嘘 を つく 事 だ 。 おまえ も 、 それ は 、 知っている ね 。 亭主 と の 間 に 、 どんな 秘密で も 作って は なら ぬ 。 おまえ に 言いたい の は 、 それ だけ だ 。 おまえ の 兄 は 、 たぶん 偉い 男 な のだ から 、 おまえ も その 誇り を 持って いろ 。」

花嫁 は 、 夢見 心地 で 首肯いた 。 メロス は 、 それ から 花婿 の 肩 を たたいて 、

「 仕度 の 無い の は お 互 さま さ 。 私 の 家 に も 、 宝 と いって は 、 妹 と 羊 だけ だ 。 他 に は 、 何も 無い 。 全部 あげよう 。 もう 一 つ 、 メロス の 弟 に なった こと を 誇って くれ 。」

花婿 は 揉み 手 して 、 てれて いた 。 メロス は 笑って 村人 たち に も 会釈 して 、 宴席 から 立ち去り 、 羊 小屋 に もぐり込んで 、 死んだ ように 深く 眠った 。


3. 走れ メロス - 太 宰 治 はしれ||ふと|おさむ|ち 3. run, Meros - Osamu Dazai

竹馬 の 友 、 セリヌンティウス は 、 深夜 、 王 城 に 召さ れた 。 たけうま||とも|||しんや|おう|しろ||めさ| 暴君 ディオニス の 面前 で 、 佳 き 友 と 佳 き 友 は 、 二 年 ぶり で 相 逢う た 。 ぼうくん|||めんぜん||か||とも||か||とも||ふた|とし|||そう|あう| メロス は 、 友 に 一切 の 事情 を 語った 。 ||とも||いっさい||じじょう||かたった セリヌンティウス は 無言 で 首肯き 、 メロス を ひしと 抱きしめた 。 ||むごん||うなずき||||だきしめた 友 と 友 の 間 は 、 それ で よかった 。 とも||とも||あいだ|||| セリヌンティウス は 、 縄 打た れた 。 ||なわ|うた| メロス は 、 すぐに 出発 した 。 |||しゅっぱつ| 初夏 、 満天 の 星 である 。 しょか|まんてん||ほし|

メロス は その 夜 、 一睡 も せ ず 十 里 の 路 を 急ぎ に 急いで 、 村 へ 到着 した の は 、 翌 る 日 の 午前 、 陽 は 既に 高く 昇って 、 村人 たち は 野 に 出て 仕事 を はじめて いた 。 |||よ|いっすい||||じゅう|さと||じ||いそぎ||いそいで|むら||とうちゃく||||よく||ひ||ごぜん|よう||すでに|たかく|のぼって|むらびと|||の||でて|しごと||| メロス の 十六 の 妹 も 、 きょう は 兄 の 代り に 羊 群 の 番 を して いた 。 ||じゅうろく||いもうと||||あに||かわり||ひつじ|ぐん||ばん||| よろめいて 歩いて 来る 兄 の 、 疲労 困憊 の 姿 を 見つけて 驚いた 。 |あるいて|くる|あに||ひろう|こんぱい||すがた||みつけて|おどろいた そうして 、 うるさく 兄 に 質問 を 浴びせた 。 ||あに||しつもん||あびせた

「 なんでも無い 。」 なんでもない メロス は 無理に 笑おう と 努めた 。 ||むりに|わらおう||つとめた 「 市 に 用事 を 残して 来た 。 し||ようじ||のこして|きた また すぐ 市 に 行か なければ なら ぬ 。 ||し||いか||| あす 、 おまえ の 結婚 式 を 挙げる 。 |||けっこん|しき||あげる 早い ほう が よかろう 。」 はやい|||

妹 は 頬 を あからめた 。 いもうと||ほお||

「 うれしい か 。 綺麗な 衣裳 も 買って 来た 。 きれいな|いしょう||かって|きた さあ 、 これ から 行って 、 村 の 人 たち に 知らせて 来い 。 |||おこなって|むら||じん|||しらせて|こい 結婚 式 は 、 あす だ と 。」 けっこん|しき||||

メロス は 、 また 、 よ ろ よ ろ と 歩き 出し 、 家 へ 帰って 神々 の 祭壇 を 飾り 、 祝宴 の 席 を 調え 、 間もなく 床 に 倒れ 伏し 、 呼吸 も せ ぬ くらい の 深い 眠り に 落ちて しまった 。 ||||||||あるき|だし|いえ||かえって|かみがみ||さいだん||かざり|しゅくえん||せき||ととのえ|まもなく|とこ||たおれ|ふし|こきゅう||||||ふかい|ねむり||おちて|

眼 が 覚めた の は 夜 だった 。 がん||さめた|||よ| メロス は 起きて すぐ 、 花婿 の 家 を 訪れた 。 ||おきて||はなむこ||いえ||おとずれた Immediately after waking up, Meros visited the groom's house. そうして 、 少し 事情 が ある から 、 結婚 式 を 明日 に して くれ 、 と 頼んだ 。 |すこし|じじょう||||けっこん|しき||あした|||||たのんだ 婿 の 牧人 は 驚き 、 それ は いけない 、 こちら に は 未 だ 何の 仕度 も 出来て いない 、 葡萄 の 季節 まで 待って くれ 、 と 答えた 。 むこ||まきと||おどろき|||||||み||なんの|したく||できて||ぶどう||きせつ||まって|||こたえた メロス は 、 待つ こと は 出来 ぬ 、 どうか 明日 に して くれ 給え 、 と 更に 押して たのんだ 。 ||まつ|||でき|||あした||||たまえ||さらに|おして| 婿 の 牧人 も 頑強であった 。 むこ||まきと||がんきょうであった なかなか 承諾 して くれ ない 。 |しょうだく||| 夜明け まで 議論 を つづけて 、 やっと 、 どうにか 婿 を なだめ 、 すかして 、 説き伏せた 。 よあけ||ぎろん|||||むこ||||ときふせた 結婚 式 は 、 真昼 に 行わ れた 。 けっこん|しき||まひる||おこなわ| 新郎 新婦 の 、 神々 へ の 宣誓 が 済んだ ころ 、 黒 雲 が 空 を 覆い 、 ぽつりぽつり 雨 が 降り出し 、 やがて 車軸 を 流す ような 大雨 と なった 。 しんろう|しんぷ||かみがみ|||せんせい||すんだ||くろ|くも||から||おおい||あめ||ふりだし||しゃじく||ながす||おおあめ|| 祝宴 に 列席 して いた 村人 たち は 、 何 か 不吉な もの を 感じた が 、 それ でも 、 めいめい 気持 を 引きたて 、 狭い 家 の 中 で 、 むんむん 蒸し暑い の も 怺え 、 陽気に 歌 を うたい 、 手 を 拍った 。 しゅくえん||れっせき|||むらびと|||なん||ふきつな|||かんじた|||||きもち||ひきたて|せまい|いえ||なか|||むしあつい|||こらえ|ようきに|うた|||て||はく った メロス も 、 満面 に 喜色 を 湛え 、 しばらく は 、 王 と の あの 約束 を さえ 忘れて いた 。 ||まんめん||きしょく||たたえ|||おう||||やくそく|||わすれて| 祝宴 は 、 夜 に 入って いよいよ 乱れ 華やかに なり 、 人々 は 、 外 の 豪雨 を 全く 気 に し なく なった 。 しゅくえん||よ||はいって||みだれ|はなやかに||ひとびと||がい||ごうう||まったく|き|||| メロス は 、 一生 このまま ここ に いたい 、 と 思った 。 ||いっしょう||||い たい||おもった この 佳 い 人 たち と 生涯 暮して 行きたい と 願った が 、 いま は 、 自分 の からだ で 、 自分 の もの で は 無い 。 |か||じん|||しょうがい|くらして|いき たい||ねがった||||じぶん||||じぶん|||||ない まま なら ぬ 事 である 。 |||こと| メロス は 、 わが身 に 鞭打ち 、 ついに 出発 を 決意 した 。 ||わがみ||むちうち||しゅっぱつ||けつい| あす の 日没 まで に は 、 まだ 十 分 の 時 が 在る 。 ||にちぼつ|||||じゅう|ぶん||じ||ある ちょっと 一 眠り して 、 それ から すぐに 出発 しよう 、 と 考えた 。 |ひと|ねむり|||||しゅっぱつ|||かんがえた その頃 に は 、 雨 も 小 降り に なって いよう 。 そのころ|||あめ||しょう|ふり||| 少し でも 永く この 家 に 愚 図 愚 図 とどまって い たかった 。 すこし||ながく||いえ||ぐ|ず|ぐ|ず||| メロス ほど の 男 に も 、 やはり 未練 の 情 と いう もの は 在る 。 |||おとこ||||みれん||じょう|||||ある 今 宵 呆然 、 歓喜 に 酔って いる らしい 花嫁 に 近寄り 、 いま|よい|ぼうぜん|かんき||よって|||はなよめ||ちかより

「 おめでとう 。 私 は 疲れて しまった から 、 ちょっと ご免 こうむって 眠りたい 。 わたくし||つかれて||||ごめん||ねむり たい 眼 が 覚めたら 、 すぐに 市 に 出かける 。 がん||さめたら||し||でかける 大切な 用事 が ある のだ 。 たいせつな|ようじ||| 私 が い なくて も 、 もう おまえ に は 優しい 亭主 が ある のだ から 、 決して 寂しい 事 は 無い 。 わたくし|||||||||やさしい|ていしゅ|||||けっして|さびしい|こと||ない おまえ の 兄 の 、 一ばん きらいな もの は 、 人 を 疑う 事 と 、 それ から 、 嘘 を つく 事 だ 。 ||あに||ひとばん||||じん||うたがう|こと||||うそ|||こと| おまえ も 、 それ は 、 知っている ね 。 ||||しっている| 亭主 と の 間 に 、 どんな 秘密で も 作って は なら ぬ 。 ていしゅ|||あいだ|||ひみつで||つくって||| おまえ に 言いたい の は 、 それ だけ だ 。 ||いい たい||||| おまえ の 兄 は 、 たぶん 偉い 男 な のだ から 、 おまえ も その 誇り を 持って いろ 。」 ||あに|||えらい|おとこ|||||||ほこり||もって|

花嫁 は 、 夢見 心地 で 首肯いた 。 はなよめ||ゆめみ|ここち||うなずいた メロス は 、 それ から 花婿 の 肩 を たたいて 、 ||||はなむこ||かた||

「 仕度 の 無い の は お 互 さま さ 。 したく||ない||||ご|| 私 の 家 に も 、 宝 と いって は 、 妹 と 羊 だけ だ 。 わたくし||いえ|||たから||||いもうと||ひつじ|| 他 に は 、 何も 無い 。 た|||なにも|ない 全部 あげよう 。 ぜんぶ| もう 一 つ 、 メロス の 弟 に なった こと を 誇って くれ 。」 |ひと||||おとうと|||||ほこって|

花婿 は 揉み 手 して 、 てれて いた 。 はなむこ||もみ|て||| メロス は 笑って 村人 たち に も 会釈 して 、 宴席 から 立ち去り 、 羊 小屋 に もぐり込んで 、 死んだ ように 深く 眠った 。 ||わらって|むらびと||||えしゃく||えんせき||たちさり|ひつじ|こや||もぐりこんで|しんだ||ふかく|ねむった