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【朗読】声を便りに、声を頼りに, 梶井基次郎、愛撫

梶井 基 次郎 、愛 撫

愛 撫

梶井 基 次郎

猫 の 耳 と いう もの は まことに 可 笑 しなもの である 。 薄 べった く て 、 冷たくて 、 竹 の 子 の 皮 の ように 、 表 に は 絨毛 が 生えて いて 、 裏 は ピカピカ して いる 。 硬い ような 、 柔らかい ような 、 なんとも いえ ない 一種 特別の 物質 である 。 私 は 子供 の とき から 、 猫 の 耳 と いう と 、 一 度 「 切符 切り 」 で パチン と やって み たくて 堪ら なかった 。 これ は 残酷な 空想 だろう か ?

否 。 まったく 猫 の 耳 の 持って いる 一種 不可思議な 示唆 力 に よる のである 。 私 は 、 家 へ 来た ある 謹 厳 な 客 が 、 膝 へ あがって 来た 仔猫 の 耳 を 、 話 を し ながら 、 しきりに 抓って いた 光景 を 忘れる こと が でき ない 。

このような 疑惑 は 思いの外 に 執念深い もの である 。 「 切符 切り 」 で パチン と やる と いう ような 、 児 戯 に 類した 空想 も 、 思い切って 行為 に 移さ ない 限り 、 われわれ の アンニュイ の なか に 、 外観 上 の 年齢 を 遙 か に ながく 生き延びる 。 とっくに 分別 の できた 大人 が 、 今もなお 熱心に ―― 厚紙 で サンドウィッチ の ように 挾 んだ うえ から 一思いに 切って みたら ? ―― こんな こと を 考えて いる のである ! ところが 、 最近 、 ふとした こと から 、 この 空想 の 致命 的な 誤算 が 曝 露 して しまった 。

元来 、 猫 は 兎 の ように 耳 で 吊り下げられて も 、 そう 痛 がら ない 。 引っ張る と いう こと に 対して は 、 猫 の 耳 は 奇妙な 構造 を 持って いる 。 と いう の は 、 一 度 引っ張られて 破れた ような 痕跡 が 、 どの 猫 の 耳 に も ある のである 。 その 破れた 箇所 に は 、 また 巧妙な 補 片 が 当って いて 、 まったく それ は 、 創造 説 を 信じる 人 に とって も 進化 論 を 信じる 人 に とって も 、 不可思議な 、 滑稽な 耳 たる を 失わ ない 。 そして その 補 片 が 、 耳 を 引っ張ら れる とき の 緩 めに なる に ちがいない のである 。 そんな わけ で 、 耳 を 引っ張ら れる こと に 関して は 、 猫 は いたって 平気だ 。 それでは 、 圧迫 に 対して は どう か と いう と 、 これ も 指 で つまむ くらい で は 、 いくら 強く して も 痛 がら ない 。 さきほど の 客 の ように 抓って 見た ところ で 、 ごく 稀に しか 悲鳴 を 発し ない のである 。 こんな ところ から 、 猫 の 耳 は 不死身の ような 疑い を 受け 、 ひいては 「 切符 切り 」 の 危険に も 曝さ れる のである が 、 ある 日 、 私 は 猫 と 遊んで いる 最中 に 、 とうとう その 耳 を 噛んで しまった のである 。 これ が 私 の 発見 だった のである 。 噛ま れる や 否 や 、 その 下らない 奴 は 、 直ちに 悲鳴 を あげた 。 私 の 古い 空想 は その場で 壊れて しまった 。 猫 は 耳 を 噛ま れる の が 一 番 痛い のである 。 悲鳴 は 最も 微 かな ところ から はじまる 。 だんだん 強く する ほど 、 だんだん 強く 鳴く 。 Crescendo の うまく 出る ―― なんだか 木管 楽器 の ような 気 が する 。

私 の ながらく の 空想 は 、 かく の 如く に して 消えて しまった 。 しかし こういう こと に は きり が ない と 見える 。 この頃 、 私 は また 別な こと を 空想 し はじめて いる 。

それ は 、 猫 の 爪 を みんな 切って しまう のである 。 猫 は どう なる だろう ? おそらく 彼 は 死んで しまう ので は なかろう か ?

いつも の ように 、 彼 は 木 登り を しよう と する 。 ―― でき ない 。 人 の 裾 を 目がけて 跳び かかる 。 ―― 異 う 。 爪 を 研ごう と する 。 ―― なんにも ない 。 おそらく 彼 は こんな こと を 何度 も やって みる に ちがいない 。 その たび に だんだん 今 の 自分 が 昔 の 自分 と 異 う ことに 気 が ついて ゆく 。 彼 は だんだん 自信 を 失って ゆく 。 もはや 自分 が ある 「 高 さ 」 に いる と いう こと に さえ ブルブル 慄 えず に は いられ ない 。 「 落下 」 から 常に 自分 を 守って くれて いた 爪 が もはや ない から である 。 彼 は よたよた と 歩く 別の 動物 に なって しまう 。 遂に それ さえ し なく なる 。 絶望 ! そして 絶え間 の ない 恐怖 の 夢 を 見 ながら 、 物 を 食べる 元気 さえ 失せ て 、 遂に は ―― 死んで しまう 。

爪 の ない 猫 ! こんな 、 便り ない 、 哀れな 心 持 の もの が あろう か ! 空想 を 失って しまった 詩人 、 早 発 性 痴呆 に 陥った 天才 に も 似て いる !

この 空想 は いつも 私 を 悲しく する 。 その 全 き 悲しみ の ため に 、 この 結末 の 妥当である か どう か と いう こと さえ 、 私 に とって は 問題 で は なく なって しまう 。 しかし 、 はたして 、 爪 を 抜か れた 猫 は どう なる のだろう 。 眼 を 抜かれて も 、 髭 を 抜かれて も 猫 は 生きて いる に ちがいない 。 しかし 、 柔らかい 蹠 の 、 鞘 の なか に 隠さ れた 、 鉤 の ように 曲った 、 匕 首 の ように 鋭い 爪 ! これ が この 動物 の 活力 であり 、 智 慧 であり 、 精霊 であり 、 一切 である こと を 私 は 信じて 疑わ ない のである 。

ある 日 私 は 奇妙な 夢 を 見た 。

X ―― と いう 女 の 人 の 私 室 である 。 この 女 の 人 は 平常 可愛い 猫 を 飼って いて 、 私 が 行く と 、 抱いて いた 胸 から 、 いつも そい つ を 放して 寄 来す のである が 、 いつも 私 は それ に 辟易 する のである 。 抱きあげて 見る と 、 その 仔猫 に は 、 いつも 微 かな 香料 の 匂い が して いる 。

夢 の なか の 彼女 は 、 鏡 の 前 で 化粧 して いた 。 私 は 新聞 か なに か を 見 ながら 、 ちらちら その方 を 眺めて いた のである が 、 アッ と 驚き の 小さな 声 を あげた 。 彼女 は 、 なんと ! 猫 の 手 で 顔 へ 白 粉 を 塗って いる のである 。 私 は ゾッと した 。 しかし 、 なお よく 見て いる と 、 それ は 一種 の 化粧 道具 で 、 ただ それ を 猫 と 同じ ように 使って いる んだ と いう こと が わかった 。 しかし あまり それ が 不思議な ので 、 私 は うしろ から 尋ね ず に は いられ なかった 。 「 それ な んです ? 顔 を コスって いる もの ? 」「 これ ? 」 夫人 は 微笑 と ともに 振り向いた 。 そして それ を 私 の 方 へ 抛って 寄 来した 。 取りあげて 見る と 、 やはり 猫 の 手 な のである 。 「 いったい 、 これ 、 どうした の ! 」 訊 き ながら 私 は 、 今日 は いつも の 仔猫 が いない こと や 、 その 前足 が どうやら その 猫 の もの らしい こと を 、 閃光 の ように 了解 した 。 「 わかって いる じゃ ない の 。 これ は ミュル の 前足 よ 」

彼女 の 答え は 平然と して いた 。 そして 、 この 頃 外国 で こんな の が 流行る と いう ので 、 ミュル で 作って 見た のだ と いう のである 。 あなた が 作った の か と 、 内心 私 は 彼女 の 残酷 さ に 舌 を 巻き ながら 尋ねて 見る と 、 それ は 大学 の 医科 の 小 使 が 作って くれた と いう のである 。 私 は 医科 の 小 使 と いう もの が 、 解剖 の あと の 死体 の 首 を 土 に 埋めて 置いて 髑髏 を 作り 、 学生 と 秘密の 取引 を する と いう こと を 聞いて いた ので 、 非常に 嫌な 気 に なった 。 何も そんな 奴 に 頼ま なく たって いい じゃ ない か 。 そして 女 と いう もの の 、 そんな こと に かけて の 、 無神経 さ や 残酷 さ を 、 今更 の ように 憎み 出した 。 しかし それ が 外国 で 流行って いる と いう こと に ついて は 、 自分 も なに か そんな こと を 、 婦人 雑誌 か 新聞 か で 読んで いた ような 気 が した 。 ――

猫 の 手 の 化粧 道具 ! 私 は 猫 の 前足 を 引っ張って 来て 、 いつも 独り 笑い を し ながら 、 その 毛並 を 撫でて やる 。 彼 が 顔 を 洗う 前足 の 横 側 に は 、 毛 脚 の 短い 絨氈 の ような 毛 が 密生 して いて 、 なるほど 人間 の 化粧 道具 に も なり そうな のである 。 しかし 私 に は それ が 何の 役 に 立とう ? 私 は ゴロッ と 仰向き に 寝転んで 、 猫 を 顔 の 上 へ あげて 来る 。 二 本 の 前足 を 掴んで 来て 、 柔らかい その 蹠 を 、 一 つ ずつ 私 の 眼 蓋 に あてがう 。 快い 猫 の 重量 。 温かい その 蹠 。 私 の 疲れた 眼球 に は 、 しみじみ と した 、 この世 の もの で ない 休息 が 伝わって 来る 。

仔猫 よ ! 後生 だ から 、 しばらく 踏み外さ ないで いろ よ 。 お前 は すぐ 爪 を 立てる のだ から 。


梶井 基 次郎 、愛 撫 かじい|もと|じろう|あい|ぶ Kajii Motojiro, caress Kajii, Motojiro, caricias.

愛 撫 あい|ぶ

梶井 基 次郎 かじい|もと|じろう

猫 の 耳 と いう もの は まことに 可 笑 しなもの である 。 ねこ||みみ||||||か|わら|| 薄 べった く て 、 冷たくて 、 竹 の 子 の 皮 の ように 、 表 に は 絨毛 が 生えて いて 、 裏 は ピカピカ して いる 。 うす|べ った|||つめたくて|たけ||こ||かわ|||ひょう|||じゅうもう||はえて||うら||ぴかぴか|| 它又薄又冷,就像竹笋的皮一样,外面长着绒毛,里面闪闪发亮。 硬い ような 、 柔らかい ような 、 なんとも いえ ない 一種 特別の 物質 である 。 かたい||やわらかい|||||いっしゅ|とくべつの|ぶっしつ| 私 は 子供 の とき から 、 猫 の 耳 と いう と 、 一 度 「 切符 切り 」 で パチン と やって み たくて 堪ら なかった 。 わたくし||こども||||ねこ||みみ||||ひと|たび|きっぷ|きり|||||||たまら| Since I was a kid, when I talked about cat ears, I couldn't stand it because I wanted to snap it with a "ticket ticket". これ は 残酷な 空想 だろう か ? ||ざんこくな|くうそう||

否 。 いな まったく 猫 の 耳 の 持って いる 一種 不可思議な 示唆 力 に よる のである 。 |ねこ||みみ||もって||いっしゅ|ふかしぎな|しさ|ちから||| It is entirely due to a kind of mysterious suggestive power that the cat's ears have. 私 は 、 家 へ 来た ある 謹 厳 な 客 が 、 膝 へ あがって 来た 仔猫 の 耳 を 、 話 を し ながら 、 しきりに 抓って いた 光景 を 忘れる こと が でき ない 。 わたくし||いえ||きた||つつし|いわお||きゃく||ひざ|||きた|しねこ||みみ||はなし|||||つねって||こうけい||わすれる||||

このような 疑惑 は 思いの外 に 執念深い もの である 。 |ぎわく||おもいのほか||しゅうねんぶかい|| Such suspicions are unexpectedly obsessive. 「 切符 切り 」 で パチン と やる と いう ような 、 児 戯 に 類した 空想 も 、 思い切って 行為 に 移さ ない 限り 、 われわれ の アンニュイ の なか に 、 外観 上 の 年齢 を 遙 か に ながく 生き延びる 。 きっぷ|きり||||||||じ|ぎ||るいした|くうそう||おもいきって|こうい||うつさ||かぎり|||||||がいかん|うえ||ねんれい||はるか||||いきのびる Childhood-like fantasies, such as snapping with a "ticket ticket," will survive much longer in our ennui, unless we take the plunge. とっくに 分別 の できた 大人 が 、 今もなお 熱心に ―― 厚紙 で サンドウィッチ の ように 挾 んだ うえ から 一思いに 切って みたら ? |ぶんべつ|||おとな||いまもなお|ねっしんに|あつがみ|||||きょう||||ひとおもいに|きって| An adult who has been able to sort out is still enthusiastic--Why don't you cut it all at once after squeezing it like a sandwich with thick paper? 如果一个明智的成年人,即使是现在,也尝试将它像三明治一样夹在纸板之间,然后将其切成碎片怎么办? ―― こんな こと を 考えて いる のである ! |||かんがえて|| ——我就是这么想的! ところが 、 最近 、 ふとした こと から 、 この 空想 の 致命 的な 誤算 が 曝 露 して しまった 。 |さいきん|||||くうそう||ちめい|てきな|ごさん||さら|ろ|| 然而最近,这个幻想中的致命误判被曝光。

元来 、 猫 は 兎 の ように 耳 で 吊り下げられて も 、 そう 痛 がら ない 。 がんらい|ねこ||うさぎ|||みみ||つりさげ られて|||つう|| 本来,猫并没有像兔子那样被耳朵吊着受多大的苦。 引っ張る と いう こと に 対して は 、 猫 の 耳 は 奇妙な 構造 を 持って いる 。 ひっぱる|||||たいして||ねこ||みみ||きみょうな|こうぞう||もって| 猫耳朵在拉动时有一种奇怪的结构。 と いう の は 、 一 度 引っ張られて 破れた ような 痕跡 が 、 どの 猫 の 耳 に も ある のである 。 ||||ひと|たび|ひっぱら れて|やぶれた||こんせき|||ねこ||みみ|||| 这是因为每只猫的耳朵上都有一个痕迹,看起来像是被拉扯过一次。 その 破れた 箇所 に は 、 また 巧妙な 補 片 が 当って いて 、 まったく それ は 、 創造 説 を 信じる 人 に とって も 進化 論 を 信じる 人 に とって も 、 不可思議な 、 滑稽な 耳 たる を 失わ ない 。 |やぶれた|かしょ||||こうみょうな|ほ|かた||あたって|||||そうぞう|せつ||しんじる|じん||||しんか|ろん||しんじる|じん||||ふかしぎな|こっけいな|みみ|||うしなわ| 还有一个巧妙的替代品来代替破损的部分,无论对那些相信神创论的人还是那些相信进化论的人来说,它都不会失去神秘和幽默的感觉。 そして その 補 片 が 、 耳 を 引っ張ら れる とき の 緩 めに なる に ちがいない のである 。 ||ほ|かた||みみ||ひっぱら||||ゆる||||| And the prosthesis must be the loosening when the ear is pulled. そんな わけ で 、 耳 を 引っ張ら れる こと に 関して は 、 猫 は いたって 平気だ 。 |||みみ||ひっぱら||||かんして||ねこ|||へいきだ 这就是为什么猫不介意被拉耳朵。 それでは 、 圧迫 に 対して は どう か と いう と 、 これ も 指 で つまむ くらい で は 、 いくら 強く して も 痛 がら ない 。 |あっぱく||たいして|||||||||ゆび|||||||つよく|||つう|| 那么压力呢?只要用手指捏一下,无论用多大的力气,都不会痛。 さきほど の 客 の ように 抓って 見た ところ で 、 ごく 稀に しか 悲鳴 を 発し ない のである 。 ||きゃく|||つねって|みた||||まれに||ひめい||はっし|| When I looked at it like the customer I mentioned earlier, it screamed very rarely. 即使你像来访者一样把它捡起来看,它也很少发出尖叫声。 こんな ところ から 、 猫 の 耳 は 不死身の ような 疑い を 受け 、 ひいては 「 切符 切り 」 の 危険に も 曝さ れる のである が 、 ある 日 、 私 は 猫 と 遊んで いる 最中 に 、 とうとう その 耳 を 噛んで しまった のである 。 |||ねこ||みみ||ふじみの||うたがい||うけ||きっぷ|きり||きけんに||さらさ|||||ひ|わたくし||ねこ||あそんで||さい なか||||みみ||かんで|| 正因为如此,猫的耳朵被怀疑是刀枪不入,甚至面临着被剪票的危险,然而有一天,我在和猫玩耍时,咬到了猫的耳朵,这就出了问题。 これ が 私 の 発見 だった のである 。 ||わたくし||はっけん|| 这是我的发现。 噛ま れる や 否 や 、 その 下らない 奴 は 、 直ちに 悲鳴 を あげた 。 かま|||いな|||くだらない|やつ||ただちに|ひめい|| 私 の 古い 空想 は その場で 壊れて しまった 。 わたくし||ふるい|くうそう||そのばで|こぼれて| 猫 は 耳 を 噛ま れる の が 一 番 痛い のである 。 ねこ||みみ||かま||||ひと|ばん|いたい| 对于猫来说,耳朵被咬是最痛苦的。 悲鳴 は 最も 微 かな ところ から はじまる 。 ひめい||もっとも|び|||| だんだん 強く する ほど 、 だんだん 強く 鳴く 。 |つよく||||つよく|なく Crescendo の うまく 出る ―― なんだか 木管 楽器 の ような 気 が する 。 crescendo|||でる||もっかん|がっき|||き||

私 の ながらく の 空想 は 、 かく の 如く に して 消えて しまった 。 わたくし||||くうそう||||ごとく|||きえて| My fantasy has disappeared in this way. 就这样,我童年的幻想消失了。 しかし こういう こと に は きり が ない と 見える 。 |||||||||みえる However, it seems that there is no end to this. 然而,这种事情似乎没有尽头。 この頃 、 私 は また 別な こと を 空想 し はじめて いる 。 このごろ|わたくし|||べつな|||くうそう|||

それ は 、 猫 の 爪 を みんな 切って しまう のである 。 ||ねこ||つめ|||きって|| 猫 は どう なる だろう ? ねこ|||| おそらく 彼 は 死んで しまう ので は なかろう か ? |かれ||しんで||||| Perhaps he will die?

いつも の ように 、 彼 は 木 登り を しよう と する 。 |||かれ||き|のぼり|||| ―― でき ない 。 人 の 裾 を 目がけて 跳び かかる 。 じん||すそ||めがけて|とび| Jumping at the hem of a person. 跳到某人的下摆。 ―― 異 う 。 い| ――No. 爪 を 研ごう と する 。 つめ||とごう|| Trying to sharpen your nails. 试着把我的指甲磨尖。 ―― なんにも ない 。 おそらく 彼 は こんな こと を 何度 も やって みる に ちがいない 。 |かれ|||||なんど||||| Perhaps he must try this over and over again. 我相信他会多次尝试这样的事情。 その たび に だんだん 今 の 自分 が 昔 の 自分 と 異 う ことに 気 が ついて ゆく 。 ||||いま||じぶん||むかし||じぶん||い|||き||| Every time, I gradually realize that I am different from what I used to be. 彼 は だんだん 自信 を 失って ゆく 。 かれ|||じしん||うしなって| He gradually loses his confidence. もはや 自分 が ある 「 高 さ 」 に いる と いう こと に さえ ブルブル 慄 えず に は いられ ない 。 |じぶん|||たか|||||||||ぶるぶる|りつ||||いら れ| 我什至无法想象自己处于某个“高度”而不感到恐惧。 「 落下 」 から 常に 自分 を 守って くれて いた 爪 が もはや ない から である 。 らっか||とわに|じぶん||まもって|||つめ||||| 这是因为一直保护我不摔倒的爪子已经不复存在了。 彼 は よたよた と 歩く 別の 動物 に なって しまう 。 かれ||||あるく|べつの|どうぶつ||| 遂に それ さえ し なく なる 。 ついに||||| At last it doesn't even happen. 最终,即使这样也不再需要了。 絶望 ! ぜつぼう そして 絶え間 の ない 恐怖 の 夢 を 見 ながら 、 物 を 食べる 元気 さえ 失せ て 、 遂に は ―― 死んで しまう 。 |たえま|||きょうふ||ゆめ||み||ぶつ||たべる|げんき||しっせ||ついに||しんで| 然后,当他梦见持续的恐惧时,他甚至失去了进食的力气,最终死亡。

爪 の ない 猫 ! つめ|||ねこ 没有爪子的猫! こんな 、 便り ない 、 哀れな 心 持 の もの が あろう か ! |たより||あわれな|こころ|じ||||| 天底下还有这么可怜的心却没有消息的人吗? 空想 を 失って しまった 詩人 、 早 発 性 痴呆 に 陥った 天才 に も 似て いる ! くうそう||うしなって||しじん|はや|はつ|せい|ちほう||おちいった|てんさい|||にて| It's like a poet who has lost his fantasy, a genius who has fallen into dementia praec! 他就像一个失去想象力的诗人,一个早发性痴呆的天才!

この 空想 は いつも 私 を 悲しく する 。 |くうそう|||わたくし||かなしく| その 全 き 悲しみ の ため に 、 この 結末 の 妥当である か どう か と いう こと さえ 、 私 に とって は 問題 で は なく なって しまう 。 |ぜん||かなしみ|||||けつまつ||だとうである||||||||わたくし||||もんだい||||| Because of that total grief, whether or not this ending is valid is no longer a problem for me. しかし 、 はたして 、 爪 を 抜か れた 猫 は どう なる のだろう 。 ||つめ||ぬか||ねこ|||| 眼 を 抜かれて も 、 髭 を 抜かれて も 猫 は 生きて いる に ちがいない 。 がん||ぬか れて||ひげ||ぬか れて||ねこ||いきて||| しかし 、 柔らかい 蹠 の 、 鞘 の なか に 隠さ れた 、 鉤 の ように 曲った 、 匕 首 の ように 鋭い 爪 ! |やわらかい|せき||さや||||かくさ||こう|||まがった|さじ|くび|||するどい|つめ But the soft scabbard, hidden in the scabbard, bent like a hook, sharp claws like a neck! 然而,豆荚柔软的鞘内却藏着弯曲如钩、锋利如蛇颈的利爪! これ が この 動物 の 活力 であり 、 智 慧 であり 、 精霊 であり 、 一切 である こと を 私 は 信じて 疑わ ない のである 。 |||どうぶつ||かつりょく||さとし|さとし||せいれい||いっさい||||わたくし||しんじて|うたがわ|| I do not doubt that this is the vitality, wisdom, spirit, and everything of this animal. 我相信并且毫不怀疑,这就是这种动物的生命力、智慧、精神,以及一切。

ある 日 私 は 奇妙な 夢 を 見た 。 |ひ|わたくし||きみょうな|ゆめ||みた

X ―― と いう 女 の 人 の 私 室 である 。 x|||おんな||じん||わたくし|しつ| この 女 の 人 は 平常 可愛い 猫 を 飼って いて 、 私 が 行く と 、 抱いて いた 胸 から 、 いつも そい つ を 放して 寄 来す のである が 、 いつも 私 は それ に 辟易 する のである 。 |おんな||じん||へいじょう|かわいい|ねこ||かって||わたくし||いく||いだいて||むね||||||はなして|よ|きたす||||わたくし||||へきえき|| This woman usually has a cute cat, and when I go, she always comes away from her chest, but I'm always tired of it. 这个女人通常养着一只可爱的猫,当我去那里时,她总是把它从胸口放出来,靠近我,但我总是厌倦它。 抱きあげて 見る と 、 その 仔猫 に は 、 いつも 微 かな 香料 の 匂い が して いる 。 だきあげて|みる|||しねこ||||び||こうりょう||におい||| 每当我抱起一只小猫看它时,总有一股淡淡的香水味。

夢 の なか の 彼女 は 、 鏡 の 前 で 化粧 して いた 。 ゆめ||||かのじょ||きよう||ぜん||けしょう|| 私 は 新聞 か なに か を 見 ながら 、 ちらちら その方 を 眺めて いた のである が 、 アッ と 驚き の 小さな 声 を あげた 。 わたくし||しんぶん|||||み|||そのほう||ながめて||||||おどろき||ちいさな|こえ|| 彼女 は 、 なんと ! かのじょ|| 猫 の 手 で 顔 へ 白 粉 を 塗って いる のである 。 ねこ||て||かお||しろ|こな||ぬって|| 她正在用猫的手往脸上抹白色粉末。 私 は ゾッと した 。 わたくし||ぞっと| I was horrified. しかし 、 なお よく 見て いる と 、 それ は 一種 の 化粧 道具 で 、 ただ それ を 猫 と 同じ ように 使って いる んだ と いう こと が わかった 。 |||みて|||||いっしゅ||けしょう|どうぐ|||||ねこ||おなじ||つかって||||||| しかし あまり それ が 不思議な ので 、 私 は うしろ から 尋ね ず に は いられ なかった 。 ||||ふしぎな||わたくし||||たずね||||いら れ| But it was so strange that I couldn't help but ask from behind. 「 それ な んです ? 顔 を コスって いる もの ? かお||コス って|| Is it a costume play on your face? 你穿什么衣服来修饰你的脸? 」「 これ ? 」 夫人 は 微笑 と ともに 振り向いた 。 ふじん||びしょう|||ふりむいた そして それ を 私 の 方 へ 抛って 寄 来した 。 |||わたくし||かた||なげうって|よ|きたした 取りあげて 見る と 、 やはり 猫 の 手 な のである 。 とりあげて|みる|||ねこ||て|| If you take it up and look at it, it's still a cat's hand. 「 いったい 、 これ 、 どうした の ! 」 訊 き ながら 私 は 、 今日 は いつも の 仔猫 が いない こと や 、 その 前足 が どうやら その 猫 の もの らしい こと を 、 閃光 の ように 了解 した 。 じん|||わたくし||きょう||||しねこ||||||まえあし||||ねこ||||||せんこう|||りょうかい| 「 わかって いる じゃ ない の 。 "I don't know. これ は ミュル の 前足 よ 」 ||||まえあし| This is Mir's paw."

彼女 の 答え は 平然と して いた 。 かのじょ||こたえ||へいぜんと|| そして 、 この 頃 外国 で こんな の が 流行る と いう ので 、 ミュル で 作って 見た のだ と いう のである 。 ||ころ|がいこく|||||はやる||||||つくって|みた|||| And, around this time, it is said that such a thing is popular in foreign countries, so I made it with Mir and saw it. 他也听说最近国外流行这种东西,就在骡子里做了一个,看到了。 あなた が 作った の か と 、 内心 私 は 彼女 の 残酷 さ に 舌 を 巻き ながら 尋ねて 見る と 、 それ は 大学 の 医科 の 小 使 が 作って くれた と いう のである 。 ||つくった||||ないしん|わたくし||かのじょ||ざんこく|||した||まき||たずねて|みる||||だいがく||いか||しょう|つか||つくって|||| 我问她是不是你做的,当我问她时,我对她的残忍感到舌头卷曲,她告诉我这是由大学医学部的特使做的。 私 は 医科 の 小 使 と いう もの が 、 解剖 の あと の 死体 の 首 を 土 に 埋めて 置いて 髑髏 を 作り 、 学生 と 秘密の 取引 を する と いう こと を 聞いて いた ので 、 非常に 嫌な 気 に なった 。 わたくし||いか||しょう|つか|||||かいぼう||||したい||くび||つち||うずめて|おいて|どくろ||つくり|がくせい||ひみつの|とりひき|||||||きいて|||ひじょうに|いやな|き|| 何も そんな 奴 に 頼ま なく たって いい じゃ ない か 。 なにも||やつ||たのま|||||| You don't have to ask such a guy for anything. そして 女 と いう もの の 、 そんな こと に かけて の 、 無神経 さ や 残酷 さ を 、 今更 の ように 憎み 出した 。 |おんな||||||||||むしんけい|||ざんこく|||いまさら|||にくみ|だした しかし それ が 外国 で 流行って いる と いう こと に ついて は 、 自分 も なに か そんな こと を 、 婦人 雑誌 か 新聞 か で 読んで いた ような 気 が した 。 |||がいこく||はやって||||||||じぶん|||||||ふじん|ざっし||しんぶん|||よんで|||き|| ――

猫 の 手 の 化粧 道具 ! ねこ||て||けしょう|どうぐ 私 は 猫 の 前足 を 引っ張って 来て 、 いつも 独り 笑い を し ながら 、 その 毛並 を 撫でて やる 。 わたくし||ねこ||まえあし||ひっぱって|きて||ひとり|わらい|||||けなみ||なでて| 我会拉着猫的爪子,抚摸它的皮毛,总是自己笑。 彼 が 顔 を 洗う 前足 の 横 側 に は 、 毛 脚 の 短い 絨氈 の ような 毛 が 密生 して いて 、 なるほど 人間 の 化粧 道具 に も なり そうな のである 。 かれ||かお||あらう|まえあし||よこ|がわ|||け|あし||みじかい|じゅうせん|||け||みっせい||||にんげん||けしょう|どうぐ||||そう な| The side of his forefoot, where he washes his face, is densely populated with short villi-like hairs on his legs, which are likely to be a human make-up tool. 它洗脸的前腿两侧长满了地毯般的短毛,看起来可以用作人类的化妆工具。 しかし 私 に は それ が 何の 役 に 立とう ? |わたくし|||||なんの|やく||りっとう But what good is it to me? 但它对我有什么用呢? 私 は ゴロッ と 仰向き に 寝転んで 、 猫 を 顔 の 上 へ あげて 来る 。 わたくし||||あおむき||ねころんで|ねこ||かお||うえ|||くる I lie flat on my back and raise the cat above my face. 二 本 の 前足 を 掴んで 来て 、 柔らかい その 蹠 を 、 一 つ ずつ 私 の 眼 蓋 に あてがう 。 ふた|ほん||まえあし||つかんで|きて|やわらかい||せき||ひと|||わたくし||がん|ふた|| 它用两只前爪抓住我,把柔软的垫子放在我的眼睑上,一次一只。 快い 猫 の 重量 。 こころよい|ねこ||じゅうりょう 温かい その 蹠 。 あたたかい||せき 私 の 疲れた 眼球 に は 、 しみじみ と した 、 この世 の もの で ない 休息 が 伝わって 来る 。 わたくし||つかれた|がんきゅう||||||このよ|||||きゅうそく||つたわって|くる My tired eyes carry a soothing, non-worldly rest. 我疲惫的眼睛感受到一种深深的空灵休息。

仔猫 よ ! しねこ| 後生 だ から 、 しばらく 踏み外さ ないで いろ よ 。 ごしょう||||ふみはずさ||| 这是一个新的生活,所以暂时不要让它妨碍你。 お前 は すぐ 爪 を 立てる のだ から 。 おまえ|||つめ||たてる||