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こころ - 夏目漱石 - Soseki Project, Section 030 - Kokoro - Soseki Project

Section 030 - Kokoro - Soseki Project

私 は 先生 の この 人生 観 の 基点 に 、 或る 強烈な 恋愛 事件 を 仮定 して みた 。 ( 無論 先生 と 奥さん と の 間 に 起った )。 先生 が かつて 恋 は 罪悪 だ と いった 事 から 照らし合せて 見る と 、 多少 それ が 手掛り に も なった 。 しかし 先生 は 現に 奥さん を 愛して いる と 私 に 告げた 。 すると 二 人 の 恋 から こんな 厭 世に 近い 覚悟 が 出よう はず が なかった 。 「 かつて は その 人 の 前 に 跪いた と いう 記憶 が 、 今度 は その 人 の 頭 の 上 に 足 を 載せ させよう と する 」 と いった 先生 の 言葉 は 、 現代 一般 の 誰 彼 に ついて 用いられる べきで 、 先生 と 奥さん の 間 に は 当てはまら ない もの の ようで も あった 。 雑 司 ヶ 谷 に ある 誰 だ か 分 ら ない 人 の 墓 、―― これ も 私 の 記憶 に 時々 動いた 。 私 は それ が 先生 と 深い 縁故 の ある 墓 だ と いう 事 を 知っていた 。 先生 の 生活 に 近づき つつ あり ながら 、 近づく 事 の でき ない 私 は 、 先生 の 頭 の 中 に ある 生命 の 断片 と して 、 その 墓 を 私 の 頭 の 中 に も 受け入れた 。 けれども 私 に 取って その 墓 は 全く 死んだ もの であった 。 二 人 の 間 に ある 生命 の 扉 を 開ける 鍵 に は なら なかった 。 むしろ 二 人 の 間 に 立って 、 自由 の 往来 を 妨げる 魔物 の ようであった 。

そう こうして いる うち に 、 私 は また 奥さん と 差し向い で 話 を しなければ なら ない 時機 が 来た 。 その頃 は 日 の 詰って 行く せわ し ない 秋 に 、 誰 も 注意 を 惹 かれる 肌寒 の 季節 であった 。 先生 の 附近 で 盗難 に 罹った もの が 三 、 四 日 続いて 出た 。 盗難 は いずれ も 宵 の 口 であった 。 大した もの を 持って行か れた 家 は ほとんど なかった けれども 、 はいら れた 所 で は 必ず 何 か 取ら れた 。 奥さん は 気味 を わるく した 。 そこ へ 先生 が ある 晩 家 を 空け なければ なら ない 事情 が できて きた 。 先生 と 同郷 の 友人 で 地方 の 病院 に 奉職 して いる もの が 上京 した ため 、 先生 は 外 の 二 、 三 名 と 共に 、 ある 所 で その 友人 に 飯 を 食わせ なければ なら なく なった 。 先生 は 訳 を 話して 、 私 に 帰って くる 間 まで の 留守番 を 頼んだ 。 私 は すぐ 引き受けた 。


Section 030 - Kokoro - Soseki Project Abschnitt 030 - Projekt Kokoro - Soseki Section 030 - Kokoro - Soseki Project

私 は 先生 の この 人生 観 の 基点 に 、 或る 強烈な 恋愛 事件 を 仮定 して みた 。 わたくし||せんせい|||じんせい|かん||きてん||ある|きょうれつな|れんあい|じけん||かてい|| I hypothesized a strong love affair at the base of my teacher's view of life. ( 無論 先生 と 奥さん と の 間 に 起った )。 むろん|せんせい||おくさん|||あいだ||おこった (Of course, it happened between the teacher and his wife). 先生 が かつて 恋 は 罪悪 だ と いった 事 から 照らし合せて 見る と 、 多少 それ が 手掛り に も なった 。 せんせい|||こい||ざいあく||||こと||てらしあわせて|みる||たしょう|||てがかり||| In light of the fact that the teacher once said that love was guilty, it was a little clue. しかし 先生 は 現に 奥さん を 愛して いる と 私 に 告げた 。 |せんせい||げんに|おくさん||あいして|||わたくし||つげた すると 二 人 の 恋 から こんな 厭 世に 近い 覚悟 が 出よう はず が なかった 。 |ふた|じん||こい|||いと|よに|ちかい|かくご||でよう||| 「 かつて は その 人 の 前 に 跪いた と いう 記憶 が 、 今度 は その 人 の 頭 の 上 に 足 を 載せ させよう と する 」 と いった 先生 の 言葉 は 、 現代 一般 の 誰 彼 に ついて 用いられる べきで 、 先生 と 奥さん の 間 に は 当てはまら ない もの の ようで も あった 。 |||じん||ぜん||ひざまずいた|||きおく||こんど|||じん||あたま||うえ||あし||のせ|さ せよう|||||せんせい||ことば||げんだい|いっぱん||だれ|かれ|||もちいられる||せんせい||おくさん||あいだ|||あてはまら|||||| 雑 司 ヶ 谷 に ある 誰 だ か 分 ら ない 人 の 墓 、―― これ も 私 の 記憶 に 時々 動いた 。 ざつ|つかさ||たに|||だれ|||ぶん|||じん||はか|||わたくし||きおく||ときどき|うごいた The grave of an unknown person in the miscellaneous valley, which also moved to my memory from time to time. 私 は それ が 先生 と 深い 縁故 の ある 墓 だ と いう 事 を 知っていた 。 わたくし||||せんせい||ふかい|えんこ|||はか||||こと||しっていた 先生 の 生活 に 近づき つつ あり ながら 、 近づく 事 の でき ない 私 は 、 先生 の 頭 の 中 に ある 生命 の 断片 と して 、 その 墓 を 私 の 頭 の 中 に も 受け入れた 。 せんせい||せいかつ||ちかづき||||ちかづく|こと||||わたくし||せんせい||あたま||なか|||せいめい||だんぺん||||はか||わたくし||あたま||なか|||うけいれた I was approaching the teacher's life, but I couldn't, and I accepted the grave in my head as a fragment of life in the teacher's head. けれども 私 に 取って その 墓 は 全く 死んだ もの であった 。 |わたくし||とって||はか||まったく|しんだ|| 二 人 の 間 に ある 生命 の 扉 を 開ける 鍵 に は なら なかった 。 ふた|じん||あいだ|||せいめい||とびら||あける|かぎ|||| むしろ 二 人 の 間 に 立って 、 自由 の 往来 を 妨げる 魔物 の ようであった 。 |ふた|じん||あいだ||たって|じゆう||おうらい||さまたげる|まもの||

そう こうして いる うち に 、 私 は また 奥さん と 差し向い で 話 を しなければ なら ない 時機 が 来た 。 |||||わたくし|||おくさん||さしむかい||はなし|||||じき||きた その頃 は 日 の 詰って 行く せわ し ない 秋 に 、 誰 も 注意 を 惹 かれる 肌寒 の 季節 であった 。 そのころ||ひ||なじって|いく||||あき||だれ||ちゅうい||じゃく||はださむ||きせつ| At that time, it was a chilly season that attracted everyone's attention in the busy autumn. 先生 の 附近 で 盗難 に 罹った もの が 三 、 四 日 続いて 出た 。 せんせい||ふきん||とうなん||りった|||みっ|よっ|ひ|つづいて|でた 盗難 は いずれ も 宵 の 口 であった 。 とうなん||||よい||くち| 大した もの を 持って行か れた 家 は ほとんど なかった けれども 、 はいら れた 所 で は 必ず 何 か 取ら れた 。 たいした|||もっていか||いえ|||||||しょ|||かならず|なん||とら| Few homes were taken with much, but some were always taken wherever they were. 奥さん は 気味 を わるく した 。 おくさん||きみ||| そこ へ 先生 が ある 晩 家 を 空け なければ なら ない 事情 が できて きた 。 ||せんせい|||ばん|いえ||あけ||||じじょう||| 先生 と 同郷 の 友人 で 地方 の 病院 に 奉職 して いる もの が 上京 した ため 、 先生 は 外 の 二 、 三 名 と 共に 、 ある 所 で その 友人 に 飯 を 食わせ なければ なら なく なった 。 せんせい||どうきょう||ゆうじん||ちほう||びょういん||ほうしょく|||||じょうきょう|||せんせい||がい||ふた|みっ|な||ともに||しょ|||ゆうじん||めし||くわせ|||| 先生 は 訳 を 話して 、 私 に 帰って くる 間 まで の 留守番 を 頼んだ 。 せんせい||やく||はなして|わたくし||かえって||あいだ|||るすばん||たのんだ 私 は すぐ 引き受けた 。 わたくし|||ひきうけた