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こころ - 夏目漱石 - Soseki Project, Section 023 - Kokoro - Soseki Project

Section 023 - Kokoro - Soseki Project

十二

奥さん は 東京 の 人 であった 。 それ は かつて 先生 から も 奥さん 自身 から も 聞いて 知っていた 。 奥さん は 「 本当 いう と 合 の 子 な んです よ 」 と いった 。 奥さん の 父親 は たしか 鳥取 か どこ か の 出 である のに 、 お母さん の 方 は まだ 江戸 と いった 時分 の 市ヶ谷 で 生れた 女 な ので 、 奥さん は 冗談 半分 そう いった のである 。 ところが 先生 は 全く 方角 違い の 新潟 県 人 であった 。 だから 奥さん が もし 先生 の 書生 時代 を 知っている と すれば 、 郷里 の 関係 から で ない 事 は 明らかであった 。 しかし 薄 赤い 顔 を した 奥さん は それ より 以上 の 話 を し たく ない ようだった ので 、 私 の 方 でも 深く は 聞か ず に おいた 。

先生 と 知り合い に なって から 先生 の 亡くなる まで に 、 私 は ずいぶん 色々の 問題 で 先生 の 思想 や 情操 に 触れて みた が 、 結婚 当時 の 状況 に ついて は 、 ほとんど 何もの も 聞き 得 なかった 。 私 は 時 に よる と 、 それ を 善意 に 解釈 して も みた 。 年輩 の 先生 の 事 だ から 、 艶 めかし い 回想 など を 若い もの に 聞か せる の は わざと 慎んで いる のだろう と 思った 。 時に よる と 、 また それ を 悪く も 取った 。 先生 に 限ら ず 、 奥さん に 限ら ず 、 二 人 と も 私 に 比べる と 、 一 時代 前 の 因 襲 の うち に 成人 した ため に 、 そういう 艶っぽい 問題 に なる と 、 正直に 自分 を 開放 する だけ の 勇気 が ない のだろう と 考えた 。 もっとも どちら も 推測 に 過ぎ なかった 。 そうして どちら の 推測 の 裏 に も 、 二 人 の 結婚 の 奥 に 横たわる 花 や かな ロマンス の 存在 を 仮定 して いた 。

私 の 仮定 は はたして 誤ら なかった 。 けれども 私 は ただ 恋 の 半面 だけ を 想像 に 描き 得た に 過ぎ なかった 。 先生 は 美しい 恋愛 の 裏 に 、 恐ろしい 悲劇 を 持って いた 。 そうして その 悲劇 の どんなに 先生 に とって 見 惨 な もの である か は 相手 の 奥さん に まるで 知れて い なかった 。 奥さん は 今 でも それ を 知ら ず に いる 。 先生 は それ を 奥さん に 隠して 死んだ 。 先生 は 奥さん の 幸福 を 破壊 する 前 に 、 まず 自分 の 生命 を 破壊 して しまった 。


Section 023 - Kokoro - Soseki Project Section 023 - Kokoro - Soseki Project Sekcja 023 - Projekt Kokoro - Soseki

十二 じゅうに

奥さん は 東京 の 人 であった 。 おくさん||とうきょう||じん| それ は かつて 先生 から も 奥さん 自身 から も 聞いて 知っていた 。 |||せんせい|||おくさん|じしん|||きいて|しっていた I once knew it from both my teacher and my wife. 奥さん は 「 本当 いう と 合 の 子 な んです よ 」 と いった 。 おくさん||ほんとう|||ごう||こ||ん です||| 奥さん の 父親 は たしか 鳥取 か どこ か の 出 である のに 、 お母さん の 方 は まだ 江戸 と いった 時分 の 市ヶ谷 で 生れた 女 な ので 、 奥さん は 冗談 半分 そう いった のである 。 おくさん||ちちおや|||とっとり|||||だ|||お かあさん||かた|||えど|||じぶん||いちがや||うまれた|おんな|||おくさん||じょうだん|はんぶん||| His wife's father was probably from Tottori or somewhere, but his mother was still a woman born in Ichigaya at the time of Edo, so his wife was half joking. ところが 先生 は 全く 方角 違い の 新潟 県 人 であった 。 |せんせい||まったく|ほうがく|ちがい||にいがた|けん|じん| だから 奥さん が もし 先生 の 書生 時代 を 知っている と すれば 、 郷里 の 関係 から で ない 事 は 明らかであった 。 |おくさん|||せんせい||しょせい|じだい||しっている|||きょうり||かんけい||||こと||あきらかであった しかし 薄 赤い 顔 を した 奥さん は それ より 以上 の 話 を し たく ない ようだった ので 、 私 の 方 でも 深く は 聞か ず に おいた 。 |うす|あかい|かお|||おくさん||||いじょう||はなし|||||||わたくし||かた||ふかく||きか|||

先生 と 知り合い に なって から 先生 の 亡くなる まで に 、 私 は ずいぶん 色々の 問題 で 先生 の 思想 や 情操 に 触れて みた が 、 結婚 当時 の 状況 に ついて は 、 ほとんど 何もの も 聞き 得 なかった 。 せんせい||しりあい||||せんせい||なくなる|||わたくし|||いろいろの|もんだい||せんせい||しそう||じょうそう||ふれて|||けっこん|とうじ||じょうきょう|||||なにも の||きき|とく| 私 は 時 に よる と 、 それ を 善意 に 解釈 して も みた 。 わたくし||じ||||||ぜんい||かいしゃく||| 年輩 の 先生 の 事 だ から 、 艶 めかし い 回想 など を 若い もの に 聞か せる の は わざと 慎んで いる のだろう と 思った 。 ねんぱい||せんせい||こと|||つや|||かいそう|||わかい|||きか|||||つつしんで||||おもった Since it was an older teacher, I thought that I was intentionally refraining from letting young people hear the glamorous recollections. 時に よる と 、 また それ を 悪く も 取った 。 ときに||||||わるく||とった Occasionally, I took it badly. 先生 に 限ら ず 、 奥さん に 限ら ず 、 二 人 と も 私 に 比べる と 、 一 時代 前 の 因 襲 の うち に 成人 した ため に 、 そういう 艶っぽい 問題 に なる と 、 正直に 自分 を 開放 する だけ の 勇気 が ない のだろう と 考えた 。 せんせい||かぎら||おくさん||かぎら||ふた|じん|||わたくし||くらべる||ひと|じだい|ぜん||いん|おそ||||せいじん|||||つやっぽい|もんだい||||しょうじきに|じぶん||かいほう||||ゆうき|||||かんがえた Not only the teacher, but also the wife, and both of them, compared to me, because I became an adult during the attack of an era ago, when it comes to such a glossy problem, I honestly just open myself up. I thought I didn't have the courage. もっとも どちら も 推測 に 過ぎ なかった 。 |||すいそく||すぎ| However, both were just speculations. そうして どちら の 推測 の 裏 に も 、 二 人 の 結婚 の 奥 に 横たわる 花 や かな ロマンス の 存在 を 仮定 して いた 。 |||すいそく||うら|||ふた|じん||けっこん||おく||よこたわる|か|||ろまんす||そんざい||かてい||

私 の 仮定 は はたして 誤ら なかった 。 わたくし||かてい|||あやまら| My assumption was not wrong. けれども 私 は ただ 恋 の 半面 だけ を 想像 に 描き 得た に 過ぎ なかった 。 |わたくし|||こい||はんめん|||そうぞう||えがき|えた||すぎ| But I could only imagine one side of love. 先生 は 美しい 恋愛 の 裏 に 、 恐ろしい 悲劇 を 持って いた 。 せんせい||うつくしい|れんあい||うら||おそろしい|ひげき||もって| The teacher had a terrifying tragedy behind a beautiful love affair. そうして その 悲劇 の どんなに 先生 に とって 見 惨 な もの である か は 相手 の 奥さん に まるで 知れて い なかった 。 ||ひげき|||せんせい|||み|さん||||||あいて||おくさん|||しれて|| 奥さん は 今 でも それ を 知ら ず に いる 。 おくさん||いま||||しら||| His wife still doesn't know it. 先生 は それ を 奥さん に 隠して 死んだ 。 せんせい||||おくさん||かくして|しんだ 先生 は 奥さん の 幸福 を 破壊 する 前 に 、 まず 自分 の 生命 を 破壊 して しまった 。 せんせい||おくさん||こうふく||はかい||ぜん|||じぶん||せいめい||はかい|| Before destroying his wife's happiness, the teacher first destroyed his life.