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こころ - 夏目漱石 - Soseki Project, Section 021 - Kokoro - Soseki Project

Section 021 - Kokoro - Soseki Project

十一

その 時 の 私 は すでに 大学生 であった 。 始めて 先生 の 宅 へ 来た 頃 から 見る と ずっと 成人 した 気 で いた 。 奥さん と も 大分 懇意に なった 後 であった 。 私 は 奥さん に 対して 何の 窮屈 も 感じ なかった 。 差 向 い で 色々の 話 を した 。 しかし それ は 特色 の ないた だの 談話 だ から 、 今では まるで 忘れて しまった 。 その うち で たった 一 つ 私 の 耳 に 留まった もの が ある 。 しかし それ を 話す 前 に 、 ちょっと 断って おきたい 事 が ある 。 先生 は 大学 出身 であった 。 これ は 始め から 私 に 知れて いた 。 しかし 先生 の 何も し ない で 遊んで いる と いう 事 は 、 東京 へ 帰って 少し 経って から 始めて 分った 。 私 は その 時 どうして 遊んで いられる の か と 思った 。 先生 は まるで 世間 に 名前 を 知られて いない 人 であった 。 だから 先生 の 学問 や 思想 に ついて は 、 先生 と 密 切 の 関係 を もって いる 私 より 外 に 敬意 を 払う もの の あるべき はず が なかった 。 それ を 私 は 常に 惜しい 事 だ と いった 。 先生 は また 「 私 の ような もの が 世の中 へ 出て 、 口 を 利いて は 済まない 」 と 答える ぎり で 、 取り合わ なかった 。 私 に は その 答え が 謙遜 過ぎて かえって 世間 を 冷 評する ように も 聞こえた 。 実際 先生 は 時々 昔 の 同級 生 で 今 著名に なって いる 誰 彼 を 捉えて 、 ひどく 無遠慮な 批評 を 加える 事 が あった 。 それ で 私 は 露骨に その 矛盾 を 挙げて 云々 して みた 。 私 の 精神 は 反抗 の 意味 と いう より も 、 世間 が 先生 を 知ら ないで 平気で いる の が 残念だった から である 。 その 時 先生 は 沈んだ 調子 で 、「 どうしても 私 は 世間 に 向かって 働き掛ける 資格 の ない 男 だ から 仕方 が ありません 」 と いった 。 先生 の 顔 に は 深い 一種 の 表情 が ありあり と 刻ま れた 。 私 に は それ が 失望 だ か 、 不平 だ か 、 悲哀 だ か 、 解ら なかった けれども 、 何しろ 二 の 句 の 継げ ない ほど に 強い もの だった ので 、 私 は それ ぎり 何も いう 勇気 が 出 なかった 。


Section 021 - Kokoro - Soseki Project Abschnitt 021 - Projekt Kokoro - Soseki Section 021 - Kokoro - Soseki Project Sekcja 021 - Projekt Kokoro - Soseki Secção 021 - Projeto Kokoro - Soseki

十一 じゅういち

その 時 の 私 は すでに 大学生 であった 。 |じ||わたくし|||だいがくせい| 始めて 先生 の 宅 へ 来た 頃 から 見る と ずっと 成人 した 気 で いた 。 はじめて|せんせい||たく||きた|ころ||みる|||せいじん||き|| 奥さん と も 大分 懇意に なった 後 であった 。 おくさん|||だいぶ|こんいに||あと| 私 は 奥さん に 対して 何の 窮屈 も 感じ なかった 。 わたくし||おくさん||たいして|なんの|きゅうくつ||かんじ| 差 向 い で 色々の 話 を した 。 さ|むかい|||いろいろの|はなし|| しかし それ は 特色 の ないた だの 談話 だ から 、 今では まるで 忘れて しまった 。 |||とくしょく||||だんわ|||いまでは||わすれて| その うち で たった 一 つ 私 の 耳 に 留まった もの が ある 。 ||||ひと||わたくし||みみ||とどまった||| しかし それ を 話す 前 に 、 ちょっと 断って おきたい 事 が ある 。 |||はなす|ぜん|||たって||こと|| 先生 は 大学 出身 であった 。 せんせい||だいがく|しゅっしん| これ は 始め から 私 に 知れて いた 。 ||はじめ||わたくし||しれて| しかし 先生 の 何も し ない で 遊んで いる と いう 事 は 、 東京 へ 帰って 少し 経って から 始めて 分った 。 |せんせい||なにも||||あそんで||||こと||とうきょう||かえって|すこし|たって||はじめて|ぶんった 私 は その 時 どうして 遊んで いられる の か と 思った 。 わたくし|||じ||あそんで|いら れる||||おもった 先生 は まるで 世間 に 名前 を 知られて いない 人 であった 。 せんせい|||せけん||なまえ||しられて||じん| だから 先生 の 学問 や 思想 に ついて は 、 先生 と 密 切 の 関係 を もって いる 私 より 外 に 敬意 を 払う もの の あるべき はず が なかった 。 |せんせい||がくもん||しそう||||せんせい||みつ|せつ||かんけい||||わたくし||がい||けいい||はらう|||||| Therefore, there should have been no respect for the teacher's scholarship and ideology outside of me, who has a close relationship with the teacher. それ を 私 は 常に 惜しい 事 だ と いった 。 ||わたくし||とわに|おしい|こと||| 先生 は また 「 私 の ような もの が 世の中 へ 出て 、 口 を 利いて は 済まない 」 と 答える ぎり で 、 取り合わ なかった 。 せんせい|||わたくし|||||よのなか||でて|くち||きいて||すまない||こたえる|||とりあわ| The teacher also replied, "Something like me has come out into the world and I can't speak." 私 に は その 答え が 謙遜 過ぎて かえって 世間 を 冷 評する ように も 聞こえた 。 わたくし||||こたえ||けんそん|すぎて||せけん||ひや|ひょうする|よう に||きこえた It sounded to me that the answer was too humble and rather scorned the world. 実際 先生 は 時々 昔 の 同級 生 で 今 著名に なって いる 誰 彼 を 捉えて 、 ひどく 無遠慮な 批評 を 加える 事 が あった 。 じっさい|せんせい||ときどき|むかし||どうきゅう|せい||いま|ちょめいに|||だれ|かれ||とらえて||ぶえんりょな|ひひょう||くわえる|こと|| In fact, the teacher sometimes caught him as an old classmate and now prominent, and made terrible and unreserved criticisms. それ で 私 は 露骨に その 矛盾 を 挙げて 云々 して みた 。 ||わたくし||ろこつに||むじゅん||あげて|うんぬん|| So I blatantly mentioned the contradiction. 私 の 精神 は 反抗 の 意味 と いう より も 、 世間 が 先生 を 知ら ないで 平気で いる の が 残念だった から である 。 わたくし||せいしん||はんこう||いみ|||||せけん||せんせい||しら||へいきで||||ざんねんだった|| その 時 先生 は 沈んだ 調子 で 、「 どうしても 私 は 世間 に 向かって 働き掛ける 資格 の ない 男 だ から 仕方 が ありません 」 と いった 。 |じ|せんせい||しずんだ|ちょうし|||わたくし||せけん||むかって|はたらきかける|しかく|||おとこ|||しかた|||| At that time, the teacher was in a depressed tone and said, "I can't help it because I'm a man who isn't qualified to work on the world." 先生 の 顔 に は 深い 一種 の 表情 が ありあり と 刻ま れた 。 せんせい||かお|||ふかい|いっしゅ||ひょうじょう||||きざま| 私 に は それ が 失望 だ か 、 不平 だ か 、 悲哀 だ か 、 解ら なかった けれども 、 何しろ 二 の 句 の 継げ ない ほど に 強い もの だった ので 、 私 は それ ぎり 何も いう 勇気 が 出 なかった 。 わたくし|||||しつぼう|||ふへい|||ひあい|||わから|||なにしろ|ふた||く||つげ||||つよい||||わたくし||||なにも||ゆうき||だ| I didn't know if it was disappointing, complaining, or sad, but it was so strong that I couldn't keep up with the second phrase, so I didn't have the courage to say anything about it.