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こころ - 夏目漱石 - Soseki Project, Section 018 - Kokoro - Soseki Project

Section 018 - Kokoro - Soseki Project

妙に 不安な 心 持 が 私 を 襲って 来た 。 私 は 書物 を 読んで も 呑み込む 能力 を 失って しまった 。 約 一 時間 ばかり する と 先生 が 窓 の 下 へ 来て 私 の 名 を 呼んだ 。 私 は 驚いて 窓 を 開けた 。 先生 は 散歩 しよう と いって 、 下 から 私 を 誘った 。 先刻 帯 の 間 へ 包んだ まま の 時計 を 出して 見る と 、 もう 八 時 過ぎ であった 。 私 は 帰った なり まだ 袴 を 着けて いた 。 私 は それなり すぐ 表 へ 出た 。

その 晩 私 は 先生 と いっしょに 麦酒 を 飲んだ 。 先生 は 元来 酒量 に 乏しい 人 であった 。 ある 程度 まで 飲んで 、 それ で 酔え なければ 、 酔う まで 飲んで みる と いう 冒険 の でき ない 人 であった 。

「 今日 は 駄目です 」 と いって 先生 は 苦笑 した 。

「 愉快に なれません か 」 と 私 は 気の毒 そうに 聞いた 。 私 の 腹 の 中 に は 始終 先刻 の 事 が 引っ懸って いた 。 肴 の 骨 が 咽 喉 に 刺さった 時 の ように 、 私 は 苦しんだ 。 打ち明けて みよう か と 考えたり 、 止した 方 が 好 かろう か と 思い 直したり する 動揺 が 、 妙に 私 の 様子 を そわそわ さ せた 。

「 君 、 今夜 は どうかして います ね 」 と 先生 の 方 から いい出した 。 「 実は 私 も 少し 変な のです よ 。 君 に 分 ります か 」 私 は 何の 答え もし 得 なかった 。

「 実は 先刻 妻 と 少し 喧嘩 を して ね 。 それ で 下らない 神経 を 昂 奮 させて しまった んです 」 と 先生 が また いった 。

「 どうして ……」

私 に は 喧嘩 と いう 言葉 が 口 へ 出て 来 なかった 。

「 妻 が 私 を 誤解 する のです 。 それ を 誤解 だ と いって 聞か せて も 承知 し ない のです 。 つい 腹 を 立てた のです 」

「 どんなに 先生 を 誤解 なさる んです か 」

先生 は 私 の この 問い に 答えよう と は し なかった 。

「 妻 が 考えて いる ような 人間 なら 、 私 だって こんなに 苦しんで い やしない 」

先生 が どんなに 苦しんで いる か 、 これ も 私 に は 想像 の 及ば ない 問題 であった 。


Section 018 - Kokoro - Soseki Project Section 018 - Kokoro - Soseki Project Sekcja 018 - Projekt Kokoro - Soseki

妙に 不安な 心 持 が 私 を 襲って 来た 。 みょうに|ふあんな|こころ|じ||わたくし||おそって|きた 私 は 書物 を 読んで も 呑み込む 能力 を 失って しまった 。 わたくし||しょもつ||よんで||のみこむ|のうりょく||うしなって| I lost the ability to swallow even when I read a book. 約 一 時間 ばかり する と 先生 が 窓 の 下 へ 来て 私 の 名 を 呼んだ 。 やく|ひと|じかん||||せんせい||まど||した||きて|わたくし||な||よんだ 私 は 驚いて 窓 を 開けた 。 わたくし||おどろいて|まど||あけた 先生 は 散歩 しよう と いって 、 下 から 私 を 誘った 。 せんせい||さんぽ||||した||わたくし||さそった The teacher invited me from below to take a walk. 先刻 帯 の 間 へ 包んだ まま の 時計 を 出して 見る と 、 もう 八 時 過ぎ であった 。 せんこく|おび||あいだ||つつんだ|||とけい||だして|みる|||やっ|じ|すぎ| 私 は 帰った なり まだ 袴 を 着けて いた 。 わたくし||かえった|||はかま||つけて| As soon as I got home, I was still wearing a hakama. 私 は それなり すぐ 表 へ 出た 。 わたくし||||ひょう||でた

その 晩 私 は 先生 と いっしょに 麦酒 を 飲んだ 。 |ばん|わたくし||せんせい|||ばくしゅ||のんだ 先生 は 元来 酒量 に 乏しい 人 であった 。 せんせい||がんらい|しゅりょう||とぼしい|じん| The teacher was originally a person with a poor amount of alcohol. ある 程度 まで 飲んで 、 それ で 酔え なければ 、 酔う まで 飲んで みる と いう 冒険 の でき ない 人 であった 。 |ていど||のんで|||よえ||よう||のんで||||ぼうけん||||じん| He was a person who couldn't have the adventure of drinking to a certain extent and then trying to get drunk if he didn't get drunk.

「 今日 は 駄目です 」 と いって 先生 は 苦笑 した 。 きょう||だめ です|||せんせい||くしょう|

「 愉快に なれません か 」 と 私 は 気の毒 そうに 聞いた 。 ゆかいに||||わたくし||きのどく|そう に|きいた 私 の 腹 の 中 に は 始終 先刻 の 事 が 引っ懸って いた 。 わたくし||はら||なか|||しじゅう|せんこく||こと||ひっかかって| Everything was stuck in my belly from beginning to end. 肴 の 骨 が 咽 喉 に 刺さった 時 の ように 、 私 は 苦しんだ 。 さかな||こつ||むせ|のど||ささった|じ||よう に|わたくし||くるしんだ I suffered, like when the bones of my side stabbed in my throat. 打ち明けて みよう か と 考えたり 、 止した 方 が 好 かろう か と 思い 直したり する 動揺 が 、 妙に 私 の 様子 を そわそわ さ せた 。 うちあけて||||かんがえたり|よした|かた||よしみ||||おもい|なおしたり||どうよう||みょうに|わたくし||ようす|||| The agitation of thinking about confessing and reconsidering whether it would be better to stop it made me strangely annoyed.

「 君 、 今夜 は どうかして います ね 」 と 先生 の 方 から いい出した 。 きみ|こんや||||||せんせい||かた||いいだした 「 実は 私 も 少し 変な のです よ 。 じつは|わたくし||すこし|へんな|の です| 君 に 分 ります か 」 きみ||ぶん|| 私 は 何の 答え もし 得 なかった 。 わたくし||なんの|こたえ||とく|

「 実は 先刻 妻 と 少し 喧嘩 を して ね 。 じつは|せんこく|つま||すこし|けんか||| それ で 下らない 神経 を 昂 奮 させて しまった んです 」 と 先生 が また いった 。 ||くだらない|しんけい||たかし|ふる|さ せて||ん です||せんせい||| That made me nervous, which didn't go down, "said the teacher again.

「 どうして ……」

私 に は 喧嘩 と いう 言葉 が 口 へ 出て 来 なかった 。 わたくし|||けんか|||ことば||くち||でて|らい|

「 妻 が 私 を 誤解 する のです 。 つま||わたくし||ごかい||の です それ を 誤解 だ と いって 聞か せて も 承知 し ない のです 。 ||ごかい||||きか|||しょうち|||の です つい 腹 を 立てた のです 」 |はら||たてた|の です

「 どんなに 先生 を 誤解 なさる んです か 」 |せんせい||ごかい||ん です|

先生 は 私 の この 問い に 答えよう と は し なかった 。 せんせい||わたくし|||とい||こたえよう||||

「 妻 が 考えて いる ような 人間 なら 、 私 だって こんなに 苦しんで い やしない 」 つま||かんがえて|||にんげん||わたくし|||くるしんで|| "If I'm the kind of person my wife thinks, I wouldn't hesitate so much."

先生 が どんなに 苦しんで いる か 、 これ も 私 に は 想像 の 及ば ない 問題 であった 。 せんせい|||くるしんで|||||わたくし|||そうぞう||およば||もんだい|