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こころ - 夏目漱石 - Soseki Project, Section 012 - Kokoro - Soseki Project

Section 012 - Kokoro - Soseki Project

先生 と 話して いた 私 は 、 ふと 先生 が わざわざ 注意 して くれた 銀杏 の 大樹 を 眼 の 前 に 想い 浮かべた 。 勘定 して みる と 、 先生 が 毎 月例 と して 墓参 に 行く 日 が 、 それ から ちょうど 三 日 目 に 当って いた 。 その 三 日 目 は 私 の 課 業 が 午 で 終える 楽な 日 であった 。 私 は 先生 に 向かって こういった 。

「 先生 雑 司 ヶ 谷 の 銀杏 は もう 散って しまった でしょう か 」

「 まだ 空 坊主 に は なら ない でしょう 」

先生 は そう 答え ながら 私 の 顔 を 見守った 。 そうして そこ から しばし 眼 を 離さ なかった 。 私 は すぐ いった 。

「 今度 お 墓参り に いらっしゃる 時 に お 伴 を して も 宜 ご ざん す か 。 私 は 先生 と いっしょに あす こい ら が 散歩 して みたい 」 「 私 は 墓参り に 行く んで 、 散歩 に 行く んじゃ ないで す よ 」

「 しかし ついでに 散歩 を なすったら ちょうど 好 い じゃ ありません か 」 先生 は 何とも 答え なかった 。 しばらく して から 、「 私 の は 本当の 墓参り だけ な んだ から 」 と いって 、 どこまでも 墓参 と 散歩 を 切り離そう と する 風 に 見えた 。 私 と 行き たく ない 口実 だ か 何だか 、 私 に は その 時 の 先生 が 、 いかにも 子供 らしくて 変に 思わ れた 。 私 は なお と 先 へ 出る 気 に なった 。

「 じゃ お 墓参り でも 好 い から いっしょに 伴れて 行って 下さい 。 私 も お 墓参り を します から 」 実際 私 に は 墓参 と 散歩 と の 区別 が ほとんど 無意味 の ように 思わ れた のである 。 すると 先生 の 眉 が ちょっと 曇った 。 眼 の うち に も 異様 の 光 が 出た 。 それ は 迷惑 と も 嫌悪 と も 畏怖 と も 片付けられ ない 微 かな 不安 らしい もの であった 。 私 は 忽ち 雑 司 ヶ 谷 で 「 先生 」 と 呼び掛けた 時 の 記憶 を 強く 思い起した 。 二 つ の 表情 は 全く 同じだった のである 。

「 私 は 」 と 先生 が いった 。 「 私 は あなた に 話す 事 の でき ない ある 理由 が あって 、 他 と いっしょに あす こ へ 墓参り に は 行き たく ない のです 。 自分 の 妻 さえ まだ 伴れて 行った 事 が ない のです 」


Section 012 - Kokoro - Soseki Project section|kokoro|soseki|project Section 012 - Kokoro - Soseki Project Sekcja 012 - Projekt Kokoro - Soseki

先生 と 話して いた 私 は 、 ふと 先生 が わざわざ 注意 して くれた 銀杏 の 大樹 を 眼 の 前 に 想い 浮かべた 。 せんせい||はなして||わたくし|||せんせい|||ちゅうい|||いちょう||たいじゅ||がん||ぜん||おもい|うかべた When I was talking to the teacher, I suddenly thought of a ginkgo tree, which the teacher had taken the trouble to pay attention to, in front of me. 勘定 して みる と 、 先生 が 毎 月例 と して 墓参 に 行く 日 が 、 それ から ちょうど 三 日 目 に 当って いた 。 かんじょう||||せんせい||まい|げつれい|||ぼさん||いく|ひ|||||みっ|ひ|め||あたって| When I count it, the day when the teacher goes to the grave on a monthly basis was just the third day after that. その 三 日 目 は 私 の 課 業 が 午 で 終える 楽な 日 であった 。 |みっ|ひ|め||わたくし||か|ぎょう||うま||おえる|らくな|ひ| The third day was an easy day when my work ended in the afternoon. 私 は 先生 に 向かって こういった 。 わたくし||せんせい||むかって|

「 先生 雑 司 ヶ 谷 の 銀杏 は もう 散って しまった でしょう か 」 せんせい|ざつ|つかさ||たに||いちょう|||ちって||| "Is the ginkgo tree in the teacher's miscellaneous area already scattered?"

「 まだ 空 坊主 に は なら ない でしょう 」 |から|ぼうず||||| "You won't be an empty priest yet."

先生 は そう 答え ながら 私 の 顔 を 見守った 。 せんせい|||こたえ||わたくし||かお||みまもった そうして そこ から しばし 眼 を 離さ なかった 。 ||||がん||はなさ| Then I kept my eyes on it for a while. 私 は すぐ いった 。 わたくし||| I went right away.

「 今度 お 墓参り に いらっしゃる 時 に お 伴 を して も 宜 ご ざん す か 。 こんど||はかまいり|||じ|||ばん||||むべ|||| "Would you mind if you accompany me when you come to the grave next time?" 私 は 先生 と いっしょに あす こい ら が 散歩 して みたい 」 わたくし||せんせい|||||||さんぽ|| I want Asukoira to take a walk with my teacher. " 「 私 は 墓参り に 行く んで 、 散歩 に 行く んじゃ ないで す よ 」 わたくし||はかまいり||いく||さんぽ||いく|||| "I'm going to visit the grave, so I'm not going for a walk."

「 しかし ついでに 散歩 を なすったら ちょうど 好 い じゃ ありません か 」 ||さんぽ||な すったら||よしみ|||あり ませ ん| "But if you take a walk while you're at it, don't you just like it?" 先生 は 何とも 答え なかった 。 せんせい||なんとも|こたえ| The teacher didn't answer at all. しばらく して から 、「 私 の は 本当の 墓参り だけ な んだ から 」 と いって 、 どこまでも 墓参 と 散歩 を 切り離そう と する 風 に 見えた 。 |||わたくし|||ほんとうの|はかまいり||||||||ぼさん||さんぽ||きりはなそう|||かぜ||みえた After a while, he said, "I'm just a real grave visitor," and it seemed like I was trying to separate the grave visitor from the walk. 私 と 行き たく ない 口実 だ か 何だか 、 私 に は その 時 の 先生 が 、 いかにも 子供 らしくて 変に 思わ れた 。 わたくし||いき|||こうじつ|||なんだか|わたくし||||じ||せんせい|||こども||へんに|おもわ| Somehow, it was an excuse that I didn't want to go with me, and it seemed strange to me that the teacher at that time was very childish. 私 は なお と 先 へ 出る 気 に なった 。 わたくし||||さき||でる|き|| I was motivated to go further.

「 じゃ お 墓参り でも 好 い から いっしょに 伴れて 行って 下さい 。 ||はかまいり||よしみ||||ともな れて|おこなって|ください 私 も お 墓参り を します から 」 わたくし|||はかまいり||し ます| 実際 私 に は 墓参 と 散歩 と の 区別 が ほとんど 無意味 の ように 思わ れた のである 。 じっさい|わたくし|||ぼさん||さんぽ|||くべつ|||むいみ|||おもわ|| In fact, it seemed to me that the distinction between grave visits and walks was almost meaningless. すると 先生 の 眉 が ちょっと 曇った 。 |せんせい||まゆ|||くもった 眼 の うち に も 異様 の 光 が 出た 。 がん|||||いよう||ひかり||でた A strange light came out in my eyes. それ は 迷惑 と も 嫌悪 と も 畏怖 と も 片付けられ ない 微 かな 不安 らしい もの であった 。 ||めいわく|||けんお|||いふ|||かたづけ られ||び||ふあん||| It seemed to be a slight anxiety that could not be dismissed as annoyance, disgust, or awe. 私 は 忽ち 雑 司 ヶ 谷 で 「 先生 」 と 呼び掛けた 時 の 記憶 を 強く 思い起した 。 わたくし||たちまち|ざつ|つかさ||たに||せんせい||よびかけた|じ||きおく||つよく|おもいおこした I strongly remembered the memory when I called "teacher" in the miscellaneous Shigaya. 二 つ の 表情 は 全く 同じだった のである 。 ふた|||ひょうじょう||まったく|おなじだった|

「 私 は 」 と 先生 が いった 。 わたくし|||せんせい|| "I am," said the teacher. 「 私 は あなた に 話す 事 の でき ない ある 理由 が あって 、 他 と いっしょに あす こ へ 墓参り に は 行き たく ない のです 。 わたくし||||はなす|こと|||||りゆう|||た||||||はかまいり|||いき||| "I don't want to go to the grave with others for some reason I can't speak to you. 自分 の 妻 さえ まだ 伴れて 行った 事 が ない のです 」 じぶん||つま|||ともな れて|おこなった|こと||| Even my wife hasn't been with me yet. "