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こころ - 夏目漱石, Section 009 - Kokoro - Soseki Project

Section 009 - Kokoro - Soseki Project

私 は 墓地 の 手前 に ある 苗 畠 の 左側 から は いって 、 両方 に 楓 を 植え付けた 広い 道 を 奥 の 方 へ 進んで 行った 。 すると その 端 れ に 見える 茶店 の 中 から 先生 らしい 人 が ふい と 出て 来た 。 私 は その 人 の 眼鏡 の 縁 が 日 に 光る まで 近く 寄って 行った 。 そうして 出し抜けに 「 先生 」 と 大きな 声 を 掛けた 。 先生 は 突然 立ち 留まって 私 の 顔 を 見た 。

「 どうして ……、 どうして ……」

先生 は 同じ 言葉 を 二 遍 繰り返した 。 その 言葉 は 森 閑 と した 昼 の 中 に 異様な 調子 を もって 繰り返さ れた 。 私 は 急に 何とも 応えられ なく なった 。 「 私 の 後 を 跟 け て 来た のです か 。 どうして ……」

先生 の 態度 は むしろ 落ち付いて いた 。 声 は むしろ 沈んで いた 。 けれども その 表情 の 中 に は 判然 いえ ない ような 一種 の 曇 り が あった 。

私 は 私 が どうして ここ へ 来た か を 先生 に 話した 。

「 誰 の 墓 へ 参り に 行った か 、 妻 が その 人 の 名 を いいました か 」 「 いいえ 、 そんな 事 は 何も おっしゃいません 」 「 そう です か 。 ―― そう 、 それ は いう はず が ありません ね 、 始めて 会った あなた に 。 いう 必要 が ない んだ から 」

先生 は ようやく 得心 した らしい 様子 であった 。 しかし 私 に は その 意味 が まるで 解ら なかった 。

先生 と 私 は 通り へ 出よう と して 墓 の 間 を 抜けた 。 依 撒 伯拉 何 々 の 墓 だの 、 神 僕 ロギン の 墓 だの と いう 傍 に 、 一切 衆生 悉有 仏 生 と 書いた 塔 婆 など が 建てて あった 。 全権 公使 何 々 と いう の も あった 。 私 は 安 得 烈 と 彫り付けた 小さい 墓 の 前 で 、「 これ は 何と 読む んでしょう 」 と 先生 に 聞いた 。 「 アンドレ と でも 読ま せる つもりでしょう ね 」 と いって 先生 は 苦笑 した 。


Section 009 - Kokoro - Soseki Project section|kokoro|soseki|project Section 009 - Kokoro - Soseki Project Sekcja 009 - Projekt Kokoro - Soseki

私 は 墓地 の 手前 に ある 苗 畠 の 左側 から は いって 、 両方 に 楓 を 植え付けた 広い 道 を 奥 の 方 へ 進んで 行った 。 わたくし||ぼち||てまえ|||なえ|はた||ひだりがわ||||りょうほう||かえで||うえつけた|ひろい|どう||おく||かた||すすんで|おこなった I entered from the left side of the sapling ridge in front of the graveyard and proceeded to the back on a wide road with maple plants on both sides. すると その 端 れ に 見える 茶店 の 中 から 先生 らしい 人 が ふい と 出て 来た 。 ||はし|||みえる|ちゃみせ||なか||せんせい||じん||||でて|きた 私 は その 人 の 眼鏡 の 縁 が 日 に 光る まで 近く 寄って 行った 。 わたくし|||じん||めがね||えん||ひ||ひかる||ちかく|よって|おこなった そうして 出し抜けに 「 先生 」 と 大きな 声 を 掛けた 。 |だしぬけに|せんせい||おおきな|こえ||かけた 先生 は 突然 立ち 留まって 私 の 顔 を 見た 。 せんせい||とつぜん|たち|とどまって|わたくし||かお||みた

「 どうして ……、 どうして ……」

先生 は 同じ 言葉 を 二 遍 繰り返した 。 せんせい||おなじ|ことば||ふた|へん|くりかえした The teacher repeated the same words twice. その 言葉 は 森 閑 と した 昼 の 中 に 異様な 調子 を もって 繰り返さ れた 。 |ことば||しげる|ひま|||ひる||なか||いような|ちょうし|||くりかえさ| The words were repeated in a strange tone during the quiet daytime. 私 は 急に 何とも 応えられ なく なった 。 わたくし||きゅうに|なんとも|こたえ られ|| I suddenly couldn't answer anything. 「 私 の 後 を 跟 け て 来た のです か 。 わたくし||あと||こん|||きた|| "Did you come after me? どうして ……」

先生 の 態度 は むしろ 落ち付いて いた 。 せんせい||たいど|||おちついて| 声 は むしろ 沈んで いた 。 こえ|||しずんで| けれども その 表情 の 中 に は 判然 いえ ない ような 一種 の 曇 り が あった 。 ||ひょうじょう||なか|||はんぜん||||いっしゅ||くもり|||

私 は 私 が どうして ここ へ 来た か を 先生 に 話した 。 わたくし||わたくし|||||きた|||せんせい||はなした

「 誰 の 墓 へ 参り に 行った か 、 妻 が その 人 の 名 を いいました か 」 「 いいえ 、 そんな 事 は 何も おっしゃいません 」 「 そう です か 。 だれ||はか||まいり||おこなった||つま|||じん||な||いい ました||||こと||なにも|おっしゃい ませ ん||| "Who went to the grave, did your wife say that person's name?" "No, you didn't say anything like that." "Yes. ―― そう 、 それ は いう はず が ありません ね 、 始めて 会った あなた に 。 ||||||あり ませ ん||はじめて|あった|| ――Yes, that cannot be said, to you who met for the first time. いう 必要 が ない んだ から 」 |ひつよう|||| There is no need to say "

先生 は ようやく 得心 した らしい 様子 であった 。 せんせい|||とくしん|||ようす| The teacher seemed to be finally enthusiastic. しかし 私 に は その 意味 が まるで 解ら なかった 。 |わたくし||||いみ|||わから|

先生 と 私 は 通り へ 出よう と して 墓 の 間 を 抜けた 。 せんせい||わたくし||とおり||でよう|||はか||あいだ||ぬけた The teacher and I slipped between the tombs trying to get out on the street. 依 撒 伯拉 何 々 の 墓 だの 、 神 僕 ロギン の 墓 だの と いう 傍 に 、 一切 衆生 悉有 仏 生 と 書いた 塔 婆 など が 建てて あった 。 よ|ま|はくらつ|なん|||はか||かみ|ぼく|||はか||||そば||いっさい|しゅじょう|しつあり|ふつ|せい||かいた|とう|ばあ|||たてて| Beside the tombs of the gods and servants Rogin, there was a tower and a grandmother who wrote that they were all sentient beings and Buddhas. 全権 公使 何 々 と いう の も あった 。 ぜんけん|こうし|なん|||||| There were also envoys with full power. 私 は 安 得 烈 と 彫り付けた 小さい 墓 の 前 で 、「 これ は 何と 読む んでしょう 」 と 先生 に 聞いた 。 わたくし||やす|とく|れつ||ほりつけた|ちいさい|はか||ぜん||||なんと|よむ|||せんせい||きいた 「 アンドレ と でも 読ま せる つもりでしょう ね 」 と いって 先生 は 苦笑 した 。 |||よま||||||せんせい||くしょう| The teacher smiled bitterly, saying, "You're going to read it with Andre."