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こころ - 夏目漱石, Section 008 - Kokoro - Soseki Project

Section 008 - Kokoro - Soseki Project

授業 が 始まって 、 一 カ月 ばかり する と 私 の 心 に 、 また 一種 の 弛 み が できて きた 。 私 は 何だか 不足な 顔 を して 往来 を 歩き 始めた 。 物 欲し そうに 自分 の 室 の 中 を 見 廻した 。 私 の 頭 に は 再び 先生 の 顔 が 浮いて 出た 。 私 は また 先生 に 会い たく なった 。

始めて 先生 の 宅 を 訪ねた 時 、 先生 は 留守 であった 。 二 度 目 に 行った の は 次の 日曜 だ と 覚えて いる 。 晴れた 空 が 身 に 沁 み込む ように 感ぜられる 好 い 日和 であった 。 その 日 も 先生 は 留守 であった 。 鎌倉 に いた 時 、 私 は 先生 自身 の 口 から 、 いつでも 大抵 宅 に いる と いう 事 を 聞いた 。 むしろ 外出 嫌いだ と いう 事 も 聞いた 。 二 度 来て 二度と も 会え なかった 私 は 、 その 言葉 を 思い出して 、 理由 も ない 不満 を どこ か に 感じた 。 私 は すぐ 玄関 先 を 去ら なかった 。 下 女 の 顔 を 見て 少し 躊躇 して そこ に 立って いた 。 この 前 名刺 を 取り次いだ 記憶 の ある 下 女 は 、 私 を 待た して おいて また 内 へ はいった 。 すると 奥さん らしい 人 が 代って 出て 来た 。 美しい 奥さん であった 。

私 は その 人 から 鄭 寧 に 先生 の 出先 を 教えられた 。 先生 は 例 月 その 日 に なる と 雑 司 ヶ 谷 の 墓地 に ある 或る 仏 へ 花 を 手 向け に 行く 習慣 な のだ そうである 。 「 たった今 出た ばかりで 、 十分に なる か 、 なら ない か で ございます 」 と 奥さん は 気の毒 そうに いって くれた 。 私 は 会釈 して 外 へ 出た 。 賑かな 町 の 方 へ 一 丁 ほど 歩く と 、 私 も 散歩 が てら 雑 司 ヶ 谷 へ 行って みる 気 に なった 。 先生 に 会える か 会え ない か と いう 好奇心 も 動いた 。 それ で すぐ 踵 を 回ら した 。


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授業 が 始まって 、 一 カ月 ばかり する と 私 の 心 に 、 また 一種 の 弛 み が できて きた 。 じゅぎょう||はじまって|ひと|かげつ||||わたくし||こころ|||いっしゅ||ち|||| About a month after the class started, I had a kind of slack in my heart. 私 は 何だか 不足な 顔 を して 往来 を 歩き 始めた 。 わたくし||なんだか|ふそくな|かお|||おうらい||あるき|はじめた I started walking in and out with a somewhat lacking face. 物 欲し そうに 自分 の 室 の 中 を 見 廻した 。 ぶつ|ほし|そう に|じぶん||しつ||なか||み|まわした I looked around in my room as if I wanted to. 私 の 頭 に は 再び 先生 の 顔 が 浮いて 出た 。 わたくし||あたま|||ふたたび|せんせい||かお||ういて|でた 私 は また 先生 に 会い たく なった 。 わたくし|||せんせい||あい||

始めて 先生 の 宅 を 訪ねた 時 、 先生 は 留守 であった 。 はじめて|せんせい||たく||たずねた|じ|せんせい||るす| 二 度 目 に 行った の は 次の 日曜 だ と 覚えて いる 。 ふた|たび|め||おこなった|||つぎの|にちよう|||おぼえて| 晴れた 空 が 身 に 沁 み込む ように 感ぜられる 好 い 日和 であった 。 はれた|から||み||しん|みこむ||かんぜ られる|よしみ||ひより| It was a nice day when the clear sky felt like it was sunk into my body. その 日 も 先生 は 留守 であった 。 |ひ||せんせい||るす| 鎌倉 に いた 時 、 私 は 先生 自身 の 口 から 、 いつでも 大抵 宅 に いる と いう 事 を 聞いた 。 かまくら|||じ|わたくし||せんせい|じしん||くち|||たいてい|たく|||||こと||きいた むしろ 外出 嫌いだ と いう 事 も 聞いた 。 |がいしゅつ|きらいだ|||こと||きいた 二 度 来て 二度と も 会え なかった 私 は 、 その 言葉 を 思い出して 、 理由 も ない 不満 を どこ か に 感じた 。 ふた|たび|きて|にどと||あえ||わたくし|||ことば||おもいだして|りゆう|||ふまん|||||かんじた I came and never met, and I remembered the words and felt somewhere dissatisfied for no reason. 私 は すぐ 玄関 先 を 去ら なかった 。 わたくし|||げんかん|さき||さら| I didn't leave the front door right away. 下 女 の 顔 を 見て 少し 躊躇 して そこ に 立って いた 。 した|おんな||かお||みて|すこし|ちゅうちょ||||たって| この 前 名刺 を 取り次いだ 記憶 の ある 下 女 は 、 私 を 待た して おいて また 内 へ はいった 。 |ぜん|めいし||とりついだ|きおく|||した|おんな||わたくし||また||||うち|| The maiden, who remembers the last business card, waited for me and went in again. すると 奥さん らしい 人 が 代って 出て 来た 。 |おくさん||じん||かわって|でて|きた 美しい 奥さん であった 。 うつくしい|おくさん|

私 は その 人 から 鄭 寧 に 先生 の 出先 を 教えられた 。 わたくし|||じん||てい|やすし||せんせい||でさき||おしえ られた I was taught by Chung Ning where the teacher was going. 先生 は 例 月 その 日 に なる と 雑 司 ヶ 谷 の 墓地 に ある 或る 仏 へ 花 を 手 向け に 行く 習慣 な のだ そうである 。 せんせい||れい|つき||ひ||||ざつ|つかさ||たに||ぼち|||ある|ふつ||か||て|むけ||いく|しゅうかん|||そう である It seems that the teacher has a habit of going to a certain Buddha in the graveyard of Zojigaya on that day every month to pick up flowers. 「 たった今 出た ばかりで 、 十分に なる か 、 なら ない か で ございます 」 と 奥さん は 気の毒 そうに いって くれた 。 たったいま|でた||じゅうぶんに|||||||||おくさん||きのどく|そう に|| "I'm just out, and I'm not sure if it's enough," said his wife, sorry. 私 は 会釈 して 外 へ 出た 。 わたくし||えしゃく||がい||でた 賑かな 町 の 方 へ 一 丁 ほど 歩く と 、 私 も 散歩 が てら 雑 司 ヶ 谷 へ 行って みる 気 に なった 。 にぎやかな|まち||かた||ひと|ちょう||あるく||わたくし||さんぽ|||ざつ|つかさ||たに||おこなって||き|| When I walked a little toward the bustling town, I was motivated to go for a walk to the miscellaneous Shigaya. 先生 に 会える か 会え ない か と いう 好奇心 も 動いた 。 せんせい||あえる||あえ|||||こうきしん||うごいた それ で すぐ 踵 を 回ら した 。 |||かかと||まわら| So I immediately turned my heels.