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三姉妹探偵団 3 珠美・初恋篇, 三姉妹探偵団 3 Chapter 13

三 姉妹 探偵 団 3 Chapter 13

13 三 姉妹 、 ひとりぼっち

夕 里子 が 目 を 覚ました の は 、 もう 午後 の 二 時 近く だった 。

国 友 に 送ら れて 帰って 来た の が 朝 の 八 時 過ぎ だ から 、 これ でも そう 長く 眠った わけで は ない 。

しかし 、 玄関 を 上る なり 、 声 も かけ ず に ベッド へ 直行 。

そのまま ドサッ と 倒れ 込んで 眠って しまった のである 。

眠かった 、 と いう より 、 疲れ 切って いた のだろう 。

もちろん 服 も パーティ に 着て 行った 「 涼しい 」 ワンピース の まま だった 。

ちょっと 身震い して 、 夕 里子 は あわてて 着替え を した 。

「── お 姉さん 。

どこ に いる の ? 夕 里子 は 、 居間 へ 入って 、 戸惑った 。

家 の 中 が 、 いやに 寒い 。

ヒーター が 全然 入って い ない のだ 。

急いで ヒーター を つけ 、 夕 里子 は 首 を かしげた 。

「 おかしい な ……」

大体 、 綾子 は 寒 がり な のである 。

こんな 寒い まま で 家 に いる わけ が ない 。

出かけた のだろう か ?

でも ── どこ へ ?

考えて みれば 、 ゆうべ 、 あの ルミ と いう 子 が やって 来て 、 珠美 が 「 誘拐 」 さ れた 、 と 言った の を 聞いて 失神 。

そのまま 姉 を ソファ に 寝かして 、 夕 里子 は 出て しまった のだ が 、 帰って 来た とき 、 姉 は いた のだろう か ?

夕 里子 は 、 部屋 の カーテン が 、 全部 閉った まま に なって いる の に 気付いた 。

開ける と 、 やっと 「 昼間 」 と いう 感じ に なる 。

カーテン が 閉った まま 、 と いう こと は 、 つまり 綾子 が 、 ゆうべ から 帰って い ない 、 と いう こと だろう 。

「 お 姉さん ──」

ふと 、 不安に なって 、 夕 里子 は マンション の 中 を 捜し 回った 。

何しろ 、 珠美 が 停学 処分 に なった だけ で 、 責任 を 感じて 首 を 吊 り かけた 綾子 である 。

珠美 が 誘拐 さ れた の も 自分 の せい 、 と 、 また 首吊り で も やり かね ない 。

大体 、 ああいう 性格 は 、 悪い こと は 何でも 自分 の せい だ と 思い 込み 、 悲嘆 に くれる と いう くせ が ある 。

その 一方 で 、 それ を 楽しんで る ── と いって は 変だ が 、 多少 、 演じて いる 、 と いう ところ も ある ので 、 結構 、 本当に 死 ん じ まったり する こと は ない もの な のだ 。

でも 、 分 ら ない 。

結構 、 何 か の 弾み で 死 ん じ まう と いう こと も ……。

捜し 回る と いって も 、 あの 小峰 邸 と は 違う 。

どこ に も 綾子 が い ない と 確認 する のに 、 そう 時間 は かから なかった 。

取りあえず ホッと した もの の ── さて 、 それ じゃ どこ へ 行った んだろう ?

「 揃い も 揃って …… 全く !

夕 里子 が ため息 を つく の も 無理 は ない 。

「 お腹 空いた !

ラーメン でも 食べよう 」

お 湯 を 沸かして カップ ラーメン 。

出来る の を 待つ 四 分間 より 、 食べ 始めて から 終る まで の 方 が 短い くらい だった ……。

それ に した って ── 綾子 も 珠美 も 行方 不明 と は 。

綾子 に した って 、 一 人 で 出かけて 外泊 して 来る なんて 、 およそ 考え られ ない こと である 。

「 まさか ……」

家 の 中 じゃ なくて 、 外 で 、 川 に 身 を 投げよう と か ……。

そんな こと が !

書き置き らしき もの も ない し 、 いくら 何でも ── と は 思った が 、 考え 出す と 心配に なって 来る もの である 。

ちょっと 出て みよう 。

夕 里子 は 、 一 階 の ロビー に 降りる と 、 外 へ 出た 。

「 お ー い 、 身投げ だ !

いきなり 、 男 の 大声 が 聞こえて 、 夕 里子 は ギョッ と した 。

お 姉さん ! 早まら ないで !

ワッ と 駆け 出す と 、 大きな ボストン バッグ を 下げた 男 と ぶつかり そうに なる 。

「 おっと 、 失礼 」

「 あなた です か 、 今 、 怒鳴った の は ?

と 、 夕 里子 は せき込む ように 言った 。

「 え ?

男 は キョトンと して いる 。

「 身投げ だって 怒鳴り ませ ん でした ?

「 ああ 」

と 、 男 は 肯 いた 。

「 ど 、 どこ です か ?

「 どこ って ── これ だ よ 」

男 は 、 大きな 紙袋 を 持ち 上げて 見せた 。

「 大阪 に 出張 して 来て ね 。

今 帰った んだ 」

「 でも ──」

「 ちょうど 、 ベランダ に 子供 が いたんで 、『 みやげ だ 』 と 言った んだ よ 。

それ が 何 か ──? 夕 里子 は 顔 を 真 赤 に する と 、

「 紛らわしい こと を 言わ ないで 下さい !

と かみつき そうな 口調 で 言った 。

プリプリ し ながら 歩いて 行く 夕 里子 を 、 男 は 目 を 白黒 さ せて 見送って いた ……。

いやに 冷たい もの が 頰 に 当って 、 珠美 は 目 を 覚ました 。

と いって も 、 ただ 眠って いて 目 が 覚めた と いう の と は 違う 。

── 少しずつ 、 少しずつ 、 意識 が 戻って 来る のだ 。

ああ 、 そう ……。

睡眠 薬 の せい だ 。

あの 井口 と か いう 秘書 !

ニヤニヤ 笑って ばっかり いて 、 そのくせ お腹 の 中 じゃ 何 を 考えて んだ か ……。

草間 由美子 だって 同じだ 。

いや 、 きっと 井口 以上 の ワル に 違いない 。

どう なった んだろう ?

ここ は まだ 小 峰 の 屋敷 な の か な 。

頭 を 上げて 、 周囲 を 見 回す と 、 どうも 様子 が 違う 。

── 立派な 部屋 で は ある のだ が 、 小 峰 の 所 と は まるで イメージ が 違って 、 しかも 、 ここ は また やたら 可愛い 。

ピンク が 主 の 花柄 の 壁 、 カーペット も ピンク 、 ベッド 、 机 ……。

どう 見た って 子供 部屋 の イメージ な のである 。

それ に 、 やたら と 並ぶ ぬいぐるみ の 数 たる や ……。

珠美 は 、 元来 あまり こういう 物 を 集める 趣味 が ない 。

持って いて 値 が 上る ような 珍しい ぬいぐるみ ( そんな もの が ある か どう か は ともかく ) なら ともかく 、 手伝い の 一 つ も し やしない 、 こんな 人形 に は 関心 が 持て なかった のである 。

しかし 、 その 珠美 に して から が 、 この コレクション に は 目 を 見張った 。

── 凄い 数 。 その 上 、 で かいこ と で かいこ と ……。

子供 の 体 ぐらい 充分に ある 熊 だの 、 タヌキ 、 恐竜 だ の の ぬいぐるみ 。

実物大 の 犬 、 猫 、 ウサギ 、 カバ ── まで は い ない が 、 それにしても よく 集めた もの だ 。

しかし 、 ここ は どこ だろう ?

椅子 に 座って いた 珠美 は 、 立ち上ろう と して 、 アレッ 、 と 思った 。

体 が 言う こと を きか ない のである 。

「 まだ 薬 が 効いて る の か な ──」

と 、 呟いて 、 ゾッと した 。

動け ない わけで 、 手 は 椅子 の 肘 かけ に 、 足 は 足首 を 椅子 の 足 に 、 縛り つけ られて いる のである 。

紐 が 太 目 で 、 そう 食い込んで は い ない ので 、 痛み は 大した こと も なかった が 、 どうにも 動かせ ない の は 確かだった 。

衣裳 は 、 小峰 邸 で 着せ られた 人形 風 の まま 。

「 どう なって ん の よ 、 これ ?

と 、 ブツブツ 言って いる と ……。

ヒョイ と 目 を 上げる と 、 目の前 に 、 いつの間に 入って 来た の やら 、 女の子 が 立って いる 。

十二 、 三 歳 ぐらい か 、 ちょっと お ませ な 感じ で は ある が 、 なかなか 可愛い 。

「 あら 、 お め め が さめた の ね 」

と 、 女の子 は 言った 。

お め め ?

珠美 は 目 を パチクリ さ せた が 、

「 良かった !

ねえ 、 ここ 、 あなた の お 部屋 ? と 訊 いた 。

「 お腹 空いた でしょう 。

今 、 ミルク を あげる わ ね 」

女の子 は 、 珠美 の 言葉 なんか 耳 に 入ら ない と いう 様子 で 、 さっさと 部屋 を 横切って 行った 。

「 ね 、 ちょっと ── お 願い が ある んだ けど な 。

この 縄 、 ほどいて くれ ない ? 珠美 は 、 頭 を めぐら せて 言った 。

「 さあ 、 どれ くらい 飲む か なあ ……。

あんた は 大きい から ねえ 、 少し 沢山に し ましょう ね 」

大きな お 世話 よ 、 と 、 珠美 は 思った 。

「 ねえ 、 ここ 、 あなた の うち ?

家 の 人 は ? お 父さん と か 、 お 母さん と か 、 い ない の ? 「 お腹 が 空いた の ?

泣か ないで 待って て ね 、 いい 子だから 」

誰 が 泣く か って !

── この 子 、 聞こえて ない の かしら ?

「 ねえ 、 あなた 、 ハサミ か 何 か で これ を 切って くれ ない ?

しかし 、 女の子 の 方 は 、 完全 無視 。

「── できた わ !

熱い から 、 火傷 し ないで ね 」

と 、 哺乳 びん を 手 に やって 来る 。

珠美 も 頭 に 来た 。

「 ちょっと !

人 の 話 を 聞いたら どう ? と 怒鳴って やった が 、 まるで 応えた 様子 なし で 、

「 はい 、 お 口 を あけて 」

と 、 哺乳 びん の 吸 口 を 珠美 の 口 へ 押しつけて 来る 。

「 ちょっと ── やめて よ ──」

ミルク なんて 飲み たく も ない !

首 を 左右 に 振る と 、 こぼれた ミルク が 胸 に 落ちた 。

「 あら あら 、 こぼしちゃ って 。

── いけない 子 ね ! コツン 、 と 拳 で 頭 を 叩か れ 、 珠美 は 真 赤 に なった 。

この ガキ ! 今に 見て ろ !

「 罰 と して 、 夜 まで ミルク は あげ ない わ 」

女の子 は そう 言う と 、 部屋 を 出て 行って しまった 。

「── 狂って る !

珠美 は 、 ホッと 息 を ついて 、 言った 。

どうして まあ 、 こう も 変な の ばっかり に 出くわす んだ ろ ?

あの 子 に 助けて もらう の は 、 どうも 無理な ようだ 。

何とか して 、 この 縄 を とか なくちゃ 。

珠美 は 、 必死で 手首 を 動かした 。

少しずつ でも 緩んで 来れば ……。

そして ── どれ くらい の 時間 、 やって いた だろう か ?

コツコツ 、 と 足音 が ドア の 外 に した 。

あの 子 で は ない 。 大人 の 足音 だ 。

珠美 は 、 息 を つめて 、 じっと ドア を 見つめた 。

ドア が 開いた 。

ガクッ と 頭 が 落ちた 。

綾子 。

── こちら も また 、 目 が 覚める ところ から 始まる 。

やはり 、 三 姉妹 の 仲 の 良 さ の 証拠 かも しれ ない 。

「 あ ……」

綾子 は 、 目 を パチクリ さ せ 、 それ から 大 欠 伸 を した 。

やけに 暗い 。

と は いえ 、 別に 綾子 の 場合 は 、 どこ か に 監禁 さ れて いる わけで も なく 、 縛ら れて も 、 睡眠 薬 を の ま さ れて も い なかった 。

ただ 、 どうして こんなに 暗い んだ ろ 、 と しばらく は 思い悩んで いた 。

それ に 、 こんな 固い 床 の 上 に 座り 込んで 、 窮屈に 身 を 縮めて ……。

こんな 所 で 寝て いれば 当然の こと ながら 、 体 中 が 痛い 。

夜中 な の かしら 、 まだ ?

でも ── いくら 夜中 でも 、 こんなに 真 暗 って こと は ない 。

壁 に 手 を 触れる と 、 ひんやり 冷たい 。

そう いえば 、 いやに 冷え冷え と して いる 。 冷蔵 庫 に でも 入った みたいで ……。

冷蔵 庫 ?

── いや 、 そう じゃ ない 。

エレベーター だ !

一体 どうして こんな 所 で 眠りこけて しまった の か 、 綾子 と して も 、 低 血圧 の 寝起き の 悪い 頭 で は 、 いささか はっきり し ない のだ が 、 ともかく 、 屋敷 の 中 を さまよって いて 、 男 と 女 の 会話 を 聞いて しまった こと は 、 よく 憶 えて いる 。

「 小峰 様 に 死んで もらう 」

と いう 、 物騒な 言葉 に びっくり して ……。

綾子 は 逃げ 出した のである 。

でも 、 誰 か が 追い かけて 来る ような 気 が して 、 怖かった 。

だ から 、 手近な ドア を 開けて 中 へ 入った のである 。

そこ は 幸い 、 隠れる のに 、 お あつらえ向きの 場所 、 毛布 だの シーツ だの が 沢山 し まい込んで ある 、 大きな 戸棚 みたいな もの だった 。

こりゃ いい や 、 と いう わけで 、 綾子 は 差し当り 危険 が 遠ざかる まで 、 その 中 に 、 シーツ を かぶって 隠れて いた 。

そして ── 何 が 起った のだろう ?

何 か 騒ぎ が あった こと は 、 綾子 に も 分 った 。

しかし 、 夕 里子 と は 違い 、「 君子 」── いや 、「 綾子 、 危うき に 近寄ら ず 」 を モットー と して いる この 長女 は 、 動か ない 方 が 安全である と 判断 した のだった 。

そして 、 暗がり で じっと して いる 内 、 いつしか 眠って しまった ……。

そして ハッと 気 が 付く と 、 もう 外 は いやに 静かに なって いた 。

何もかも 終った の かしら ?

綾子 の 場合 、 出て も 大丈夫 と 思って から 、 実際 に 動き 出す まで 、 さらに 三十 分 は かかる 。

やっと 、 その 戸棚 を 出る と 、 また 綾子 は 廊下 を 歩いて 行った のだ 。

する と ── 突然 、 少し 先 の 壁 が 、 スルスル と 扉 の ように 開いて 、 また あの 声 の 男 と 女 が 出て 来た のだった 。

綾子 の ように 、 会い たく ない 、 会い たく ない と 思って いる と 、 却って 会って しまう もの だ 。

ちょうど 、 学生 の ころ 、 予習 を やって なくて 、 当ら ない ように 、 先生 の 目 に つき ませ ん ように 、 と 祈って いる と 、 当って しまう の と 似て いる 。

しかし 、 綾子 は 幸い 、 向 う から は 見 られ ず に 済んだ 。

幸運な こと に 、 その 二 人 は 、 綾子 の いる の と は 逆の 方向 へ 歩いて 行った のだ 。

しかし 、 その後 を ついて 行く と 、 また 会って しまい そうな 気 が する 。

それ より 綾子 は 、 エレベーター に 興味 を ひか れた 。

エレベーター なら 、 下 へ 行けば どこ か 出口 が ある だろう 。 地下鉄 へ の 連絡 通路 ぐらい ある かも しれ ない (! )。

ともかく 、 スイッチ を 見付けて 、 綾子 は その エレベーター に 乗り 込んだ 。

そして 箱 が 下って 行き 、 下 へ 着いた とたん ……。

── 綾子 は 暗がり の 中 で 、 ため息 を ついた 。

扉 が 開か ない 内 に 、 エレベーター の 電源 が 切ら れて しまった 。

そして 、 綾子 は 、 ここ に 閉じ こめ られた まま に なった のである ……。

いかにも 綾子 らしい ドジ 加減 と いえば その 通り だ が 、 それでいて 、 大して 焦り も せ ず 、 ここ で 眠って しまった と いう の も 、 綾子 らしい 。

しかし 、 目 は 覚めて も 、 実際 に は 眠って いる の と 変り の ない 真 暗がり 。

── どう したら い い んだろう 、 と 綾子 は 途方 に くれて いた ……。

と ── どこ か で 、 ブーン と いう 低い 音 が して 、 いきなり 、 明り が 点いた 。

電気 が 通じた のだ 。

綾子 は 立ち上って 、

「 あい たた ……」

と 、 腰 を 押えた 。

「 いやだ わ 、 もう トシ な の かしら 」

エレベーター が 上り 始めた 。

誰 か が 上 で 呼んで いる のだ 。 と いう こと は ── 誰 か が 乗って 来る わけだ 。

どう しよう ?

綾子 は 、 ただ 当惑 して 突っ立って いる ばかりだった 。

もっとも 、 この 場合 は 、 綾子 なら ず と も 、 他 に どう しよう も なかった だろう が 。

── エレベーター が 、 ガクン 、 と 停 って 、 扉 が スルスル と 開いた 。

「 や あ 。

── どうか ね 」

ドア を 開けて 入って 来た の は 、 どうにも パッと し ない 、 どこ に でも い そうな 中年 男 。

縛ら れた 椅子 から 、 珠美 は キッ と 男 を にらみ つけた 。

「 あんた が 私 を ここ へ 連れて 来た の ね !

「 そう 怒ら ん で くれ 」

男 は 、 ドア を 閉める と 、 肩 を すくめた 。

── 風采 は パッと し ない が 、 着て いる 部屋 着 らしき もの だけ は 、 いかにも 高 そうである 。

洋服 に 負けて る わ よ 、 あんた 、 と 珠美 は 心 の 中 で 悪態 を ついた 。

「 早く 縄 を 解き なさい よ !

今 、 黙って 帰して くれりゃ 、 誘拐 罪 で 訴え ない って 約束 して やる わ 」

珠美 は まず 高飛車に 出た 。

「 なかなか 負けん気 の 娘 さん だ ね 」

と 、 男 は 苦笑い して 、「 しかし 、 私 は 君 を 誘拐 して 来た わけじゃ ない 。

誘拐 なら 、 むしろ 小峰 さん の 方 だろう 」

「 あんた は どう な の よ 」

「 私 は 、 競売 で 君 を せり落とした 」

「 へえ 。

その 言い分 が 、 警察 で 通用 する と 思って ん の ? 「 君 の 言い分 は 、 こうして 縛ら れて いる 状態 で は 通用 し ない んじゃ ない か ね 」

と 、 男 が やり 返す 。

こりゃ 、 強気 一点張り じゃ だめ か 、 と 珠美 は 思った 。

「── 分 った わ よ 。

どう しよう って いう の ? 「 私 は 、 君 を 娘 に せがま れて 買った んだ よ 」

「 娘 ?

── あの 少し イカレ た ──」

と 言い かけて 、 珠美 は 口 を つぐんだ 。

やはり 、 縛ら れて いる 身 と して は 、 あまり 怒ら せる ような こと を 言って は いけない 。

「 確かに ね 」

男 は 、 意外に も アッサリ と 肯 いた 。

「 あの 子 は 、 少々 まともじゃ ない 。 しかし 、 私 に とって は 、 かけがえのない 子 だ 」

「 そりゃ そう でしょう ね 」

「 母親 が 遊び 暮して いて 、 あの 子 は 愛情 に 飢えて いた 。

それ が この ──」

と 、 ズラリ 並んだ ぬいぐるみ を 手 で 示して 、「 ぬいぐるみ へ の 偏 愛 に なって しまった んだ 」

「 分 ら ない じゃ ない けど ……」

「 今 じゃ 、 あの 子 が 心 を 許して いる の は 、 ここ に いる ぬいぐるみ たち だけ な んだ よ 」

男 は 、 額 に 深く しわ を 寄せ 、 苦悩 の 色 を 言葉 に にじま せて いた 。

へえ 、 色 んな 家庭 が ある もん な んだ な 、 と 珠美 は 思った 。

「 君 、 分 って くれ ない か 」

と 、 男 は 言った 。

「 あの 子 の ため に 、 人形 の 役 を 演じて ほしい 」

「 そう 言わ れて も ……」

色々 と 予定 も あん の よ ね 、 と 口 の 中 で 呟く 。

「 ときに 、 君 ──」

と 、 男 は 、 珠美 の 前 に 立って 、 言った 。

「 なあ に ?

「 娘 の 人形 に なる ついで に ── 私 の 遊び 相手 に なら ん かね ?

いきなり 顔 を ニタ つか せて 、 父親 の 苦悩 は どこ へ やら 、 前かがみ に なって 、 珠美 の 方 へ 顔 を 近づけて 来る 。

冗談 じゃ ない わ よ ?

私 、 造作 の 悪い の は 趣味 じゃ ない の よ !

── と 、 叫び たかった が ……。

ここ は 、 一 つ 、 向 う の 浮気 心 を くすぐる 手 だ 、 と 思い 直した 。

「 そんな こと ……」

と 、 ためらって 見せ 、「── タダ じゃ ない わ よ ね ?

「 も 、 もちろん さ !

と 、 男 は ニヤニヤ して 肯 いた 。

「 買い取った と は いえ 、 それ は 娘 の 人形 と して だ 。 私 の 方 は 、 別 料金 だ よ 」

「 そう ……」

珠美 は 、 精一杯 、 色っぽく も ない 流し 目 を くれて ( これ を やる と 、 友だち に 、「 カンニング の 練習 ?

」 と 訊 かれる )、「 私 、 中年 の 人 って 好み な んだ 」

「 そう か !

良かった 。 私 も ね 、 十 代 の 女の子 が 好み な んだ よ 」

「 意見 、 合った わ ね 」

「 本当だ 」

珠美 は 、 微 笑み を 浮かべて 、

「 だけど …… 手 と 足 を 椅子 に くくりつけ られて んじゃ 、 何も でき ない わ 」

「 それ も そう だ な 。

よし 、 今 、 解いて あげる 」

── やった 、 と 内心 舌 を 出す 。

男 は 、 珠美 の 手首 を 肘 かけ に 縛り つけた 縄 を 解き に かかった が 、

「 待てよ 」

と 、 手 を 止めた 。

「 どうした の ?

「 すぐ に 解 いち まっちゃ 、 つまらない 」

「 そ 、 そんな こと ない と 思う けど ……」

と 、 珠美 は 笑顔 を 作って 、「 それ に ── 手 が 痛く って 仕方ない の よ 」

「 そこ が また いい ところ だ 」

ちっとも 良 か ない 。

男 は 、 手 を 伸して 来て 、 珠美 の 頰 を 撫でた 。 ── ゾッと した が 、 必死で 顔 に 出さ ない ように する 。

「 縛ら れた まま で 、 うんと 可愛い が って やる 。

それ から 縄 を 解いて あげる よ 」

「 ええ ?

私 ── そういう の 、 趣味 じゃ ない んだ けど ……」

「 私 の 趣味 な んだ よ 」

親子 揃って おかしい んじゃ ない の 、 この うち は !

必死で 身 を よじって も 、 動ける 範囲 は たかが 知れて いる 。

男 が 、 珠美 の 胸 に 手 を かけた 。

そして ……。

男 が 息 を 激しく 吸い 込む 音 が した 。

何 だ ?

どうした んだろう ? 珠美 は 、 男 が 、 幽霊 でも 見た ように 、 カッ と 目 を 見開いて 、 青ざめて いる の を 見た 。 しかし 、 その 目 は 、 珠美 を 見て い ない 。

男 が 振り向いた 。

男 が 体 を 横 に 向けた ので 、 初めて 、 その 向 う に 立って いる 娘 ── あの 女の子 が 目 に 入った 。

「 お前 ……」

と 、 男 が 言った 。

「 私 の お 人形 よ !

女の子 は 、 烈 しい 怒り を こめた 口調 で 言った 。

「 パパ は いじっちゃ いけない って 、 言 っと いた でしょ ! 「 お前 ……」

男 の 声 が 震えた 。

男 が 、 完全に 娘 の 方 へ 向いて 、 その 背中 が 、 珠美 の 目 に 入る 。

部屋 着 の 背中 の 真中 に 、 赤い しみ が 広がり つつ あった 。

それ は 見る 間 に 大きく なって 来る 。

そして 、 珠美 は 、 あの 女の子 が 、 両手 に しっかり と 握って いた もの ── それ が 先 の 鋭く 尖った 包丁 だった と 思い 付いた 。

男 は 、 その 場 に ガクッ と 膝 を つく と 、 床 に 伏した 。

── 女の子 は 、 大して 気 に も 止めて い ない 風 だ 。

「 パパ は よく 噓 つく の よ ね 」

と 言う と 、 血 の ついた 包丁 を 持って 、 珠美 の 方 へ やって 来た 。

しかも 、 父親 の 体 を 踏み つけて である 。

珠美 は 身震い した 。

この とき ばかり は 、 国 友 に 、 助けて くれたら 、 貯金 全部 を やって も いい 、 と 思った 。

「 あんた は 私 の もの な んだ から ね 」

と 、 女の子 が 珠美 を 見下ろして 言う 。

包丁 の 切 っ 先 が 、 目の前 数 センチ の 所 に あって は 、 逆らう わけに も いか ない 。

珠美 は ユックリ と 肯 いた 。

「 でも 、 あんた お 人形 に しちゃ よく しゃべる わ 」

と 、 女の子 が 言った 。

「 しゃべら ない ように し ましょう ね 」

そんな ボタン 、 ついて ない わ よ 、 と 珠美 は 思った 。

「 喉 の とこ 、 これ で 切れば 、 しゃべれ なく なる わ よ ね 、 きっと 」

珠美 は 目 を むいた 。

喉 の とこ を 切れば ? ── それ じゃ 死 ん じ まう !

「 あ 、 あの ね 、 いい 子だから 聞いて !

お 姉ちゃん は 凄く 可愛い お 人形 を 持って る の よ 。 あなた に あげる わ 。 ね ?

「 しゃべっちゃ だめ 」

と 、 女の子 は 顔 を しかめた 。

「 私 、 うるさい の 嫌いな の 」

包丁 を 無造作に 握り 直す と 、「 どの 辺 から 声 が 出る の か な ……」

と 、 かがみ 込んで 、 珠美 の 喉 を まじまじ と 眺め 、

「 この 辺 か なあ ……」

と 、 包丁 の 先 を 喉 へ ──。

「 待て !

と 、 鋭い 叫び声 。

国 友 だった 。

部屋 の 中 へ 飛び 込んで 来る と 、 女の子 に 背後 から 抱きつき 、 横 へ 転がった 。 包丁 が 、 宙 を 飛んで 、 遠い 床 に ストン 、 と 突き 立った 。

「 国 友 さん !

── 国 友 さん ! 珠美 は 、 叫んで いた 。

「 もう 大丈夫だ !

安心 しろ よ ! 国 友 の 声 が 耳 に ……。

そして 、 珠美 は 、 気 を 失って しまった 。


三 姉妹 探偵 団 3 Chapter 13 みっ|しまい|たんてい|だん|chapter Three Sisters Detectives 3 Chapter 13

13  三 姉妹 、 ひとりぼっち みっ|しまい|

夕 里子 が 目 を 覚ました の は 、 もう 午後 の 二 時 近く だった 。 ゆう|さとご||め||さました||||ごご||ふた|じ|ちかく|

国 友 に 送ら れて 帰って 来た の が 朝 の 八 時 過ぎ だ から 、 これ でも そう 長く 眠った わけで は ない 。 くに|とも||おくら||かえって|きた|||あさ||やっ|じ|すぎ||||||ながく|ねむった|||

しかし 、 玄関 を 上る なり 、 声 も かけ ず に ベッド へ 直行 。 |げんかん||のぼる||こえ|||||べっど||ちょっこう However, as he climbs up the entrance, he goes straight to the bed without commenting.

そのまま ドサッ と 倒れ 込んで 眠って しまった のである 。 |||たおれ|こんで|ねむって||

眠かった 、 と いう より 、 疲れ 切って いた のだろう 。 ねむかった||||つかれ|きって||

もちろん 服 も パーティ に 着て 行った 「 涼しい 」 ワンピース の まま だった 。 |ふく||ぱーてぃ||きて|おこなった|すずしい|わんぴーす|||

ちょっと 身震い して 、 夕 里子 は あわてて 着替え を した 。 |みぶるい||ゆう|さとご|||きがえ||

「── お 姉さん 。 |ねえさん

どこ に いる の ? 夕 里子 は 、 居間 へ 入って 、 戸惑った 。 ゆう|さとご||いま||はいって|とまどった

家 の 中 が 、 いやに 寒い 。 いえ||なか|||さむい

ヒーター が 全然 入って い ない のだ 。 ひーたー||ぜんぜん|はいって|||

急いで ヒーター を つけ 、 夕 里子 は 首 を かしげた 。 いそいで|ひーたー|||ゆう|さとご||くび||

「 おかしい な ……」

大体 、 綾子 は 寒 がり な のである 。 だいたい|あやこ||さむ|||

こんな 寒い まま で 家 に いる わけ が ない 。 |さむい|||いえ|||||

出かけた のだろう か ? でかけた||

でも ── どこ へ ?

考えて みれば 、 ゆうべ 、 あの ルミ と いう 子 が やって 来て 、 珠美 が 「 誘拐 」 さ れた 、 と 言った の を 聞いて 失神 。 かんがえて||||るみ|||こ|||きて|たまみ||ゆうかい||||いった|||きいて|しっしん

そのまま 姉 を ソファ に 寝かして 、 夕 里子 は 出て しまった のだ が 、 帰って 来た とき 、 姉 は いた のだろう か ? |あね||||ねかして|ゆう|さとご||でて||||かえって|きた||あね||||

夕 里子 は 、 部屋 の カーテン が 、 全部 閉った まま に なって いる の に 気付いた 。 ゆう|さとご||へや||かーてん||ぜんぶ|しまった|||||||きづいた

開ける と 、 やっと 「 昼間 」 と いう 感じ に なる 。 あける|||ひるま|||かんじ||

カーテン が 閉った まま 、 と いう こと は 、 つまり 綾子 が 、 ゆうべ から 帰って い ない 、 と いう こと だろう 。 かーてん||しまった|||||||あやこ||||かえって||||||

「 お 姉さん ──」 |ねえさん

ふと 、 不安に なって 、 夕 里子 は マンション の 中 を 捜し 回った 。 |ふあんに||ゆう|さとご||まんしょん||なか||さがし|まわった

何しろ 、 珠美 が 停学 処分 に なった だけ で 、 責任 を 感じて 首 を 吊 り かけた 綾子 である 。 なにしろ|たまみ||ていがく|しょぶん|||||せきにん||かんじて|くび||つり|||あやこ|

珠美 が 誘拐 さ れた の も 自分 の せい 、 と 、 また 首吊り で も やり かね ない 。 たまみ||ゆうかい|||||じぶん|||||くびつり|||||

大体 、 ああいう 性格 は 、 悪い こと は 何でも 自分 の せい だ と 思い 込み 、 悲嘆 に くれる と いう くせ が ある 。 だいたい||せいかく||わるい|||なんでも|じぶん|||||おもい|こみ|ひたん||||||| In general, the personality character has a habit of thinking that whatever bad thing is his fault, it makes me sad.

その 一方 で 、 それ を 楽しんで る ── と いって は 変だ が 、 多少 、 演じて いる 、 と いう ところ も ある ので 、 結構 、 本当に 死 ん じ まったり する こと は ない もの な のだ 。 |いっぽう||||たのしんで|||||へんだ||たしょう|えんじて||||||||けっこう|ほんとうに|し||||||||||

でも 、 分 ら ない 。 |ぶん||

結構 、 何 か の 弾み で 死 ん じ まう と いう こと も ……。 けっこう|なん|||はずみ||し||||||| Well enough, I will die with some momentum ... ....

捜し 回る と いって も 、 あの 小峰 邸 と は 違う 。 さがし|まわる|||||こみね|てい|||ちがう

どこ に も 綾子 が い ない と 確認 する のに 、 そう 時間 は かから なかった 。 |||あやこ|||||かくにん||||じかん|||

取りあえず ホッと した もの の ── さて 、 それ じゃ どこ へ 行った んだろう ? とりあえず|ほっと|||||||||おこなった|

「 揃い も 揃って …… 全く ! そろい||そろって|まったく

夕 里子 が ため息 を つく の も 無理 は ない 。 ゆう|さとご||ためいき|||||むり||

「 お腹 空いた ! おなか|あいた

ラーメン でも 食べよう 」 らーめん||たべよう

お 湯 を 沸かして カップ ラーメン 。 |ゆ||わかして|かっぷ|らーめん

出来る の を 待つ 四 分間 より 、 食べ 始めて から 終る まで の 方 が 短い くらい だった ……。 できる|||まつ|よっ|ぶん かん||たべ|はじめて||おわる|||かた||みじかい||

それ に した って ── 綾子 も 珠美 も 行方 不明 と は 。 ||||あやこ||たまみ||ゆくえ|ふめい||

綾子 に した って 、 一 人 で 出かけて 外泊 して 来る なんて 、 およそ 考え られ ない こと である 。 あやこ||||ひと|じん||でかけて|がいはく||くる|||かんがえ||||

「 まさか ……」

家 の 中 じゃ なくて 、 外 で 、 川 に 身 を 投げよう と か ……。 いえ||なか|||がい||かわ||み||なげよう||

そんな こと が !

書き置き らしき もの も ない し 、 いくら 何でも ── と は 思った が 、 考え 出す と 心配に なって 来る もの である 。 かきおき|||||||なんでも|||おもった||かんがえ|だす||しんぱいに||くる||

ちょっと 出て みよう 。 |でて|

夕 里子 は 、 一 階 の ロビー に 降りる と 、 外 へ 出た 。 ゆう|さとご||ひと|かい||ろびー||おりる||がい||でた

「 お ー い 、 身投げ だ ! |-||みなげ|

いきなり 、 男 の 大声 が 聞こえて 、 夕 里子 は ギョッ と した 。 |おとこ||おおごえ||きこえて|ゆう|さとご||||

お 姉さん ! |ねえさん 早まら ないで ! はやまら|

ワッ と 駆け 出す と 、 大きな ボストン バッグ を 下げた 男 と ぶつかり そうに なる 。 ||かけ|だす||おおきな|ぼすとん|ばっぐ||さげた|おとこ|||そう に|

「 おっと 、 失礼 」 |しつれい

「 あなた です か 、 今 、 怒鳴った の は ? |||いま|どなった||

と 、 夕 里子 は せき込む ように 言った 。 |ゆう|さとご||せきこむ||いった

「 え ?

男 は キョトンと して いる 。 おとこ||きょとんと||

「 身投げ だって 怒鳴り ませ ん でした ? みなげ||どなり|||

「 ああ 」

と 、 男 は 肯 いた 。 |おとこ||こう|

「 ど 、 どこ です か ?

「 どこ って ── これ だ よ 」

男 は 、 大きな 紙袋 を 持ち 上げて 見せた 。 おとこ||おおきな|かみぶくろ||もち|あげて|みせた

「 大阪 に 出張 して 来て ね 。 おおさか||しゅっちょう||きて|

今 帰った んだ 」 いま|かえった|

「 でも ──」

「 ちょうど 、 ベランダ に 子供 が いたんで 、『 みやげ だ 』 と 言った んだ よ 。 |べらんだ||こども||||||いった||

それ が 何 か ──? ||なん| 夕 里子 は 顔 を 真 赤 に する と 、 ゆう|さとご||かお||まこと|あか|||

「 紛らわしい こと を 言わ ないで 下さい ! まぎらわしい|||いわ||ください

と かみつき そうな 口調 で 言った 。 ||そう な|くちょう||いった

プリプリ し ながら 歩いて 行く 夕 里子 を 、 男 は 目 を 白黒 さ せて 見送って いた ……。 |||あるいて|いく|ゆう|さとご||おとこ||め||しろくろ|||みおくって|

いやに 冷たい もの が 頰 に 当って 、 珠美 は 目 を 覚ました 。 |つめたい|||||あたって|たまみ||め||さました

と いって も 、 ただ 眠って いて 目 が 覚めた と いう の と は 違う 。 ||||ねむって||め||さめた||||||ちがう

── 少しずつ 、 少しずつ 、 意識 が 戻って 来る のだ 。 すこしずつ|すこしずつ|いしき||もどって|くる|

ああ 、 そう ……。

睡眠 薬 の せい だ 。 すいみん|くすり|||

あの 井口 と か いう 秘書 ! |いぐち||||ひしょ

ニヤニヤ 笑って ばっかり いて 、 そのくせ お腹 の 中 じゃ 何 を 考えて んだ か ……。 |わらって||||おなか||なか||なん||かんがえて||

草間 由美子 だって 同じだ 。 くさま|ゆみこ||おなじだ

いや 、 きっと 井口 以上 の ワル に 違いない 。 ||いぐち|いじょう||||ちがいない

どう なった んだろう ?

ここ は まだ 小 峰 の 屋敷 な の か な 。 |||しょう|みね||やしき||||

頭 を 上げて 、 周囲 を 見 回す と 、 どうも 様子 が 違う 。 あたま||あげて|しゅうい||み|まわす|||ようす||ちがう

── 立派な 部屋 で は ある のだ が 、 小 峰 の 所 と は まるで イメージ が 違って 、 しかも 、 ここ は また やたら 可愛い 。 りっぱな|へや||||||しょう|みね||しょ||||いめーじ||ちがって||||||かわいい ── Although it is a fine room, the image is different from the location of Komine, and moreover, this place is too cute again.

ピンク が 主 の 花柄 の 壁 、 カーペット も ピンク 、 ベッド 、 机 ……。 ぴんく||おも||はながら||かべ|||ぴんく|べっど|つくえ

どう 見た って 子供 部屋 の イメージ な のである 。 |みた||こども|へや||いめーじ||

それ に 、 やたら と 並ぶ ぬいぐるみ の 数 たる や ……。 ||||ならぶ|||すう|| To that, there are a number of stuffed animals that are briskly arranged ... ....

珠美 は 、 元来 あまり こういう 物 を 集める 趣味 が ない 。 たまみ||がんらい|||ぶつ||あつめる|しゅみ|| Zami has no hobby of collecting such things originally.

持って いて 値 が 上る ような 珍しい ぬいぐるみ ( そんな もの が ある か どう か は ともかく ) なら ともかく 、 手伝い の 一 つ も し やしない 、 こんな 人形 に は 関心 が 持て なかった のである 。 もって||あたい||のぼる||めずらしい|||||||||||||てつだい||ひと||||||にんぎょう|||かんしん||もて||

しかし 、 その 珠美 に して から が 、 この コレクション に は 目 を 見張った 。 ||たまみ||||||これくしょん|||め||みはった

── 凄い 数 。 すごい|すう その 上 、 で かいこ と で かいこ と ……。 |うえ|||||| Besides, at the airport, I will ... Kaibo.

子供 の 体 ぐらい 充分に ある 熊 だの 、 タヌキ 、 恐竜 だ の の ぬいぐるみ 。 こども||からだ||じゅうぶんに||くま||たぬき|きょうりゅう||||

実物大 の 犬 、 猫 、 ウサギ 、 カバ ── まで は い ない が 、 それにしても よく 集めた もの だ 。 じつぶつだい||いぬ|ねこ|うさぎ|かば||||||||あつめた||

しかし 、 ここ は どこ だろう ?

椅子 に 座って いた 珠美 は 、 立ち上ろう と して 、 アレッ 、 と 思った 。 いす||すわって||たまみ||たちのぼろう|||あれっ||おもった

体 が 言う こと を きか ない のである 。 からだ||いう|||||

「 まだ 薬 が 効いて る の か な ──」 |くすり||きいて||||

と 、 呟いて 、 ゾッと した 。 |つぶやいて|ぞっと|

動け ない わけで 、 手 は 椅子 の 肘 かけ に 、 足 は 足首 を 椅子 の 足 に 、 縛り つけ られて いる のである 。 うごけ|||て||いす||ひじ|||あし||あしくび||いす||あし||しばり||||

紐 が 太 目 で 、 そう 食い込んで は い ない ので 、 痛み は 大した こと も なかった が 、 どうにも 動かせ ない の は 確かだった 。 ひも||ふと|め|||くいこんで|||||いたみ||たいした||||||うごかせ||||たしかだった

衣裳 は 、 小峰 邸 で 着せ られた 人形 風 の まま 。 いしょう||こみね|てい||ちゃくせ||にんぎょう|かぜ||

「 どう なって ん の よ 、 これ ?

と 、 ブツブツ 言って いる と ……。 |ぶつぶつ|いって||

ヒョイ と 目 を 上げる と 、 目の前 に 、 いつの間に 入って 来た の やら 、 女の子 が 立って いる 。 ||め||あげる||めのまえ||いつのまに|はいって|きた|||おんなのこ||たって|

十二 、 三 歳 ぐらい か 、 ちょっと お ませ な 感じ で は ある が 、 なかなか 可愛い 。 じゅうに|みっ|さい|||||||かんじ||||||かわいい

「 あら 、 お め め が さめた の ね 」

と 、 女の子 は 言った 。 |おんなのこ||いった

お め め ?

珠美 は 目 を パチクリ さ せた が 、 たまみ||め|||||

「 良かった ! よかった

ねえ 、 ここ 、 あなた の お 部屋 ? |||||へや と 訊 いた 。 |じん|

「 お腹 空いた でしょう 。 おなか|あいた|

今 、 ミルク を あげる わ ね 」 いま|みるく||||

女の子 は 、 珠美 の 言葉 なんか 耳 に 入ら ない と いう 様子 で 、 さっさと 部屋 を 横切って 行った 。 おんなのこ||たまみ||ことば||みみ||はいら||||ようす|||へや||よこぎって|おこなった

「 ね 、 ちょっと ── お 願い が ある んだ けど な 。 |||ねがい|||||

この 縄 、 ほどいて くれ ない ? |なわ||| 珠美 は 、 頭 を めぐら せて 言った 。 たまみ||あたま||||いった

「 さあ 、 どれ くらい 飲む か なあ ……。 |||のむ||

あんた は 大きい から ねえ 、 少し 沢山に し ましょう ね 」 ||おおきい|||すこし|たくさんに|||

大きな お 世話 よ 、 と 、 珠美 は 思った 。 おおきな||せわ|||たまみ||おもった

「 ねえ 、 ここ 、 あなた の うち ?

家 の 人 は ? いえ||じん| お 父さん と か 、 お 母さん と か 、 い ない の ? |とうさん||||かあさん||||| 「 お腹 が 空いた の ? おなか||あいた|

泣か ないで 待って て ね 、 いい 子だから 」 なか||まって||||こだから

誰 が 泣く か って ! だれ||なく||

── この 子 、 聞こえて ない の かしら ? |こ|きこえて|||

「 ねえ 、 あなた 、 ハサミ か 何 か で これ を 切って くれ ない ? ||はさみ||なん|||||きって||

しかし 、 女の子 の 方 は 、 完全 無視 。 |おんなのこ||かた||かんぜん|むし

「── できた わ !

熱い から 、 火傷 し ないで ね 」 あつい||やけど|||

と 、 哺乳 びん を 手 に やって 来る 。 |ほにゅう|||て|||くる He comes with a baby bottle in hand.

珠美 も 頭 に 来た 。 たまみ||あたま||きた

「 ちょっと !

人 の 話 を 聞いたら どう ? じん||はなし||きいたら| と 怒鳴って やった が 、 まるで 応えた 様子 なし で 、 |どなって||||こたえた|ようす||

「 はい 、 お 口 を あけて 」 ||くち||

と 、 哺乳 びん の 吸 口 を 珠美 の 口 へ 押しつけて 来る 。 |ほにゅう|||す|くち||たまみ||くち||おしつけて|くる

「 ちょっと ── やめて よ ──」

ミルク なんて 飲み たく も ない ! みるく||のみ|||

首 を 左右 に 振る と 、 こぼれた ミルク が 胸 に 落ちた 。 くび||さゆう||ふる|||みるく||むね||おちた

「 あら あら 、 こぼしちゃ って 。

── いけない 子 ね ! |こ| コツン 、 と 拳 で 頭 を 叩か れ 、 珠美 は 真 赤 に なった 。 ||けん||あたま||たたか||たまみ||まこと|あか||

この ガキ ! |がき 今に 見て ろ ! いまに|みて|

「 罰 と して 、 夜 まで ミルク は あげ ない わ 」 ばち|||よ||みるく||||

女の子 は そう 言う と 、 部屋 を 出て 行って しまった 。 おんなのこ|||いう||へや||でて|おこなって|

「── 狂って る ! くるって|

珠美 は 、 ホッと 息 を ついて 、 言った 。 たまみ||ほっと|いき|||いった

どうして まあ 、 こう も 変な の ばっかり に 出くわす んだ ろ ? ||||へんな||||でくわす||

あの 子 に 助けて もらう の は 、 どうも 無理な ようだ 。 |こ||たすけて|||||むりな|

何とか して 、 この 縄 を とか なくちゃ 。 なんとか|||なわ||と か|

珠美 は 、 必死で 手首 を 動かした 。 たまみ||ひっしで|てくび||うごかした

少しずつ でも 緩んで 来れば ……。 すこしずつ||ゆるんで|くれば

そして ── どれ くらい の 時間 、 やって いた だろう か ? ||||じかん||||

コツコツ 、 と 足音 が ドア の 外 に した 。 こつこつ||あしおと||どあ||がい||

あの 子 で は ない 。 |こ||| 大人 の 足音 だ 。 おとな||あしおと|

珠美 は 、 息 を つめて 、 じっと ドア を 見つめた 。 たまみ||いき||||どあ||みつめた

ドア が 開いた 。 どあ||あいた

ガクッ と 頭 が 落ちた 。 ||あたま||おちた

綾子 。 あやこ

── こちら も また 、 目 が 覚める ところ から 始まる 。 |||め||さめる|||はじまる ── This also starts from where I wake up.

やはり 、 三 姉妹 の 仲 の 良 さ の 証拠 かも しれ ない 。 |みっ|しまい||なか||よ|||しょうこ|||

「 あ ……」

綾子 は 、 目 を パチクリ さ せ 、 それ から 大 欠 伸 を した 。 あやこ||め|||||||だい|けつ|しん||

やけに 暗い 。 |くらい

と は いえ 、 別に 綾子 の 場合 は 、 どこ か に 監禁 さ れて いる わけで も なく 、 縛ら れて も 、 睡眠 薬 を の ま さ れて も い なかった 。 |||べつに|あやこ||ばあい|||||かんきん|||||||しばら|||すいみん|くすり||||||||

ただ 、 どうして こんなに 暗い んだ ろ 、 と しばらく は 思い悩んで いた 。 |||くらい||||||おもいなやんで|

それ に 、 こんな 固い 床 の 上 に 座り 込んで 、 窮屈に 身 を 縮めて ……。 |||かたい|とこ||うえ||すわり|こんで|きゅうくつに|み||ちぢめて

こんな 所 で 寝て いれば 当然の こと ながら 、 体 中 が 痛い 。 |しょ||ねて||とうぜんの|||からだ|なか||いたい

夜中 な の かしら 、 まだ ? よなか||||

でも ── いくら 夜中 でも 、 こんなに 真 暗 って こと は ない 。 ||よなか|||まこと|あん||||

壁 に 手 を 触れる と 、 ひんやり 冷たい 。 かべ||て||ふれる|||つめたい

そう いえば 、 いやに 冷え冷え と して いる 。 |||ひえびえ||| 冷蔵 庫 に でも 入った みたいで ……。 れいぞう|こ|||はいった|

冷蔵 庫 ? れいぞう|こ

── いや 、 そう じゃ ない 。

エレベーター だ ! えれべーたー|

一体 どうして こんな 所 で 眠りこけて しまった の か 、 綾子 と して も 、 低 血圧 の 寝起き の 悪い 頭 で は 、 いささか はっきり し ない のだ が 、 ともかく 、 屋敷 の 中 を さまよって いて 、 男 と 女 の 会話 を 聞いて しまった こと は 、 よく 憶 えて いる 。 いったい|||しょ||ねむりこけて||||あやこ||||てい|けつあつ||ねおき||わるい|あたま||||||||||やしき||なか||||おとこ||おんな||かいわ||きいて|||||おく||

「 小峰 様 に 死んで もらう 」 こみね|さま||しんで|

と いう 、 物騒な 言葉 に びっくり して ……。 ||ぶっそうな|ことば|||

綾子 は 逃げ 出した のである 。 あやこ||にげ|だした|

でも 、 誰 か が 追い かけて 来る ような 気 が して 、 怖かった 。 |だれ|||おい||くる||き|||こわかった

だ から 、 手近な ドア を 開けて 中 へ 入った のである 。 ||てぢかな|どあ||あけて|なか||はいった|

そこ は 幸い 、 隠れる のに 、 お あつらえ向きの 場所 、 毛布 だの シーツ だの が 沢山 し まい込んで ある 、 大きな 戸棚 みたいな もの だった 。 ||さいわい|かくれる|||あつらえむきの|ばしょ|もうふ||しーつ|||たくさん||まいこんで||おおきな|とだな|||

こりゃ いい や 、 と いう わけで 、 綾子 は 差し当り 危険 が 遠ざかる まで 、 その 中 に 、 シーツ を かぶって 隠れて いた 。 ||||||あやこ||さしあたり|きけん||とおざかる|||なか||しーつ|||かくれて|

そして ── 何 が 起った のだろう ? |なん||おこった|

何 か 騒ぎ が あった こと は 、 綾子 に も 分 った 。 なん||さわぎ|||||あやこ|||ぶん|

しかし 、 夕 里子 と は 違い 、「 君子 」── いや 、「 綾子 、 危うき に 近寄ら ず 」 を モットー と して いる この 長女 は 、 動か ない 方 が 安全である と 判断 した のだった 。 |ゆう|さとご|||ちがい|くんし||あやこ|あやうき||ちかよら|||もっとー|||||ちょうじょ||うごか||かた||あんぜんである||はんだん||

そして 、 暗がり で じっと して いる 内 、 いつしか 眠って しまった ……。 |くらがり|||||うち||ねむって|

そして ハッと 気 が 付く と 、 もう 外 は いやに 静かに なって いた 。 |はっと|き||つく|||がい|||しずかに||

何もかも 終った の かしら ? なにもかも|しまった||

綾子 の 場合 、 出て も 大丈夫 と 思って から 、 実際 に 動き 出す まで 、 さらに 三十 分 は かかる 。 あやこ||ばあい|でて||だいじょうぶ||おもって||じっさい||うごき|だす|||さんじゅう|ぶん||

やっと 、 その 戸棚 を 出る と 、 また 綾子 は 廊下 を 歩いて 行った のだ 。 ||とだな||でる|||あやこ||ろうか||あるいて|おこなった|

する と ── 突然 、 少し 先 の 壁 が 、 スルスル と 扉 の ように 開いて 、 また あの 声 の 男 と 女 が 出て 来た のだった 。 ||とつぜん|すこし|さき||かべ||するする||とびら|||あいて|||こえ||おとこ||おんな||でて|きた|

綾子 の ように 、 会い たく ない 、 会い たく ない と 思って いる と 、 却って 会って しまう もの だ 。 あやこ|||あい|||あい||||おもって|||かえって|あって|||

ちょうど 、 学生 の ころ 、 予習 を やって なくて 、 当ら ない ように 、 先生 の 目 に つき ませ ん ように 、 と 祈って いる と 、 当って しまう の と 似て いる 。 |がくせい|||よしゅう||||あたら|||せんせい||め|||||||いのって|||あたって||||にて|

しかし 、 綾子 は 幸い 、 向 う から は 見 られ ず に 済んだ 。 |あやこ||さいわい|むかい||||み||||すんだ

幸運な こと に 、 その 二 人 は 、 綾子 の いる の と は 逆の 方向 へ 歩いて 行った のだ 。 こううんな||||ふた|じん||あやこ||||||ぎゃくの|ほうこう||あるいて|おこなった|

しかし 、 その後 を ついて 行く と 、 また 会って しまい そうな 気 が する 。 |そのご|||いく|||あって||そう な|き||

それ より 綾子 は 、 エレベーター に 興味 を ひか れた 。 ||あやこ||えれべーたー||きょうみ|||

エレベーター なら 、 下 へ 行けば どこ か 出口 が ある だろう 。 えれべーたー||した||いけば|||でぐち||| 地下鉄 へ の 連絡 通路 ぐらい ある かも しれ ない (! ちかてつ|||れんらく|つうろ||||| )。

ともかく 、 スイッチ を 見付けて 、 綾子 は その エレベーター に 乗り 込んだ 。 |すいっち||みつけて|あやこ|||えれべーたー||のり|こんだ

そして 箱 が 下って 行き 、 下 へ 着いた とたん ……。 |はこ||くだって|いき|した||ついた|

── 綾子 は 暗がり の 中 で 、 ため息 を ついた 。 あやこ||くらがり||なか||ためいき||

扉 が 開か ない 内 に 、 エレベーター の 電源 が 切ら れて しまった 。 とびら||あか||うち||えれべーたー||でんげん||きら||

そして 、 綾子 は 、 ここ に 閉じ こめ られた まま に なった のである ……。 |あやこ||||とじ||||||

いかにも 綾子 らしい ドジ 加減 と いえば その 通り だ が 、 それでいて 、 大して 焦り も せ ず 、 ここ で 眠って しまった と いう の も 、 綾子 らしい 。 |あやこ|||かげん||||とおり||||たいして|あせり||||||ねむって||||||あやこ|

しかし 、 目 は 覚めて も 、 実際 に は 眠って いる の と 変り の ない 真 暗がり 。 |め||さめて||じっさい|||ねむって||||かわり|||まこと|くらがり

── どう したら い い んだろう 、 と 綾子 は 途方 に くれて いた ……。 ||||||あやこ||とほう|||

と ── どこ か で 、 ブーン と いう 低い 音 が して 、 いきなり 、 明り が 点いた 。 |||||||ひくい|おと||||あかり||ついた

電気 が 通じた のだ 。 でんき||つうじた|

綾子 は 立ち上って 、 あやこ||たちのぼって

「 あい たた ……」

と 、 腰 を 押えた 。 |こし||おさえた

「 いやだ わ 、 もう トシ な の かしら 」 |||とし|||

エレベーター が 上り 始めた 。 えれべーたー||のぼり|はじめた

誰 か が 上 で 呼んで いる のだ 。 だれ|||うえ||よんで|| と いう こと は ── 誰 か が 乗って 来る わけだ 。 ||||だれ|||のって|くる|

どう しよう ?

綾子 は 、 ただ 当惑 して 突っ立って いる ばかりだった 。 あやこ|||とうわく||つったって||

もっとも 、 この 場合 は 、 綾子 なら ず と も 、 他 に どう しよう も なかった だろう が 。 ||ばあい||あやこ|||||た|||||||

── エレベーター が 、 ガクン 、 と 停 って 、 扉 が スルスル と 開いた 。 えれべーたー||がくん||てい||とびら||するする||あいた

「 や あ 。

── どうか ね 」

ドア を 開けて 入って 来た の は 、 どうにも パッと し ない 、 どこ に でも い そうな 中年 男 。 どあ||あけて|はいって|きた||||ぱっと|||||||そう な|ちゅうねん|おとこ

縛ら れた 椅子 から 、 珠美 は キッ と 男 を にらみ つけた 。 しばら||いす||たまみ||||おとこ|||

「 あんた が 私 を ここ へ 連れて 来た の ね ! ||わたくし||||つれて|きた||

「 そう 怒ら ん で くれ 」 |いから|||

男 は 、 ドア を 閉める と 、 肩 を すくめた 。 おとこ||どあ||しめる||かた||

── 風采 は パッと し ない が 、 着て いる 部屋 着 らしき もの だけ は 、 いかにも 高 そうである 。 ふうさい||ぱっと||||きて||へや|ちゃく||||||たか|そう である

洋服 に 負けて る わ よ 、 あんた 、 と 珠美 は 心 の 中 で 悪態 を ついた 。 ようふく||まけて||||||たまみ||こころ||なか||あくたい||

「 早く 縄 を 解き なさい よ ! はやく|なわ||とき||

今 、 黙って 帰して くれりゃ 、 誘拐 罪 で 訴え ない って 約束 して やる わ 」 いま|だまって|かえして||ゆうかい|ざい||うったえ|||やくそく|||

珠美 は まず 高飛車に 出た 。 たまみ|||たかびしゃに|でた

「 なかなか 負けん気 の 娘 さん だ ね 」 |まけんき||むすめ|||

と 、 男 は 苦笑い して 、「 しかし 、 私 は 君 を 誘拐 して 来た わけじゃ ない 。 |おとこ||にがわらい|||わたくし||きみ||ゆうかい||きた||

誘拐 なら 、 むしろ 小峰 さん の 方 だろう 」 ゆうかい|||こみね|||かた|

「 あんた は どう な の よ 」

「 私 は 、 競売 で 君 を せり落とした 」 わたくし||きょうばい||きみ||せりおとした

「 へえ 。

その 言い分 が 、 警察 で 通用 する と 思って ん の ? |いいぶん||けいさつ||つうよう|||おもって|| 「 君 の 言い分 は 、 こうして 縛ら れて いる 状態 で は 通用 し ない んじゃ ない か ね 」 きみ||いいぶん|||しばら|||じょうたい|||つうよう||||||

と 、 男 が やり 返す 。 |おとこ|||かえす

こりゃ 、 強気 一点張り じゃ だめ か 、 と 珠美 は 思った 。 |つよき|いってんばり|||||たまみ||おもった

「── 分 った わ よ 。 ぶん|||

どう しよう って いう の ? 「 私 は 、 君 を 娘 に せがま れて 買った んだ よ 」 わたくし||きみ||むすめ||||かった||

「 娘 ? むすめ

── あの 少し イカレ た ──」 |すこし||

と 言い かけて 、 珠美 は 口 を つぐんだ 。 |いい||たまみ||くち||

やはり 、 縛ら れて いる 身 と して は 、 あまり 怒ら せる ような こと を 言って は いけない 。 |しばら|||み|||||いから|||||いって||

「 確かに ね 」 たしかに|

男 は 、 意外に も アッサリ と 肯 いた 。 おとこ||いがいに||||こう|

「 あの 子 は 、 少々 まともじゃ ない 。 |こ||しょうしょう|| しかし 、 私 に とって は 、 かけがえのない 子 だ 」 |わたくし|||||こ|

「 そりゃ そう でしょう ね 」

「 母親 が 遊び 暮して いて 、 あの 子 は 愛情 に 飢えて いた 。 ははおや||あそび|くらして|||こ||あいじょう||うえて|

それ が この ──」

と 、 ズラリ 並んだ ぬいぐるみ を 手 で 示して 、「 ぬいぐるみ へ の 偏 愛 に なって しまった んだ 」 |ずらり|ならんだ|||て||しめして||||へん|あい||||

「 分 ら ない じゃ ない けど ……」 ぶん|||||

「 今 じゃ 、 あの 子 が 心 を 許して いる の は 、 ここ に いる ぬいぐるみ たち だけ な んだ よ 」 いま|||こ||こころ||ゆるして||||||||||||

男 は 、 額 に 深く しわ を 寄せ 、 苦悩 の 色 を 言葉 に にじま せて いた 。 おとこ||がく||ふかく|||よせ|くのう||いろ||ことば||||

へえ 、 色 んな 家庭 が ある もん な んだ な 、 と 珠美 は 思った 。 |いろ||かてい||||||||たまみ||おもった

「 君 、 分 って くれ ない か 」 きみ|ぶん||||

と 、 男 は 言った 。 |おとこ||いった

「 あの 子 の ため に 、 人形 の 役 を 演じて ほしい 」 |こ||||にんぎょう||やく||えんじて|

「 そう 言わ れて も ……」 |いわ||

色々 と 予定 も あん の よ ね 、 と 口 の 中 で 呟く 。 いろいろ||よてい|||||||くち||なか||つぶやく I murmured in my mouth, I guess a lot of schedules.

「 ときに 、 君 ──」 |きみ

と 、 男 は 、 珠美 の 前 に 立って 、 言った 。 |おとこ||たまみ||ぜん||たって|いった

「 なあ に ?

「 娘 の 人形 に なる ついで に ── 私 の 遊び 相手 に なら ん かね ? むすめ||にんぎょう|||||わたくし||あそび|あいて|||| "As you become a daughter's doll - not to be my opponent?

いきなり 顔 を ニタ つか せて 、 父親 の 苦悩 は どこ へ やら 、 前かがみ に なって 、 珠美 の 方 へ 顔 を 近づけて 来る 。 |かお|||||ちちおや||くのう|||||まえかがみ|||たまみ||かた||かお||ちかづけて|くる

冗談 じゃ ない わ よ ? じょうだん||||

私 、 造作 の 悪い の は 趣味 じゃ ない の よ ! わたくし|ぞうさく||わるい|||しゅみ||||

── と 、 叫び たかった が ……。 |さけび||

ここ は 、 一 つ 、 向 う の 浮気 心 を くすぐる 手 だ 、 と 思い 直した 。 ||ひと||むかい|||うわき|こころ|||て|||おもい|なおした

「 そんな こと ……」

と 、 ためらって 見せ 、「── タダ じゃ ない わ よ ね ? ||みせ|ただ|||||

「 も 、 もちろん さ !

と 、 男 は ニヤニヤ して 肯 いた 。 |おとこ||||こう|

「 買い取った と は いえ 、 それ は 娘 の 人形 と して だ 。 かいとった||||||むすめ||にんぎょう||| 私 の 方 は 、 別 料金 だ よ 」 わたくし||かた||べつ|りょうきん||

「 そう ……」

珠美 は 、 精一杯 、 色っぽく も ない 流し 目 を くれて ( これ を やる と 、 友だち に 、「 カンニング の 練習 ? たまみ||せいいっぱい|いろっぽく|||ながし|め|||||||ともだち||かんにんぐ||れんしゅう

」 と 訊 かれる )、「 私 、 中年 の 人 って 好み な んだ 」 |じん||わたくし|ちゅうねん||じん||よしみ||

「 そう か !

良かった 。 よかった 私 も ね 、 十 代 の 女の子 が 好み な んだ よ 」 わたくし|||じゅう|だい||おんなのこ||よしみ|||

「 意見 、 合った わ ね 」 いけん|あった||

「 本当だ 」 ほんとうだ

珠美 は 、 微 笑み を 浮かべて 、 たまみ||び|えみ||うかべて

「 だけど …… 手 と 足 を 椅子 に くくりつけ られて んじゃ 、 何も でき ない わ 」 |て||あし||いす|||||なにも|||

「 それ も そう だ な 。

よし 、 今 、 解いて あげる 」 |いま|といて|

── やった 、 と 内心 舌 を 出す 。 ||ないしん|した||だす

男 は 、 珠美 の 手首 を 肘 かけ に 縛り つけた 縄 を 解き に かかった が 、 おとこ||たまみ||てくび||ひじ|||しばり||なわ||とき|||

「 待てよ 」 まてよ

と 、 手 を 止めた 。 |て||とどめた

「 どうした の ?

「 すぐ に 解 いち まっちゃ 、 つまらない 」 ||かい|||

「 そ 、 そんな こと ない と 思う けど ……」 |||||おもう|

と 、 珠美 は 笑顔 を 作って 、「 それ に ── 手 が 痛く って 仕方ない の よ 」 |たまみ||えがお||つくって|||て||いたく||しかたない||

「 そこ が また いい ところ だ 」

ちっとも 良 か ない 。 |よ||

男 は 、 手 を 伸して 来て 、 珠美 の 頰 を 撫でた 。 おとこ||て||のして|きて|たまみ||||なでた ── ゾッと した が 、 必死で 顔 に 出さ ない ように する 。 ぞっと|||ひっしで|かお||ださ|||

「 縛ら れた まま で 、 うんと 可愛い が って やる 。 しばら|||||かわいい|||

それ から 縄 を 解いて あげる よ 」 ||なわ||といて||

「 ええ ?

私 ── そういう の 、 趣味 じゃ ない んだ けど ……」 わたくし|||しゅみ||||

「 私 の 趣味 な んだ よ 」 わたくし||しゅみ|||

親子 揃って おかしい んじゃ ない の 、 この うち は ! おやこ|そろって|||||||

必死で 身 を よじって も 、 動ける 範囲 は たかが 知れて いる 。 ひっしで|み||||うごける|はんい|||しれて|

男 が 、 珠美 の 胸 に 手 を かけた 。 おとこ||たまみ||むね||て||

そして ……。

男 が 息 を 激しく 吸い 込む 音 が した 。 おとこ||いき||はげしく|すい|こむ|おと||

何 だ ? なん|

どうした んだろう ? 珠美 は 、 男 が 、 幽霊 でも 見た ように 、 カッ と 目 を 見開いて 、 青ざめて いる の を 見た 。 たまみ||おとこ||ゆうれい||みた||||め||みひらいて|あおざめて||||みた しかし 、 その 目 は 、 珠美 を 見て い ない 。 ||め||たまみ||みて||

男 が 振り向いた 。 おとこ||ふりむいた

男 が 体 を 横 に 向けた ので 、 初めて 、 その 向 う に 立って いる 娘 ── あの 女の子 が 目 に 入った 。 おとこ||からだ||よこ||むけた||はじめて||むかい|||たって||むすめ||おんなのこ||め||はいった

「 お前 ……」 おまえ

と 、 男 が 言った 。 |おとこ||いった

「 私 の お 人形 よ ! わたくし|||にんぎょう|

女の子 は 、 烈 しい 怒り を こめた 口調 で 言った 。 おんなのこ||れつ||いかり|||くちょう||いった

「 パパ は いじっちゃ いけない って 、 言 っと いた でしょ ! ぱぱ|||||げん||| 「 お前 ……」 おまえ

男 の 声 が 震えた 。 おとこ||こえ||ふるえた

男 が 、 完全に 娘 の 方 へ 向いて 、 その 背中 が 、 珠美 の 目 に 入る 。 おとこ||かんぜんに|むすめ||かた||むいて||せなか||たまみ||め||はいる

部屋 着 の 背中 の 真中 に 、 赤い しみ が 広がり つつ あった 。 へや|ちゃく||せなか||まんなか||あかい|||ひろがり||

それ は 見る 間 に 大きく なって 来る 。 ||みる|あいだ||おおきく||くる

そして 、 珠美 は 、 あの 女の子 が 、 両手 に しっかり と 握って いた もの ── それ が 先 の 鋭く 尖った 包丁 だった と 思い 付いた 。 |たまみ|||おんなのこ||りょうて||||にぎって|||||さき||するどく|とがった|ほうちょう|||おもい|ついた

男 は 、 その 場 に ガクッ と 膝 を つく と 、 床 に 伏した 。 おとこ|||じょう||||ひざ||||とこ||ふした

── 女の子 は 、 大して 気 に も 止めて い ない 風 だ 。 おんなのこ||たいして|き|||とどめて|||かぜ|

「 パパ は よく 噓 つく の よ ね 」 ぱぱ|||||||

と 言う と 、 血 の ついた 包丁 を 持って 、 珠美 の 方 へ やって 来た 。 |いう||ち|||ほうちょう||もって|たまみ||かた|||きた

しかも 、 父親 の 体 を 踏み つけて である 。 |ちちおや||からだ||ふみ||

珠美 は 身震い した 。 たまみ||みぶるい|

この とき ばかり は 、 国 友 に 、 助けて くれたら 、 貯金 全部 を やって も いい 、 と 思った 。 ||||くに|とも||たすけて||ちょきん|ぜんぶ||||||おもった

「 あんた は 私 の もの な んだ から ね 」 ||わたくし||||||

と 、 女の子 が 珠美 を 見下ろして 言う 。 |おんなのこ||たまみ||みおろして|いう

包丁 の 切 っ 先 が 、 目の前 数 センチ の 所 に あって は 、 逆らう わけに も いか ない 。 ほうちょう||せつ||さき||めのまえ|すう|せんち||しょ||||さからう||||

珠美 は ユックリ と 肯 いた 。 たまみ||||こう|

「 でも 、 あんた お 人形 に しちゃ よく しゃべる わ 」 |||にんぎょう|||||

と 、 女の子 が 言った 。 |おんなのこ||いった

「 しゃべら ない ように し ましょう ね 」

そんな ボタン 、 ついて ない わ よ 、 と 珠美 は 思った 。 |ぼたん||||||たまみ||おもった

「 喉 の とこ 、 これ で 切れば 、 しゃべれ なく なる わ よ ね 、 きっと 」 のど|||||きれば|||||||

珠美 は 目 を むいた 。 たまみ||め||

喉 の とこ を 切れば ? のど||||きれば ── それ じゃ 死 ん じ まう ! ||し|||

「 あ 、 あの ね 、 いい 子だから 聞いて ! ||||こだから|きいて

お 姉ちゃん は 凄く 可愛い お 人形 を 持って る の よ 。 |ねえちゃん||すごく|かわいい||にんぎょう||もって||| あなた に あげる わ 。 ね ?

「 しゃべっちゃ だめ 」

と 、 女の子 は 顔 を しかめた 。 |おんなのこ||かお||

「 私 、 うるさい の 嫌いな の 」 わたくし|||きらいな|

包丁 を 無造作に 握り 直す と 、「 どの 辺 から 声 が 出る の か な ……」 ほうちょう||むぞうさに|にぎり|なおす|||ほとり||こえ||でる|||

と 、 かがみ 込んで 、 珠美 の 喉 を まじまじ と 眺め 、 ||こんで|たまみ||のど||||ながめ

「 この 辺 か なあ ……」 |ほとり||

と 、 包丁 の 先 を 喉 へ ──。 |ほうちょう||さき||のど|

「 待て ! まて

と 、 鋭い 叫び声 。 |するどい|さけびごえ

国 友 だった 。 くに|とも|

部屋 の 中 へ 飛び 込んで 来る と 、 女の子 に 背後 から 抱きつき 、 横 へ 転がった 。 へや||なか||とび|こんで|くる||おんなのこ||はいご||だきつき|よこ||ころがった 包丁 が 、 宙 を 飛んで 、 遠い 床 に ストン 、 と 突き 立った 。 ほうちょう||ちゅう||とんで|とおい|とこ||すとん||つき|たった

「 国 友 さん ! くに|とも|

── 国 友 さん ! くに|とも| 珠美 は 、 叫んで いた 。 たまみ||さけんで|

「 もう 大丈夫だ ! |だいじょうぶだ

安心 しろ よ ! あんしん|| 国 友 の 声 が 耳 に ……。 くに|とも||こえ||みみ|

そして 、 珠美 は 、 気 を 失って しまった 。 |たまみ||き||うしなって|