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悪人 (Villain) (1st Book), 第一章 彼女は誰に会いたかったか?7 – Text to read

悪人 (Villain) (1st Book), 第一章 彼女は誰に会いたかったか?7

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第一章 彼女 は 誰 に 会いたかった か ?7

警察署 で の 身元 確認 を 終えた 寺内 から 、天神 営業所 へ 連絡 が 入った の は 、午後 三時 を 回った ころ だった 。

寺内 を 送り出した あと 、不安な 気持ち で その 帰り を 待っていた 営業所員 たち は 、沙里 を 中心 に 応接室 で テレビ を 囲み 、事件 を 伝える 番組 を 探して 、忙しく チャンネル を 変えていた 。

寺内 から の 電話 を 受けた 社員 の 声 が 響く と 、真っ先 に 駆けつけた のは 沙里 だった 。

その 後ろ姿 を 目 で 追い ながら 、 眞 子 は なぜ かしら 、「 ああ 、 やっぱり 佳乃 ちゃん 殺された ん だ ......」 と 直感 した 。

その 直後 、受話器 を 受け取った 沙里 が 、「えー ! 」と 叫ぶ 悲鳴 が 響いた 。

テレビ の 前 に いた 数人 から 、 眞 子 は 一斉に 目 を 向けられ 、 思わず 、「 ほら 、 やっぱり ......」 と 消え 入る ような 声 を こぼした 。 寺内 から の 報告 を 受けた 沙里 は 、受話器 を 置く と 感電 でも した ように 喋り 始めた 。

伝えなければ ならない こと が たくさん あって 、その 言葉 が 一斉に 口 から こぼれ出している ようだった 。

やはり 被害者 が 佳乃 だった こと 、首 を 絞められていた こと 、寺内 が 戻る まで ここ で 待機する ように 言われた こと など 、まるで 喘ぐ ように 伝える 沙里 を 見ている うちに 、眞子 の からだ は ガタガタ と 音 を 立てる ほど 震え出した 。 横 に いた 誰 か が 、「大丈夫 ? 」と 肩 を 抱いて くれた の は 分かった が 、それ が 誰 な の か 見上げる こと も できなかった 。

いつも は がらんと した 印象 の 昼 の 営業所 が 、急に 窮屈に 感じられた 。 息 を 吸おう と して も 、もう 他の 誰 か に 吸われて 、いくら 吸って も 空気 が からだ に 入ってこない 。 目の前 で 沙里 が 喋り 続けて いる のだ が 、その 声 が 聞こえ ない 。 みんな が 口々に 何か 言って いる のだが 、まるで みんな 溺れて いる ように 、その 口 が パクパク と 動いて いる だけに しか 見えない 。 誰 か 泣いて ! と 眞子 は 心 の 中 で 叫んだ 。 今 ここ で 誰か が 泣いて くれたら 、自分 も すぐに 泣き出せる 。 泣き 出せれば 、きっと 呼吸 も 楽に できる 。 「これ から 警察 の 人 が 来る って ! 昨日 、佳乃 ちゃん と どこ で どう 別れた か 、詳しく 説明 する ように って ! 」まるで 脅迫 する ような 沙里 の 声 に 、眞子 は 辛うじて 頷いた 。 自分 でも 気づかぬ うち に 椅子 から 立ち上がって いた 。 膝 が ガクガク と 震えて いる 。 足元 が 遠かった 。 まるで 自分 が とても 高い 場所 に 立たされて いる ようだった 。 元々 、佳乃 と 沙里 は 張り合って いる ような ところ が あった と 眞子 は 思う 。 もちろん 直接 、何か を 言い合う ような こと は なかった が 、自分 を 仲介役 に して 相手 を 中傷していた のだ と 思う 。 たとえば 佳乃 は 、自分 が 出会い系 サイト など を 利用 して 、ときどき その 相手 と デート を している こと を 眞子 に は 自慢げ に 教える くせに 、「この 話 、絶対に 沙里 ちゃん に は 内緒 やけん 」と 、沙里 に 知られる こと を 嫌がった 。 眞子 と して は 、別に そういう 相手 と たまに 会って 食事 を する くらい 、隠す こと も ない んじゃないか と 思う のだ が 、佳乃 に とって は 、楽しい けれども 恥ずかしい こと で も ある ようで 、そういう 弱み を 沙里 に 握られたくなかった のだ と 思う 。 「フェアリー 博多 」に 入居 した ばかり の ころ 、「佳乃 ちゃん って 久留米 が 実家 な ん やろ ? 苗字 が 石橋 って こと は 、もしかして ブリヂストン の 社長 と 親戚 ? 」 と 、 沙 里 が 冗談 半分 で 訊 いた こと が あった 。 その とき すでに 、眞子 は 佳乃 の 実家 が 床屋 だ と 知っていた ので 、当然 否定 する だろう と 思っていた のだ が 、「え ? うち ? 遠い 親戚っちゃ ん ね 」と しれっと 答えた のだ 。 「 うそ ー ! 」もちろん 沙里 は 悲鳴 の ような 声 を 上げた 。 その 声 に 逆に 驚いて 、「 で 、 でも 、 本当に 、 遠い 遠い 親戚っちゃ けん 」 と 佳乃 は 慌てて 付け加えた 。 沙 里 が い なく なる と 、「 うち が 床屋って こと 、 誰 に も 言わ ん どって よ 」 と 佳乃 に 言われた 。 一瞬 、何か 言い返そう か とも 思った のだが 、そこ に あった 佳乃 の 顔 が あまりに 凶暴で 、せっかく できた 友達 を 失う こと も 怖く 、「うん 、分かった 」と 眞子 は 小さく 頷いた 。

なんで 佳乃 が そんな 嘘 を つく の か 分からなかった 。

せっかく 三人 仲良く なれた のに 、どうして そんな 嘘 を つく の か 不思議で 仕方なかった 。 詳しい 人数 まで は 知らない が 、佳乃 に は 少なくとも 常時 四 、五 人 の メル友 が いた 。

ときどき 沙里 が いない とき など に 、佳乃 は それら 男たち から の メール を 眞子 に 見せた 。 「 ね ぇ 、 超 キモ い やろ 」 など と 言い ながら 見せて くれる メール に は 、《 写真 あり が と ! マジ 可愛い ! 一 時間 くらい ずっと 眺めちゃった よ ! 》 と いう 本当に 気持ち の 悪い もの も 多かった 。

佳乃 は その 手 の サイト で 知り合った 男 たち と 、三人 、いや 四人 ぐらい は 、実際 に 会って いた はずだ 。

メール で 知り合った 男 と 会う と 、佳乃 は 必ず 眞子 に 報告 した 。 それ が 何 歳 くらい の 男 で 、何 を やっている 人 で 、どんな 顔 な の か を 教えて くれる わけで は なく 、「有名な 鉄板焼き の 店 で 、一万五千 円 も する テンダーロインステーキ を 奢って もらった と よ 」と か 、「その人 ね 、 BM に 乗っとる と やん 」と か 、本人 の 付属品 の ような もの だけ を 。 そんな 話 を 眞子 は いつも 黙って 聞いて いた 。

羨ましい と 思った こと は 一 度 も なかった 。 初対面 の 相手 と 食事 を して も 緊張 する だけ だし 、それ より は 部屋 で 本 でも 読んでいる ほうが 、自分 に は 合っている と 思っていた 。 その せい も あって 、眞子 は 佳乃 の 話 を 聞く の が 苦痛 で は なかった 。

まるで 自分 に は 縁 の ない 青春 を 、佳乃 が 代わり に 謳歌 して くれている ような 気 が する こと さえ あった 。

「沙里 ちゃん は 、昨日 の 晩 、佳乃 ちゃん が 会い に 行った の は 増尾 くん じゃ ない よ うな 気 が する って 話した らしい です けど 、私 は 、やっぱり 佳乃 ちゃん 、増尾 圭吾 って いう 人 と 待ち合わせ を してたんだ と 思います 」「フェアリー 博多 」の エントランスホール で 個別 に 行われた 警察 から の 聴取 で 、眞子 は そう 答えて いる 。 「......増尾圭吾 って 人 の 行方 が 、何日 か 前 から 分からなくなってた って 話 は 、仲町 鈴香 さん から 聞いてます 。 でも 、連絡 を 取り合おう と 思えば 取り合える し 、もし その 増尾圭吾 って 人 に 何か 事情 が あって 、昨日 の 晩 、ちょっと だけ でも 会おう と した の かもしれません し ......」この とき 、眞子 は 話し ながら 少し 後悔 していた 。 若い 刑事 から 、「石橋 佳乃 さん の こと で 何か 知っている こと が あれば 教えて もらえないですか ? 」と 訊かれた とき 、つい 沙里 と 実は 仲 が 良く ない こと や 、メル友 が 大勢 いた こと など から 話し出してしまった 自分 が 、佳乃 の 印象 を 悪く してしまった ような 気 が した のだ 。 エントランスホール に は 若い 刑事 と 眞子 しか いなかった 。 いや 、ときどき 制服 を 着た 警官 たち が 慌ただしく 若い 刑事 に 報告 に 来る こと は あった が 、ビニール製 の レース風 クロス が かけられた ガラス の テーブル で 対峙している のは 眞子 と 若い 刑事 だけ で 、もちろん 刑事 と 面と向かって 話をする など 、生まれて 初めて の 経験 だった 。 若い 刑事 の 右眉 の 横 に 、小さな 縫い傷 が あった 。

二の腕 の 筋肉 が スーツ に 皺 を 作って いた 。 「石橋 佳乃 さん の メル 友 の 話 を 、もう 少し 詳しく 聞かせて もらえません か ? あれ は 先月 の 上旬 だった か 、朝 から 冷たい 雨 の 降る 日曜日 だった 。 それほど 激しく も なかった が 、眞子 が 暮らす 三 階 の ベランダ から 眺める と 、街全体 から 音 を 奪う ような 雨 だった 。 そんな 景色 を 眺めて いる と 、部屋 に やってきた 佳乃 に コンビニ へ 行こう と 誘われた 。

たかが コンビニ くらい 一 人 で 行けば いい のに 、と いつも 思う のだが 、そう 言えば 角 が 立つ し 、かといって 「用 が あるん よ 」など と 嘘 を ついて 断る ほど の こと で も ない 。

傘 を 差して 吉塚 駅前 の コンビニ へ 向かう 道すがら 、水たまり を 避け ながら 歩いている と 、「ちょっと これ 見て 」と 、佳乃 に 携帯 を 差し出された 。 そこ に は 見知らぬ 若い 男 の 画像 が あって 、「これ ね 、最近 、メール の やりとり 始めた 人 なん よ 」

と 佳乃 が 教えて くれる 。

眞子 は 水滴 の ついた 液晶 画面 に 目 を 向けた 。 決して 映り の いい 画像 で は なかった が 、野性 的 と いう の か 、浅黒い 肌 に 、鼻筋 が 通って 、こちら を 見つめて いる 目 が 、どこ か 寂しげ な 、つい 見入って しまう ほど カッコ よかった 。

「 どう ? 」と 佳乃 に 訊かれて 、「むちゃくちゃ 、カッコよくない ? 」と 眞子 は 素直に 答えた 。 正直 、こういう 男性 と 知り合える なら 、出会い系サイト も 悪くない と さえ 思った 。

眞子 の 感想 に 、佳乃 も 満足 した ようで 、「でも もう 会う 気 は ない ん よ 。 だって 、ほら 、増尾 くん が おる し 」と わざと 乱暴に 携帯 を 閉じる 。

「もう 会う 気 ない って ......、じゃあ 、もう 会った と ? と 眞子 は 訊いた 。 「この前 の 日曜日 」「え ? そう な ん ? 「ほら 、ソラリア の 前 の 公園 で 、男 に 声 かけられた って 話 ......」佳乃 に そこ まで 言われて 、眞子 は 、「あっ 」と 声 を 上げた 。 「沙里 ちゃん に は 内緒 よ 。 あれ ね 、本当 は 偶然 ナンパされた んじゃ なくて 、待ち合わせ しとった と よ 、この 人 と 」

「へぇ 、そう やった と ......」

出会い系サイト で 男 と 知り合う の が 恥ずかしい の なら 、やめれば いい のに と 眞子 は 思う 。

自分 でも 恥ずかしい と 思って いる くせに 、こう やって 自慢げに 男 の 写真 を 見せる 佳乃 の 性格 が 、眞子 に は 理解 できなかった 。

「顔 は いい と やけど ね 、ほんとに 話 は 面白くない し 、一緒 おって 、ぜんぜん 楽しくないっちゃん ね 。 仕事 も 肉体 労働系 で 、ぱっと せんし 」

傘 を 畳んで コンビニ へ 入り ながら も 、佳乃 は 男 の 話 を 続けた 。 別に 買いたい もの が あって 来た わけで は なかった が 、コンビニ に 入る と 、とたんに 眞子 は 甘い もの が 食べ たく なって くる 。 「......セックス だけ なら 、いい と やけど 」

とつぜん 佳乃 に 耳元 で 囁かれた とき 、眞子 は 苺プリン に 手 を 伸ばそう と して いた 。 「 え ? 」思わず 、眞子 は 辺り を 窺った 。 幸い 、お 菓子 売り場 に 客 は おらず 、二人 の 店員 は レジ で 宅配便 を 送ろう と する おばあさん に かかりきり に なっている 。

「だけん 、セックス は いい と よ 」佳乃 が 小声 で 眞子 に 囁き 、意味深な 笑み を 浮かべて 、目の前の エクレア に 手 を 伸ばす 。

「って こと は 、もう ......した と ? 初めて 会った 日 に ? と 眞子 は 目 を 丸くした 。 数種類 ある エクレア を 順番 に 手 に 取り ながら 、「だって 、その ため に 会う たん やけん 」

と 佳乃 が 嫌な 笑い方 を する 。

「なんか 、すごい うまい と やん ね 。 自然に 声 が 出て しまうって いう か 、ベッド の 上 で 自由に 動かされて しまう ような 感じ 。 すごい 指 の 動き とか が 滑らかで 、仰向け やった はず なのに 、気づいたら うつ伏せ に されとって 、背中 とか お尻 とか を 、その 指 が 動いていく と やん 。 からだ から 力 が 抜けていく って いう か 、自分 で は 力 を 入れとる つもり っちゃけど 、その 人 の 手 が 膝 に 置かれた だけ で 足 から 力 が 抜けてしまう って いう か 、普通 は 声 なんか 出す の 、少し は 照れる っちゃけど 、その 人 が 相手 や と 、ぜんぜん 恥ずかしく ない と やん 。 おもいっきり 声 が 出せる ん よ 。 で 、声 、出せば 出す ほど 、自分 の からだ が いう こと きかん ように なって 、狭い ホテル の 部屋 な のに 、なんか えらい 広い とこ に ぽつんと おる ような 気 に なって きて 、私 、男 の 人 の 指 、あんなに 夢中 で 舐めた の 、ほんと 初めて やった 」

場所 も わきまえない 佳乃 の 破廉恥な 話 を 、眞子 は 辺り を 気 に しながら 聞いていた 。 心 で は 話 を 拒絶している くせに 、愛撫 から 逃れる ように 白い シーツ の 上 を 這う 自分 の 姿 が 浮かんでくる 。 そして そんな 自分 の 肌 で 、さっき 佳乃 が 写真 を 見せて くれた 男 の 指 が 動き 、「我慢せん で いいん よ 」と 、会った こと も ない のに その 声 が 聞こえる 。

コンビニ の 外 、雨 に 濡れた 街 の 景色 が 重かった 。 さっき まで 男 と の 行為 を 恥ずかしげ も なく 語って いた くせに 、佳乃 は レジ で 会計 を 済ます と 、最近 観た 「バトル・ロワイアル 」と いう 映画 の 暴力 シーン が 残酷 過ぎて 気分 が 悪く なった 、と 別の 話 を 始めて いた 。 「じゃあ 、その 人 と は もう 会う 気 ない ん ? 」と 眞子 は 訊いた 。 一瞬 、佳乃 の 目 に 意地悪 そうな 色 が 浮かんで 、「あ 、もし あれ やったら 、眞子 ちゃん に 紹介 しよっか ? 」と 言った 。

眞子 は 慌てて 、「いや 、やめて よ 」と 断った 。 まるで さっき 佳乃 の 話 を 聞き ながら 、想像 してしまった 自分 の 痴態 を 盗み見られた ようだった 。 佳乃 が 、女 として 自分 の こと を 下に 見ている こと を 、眞子 は なんとなく 感じていた 。 たしかに 二十 歳 に なって も 男 と 付き合った こと が なく 、それ を 沙里 の ように 隠そう とも しなければ 、三人 の 中 で 一番 経験 が 豊富な 佳乃 に 軽く 見られて も 仕方は ない 。 ただ 、これ まで いくら 男 の 話 を されよう と も 、佳乃 に 対して 、劣等感 を 持った こと は ない 。 出会い系 で 知り合った 男 たち と の デート の 話 も 、増尾 圭吾 と の その後 の なりゆき も 、どこか 遠く 、ちょうど テレビ ドラマ でも 見ている ようで 、羨ましく も なければ 、軽蔑 する わけで も なかった 。 が 、今回 に 限って 、眞子 の 心 に 佳乃 の 男 が 侵入 して きた 。 佳乃 の 男 関係 など 、聞き流して 忘れて しまえば いい はずな のに 、雨 の 日 の コンビニ で 、会った こと も ない 男 に 愛撫 を 受ける 自分 の 姿 を 想像して しまい 、その 愛撫 を 実際 に 受けた 佳乃 が 羨ましく 、そして 増尾 圭吾 という 男 が いながら 出会い系サイト で 知り合った 男 と 、初めて 会った 日 に そんな こと を した という 佳乃 を 、心 の 底 から はしたない 女 だ と 蔑んで いた 。

ただ 、蔑めば 蔑む ほど 、自分 が そんな 女 に なりたがっている ので は ない か と 不安に なった 。 自分 は 佳乃 の ように 出会い系サイト まで 使って 男 と 知り合いたい と 思う 女 じゃ ない 。 かといって 、沙里 の ように 行動 できずに 悶々 と して 、行動 できる 佳乃 を 陰 で 悪く 言う ような 女 でも ない 。 できれば 熊本 出身 の 人 と 結婚 し 、いつか は 熊本 で 幸せな 家庭 を 持ちたい 。 それ だけ を 望んで いる のに 、佳乃 の 男 に 愛撫 される 自分 を 想像 した とたん 、まるで その 夢 が 壊される ため に ある ような 気 が して 仕方なかった 。 「えっと ......」右眉 の 横 に 小さな 縫い傷 の 刑事 が 、眞子 の 顔 を 覗き込む 。 エントランスホール に は 強い 夕日 が 差し込んでいる 。 自動 ドア に 少し 隙間 が ある の か 、風 が 集まり 、ヒュー 、ヒュー 、と 気味 の 悪い 音 を 立てている 。 眞子 に 話 を 聞く 刑事 と は 別に 、五 、六 人 の 警官 たち が さっき から 二階 に ある 佳乃 の 部屋 と エントランス を 行ったり来たり している 。 佳乃 の 部屋 に あった 品物 が 段ボール に 入れられて 運び出される たび に 、ああ 、ほんとに 佳乃ちゃん は 殺された んだ 、と 思い は する の だが 、先に 話 を 聞かれた 沙里 の ように 、大声 で 泣き崩れる こと が 眞子 に は できない 。 もちろん 悲しく ない わけで は ない 。 ただ 、どうしても 涙 が 出て こない 。 ¶「じゃあ 、石橋 佳乃 さん から 直接 お 聞き に なった の は 、その 三人 だけ です ね ? 」若い 刑事 の 質問 に 、眞子 は ふと 我 に 返って 、「え 、ええ 。 はい 」と 頷いた 。

「夏 ごろ に 二人 、そして 秋 の 終わり ごろ に 一人 。 夏 ごろ に 会った 男 たち は 、二人 とも 福岡 の 人間 で 、食事 に 連れてって もらったり 、洋服 なんか を 買って くれる ような 男 で 、年齢 は 分からん が 、かなり 年上 の 人 」「はい 、そう です 」 「で 、秋 の 終わり ごろ に 聞いた の が 、佐賀 の 男性 で 、こちら は 大学生 、たまに ドライブ なんか に 出かけ とった ? 「 はい 。 そう 聞きました 」 「他 に は おらん の です ね ? 「 はい 。 はっきり 覚えて る の は 三 人 だけ です 。 他 に も 聞いた こと が あった かも しれません けど ......。 もちろん メール を 交換 する だけ の 人 なら もっと 大勢 いた と 思います 」眞子 は そこ まで 一気に 言う と 、自分 は 佳乃 の 捜査 に 協力 している のであって 、佳乃 の こと を 悪く 言っている わけで は ない 、と 心 の 中 で 自分 に 言いきかせた 。 「えっと 、あなた の 他 に も 、石橋 佳乃 さん から そういう 話 を 聞いてる ような 人 は おらん です かね ? 若い 刑事 の 長い 指 に は 、健康 そうな 爪 が ついていた 。

癖 なの か 、その 爪先 を 指の腹 に 突き立て 、深い 爪のあと を 残す 。

「私 に しか 、話して ない と 思います 」眞子 は 答えた 。 「じゃあ 、繰り返し に なります けど 、やっぱり 昨日 の 晩 、石橋 佳乃 さん は 、その 増尾 圭吾 に 会い に 行った と 思います か ? 大きく ため息 を ついた 刑事 に 、眞子 は 、「沙里 ちゃん は 疑っとる みたい やけど 、それ は ほんとだ と 思います 」と 強く 頷いた 。 「そう です か ......」

「その あと に 誰 か に 連れていかれた とか ......」

「もちろん そっち も 調べとります 」刑事 に さっと 遮られ 、眞子 は 出過ぎた こと を 言った と 、すぐに 俯いた 。 「やっぱり 、その 増尾 圭吾 と 会う たん やろう ねぇ 。 行方 が 分からん って いう し ......」刑事 が 下手くそな 字 の 並ぶ 手帳 に 視線 を 落とす 。 「...... 分かりました 。 すいません ね 、いろいろ 訊いて しもうて から 」

刑事 に とつぜん そう 言わ れ 、眞子 は 一瞬 、「え ? もう 終わり です か ? 」と 訊き 返し そうに なった 。

そんな 眞子 の 気持ち も 知らず に 、さっさと 立ち上がった 刑事 が 、「おーい ! 」と 玄関口 に 立っている 警官 に 声 を かける 。

「 あの ......」 と 眞 子 は 声 を かけた 。

「何 か ? 「もう いい んでしょう か ? 「あ 、はい はい 。 ほんと 時間 取らせて すいません でした ね 。 お 友達 が こんな こと に なって 大変な とき に 」

廊下 へ 出る と 、次 に 話 を 聞かれる らしい 仲町 鈴香 が 、泣き腫らした 目 で 立っていた 。

眞子 は 黙って すれ違った 。

エレベーター に 乗った とたん 、なんで 言わなかった のだろうか と 眞子 は 思った 。

もちろん この 事件 に 関係ない とは 思う 。

しかし 佳乃 が 出会い系サイト で 知り合った 男 で 、眞子 が 覚えて いる のは もう 一人 いる 。

でも 、その 男 の こと が どうしても 若い 刑事 に 言えなかった 。

言えば 、自分 まで 佳乃 と 同類 の 女 だ と 思われ そうだった 。

出会い系 で 男 を 求める ような 女 の 友達 。 そう 思われる の が 嫌で 、若い 刑事 に 言えなかった 。

この 判断 が 、その後 の 捜査 方向 を 狂わせて しまう こと も 知らず に 。

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