×

We use cookies to help make LingQ better. By visiting the site, you agree to our cookie policy.


image

悪人 (Villain) (1st Book), 第一章 彼女は誰に会いたかったか?【6】

第一章 彼女は誰に会いたかったか?【6】

午前中 に 主要 契約者 たち の 集金 を 終えた 沙里 は 、 焦る 気持ち を 抑えて 博多 営業 所 へ 戻った 。

契約 者 たち の 家 を 回り ながら 、 何 度 か メール を 佳乃 に 送った が 、 やはり 返信 は なく 、 休憩 中 に かけた 電話 も 、 すぐ 留守 電 に 切り替わって しまう 。

もちろん 佳乃 に 何 か あった と 決まった わけで は ない のだ が 、 朝 の 営業 所 で 三瀬峠 で の 事件 を 伝える ワイドショー を 見て 以来 、 なぜ かしら 心 が ざわついて いた 。

営業 所 へ 戻る と 、 すぐに 佳乃 が 勤める 天神 営業 所 へ 電話 を 入れた 。

いて くれ 、 と 思う 気持ち と 、 いや 、 いる わけ が ない と いう 気持ち が 混じった 感じ で 、 いざ 番号 を 押そう と する と 、 指先 が 少し 震えた 。 電話 に 出た 中年 女性 は 、 朝 と 同じ ように 佳乃 の 不在 を 知らせた 。

「 今日 は お 客 様 の ところ に 直行 で 、 十一 時 出社 に なってます けど 。 あれ ? でも まだ みたい や ねぇ 」 沙 里 は 電話 を 切る と 、 ランチ 時 で がらんと した 営業 所 を 見渡した 。 ちょうど 視線 の 先 に 営業 部長 の デスク が あり 、 不在 を 知らせる 札 が 立って いる 。

この 札 を 見た 瞬間 、「 そう だ 、 天神 営業 所 に もう 一 度 連絡 を 入れて 、 佳乃 の 実家 の 電話 番号 を 訊こう 」 と 沙 里 は 思い立った 。

応接室 の ほう から テレビ の 音 が 聞こえて きた の は その とき だった 。

振り返る と 、 二 、 三 人 の 職員 が 熱心に テレビ に 見入って いる 。

映って いる の は 、 三瀬 峠 で 起こった 事件 の 続報 らしい 。

沙里 は テレビ の 音 に 誘われる ように 応接室 へ 入った 。

沙 里 が 立てる ヒール の 音 に 、 振り返る 者 も いない 。 遺体 発見 現場 の 深い 谷 を 、 上空 から 撮影 する ヘリコプター の 轟音 に 混じって 、 被害 者 女性 の 特徴 を レポーター が 金切り声 で 伝えて いる 。

「 沙 里 ちゃん ……」 テレビ の 前 で 声 が 上がって 、 沙 里 は そちら へ 目 を 向けた 。

テレビ 画面 に 夢中で 、 そこ に 眞子 が いる こと に 気づいて い なかった 。

「 佳乃 ちゃん から 連絡 あった ? と 、 眞子 が 言った 。 心配 して いる と いう より も 、 もう 悲しんで いる ような 顔 だった 。

沙 里 が 首 を 振る と 、「 ねぇ 、 これ 」 と 眞子 が テレビ を 指さす 。

深い 谷 の 映像 から 、 被害 女性 の 特徴 を 記す イラスト に 変わって いた 。 髪型 も 、 服装 も 、 体型 も 、 昨夜 、 別れた まま の 佳乃 に そっくりだった 。 沙 里 は テレビ の 前 から 、 眞子 の 手 を 引いて 、 少し 離れた ところ へ 移動 した 。 午前 中 、 眞子 は 自分 の 営業 所 で テレビ を 見て いて 恐ろしく なり 、 思わず 沙 里 の いる 営業 所 へ 来て しまった らしい 。

「 誰 か に 知らせた ほう が よく ない ? と 沙 里 は 言った 。 「 知らせるって 、 誰 に ? 」 と 眞子 が 心細 そうに 訊き返して くる 。

「 とりあえず 、 営業 部長 さん に 相談 して みる ?

あ 、 そう だ 、 眞子 ちゃんって 、 佳乃 ちゃん の 実家 の 連絡 先 知っと ろう ? 「 あ 、 そうやね 、 実家 に 戻っとう かもしれん ね 」 眞子 が ホッとした ように 頷いて 、 すぐに バッグ から 携帯 を 取り出す 。 佳乃 の 実家 に 電話 を かける 眞子 と 、 テレビ に 映し出されて いる 三瀬 峠 の 映像 を 、 沙 里 は 交互に 眺めた 。 「 もしもし 、 あの 、 安達 眞子 と 申します が 、 佳乃 さん 、 いらっしゃいます でしょう か ? かなり 長く 続いた らしい 呼び出し 音 の あと 、 眞子 が 慌てた ように 話し出し 、 ちらちら と 沙 里 の ほう へ 視線 を 向ける 。

「 あ 、 いえ 、 こちら こそ 、 いつも お 世話に なってます 。 …… あ 、 いえ 、…… あ 、 いえ 、…… あ 、 はい 。 いえ ……」

しばらく 相手 の 話 に 相づち を 打って いた 眞子 が 、 とつぜん 携帯 を 耳 から 離し 、 送話口 を 手 で 押さえて 、

「 どう しよう ?

佳乃 ちゃん が 昨日 から 戻っとらんって 、 言って も いい と ? 」 と 沙 里 に 携帯 を 突き出して くる 。

いきなり そう 訊かれて も 、 すぐに 言葉 が 出てこない 。

それ を 告げなければ 話 が 進まない ような 気 も する し 、 まだ 何か あった と 決まった わけで は ない わけで 、 もしも この あと 佳乃 が ふらっと 戻ってきた 場合 、 外泊 した こと を 実家 の 両親 に 伝えた こと だけ が 事実 と して 残って しまう 。 「 佳乃 ちゃん が 今日 の 午後 、 実家 に 戻る と か 言って た から 、 電話 したって 言わ ん ね 。 もしかしたら 、 もう すぐ こっち に 戻ってくる かも しれ ない けどって 」 沙里 は 咄嗟に 思いついた 嘘 を 眞子 に つかせる こと に した 。 目の前 で すぐに 眞子 が 、 その 通り に 繰り返す 。

その 言葉 を 聞いて いる と 、 何もかも が 自分 たち の 思い過ごし の ような 気 も して くる 。

電話 を 切った 眞子 が 、「 もし 帰って きたら 、 連絡 する ように 言って くれるって 」 と 、 やけに のんびり した 口調 で 言う 。 事態 が 急変 した の は 、 三十 分 後 、 仲町 鈴 香 が 営業 所 に 戻って きて から だった 。

沙 里 と 眞子 は その後 も ずっと 事件 を 伝える ワイドショー を 見 ながら 、 営業 部長 か 警察 に 知らせた ほう が いい の か 、 それとも もう 少し 佳乃 の 帰り を 待って いた ほう が いい の か 、 と 結論 の 出ぬ 議論 を 繰り返して いた 。

営業所 に 戻って きた 仲町 鈴香 を 見つけて 、 すぐに 沙里 が 声 を かけた 。

「 増尾 圭吾 の 連絡先 、 知ってる 人 おった ? テレビ に 目 を 向け ながら 、 鈴香 が 駆け寄って くる 。

「 なんか ね 、 増尾 くん 、 ここ 何 日 か 、 行方 不明な ん だって 」

思い も かけぬ 鈴香 の 言葉 に 、 沙里 と 眞子 は 思わず 顔 を 見合わせ 、「 行方 不明 ? 」 と 声 を 揃えた 。

「 うん 。 もちろん 本人 じゃ なくて 、 増尾 くん の 知り合い の 知り合い から 聞いた んだ けど 、 ここ 二 、 三 日 、 誰 も 連絡 取れなくて 、 みんな 探してる ん だって 。 ただ 、 行方 不明って いう か 、 どっか に 旅行 に 出かけてる だけ かもしれない らしい んだ けど ……」 「 だって ! 声 を 上げた の は 眞子 だった 。

その 声 に 、

「 昨日 の 晩 、 佳乃 ちゃん と そこ の 駅前 で 待ち合わせ しとった と よ ! 」 と 沙 里 が 続ける 。

「 まだ 、 石橋 さん と 連絡 つかない の ? 事件 を 伝える テレビ の ほう へ 鈴香 が 目 を 向け ながら 訊いて くる 。 沙 里 と 眞子 は 、「 まだ 」 と 同時に 首 を 振った 。

「 いちおう 誰 か に 知らせ と いた ほう が いい んじゃ ない ? もちろん 、 増尾 くん が 行方 不明って いう の は 大げさな 噂 で 、 昨日 の 晩 、 そこ で 石橋 さん と 待ち合わせ して た の かも しれ ない けど 」 いつ に なく 親身 に なって くれる 鈴香 の 態度 に 、 沙里 は 背中 を 押された ような 気分 に なった 。 「 警察 ? と 沙 里 が 首 を 傾げる と 、

「 まず 、 石橋 さん と この 営業 部長 で いい んじゃ ない ? でも 電話 じゃ なくて 、 直接 行った ほう が いい かも 」

と 鈴香 が 答える 。

沙里 と 眞子 は 、 まるで 鈴香 に 手 を 引かれる ように 営業所 を 出た 。

佳乃 が 勤める 天神 営業所 まで は タクシー で 数分 の 距離 だった 。

やはり そこ でも テレビ が ついて いて 、 数人 が 弁当 を つまみ ながら 事件 報道 を 見つめて いる 。

沙里 たち は 互いに 背中 を 押す ように して 、 天神 地区 営業 部長 、 寺内 吾郎 の 前 に 立った 。

椅子 に 座って 昼寝 を して いた 寺内 吾郎 に 、 沙里 は ざっと 事 の あらまし を 話した 。

もちろん 半杞憂 で 、 不確定な 情報 と して 。

しかし 、 被害 者 の 特徴 が 佳乃 に 似ている と 話した とたん 、 寺内 の 顔色 が さっと 変わる 。

寺内 吾郎 は ここ 平成 生命 天神 営業 所 の 部長 に なって 四年目 を 迎えよう と して いた 。

地区 採用 の 入社 から 二十 年 がむしゃらに 働きつめ 、 やっと 手 に 入れた の が 、 従業員数 五十六 名 の 福岡 で 二番目 に 大きな 営業所 の 部長職 だった 。

寺内 は 少し 足 が 悪く 、 右足 を 引きずって 歩く ような ところ が ある が 、 営業 に 支障 を きたす ほど の もの で は ない 。

所内 を 歩いている とき は 、 かなり スローペース に 見える のだ が 、 逆に 顧客獲得 の 嗅覚 は 鋭く 、 若い ころ に は 退職 しそうな 女性 職員 を 口説き 、 その 顧客 を その まま 受け継ぐ こと で 、 今 の 役職 を 手 に 入れた と いう 噂 も ある 。

部長 に なった とき 、 寺内 は 心 を 入れ替えよう と 決心 した 。

もう 契約 一件 いくら の 歩合 で 働く こと も ない の だから 、 これから は 必死 に 金 を 稼ごう と する 、 それこそ 実 の 娘 より も 更 に 若い 職員たち の 良き 父親 代わり に なって やろう と 。

実際 、 若い 女子 社員 たち の 話 に は いつも 耳 を 傾けて いた 。

話 を すれば する ほど 太い 絆 が できる と 信じて も いた 。

しかし 、 若い 女の子 たち から 持ち込まれて くる の は 、 人生 や 恋愛 へ の 指南 を 仰ぐ 相談 で は なく 、 「○○ さん が 自分 の 顧客 に 色目 を 使った 」 「 親戚 から 嫌われ始めた 」

など 、 自分 が この 二十 年 で 嫌というほど 味わって きて 、 もう 見 たく も 聞き たく も ない 悩み ばかりだった 。

それ でも 寺内 が 部長 に なって から の 過去 三 年 に 、 天神 営業 所 は 飛躍的 に 成績 を 伸ばして いた 。

以前 の 部長 は ヒステリック で 、 せっかく 入って きた 社員 たち が 、 研修 期間 さえ 耐えられず に 辞めて いた のだ が 、 社員 を 循環させる こと で 新規 の 顧客 を 増やす この 手 の 業界 で は 、 顧客 より も まず 外交員 たち を おだてる の が 部長 の 仕事 な のだ 。 福岡 地区 の 春 入社 社員 、 谷 元 沙 里 と 安達 眞子 から 、 同じく 春 入社 の 石橋 佳乃 と 昨夜 から 連絡 が つか ない 、 その 上 、 三瀬 峠 で 発見 さ れた 被害 者 に 似て いる ようだ 、 と 報告 を 受けた とき 、 寺内 が まず 感じた の は かすかな 怒り だった 。

それ も 事件 や 犯人 に 対する もの で は なく 、 この 天神 営業 所 の 評判 が 落ちる かも しれ ない こと に 、 また 石橋 佳乃 の 顧客 を 受け継ぐ 小さな 争い が 起こる かも しれ ない こと に 、 そして 同僚 が 事件 に 巻き込ま れた かも しれ ない と いう のに 、 まるで 切迫 感 の ない 沙 里 たち に 対する 怒り だ 。

寺内 は 沙 里 の 話 を 聞き 終える と 、 まず 平成 生命 の 福岡 支店 に 電話 を 入れた 。

応対 した 女子 事務 員 が 要領 を 得 ず 、「 い いけ ん 、 総務 部長 に 代わら ん ね ! と 思わず 声 を 荒らげた 。

寺 内 から 事情 を 聴いた 総務 部長 は 、

「 だ 、 だったら 、 い 、 いちおう 、 警察 に ……」 と 、 おどおど と 答えた 。

まだ その 被害 者 が 石橋 佳乃 だ と 決まった わけで は なかった が 、 寺内 が まるで 断定 した ように 告げた せい か 、 特に 指示 を 出す わけで も なく 、 できる こと なら 寺内 に 任せたい と いう 気持ち が 見え見えだった 。 寺内 は 電話 を 切る と 、 机 の 向こう に ぼけっと 突っ立って いる 三 人 を 見上げた 。 「 これ から 、 警察 に 連絡 入れて みる けん ね 」

と 告げる と 、

「 あ 、 え ? …… は 、 はい 」

と なんとも 頼り無 さげ に 三 人 が 頷く 。

「 昨日 から 連絡 が 取れん ちゃろ ? テレビ に 出とった 特徴 と 似た ような 服 を 着とったっちゃろ ? 寺内 は 怒鳴りつける ように 言った 。

身 を 寄せ合う ように 立つ 三 人 が 、 怯えた ように 同時に 頷く 。

110 番 に かけた 電話 は 、 事件 を 扱う 部署 に 回さ れた 。

最初に 出た 女性 の 応対 が とても 丁寧だった せい か 、 次に 電話 に 出て 、 詳しく 状況 の 説明 を 求めて くる 男 の 刑事 の 口調 が 、 どこ か 高圧 的に 感じられた 。 ただ 、 電話 の 向こう で 、 何 か が 慌ただしく 動いて いる 様子 は 伝わって きた 。

スピーカー で 漏れて いる の か 、 複数 の 受話器 で 聞かれて いる の か 、 とにかく 寺内 は 自分 の 声 を 大勢 の 人 に 聞かれて いる ような 気 が した 。 警察 から の 指示 を 受け 、 寺内 は タクシー を 呼んだ 。

谷元 沙里 たち 三人 も 同行 したい と 申し出て きた が 、 万が一 、 遺体 の 確認 など が あった 場合 の こと を 考え 、 まずは 一人 で 行って みる から と 言い聞かせた 。 警察署 に 着いて 受付 に 名前 を 告げる と 、 すぐに 五 階 の 捜査 本部 に 案内され 、 さっき 電話 で 話した 刑事 が 現れた 。

寺内 は 用意 して きた 社員 証 と 名刺 を 、 とりあえず その 背 の 高い 刑事 に 見せ 、 背中 を 押される ように して 遺体安置所 へ 向かった 。 向かう 途中 、 刑事 に 天神 営業 所 と 「 フェアリー 博多 」 の 詳しい 位置 を 尋ねられた 。 テレビ や 映画 で 見た 通り の 体験 だった 。

部屋 に は 線香 が 焚 かれ 、 刑事 が もったいぶる ように 遺体 に かけられた 薄緑 色 の シート を とった 。 間違い なかった 。 そこ に は 今春 入社 して きた ばかりの 石橋 佳乃 が 横たわって いた 。

「 間違い ありません 」 寺内 は 言葉 を 呑み込む ように 言った 。 言い ながら 、 テレビ や 映画 で 見た こと の ある 科白 を 自然 と 口 に する 自分 に 驚いた 。

「 絞殺 でした 」

刑事 に 言わ れ 、 寺内 は 佳乃 の 首 に 目 を 向けた 。

白い 首筋 に 赤 紫色 の 痣 が 残って いる 。

佳乃 が 営業 所 で 笑う 姿 や 、 朝礼 ギリギリ に 駆け込んで くる 様子 が 脳裏 を 過った 。

五十 人 も の 社員 の 、 その 一 人 の 顔 を 、 こんなに も 鮮明に 覚えて いる こと に 、 我ながら 驚いて しまう ほど だった 。

寺内 が 遺体 の 確認 を して いる ころ 、 石橋 佳乃 の 父 、 佳男 は 、 そこ から 三十 キロ ほど 離れた 久留米 市内 の 自宅 の 居間 で 、 遅い 昼食 を とった あと 、 座布団 を 枕 に ごろん と 寝転がって いた 。

寝転んだ 場所 から は 、 月曜定休 の 店内 が 見えた 。

電気 の 消された 店内 に 、 入口 の ガラス窓 から 日 が 差し込み 、 そこ に 白い ペンキ で 書かれた 「 理容 イシバシ 」 と いう 文字 が 、 コンクリート の 床 に 影 を 落として いる 。

父 の 代 から 続く この 店 を 、 佳男 が 継ぐ こと に なった の は 、 佳乃 が 生まれて すぐ の こと だった 。

それ まで 地元 の 悪友 たち と の バンド 活動 に 明け暮れ 、 親 の 金 を せびって は 遊び 回って いた のだ が 、 妻 、 里子 の 説得 も あり 、 床屋 で の 修業 を 始めた のだ 。 その 父親 も 佳乃 が 小学校 に 上がる 年 に 脳溢血 で 亡くなった 。

母親 を その 十年 前 に 亡くして いた こと も あり 、 誰も いなくなった この 家 に 、 佳男 たち は 近所 の アパート から 親子 三人 で 越して きた 。

あの とき もし 里子 が 佳乃 を 身ごもっていなかったら と 、 佳男 は ときどき 考える こと が ある 。

ただ 、 そう 思った ところ で 、 これ 以外 の 人生 が 浮かんで くる こと も ない 。

子供 の ころ から 、 佳男 は 父親 の 職業 を 嫌って いた 。

その 職業 に 、 佳乃 が 出来た こと で 仕方なく 就いた 。

ある 意味 、 娘 の ため に 就いた 仕事 だった 。

それなのに 、 最近 、 その 娘 が 自分 の 仕事 を 毛嫌い して いる こと を 、 佳男 は 肌 で 感じる 。

ぼんやり と 暗い 店内 を 見つめている と 、

「 あの 子 、 帰って 来る と やろ か ? と 里子 が 台所 から 声 を かけて きた 。 昼 過ぎ に 同僚 から 、 そんな 電話 が あった らしかった 。

「 どうせ また 『 誰 か 保険 に 入る 人 、 紹介 して くれ 』 やろう けど な ……」

佳乃 は 嫌がる だろう が 、 どうせ やる こと も ない し 、 佳男 は 西鉄 の 駅 まで 自転車 で 迎え に 行って やろう か と 思った 。

警察 から 電話 が かかって きた とき 、 佳男 は うつらうつら して いた 。

電話 に 出た 里子 が 、「 え 、 ええ 。 そうです 。 はい 。 そう です けど 」

と 受け 答える 声 を 、 途中 まで 夢 で 見て いる つもりで いた 。

それ が 、

「 ねぇ 、 あんた ! と 呼ぶ 里子 の 声 で 一気に 覚めた 。

遠く に 聞こえて いた 声 が 、 狭い 我が家 の 、 すぐ そこ から 響いた のだ 。

寝返り を 打つ と 、 受話器 を 手 で 押さえた 里子 が 、 まるで 自分 を 踏みつける ように 見下ろして いる 。

「 あんた 、…… ちょっと 、 なんか 知ら ん ……、 警察 から ……」

途切れ 途切れ の 里子 の 言葉 に 、

「 警察 ? と 佳男 は 身 を 起こした 。

コードレス の 受話器 を 握った 里子 の 手 が 、 かすかに 震えて いる 。

「 警察 が なんて や ? 突き出さ れた 受話器 から 、 佳男 は 身 を 反らして 訊 いた 。

「 ちょっと 、 あんた が 訊いて 。 私 、 よう 分から ん けん ……」 里子 の 目 が 焦点 を 失って いた 。

顔 からすっと 血の気 が 引いて いく の が はっきり と 見てとれた 。 佳男 は 里子 の 手 から 受話器 を 奪う と 、

「 もしもし ! と 怒鳴りつける ように 電話 に 出た 。

受話器 から 聞こえて きた の は 女性 の 声 で 、 事務 的 と いう わけで も ない のだ が 、 声 が 小さく 聞き取り にくかった 。

耳 に 当てて いる の は 、 昨年 、 佳乃 が 選んで 買った コードレス 電話 だった 。

買った とき から 通話中 に 雑音 が 入り 、 どうも 好き に なれなかった のだ が 、

「 電波 やけん 、 それ が 普通たい 」 と 佳乃 に 言わ れ 、 もう 一 年 近く も 我慢 して 使って いた 。 その 雑音 が 今日 に 限って まるで 耳鳴り の ように 強く 響く 。

「 え ? は ? なんて ? 佳乃 が 事件 に 巻き込まれた 、 すぐに 署 で 身元 確認 を して ほしい 、 と 伝えて くる 電話 の 相手 で なく 、 それ を 邪魔 する 雑音 に 訊 き 返して いる ようだった 。

電話 を 切る と 、 傍ら に 里子 が 座り込んで いた 。

呆然と いう より も 、 何 か を 諦めた ような 表情 だった 。

「 ほら 、 行く ぞ ! 佳男 は そんな 里子 の 手 を 引いた 。

「 信用 できる か ! 会社 の 部長 ごとき が 、 何 十 人 も おる 社員 たち の 顔 を 一つ一つ 覚え とる もんか ! 腰 が 抜けた ような 里子 の 手 を 、 佳男 は 無理やり 引っ張った 。

佳乃 を 産んだ 直後 から 、 徐々に 肉付き の よく なった 里子 の 尻 が 、 古い 畳 の 上 を 滑る 。

「 今日 、 帰って くる と やろ が ! 佳乃 は 今日 、 ここ に 戻って くる と やろ が !

第一章 彼女は誰に会いたかったか?【6】 だい ひと しょう|かのじょ は だれ に あい たかった か Kapitel 1 Wen wollte sie treffen? [6] Chapter 1: Who Did She Want to See? [6 Capítulo 1 ¿A quién quería conocer? [6] Chapitre 1 Qui voulait-elle rencontrer ? [6] 제1장 그녀는 누구를 만나고 싶었나? (6)【제1장】그녀는 누구를 만나고 싶었나? 第 1 章 她想见谁?[6]

午前中 に 主要 契約者 たち の 集金 を 終えた 沙里 は 、 焦る 気持ち を 抑えて 博多 営業 所 へ 戻った 。 ごぜん ちゅう||しゅよう|けいやく しゃ|||しゅうきん||おえた|いさご さと||あせる|きもち||おさえて|はかた|えいぎょう|しょ||もどった Nachdem sie am Morgen die Zahlungen der Großabonnenten eingesammelt hatte, unterdrückte Sari ihre Ungeduld und kehrte zum Büro in Hakata zurück. After finishing collecting payments from major subscribers in the morning, Sari suppressed her impatience and returned to the Hakata office. Après avoir terminé la collecte des paiements par les principaux entrepreneurs dans la matinée, Sari est retourné au bureau des ventes de Hakata avec moins d'anxiété.

契約 者 たち の 家 を 回り ながら 、 何 度 か メール を 佳乃 に 送った が 、 やはり 返信 は なく 、 休憩 中 に かけた 電話 も 、 すぐ 留守 電 に 切り替わって しまう 。 けいやく|もの|||いえ||まわり||なん|たび||めーる||よしの||おくった|||へんしん|||きゅうけい|なか|||でんわ|||るす|いなずま||きりかわって| I sent several e-mails to Yoshino while making the rounds at the homes of the subscribers, but there was still no reply, and my calls during my break were immediately switched to voicemail. Pendant que je faisais le tour de la maison des entrepreneurs, j'ai envoyé plusieurs fois un e-mail à Yoshino, mais encore une fois, il n'y a pas eu de réponse, et le téléphone que j'ai utilisé pendant la pause est immédiatement passé au répondeur.

もちろん 佳乃 に 何 か あった と 決まった わけで は ない のだ が 、 朝 の 営業 所 で 三瀬峠 で の 事件 を 伝える ワイドショー を 見て 以来 、 なぜ かしら 心 が ざわついて いた 。 |よしの||なん||||きまった||||||あさ||えいぎょう|しょ||みせ とうげ|||じけん||つたえる|||みて|いらい|||こころ||ざ わ ついて| Of course, there was no way to know for sure that something had happened to Yoshino, but ever since I saw the morning news report on the incident at the Mise Pass in the sales office, I had been wondering why my heart had been in turmoil.

営業 所 へ 戻る と 、 すぐに 佳乃 が 勤める 天神 営業 所 へ 電話 を 入れた 。 えいぎょう|しょ||もどる|||よしの||つとめる|てんじん|えいぎょう|しょ||でんわ||いれた As soon as I returned to the sales office, I called the Tenjin office where Kano worked.

いて くれ 、 と 思う 気持ち と 、 いや 、 いる わけ が ない と いう 気持ち が 混じった 感じ で 、 いざ 番号 を 押そう と する と 、 指先 が 少し 震えた 。 |||おもう|きもち|||||||||きもち||まじった|かんじ|||ばんごう||おそう||||ゆびさき||すこし|ふるえた Als ich versuchte, die Nummer zu drücken, zitterten meine Fingerspitzen ein wenig. When I tried to press the number, my fingertips trembled a little. 電話 に 出た 中年 女性 は 、 朝 と 同じ ように 佳乃 の 不在 を 知らせた 。 でんわ||でた|ちゅうねん|じょせい||あさ||おなじ||よしの||ふざい||しらせた The middle-aged woman who answered the phone informed Yoshino of her absence, just as she had done in the morning.

「 今日 は お 客 様 の ところ に 直行 で 、 十一 時 出社 に なってます けど 。 きょう|||きゃく|さま||||ちょっこう||じゅういち|じ|しゅっしゃ||なって ます| I have to go straight to the client's office at 11:00 a.m. today. あれ ? でも まだ みたい や ねぇ 」 沙 里 は 電話 を 切る と 、 ランチ 時 で がらんと した 営業 所 を 見渡した 。 |||||いさご|さと||でんわ||きる||らんち|じ||||えいぎょう|しょ||みわたした Sari hung up the phone and looked around the office, which was bustling with people at lunchtime. ちょうど 視線 の 先 に 営業 部長 の デスク が あり 、 不在 を 知らせる 札 が 立って いる 。 |しせん||さき||えいぎょう|ぶちょう||ですく|||ふざい||しらせる|さつ||たって| Just beyond my line of sight is the sales manager's desk, where a sign announcing his absence stands.

この 札 を 見た 瞬間 、「 そう だ 、 天神 営業 所 に もう 一 度 連絡 を 入れて 、 佳乃 の 実家 の 電話 番号 を 訊こう 」 と 沙 里 は 思い立った 。 |さつ||みた|しゅんかん|||てんじん|えいぎょう|しょ|||ひと|たび|れんらく||いれて|よしの||じっか||でんわ|ばんごう||じん こう||いさご|さと||おもいたった Als ich dieses Schild sah, dachte ich: "Gut, ich rufe noch einmal im Tenjin-Büro an und frage nach der Telefonnummer von Kanos Elternhaus." Das erste Mal, dass das Unternehmen gegründet wurde, war Mitte des Jahres. The moment she saw this bill, she thought to herself, "That's right, I'll call the Tenjin office again and ask for the phone number of Kano's parents' house.

応接室 の ほう から テレビ の 音 が 聞こえて きた の は その とき だった 。 おうせつ しつ||||てれび||おと||きこえて||||||

振り返る と 、 二 、 三 人 の 職員 が 熱心に テレビ に 見入って いる 。 ふりかえる||ふた|みっ|じん||しょくいん||ねっしんに|てれび||みいって|

映って いる の は 、 三瀬 峠 で 起こった 事件 の 続報 らしい 。 うつって||||みつせ|とうげ||おこった|じけん||ぞくほう|

沙里 は テレビ の 音 に 誘われる ように 応接室 へ 入った 。 いさご さと||てれび||おと||さそわ れる||おうせつ しつ||はいった Sari entered the parlor as if lured by the sound of the TV.

沙 里 が 立てる ヒール の 音 に 、 振り返る 者 も いない 。 いさご|さと||たてる|||おと||ふりかえる|もの|| No one looked back at the sound of Sari's heels as she stood up. 遺体 発見 現場 の 深い 谷 を 、 上空 から 撮影 する ヘリコプター の 轟音 に 混じって 、 被害 者 女性 の 特徴 を レポーター が 金切り声 で 伝えて いる 。 いたい|はっけん|げんば||ふかい|たに||じょうくう||さつえい||へりこぷたー||ごうおん||まじって|ひがい|もの|じょせい||とくちょう||れぽーたー||かなきりごえ||つたえて| A reporter is describing the female victim in a screeching voice over the roar of a helicopter shooting from above the deep valley where the body was found.

「 沙 里 ちゃん ……」 テレビ の 前 で 声 が 上がって 、 沙 里 は そちら へ 目 を 向けた 。 いさご|さと||てれび||ぜん||こえ||あがって|いさご|さと||||め||むけた Sari-chan ......," a voice said in front of the TV, and Sari turned her eyes in that direction.

テレビ 画面 に 夢中で 、 そこ に 眞子 が いる こと に 気づいて い なかった 。 てれび|がめん||むちゅうで|||まさこ|||||きづいて|| He was so absorbed in the TV screen that he didn't realize that Mako was there.

「 佳乃 ちゃん から 連絡 あった ? よしの|||れんらく| と 、 眞子 が 言った 。 |まさこ||いった 心配 して いる と いう より も 、 もう 悲しんで いる ような 顔 だった 。 しんぱい||||||||かなしんで|||かお| His face looked more sad than worried.

沙 里 が 首 を 振る と 、「 ねぇ 、 これ 」 と 眞子 が テレビ を 指さす 。 いさご|さと||くび||ふる|||||まさこ||てれび||ゆびさす Sari shook her head and said, "Hey, here. Mako points at the TV.

深い 谷 の 映像 から 、 被害 女性 の 特徴 を 記す イラスト に 変わって いた 。 ふかい|たに||えいぞう||ひがい|じょせい||とくちょう||しるす|いらすと||かわって| The images of the deep valley were replaced by illustrations showing the characteristics of the female victims. 髪型 も 、 服装 も 、 体型 も 、 昨夜 、 別れた まま の 佳乃 に そっくりだった 。 かみ かた||ふくそう||たいけい||さくや|わかれた|||よしの|| Her hair, clothes, and body shape looked just like the Yoshino I had left last night. 沙 里 は テレビ の 前 から 、 眞子 の 手 を 引いて 、 少し 離れた ところ へ 移動 した 。 いさご|さと||てれび||ぜん||まさこ||て||ひいて|すこし|はなれた|||いどう| Sari pulled Mako's hand from in front of the TV and moved a little further away. 午前 中 、 眞子 は 自分 の 営業 所 で テレビ を 見て いて 恐ろしく なり 、 思わず 沙 里 の いる 営業 所 へ 来て しまった らしい 。 ごぜん|なか|まさこ||じぶん||えいぎょう|しょ||てれび||みて||おそろしく||おもわず|いさご|さと|||えいぎょう|しょ||きて|| In the morning, Mako was watching TV at her sales office and was so frightened that she unintentionally came to the office where Sari was working.

「 誰 か に 知らせた ほう が よく ない ? だれ|||しらせた|||| "Wouldn't it be better to let someone know? と 沙 里 は 言った 。 |いさご|さと||いった 「 知らせるって 、 誰 に ? しらせる って|だれ| 」 と 眞子 が 心細 そうに 訊き返して くる 。 |まさこ||こころぼそ|そう に|じん き かえして| Mako asked back, looking worried.

「 とりあえず 、 営業 部長 さん に 相談 して みる ? |えいぎょう|ぶちょう|||そうだん||

あ 、 そう だ 、 眞子 ちゃんって 、 佳乃 ちゃん の 実家 の 連絡 先 知っと ろう ? |||まさこ|ちゃん って|よしの|||じっか||れんらく|さき|ち っと| 「 あ 、 そうやね 、 実家 に 戻っとう かもしれん ね 」 眞子 が ホッとした ように 頷いて 、 すぐに バッグ から 携帯 を 取り出す 。 |そう やね|じっか||もどっと う|かもし れ ん||まさこ||ほっと した||うなずいて||ばっぐ||けいたい||とりだす Mako nods in relief and quickly pulls her cell phone out of her bag. 佳乃 の 実家 に 電話 を かける 眞子 と 、 テレビ に 映し出されて いる 三瀬 峠 の 映像 を 、 沙 里 は 交互に 眺めた 。 よしの||じっか||でんわ|||まさこ||てれび||うつしださ れて||みつせ|とうげ||えいぞう||いさご|さと||こうごに|ながめた 「 もしもし 、 あの 、 安達 眞子 と 申します が 、 佳乃 さん 、 いらっしゃいます でしょう か ? ||あだち|まさこ||もうし ます||よしの||いらっしゃい ます|| かなり 長く 続いた らしい 呼び出し 音 の あと 、 眞子 が 慌てた ように 話し出し 、 ちらちら と 沙 里 の ほう へ 視線 を 向ける 。 |ながく|つづいた||よびだし|おと|||まさこ||あわてた||はなしだし|||いさご|さと||||しせん||むける After a long pause, Mako spoke in a panicked manner and glanced at Sari.

「 あ 、 いえ 、 こちら こそ 、 いつも お 世話に なってます 。 ||||||せわに|なって ます …… あ 、 いえ 、…… あ 、 いえ 、…… あ 、 はい 。 いえ ……」

しばらく 相手 の 話 に 相づち を 打って いた 眞子 が 、 とつぜん 携帯 を 耳 から 離し 、 送話口 を 手 で 押さえて 、 |あいて||はなし||あいづち||うって||まさこ|||けいたい||みみ||はなし|おく はなし くち||て||おさえて Mako, who had been listening to the other person's conversation for a while, suddenly pulled the phone away from her ear and held the mouthpiece with her hand,

「 どう しよう ? What should we do?

佳乃 ちゃん が 昨日 から 戻っとらんって 、 言って も いい と ? よしの|||きのう||もどっと らんって|いって||| Is it okay if I tell you that Kano hasn't been back since yesterday? 」 と 沙 里 に 携帯 を 突き出して くる 。 |いさご|さと||けいたい||つきだして| " The first time I saw her, she was a little nervous.

いきなり そう 訊かれて も 、 すぐに 言葉 が 出てこない 。 ||じん かれて|||ことば||でて こ ない If you ask me that out of the blue, I can't come up with the words right away.

それ を 告げなければ 話 が 進まない ような 気 も する し 、 まだ 何か あった と 決まった わけで は ない わけで 、 もしも この あと 佳乃 が ふらっと 戻ってきた 場合 、 外泊 した こと を 実家 の 両親 に 伝えた こと だけ が 事実 と して 残って しまう 。 ||つげ なければ|はなし||すすま ない||き|||||なん か|||きまった||||||||よしの||ふら っと|もどって きた|ばあい|がいはく||||じっか||りょうしん||つたえた||||じじつ|||のこって| I feel like the conversation won't go anywhere unless I tell her that, and since it hasn't been decided yet that something happened, if Kano wanders back later, the only thing that will remain as a fact is that I told her parents that she stayed out overnight. 「 佳乃 ちゃん が 今日 の 午後 、 実家 に 戻る と か 言って た から 、 電話 したって 言わ ん ね 。 よしの|||きょう||ごご|じっか||もどる|||いって|||でんわ||いわ|| I don't think you said you called because Kano said she was going back to her parents' house this afternoon. もしかしたら 、 もう すぐ こっち に 戻ってくる かも しれ ない けどって 」 沙里 は 咄嗟に 思いついた 嘘 を 眞子 に つかせる こと に した 。 |||||もどって くる||||けど って|いさご さと||とっさに|おもいついた|うそ||まさこ||つか せる||| Maybe he'll be back here soon, though." Sari decided to tell Mako a lie that came to her mind as soon as she thought of it. 目の前 で すぐに 眞子 が 、 その 通り に 繰り返す 。 めのまえ|||まさこ|||とおり||くりかえす

その 言葉 を 聞いて いる と 、 何もかも が 自分 たち の 思い過ごし の ような 気 も して くる 。 |ことば||きいて|||なにもかも||じぶん|||おもいすごし|||き||| Wenn wir ihren Worten zuhören, haben wir das Gefühl, dass wir das Wesentliche nicht verstehen. Listening to their words, we felt as if we had imagined everything.

電話 を 切った 眞子 が 、「 もし 帰って きたら 、 連絡 する ように 言って くれるって 」 と 、 やけに のんびり した 口調 で 言う 。 でんわ||きった|まさこ|||かえって||れんらく|||いって|くれる って|||||くちょう||いう Mako hangs up the phone and says, "If he comes back, he said to tell you to call me." He says in a rather laid-back tone, "I'm not sure I'm going to be able to do that. 事態 が 急変 した の は 、 三十 分 後 、 仲町 鈴 香 が 営業 所 に 戻って きて から だった 。 じたい||きゅうへん||||さんじゅう|ぶん|あと|なかまち|すず|かおり||えいぎょう|しょ||もどって||| It was not until 30 minutes later, when Suzuka Nakamachi returned to the sales office, that the situation suddenly changed. La situación cambió repentinamente después de treinta minutos, cuando Suzuka Nakamachi regresó a la oficina de ventas.

沙 里 と 眞子 は その後 も ずっと 事件 を 伝える ワイドショー を 見 ながら 、 営業 部長 か 警察 に 知らせた ほう が いい の か 、 それとも もう 少し 佳乃 の 帰り を 待って いた ほう が いい の か 、 と 結論 の 出ぬ 議論 を 繰り返して いた 。 いさご|さと||まさこ||そのご|||じけん||つたえる|||み||えいぎょう|ぶちょう||けいさつ||しらせた||||||||すこし|よしの||かえり||まって||||||||けつろん||で ぬ|ぎろん||くりかえして| Sari and Mako continued to watch the news reports, debating whether it was better to inform the sales manager or the police, or whether it was better to wait for Kano's return.

営業所 に 戻って きた 仲町 鈴香 を 見つけて 、 すぐに 沙里 が 声 を かけた 。 えいぎょう しょ||もどって||なかまち|すず かおり||みつけて||いさご さと||こえ||

「 増尾 圭吾 の 連絡先 、 知ってる 人 おった ? ますお|けい われ||れんらく さき|しってる|じん| Does anyone have Keigo Masuo's contact information? テレビ に 目 を 向け ながら 、 鈴香 が 駆け寄って くる 。 てれび||め||むけ||すず かおり||かけよって| Suzuka rushes over to me with her eyes on the TV. Suzuka se apresura mientras mira la televisión.

「 なんか ね 、 増尾 くん 、 ここ 何 日 か 、 行方 不明な ん だって 」 ||ますお|||なん|ひ||ゆくえ|ふめいな||

思い も かけぬ 鈴香 の 言葉 に 、 沙里 と 眞子 は 思わず 顔 を 見合わせ 、「 行方 不明 ? おもい||かけ ぬ|すず かおり||ことば||いさご さと||まさこ||おもわず|かお||みあわせ|ゆくえ|ふめい Sari and Mako looked at each other in surprise at Suzuka's unexpected words, "Missing? 」 と 声 を 揃えた 。 |こえ||そろえた

「 うん 。 もちろん 本人 じゃ なくて 、 増尾 くん の 知り合い の 知り合い から 聞いた んだ けど 、 ここ 二 、 三 日 、 誰 も 連絡 取れなくて 、 みんな 探してる ん だって 。 |ほんにん|||ますお|||しりあい||しりあい||きいた||||ふた|みっ|ひ|だれ||れんらく|とれ なくて||さがしてる|| ただ 、 行方 不明って いう か 、 どっか に 旅行 に 出かけてる だけ かもしれない らしい んだ けど ……」 「 だって ! |ゆくえ|ふめい って|||ど っか||りょこう||でかけてる||かも しれ ない|||| 声 を 上げた の は 眞子 だった 。 こえ||あげた|||まさこ|

その 声 に 、 |こえ|

「 昨日 の 晩 、 佳乃 ちゃん と そこ の 駅前 で 待ち合わせ しとった と よ ! きのう||ばん|よしの|||||えきまえ||まちあわせ|し とった|| 」 と 沙 里 が 続ける 。 |いさご|さと||つづける

「 まだ 、 石橋 さん と 連絡 つかない の ? |いしばし|||れんらく|つか ない| 事件 を 伝える テレビ の ほう へ 鈴香 が 目 を 向け ながら 訊いて くる 。 じけん||つたえる|てれび||||すず かおり||め||むけ||じん いて| 沙 里 と 眞子 は 、「 まだ 」 と 同時に 首 を 振った 。 いさご|さと||まさこ||||どうじに|くび||ふった Sari and Mako are still At the same time, he shook his head.

「 いちおう 誰 か に 知らせ と いた ほう が いい んじゃ ない ? |だれ|||しらせ||||||| I think it would be a good idea to let someone know, don't you think? もちろん 、 増尾 くん が 行方 不明って いう の は 大げさな 噂 で 、 昨日 の 晩 、 そこ で 石橋 さん と 待ち合わせ して た の かも しれ ない けど 」 いつ に なく 親身 に なって くれる 鈴香 の 態度 に 、 沙里 は 背中 を 押された ような 気分 に なった 。 |ますお|||ゆくえ|ふめい って||||おおげさな|うわさ||きのう||ばん|||いしばし|||まちあわせ|||||||||||しんみ||||すず かおり||たいど||いさご さと||せなか||おされた||きぶん|| Of course, it is an exaggerated rumor that Masuo-kun is missing, and he may have been meeting Mr. Ishibashi there yesterday evening. Suzuka's uncharacteristically friendly attitude made Sari feel as if she had been pushed to the back. 「 警察 ? けいさつ と 沙 里 が 首 を 傾げる と 、 |いさご|さと||くび||かしげる|

「 まず 、 石橋 さん と この 営業 部長 で いい んじゃ ない ? |いしばし||||えいぎょう|ぶちょう|||| でも 電話 じゃ なくて 、 直接 行った ほう が いい かも 」 |でんわ|||ちょくせつ|おこなった||||

と 鈴香 が 答える 。 |すず かおり||こたえる

沙里 と 眞子 は 、 まるで 鈴香 に 手 を 引かれる ように 営業所 を 出た 。 いさご さと||まさこ|||すず かおり||て||ひか れる||えいぎょう しょ||でた Sari and Mako left the sales office as if Suzuka was leading them by the hand.

佳乃 が 勤める 天神 営業所 まで は タクシー で 数分 の 距離 だった 。 よしの||つとめる|てんじん|えいぎょう しょ|||たくしー||すう ふん||きょり|

やはり そこ でも テレビ が ついて いて 、 数人 が 弁当 を つまみ ながら 事件 報道 を 見つめて いる 。 |||てれび||||すう り||べんとう||||じけん|ほうどう||みつめて|

沙里 たち は 互いに 背中 を 押す ように して 、 天神 地区 営業 部長 、 寺内 吾郎 の 前 に 立った 。 いさご さと|||たがいに|せなか||おす|||てんじん|ちく|えいぎょう|ぶちょう|てらうち|われろう||ぜん||たった

椅子 に 座って 昼寝 を して いた 寺内 吾郎 に 、 沙里 は ざっと 事 の あらまし を 話した 。 いす||すわって|ひるね||||てらうち|われろう||いさご さと|||こと||||はなした

もちろん 半杞憂 で 、 不確定な 情報 と して 。 |はん きゆう||ふかくていな|じょうほう||

しかし 、 被害 者 の 特徴 が 佳乃 に 似ている と 話した とたん 、 寺内 の 顔色 が さっと 変わる 。 |ひがい|もの||とくちょう||よしの||にて いる||はなした||てらうち||かおいろ|||かわる However, Terauchi's complexion suddenly changed as soon as she mentioned that the victim's features resembled those of Kano.

寺内 吾郎 は ここ 平成 生命 天神 営業 所 の 部長 に なって 四年目 を 迎えよう と して いた 。 てらうち|われろう|||へいせい|せいめい|てんじん|えいぎょう|しょ||ぶちょう|||よっねん め||むかえよう||| Goro Terauchi ging auf sein viertes Jahr als Leiter des Büros von Heisei Seimei Tenjin zu. Goro Terauchi was about to enter his fourth year as manager of Heisei Seimei's Tenjin office.

地区 採用 の 入社 から 二十 年 がむしゃらに 働きつめ 、 やっと 手 に 入れた の が 、 従業員数 五十六 名 の 福岡 で 二番目 に 大きな 営業所 の 部長職 だった 。 ちく|さいよう||にゅうしゃ||にじゅう|とし||はたらき つめ||て||いれた|||じゅうぎょう いん すう|ごじゅうろく|な||ふくおか||ふた ばん め||おおきな|えいぎょう しょ||ぶちょう しょく| Veinte años después de unirme a la empresa, finalmente conseguí el trabajo de gerente de la segunda oficina de ventas más grande en Fukuoka, que tiene 56 empleados.

寺内 は 少し 足 が 悪く 、 右足 を 引きずって 歩く ような ところ が ある が 、 営業 に 支障 を きたす ほど の もの で は ない 。 てらうち||すこし|あし||わるく|みぎ あし||ひきずって|あるく||||||えいぎょう||ししょう|||||||| Terauchi has a slight limp and walks with a limp on his right leg, but it is not enough to impede his business.

所内 を 歩いている とき は 、 かなり スローペース に 見える のだ が 、 逆に 顧客獲得 の 嗅覚 は 鋭く 、 若い ころ に は 退職 しそうな 女性 職員 を 口説き 、 その 顧客 を その まま 受け継ぐ こと で 、 今 の 役職 を 手 に 入れた と いう 噂 も ある 。 しょ ない||あるいて いる||||||みえる|||ぎゃくに|こきゃく かくとく||きゅうかく||するどく|わかい||||たいしょく|し そうな|じょせい|しょくいん||くどき||こきゃく||||うけつぐ|||いま||やくしょく||て||いれた|||うわさ|| Wenn er im Büro herumläuft, wirkt er recht träge, hat aber im Gegenteil einen ausgeprägten Sinn für Kundenakquise, und es gibt Gerüchte, dass er seine jetzige Position erlangt hat, indem er eine weibliche Angestellte verführt hat, die kurz vor der Pensionierung stand, als er noch jung war, und dann ihren Kundenstamm übernommen hat. Although he appears to walk around the office at a fairly slow pace, he has a keen sense of smell for acquiring clients, and there is a rumor that he got his current position by seducing a female employee who was about to retire when he was young and taking over her clientele.

部長 に なった とき 、 寺内 は 心 を 入れ替えよう と 決心 した 。 ぶちょう||||てらうち||こころ||いれかえよう||けっしん| Als er Leiter der Abteilung wurde, beschloss Terauchi, seine Meinung zu ändern. When he became a department head, Terauchi decided to change his mind.

もう 契約 一件 いくら の 歩合 で 働く こと も ない の だから 、 これから は 必死 に 金 を 稼ごう と する 、 それこそ 実 の 娘 より も 更 に 若い 職員たち の 良き 父親 代わり に なって やろう と 。 |けいやく|ひと けん|||ぶあい||はたらく||||||これ から||ひっし||きむ||かせごう|||それ こそ|み||むすめ|||こう||わかい|しょくいん たち||よき|ちちおや|かわり|||| Since I would no longer be working for a percentage of each contract, I was going to be a good father figure to the younger staff members who were trying desperately to make money, even more so than my own daughter.

実際 、 若い 女子 社員 たち の 話 に は いつも 耳 を 傾けて いた 。 じっさい|わかい|じょし|しゃいん|||はなし||||みみ||かたむけて|

話 を すれば する ほど 太い 絆 が できる と 信じて も いた 。 はなし|||||ふとい|きずな||||しんじて|| I also believed that the more we talked, the stronger the bond would become.

しかし 、 若い 女の子 たち から 持ち込まれて くる の は 、 人生 や 恋愛 へ の 指南 を 仰ぐ 相談 で は なく 、 「○○ さん が 自分 の 顧客 に 色目 を 使った 」 |わかい|おんなのこ|||もちこま れて||||じんせい||れんあい|||しなん||あおぐ|そうだん||||||じぶん||こきゃく||いろ め||つかった However, the young girls are not asking for advice on life or love, but rather, "Mr. X is making eyes at my client." 「 親戚 から 嫌われ始めた 」 しんせき||きらわ れ はじめた "My relatives began to hate me."

など 、 自分 が この 二十 年 で 嫌というほど 味わって きて 、 もう 見 たく も 聞き たく も ない 悩み ばかりだった 。 |じぶん|||にじゅう|とし||いやというほど|あじわって|||み|||きき||||なやみ| I had experienced so much over the past 20 years that I no longer wanted to see or hear about them.

それ でも 寺内 が 部長 に なって から の 過去 三 年 に 、 天神 営業 所 は 飛躍的 に 成績 を 伸ばして いた 。 ||てらうち||ぶちょう|||||かこ|みっ|とし||てんじん|えいぎょう|しょ||ひやく てき||せいせき||のばして| In the past three years since Terauchi became general manager, the Tenjin office had seen a dramatic increase in business performance. Sin embargo, en los últimos tres años desde que Terauchi se convirtió en director, la oficina de ventas de Tenjin ha mejorado drásticamente su desempeño.

以前 の 部長 は ヒステリック で 、 せっかく 入って きた 社員 たち が 、 研修 期間 さえ 耐えられず に 辞めて いた のだ が 、 社員 を 循環させる こと で 新規 の 顧客 を 増やす この 手 の 業界 で は 、 顧客 より も まず 外交員 たち を おだてる の が 部長 の 仕事 な のだ 。 いぜん||ぶちょう|||||はいって||しゃいん|||けんしゅう|きかん||たえられ ず||やめて||||しゃいん||じゅんかん させる|||しんき||こきゃく||ふやす||て||ぎょうかい|||こきゃく||||がいこう いん||||||ぶちょう||しごと|| The previous general manager was hysterical, and employees who had just joined the company quit because they couldn't even endure the training period. In this type of industry, where new customers are added by circulating employees, it is the general manager's job to flatter the diplomats before the customers. 福岡 地区 の 春 入社 社員 、 谷 元 沙 里 と 安達 眞子 から 、 同じく 春 入社 の 石橋 佳乃 と 昨夜 から 連絡 が つか ない 、 その 上 、 三瀬 峠 で 発見 さ れた 被害 者 に 似て いる ようだ 、 と 報告 を 受けた とき 、 寺内 が まず 感じた の は かすかな 怒り だった 。 ふくおか|ちく||はる|にゅうしゃ|しゃいん|たに|もと|いさご|さと||あだち|まさこ||おなじく|はる|にゅうしゃ||いしばし|よしの||さくや||れんらく|||||うえ|みつせ|とうげ||はっけん|||ひがい|もの||にて||||ほうこく||うけた||てらうち|||かんじた||||いかり| When Sari Tanimoto and Mako Adachi, spring hires in the Fukuoka area, reported that they had not been able to contact Yoshino Ishibashi, also a spring hire, since last night, and that she looked like the victim found on the Mise Pass, Terauchi's first reaction was a hint of anger.

それ も 事件 や 犯人 に 対する もの で は なく 、 この 天神 営業 所 の 評判 が 落ちる かも しれ ない こと に 、 また 石橋 佳乃 の 顧客 を 受け継ぐ 小さな 争い が 起こる かも しれ ない こと に 、 そして 同僚 が 事件 に 巻き込ま れた かも しれ ない と いう のに 、 まるで 切迫 感 の ない 沙 里 たち に 対する 怒り だ 。 ||じけん||はんにん||たいする||||||てんじん|えいぎょう|しょ||ひょうばん||おちる|||||||いしばし|よしの||こきゃく||うけつぐ|ちいさな|あらそい||おこる|||||||どうりょう||じけん||まきこま|||||||||せっぱく|かん|||いさご|さと|||たいする|いかり| It was not against the case or the perpetrators, but rather anger at Sari and her colleagues for their lack of urgency in the face of the possible damage to the Tenjin Office's reputation, the possibility of a small dispute over Yoshino Ishibashi's clients, and the possibility of a co-worker being involved in the case.

寺内 は 沙 里 の 話 を 聞き 終える と 、 まず 平成 生命 の 福岡 支店 に 電話 を 入れた 。 てらうち||いさご|さと||はなし||きき|おえる|||へいせい|せいめい||ふくおか|してん||でんわ||いれた After Terauchi finished listening to Sari's story, he called the Fukuoka branch of Heisei Life Insurance Co.

応対 した 女子 事務 員 が 要領 を 得 ず 、「 い いけ ん 、 総務 部長 に 代わら ん ね ! おうたい||じょし|じむ|いん||ようりょう||とく|||||そうむ|ぶちょう||かわら|| The female clerk who responded to the question was out of line and said, "Okay, I'll put you in charge of the general affairs department! と 思わず 声 を 荒らげた 。 |おもわず|こえ||あららげた

寺 内 から 事情 を 聴いた 総務 部長 は 、 てら|うち||じじょう||きいた|そうむ|ぶちょう|

「 だ 、 だったら 、 い 、 いちおう 、 警察 に ……」 と 、 おどおど と 答えた 。 ||||けいさつ|||||こたえた

まだ その 被害 者 が 石橋 佳乃 だ と 決まった わけで は なかった が 、 寺内 が まるで 断定 した ように 告げた せい か 、 特に 指示 を 出す わけで も なく 、 できる こと なら 寺内 に 任せたい と いう 気持ち が 見え見えだった 。 ||ひがい|もの||いしばし|よしの|||きまった|||||てらうち|||だんてい|||つげた|||とくに|しじ||だす|||||||てらうち||まかせ たい|||きもち||みえみえだった Obwohl noch nicht feststand, dass es sich bei dem Opfer um Ishibashi Kano handelte, erweckte Terauchi den Anschein, als habe er eine endgültige Entscheidung getroffen, ohne bestimmte Anweisungen zu geben, und es war offensichtlich, dass er die Angelegenheit nach Möglichkeit Terauchi überlassen wollte. Although it had not yet been determined that the victim was Ishibashi Kano, Terauchi made it sound as if he had made a definite decision, and he did not give any particular instructions, but seemed to want to leave the matter to Terauchi if possible. 寺内 は 電話 を 切る と 、 机 の 向こう に ぼけっと 突っ立って いる 三 人 を 見上げた 。 てらうち||でんわ||きる||つくえ||むこう||ぼけ っと|つったって||みっ|じん||みあげた Terauchi hung up the phone and looked up at the three of them standing there blankly behind the desk. Cuando Terauchi colgó, miró a las tres personas que estaban detrás del escritorio. 「 これ から 、 警察 に 連絡 入れて みる けん ね 」 ||けいさつ||れんらく|いれて|||

と 告げる と 、 |つげる|

「 あ 、 え ? …… は 、 はい 」

と なんとも 頼り無 さげ に 三 人 が 頷く 。 ||たよりな|||みっ|じん||うなずく The three nodded their heads in an indescribably unreliable manner.

「 昨日 から 連絡 が 取れん ちゃろ ? きのう||れんらく||とれ ん|ちゃ ろ テレビ に 出とった 特徴 と 似た ような 服 を 着とったっちゃろ ? てれび||で とった|とくちょう||にた||ふく||ちゃく とったっちゃ ろ 寺内 は 怒鳴りつける ように 言った 。 てらうち||どなりつける||いった Terauchi shouted at him.

身 を 寄せ合う ように 立つ 三 人 が 、 怯えた ように 同時に 頷く 。 み||よせあう||たつ|みっ|じん||おびえた||どうじに|うなずく The three standing huddled together nodded their heads in fright at the same time.

110 番 に かけた 電話 は 、 事件 を 扱う 部署 に 回さ れた 。 ばん|||でんわ||じけん||あつかう|ぶしょ||まわさ| Calls to 110 were routed to the department handling the case.

最初に 出た 女性 の 応対 が とても 丁寧だった せい か 、 次に 電話 に 出て 、 詳しく 状況 の 説明 を 求めて くる 男 の 刑事 の 口調 が 、 どこ か 高圧 的に 感じられた 。 さいしょに|でた|じょせい||おうたい|||ていねいだった|||つぎに|でんわ||でて|くわしく|じょうきょう||せつめい||もとめて||おとこ||けいじ||くちょう||||こうあつ|てきに|かんじ られた Perhaps because the first woman was so polite, the tone of the next male detective who answered the phone and asked for a detailed explanation of the situation seemed somewhat high-pressure. ただ 、 電話 の 向こう で 、 何 か が 慌ただしく 動いて いる 様子 は 伝わって きた 。 |でんわ||むこう||なん|||あわただしく|うごいて||ようす||つたわって| However, I could sense that something was moving hurriedly on the other end of the phone.

スピーカー で 漏れて いる の か 、 複数 の 受話器 で 聞かれて いる の か 、 とにかく 寺内 は 自分 の 声 を 大勢 の 人 に 聞かれて いる ような 気 が した 。 すぴーかー||もれて||||ふくすう||じゅわき||きか れて|||||てらうち||じぶん||こえ||おおぜい||じん||きか れて|||き|| Whether it was coming out of the speakers or being heard over multiple receivers, Terauchi felt as if his voice was being heard by many people. Ya sea que se filtrara a través del altavoz o que lo escucharan varios teléfonos, Terauchi sintió que su voz estaba siendo escuchada por una gran cantidad de personas. 警察 から の 指示 を 受け 、 寺内 は タクシー を 呼んだ 。 けいさつ|||しじ||うけ|てらうち||たくしー||よんだ After receiving instructions from the police, Terauchi called a cab.

谷元 沙里 たち 三人 も 同行 したい と 申し出て きた が 、 万が一 、 遺体 の 確認 など が あった 場合 の こと を 考え 、 まずは 一人 で 行って みる から と 言い聞かせた 。 たに もと|いさご さと||みっり||どうこう|し たい||もうしでて|||まんがいち|いたい||かくにん||||ばあい||||かんがえ||ひとり||おこなって||||いいきかせた Sari Tanimoto and three others offered to go with me, but I told them that I would try to go alone first, in case they identified the body. 警察署 に 着いて 受付 に 名前 を 告げる と 、 すぐに 五 階 の 捜査 本部 に 案内され 、 さっき 電話 で 話した 刑事 が 現れた 。 けいさつ しょ||ついて|うけつけ||なまえ||つげる|||いつ|かい||そうさ|ほんぶ||あんない さ れ||でんわ||はなした|けいじ||あらわれた

寺内 は 用意 して きた 社員 証 と 名刺 を 、 とりあえず その 背 の 高い 刑事 に 見せ 、 背中 を 押される ように して 遺体安置所 へ 向かった 。 てらうち||ようい|||しゃいん|あかし||めいし||||せ||たかい|けいじ||みせ|せなか||おさ れる|||いたい あんち しょ||むかった Terauchi showed the tall detective his employee ID card and business card, which he had prepared, and headed for the morgue with a push on his back. 向かう 途中 、 刑事 に 天神 営業 所 と 「 フェアリー 博多 」 の 詳しい 位置 を 尋ねられた 。 むかう|とちゅう|けいじ||てんじん|えいぎょう|しょ|||はかた||くわしい|いち||たずね られた On the way there, detectives will be at the Tenjin office and the "Fairy Hakata". He asked for the detailed location of the テレビ や 映画 で 見た 通り の 体験 だった 。 てれび||えいが||みた|とおり||たいけん| The experience was exactly as I had seen it on TV and in movies.

部屋 に は 線香 が 焚 かれ 、 刑事 が もったいぶる ように 遺体 に かけられた 薄緑 色 の シート を とった 。 へや|||せんこう||ふん||けいじ||||いたい||かけ られた|うすみどり|いろ||しーと|| Incense was burning in the room, and the detective took the light green sheet over the body as if he was trying to save it. 間違い なかった 。 まちがい| そこ に は 今春 入社 して きた ばかりの 石橋 佳乃 が 横たわって いた 。 |||こんしゅん|にゅうしゃ||||いしばし|よしの||よこたわって|

「 間違い ありません 」 寺内 は 言葉 を 呑み込む ように 言った 。 まちがい|あり ませ ん|てらうち||ことば||のみこむ||いった There's no mistake. Terauchi swallowed his words. 言い ながら 、 テレビ や 映画 で 見た こと の ある 科白 を 自然 と 口 に する 自分 に 驚いた 。 いい||てれび||えいが||みた||||せりふ||しぜん||くち|||じぶん||おどろいた I was surprised at how naturally I uttered the same lines that I had seen on TV and in movies.

「 絞殺 でした 」 こうさつ|

刑事 に 言わ れ 、 寺内 は 佳乃 の 首 に 目 を 向けた 。 けいじ||いわ||てらうち||よしの||くび||め||むけた At the detective's suggestion, Terauchi turned his attention to Kano's neck.

白い 首筋 に 赤 紫色 の 痣 が 残って いる 。 しろい|くびすじ||あか|むらさきいろ||あざ||のこって|

佳乃 が 営業 所 で 笑う 姿 や 、 朝礼 ギリギリ に 駆け込んで くる 様子 が 脳裏 を 過った 。 よしの||えいぎょう|しょ||わらう|すがた||ちょうれい|ぎりぎり||かけこんで||ようす||のうり||あやまった The image of Kano laughing in the sales office and rushing in at the last minute for the morning meeting flashed through my mind.

五十 人 も の 社員 の 、 その 一 人 の 顔 を 、 こんなに も 鮮明に 覚えて いる こと に 、 我ながら 驚いて しまう ほど だった 。 ごじゅう|じん|||しゃいん|||ひと|じん||かお||||せんめいに|おぼえて||||われながら|おどろいて||| Ich war überrascht, dass ich mich so lebhaft an das Gesicht eines der 50 Mitarbeiter erinnern konnte. I was surprised that I could remember the face of one of the 50 employees so vividly.

寺内 が 遺体 の 確認 を して いる ころ 、 石橋 佳乃 の 父 、 佳男 は 、 そこ から 三十 キロ ほど 離れた 久留米 市内 の 自宅 の 居間 で 、 遅い 昼食 を とった あと 、 座布団 を 枕 に ごろん と 寝転がって いた 。 てらうち||いたい||かくにん|||||いしばし|よしの||ちち|よしお||||さんじゅう|きろ||はなれた|くるめ|し ない||じたく||いま||おそい|ちゅうしょく||||ざぶとん||まくら||ご ろん||ね ころがって| While Terauchi was checking the body, Yoshio, Ishibashi Yoshino's father, was lying on a cushion as a pillow after having a late lunch in the living room of his house in Kurume City, about 30 km away from the body.

寝転んだ 場所 から は 、 月曜定休 の 店内 が 見えた 。 ねころんだ|ばしょ|||げつよう ていきゅう||てん ない||みえた From where I was lying down, I could see the inside of the restaurant, which is closed on Mondays.

電気 の 消された 店内 に 、 入口 の ガラス窓 から 日 が 差し込み 、 そこ に 白い ペンキ で 書かれた 「 理容 イシバシ 」 と いう 文字 が 、 コンクリート の 床 に 影 を 落として いる 。 でんき||けされた|てん ない||いりぐち||がらす まど||ひ||さしこみ|||しろい|ぺんき||かかれた|りよう||||もじ||こんくりーと||とこ||かげ||おとして| The lights were off, but the sun was shining through the glass window at the entrance, and on it was written in white paint, "Ishibashi Hairdressing. The word "I" casts a shadow on the concrete floor.

父 の 代 から 続く この 店 を 、 佳男 が 継ぐ こと に なった の は 、 佳乃 が 生まれて すぐ の こと だった 。 ちち||だい||つづく||てん||よしお||つぐ||||||よしの||うまれて|||| Yoshio took over this store, which had been run since his father's generation, soon after Yoshino's birth.

それ まで 地元 の 悪友 たち と の バンド 活動 に 明け暮れ 、 親 の 金 を せびって は 遊び 回って いた のだ が 、 妻 、 里子 の 説得 も あり 、 床屋 で の 修業 を 始めた のだ 。 ||じもと||あくゆう||||ばんど|かつどう||あけくれ|おや||きむ||||あそび|まわって||||つま|さとご||せっとく|||とこや|||しゅぎょう||はじめた| Until then, he had spent most of his time playing in a band with local friends and begging for money from his parents, but with the persuasion of his wife, Satoko, he began training as a barber. その 父親 も 佳乃 が 小学校 に 上がる 年 に 脳溢血 で 亡くなった 。 |ちちおや||よしの||しょうがっこう||あがる|とし||のういっけつ||なくなった Her father also died of a cerebral hemorrhage the year she started elementary school.

母親 を その 十年 前 に 亡くして いた こと も あり 、 誰も いなくなった この 家 に 、 佳男 たち は 近所 の アパート から 親子 三人 で 越して きた 。 ははおや|||じゅう ねん|ぜん||なくして|||||だれ も|い なく なった||いえ||よしお|||きんじょ||あぱーと||おやこ|みっり||こして| Yoshio and his wife had lost their mother ten years earlier, and they moved into this empty house with their three children from a nearby apartment. Yoshio y su hijo venían de un departamento vecino a esta casa, donde nadie había muerto, en parte porque su madre había muerto hacía diez años.

あの とき もし 里子 が 佳乃 を 身ごもっていなかったら と 、 佳男 は ときどき 考える こと が ある 。 |||さとご||よしの||み ご もって い なかったら||よしお|||かんがえる||| Yoshio sometimes wonders if Satoko had not been pregnant with Kano at that time.

ただ 、 そう 思った ところ で 、 これ 以外 の 人生 が 浮かんで くる こと も ない 。 ||おもった||||いがい||じんせい||うかんで|||| However, even if I thought so, no other life would come to mind.

子供 の ころ から 、 佳男 は 父親 の 職業 を 嫌って いた 。 こども||||よしお||ちちおや||しょくぎょう||きらって| Since he was a child, Yoshio disliked his father's occupation.

その 職業 に 、 佳乃 が 出来た こと で 仕方なく 就いた 。 |しょくぎょう||よしの||できた|||しかたなく|ついた I had no choice but to take up this occupation because I had no choice but to have Yoshino.

ある 意味 、 娘 の ため に 就いた 仕事 だった 。 |いみ|むすめ||||ついた|しごと|

それなのに 、 最近 、 その 娘 が 自分 の 仕事 を 毛嫌い して いる こと を 、 佳男 は 肌 で 感じる 。 |さいきん||むすめ||じぶん||しごと||けぎらい|||||よしお||はだ||かんじる And yet, Yoshio senses on his skin that his daughter has been hating his work.

ぼんやり と 暗い 店内 を 見つめている と 、 ||くらい|てん ない||みつめて いる| I was staring at the dark interior of the store,

「 あの 子 、 帰って 来る と やろ か ? |こ|かえって|くる||| "Ese niño, ¿debería volver a casa? と 里子 が 台所 から 声 を かけて きた 。 |さとご||だいどころ||こえ||| Satoko llamó desde la cocina. 昼 過ぎ に 同僚 から 、 そんな 電話 が あった らしかった 。 ひる|すぎ||どうりょう|||でんわ||| It was just after noon when I received a phone call from a co-worker.

「 どうせ また 『 誰 か 保険 に 入る 人 、 紹介 して くれ 』 やろう けど な ……」 ||だれ||ほけん||はいる|じん|しょうかい||||| I'm sure they'll be asking for insurance referrals again anyway. ......"

佳乃 は 嫌がる だろう が 、 どうせ やる こと も ない し 、 佳男 は 西鉄 の 駅 まで 自転車 で 迎え に 行って やろう か と 思った 。 よしの||いやがる|||||||||よしお||にし くろがね||えき||じてんしゃ||むかえ||おこなって||||おもった Yoshio thought that he would ride his bicycle to the Nishitetsu station to pick her up.

警察 から 電話 が かかって きた とき 、 佳男 は うつらうつら して いた 。 けいさつ||でんわ|||||よしお|||| When the police called Yoshio, he was in a daze.

電話 に 出た 里子 が 、「 え 、 ええ 。 でんわ||でた|さとご||| Satoko answered the phone and said, "Yes, yes. そうです 。 そう です はい 。 そう です けど 」

と 受け 答える 声 を 、 途中 まで 夢 で 見て いる つもりで いた 。 |うけ|こたえる|こえ||とちゅう||ゆめ||みて||| I thought I was dreaming until I was about halfway through the conversation when a voice answered, "I am not a good person.

それ が 、

「 ねぇ 、 あんた ! "Hey, you! と 呼ぶ 里子 の 声 で 一気に 覚めた 。 |よぶ|さとご||こえ||いっきに|さめた

遠く に 聞こえて いた 声 が 、 狭い 我が家 の 、 すぐ そこ から 響いた のだ 。 とおく||きこえて||こえ||せまい|わがや|||||ひびいた| The distant voice echoed from right there in our small house.

寝返り を 打つ と 、 受話器 を 手 で 押さえた 里子 が 、 まるで 自分 を 踏みつける ように 見下ろして いる 。 ねがえり||うつ||じゅわき||て||おさえた|さとご|||じぶん||ふみつける||みおろして| When I turned over, Satoko, who was holding the receiver with her hand, was looking down at me as if she was stepping on me.

「 あんた 、…… ちょっと 、 なんか 知ら ん ……、 警察 から ……」 |||しら||けいさつ| "You, ......, hey, what do you know about ...... from the police?"

途切れ 途切れ の 里子 の 言葉 に 、 とぎれ|とぎれ||さとご||ことば|

「 警察 ? けいさつ と 佳男 は 身 を 起こした 。 |よしお||み||おこした Yoshio wachte auf. Yoshio woke up.

コードレス の 受話器 を 握った 里子 の 手 が 、 かすかに 震えて いる 。 こーどれす||じゅわき||にぎった|さとご||て|||ふるえて| Satoko's hand was shaking faintly as she held the cordless phone.

「 警察 が なんて や ? けいさつ||| 突き出さ れた 受話器 から 、 佳男 は 身 を 反らして 訊 いた 。 つきで さ||じゅわき||よしお||み||そらして|じん| Yoshio turned his body away from the receiver and asked, "What do you want me to do?

「 ちょっと 、 あんた が 訊いて 。 |||じん いて Hey, du fragst. 私 、 よう 分から ん けん ……」 里子 の 目 が 焦点 を 失って いた 。 わたくし||わから|||さとご||め||しょうてん||うしなって|

顔 からすっと 血の気 が 引いて いく の が はっきり と 見てとれた 。 かお|からす っと|ちのけ||ひいて||||||みてとれた Ich konnte deutlich sehen, wie das Blut aus seinem Gesicht tropfte. I could clearly see the blood draining from his face. 佳男 は 里子 の 手 から 受話器 を 奪う と 、 よしお||さとご||て||じゅわき||うばう|

「 もしもし ! と 怒鳴りつける ように 電話 に 出た 。 |どなりつける||でんわ||でた He answered the phone as if to yell at me.

受話器 から 聞こえて きた の は 女性 の 声 で 、 事務 的 と いう わけで も ない のだ が 、 声 が 小さく 聞き取り にくかった 。 じゅわき||きこえて||||じょせい||こえ||じむ|てき||||||||こえ||ちいさく|ききとり| A female voice came through the receiver, and although it was not clerical, her voice was quiet and difficult to understand.

耳 に 当てて いる の は 、 昨年 、 佳乃 が 選んで 買った コードレス 電話 だった 。 みみ||あてて||||さくねん|よしの||えらんで|かった|こーどれす|でんわ| The phone she was holding to her ear was a cordless phone she had bought last year.

買った とき から 通話中 に 雑音 が 入り 、 どうも 好き に なれなかった のだ が 、 かった|||つうわ ちゅう||ざつおん||はいり||すき||なれ なかった|| I have not liked it since I bought it because of the noise it makes during a call,

「 電波 やけん 、 それ が 普通たい 」 と 佳乃 に 言わ れ 、 もう 一 年 近く も 我慢 して 使って いた 。 でんぱ||||ふつう たい||よしの||いわ|||ひと|とし|ちかく||がまん||つかって| "It's a radio wave, that's what I'm talking about." I had been patiently using it for almost a year. その 雑音 が 今日 に 限って まるで 耳鳴り の ように 強く 響く 。 |ざつおん||きょう||かぎって||みみなり|||つよく|ひびく

「 え ? は ? なんて ? ¿Qué? 佳乃 が 事件 に 巻き込まれた 、 すぐに 署 で 身元 確認 を して ほしい 、 と 伝えて くる 電話 の 相手 で なく 、 それ を 邪魔 する 雑音 に 訊 き 返して いる ようだった 。 よしの||じけん||まきこまれた||しょ||みもと|かくにん|||||つたえて||でんわ||あいて|||||じゃま||ざつおん||じん||かえして|| The caller was not asking for confirmation of Kano's identity, but rather was responding to the noise that was disturbing him.

電話 を 切る と 、 傍ら に 里子 が 座り込んで いた 。 でんわ||きる||かたわら||さとご||すわりこんで| When I hung up the phone, I found Satoko sitting by my side.

呆然と いう より も 、 何 か を 諦めた ような 表情 だった 。 ぼうぜんと||||なん|||あきらめた||ひょうじょう| He looked more like a man who had given up on something than a man who was stunned.

「 ほら 、 行く ぞ ! |いく| Come on, let's go! 佳男 は そんな 里子 の 手 を 引いた 。 よしお|||さとご||て||ひいた

「 信用 できる か ! しんよう|| "Can I trust you? 会社 の 部長 ごとき が 、 何 十 人 も おる 社員 たち の 顔 を 一つ一つ 覚え とる もんか ! かいしゃ||ぶちょう|||なん|じゅう|じん|||しゃいん|||かお||ひとつひとつ|おぼえ|| What kind of a company manager would take it upon himself to remember the faces of dozens of employees one by one? 腰 が 抜けた ような 里子 の 手 を 、 佳男 は 無理やり 引っ張った 。 こし||ぬけた||さとご||て||よしお||むりやり|ひっぱった Yoshio forcibly pulled Satoko's hand, which seemed to have lost its shape.

佳乃 を 産んだ 直後 から 、 徐々に 肉付き の よく なった 里子 の 尻 が 、 古い 畳 の 上 を 滑る 。 よしの||うんだ|ちょくご||じょじょに|にくづき||||さとご||しり||ふるい|たたみ||うえ||すべる Satoko's buttocks, which had gradually become more firm since right after she gave birth to Kano, glided on the old tatami mat.

「 今日 、 帰って くる と やろ が ! きょう|かえって|||| "I know you're coming home today! 佳乃 は 今日 、 ここ に 戻って くる と やろ が ! よしの||きょう|||もどって|||| Kano will be back here today, right?