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悪人 (Villain) (1st Book), 第一章 彼女は誰に会いたかったか?【4】

第一章 彼女は誰に会いたかったか?【4】

混 んだ 地下鉄 の つ 革 に 掴まって 、 佳乃 は ガラス 窓 に 映る 沙 里 と 眞子 に 言った 。

「…… 車 は 改造 した スカイライン の GT - | R に 乗って いる し 、 背 は たぶん 増尾 くん より 高い し 、 でも 、 話 と か 、 ほんと 面白く ない と や ん ね 。 それ に なんか 頭 も 悪そうやし 」 「 何 回 くらい 会った と ? 」 眞子 が ガラス 窓 に 向かって 訊いて くる 。

「 二 、 三 回 か な 」 と 佳乃 も やはり ガラス 窓 に 向かって 答えた 。

「 でも 、 長崎 から わざわざ 佳乃 ちゃん に 会い に 福岡 まで 来とったっちゃ ろ ? 」 「 でも 、 一 時間 半 くらい で 着く って 」 「 そんな もん で 来られる ん ? 」 「 その 人 、 すごい スピード 出す もん 」 「 一緒に ドライブ した と ? 」 「 ドライブ って いう か 、 百道 の ほう 行ったり 」 ガラス 窓 で 交される 二人 の 会話 を 、 じっと 訊いて いた 沙里 が 、「 百道って 、 ハイアット と か に 泊まった っちゃ ろ ? 」 と 、 少し 声 を 落として 、 佳乃 の 脇腹 を 突つく 。

「 まさか ぁ 、 行くわけない やろ 」 佳乃 は わざと どっち に も 取れる ような 答え 方 を した 。

実際 に 行った の は 、 百道 の ハイアット など で は なく 、 博多 湾 に 突き出した 埋め立て 地 に 建つ 「 DUO 2」 と か いう 安い ラブ ホテル だった 。 初めて 祐一 と ソラリア で 待ち合わせた 日 、 その 足 で 近く の ピザ レストラン に 入った 。 祐一 と いう 男 は 何 を する に も 自信 が ない ようで 、 忙しく 立ち動く ウェイトレス を 呼び止める こと も なかなか できず 、 その ウェイトレス が 料理 を 間違えて 運んできた とき で さえ 、 おろおろ して 文句 の 一つ も 言えなかった 。 そんな 態度 を 見る に つけ 、 天神 の バー で 一緒に ダーツ を した とき の 増尾 の 姿 ばかり が 思い出さ れた 。

「 フェアリー 博多 」 に 入居 した ばかりの ころ 、 佳乃 は 一 時期 「 出会い 系 サイト 」 に ハマ った 。

まだ 沙 里 や 眞子 と 仲良く なる 前 で 、 夜 、 アパート の 部屋 で 一 人 過ごす の が 退屈で 、 常時 メール を 交換 する いわゆる メル 友 が 十 人 以上 は いた 。 その 誰 も が 自分 と 会い た がって いた 。

夜 、 アパート の 部屋 で 、 その 誘い の メール に 断り の 返信 を 打って いる と 、 まるで 自分 が とても 忙しい 女 に なった ような 気 が した 。 実際 は 、 まだ 馴染め ない 博多 と いう 街 の 片隅 で 、 忙しく 親指 を 動かして いた だけ だった のに 。

沙 里 や 眞子 と 仲良く なって から 、 佳乃 が メル 友 と 過ごす 一 人 の 時間 は なく なった 。

それ が 今年 の 十 月 に 増尾 と 出会い 、 メルアド を 訊かれた に も かかわらず 、 なかなか メール が 来ない こと に 焦れて 、 つい また その 手 の サイト に 登録した のだ 。

結果 、 三 日 ほど で 百通近い メール が あった 。 もちろん 中 に は ストレートに 援助 交際 を 求めて くる 者 も いた が 、 まず 年齢 で 選り分けて 、 その 次に 、 書か れた 言葉 で 年齢 詐称 を 判断 し 、 適当な 何 人 か に だけ 返信 を した 。 その 中 の 一 人 が 清水 祐一 だった 。 送ら れて きた メール に は 《 車 に 興味 が ある 》 と 書か れて あった 。

佳乃 は その 時期 、 増尾 が 乗って いる と いう アウディ の 助手 席 に 座る 自分 の 姿 ばかり を 想像 して いた 。 まだ 誘い の メール も 来ない のに 、 増尾 と どこ へ 行く か と か 、 車内 で 誰 の CD を 聴く か と か 、 そんな こと ばかり を 夢想 していた 。 もしかすると それ が 、 百 通 近い メール の 中 で 、 祐一 の メール に ふと 引っかかった 要因 だった の かも しれ ない 。

待ち合わせ 場所 で 初めて 祐一 を 見た 瞬間 に は 、「 今 は 誰 と も 付き合う 気 が ない 」 と か 、「 彼 氏 は いる けど 、 今 、 ちょっと うまく 行って ない 」 と か 、 電話 や メール で 適当な こと を 言った 自分 に 少し 後悔 した のだ が 、 時間 が 経つ に つれ 、 どこ か おどおど した 祐一 の 態度 ばかり が 目立ち 、 その 上 、 やっと 口 を 開いた か と 思えば 、 オチ も ない 車 の 話 ばかり で 、 正直 、「 こりゃ 、 ハズレ だ な 」 と 心 の 中 で 呟いて いた 。

実際 、 佳乃 は ただ ドライブ が したかった わけで は なかった 。

誰 も が 羨む 、 たとえば 増尾 圭 吾 の ような 男 の 車 で 、 颯爽 と 博多 の 街 を 走り抜けたかった のだ 。 そう なる と 、 長崎 で 土木 作業 員 を して い る と いう 祐一 の 無骨な 手 も 、 野性 的な もの で は なく 、 単に こき使われた 労働者 の 手 に 変わって しまった 。

中洲川端駅 から 二つ目 、 千代県庁口 駅 で 地下鉄 を 降りた 佳乃 たち 三 人 は 、 狭い 階段 を 上がって 市民 体育館 の 裏 に 出た 。

決して 寂しい 町 で は ない のだ が 、 県庁 を 中心 に した この 界隈 は 、 夜 、 それも 週末 の 夜 と も なる と 、 まるで 夢 の 中 に 出てくる 街 の ように シンと 静まり返る 。 「 どこ で 待ち合わせ しとう と ? 」 前 を 歩く 眞子 に 訊かれ 、 佳乃 は 一瞬 迷って 、「 えっと 、 吉塚駅前 」 と 嘘 を ついた 。 まさか 二 人 が こっそり と あと を つけて くる わけ も ない のだ が 、 これ から 増尾 と 会う と 嘘 を ついて いる ので 、 なんとなく 警戒 した の だ 。

「 駅 まで 一 人 で 大丈夫 ? 」 薄暗い 公園 脇 を 歩いて きた せい か 、 眞子 が 心配 して くれた 。 「 うん 、 大丈夫 」 佳乃 が 笑顔 で 頷く と 、「 それ じゃあ 、 先 に 帰 っと る ね 」 と 、 さっさと 沙 里 が 道 を 曲がる 。

祐一 と 待ち合わせ を して いる 公園 正門 まで は 、 もう しばらく この 薄暗い 道 を 進んで 行か なければ なら ない 。 街灯 の 下 に ポスト の ある 角 で 二 人 と 別れ 、 佳乃 は 少し 歩調 を 速めて 薄暗い 道 を 歩き 出した 。

角 を 曲がって 「 フェアリー 博多 」 に 向かった 二 人 の 足音 が しばらく 背中 に 聞こえて いた が 、 それ も 次第に 遠く な り 、 いつの間にか 自分 の 足音 だけ が 細い 歩道 に 響く 。

すでに 十 時 四十六 分 に なって いた 。

ただ 、 本当に 三 分 も あれば 話 は 済む 。 わざわざ 時間 を かけて 長崎 から 来て もらった の は 申し訳ない が 、 それ も 向こう が 、 約束 して いた 一万八千 円 を どうしても 今夜 返 し たい から と 、 しつこく 言った から な のだ 。 会う 時間 は ない から 、 振り込んで くれ 、 と 佳乃 が 頼んだ に も かかわらず 。

公園 沿い の 道 を 次第に 遠ざかって いく 佳乃 の 足音 を 、 眞子 と 沙 里 も 同じ ように 背中 で 聞いて いた 。

通り の 先 に 煌々 と 明かり を 照らした 「 フェアリー 博多 」 の エントランス が 見える 。

「 佳乃 ちゃん 、 ほんとに すぐ 帰って くる と か なぁ 」

遠ざかる 足音 に 、 ちらっと 背後 を 振り返った 眞子 が 言った 。

その 声 に つられて 沙 里 が 振り返る と 、 モノクロ 写真 の ような 通り に 、 ぽつんと 赤い ポスト だけ が 浮き上がって 見える 。

「 ねぇ 、 ほんとに 佳乃 ちゃん 、 増尾 くん に 会い に 行った と 思う ?

」 ふと 沙 里 の 口 から そんな 言葉 が こぼれた 。 「 どういう こと ? …… じゃあ 、 佳乃 ちゃん 、 どこ 行った と ? 」 相変わらず 眞子 が 呑気 そうに 首 を 傾げる 。 「 私 、 なんか 佳乃 ちゃん と 増尾 くん の 関係 って 信じ 切れ ん ちゃん ねぇ 」

「 だって 、 佳乃 ちゃん 、 最近 よく デート に 出かけとろう ? 」 「 でも 、 二 人 が 一緒の ところ 、 私 たち 見た こと な いや ん ? 今 だって 、 もしかしたら コンビニ と か に 行った だ け かも よ 」 そう 言った 沙 里 の 言葉 を 、「 まさかぁ 」 と 眞子 は 笑い飛ばした 。

車内灯 を つける と 、 祐一 は ルームミラー を くるり と 自分 の ほう に 回した 。

真っ暗な 車 内 に 自分 の 顔 だけ が ぼんやり と 映って いる 。 祐一 は 首 を 左右 に 動かして 、 手櫛 で 髪 を 整えた 。 どちら か と いう と 柔らかい 猫っ毛 で 、 細い 髪 が 無骨な 指 の あいだ を さらさら と 流れて いく 。

去年 の 春先 に 、 祐一 は 生まれて 初めて 髪 を 染めた 。

最初 は 、 黒 と 言って も いい ような 茶色 に した のだ が 、 それ が 現場 の 仕事 仲間 に 気づか れ なかった こと も あって 、 次に もう 少し 明るい 茶色 に 変え 、 その 次 は もっと 明るい 色 、 その 次 は もっと と エスカレート して 、 一 年 後 の 今では ほとんど 金髪 に 近い 色 に なって いる 。

徐々に 色 を 変えた こと も あって 、 周り で 祐一 の 金髪 の こと を 冷やかす 者 は い なかった 。

一 度 、 現場主任 の 野坂 から 、「 そうい や 、 お前 の 髪 、 いつの間に 金髪 に なった と や ? 」 と 笑われた 程度 で 、 日々 、 野外 で 仕事 を して いる せい か 、 浅黒い 肌 に 、 金色 の 髪 は さほど 違和感 も なく 、 けっこう 似合って いた の かも しれ ない 。 祐一 は 決して 派手好み の 性格 で は ない のだ が 、 たとえば ユニクロ など へ 仕事用 の トレーナー を 買い に 行く と 、 つい 赤 や ピンク に 手 を 伸ばして しまう こと が あった 。

車 で 店 へ 向かう とき に は 、 黒 や ベージュ の よう な 汚れ が 目立た ない 色 を 買う つもりで 行く のだ が 、 いざ 店 に 入り 、 幾 色 も の トレーナー の 前 に 立つ と 、 ほ と ん ど 無意識に 赤 や ピンク を 手 に 取って しまう のだ 。

どうせ 汚れる んだ 、 どうせ すぐに 汚す んだ 、 と 思えば 思う ほど 、 なぜ かしら つい 、 赤 や ピンク の トレーナー に 手 が 伸びる 。

祐一 の 部屋 の 古い タンス を 開ける と 、 そんな トレーナー や Tシャツ が 山ほど 詰め込ま れて いた 。

どれ も これ も 襟首 は すり切れ 、 裾 すそ の 糸 は ほつれ 、 生地 自体 も 薄く なって いた が 、 そのくせ 色 が 妙に 明るい せい で 、 その 印象 は まるで 寂れて しまった 遊園地 の ようだった 。

それ でも 着古した トレーナー や Tシャツ は 、 よく 汗 や 脂 を 吸い込んで くれた 。 着れば 着る ほど 、 まるで 裸 で いる ような 、 そんな 解放 感 を 味わえた 。

髪 を セット し 終えた 祐一 は 、 腰 を 浮かして ルームミラー に 顔 を 近づけた 。

目 が 少し 血走って いる が 、 ここ 数 日 膨れて いた 眉間 の ニキビ は 消えて いる 。

高校 を 卒業 する まで 、 祐一 は それ こそ 髪 に 櫛 を 入れる こと も ない ような 少年 だった 。

特に 運動 部 に 属して いた わけで も ない のだ が 、 通い 続けていた 近所 の 床屋 で 、 子供 の ころ から 数カ月 に 一 度 いつも と 同じよう に 短く刈って いた 。

あれ は 工業 高校 に 進学 した ばかりの ころ だった か 、 床屋 の 主人 に 、「 祐一 も 、 そろそろ 、 ああして くれ 、 こうして くれ って 、 うるさかこ と 言う ように なる と やろ ねぇ 」 と 言われた こと が ある 。

店 の 大きな 鏡 に は 背 だけ が ひょろっと 伸びた 、 男 の 出来損ない の ような 少年 の 姿 が 映って いた 。

「 なんか 、 注文 が あれば 言うてよ か ぞ 」 と 主人 は 言った 。

自費 で 演歌 レコード を 制作 し 、 その ポスター を 店 の 壁 に 貼って いる ような 男 だった 。

正直 、 注文 と 言わ れて も 、 祐一 に は 何 を どう 注文 すれば いい の か 分から なかった 。

どこ を どう カット すれば 、 どう なって 、 どう なった から と 言って 、 それ が どう なる の か が 分から なかった 。

結局 、 高校 を 卒業 して から も 、 祐一 は この 店 に 通って いた 。

卒業 後 、 小さな 健康 食品 会社 に 就職 した が すぐに 辞めて しばらく 家 で ぶらぶら して いる うち に 、 高校 の 同級 生 に 誘われて カラオケボックス で バイト する ように なった 。

しかし 、 その 店 が 半年 ほど で 潰れて しまい 、 ガソリン スタンド で 数 カ月 、 コンビニ で 数 カ月 と 職 を 変え 、 気 が つく と 二十三 歳 に なって いた 。

今 の 土建屋 で 働く ように なった の は そのころ だった 。 扱い と して は 社員 で は なく 、 日雇い に 近い のだ が 、 ここ の 社長 が 祐一 の 親戚 に 当たり 、 普通 より も 少し だけ 日当 を 高く 設定 して くれて いる 。

この 土建屋 に 勤めて すでに 四 年 目 に なる 。

仕事 は きつい が 、 晴れたら 働き 、 雨 が 降れば 休み と いう こ の 不安定 さ が 、 自分 に は 合って いる と 祐一 は 思う 。 公園 前 の 通り を 走り抜けて いく 車 の 数 は 、 ますます 少なく なって いた 。 つい さっき 二 台 前 に 停 まって いた 車 に 若い カップル が 乗り込んで 走り去った 気配 が 、 まだ その 場 に 残って いる ような 静まり返った 通り だった 。

暗い 公園 沿い の 通り を 、 特に 急ぐ でも なく 歩いて くる 佳乃 の 姿 が 見えた の は その とき だった 。

祐一 は 車内灯 の 下 で 爪 に こびりついた 汚れ を 取って いた 。 数 十 メートル ごと に 並ぶ 街灯 の 下 で 、 佳乃 の 姿 が はっきり と 浮かび 、 また 消えて 、 また 次の 街灯 の 下 で 浮かぶ 。

祐一 は 軽く クラクション を 鳴らした 。

その 音 で 、 一瞬 ビクッ と 佳乃 の 足 が 止まった 。

◇ 二〇〇一 年 十二 月 十 日 、 月曜日 の 朝 、 福岡 市 博多 区 に ある 「 フェアリー 博多 」 の 302 号 室 で 、 谷 元 沙 里 は 珍しく 目覚まし時計 が 鳴る 五 分 前 に 、 自然 と 目 を 覚まして いた 。 元々 、 朝 が 弱く 、 鹿児島 市 内 の 実家 に 暮らして いた とき に は 、 それ こそ 毎朝 、 母親 が 癇癪 を 起こす ほど で 、 実家 を 出て 博多 で 暮らす ように なって から も 、 たまに 母親 から 電話 が かかって くる と 、「 あんた 、 ちゃんと 朝 は 起きられとる の ? 」 と 、 まず 訊かれて しまう 。

朝 が 弱い の に は 、 寝付き が 悪い せい も あった 。

朝 が つらい ので 、 いつも 早めに 布団 に 入る のだ が 、 布団 に 入って 目 を 閉じる と 、 その 日 学校 で 友達 と 話した こと など が 浮かんで きて しまい 、 ああ 、 あの とき は こう 言い返せば よかった 、 ああ 、 あの とき は 先 に 教室 へ 戻って いれば よかった など と 、 大した こと で も ない の に 、 つい うだうだ と 考え 出して しまう のだ 。

ただ 、 それ だけ なら 珍しく も ない のだ が 、 沙 里 の 場合 、 日常 の 些末 な 出来事 へ の 後悔 を して いる つもり が 、 ふと 気 が つく と 、 ある 情景 を 思い描いて いる こと が あった 。

この 情景 を 一言 で 言い表す の は 難しい 。

中学 に 入学 した ばかりの ころ 、 その 情景 は 布団 に 入って も なかなか 眠れない 沙里 の 頭 の 中 に 、 いつの 間 にか 侵入して きて 、 以来 、 どんなに 考えまい と して も 、 必ず 寝る 前 に 出て きて しまう 。

いつ の 時代 な の か は 分から ない 。

昭和 の 初め 、 もしくは もっと 前 ? とにかく 、 その 情景 の 中 で 沙 里 は いつも 小 部屋 に 閉じ込められて おり 、 手 に は ある 女優 の 写真 を 握りしめて いる 。

写真 は 、 その 女優 が い わ ゆる 洋装 を した ピンナップ 写真 の とき も あれば 、 女優 が 主演 する らしい 映画 を 知らせる 新聞 の 切り抜き だったり する 。

沙 里 は その 女優 が 誰 な の か 知ら ない 。

ただ 、 この 空想 の 中 の 自分 は 、 それ が 誰 なの か を 知っていて 、 理由 は 分からない が 、 下唇 を 噛み切って しまう ほど 彼女 に 嫉妬して いる のだ 。

小部屋 に ある 格子 の 入った 窓 から は 、 桜並木 を 颯爽 と 歩いていく 若い 軍人 たち が 見える こと も あれ ば 、 雪合戦 を して 遊ぶ 子供 たち の 声 が 遠く に 聞こえる こと も ある 。

空想 の 中 で 、 沙里 は いつも 「 ここ さえ 出られれば 」 と 歯痒い 思い を して いる 。

ここ さえ 出られれば 、 その 女優 の 代わり に 自分 が 映画 に 出られる こと を 知っている 。

この 空想 に 物語 は ない 。

他 に 登場 人物 が いる わけで も ない 。 ただ 、 沙 里 の 分身 らしい 主人公 の 感情 だけ が 、 眠れ ない 沙 里 に 伝わって くる 。 目覚まし時計 が 鳴る 寸前 に 、 沙 里 は 布団 から 腕 を 出して アラーム を オフ に した 。

鳴ら なかった アラーム が 、 まるで 聞こえた ような 気 が する 。

枕元 に あった 携帯 を 開き 、 やはり 佳乃 から の 連絡 が 入って い ない こ と を 確認 した 。 沙 里 は 布団 を 出る と 、 カーテン を 開けた 。 三 階 の 窓 から は 朝日 を 浴びた 東公園 が 見渡せる 。

昨晩 、 十二 時 ちょっと 前 に 沙 里 は 佳乃 の 携帯 に 電話 を かけた 。

もう 戻って いる だろう と 思って いた のだ が 、 佳乃 は 電話 に 出 なかった 。

沙 里 は 留守電 に 切り替わった 電話 を 切る と 、 ベランダ へ 出て 、 真下 に ある 二階 の 佳乃 の 部屋 を 覗き込んだ 。 電気 は ついて い なかった 。 自分 たち と 別れた あと 、 増尾 圭吾 と 会い 、 すでに 帰って きている と すれば 、 あまりに も 早すぎる 就寝 だった 。

沙里 は 一瞬 迷って から 、 今度 は 眞子 に 連絡 を 入れた 。

こちら は すぐに 出て 、 歯 でも 磨いて いる の か 、 「 もしもし ? 」 と 聞き取り にくい 声 を 出す 。

「 ねぇ 、 佳乃 ちゃん 、 まだ 戻っとらん よ ね ? 」 と 沙 里 は 訊いた 。

「 佳乃 ちゃん ? 」 「 すぐに 戻る みたいな こと 言う とったやろ ? でも 、 今 、 携帯 に 電話 したら 出 らん と よ 」

「 シャワー でも 浴び とる っちゃ ない ? 」 「 でも 、 部屋 の 電気 ついとらん よ 」 「 じゃあ 、 まだ 増尾 くん と 一緒 なんや ない と ? 」 明らかに 眞子 の 声 が 面倒臭 そうだった ので 、「 そう か なぁ 」 と 沙 里 も とりあえず 同意 した 。 「 もう すぐ 帰って くる よ 。 なんか 用 やった ん ? 」 眞子 に 訊かれ 、「 いや 、 そう やない けど ……」 と 答えて 、 電話 を 切った 。

用 が あった わけで は なかった が 、 暗い 公園 の ほう へ 歩いて 行った 佳乃 の 足音 が 、 ふと 耳 に 蘇った のだ 。

普段 なら それ で 忘れて しまう のだ が 、 シャワー を 浴びて 、 布団 に 入って から また なんとなく 気 に なった 。

迷惑だろう と は 思い ながら も 、 もう 一 度 、 佳乃 の 携帯 に かけた 。

ただ 、 今度 は 電源 が 切られて いる の か 、 呼び出し 音 も 鳴らず 、 すぐに 留守電 に 切り替わる 。

その 瞬間 、 博多 駅前 に ある と いう 増尾 圭 吾 の マンション が 目 に 浮かんだ 。 沙 里 は 馬鹿らしく なって 、 携帯 を 枕元 に 投げ出した 。

この 朝 、 沙 里 が 博多 駅前 に ある 博多 営業 所 に 出勤 した の は 、 朝礼 の 始まる 八 時 半 ぎりぎりだった 。

「 フェアリー 博多 」 から 直線 に して 一 キロ ほど の 距離 で 、 沙 里 は いつも 自転車 を 使って いる のだ が 、 たまたま この 朝 、 アパート の 駐輪場 で 自転車 に 乗ろう と して いる と 、

「 今日 、 博多 営業所 に ちょっと 用 が ある と よ 」 と 、 いつも は 地下鉄 で 城南 営業 所 に 通う 眞子 に 声 を かけられ 、 ならば と 、 一緒に 地下鉄 で 向かった のだ 。

第一章 彼女は誰に会いたかったか?【4】 だい ひと しょう|かのじょ は だれ に あい たかった か Kapitel 1 Wen wollte sie treffen? [4 Chapter 1 Who Did She Want to See? [4 Capítulo 1 ¿A quién quería conocer? [4 Chapitre 1 Qui voulait-elle rencontrer ? [4 제1장 그녀는 누구를 만나고 싶었나? (4)【제1장】그녀는 누구를 만나고 싶었나? Hoofdstuk 1 Wie wilde ze ontmoeten? [4 第1章 她想见谁? 【四】 第 1 章 她想见谁?[4

混 んだ 地下鉄 の つ 革 に 掴まって 、 佳乃 は ガラス 窓 に 映る 沙 里 と 眞子 に 言った 。 こん||ちかてつ|||かわ||つかまって|よしの||がらす|まど||うつる|いさご|さと||まさこ||いった Kano hielt sich am Gurt der überfüllten U-Bahn fest und sagte zu Sari und Mako, die sich in der Glasscheibe spiegelten. Grabbed by the leather of the mixed subway, Yoshino told Sha-ri and Mako reflected on the glass window.

「…… 車 は 改造 した スカイライン の GT - | R に 乗って いる し 、 背 は たぶん 増尾 くん より 高い し 、 でも 、 話 と か 、 ほんと 面白く ない と や ん ね 。 くるま||かいぞう||すかいらいん||gt|r||のって|||せ|||ますお|||たかい|||はなし||||おもしろく||||| "... .... The car is on the rebuilt skyline GT - | R, and the tail probably is higher than Masuo, but I guess the story is really funny. それ に なんか 頭 も 悪そうやし 」 「 何 回 くらい 会った と ? |||あたま||わる そう やし|なん|かい||あった| Besides, I'm afraid I'm crazy. "" How many times have you met? 」 眞子 が ガラス 窓 に 向かって 訊いて くる 。 まさこ||がらす|まど||むかって|じん いて| Mako asks at the glass window.

「 二 、 三 回 か な 」 と 佳乃 も やはり ガラス 窓 に 向かって 答えた 。 ふた|みっ|かい||||よしの|||がらす|まど||むかって|こたえた "Isn't it a couple of times?" Yoshino also replied to the glass window.

「 でも 、 長崎 から わざわざ 佳乃 ちゃん に 会い に 福岡 まで 来とったっちゃ ろ ? |ながさき|||よしの|||あい||ふくおか||らい とったっちゃ| "But I took the trouble to visit Kanno from Nagasaki to Fukuoka, right? 」 「 でも 、 一 時間 半 くらい で 着く って 」 |ひと|じかん|はん|||つく| ' Aber sie sagten, es würde etwa anderthalb Stunden dauern, um dorthin zu gelangen. "But it will arrive in about an hour and a half." 「 そんな もん で 来られる ん ? |||こられる| "Can you come with such a thing? 」 「 その 人 、 すごい スピード 出す もん 」 |じん||すぴーど|だす| " "He's a very fast wizard." 「 一緒に ドライブ した と ? いっしょに|どらいぶ|| "We drove together"? 」 「 ドライブ って いう か 、 百道 の ほう 行ったり 」 どらいぶ||||ももぢ|||おこなったり ' "Wir machen einen Ausflug, oder besser gesagt, wir fahren in Richtung Hundred Roads." "Driving, or going to Momochi" ガラス 窓 で 交される 二人 の 会話 を 、 じっと 訊いて いた 沙里 が 、「 百道って 、 ハイアット と か に 泊まった っちゃ ろ ? がらす|まど||こう さ れる|ふた り||かいわ|||じん いて||いさご さと||ももぢって|||||とまった|| Sari, die ihr Gespräch durch das Glasfenster aufmerksam verfolgt hatte, fragte: "Habt ihr nicht in einem Hyatt oder so in Momondo übernachtet? Sari, who had been listening intently to their conversation through the glass window, asked, "Didn't you stay at a Hyatt or something in Momondo? Sari, que estaba escuchando la conversación entre las dos personas a través de la ventana de vidrio, dijo: "Cien caminos, ¿te quedaste en el Hyatt? 」 と 、 少し 声 を 落として 、 佳乃 の 脇腹 を 突つく 。 |すこし|こえ||おとして|よしの||わきばら||つつく ", Slow down a little and poke Yoshino's side.

「 まさか ぁ 、 行くわけない やろ 」 佳乃 は わざと どっち に も 取れる ような 答え 方 を した 。 ||いく わけない||よしの||||||とれる||こたえ|かた|| "No way, I can't go." Yoshino deliberately gave an answer that could be taken either way.

実際 に 行った の は 、 百道 の ハイアット など で は なく 、 博多 湾 に 突き出した 埋め立て 地 に 建つ 「 DUO 2」 と か いう 安い ラブ ホテル だった 。 じっさい||おこなった|||ももぢ|||||||はかた|わん||つきだした|うめたて|ち||たつ|duo||||やすい|らぶ|ほてる| We didn't go to the Hyatt in Hyakudo, but to DUO 2, which is located on a reclaimed land that juts out into Hakata Bay. It was a cheap love hotel. 初めて 祐一 と ソラリア で 待ち合わせた 日 、 その 足 で 近く の ピザ レストラン に 入った 。 はじめて|ゆういち||||まちあわせた|ひ||あし||ちかく||ぴざ|れすとらん||はいった On the day I met Yuichi at Solaria for the first time, we went into a nearby pizza restaurant. El día que conocí a Yuichi y Solaria por primera vez, fui a una pizzería cercana con los pies. 祐一 と いう 男 は 何 を する に も 自信 が ない ようで 、 忙しく 立ち動く ウェイトレス を 呼び止める こと も なかなか できず 、 その ウェイトレス が 料理 を 間違えて 運んできた とき で さえ 、 おろおろ して 文句 の 一つ も 言えなかった 。 ゆういち|||おとこ||なん|||||じしん||||いそがしく|たち うごく|||よびとめる||||でき ず||||りょうり||まちがえて|はこんで きた||||||もんく||ひと つ||いえ なかった Yuichi schien in allem, was er tat, kein Selbstvertrauen zu haben und war nicht in der Lage, eine vielbeschäftigte Kellnerin aufzuhalten, und selbst als sie ihm das falsche Essen brachte, war es ihm zu peinlich, sich zu beschweren. Yuichi seemed to lack self-confidence in everything he did, and he was unable to stop a busy waitress from serving him his food. Un hombre llamado Yuichi no parece tener confianza en lo que hace, y es difícil detener a una camarera ocupada y en movimiento, incluso cuando la camarera lleva la comida por error, y es una de las quejas. No podría decir eso. そんな 態度 を 見る に つけ 、 天神 の バー で 一緒に ダーツ を した とき の 増尾 の 姿 ばかり が 思い出さ れた 。 |たいど||みる|||てんじん||ばー||いっしょに||||||ますお||すがた|||おもいださ| Diese Einstellung erinnerte mich an die Zeit, als wir in einer Bar in Tenjin zusammen Darts spielten. Seeing his attitude reminded me of the time we played darts together at a bar in Tenjin.

「 フェアリー 博多 」 に 入居 した ばかりの ころ 、 佳乃 は 一 時期 「 出会い 系 サイト 」 に ハマ った 。 |はかた||にゅうきょ||||よしの||ひと|じき|であい|けい|さいと||はま| Fee, Hakata". Damals hatte Kano gerade ihre erste Wohnung über eine "Dating-Website" bezogen. Als ich das erste Mal in ein Restaurant ging, war ich süchtig. "Fairy Hakata" She was a one-time "dating site" when she first moved into her new apartment. I was hooked.

まだ 沙 里 や 眞子 と 仲良く なる 前 で 、 夜 、 アパート の 部屋 で 一 人 過ごす の が 退屈で 、 常時 メール を 交換 する いわゆる メル 友 が 十 人 以上 は いた 。 |いさご|さと||まさこ||なかよく||ぜん||よ|あぱーと||へや||ひと|じん|すごす|||たいくつで|じょうじ|めーる||こうかん||||とも||じゅう|じん|いじょう|| Bevor ich mich mit Sari und Mako anfreundete, langweilte es mich, nachts allein in meiner Wohnung zu sein, und ich hatte mehr als zehn so genannte "Mel-Freunde", mit denen ich ständig E-Mails austauschte. Before I became friends with Sari and Mako, I was bored spending time alone in my apartment at night, and had more than ten so-called "e-mail friends" with whom I constantly exchanged e-mails. その 誰 も が 自分 と 会い た がって いた 。 |だれ|||じぶん||あい||| All of them were eager to meet him.

夜 、 アパート の 部屋 で 、 その 誘い の メール に 断り の 返信 を 打って いる と 、 まるで 自分 が とても 忙しい 女 に なった ような 気 が した 。 よ|あぱーと||へや|||さそい||めーる||ことわり||へんしん||うって||||じぶん|||いそがしい|おんな||||き|| As I sat in my apartment at night replying to those invitations, I felt as if I had become a very busy woman. 実際 は 、 まだ 馴染め ない 博多 と いう 街 の 片隅 で 、 忙しく 親指 を 動かして いた だけ だった のに 。 じっさい|||なじめ||はかた|||がい||かたすみ||いそがしく|おやゆび||うごかして|||| Actually, I was just busy moving my thumb in a corner of the city of Hakata, which I'm still unfamiliar with.

沙 里 や 眞子 と 仲良く なって から 、 佳乃 が メル 友 と 過ごす 一 人 の 時間 は なく なった 。 いさご|さと||まさこ||なかよく|||よしの|||とも||すごす|ひと|じん||じかん||| Since becoming friends with Sari and Mako, Kano no longer spends time alone with her friends.

それ が 今年 の 十 月 に 増尾 と 出会い 、 メルアド を 訊かれた に も かかわらず 、 なかなか メール が 来ない こと に 焦れて 、 つい また その 手 の サイト に 登録した のだ 。 ||ことし||じゅう|つき||ますお||であい|||じん かれた|||かかわら ず||めーる||こ ない|||じれて||||て||さいと||とうろく した| Dann, im Oktober dieses Jahres, traf ich Masuo, und obwohl er mich nach meiner E-Mail-Adresse fragte, wurde ich ungeduldig, als er mir nicht zurückschickte, also meldete ich mich wieder auf dieser Art von Website an. Then, in October of this year, I met Masuo, and although he asked me for my e-mail address, I was so impatient that I didn't receive any e-mails from him that I registered on that kind of site again.

結果 、 三 日 ほど で 百通近い メール が あった 。 けっか|みっ|ひ|||ひゃく つう ちかい|めーる|| Infolgedessen erhielten wir innerhalb von drei Tagen fast hundert E-Mails. As a result, we received nearly one hundred e-mails in about three days. もちろん 中 に は ストレートに 援助 交際 を 求めて くる 者 も いた が 、 まず 年齢 で 選り分けて 、 その 次に 、 書か れた 言葉 で 年齢 詐称 を 判断 し 、 適当な 何 人 か に だけ 返信 を した 。 |なか|||すとれーとに|えんじょ|こうさい||もとめて||もの|||||ねんれい||えりわけて||つぎに|かか||ことば||ねんれい|さしょう||はんだん||てきとうな|なん|じん||||へんしん|| Of course, some of them were straight-forward in their requests for assistance, but I first sorted them by age, then judged age falsification by the words they wrote, and replied only to those who were appropriate. その 中 の 一 人 が 清水 祐一 だった 。 |なか||ひと|じん||きよみず|ゆういち| One of them was Yuichi Shimizu. 送ら れて きた メール に は 《 車 に 興味 が ある 》 と 書か れて あった 。 おくら|||めーる|||くるま||きょうみ||||かか|| The email I received stated that I was "interested in cars.

佳乃 は その 時期 、 増尾 が 乗って いる と いう アウディ の 助手 席 に 座る 自分 の 姿 ばかり を 想像 して いた 。 よしの|||じき|ますお||のって||||||じょしゅ|せき||すわる|じぶん||すがた|||そうぞう|| At that time, Kano imagined herself sitting in the passenger seat of Masuo's Audi. まだ 誘い の メール も 来ない のに 、 増尾 と どこ へ 行く か と か 、 車内 で 誰 の CD を 聴く か と か 、 そんな こと ばかり を 夢想 していた 。 |さそい||めーる||こ ない||ますお||||いく||||くるま ない||だれ||cd||きく||||||||むそう|して いた I hadn't even received an invitation yet, and all I could think about was where to go with Masuo, whose CDs to listen to in the car, and so on. もしかすると それ が 、 百 通 近い メール の 中 で 、 祐一 の メール に ふと 引っかかった 要因 だった の かも しれ ない 。 |||ひゃく|つう|ちかい|めーる||なか||ゆういち||めーる|||ひっかかった|よういん||||| That may have been the reason why Yuichi's e-mail caught my attention out of the nearly one hundred e-mails I received.

待ち合わせ 場所 で 初めて 祐一 を 見た 瞬間 に は 、「 今 は 誰 と も 付き合う 気 が ない 」 と か 、「 彼 氏 は いる けど 、 今 、 ちょっと うまく 行って ない 」 と か 、 電話 や メール で 適当な こと を 言った 自分 に 少し 後悔 した のだ が 、 時間 が 経つ に つれ 、 どこ か おどおど した 祐一 の 態度 ばかり が 目立ち 、 その 上 、 やっと 口 を 開いた か と 思えば 、 オチ も ない 車 の 話 ばかり で 、 正直 、「 こりゃ 、 ハズレ だ な 」 と 心 の 中 で 呟いて いた 。 まちあわせ|ばしょ||はじめて|ゆういち||みた|しゅんかん|||いま||だれ|||つきあう|き|||||かれ|うじ||||いま|||おこなって||||でんわ||めーる||てきとうな|||いった|じぶん||すこし|こうかい||||じかん||たつ|||||||ゆういち||たいど|||めだち||うえ||くち||あいた|||おもえば|おち|||くるま||はなし|||しょうじき||||||こころ||なか||つぶやいて| The moment he saw Yuichi for the first time at the meeting place, he said, "I'm not interested in going out with anyone right now. Or, "I have a boyfriend, but things aren't going so well right now." I felt a little sorry for what I had said on the phone or by e-mail, but as time went by, I noticed Yuichi's attitude of being somewhat frightened, and when he finally opened his mouth, he talked about cars without any punchline. I was muttering to myself.

実際 、 佳乃 は ただ ドライブ が したかった わけで は なかった 。 じっさい|よしの|||どらいぶ||し たかった||| In fact, Yoshino did not just want to drive.

誰 も が 羨む 、 たとえば 増尾 圭 吾 の ような 男 の 車 で 、 颯爽 と 博多 の 街 を 走り抜けたかった のだ 。 だれ|||うらやむ||ますお|けい|われ|||おとこ||くるま||さっそう||はかた||がい||はしりぬけ たかった| Everyone was jealous of it, for example, in a man's car like Keigo Masoo, who wanted to dash through the city of Hakata. そう なる と 、 長崎 で 土木 作業 員 を して い る と いう 祐一 の 無骨な 手 も 、 野性 的な もの で は なく 、 単に こき使われた 労働者 の 手 に 変わって しまった 。 |||ながさき||どぼく|さぎょう|いん|||||||ゆういち||ぶこつな|て||やせい|てきな|||||たんに|こきつかわれた|ろうどう しゃ||て||かわって| Dann waren Yuichis raue Hände als Tiefbauarbeiter in Nagasaki nicht mehr wild, sondern einfach die eines Arbeiters. Then, Yuichi's rugged hands, which were used to work as a civil engineer in Nagasaki, were no longer wild hands but merely the hands of an overworked laborer.

中洲川端駅 から 二つ目 、 千代県庁口 駅 で 地下鉄 を 降りた 佳乃 たち 三 人 は 、 狭い 階段 を 上がって 市民 体育館 の 裏 に 出た 。 なか すかわ はし えき||ふた つ め|ちよ けんちょう くち|えき||ちかてつ||おりた|よしの||みっ|じん||せまい|かいだん||あがって|しみん|たいいく かん||うら||でた After getting off the subway at the second station from Nakasu Kawabata Station, Kano and the three of us went up the narrow stairs to the back of the Civic Gymnasium.

決して 寂しい 町 で は ない のだ が 、 県庁 を 中心 に した この 界隈 は 、 夜 、 それも 週末 の 夜 と も なる と 、 まるで 夢 の 中 に 出てくる 街 の ように シンと 静まり返る 。 けっして|さびしい|まち||||||けんちょう||ちゅうしん||||かいわい||よ|それ も|しゅう まつ||よ||||||ゆめ||なか||でて くる|がい|||しんと|しずまりかえる It is not a lonely town, but at night, especially on weekends, this neighborhood, centered around the prefectural office, is as quiet as a town in a dream. 「 どこ で 待ち合わせ しとう と ? ||まちあわせ|| "Where did you say you wanted to meet? 」 前 を 歩く 眞子 に 訊かれ 、 佳乃 は 一瞬 迷って 、「 えっと 、 吉塚駅前 」 と 嘘 を ついた 。 ぜん||あるく|まさこ||じん かれ|よしの||いっしゅん|まよって||よしづか えきまえ||うそ|| " When asked by Mako, who was walking in front of her, Kano was lost for a moment and then answered, "Um, in front of Yoshizuka Station. He lied to me. まさか 二 人 が こっそり と あと を つけて くる わけ も ない のだ が 、 これ から 増尾 と 会う と 嘘 を ついて いる ので 、 なんとなく 警戒 した の だ 。 |ふた|じん|||||||||||||||ますお||あう||うそ||||||けいかい||| Die beiden würden mir auf keinen Fall hinterherschleichen, aber da sie gelogen hatten, um Masuo zu treffen, war ich etwas misstrauisch. There is no way that the two of them would follow him secretly, but when he met Masuo from now on, he was lying, so he was wary of it.

「 駅 まで 一 人 で 大丈夫 ? えき||ひと|じん||だいじょうぶ "Are you sure you can make it to the station by yourself? 」 薄暗い 公園 脇 を 歩いて きた せい か 、 眞子 が 心配 して くれた 。 うすぐらい|こうえん|わき||あるいて||||まさこ||しんぱい|| " Mako was worried about me, probably because I had walked along the side of the park in the dim light. 「 うん 、 大丈夫 」 佳乃 が 笑顔 で 頷く と 、「 それ じゃあ 、 先 に 帰 っと る ね 」 と 、 さっさと 沙 里 が 道 を 曲がる 。 |だいじょうぶ|よしの||えがお||うなずく||||さき||かえ||||||いさご|さと||どう||まがる "Yeah, I'm fine." When Kano nodded with a smile, she said, "Well then, I'll go home first. Sari quickly turned down the road.

祐一 と 待ち合わせ を して いる 公園 正門 まで は 、 もう しばらく この 薄暗い 道 を 進んで 行か なければ なら ない 。 ゆういち||まちあわせ||||こうえん|せいもん||||||うすぐらい|どう||すすんで|いか||| I have to walk along this dimly lit road for a while longer to get to the main gate of the park where Yuichi is waiting for me. 街灯 の 下 に ポスト の ある 角 で 二 人 と 別れ 、 佳乃 は 少し 歩調 を 速めて 薄暗い 道 を 歩き 出した 。 がいとう||した||ぽすと|||かど||ふた|じん||わかれ|よしの||すこし|ほちょう||はやめて|うすぐらい|どう||あるき|だした An der Ecke, wo ein Briefkasten unter einer Straßenlaterne steht, verlässt Kano sie und geht die schwach beleuchtete Straße in etwas schnellerem Tempo entlang. She left them at the corner where there was a post box under a street lamp and started to walk down the dimly lit street.

角 を 曲がって 「 フェアリー 博多 」 に 向かった 二 人 の 足音 が しばらく 背中 に 聞こえて いた が 、 それ も 次第に 遠く な り 、 いつの間にか 自分 の 足音 だけ が 細い 歩道 に 響く 。 かど||まがって||はかた||むかった|ふた|じん||あしおと|||せなか||きこえて|||||しだいに|とおく|||いつのまにか|じぶん||あしおと|||ほそい|ほどう||ひびく Turn the corner to "Fairy Hakata". The sound of their footsteps on the narrow sidewalk echoed in my back for a while, but they became more and more distant, and before I knew it, only my own footsteps were echoing on the narrow sidewalk.

すでに 十 時 四十六 分 に なって いた 。 |じゅう|じ|しじゅうろく|ぶん||| It was already 10:46. Ya eran las diez y cuarenta y seis minutos.

ただ 、 本当に 三 分 も あれば 話 は 済む 。 |ほんとうに|みっ|ぶん|||はなし||すむ But really, the conversation can be over in three minutes. わざわざ 時間 を かけて 長崎 から 来て もらった の は 申し訳ない が 、 それ も 向こう が 、 約束 して いた 一万八千 円 を どうしても 今夜 返 し たい から と 、 しつこく 言った から な のだ 。 |じかん|||ながさき||きて||||もうしわけない||||むこう||やくそく|||いちまんはっせん|えん|||こんや|かえ||||||いった||| Es tut mir leid, dass sie den weiten Weg von Nagasaki auf sich genommen haben, aber sie haben darauf bestanden, die 18.000 Yen zurückzugeben, die sie heute Abend versprochen hatten. I am sorry that they took the time to come all the way from Nagasaki, but it was because they insisted on paying back the 18,000 yen they had promised tonight. 会う 時間 は ない から 、 振り込んで くれ 、 と 佳乃 が 頼んだ に も かかわらず 。 あう|じかん||||ふりこんで|||よしの||たのんだ|||かかわら ず Trotz Kanos Bitte, das Geld auf die Bank zu überweisen, da er keine Zeit hatte, ihn zu treffen. Despite Kano's request that he transfer the money to the bank because she didn't have time to meet with him.

公園 沿い の 道 を 次第に 遠ざかって いく 佳乃 の 足音 を 、 眞子 と 沙 里 も 同じ ように 背中 で 聞いて いた 。 こうえん|ぞい||どう||しだいに|とおざかって||よしの||あしおと||まさこ||いさご|さと||おなじ||せなか||きいて| Mako und Sari hörten auch Kanos Schritte, als sie sich im Park immer weiter von ihnen entfernte. Mako and Sari were listening to the footsteps of Yoshino, who was gradually moving away from the road along the park, on her back as well.

通り の 先 に 煌々 と 明かり を 照らした 「 フェアリー 博多 」 の エントランス が 見える 。 とおり||さき||こうこう||あかり||てらした||はかた||||みえる Fairy Hakata" with twinkling lights at the end of the street. The entrance of the building can be seen.

「 佳乃 ちゃん 、 ほんとに すぐ 帰って くる と か なぁ 」 よしの||||かえって|||| "Kano, I really hope you're coming home soon."

遠ざかる 足音 に 、 ちらっと 背後 を 振り返った 眞子 が 言った 。 とおざかる|あしおと|||はいご||ふりかえった|まさこ||いった Mako glanced back at the sound of footsteps moving away from her.

その 声 に つられて 沙 里 が 振り返る と 、 モノクロ 写真 の ような 通り に 、 ぽつんと 赤い ポスト だけ が 浮き上がって 見える 。 |こえ|||いさご|さと||ふりかえる|||しゃしん|||とおり|||あかい|ぽすと|||うきあがって|みえる When Sari turned around by the voice, she saw a red post floating on the street like a black-and-white photograph.

「 ねぇ 、 ほんとに 佳乃 ちゃん 、 増尾 くん に 会い に 行った と 思う ? ||よしの||ますお|||あい||おこなった||おもう "Hey, do you really think Kano went to see Masuo?

」 ふと 沙 里 の 口 から そんな 言葉 が こぼれた 。 |いさご|さと||くち|||ことば|| 「 どういう こと ? …… じゃあ 、 佳乃 ちゃん 、 どこ 行った と ? |よしの|||おこなった| ...... So, Kano, where did you say she went? 」 相変わらず 眞子 が 呑気 そうに 首 を 傾げる 。 あいかわらず|まさこ||のんき|そう に|くび||かしげる " Mako is still tipping her head in a somber manner. 「 私 、 なんか 佳乃 ちゃん と 増尾 くん の 関係 って 信じ 切れ ん ちゃん ねぇ 」 わたくし||よしの|||ますお|||かんけい||しんじ|きれ||| I just can't believe that Kano and Masuo are related.

「 だって 、 佳乃 ちゃん 、 最近 よく デート に 出かけとろう ? |よしの||さいきん||でーと||でかけ とろう I'm sure you've been going out on dates a lot lately, haven't you, Kano? 」 「 でも 、 二 人 が 一緒の ところ 、 私 たち 見た こと な いや ん ? |ふた|じん||いっしょの||わたくし||みた|||| " But we've never seen the two of you together, have we? 今 だって 、 もしかしたら コンビニ と か に 行った だ け かも よ 」 そう 言った 沙 里 の 言葉 を 、「 まさかぁ 」 と 眞子 は 笑い飛ばした 。 いま|||こんびに||||おこなった||||||いった|いさご|さと||ことば||まさか ぁ||まさこ||わらいとばした Right now, I might have just gone to the convenience store or something." I heard you say that, Sari. Mako laughed it off.

車内灯 を つける と 、 祐一 は ルームミラー を くるり と 自分 の ほう に 回した 。 くるまない とう||||ゆういち||||||じぶん||||まわした Yuichi turned on the interior light and turned the rearview mirror toward himself.

真っ暗な 車 内 に 自分 の 顔 だけ が ぼんやり と 映って いる 。 まっくらな|くるま|うち||じぶん||かお|||||うつって| In the pitch-black interior of the car, only my face appears blurred. 祐一 は 首 を 左右 に 動かして 、 手櫛 で 髪 を 整えた 。 ゆういち||くび||さゆう||うごかして|て くし||かみ||ととのえた Yuichi moved his head from side to side and brushed his hair with a hand comb. どちら か と いう と 柔らかい 猫っ毛 で 、 細い 髪 が 無骨な 指 の あいだ を さらさら と 流れて いく 。 |||||やわらかい|ねこっけ||ほそい|かみ||ぶこつな|ゆび||||||ながれて| Sie hat ziemlich weiches Katzenhaar, und ihr feines Haar fließt frei zwischen ihren stumpfen Fingern. Her hair is rather soft and catlike, and her fine hair flows freely between her blunt fingers.

去年 の 春先 に 、 祐一 は 生まれて 初めて 髪 を 染めた 。 きょねん||はるさき||ゆういち||うまれて|はじめて|かみ||そめた Last spring, Yuichi dyed his hair for the first time in his life.

最初 は 、 黒 と 言って も いい ような 茶色 に した のだ が 、 それ が 現場 の 仕事 仲間 に 気づか れ なかった こと も あって 、 次に もう 少し 明るい 茶色 に 変え 、 その 次 は もっと 明るい 色 、 その 次 は もっと と エスカレート して 、 一 年 後 の 今では ほとんど 金髪 に 近い 色 に なって いる 。 さいしょ||くろ||いって||||ちゃいろ|||||||げんば||しごと|なかま||きづか||||||つぎに||すこし|あかるい|ちゃいろ||かえ||つぎ|||あかるい|いろ||つぎ||||えすかれーと||ひと|とし|あと||いまでは||きんぱつ||ちかい|いろ||| At first, I went with a brown that was almost black, but because my colleagues in the field didn't notice it, I changed to a lighter brown, then to a lighter color, then to a lighter color, then to a lighter color, and so on, escalating to almost blonde a year later.

徐々に 色 を 変えた こと も あって 、 周り で 祐一 の 金髪 の こと を 冷やかす 者 は い なかった 。 じょじょに|いろ||かえた||||まわり||ゆういち||きんぱつ||||ひやかす|もの||| Aufgrund des allmählichen Farbwechsels war niemand in Yuichis Umfeld von seinem blonden Haar überrascht. Because of the gradual change in color, no one around Yuichi was cold to his blonde hair.

一 度 、 現場主任 の 野坂 から 、「 そうい や 、 お前 の 髪 、 いつの間に 金髪 に なった と や ? ひと|たび|げんば しゅにん||のさか||そう い||おまえ||かみ|いつのまに|きんぱつ|||| Once, Nosaka, the site supervisor, said to me, "Oh, yeah, when did your hair become blonde? 」 と 笑われた 程度 で 、 日々 、 野外 で 仕事 を して いる せい か 、 浅黒い 肌 に 、 金色 の 髪 は さほど 違和感 も なく 、 けっこう 似合って いた の かも しれ ない 。 |えみわれた|ていど||ひび|やがい||しごと||||||あさぐろい|はだ||きんいろ||かみ|||いわかん||||にあって||||| " Perhaps it was because I work outdoors every day, but my dark skin and golden hair did not look out of place on me. 祐一 は 決して 派手好み の 性格 で は ない のだ が 、 たとえば ユニクロ など へ 仕事用 の トレーナー を 買い に 行く と 、 つい 赤 や ピンク に 手 を 伸ばして しまう こと が あった 。 ゆういち||けっして|はで よしみ||せいかく||||||||||しごと よう||とれーなー||かい||いく|||あか||ぴんく||て||のばして|||| Yuichi is not a showy person, but when he went to UNIQLO to buy sweatshirts for work, he would always end up buying red or pink ones.

車 で 店 へ 向かう とき に は 、 黒 や ベージュ の よう な 汚れ が 目立た ない 色 を 買う つもりで 行く のだ が 、 いざ 店 に 入り 、 幾 色 も の トレーナー の 前 に 立つ と 、 ほ と ん ど 無意識に 赤 や ピンク を 手 に 取って しまう のだ 。 くるま||てん||むかう||||くろ||||||けがれ||めだた||いろ||かう||いく||||てん||はいり|いく|いろ|||とれーなー||ぜん||たつ||||||むいしきに|あか||ぴんく||て||とって|| When I drive to the store, I always plan to buy black or beige, colors that don't show dirt, but when I enter the store and stand in front of the many colors of sweatshirts, I almost always unconsciously pick up a red or pink one.

どうせ 汚れる んだ 、 どうせ すぐに 汚す んだ 、 と 思えば 思う ほど 、 なぜ かしら つい 、 赤 や ピンク の トレーナー に 手 が 伸びる 。 |けがれる||||けがす|||おもえば|おもう|||||あか||ぴんく||とれーなー||て||のびる The more I think about how dirty they are and how quickly they will get dirty, the more I reach for my red and pink sweatshirts.

祐一 の 部屋 の 古い タンス を 開ける と 、 そんな トレーナー や Tシャツ が 山ほど 詰め込ま れて いた 。 ゆういち||へや||ふるい|たんす||あける|||とれーなー||t しゃつ||やまほど|つめこま|| When I opened the old wardrobe in Yuichi's room, I found a pile of such sweatshirts and T-shirts.

どれ も これ も 襟首 は すり切れ 、 裾 すそ の 糸 は ほつれ 、 生地 自体 も 薄く なって いた が 、 そのくせ 色 が 妙に 明るい せい で 、 その 印象 は まるで 寂れて しまった 遊園地 の ようだった 。 ||||えりくび||すりきれ|すそ|||いと|||きじ|じたい||うすく|||||いろ||みょうに|あかるい||||いんしょう|||さびれて||ゆうえんち|| In each case, the neckline was worn, the thread at the hem was frayed, and the fabric itself was thin, but the strangely bright color of the fabric made the impression of an amusement park that was lonely.

それ でも 着古した トレーナー や Tシャツ は 、 よく 汗 や 脂 を 吸い込んで くれた 。 ||ちゃく ふる した|とれーなー||t しゃつ|||あせ||あぶら||すいこんで| But worn sweatshirts and T-shirts absorbed sweat and grease very well. 着れば 着る ほど 、 まるで 裸 で いる ような 、 そんな 解放 感 を 味わえた 。 きれば|きる|||はだか|||||かいほう|かん||あじわえた Je öfter ich es trug, desto freier fühlte ich mich, als wäre ich nackt. The more I wore it, the more I felt like I was naked.

髪 を セット し 終えた 祐一 は 、 腰 を 浮かして ルームミラー に 顔 を 近づけた 。 かみ||せっと||おえた|ゆういち||こし||うかして|||かお||ちかづけた Yuichi, who had finished setting his hair, raised his head to the rear view mirror.

目 が 少し 血走って いる が 、 ここ 数 日 膨れて いた 眉間 の ニキビ は 消えて いる 。 め||すこし|ちばしって||||すう|ひ|ふくれて||みけん||||きえて| Her eyes are a little bloodshot, but the pimple between her eyes that had been swelling for the past few days has disappeared.

高校 を 卒業 する まで 、 祐一 は それ こそ 髪 に 櫛 を 入れる こと も ない ような 少年 だった 。 こうこう||そつぎょう|||ゆういち||||かみ||くし||いれる|||||しょうねん| Bis zu seinem Schulabschluss war Yuichi ein Junge, der sein Haar nie kämmte. Until he graduated from high school, Yuichi was the kind of boy who never combed his hair.

特に 運動 部 に 属して いた わけで も ない のだ が 、 通い 続けていた 近所 の 床屋 で 、 子供 の ころ から 数カ月 に 一 度 いつも と 同じよう に 短く刈って いた 。 とくに|うんどう|ぶ||ぞくして|||||||かよい|つづけて いた|きんじょ||とこや||こども||||すう かげつ||ひと|たび|||おなじ よう||みじかく かって| I was not a member of any particular athletic club, but I had been going to a neighborhood barbershop every few months since I was a child, and I always got a short haircut as I usually did.

あれ は 工業 高校 に 進学 した ばかりの ころ だった か 、 床屋 の 主人 に 、「 祐一 も 、 そろそろ 、 ああして くれ 、 こうして くれ って 、 うるさかこ と 言う ように なる と やろ ねぇ 」 と 言われた こと が ある 。 ||こうぎょう|こうこう||しんがく||||||とこや||あるじ||ゆういち||||||||うるさ かこ||いう|||||||いわれた||| Es war wahrscheinlich, als er gerade in die Fachoberschule gekommen war, als er zu seinem Friseur sagte: "Yuichi, es wird Zeit, dass du anfängst, mich zu diesem oder jenem zu drängen." Man hat mir gesagt, dass ich ein "guter Mensch" bin. It was probably when he had just entered a technical high school, and he told his barber, "Yuichi, I think it's about time you started nagging me to do it this way and that way, don't you? I was once told, "I'm not a good person.

店 の 大きな 鏡 に は 背 だけ が ひょろっと 伸びた 、 男 の 出来損ない の ような 少年 の 姿 が 映って いた 。 てん||おおきな|きよう|||せ|||ひ ょろっと|のびた|おとこ||でき そこない|||しょうねん||すがた||うつって| Der große Spiegel des Ladens spiegelte das Bild eines Jungen wider, der groß und schlaksig war und wie ein Mann aussah, der für diese Aufgabe nicht geeignet war. In the large mirror of the store, there was a boy who looked like a half-breed, standing tall and tall.

「 なんか 、 注文 が あれば 言うてよ か ぞ 」 と 主人 は 言った 。 |ちゅうもん|||げん うてよ||||あるじ||いった "If you have any orders, just let me know." My husband said.

自費 で 演歌 レコード を 制作 し 、 その ポスター を 店 の 壁 に 貼って いる ような 男 だった 。 じひ||えんか|れこーど||せいさく|||ぽすたー||てん||かべ||はって|||おとこ| He was the kind of man who produced Enka records at his own expense and put posters of them on the walls of his store.

正直 、 注文 と 言わ れて も 、 祐一 に は 何 を どう 注文 すれば いい の か 分から なかった 。 しょうじき|ちゅうもん||いわ|||ゆういち|||なん|||ちゅうもん|||||わから| Um ehrlich zu sein, wusste Yuichi nicht, was er bestellen sollte oder wie er es bestellen sollte. To be honest, Yuichi did not know what to order or how to order it.

どこ を どう カット すれば 、 どう なって 、 どう なった から と 言って 、 それ が どう なる の か が 分から なかった 。 |||かっと||||||||いって||||||||わから| Ich wusste nicht, wo ich schneiden sollte, was ich tun sollte, und was ich damit machen sollte, nur weil es fertig war. I didn't know where to cut, how to cut, or what to do with it.

結局 、 高校 を 卒業 して から も 、 祐一 は この 店 に 通って いた 。 けっきょく|こうこう||そつぎょう||||ゆういち|||てん||かよって| In the end, Yuichi continued to go to this store after graduating from high school.

卒業 後 、 小さな 健康 食品 会社 に 就職 した が すぐに 辞めて しばらく 家 で ぶらぶら して いる うち に 、 高校 の 同級 生 に 誘われて カラオケボックス で バイト する ように なった 。 そつぎょう|あと|ちいさな|けんこう|しょくひん|かいしゃ||しゅうしょく||||やめて||いえ|||||||こうこう||どうきゅう|せい||さそわれて|||ばいと||| After graduation, I got a job at a small health food company, but I soon quit and stayed home for a while.

しかし 、 その 店 が 半年 ほど で 潰れて しまい 、 ガソリン スタンド で 数 カ月 、 コンビニ で 数 カ月 と 職 を 変え 、 気 が つく と 二十三 歳 に なって いた 。 ||てん||はんとし|||つぶれて||がそりん|すたんど||すう|かげつ|こんびに||すう|かげつ||しょく||かえ|き||||にじゅうさん|さい||| However, the store went out of business after about six months, and I changed jobs, working at a gas station for a few months, then at a convenience store for a few months, until I found myself at the age of 23.

今 の 土建屋 で 働く ように なった の は そのころ だった 。 いま||どけん や||はたらく|||||| Zu dieser Zeit fing ich an, für das heutige Bauunternehmen zu arbeiten. It was around that time that I began working for the construction company I work for today. 扱い と して は 社員 で は なく 、 日雇い に 近い のだ が 、 ここ の 社長 が 祐一 の 親戚 に 当たり 、 普通 より も 少し だけ 日当 を 高く 設定 して くれて いる 。 あつかい||||しゃいん||||ひやとい||ちかい|||||しゃちょう||ゆういち||しんせき||あたり|ふつう|||すこし||にっとう||たかく|せってい||| Obwohl er nicht wie ein Angestellter, sondern eher wie ein Tagelöhner behandelt wird, ist der Präsident des Unternehmens ein Verwandter von Yuichi und zahlt ihm einen etwas höheren Tageslohn als üblich. Although he is not treated as an employee but more like a day laborer, the president of the company is a relative of Yuichi and gives him a slightly higher daily wage than usual.

この 土建屋 に 勤めて すでに 四 年 目 に なる 。 |どけん や||つとめて||よっ|とし|め|| I have been working for this construction company for four years now.

仕事 は きつい が 、 晴れたら 働き 、 雨 が 降れば 休み と いう こ の 不安定 さ が 、 自分 に は 合って いる と 祐一 は 思う 。 しごと||||はれたら|はたらき|あめ||ふれば|やすみ|||||ふあんてい|||じぶん|||あって|||ゆういち||おもう Die Arbeit ist hart, aber Yuichi ist der Meinung, dass die Unbeständigkeit, bei Sonnenschein zu arbeiten und bei Regen eine Auszeit zu nehmen, ihm entgegenkommt. Although the work is demanding, Yuichi thinks that the instability of working when it is sunny and taking a day off when it rains suits him well. 公園 前 の 通り を 走り抜けて いく 車 の 数 は 、 ますます 少なく なって いた 。 こうえん|ぜん||とおり||はしりぬけて||くるま||すう|||すくなく|| The number of cars driving through the streets in front of the park was decreasing more and more. つい さっき 二 台 前 に 停 まって いた 車 に 若い カップル が 乗り込んで 走り去った 気配 が 、 まだ その 場 に 残って いる ような 静まり返った 通り だった 。 ||ふた|だい|ぜん||てい|||くるま||わかい|かっぷる||のりこんで|はしりさった|けはい||||じょう||のこって|||しずまりかえった|とおり| Die Straße war so ruhig, dass man noch die Andeutung eines jungen Paares hörte, das in ein zwei Autos weiter geparktes Auto einstieg und wegfuhr. The street was so quiet that there was still a hint of a young couple getting into a car parked two cars ahead of us and driving away.

暗い 公園 沿い の 通り を 、 特に 急ぐ でも なく 歩いて くる 佳乃 の 姿 が 見えた の は その とき だった 。 くらい|こうえん|ぞい||とおり||とくに|いそぐ|||あるいて||よしの||すがた||みえた||||| In diesem Moment sah ich Kano, der ohne besondere Eile die dunkle Straße im Park entlangging. It was then that I saw Kano walking down the dark street along the park in no particular hurry.

祐一 は 車内灯 の 下 で 爪 に こびりついた 汚れ を 取って いた 。 ゆういち||くるまない とう||した||つめ|||けがれ||とって| Yuichi stand unter der Innenbeleuchtung des Autos und entfernte Schmutz von seinen Fingernägeln. Yuichi was removing the dirt that had stuck to his nails under the car interior light. 数 十 メートル ごと に 並ぶ 街灯 の 下 で 、 佳乃 の 姿 が はっきり と 浮かび 、 また 消えて 、 また 次の 街灯 の 下 で 浮かぶ 。 すう|じゅう|めーとる|||ならぶ|がいとう||した||よしの||すがた||||うかび||きえて||つぎの|がいとう||した||うかぶ Under the streetlights, which line up several tens of meters apart, Kano's figure clearly appears, then disappears again, and then appears again under the next streetlight.

祐一 は 軽く クラクション を 鳴らした 。 ゆういち||かるく|||ならした Yuichi lightly honked his horn.

その 音 で 、 一瞬 ビクッ と 佳乃 の 足 が 止まった 。 |おと||いっしゅん|||よしの||あし||とまった Das Geräusch ließ Kanos Beine einen Moment lang stillstehen. The sound made Kano's legs stop for a moment.

◇ 二〇〇一 年 十二 月 十 日 、 月曜日 の 朝 、 福岡 市 博多 区 に ある 「 フェアリー 博多 」 の 302 号 室 で 、 谷 元 沙 里 は 珍しく 目覚まし時計 が 鳴る 五 分 前 に 、 自然 と 目 を 覚まして いた 。 ふた|ひと|とし|じゅうに|つき|じゅう|ひ|げつようび||あさ|ふくおか|し|はかた|く||||はかた||ごう|しつ||たに|もと|いさご|さと||めずらしく|めざましどけい||なる|いつ|ぶん|ぜん||しぜん||め||さまして| On Monday morning, December 10, 2001, at the "Fairy Hakata" in Hakata Ward, Fukuoka City In room 302 of the "K" LINE, Sari Tanimoto naturally woke up five minutes before the alarm clock rang, which was a rare occurrence for her. 元々 、 朝 が 弱く 、 鹿児島 市 内 の 実家 に 暮らして いた とき に は 、 それ こそ 毎朝 、 母親 が 癇癪 を 起こす ほど で 、 実家 を 出て 博多 で 暮らす ように なって から も 、 たまに 母親 から 電話 が かかって くる と 、「 あんた 、 ちゃんと 朝 は 起きられとる の ? もともと|あさ||よわく|かごしま|し|うち||じっか||くらして|||||||まいあさ|ははおや||かんしゃく||おこす|||じっか||でて|はかた||くらす||||||ははおや||でんわ|||||||あさ||おきられ とる| When I was living with my parents in Kagoshima City, my mother would throw a tantrum every morning, and even after I moved out of the family home to live in Hakata, she would sometimes call me and ask, "Are you even getting up in the morning? 」 と 、 まず 訊かれて しまう 。 ||じん かれて| " The first thing they ask me is, "What do you want to do?

朝 が 弱い の に は 、 寝付き が 悪い せい も あった 。 あさ||よわい||||ねつき||わるい||| Die schwachen Morgenstunden waren teilweise auf schlechte Schlafgewohnheiten zurückzuführen. I was weak in the mornings, partly because I had a hard time falling asleep.

朝 が つらい ので 、 いつも 早めに 布団 に 入る のだ が 、 布団 に 入って 目 を 閉じる と 、 その 日 学校 で 友達 と 話した こと など が 浮かんで きて しまい 、 ああ 、 あの とき は こう 言い返せば よかった 、 ああ 、 あの とき は 先 に 教室 へ 戻って いれば よかった など と 、 大した こと で も ない の に 、 つい うだうだ と 考え 出して しまう のだ 。 あさ|||||はや めに|ふとん||はいる|||ふとん||はいって|め||とじる|||ひ|がっこう||ともだち||はなした||||うかんで||||||||いいかえせば||||||さき||きょうしつ||もどって|||||たいした||||||||||かんがえ|だして|| It's hard in the morning, so I always get into the futon early, but when I get into the futon and close my eyes, I can't help but talk to my friends at school that day. It was good, ah, I wish I had returned to the classroom first at that time, and even though it wasn't a big deal, I thought it was a mess.

ただ 、 それ だけ なら 珍しく も ない のだ が 、 沙 里 の 場合 、 日常 の 些末 な 出来事 へ の 後悔 を して いる つもり が 、 ふと 気 が つく と 、 ある 情景 を 思い描いて いる こと が あった 。 ||||めずらしく|||||いさご|さと||ばあい|にちじょう||さまつ||できごと|||こうかい|||||||き|||||じょうけい||おもいえがいて|||| In Saris Fall jedoch dachte sie daran, banale alltägliche Ereignisse zu bedauern, aber plötzlich stellte sie sich eine bestimmte Szene vor. However, it is not uncommon for that alone, but in the case of Sari, I thought I was regretting the trivial events of my daily life, but when I suddenly realized it, I had imagined a certain scene.

この 情景 を 一言 で 言い表す の は 難しい 。 |じょうけい||いちげん||いいあらわす|||むずかしい Es ist schwierig, diese Szene mit einem Wort zu beschreiben. It is difficult to describe this scene in one word.

中学 に 入学 した ばかりの ころ 、 その 情景 は 布団 に 入って も なかなか 眠れない 沙里 の 頭 の 中 に 、 いつの 間 にか 侵入して きて 、 以来 、 どんなに 考えまい と して も 、 必ず 寝る 前 に 出て きて しまう 。 ちゅうがく||にゅうがく|||||じょうけい||ふとん||はいって|||ねむれ ない|いさご さと||あたま||なか||いつ の|あいだ|に か|しんにゅう して||いらい||かんがえ まい||||かならず|ねる|ぜん||でて|| Als sie gerade in die Junior High School gekommen war, drängte sich die Szene in Saris Kopf, die selbst nach dem Zubettgehen nur schwer einschlafen konnte, und seitdem kommt sie immer wieder hoch, bevor sie ins Bett geht, egal wie sehr sie sich bemüht, nicht daran zu denken. When I was just in junior high school, the scene was hard to sleep even when I was in the futon. It will come.

いつ の 時代 な の か は 分から ない 。 ||じだい|||||わから| I don't know when it was.

昭和 の 初め 、 もしくは もっと 前 ? しょうわ||はじめ|||ぜん Zu Beginn der Showa-Periode oder früher? Early Showa Period or even earlier? とにかく 、 その 情景 の 中 で 沙 里 は いつも 小 部屋 に 閉じ込められて おり 、 手 に は ある 女優 の 写真 を 握りしめて いる 。 ||じょうけい||なか||いさご|さと|||しょう|へや||とじこめられて||て||||じょゆう||しゃしん||にぎりしめて| Anyway, in that scene, Sari is always trapped in a small room, holding a photo of the actress in her hand.

写真 は 、 その 女優 が い わ ゆる 洋装 を した ピンナップ 写真 の とき も あれば 、 女優 が 主演 する らしい 映画 を 知らせる 新聞 の 切り抜き だったり する 。 しゃしん|||じょゆう|||||ようそう||||しゃしん|||||じょゆう||しゅえん|||えいが||しらせる|しんぶん||きりぬき|| Sometimes the photos are pinups of the actress dressed in Western clothes, sometimes they are newspaper clippings announcing a movie in which the actress may be playing a leading role.

沙 里 は その 女優 が 誰 な の か 知ら ない 。 いさご|さと|||じょゆう||だれ||||しら| Die Schauspielerin ist Sari nicht bekannt.

ただ 、 この 空想 の 中 の 自分 は 、 それ が 誰 なの か を 知っていて 、 理由 は 分からない が 、 下唇 を 噛み切って しまう ほど 彼女 に 嫉妬して いる のだ 。 ||くうそう||なか||じぶん||||だれ|な の|||しっていて|りゆう||わから ない||した くちびる||かみ きって|||かのじょ||しっと して|| Aber in dieser Fantasie weiß ich, wer es ist, und aus unbekannten Gründen bin ich so eifersüchtig auf sie, dass ich mir auf die Unterlippe beißen muss. However, in this fantasy, I know who it is, and for no apparent reason, I'm so jealous of her that I bite off my lower lip.

小部屋 に ある 格子 の 入った 窓 から は 、 桜並木 を 颯爽 と 歩いていく 若い 軍人 たち が 見える こと も あれ ば 、 雪合戦 を して 遊ぶ 子供 たち の 声 が 遠く に 聞こえる こと も ある 。 しょう へや|||こうし||はいった|まど|||さくら なみき||さっそう||あるいて いく|わかい|ぐんじん|||みえる|||||ゆきがっせん|||あそぶ|こども|||こえ||とおく||きこえる||| Durch die vergitterten Fenster des kleinen Zimmers sah man junge Soldaten durch die Reihen der Kirschbäume flitzen, während in der Ferne die Stimmen von Kindern zu hören waren, die sich eine Schneeballschlacht lieferten. Through the latticework windows of the small room, one can sometimes see young servicemen dashing along the rows of cherry trees, while the voices of children playing snowball fights can be heard in the distance.

空想 の 中 で 、 沙里 は いつも 「 ここ さえ 出られれば 」 と 歯痒い 思い を して いる 。 くうそう||なか||いさご さと|||||でられれば||はがゆい|おもい||| In her fantasies, Sari is always saying, "If only I could get out of here." I have an itchy feeling.

ここ さえ 出られれば 、 その 女優 の 代わり に 自分 が 映画 に 出られる こと を 知っている 。 ||でられれば||じょゆう||かわり||じぶん||えいが||でられる|||しっている Sie weiß, dass sie die Schauspielerin in dem Film ersetzen kann, wenn sie hier rauskommt. I know that if I can get out here, I'll be in the movie instead of the actress.

この 空想 に 物語 は ない 。 |くうそう||ものがたり|| There is no story in this fantasy.

他 に 登場 人物 が いる わけで も ない 。 た||とうじょう|じんぶつ||||| There are no other characters. ただ 、 沙 里 の 分身 らしい 主人公 の 感情 だけ が 、 眠れ ない 沙 里 に 伝わって くる 。 |いさご|さと||ぶんしん||しゅじんこう||かんじょう|||ねむれ||いさご|さと||つたわって| However, only the emotions of the main character, who seems to be Sari's alter ego, are transmitted to Sari who cannot sleep. 目覚まし時計 が 鳴る 寸前 に 、 沙 里 は 布団 から 腕 を 出して アラーム を オフ に した 。 めざましどけい||なる|すんぜん||いさご|さと||ふとん||うで||だして|||おふ|| Just before the alarm clock rang, Sari pulled her arm out of the duvet and turned off the alarm.

鳴ら なかった アラーム が 、 まるで 聞こえた ような 気 が する 。 なら|||||きこえた||き|| It was as if I could hear the alarm that had not been sounded.

枕元 に あった 携帯 を 開き 、 やはり 佳乃 から の 連絡 が 入って い ない こ と を 確認 した 。 まくらもと|||けいたい||あき||よしの|||れんらく||はいって||||||かくにん| I opened the cell phone that was by my bedside and confirmed that I had not heard from Yoshino. 沙 里 は 布団 を 出る と 、 カーテン を 開けた 。 いさご|さと||ふとん||でる||かーてん||あけた 三 階 の 窓 から は 朝日 を 浴びた 東公園 が 見渡せる 。 みっ|かい||まど|||あさひ||あびた|ひがしこうえん||みわたせる Das Fenster im dritten Stock blickt auf den East Park in der Morgensonne.

昨晩 、 十二 時 ちょっと 前 に 沙 里 は 佳乃 の 携帯 に 電話 を かけた 。 さくばん|じゅうに|じ||ぜん||いさご|さと||よしの||けいたい||でんわ|| Last night, a little before twelve o'clock, Sari called Yoshino's cell phone.

もう 戻って いる だろう と 思って いた のだ が 、 佳乃 は 電話 に 出 なかった 。 |もどって||||おもって||||よしの||でんわ||だ| I had assumed that she would be back by now, but she did not answer the phone.

沙 里 は 留守電 に 切り替わった 電話 を 切る と 、 ベランダ へ 出て 、 真下 に ある 二階 の 佳乃 の 部屋 を 覗き込んだ 。 いさご|さと||るす いなずま||きりかわった|でんわ||きる||べらんだ||でて|まこと か|||ふた かい||よしの||へや||のぞきこんだ Sari hung up the phone, which went straight to voicemail, and went out on the balcony to look into Kano's room on the second floor directly below. 電気 は ついて い なかった 。 でんき|||| There was no electricity. 自分 たち と 別れた あと 、 増尾 圭吾 と 会い 、 すでに 帰って きている と すれば 、 あまりに も 早すぎる 就寝 だった 。 じぶん|||わかれた||ますお|けい われ||あい||かえって|きて いる|||||はや すぎる|しゅうしん| Es war noch zu früh, um ins Bett zu gehen, wenn sie bereits zurückgekehrt waren, nachdem sie sich mit Keigo Masuo getroffen und uns verlassen hatten. It was too early to go to bed if he had already returned home after meeting Keigo Masuo after leaving us.

沙里 は 一瞬 迷って から 、 今度 は 眞子 に 連絡 を 入れた 。 いさご さと||いっしゅん|まよって||こんど||まさこ||れんらく||いれた Sari hesitated for a moment, and then contacted Mako.

こちら は すぐに 出て 、 歯 でも 磨いて いる の か 、 「 もしもし ? |||でて|は||みがいて|||| I immediately picked up and asked if she was brushing her teeth, "Hello? 」 と 聞き取り にくい 声 を 出す 。 |ききとり||こえ||だす

「 ねぇ 、 佳乃 ちゃん 、 まだ 戻っとらん よ ね ? |よしの|||もどっと らん|| 」 と 沙 里 は 訊いた 。 |いさご|さと||じん いた " Sari asked.

「 佳乃 ちゃん ? よしの| 」 「 すぐに 戻る みたいな こと 言う とったやろ ? |もどる|||いう|とった やろ ' Sie sagten, Sie wären gleich wieder da, oder? " You said you'd be right back, didn't you? でも 、 今 、 携帯 に 電話 したら 出 らん と よ 」 |いま|けいたい||でんわ||だ||| But if I call his cell phone now, he won't answer.

「 シャワー でも 浴び とる っちゃ ない ? しゃわー||あび||| 」 「 でも 、 部屋 の 電気 ついとらん よ 」 |へや||でんき|つい とら ん| " But the lights aren't on in my room. 「 じゃあ 、 まだ 増尾 くん と 一緒 なんや ない と ? ||ますお|||いっしょ|なん や|| "Du glaubst also, dass er immer noch mit Masuo-kun zusammen ist? "So you think he's still with Masuo-kun? 」 明らかに 眞子 の 声 が 面倒臭 そうだった ので 、「 そう か なぁ 」 と 沙 里 も とりあえず 同意 した 。 あきらかに|まさこ||こえ||めんどうくさ|そう だった||||||いさご|さと|||どうい| " Obviously, Mako's voice sounded like trouble, so I thought, "I wonder if that's true." The first time I went to a meeting, I was surprised to find that the number of people who were not interested in the event was very small. 「 もう すぐ 帰って くる よ 。 ||かえって|| なんか 用 やった ん ? |よう|| Did you do something? 」 眞子 に 訊かれ 、「 いや 、 そう やない けど ……」 と 答えて 、 電話 を 切った 。 まさこ||じん かれ|||や ない|||こたえて|でんわ||きった

用 が あった わけで は なかった が 、 暗い 公園 の ほう へ 歩いて 行った 佳乃 の 足音 が 、 ふと 耳 に 蘇った のだ 。 よう|||||||くらい|こうえん||||あるいて|おこなった|よしの||あしおと|||みみ||よみがえった| Ich hatte nichts zu tun, aber das Geräusch von Kanos Schritten, die in Richtung des dunklen Parks gingen, kam plötzlich wieder in meine Ohren. I didn't have any business, but the sound of Kano's footsteps walking toward the dark park suddenly came back to my ears.

普段 なら それ で 忘れて しまう のだ が 、 シャワー を 浴びて 、 布団 に 入って から また なんとなく 気 に なった 。 ふだん||||わすれて||||しゃわー||あびて|ふとん||はいって||||き|| Normalerweise hätte ich es vergessen, aber nachdem ich geduscht hatte und ins Bett gegangen war, spürte ich es wieder. Normally, I would have forgotten about it, but after taking a shower and getting into bed, I became somewhat concerned again.

迷惑だろう と は 思い ながら も 、 もう 一 度 、 佳乃 の 携帯 に かけた 。 めいわくだろう|||おもい||||ひと|たび|よしの||けいたい||

ただ 、 今度 は 電源 が 切られて いる の か 、 呼び出し 音 も 鳴らず 、 すぐに 留守電 に 切り替わる 。 |こんど||でんげん||きられて||||よびだし|おと||なら ず||るす いなずま||きりかわる Diesmal klingelt das Telefon jedoch nicht und schaltet sofort auf die Mailbox um, als ob die Stromversorgung ausgeschaltet wäre. This time, however, the phone is turned off, or perhaps it is not ringing, and the call is immediately switched to voicemail.

その 瞬間 、 博多 駅前 に ある と いう 増尾 圭 吾 の マンション が 目 に 浮かんだ 。 |しゅんかん|はかた|えきまえ|||||ますお|けい|われ||まんしょん||め||うかんだ In diesem Moment kam mir die Wohnung von Keigo Masuo vor dem Bahnhof Hakata in den Sinn. At that moment, Keigo Masoo's condominium, which is said to be in front of Hakata Station, came to my mind. 沙 里 は 馬鹿らしく なって 、 携帯 を 枕元 に 投げ出した 。 いさご|さと||ばからしく||けいたい||まくらもと||なげだした Sari felt like an idiot and threw her cell phone under her pillow.

この 朝 、 沙 里 が 博多 駅前 に ある 博多 営業 所 に 出勤 した の は 、 朝礼 の 始まる 八 時 半 ぎりぎりだった 。 |あさ|いさご|さと||はかた|えきまえ|||はかた|えいぎょう|しょ||しゅっきん||||ちょうれい||はじまる|やっ|じ|はん| An diesem Morgen kam Sari kurz vor 8.30 Uhr, als die morgendliche Besprechung beginnen sollte, zur Arbeit im Hakata-Büro vor dem Hakata-Bahnhof. This morning, Sari arrived at the Hakata office in front of Hakata Station just before 8:30 a.m., when the morning meeting was about to start.

「 フェアリー 博多 」 から 直線 に して 一 キロ ほど の 距離 で 、 沙 里 は いつも 自転車 を 使って いる のだ が 、 たまたま この 朝 、 アパート の 駐輪場 で 自転車 に 乗ろう と して いる と 、 |はかた||ちょくせん|||ひと|きろ|||きょり||いさご|さと|||じてんしゃ||つかって||||||あさ|あぱーと||ちゅうりんじょう||じてんしゃ||のろう|||| Fee, Hakata". Von der Wohnung aus ist es etwa ein Kilometer in gerader Linie, und Sari benutzt immer ein Fahrrad, "Fairy Hakata" It is about a kilometer in a straight line from the apartment, and Sari usually rides her bicycle, but this morning she happened to be at the parking lot of her apartment when she was about to ride her bicycle,

「 今日 、 博多 営業所 に ちょっと 用 が ある と よ 」 と 、 いつも は 地下鉄 で 城南 営業 所 に 通う 眞子 に 声 を かけられ 、 ならば と 、 一緒に 地下鉄 で 向かった のだ 。 きょう|はかた|えいぎょう しょ|||よう||||||||ちかてつ||じょうなん|えいぎょう|しょ||かよう|まさこ||こえ|||||いっしょに|ちかてつ||むかった| "Ich habe heute im Büro in Hakata noch etwas zu erledigen." Mako, der normalerweise mit der U-Bahn zum Jonan-Büro fährt, kam auf mich zu und sagte: "Ich bin gleich wieder da", und so nahmen wir gemeinsam die U-Bahn. "Today, I have a little need for the Hakata Sales Office," said Mako, who usually goes to the Jonan Sales Office on the subway, and then headed for the subway together.