第 三 章 彼女 は 誰 に 出会った か? 1
彼女 は 誰 に 出会った か ?
佐賀 市 郊外 、 国道 34 号 線 沿い に ある 紳士 服 量販 店 「 若葉 」 の ガラス 越し に 、 馬 込 光代 は 雨 の 中 を 走り抜けて いく 車 を 眺めて いた 。
佐賀 バイパス と 呼ば れる この 街道 は 、 決して 交通 量 の 少ない 道 で は ない が 、 周囲 の 景色 が 単調な せい か 、 まるで 数 分 前 に 見た 光景 を 、 繰り返し 眺めて いる ような 気分 に さ せ られる 。
光代 は ここ 「 若葉 」 の 販売 員 で 、 二 階 スーツ コーナー を 担当 して いる 。
一 年 ほど 前 まで 、 一 階 カジュアルコーナー を 担当 して いた のだ が 、「 カジュアル は 、 若い お 客 さん が 多い けん 、 やっぱり 接客 する の も 、 お 客 さん に 年 が 近い ほう が センス が 合う もん ねぇ 」 と 店長 に 愛想 よく 言わ れ 、 早速 、 翌週 から 二 階 の スーツ コーナー に 回さ れた 。
年齢 だけ の 理由 なら 、 さすが に 光代 も 反論 した が 、「 センス 」 が 問題 なら 仕方ない 。
佐賀 市 郊外 の 紳士 服 量販 店 、 その カジュアルコーナー の センス など 合わ ない と 言わ れた ほう が 正直 助かる 。
一応 、 店 に は 若者 向け に 「 流行 も の 風 」 の ジーンズ や シャツ も 置いて ある 。
ただ 、「 流行 もの 」 と 「 流行 も の 風 」 で は やっぱり 何 か が 違う 。 たとえば 、 以前 、 博多 の ブランド ショップ で 、 うち に 置いて ある シャツ と よく 似た 柄 を 見つけた 。 同じ 馬 の 図柄 な のだ が 、 なんだか 、 うち の 馬 たち の ほう が ビミョー に 大きい 。
たぶん 、 ほんの 数 ミリ 、 うち の 馬 たち が 大きい せい で 、 なんだか とって も センス の 悪い シャツ に なって いた 。
その 馬 シャツ を 近所 の 中学生 なんか が 、 喜んで 買って いく 。
黄色い ヘルメット を 律 儀 に かぶり 、 サドル の 低い 自転車 に 乗って 、 嬉し そうに 抱えて 帰る 。
店長 に 配置 を 替え られた とき と は 矛盾 する が 、 国道 を 走り去って いく そんな 中学生 の 背中 を 見送って いる と 、「 そうそう 。 ちょっと 馬 が 大きい くらい 何 よ ! 胸 張って その シャツ 着 なさい ! 」 と つい 声 を かけ たく なって しまう 。
そんな とき 、 光代 は ふと 思う 。
自分 は この 町 が そんなに 嫌いじゃ ない んだ 、 と 。
「 馬 込 さん ! 休憩 入ったら ? ふいに 声 を かけ られ 振り返る と 、 売り場 主任 、 水谷 和子 の ぽっ ちゃ りした 顔 が 、 スーツ ラック の 上 に ぽこ ん と 出て いた 。
窓際 から 眺める と 、 まるで 無数の スーツ が 波 に なって 押し寄せて くる ように 見える 。
平日 、 それ も 雨 の 午前 中 に 客 が 来る こと は まず ない 。
たまに 慌てて 礼服 を 買い に 駆け込んで くる 客 は いる が 、 今日 は この 界隈 で 不幸 は なかった らしい 。
「 今日 も お 弁当 ? スーツ ラック の 迷路 を 出て きた 水谷 に 訊 かれ 、 光代 は 、「 最近 、 お 弁当 作る の だけ が 楽しくて 」 と 笑った 。
店 が あまりに も 暇な ので 、 平日 は 昼 前 から 順番 に 昼食 時間 を とる 。
だだっ広い 店 内 に 販売 員 は 三 人 。 平日 、 販売 員 より 客 が 多く なる こと は 滅多に ない 。
「 いや ねぇ 、 冬 の 雨 は 。 いつまで 降る と やろ か ? 近づいて きた 水谷 が 、 光代 の 横 で 顔 を ガラス 窓 に 近づける 。
鼻息 が かかり 、 そこ だけ が 微 か に 曇る 。 店 内 に 暖房 は 入って いる が 、 客 が い ない ので いつも 底冷え して いる 。
「 今日 も 自転車 で 来た と やろ ? 水谷 に 訊 かれ 、 光代 は 眼下 で 雨 に 濡れて いる 広大な 駐車 場 に 目 を 向けた 。
隣接 する ファーストフード 店 と 共有 で 何 台 か 車 も 停 まって いる が 、 それ も すべて ファーストフード 店 寄り に ある ため 、 こちら 側 の フェンス 脇 に 置か れた 自分 の 自転車 だけ が 、 まるで たった の 一 台 だけ で 、 冬 の 雨 に 耐えて いる ように 見える 。
「 帰る まで に 雨 が 止ま ん か ったら 、 車 で 送って やる よ 」
そう 言った 水谷 が 、 光代 の 肩 を 叩いて レジ の ほう へ 歩いて いく 。
水谷 は 今年 四十二 歳 に なる 。
一 つ 年 上 の 夫 は 市 内 に ある 家電 販売 店 の 店長 で 、 仕事 帰り に 必ず 車 で 妻 を 迎え に 来る 。 大人 し そうな 男性 で 、 もう 二十 年 も 連れ添って いる 妻 を 「 和 ちゃん 」 など と 呼ぶ 姿 は 可愛い 。 二 人 の 間 に は 大学 三 年 の 一 人 息子 が いる 。 この 一 人 息子 の こと を 、 水谷 は 「 ひきこもり だ 。 ひきこもり だ 」 と いつも 心配 して いる 。 話 を 聞けば 、 そう 大げさな こと で も なく 、 ただ 単に 外 で 遊ぶ より 、 部屋 で パソコン を 弄って いる ほう が 楽しい だけ の ようだ が 、 二十 歳 に なる 息子 に 彼女 が い ない こと を 、 彼女 は 「 ひきこもり 」 と いう 「 流行 もの 」 の 言葉 を 使って 、 自分 や 世間 を 納得 さ せて いる らしい 。
水谷 の 息子 を 庇う わけで は ない が 、 この 町 で 外 に 出た ところ で たかが 知れて いる 。
三 日 も 続けて 外出 すれば 、 必ず 昨日 会った 誰 か と 再会 する 。 実際 、 録画 さ れた 映像 を 、 繰り返し 流して いる ような 町 な のだ 。 そんな 町 より 、 パソコン で 広い 世界 に 繋がって いた ほう が 、 よほど 刺激 的に 違いない 。
この 日 、 早 目 の 昼食 を 終えて から 、 夕方 の 休憩 まで 三 組 の 客 が あった 。
うち 二 組 は 年配 の 夫婦 で 、 新しい シャツ など まったく 興味 の な さ そうな 夫 の 胸 に 、 色 や 柄 より も 値段 を 比較 し ながら 、 妻 が シャツ を 押し当てて いた 。
休憩 の 直前 に 三十 代 前半 と 見受け られる 男 客 が 来た 。
何 か 尋ね られる まで 、 こちら から は なるべく 声 を かけ ない ように 指示 さ れて いる ので 、 ラック の スーツ を 眺めて 歩く 男 の 様子 を 、 光代 は 少し 離れた ところ から 見て いた 。
離れた ところ から でも 、 男 の 薬指 に はめ られた 結婚 指輪 が 目 に つく 。
「 この 町 に 、 年頃 の いい 男 が い ない わけじゃ ない と よ 」 と 、 双子 の 妹 、 珠代 は 言う 。
「 いい 男 は いる けど 、 もう 全部 奥さん が おる と や もん ねぇ 」 と 。
実際 、 市 内 で 働く 友人 たち も 、 ほとんど が 口 を 揃えて 同じ こと を 言う 。
ただ 、 ほとんど の 友人 たち は すでに 結婚 して いる ため 、 言い 方 は 独身 の 妹 と は 少し 違って 、「 紹介 して やり たい と けど 、○○ さん 、 もう 結婚 し とる もん ねぇ ……、 残念 」 と なる 。
別に 紹介 して くれ と 頼んだ 覚え は ない のだ が 、 さすが に 来年 三十 歳 に なる 独身 女 が 、 この 佐賀 で 生きて いく の は 、 そうとう ガッツ が いる 。
高校 時代 に 仲 の 良かった 三 人 と も 、 すでに 結婚 し 、 それぞれ に 子供 が いる 。
中 に は 今年 から 小学校 に 入った 男の子 さえ 。
「 あの 、 すいません 」
スーツ を 選んで いた 男 客 に 、 とつぜん 声 を かけ られた 。
手 に 濃い ベージュ の 背広 を 持って いる 。
近寄って 、「 試着 なさい ます か ? 」 と 笑顔 を 見せる と 、「 ここ の スーツ も 、 あそこ に 貼って ある 二 着 で 38900 円 の やつ です か ? 」 と 、 天井 から 吊るさ れた ポスター を 指さす 。
「 はい 。 ここ の は 全部 そう です よ 」
光代 は 笑顔 で 試着 室 へ 案内 した 。
背 の 高い 男 だった 。
試着 後 、 カーテン を 開ける と 、 何 か 運動 でも やって いた の か 、 最近 流行 の 細め の スラックス に 太もも の 筋肉 が 目立った 。
「 ちょっと きつい で す かね ? 男 が 鏡 越し に 尋ねて くる 。
「 最近 の デザイン は だいたい こんな 感じ です けど ね 」
スラックス の 裾 を 計る とき 、 男 客 の 前 で しゃがみ込んだ 。
赤ん坊 でも いる の か 、 ふと 乳 臭い 匂い が した 。
目の前 に は 男 の 大きな 足 が あった 。
靴下 を 履いて いる が 、 大きく 固 そうな 爪 の 形 が 浮き出て いる 。
こう やって もう 何 人 の 男 たち の 前 に しゃがみ込んだ だろう か 、 と 光代 は 思う 。
スーツ の 裾 上げ と いう 作業 だ が 、 正直 、 働き 始めた ばかりの ころ は 、 この 姿勢 が 男 に 屈服 する ようで 嫌だった 。
しゃがみ込む と 、 そこ に は 男 たち の 脚 だけ が あった 。
汚れた 靴下 、 新品 の 靴下 。 太い 足首 、 細い 足首 。 長い 膝 下 、 短い 膝 下 。
男 たち の 脚 は 、 とても 凶暴に も 見えた し 、 頑丈 そうです ごく 頼り がい が ある ように も 見えた 。
二十二 、 三 の ころ だった か 、 一 時期 、 こう やって 裾 上 げ を する 男 たち の 中 に 、 未来 の 夫 が いる の かも しれ ない と いう 妙な 幻想 を 抱いた こと が あった 。
今 と なって は 笑い話 だ が 、 当時 は 本気で 期待 して おり 、 裾 を 調整 し ながら ふと 見上げれば 、 そこ に は 未来 の 夫 の 顔 が あり 、 足元 に しゃがんで いる 自分 を やさしく 見つめて いる …… なんて 空想 を 、 どんな 客 に 対して も 抱いて いた 。
今 、 考えて みれば 、 それ が ちょうど 自分 の 第 一 次 結婚 モード 期 だった のだ と 思う 。
いくら 裾 上 げし ながら 見上げた ところ で 、 そこ に 未来 の 夫 の 顔 など なかった が 。
夜 に なって も 、 冬 の 雨 は まだ 降り 続いて いた 。
レジ を 閉め 、 だだっ広い 売り場 の 電気 を 消して 回って から 更衣室 へ 入る と 、 すでに 私服 に 着替えた 水谷 が 、「 この 雨 じゃ 、 自転車 、 無理 やろ ? 車 で 送って く よ 」 と 声 を かけて くる 。
光代 は 更衣室 の 鏡 に 映る 自分 の 疲れた 顔 を 眺め ながら 、「 そうして もろう か なぁ 」 と 答え 、 でも 車 で 送って もらったら 、 明日 の 朝 ここ まで バス で 来 なきゃ なら ない なぁ 、 と 心 の 中 で 悩んだ 。
通用口 から 外 へ 出る と 、 雨 は 広大な 駐車 場 を 叩く ように 降って いた 。
店舗 の 裏 、 フェンス の 向こう に 広がる 休 閑中 の 畑 から 、 湿った 土 の 匂い が 漂って くる 。
バイパス を 水しぶき を 巻き上げて 何 台 も の 車 が 走り抜けて いる 。
強い ライト で 照らさ れた 「 若葉 」 の 巨大な 看板 が 、 濡れた 地面 に 反射 して 幻想 的に 揺れて いる 。
クラクション を 鳴らさ れて 、 光代 は そちら へ 目 を 向けた 。
すでに 助手 席 に 水谷 を 乗せた 旦那 の 軽 自動車 が のろのろ と こちら へ 走って くる 。
光代 は 傘 も 差さ ず に 軒下 から 飛び出して 、「 すいません 」 と 言い ながら 、 後部 座席 に 乗り込んだ 。
ほんの 数 秒 の 間 だった が 、 首筋 を 濡らした 雨 が 痛い ほど 冷たかった 。
「 お 疲れ さ ん 」
度 の 強い 眼鏡 を かけた 水谷 の 旦那 に 声 を かけ られ 、 光代 は 、「 すいません 、 いつも 」 と 謝った 。
水路 の 張り巡らさ れた 田んぼ の 一角 に 、 光代 が 暮らす アパート は 建って いる 。
まだ 建って 間 も ない もの だ が 、「 どうせ いつか は 取り壊す んだ から 、 安く 上げ とき ましょう 」 と 言わんばかり の 外見 で 、 冬 の 雨 に 濡れた 姿 は 普段 に も 増して 寒々 しい 。
いつも の ように 水谷 夫妻 は アパート の 前 まで 送って くれた 。
後部 座席 から 外 へ 出る と 、 ぬかるんだ 泥 に ず ぼ っと スニーカー が 沈む 。
雨 の 中 、 光代 は 水谷 夫妻 の 車 を 見送って 、 泥水 を 跳ね ながら アパート の 階段 に 駆け込んだ 。
たかだか 二 階 な のだ が 、 周囲 に 田んぼ しか ない せい で 、 階段 を 上がる と 展望 台 に でも 立った ように 景色 が 広がる 。 濡れた 土 の 匂い が また 冷たい 風 に 乗って 鼻 を くすぐる 。
201 号 室 の ドア を 開ける と 、 中 から 明かり が 漏れて きた 。
「 あれ 、 あんた 今日 、 商工 会 の 飲み 会って 言い よった ろ ? 泥 と 雨 に 濡れた スニーカー を 脱ぎ ながら 、 光代 は 奥 に 声 を かけた 。
ストーブ の 石油 の 匂い と 一緒に 、「 自由 参加 やった けん 、 行か ん かった 」 と 妹 、 珠代 の 声 が 返って くる 。
居間 に して いる 六 畳 間 で 、 やはり 雨 に 濡れた らしい 珠代 が タオル で 髪 を 拭いて いた 。
ストーブ は つけ られた ばかりな の か 、 部屋 は 寒く 、 石油 の 匂い だけ が 強い 。
「 昔 は 、 男 の 人 たち に お 酌 する の が 嫌で 嫌でしょう が なかった けど 、 最近 は 若い 子 たち に 私 が お 酌 さ れる と や もん ねぇ 。 居心地 悪う して ……」
飲み 会 に 参加 し なかった 理由 な の か 、 珠代 が ストーブ の 前 で 愚痴 を こぼす 。
「 なんか 買って きた ? と 光代 は その 背中 に 訊 いた 。
「 いや 、 何も 。 だって 雨 やった し 」
濡れた タオル を 珠代 が 投げて 寄越す 。
「 冷蔵 庫 に なんか 入 っと った っけ ? 光代 は 濡れた タオル で 首筋 を 拭き ながら 、 狭い 台所 の 冷蔵 庫 を 開けた 。
「 また 水谷 さん に 送って もらった と ? 「 そう 。 自転車 置いて きた けん 、 明日 、 バス で 行か ん ば 」
キャベツ が 半 玉 、 バラ 豚肉 が 少し ある 。
これ ら を 炒めて 、 あと は うどん で も 作ろう と 決めて 扉 を 閉めた 。
「 あんた 、 スカート 、 皺 に なる よ 」
光代 は 濡れた まま 畳 に 座り込んで いる 珠代 に 注意 した 。
「 しかし 、 来年 三十 に なる 双子 の 姉妹 が 、 こう やって 美味し そう に うどん なんか 啜 っと って 、 いい わけ ? とろ ろ 昆布 を 麺 に 絡め ながら そう 呟いた 珠代 に 、 光代 は 七 味 を ふり かけ ながら 、「 ちょっと 茹で 過ぎた かも しれ ん よ 」 と 注意 した 。
「 もし これ が もっと 昔 、 たとえば 昭和 と かや ったら 、 絶対 に 近所 から ヘン な 目 で 見 られる よ 」
「 なんで ? 「 だって この 年 の 女 が 二 人 で 、 それ も 双子 の 姉妹 で 、 こんな アパート に 暮らし と ったら 世間 は 黙 っと らん やろ ? 長い 髪 を ゴム で 纏めて 、 珠代 が 音 を 立てて うどん を 啜 る 。
「 おまけに こんな 漫才 師 みたいな 名前 よ 。 近所 の 小学生 なんか 、 絶対 に 私 たち の こと 『 双子 の 魔女 』 と かって 噂 する に 決 まっ とる 」
本気で 言って いる の か い ない の か 、 珠代 は 愚痴 を こぼし ながら も うどん は 啜 る 。
「 双子 の 魔女 ねぇ 」
光代 は 半ば 笑い ながら も 空恐ろしく なった が 、 それ でも うどん は 啜 った 。
家賃 四万二千 円 の 2 DK 。
2 DK と 言えば 聞こえ は いい が 、 六 畳 間 が 二 つ 、 襖 で 仕切ら れて いる だけ の 間取り の アパート で 、 光代 たち 姉妹 の ほか は 、 すべて 小さな 子供 の いる 若 夫婦 ばかり だ 。
二 人 は 地元 の 高校 を 卒業 して 、 鳥栖 市 に ある 食品 工場 に 就職 した 。
双子 の 姉妹 が 同じ 工場 に 就職 する こと も ない のだ が 、 いく つ か 受けた うち で お互いに 受かった の が そこ しか なかった 。
仕事 は 二 人 と も ライン 作業 だった 。
働いた 三 年 ほど で 担当 場所 は いろいろ 変わった が 、 目の前 を 何 十 万 と いう カップ 麺 が 流れた こと に なる 。
先 に 嫌気 が 差して 辞めた の は 妹 の 珠代 で 、 近所 に ある ゴルフ 場 の キャディ に なった 。
だが 、 すぐに 腰 を 痛めて 退職 し 、 その後 は 商工 会議 所 の 事務 員 に 収まって いる 。 珠代 が キャディ を 辞めた ころ 、 光代 も 食品 工場 を 解雇 さ れた 。 人員 削減 、 規模 縮小 で 真っ先 に 切ら れた の が 、 光代 たち 高卒 の 女 たち だった 。
工場 の 職業 斡旋 で 紳士 服 店 の 販売 員 を 紹介 さ れた 。
接客 業 は 苦手だった が 、 本人 の 得手 不得手 など 主張 できる 立場 で は なかった 。
光代 が 34 号 線 沿い の 紳士 服 店 に 転職 した ころ 、 二 人 で この アパート を 借りた 。
「 実家 に いる から 親 に 甘えて 結婚 でき ない んだ 」 と 言う 珠代 に 半ば 強引に 引きずり込ま れた 格好だった 。
元々 、 姉妹 仲 は 良かった ので 、 アパート で の 暮らし は うまく いった 。
両親 も 口うるさい 双子 の 姉妹 が 出て 行って 、 これ で やっと 二 人 の 弟 である 長男 に 嫁 を 迎える 準備 が 出来た と 喜んだ 。 実際 、 その 三 年 後 に 弟 は 高校 の 同級 生 と 結婚 した 。 光代 たち より 三 歳 も 若く 、 まだ 二十二 歳 だった 。 結婚 式 に は 、 すでに 赤ん坊 を 抱いて いる 弟 の 友人 たち が 何 人 も 参列 して いた 。 それ が 珍しく も ない 郊外 の メモリアルホール だった 。
「 ねぇ 、 今日 、 商工 会 の 子 に 何 訊 かれた と 思う ? うどん を 食べ 終え 、 台所 で 食器 を 洗って いる と 、 テレビ の 前 に 寝転んで いる 珠代 に 声 を かけ られた 。
「 馬 込 さん 、 今度 の クリスマス どう する んです かって 。 十九 の 子 に そう 訊 かれて 、 二十九 の 私 に なんて 答えろ って 言う と よ ねぇ ? ダイエット を 紹介 する テレビ の 前 で 、 珠代 が 足 を 上げて いる 。
「 だって 、 あんた 、 その 週 は 公休 取って ど っか 旅行 する って 言い よった ろ ? 「 だって ぇ 、 クリスマスシーズン に 女 同士 で 『 し まなみ 海道 バス ツアー 』 なんて あまりに も 寂しく ない ? …… あ 、 そうだ 。 光代 も 行く ? 「 いや よ 。 毎日 一緒に おって 、 休み まで あんた と 旅行 なんて 考えた だけ で 疲れる 」
光代 は スポンジ に 洗浄 剤 を 少し 足した 。
台所 に 近所 の スーパー で もらった カレンダー が 貼って あった 。
粗大 ゴミ の 日 と 自分 の 休み 以外 、 なんの 予定 も 書き込ま れて い ない 。
クリスマス か ぁ 。
光代 は スポンジ を 泡立て ながら 呟いた 。
ここ 数 年 、 光代 は クリスマス を 実家 で 過ごして いる 。 結婚 して すぐに 生まれた 弟 の 息子 が 、 幸いに も クリスマスイブ が 誕生日 で 、 それ を 名目 に プレゼント を 持って 帰る のだ 。
いつの間にか 、 握り すぎた スポンジ の 泡 が ゴム 手袋 を 伝って いた 。
それ でも しばらく 眺めて いる と 、 泡 は ゴム 手袋 から 素肌 の 肘 に 移り 、 ゆっくり と 大きく なって から 、 ぼ と っと 汚れ 物 の 積ま れた シンク に 落ちた 。 泡 で 濡れた 肘 が 痒 かった 。 肘 の 痒 み が 、 全身 に 伝わる ようだった 。