第 二 章 彼 は 誰 に 会い たかった か?【6】
パチンコ 店 「 ワンダーランド 」 は 、 街道 沿い に 忽然 と ある 。
海 沿い の 県道 が 左 へ 大きく カーブ した 途端 、 下品で 巨大な 看板 が 現れ 、 その先 に バッキンガム 宮殿 を 貧相に 模した 店舗 が 建って いる 。 店舗 を 囲む 巨大な 駐車 場 の 門 は 、 パリ の 凱旋 門 を 模して 作られて おり 、 入口 に は 自由 の 女神 が 立って いる 。 誰 が 見て も 醜悪な 建物 だ が 、 市 内 の パチンコ 屋 に 比べる と 、 出 玉 の 確率 が 高い ので 、 週 末 は もちろん 、 平日 でも 大きな 駐車 場 に は 、 まるで 砂糖 に たかる 蟻 の ように 、 多く の 車 が 停められて いる 。 二 階 の スロットマシンフロア で 、 柴田 一二三 は 残り 数 十 枚 と なった コイン を ねじり 込む ように 投入 口 へ 押し込んで いた 。
狙って いた 台 に 先客 が おり 、 仕方なく 選んだ 台 で 、 手持ち の コイン が なくなったら やめよう と 決めて いた 。
三十 分 ほど 前 、 一二三 は 祐一 に メール を 送った 。
「 今 、 ワンダー に おる 。 仕事 帰り に ちょっと 寄ら ん や ? 」 と 送る と 、 すぐに 「 分かった 」 と いう 短い 返信 が あった 。
一二三 と 祐一 は 幼なじみ で 、 以前 は 両親 と 一緒に 祐一 と 同じ 地区 に 住んで いた のだ が 、 中学 を 卒業 する 半年 ほど 前 に 小さな 家 と 土地 を 売って 、 今では 市 内 の 賃貸 マンション に 暮らして いる 。
もちろん 埋め立て で 海岸 線 を 奪わ れた 漁港 に 近い 土地 が 高く 売れる はず も ない のだ が 、 当時 一二三 の 父親 が ギャンブル で 借金 を こしらえ 、 その 抵当 に 取ら れた 挙げ句 、 六 畳 二 間 の 今 の マンション へ 夜逃げ 同然 で 引っ越した のだ 。
引っ越して から も 連絡 を 取り合った の は 祐一 だけ で 、 その後 も 付き合い は 続いて いる 。
一緒に いて も 、 祐一 は 冗談 一 つ 言わ ず 、 決して 面白い 男 で は ない 。
一二三 に も それ は 分かって いる のだ が 、 なぜ か 未 だに 付き合い が 続いて いる のだ 。
あれ は 三 年 ほど 前 だった か 、 当時 付き合って いた 女 を 乗せて 、 平戸 へ ドライブ した 帰り 、 とつぜん 車 が エンコ した 。
JAF を 呼ぶ 金 も なく 、 何 人 か の 知り合い に 連絡 を 入れて みた もの の 、 忙しい だの 、 知った こと か だの 、 全員 つれない 。 そんな 中 、 唯一 、 牽引 ロープ 持参 で 助け に 来て くれた の が 祐一 だった 。
「 すま ん な 」 と 一二三 は 謝った 。
祐一 は 無表情で ロープ を 結び ながら 、「 どうせ 家 で 寝 とった だけ やけん 」 と 言った 。
牽引 して もらう 車 に 女 を 乗せる わけに も いか ず 、 祐一 の 車 の 助手 席 に 乗せた 。
付き合い の ある 整備 工場 まで 引いて もらって 、 祐一 と は あっさり と そこ で 別れた 。
祐一 の 車 を 見送る 女 に 、「 よか 男 やろ が ? 」 と カマ を かける と 、「 車 の 中 で ぜんぜん 喋ら ん と や もん 。 お礼 言って も 、『 ああ 』って 無愛想に 頷く だけ やし ……、 なんか 、 息 つまった 」 と 笑って いた 。 実際 そういう 男 だった 。
最後 の 十 数 枚 の ところ で 、 スロットマシン に 当たり が 出 始めた 。
一二三 は 混 んだ 店 内 を 見渡し 、 珈琲 の サービス を して いる ミニスカート の 店員 を 探した 。
入口 の ほう へ 顔 を 向けた とき 、 螺旋 階段 を 上がって くる 祐一 の 姿 を 見つけた 。
手 を 挙げて 合図 を 送る と 、 すぐに 気づいて 狭い 通路 を 歩いて くる 。
現場 帰り な ので 汚れた 紺 の ニッカボッカ に 、 同じく 紺色 の ドカジャン を ひっかけて いる のだ が 、 ジッパー の 隙間 から 派手な ピンク 色 の トレーナー が ちらっと 見える 。
祐一 は 隣 の 席 に 腰 を 下ろす と 、 一 階 で 買って きた らしい 缶 珈琲 を 開けた 。
祐一 が ポケット から 千 円 札 を 一 枚 出し 、 何も 言わ ず に 横 の 台 で 打ち 始める 。
近く に 来る と 、 祐一 の 臭い が 鼻 に つく 。
夏場 と 違って 汗 臭い と いう ので は ない 。 土埃 と いう か セメント と いう か 、 とにかく 廃屋 に 漂って いる ような 臭い だ 。
「 三瀬 峠 で 、 事件 の あった と 知っと る や ? 祐一 が とつぜん 口 を 開いた の は 、 あっという間 に 千 円 分 を すった ころ だった 。
「 女の子 が 殺さ れたら しか な 」
祐一 が 横 に 座って から 、 急に 調子 が 良く なって いた 一二三 は 、 顔 も 動かさ ず に 答えた 。
訊 いて きた の は 自分 の くせ に 、 祐一 が いつも の ように 黙り 込む 。
「 あれ 、 出会い 系 と か で けっこう 男 たち 引っ掛け とったら しか ぞ 。 今日 、 テレビ で そう 言い よった けど 」
一二三 が ボタン を 押し ながら 会話 を 繋ぐ と 、「 すぐ 見つかる さ ね ? 」 と 祐一 が 訊 いて くる 。
「 見つかるって ? 「……」
「 犯人 や ? 「……」
「 すぐ 見つかる さ 。 電話 会社 で 調べれば 、 すぐに 履歴 も 分かる や ろうし 」
この とき 、 一二三 は 祐一 の ほう を 一 度 も 見 ず に 喋り 続けて いた 。
三十 分 ほど スロット を 打ち 、 一二三 と 祐一 は 店 を 出た 。
結局 、 一二三 が 一万五千 円 、 祐一 が 二千 円 の 負け だった 。
すでに 日 は 落ち 、 駐車 場 を 強い ライト が 照らして いた 。
足元 に 二 人 の 濃い 影 が 伸び 、 ときどき パーキング の 白線 と 交わる 。
祐一 と 違って まったく 車 に 興味 の ない 一二三 は 、 安い 軽 自動車 に 乗って いた 。
鍵 を 開ける と 、 祐一 が すぐに 助手 席 に 乗り込んで くる 。
一二三 は ふと 空 を 見上げた 。
波 の 音 が 空 から 落ちて きた ように 聞こえた のだ 。 普段 なら 満天 の 星空 な のだ が 、 今夜 は 金星 だけ が 瞬いて いる 。 雨 で も 降る のだろう か と 一二三 は 思った 。
海 沿い の 県道 を 祐一 の 家 へ 向かい ながら 、 一二三 は なかなか 職 が 見つから ない と 愚痴 を こぼした 。
実際 、 この 日 も 午前 中 は ハローワーク で 過ごし 、 顔見知り に なった 若い 女子 事務 員 を 、「 今度 、 飲み に 行こう 」 と 求人 募集 を チェック し ながら 誘って いた 。
結局 、 仕事 も なく 、 誘い も 断ら れた が 、 午前 中 いっぱい を ハローワーク で 過ごした こと で 、「 やろう と 思えば 仕事 なんて いくら で も ある 」 と いう 楽観 的な 気持ち に なって いた 。
ラジオ から 流れて いた 曲 が 終わって 、 短い ニュース 番組 が 始まった 。
真っ先 に 三瀬 峠 で の 事件 が 伝えられる 。 助手 席 に 乗り込んだ きり 、 まったく 口 を 開か ない 祐一 に 、「 三瀬って いえば さ ……」 と 一二三 は 声 を かけた 。 外 を 眺めて いた 祐一 が 、 狭い 車 内 で 少し 身 を 引く ように して 振り返る 。
「…… 覚え とる や ? ほら 、 前 に 俺 が あそこ で 幽霊 見たって 話 」 急 カーブ で ハンドル を 切り ながら 一二三 は 言った 。 祐一 の からだ が その 反動 で ぺったり と ドア に はりつく 。 「 ほら 、 前 に 博多 の 会社 の 面接 に 行った 帰り 、 一 人 で 峠 越え し よったら 、 急に ライト が 消えて さ 。
ビビって すぐに 車 停めて 、 もう 一 回 エンジン かけ 直し よったら 、 助手 席 に 血まみれの 男 が 乗っとったって 話 。 覚え とら ん や ? のろのろ と 道 の 真ん中 を 走って いる カブ を 煽り ながら 、 一二三 は ちらっと 祐一 に 目 を 向けた 。
「 あれ 、 マジ で ビビった けん ね 。 エンジン は かから ん し 、 助手 席 に 血まみれの 男 は 座っと る し 、 たぶん 、 俺 、 悲鳴 上げ ながら キー 回し とった と 思う 」 そう 言い ながら 、 一二三 が 自分 で 自分 の 話 に 笑って いる と 、 祐一 は 、「 早う 、 抜け 」 と 前 の カブ を 顎 で しゃくった 。 あの 夜 、 一二三 が 峠 を 越えた の は 、 夜 八 時 を 回った ころ だった 。
博多 で 、 あれ は 何の 会社 だった か 、 面接 を 受け 、「 こりゃ 、 駄目だ な 」 と 落胆 した 足 で 、 天神 の ヘルス へ 行った 。 どちら か と 言えば 、 会社 の 面接 より も 、 ヘルス 選び の ほう に 力 が 入って いた と 思う 。
とにかく ヘルス で 一 発 抜いて 、 ラーメン を 食べた あと 、 車 で 峠 に 差しかかった 。
まだ 八 時 を 回った ばかりな のに 、 峠 道 に は 先 を 行く 車 は おろか 、 すれ違う 車 も なかった 。
正直 、 車 の ライト に 青白く 照らし出さ れる 藪 や 林 が 不気味で 、 こんな こと なら 節約 せ ず に 高速 を 使う べきだった と 後悔 して いた 。
たった 一 人きり の 車 内 で 紛らわし に 声 を 張り上げて 歌って みて も 、 逆に その 声 が 周囲 の 林 に すっと 吸い込まれて いく 。 真っ暗な 山中 で 、 命綱 と も いえる ライト の 調子 が おかしく なった の は 、 いよいよ 峠 の 山頂 に さしかかった ころ で 、 最初 、 自分 の 目 が おかしく なった の か と 一二三 は 思った 。
次の 瞬間 、 点滅 する ライト の 中 を 、 すっと 黒い 何 か が 通った 。 一二三 は 慌てて ブレーキ を 踏み 、 必死に ブレ る ハンドル に しがみついた 。
ライト が 完全に 消えた の は その とき だった 。
フロント ガラス の 先 は 、 まるで 目 を 閉じて いる ような 暗闇 で 、 エンジン は かかって いる のに 、 車 を 取り囲む 森 の 中 で 、 耳 を 塞ぎ たく なる ほど 虫 の 声 が 高く なる 。
冷房 は ギンギン に 入れて いた のに 、 どっと 汗 が 噴き出した 。
汗 と いう より も 、 ぬるい お 湯 を 全身 に 浴びせられた ようだった 。 その 瞬間 、 車体 が 一 度 大きく 揺れて 、 エンジン が 止まった 。
助手 席 に 何 か が いる の を 感じた の は その とき だった 。 恐怖 は 人間 の 視野 を 狭める 。 横 を 向け ない 。 振り向け ない 。 前 だけ しか 見られ なく なる のだ 。 かけ 直そう と した エンジン が かから なかった 。
一二三 は 悲鳴 を 上げた 。 横 に 何 か が いる の は 分かって いる 。 ただ 、 それ が 何 な の か 分から なかった 。
「…… もう 苦 しか 」
助手 席 から 、 ふと 男 の 声 が した 。
一二三 は 自分 の 悲鳴 で 耳 を 塞いだ 。 エンジン は かから ない 。
「…… もう 無理 ばい 」
横 で 男 の 声 が する 。
一二三 は 逃げ出そう と ドア に 手 を かけた 。
その 瞬間 、 窓 ガラス に 血まみれの 男 が 映った 。
男 は こちら を じっと 見つめて いた 。
玄関 で 物音 が して 、 房枝 は ちらっと 時計 を 見 遣 り 、 ぼんやり と 見つめて いた 茶 封筒 を 慌てて エプロン の ポケット に 押し込んだ 。
封筒 に は 「 領収 書 在中 」 と 書いて ある 。
房枝 は 椅子 に 座った まま 、 ガス レンジ に 手 を 伸ばし 、 あら かぶ の 煮付け を 温め 直した 。
「 おじゃま しま ー す 」
明るい 一二三 の 声 が 聞こえて きた の は その とき で 、 房枝 は 立ち上がる と 、「 あら 、 一二三 くん と 一緒 やった と ね ? と 声 を 返し ながら 廊下 へ 出た 。
さっさと 靴 を 脱いだ 一二三 が 、 祐一 を 押しのける ように 上がって きて 、「 おばさん 、 なんか 旨 そうな 匂い や ねぇ 」 と 台所 を 覗き込んで くる 。
「 何も 食べ とら ん と ? すぐ 用意 して やる けん 、 祐一 と 一緒に 食べ ん ね 」
房枝 の 言葉 に 、 一二三 が 嬉し そうに 、「 食べる 。 食べる 」 と 何度 も 頷く 。
「 パチンコ ね ? 房枝 は 鍋 に 蓋 を した 。
「 いや 、 スロット 。 でも ぜんぜん 駄目 。 また 損した よ 」
「 いくら ? 房枝 の 質問 に 、 一二三 が 「 一万五千 円 」 と 指 で 示して 見せる 。
房枝 は 祐一 が 一二三 と 一緒に 帰って きた こと で 、 どこ か 気分 が 軽く なった 。
三瀬 峠 で 起きた と いう 事件 と 祐一 が まったく 無関係である こと は 分かって いた が 、 昼 前 に やってきた 刑事 に 、「 日曜日 、 祐一 は 出かけて ない 」 と 、 咄嗟に 嘘 を ついて しまった こと で 、 実際 は 無関係な のに 、 妙な しこり が 残って いた のだ 。
祐一 が あの 夜 、 車 で 出かけた の は 間違い なかった 。
ただ 、 岡崎 の ばあさん が 、「 祐一 は 出かけて いない 」 と 証言 した のだ から 、 出かけた と して も そう 長い 時間 で は ない はずだ 。 以前 、 祐一 が 勝治 を 病院 に 送った とき も そう だ 。 あの ばあさん は 、 祐一 の 車 が 一 、 二 時間 なくて も その 日 は 出かけて いない と 言う 癖 が ある 。 「 一二三 くん 、 日曜日 も 祐一 と 一緒 やった と やろ ? 房枝 は 当の 祐一 が 二 階 へ 上がった の を 確認 して から 尋ねた 。
鍋 に 入った あら かぶ の 煮付け を 覗き込み ながら 、「 日曜 ? 」 と 首 を 捻った 一二三 が 、
「 俺 は 一緒じゃ なかった けど ……、 ああ 、 整備 屋 に 行っとった んじゃ ない 。 なんか 車 の 部品 、 また 換えるって 言い よった し 」 と 答えて 鍋 に 手 を 突っ込む 。 「 ほら 、 すぐ 用意 して やる けん 」 と 房枝 は その 手 を 叩いた 。
素直に 手 を 引っ込めた 一二三 が 、「 刺身 ない と ? 」 と 、 今度 は 冷蔵 庫 を 開ける 。
一二三 の 分 の 食事 だけ を 先 に 用意 して 、 房枝 は 夕方 畳んだ 洗濯物 を 二 階 の 祐一 の 部屋 へ 運んだ 。
ドア を 開ける と 、 ベッド に 寝 転がって いた 祐一 が 、「 すぐ 降りて く けん 」 と 無愛想に 呟く 。
房枝 は 持ってきた 洗濯物 を 古い タンス の 引き出し に 入れた 。
この タンス は 祐一 が 母親 と 一緒に ここ へ 来た とき から 使って いる もの で 、 引き出し の 取っ手 が 熊 の 顔 に なって いる 。
「 今日 、 警察 の 来た と よ 」
房枝 は わざと 祐一 の 顔 を 見 ず に 、 洗濯物 を 押し込み ながら 告げた 。
「 あんた 、 福岡 に 文通 し よる 女の子 が おる とって ? もう 知っと る やろう けど 、 その 子 が ほら 、 日曜日 に 亡くなった と やろ ? 房枝 は そこ で 初めて 祐一 へ 目 を 向けた 。
祐一 は 頭 だけ を 起こして こちら を 見て いた 。 表情 は なく 、 何 か 他の こと を 考えて いる ようだった 。
「 知っと る と やろ ? その 女の子 が ほら ……」
房枝 が 改めて 尋ねる と 、「 知っと る よ 」 と 祐一 が ゆっくり と 口 を 動かす 。 「 あんた 、 その 子 に 会った こと ある と ね ?
文通 だけ やった と ね ? 「 なんで ? 「 なんでって 、 会った こと ある なら 、 お 葬式 くらい 行った ほう が いい んじゃ ない か と 思う て さ 」 「 葬式 ? 「 そう よ 。 文通 だけ なら そこ まで する こと ない けど 、 会う たこ と ある なら ……」
「 会う たこ と ない よ 」
こちら に 向けられた 祐一 の 靴下 の 裏 が 指 の 形 で 汚れて いた 。 祐一 は じっと こちら を 見て いる 。 房枝 の 背後 に 誰 か が 立って いる ような 視線 だった 。
「 どこ の 誰 か 知ら ん けど 、 世の中 に は 惨 たらし かこ と する 人 も おる もん や ねぇ 。
…… 警察 の 人 の 話 じゃ 、 もう 犯人 は 分 かっとって 、 その 人 が 今 、 逃げ回り よる けん 、 必死で 探し よる みたい やけど 」 房枝 の 言葉 に 、 むくっと 祐一 が 起き上がった 。 体重 で ベッド の パイプ が 軋む 。
「 犯人 、 もう 分かっと る と ? 「 らしい よ 。 駐在 さん が そう 言い よった 。 ただ 、 どっか に 逃げて し も うて 、 まだ 見つから んって 」 「 それって 、 あの 大学生 ? 「 大学生 ? 「 ほら 、 テレビ で 言い よる やろ ? 食いついて くる ような 祐一 の 物言い に 、「 ああ 、 やっぱり この 子 は 事件 の こと を 知っていた のだ 」 と 房枝 は 確信 した 。
「 警察 が 本当に そう 言う た と ? その 大学生 が 犯人って 」 祐一 に 訊 かれ 、 房枝 は 頷いた 。 祐一 と 殺さ れた 女性 が どこ まで 親しかった の か 知ら ない が 、 犯人 へ の 憎しみ ぐらい は 分かる 。
「 すぐに 捕まる さ 。 そう 、 逃げ 切れる もん ね 」
房枝 は 慰める ように 言った 。
ベッド から 立ち上がった 祐一 の 顔 が 紅潮 して いた 。
よほど 憎い のだろう と 思った が 、 どちら か と 言えば 、 犯人 が 分かった こと に 安堵 して いる ように も 見える 。
「 そう いえば 、 あんた 、 この 前 の 日曜日 、 どこ に 出かけた と ね ? 夜 、 ちょ ろっと 出かけ とった ろ ? 「 日曜 ? 「 また 車 の 整備 工場 やろ 」
房枝 の 断定 的な 言い 方 に 、 祐一 が 頷く 。
「 警察 に 訊 かれた と よ 。 一応 、 その 女の子 の 知り合い 全員 に 訊 いて 回り よる とって 。 岡崎 の ばあさん が 祐一 は どこ に も 出かけ とら んって 言う た らしくて 、 嘘 つく つもりじゃ なかった ばって ん 、 私 も そう やろって 答え とった よ 。 岡崎 の ばあちゃん は 一 、 二 時間 、 車 で 出かけて も 、 出かけた うち に は 入ら ん けん ねぇ 。 ところで 、 ごはん は 風呂 に 入って から 食べる と やろ ? 房枝 は 一方的に そこ まで 言う と 、 返事 も 待た ず に 部屋 を 出た 。
階段 を 下りた ところ で 振り返り 、 二 階 を 見上げた 。 夫 の 勝治 が からだ を 壊し 、 入 退院 を 繰り返して いる 今 、 自分 が 頼れる の は 祐一 しか いない のだ と 、 ふと 思う 。 実の 娘 だろう が 、 父親 の 見舞い に も 来 ない 長女 は もちろん 、 祐一 の 母 である 次女 を 当て に できる はず も ない 。
房枝 は エプロン の ポケット から 、 一 通 の 茶 封筒 を 取り出した 。
中 に は 一 枚 の 領収 書 が 入って いる 。
〈 品 代 漢方 薬 一式 合計 ¥263500〉
公民 館 に 健康 セミナー の 講師 と して 来て いた 堤 下 に 、「 市 内 の 事務 所 に くれば 、 安く 漢方 薬 を 分けて 上げられる 」 と 言わ れ 、 勝治 の 病院 へ 行った 帰り に 、 興味 半分 で 寄った の は 昨日 の こと だった 。 買う つもり など なかった 。
病院 と 家 と の 往復 に 疲れ 、 堤 下 の 笑い話 でも 聞く つもりで 寄った だけ だった のに 、 乱暴な 口 を きく 若い 男 たち に 囲ま れ 、 契約 書 に サイン さ せられた 。 今 は お 金 が ない と 涙声 で 訴える と 、 男 たち は 房枝 を 無理やり 郵便 局 まで 連れて いった 。
あまりに も 恐ろしくて 、 助け も 呼べ なかった 。 房枝 は 監視 さ れた まま 、 なけなし の 貯金 を 下ろす しか なかった 。