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悪人 (Villain) (1st Book), 第二章 彼は誰に会いたかったか?【6】

第 二 章 彼 は 誰 に 会い たかった か?【6】

パチンコ 店 「 ワンダーランド 」 は 、 街道 沿い に 忽然 と ある 。

海 沿い の 県道 が 左 へ 大きく カーブ した 途端 、 下品で 巨大な 看板 が 現れ 、 その先 に バッキンガム 宮殿 を 貧相に 模した 店舗 が 建って いる 。 店舗 を 囲む 巨大な 駐車 場 の 門 は 、 パリ の 凱旋 門 を 模して 作られて おり 、 入口 に は 自由 の 女神 が 立って いる 。 誰 が 見て も 醜悪な 建物 だ が 、 市 内 の パチンコ 屋 に 比べる と 、 出 玉 の 確率 が 高い ので 、 週 末 は もちろん 、 平日 でも 大きな 駐車 場 に は 、 まるで 砂糖 に たかる 蟻 の ように 、 多く の 車 が 停められて いる 。 二 階 の スロットマシンフロア で 、 柴田 一二三 は 残り 数 十 枚 と なった コイン を ねじり 込む ように 投入 口 へ 押し込んで いた 。

狙って いた 台 に 先客 が おり 、 仕方なく 選んだ 台 で 、 手持ち の コイン が なくなったら やめよう と 決めて いた 。

三十 分 ほど 前 、 一二三 は 祐一 に メール を 送った 。

「 今 、 ワンダー に おる 。 仕事 帰り に ちょっと 寄ら ん や ? 」 と 送る と 、 すぐに 「 分かった 」 と いう 短い 返信 が あった 。

一二三 と 祐一 は 幼なじみ で 、 以前 は 両親 と 一緒に 祐一 と 同じ 地区 に 住んで いた のだ が 、 中学 を 卒業 する 半年 ほど 前 に 小さな 家 と 土地 を 売って 、 今では 市 内 の 賃貸 マンション に 暮らして いる 。

もちろん 埋め立て で 海岸 線 を 奪わ れた 漁港 に 近い 土地 が 高く 売れる はず も ない のだ が 、 当時 一二三 の 父親 が ギャンブル で 借金 を こしらえ 、 その 抵当 に 取ら れた 挙げ句 、 六 畳 二 間 の 今 の マンション へ 夜逃げ 同然 で 引っ越した のだ 。

引っ越して から も 連絡 を 取り合った の は 祐一 だけ で 、 その後 も 付き合い は 続いて いる 。

一緒に いて も 、 祐一 は 冗談 一 つ 言わ ず 、 決して 面白い 男 で は ない 。

一二三 に も それ は 分かって いる のだ が 、 なぜ か 未 だに 付き合い が 続いて いる のだ 。

あれ は 三 年 ほど 前 だった か 、 当時 付き合って いた 女 を 乗せて 、 平戸 へ ドライブ した 帰り 、 とつぜん 車 が エンコ した 。

JAF を 呼ぶ 金 も なく 、 何 人 か の 知り合い に 連絡 を 入れて みた もの の 、 忙しい だの 、 知った こと か だの 、 全員 つれない 。 そんな 中 、 唯一 、 牽引 ロープ 持参 で 助け に 来て くれた の が 祐一 だった 。

「 すま ん な 」 と 一二三 は 謝った 。

祐一 は 無表情で ロープ を 結び ながら 、「 どうせ 家 で 寝 とった だけ やけん 」 と 言った 。

牽引 して もらう 車 に 女 を 乗せる わけに も いか ず 、 祐一 の 車 の 助手 席 に 乗せた 。

付き合い の ある 整備 工場 まで 引いて もらって 、 祐一 と は あっさり と そこ で 別れた 。

祐一 の 車 を 見送る 女 に 、「 よか 男 やろ が ? 」 と カマ を かける と 、「 車 の 中 で ぜんぜん 喋ら ん と や もん 。 お礼 言って も 、『 ああ 』って 無愛想に 頷く だけ やし ……、 なんか 、 息 つまった 」 と 笑って いた 。 実際 そういう 男 だった 。

最後 の 十 数 枚 の ところ で 、 スロットマシン に 当たり が 出 始めた 。

一二三 は 混 んだ 店 内 を 見渡し 、 珈琲 の サービス を して いる ミニスカート の 店員 を 探した 。

入口 の ほう へ 顔 を 向けた とき 、 螺旋 階段 を 上がって くる 祐一 の 姿 を 見つけた 。

手 を 挙げて 合図 を 送る と 、 すぐに 気づいて 狭い 通路 を 歩いて くる 。

現場 帰り な ので 汚れた 紺 の ニッカボッカ に 、 同じく 紺色 の ドカジャン を ひっかけて いる のだ が 、 ジッパー の 隙間 から 派手な ピンク 色 の トレーナー が ちらっと 見える 。

祐一 は 隣 の 席 に 腰 を 下ろす と 、 一 階 で 買って きた らしい 缶 珈琲 を 開けた 。

祐一 が ポケット から 千 円 札 を 一 枚 出し 、 何も 言わ ず に 横 の 台 で 打ち 始める 。

近く に 来る と 、 祐一 の 臭い が 鼻 に つく 。

夏場 と 違って 汗 臭い と いう ので は ない 。 土埃 と いう か セメント と いう か 、 とにかく 廃屋 に 漂って いる ような 臭い だ 。

「 三瀬 峠 で 、 事件 の あった と 知っと る や ? 祐一 が とつぜん 口 を 開いた の は 、 あっという間 に 千 円 分 を すった ころ だった 。

「 女の子 が 殺さ れたら しか な 」

祐一 が 横 に 座って から 、 急に 調子 が 良く なって いた 一二三 は 、 顔 も 動かさ ず に 答えた 。

訊 いて きた の は 自分 の くせ に 、 祐一 が いつも の ように 黙り 込む 。

「 あれ 、 出会い 系 と か で けっこう 男 たち 引っ掛け とったら しか ぞ 。 今日 、 テレビ で そう 言い よった けど 」

一二三 が ボタン を 押し ながら 会話 を 繋ぐ と 、「 すぐ 見つかる さ ね ? 」 と 祐一 が 訊 いて くる 。

「 見つかるって ? 「……」

「 犯人 や ? 「……」

「 すぐ 見つかる さ 。 電話 会社 で 調べれば 、 すぐに 履歴 も 分かる や ろうし 」

この とき 、 一二三 は 祐一 の ほう を 一 度 も 見 ず に 喋り 続けて いた 。

三十 分 ほど スロット を 打ち 、 一二三 と 祐一 は 店 を 出た 。

結局 、 一二三 が 一万五千 円 、 祐一 が 二千 円 の 負け だった 。

すでに 日 は 落ち 、 駐車 場 を 強い ライト が 照らして いた 。

足元 に 二 人 の 濃い 影 が 伸び 、 ときどき パーキング の 白線 と 交わる 。

祐一 と 違って まったく 車 に 興味 の ない 一二三 は 、 安い 軽 自動車 に 乗って いた 。

鍵 を 開ける と 、 祐一 が すぐに 助手 席 に 乗り込んで くる 。

一二三 は ふと 空 を 見上げた 。

波 の 音 が 空 から 落ちて きた ように 聞こえた のだ 。 普段 なら 満天 の 星空 な のだ が 、 今夜 は 金星 だけ が 瞬いて いる 。 雨 で も 降る のだろう か と 一二三 は 思った 。

海 沿い の 県道 を 祐一 の 家 へ 向かい ながら 、 一二三 は なかなか 職 が 見つから ない と 愚痴 を こぼした 。

実際 、 この 日 も 午前 中 は ハローワーク で 過ごし 、 顔見知り に なった 若い 女子 事務 員 を 、「 今度 、 飲み に 行こう 」 と 求人 募集 を チェック し ながら 誘って いた 。

結局 、 仕事 も なく 、 誘い も 断ら れた が 、 午前 中 いっぱい を ハローワーク で 過ごした こと で 、「 やろう と 思えば 仕事 なんて いくら で も ある 」 と いう 楽観 的な 気持ち に なって いた 。

ラジオ から 流れて いた 曲 が 終わって 、 短い ニュース 番組 が 始まった 。

真っ先 に 三瀬 峠 で の 事件 が 伝えられる 。 助手 席 に 乗り込んだ きり 、 まったく 口 を 開か ない 祐一 に 、「 三瀬って いえば さ ……」 と 一二三 は 声 を かけた 。 外 を 眺めて いた 祐一 が 、 狭い 車 内 で 少し 身 を 引く ように して 振り返る 。

「…… 覚え とる や ? ほら 、 前 に 俺 が あそこ で 幽霊 見たって 話 」 急 カーブ で ハンドル を 切り ながら 一二三 は 言った 。 祐一 の からだ が その 反動 で ぺったり と ドア に はりつく 。 「 ほら 、 前 に 博多 の 会社 の 面接 に 行った 帰り 、 一 人 で 峠 越え し よったら 、 急に ライト が 消えて さ 。

ビビって すぐに 車 停めて 、 もう 一 回 エンジン かけ 直し よったら 、 助手 席 に 血まみれの 男 が 乗っとったって 話 。 覚え とら ん や ? のろのろ と 道 の 真ん中 を 走って いる カブ を 煽り ながら 、 一二三 は ちらっと 祐一 に 目 を 向けた 。

「 あれ 、 マジ で ビビった けん ね 。 エンジン は かから ん し 、 助手 席 に 血まみれの 男 は 座っと る し 、 たぶん 、 俺 、 悲鳴 上げ ながら キー 回し とった と 思う 」 そう 言い ながら 、 一二三 が 自分 で 自分 の 話 に 笑って いる と 、 祐一 は 、「 早う 、 抜け 」 と 前 の カブ を 顎 で しゃくった 。 あの 夜 、 一二三 が 峠 を 越えた の は 、 夜 八 時 を 回った ころ だった 。

博多 で 、 あれ は 何の 会社 だった か 、 面接 を 受け 、「 こりゃ 、 駄目だ な 」 と 落胆 した 足 で 、 天神 の ヘルス へ 行った 。 どちら か と 言えば 、 会社 の 面接 より も 、 ヘルス 選び の ほう に 力 が 入って いた と 思う 。

とにかく ヘルス で 一 発 抜いて 、 ラーメン を 食べた あと 、 車 で 峠 に 差しかかった 。

まだ 八 時 を 回った ばかりな のに 、 峠 道 に は 先 を 行く 車 は おろか 、 すれ違う 車 も なかった 。

正直 、 車 の ライト に 青白く 照らし出さ れる 藪 や 林 が 不気味で 、 こんな こと なら 節約 せ ず に 高速 を 使う べきだった と 後悔 して いた 。

たった 一 人きり の 車 内 で 紛らわし に 声 を 張り上げて 歌って みて も 、 逆に その 声 が 周囲 の 林 に すっと 吸い込まれて いく 。 真っ暗な 山中 で 、 命綱 と も いえる ライト の 調子 が おかしく なった の は 、 いよいよ 峠 の 山頂 に さしかかった ころ で 、 最初 、 自分 の 目 が おかしく なった の か と 一二三 は 思った 。

次の 瞬間 、 点滅 する ライト の 中 を 、 すっと 黒い 何 か が 通った 。 一二三 は 慌てて ブレーキ を 踏み 、 必死に ブレ る ハンドル に しがみついた 。

ライト が 完全に 消えた の は その とき だった 。

フロント ガラス の 先 は 、 まるで 目 を 閉じて いる ような 暗闇 で 、 エンジン は かかって いる のに 、 車 を 取り囲む 森 の 中 で 、 耳 を 塞ぎ たく なる ほど 虫 の 声 が 高く なる 。

冷房 は ギンギン に 入れて いた のに 、 どっと 汗 が 噴き出した 。

汗 と いう より も 、 ぬるい お 湯 を 全身 に 浴びせられた ようだった 。 その 瞬間 、 車体 が 一 度 大きく 揺れて 、 エンジン が 止まった 。

助手 席 に 何 か が いる の を 感じた の は その とき だった 。 恐怖 は 人間 の 視野 を 狭める 。 横 を 向け ない 。 振り向け ない 。 前 だけ しか 見られ なく なる のだ 。 かけ 直そう と した エンジン が かから なかった 。

一二三 は 悲鳴 を 上げた 。 横 に 何 か が いる の は 分かって いる 。 ただ 、 それ が 何 な の か 分から なかった 。

「…… もう 苦 しか 」

助手 席 から 、 ふと 男 の 声 が した 。

一二三 は 自分 の 悲鳴 で 耳 を 塞いだ 。 エンジン は かから ない 。

「…… もう 無理 ばい 」

横 で 男 の 声 が する 。

一二三 は 逃げ出そう と ドア に 手 を かけた 。

その 瞬間 、 窓 ガラス に 血まみれの 男 が 映った 。

男 は こちら を じっと 見つめて いた 。

玄関 で 物音 が して 、 房枝 は ちらっと 時計 を 見 遣 り 、 ぼんやり と 見つめて いた 茶 封筒 を 慌てて エプロン の ポケット に 押し込んだ 。

封筒 に は 「 領収 書 在中 」 と 書いて ある 。

房枝 は 椅子 に 座った まま 、 ガス レンジ に 手 を 伸ばし 、 あら かぶ の 煮付け を 温め 直した 。

「 おじゃま しま ー す 」

明るい 一二三 の 声 が 聞こえて きた の は その とき で 、 房枝 は 立ち上がる と 、「 あら 、 一二三 くん と 一緒 やった と ね ? と 声 を 返し ながら 廊下 へ 出た 。

さっさと 靴 を 脱いだ 一二三 が 、 祐一 を 押しのける ように 上がって きて 、「 おばさん 、 なんか 旨 そうな 匂い や ねぇ 」 と 台所 を 覗き込んで くる 。

「 何も 食べ とら ん と ? すぐ 用意 して やる けん 、 祐一 と 一緒に 食べ ん ね 」

房枝 の 言葉 に 、 一二三 が 嬉し そうに 、「 食べる 。 食べる 」 と 何度 も 頷く 。

「 パチンコ ね ? 房枝 は 鍋 に 蓋 を した 。

「 いや 、 スロット 。 でも ぜんぜん 駄目 。 また 損した よ 」

「 いくら ? 房枝 の 質問 に 、 一二三 が 「 一万五千 円 」 と 指 で 示して 見せる 。

房枝 は 祐一 が 一二三 と 一緒に 帰って きた こと で 、 どこ か 気分 が 軽く なった 。

三瀬 峠 で 起きた と いう 事件 と 祐一 が まったく 無関係である こと は 分かって いた が 、 昼 前 に やってきた 刑事 に 、「 日曜日 、 祐一 は 出かけて ない 」 と 、 咄嗟に 嘘 を ついて しまった こと で 、 実際 は 無関係な のに 、 妙な しこり が 残って いた のだ 。

祐一 が あの 夜 、 車 で 出かけた の は 間違い なかった 。

ただ 、 岡崎 の ばあさん が 、「 祐一 は 出かけて いない 」 と 証言 した のだ から 、 出かけた と して も そう 長い 時間 で は ない はずだ 。 以前 、 祐一 が 勝治 を 病院 に 送った とき も そう だ 。 あの ばあさん は 、 祐一 の 車 が 一 、 二 時間 なくて も その 日 は 出かけて いない と 言う 癖 が ある 。 「 一二三 くん 、 日曜日 も 祐一 と 一緒 やった と やろ ? 房枝 は 当の 祐一 が 二 階 へ 上がった の を 確認 して から 尋ねた 。

鍋 に 入った あら かぶ の 煮付け を 覗き込み ながら 、「 日曜 ? 」 と 首 を 捻った 一二三 が 、

「 俺 は 一緒じゃ なかった けど ……、 ああ 、 整備 屋 に 行っとった んじゃ ない 。 なんか 車 の 部品 、 また 換えるって 言い よった し 」 と 答えて 鍋 に 手 を 突っ込む 。 「 ほら 、 すぐ 用意 して やる けん 」 と 房枝 は その 手 を 叩いた 。

素直に 手 を 引っ込めた 一二三 が 、「 刺身 ない と ? 」 と 、 今度 は 冷蔵 庫 を 開ける 。

一二三 の 分 の 食事 だけ を 先 に 用意 して 、 房枝 は 夕方 畳んだ 洗濯物 を 二 階 の 祐一 の 部屋 へ 運んだ 。

ドア を 開ける と 、 ベッド に 寝 転がって いた 祐一 が 、「 すぐ 降りて く けん 」 と 無愛想に 呟く 。

房枝 は 持ってきた 洗濯物 を 古い タンス の 引き出し に 入れた 。

この タンス は 祐一 が 母親 と 一緒に ここ へ 来た とき から 使って いる もの で 、 引き出し の 取っ手 が 熊 の 顔 に なって いる 。

「 今日 、 警察 の 来た と よ 」

房枝 は わざと 祐一 の 顔 を 見 ず に 、 洗濯物 を 押し込み ながら 告げた 。

「 あんた 、 福岡 に 文通 し よる 女の子 が おる とって ? もう 知っと る やろう けど 、 その 子 が ほら 、 日曜日 に 亡くなった と やろ ? 房枝 は そこ で 初めて 祐一 へ 目 を 向けた 。

祐一 は 頭 だけ を 起こして こちら を 見て いた 。 表情 は なく 、 何 か 他の こと を 考えて いる ようだった 。

「 知っと る と やろ ? その 女の子 が ほら ……」

房枝 が 改めて 尋ねる と 、「 知っと る よ 」 と 祐一 が ゆっくり と 口 を 動かす 。 「 あんた 、 その 子 に 会った こと ある と ね ?

文通 だけ やった と ね ? 「 なんで ? 「 なんでって 、 会った こと ある なら 、 お 葬式 くらい 行った ほう が いい んじゃ ない か と 思う て さ 」 「 葬式 ? 「 そう よ 。 文通 だけ なら そこ まで する こと ない けど 、 会う たこ と ある なら ……」

「 会う たこ と ない よ 」

こちら に 向けられた 祐一 の 靴下 の 裏 が 指 の 形 で 汚れて いた 。 祐一 は じっと こちら を 見て いる 。 房枝 の 背後 に 誰 か が 立って いる ような 視線 だった 。

「 どこ の 誰 か 知ら ん けど 、 世の中 に は 惨 たらし かこ と する 人 も おる もん や ねぇ 。

…… 警察 の 人 の 話 じゃ 、 もう 犯人 は 分 かっとって 、 その 人 が 今 、 逃げ回り よる けん 、 必死で 探し よる みたい やけど 」 房枝 の 言葉 に 、 むくっと 祐一 が 起き上がった 。 体重 で ベッド の パイプ が 軋む 。

「 犯人 、 もう 分かっと る と ? 「 らしい よ 。 駐在 さん が そう 言い よった 。 ただ 、 どっか に 逃げて し も うて 、 まだ 見つから んって 」 「 それって 、 あの 大学生 ? 「 大学生 ? 「 ほら 、 テレビ で 言い よる やろ ? 食いついて くる ような 祐一 の 物言い に 、「 ああ 、 やっぱり この 子 は 事件 の こと を 知っていた のだ 」 と 房枝 は 確信 した 。

「 警察 が 本当に そう 言う た と ? その 大学生 が 犯人って 」 祐一 に 訊 かれ 、 房枝 は 頷いた 。 祐一 と 殺さ れた 女性 が どこ まで 親しかった の か 知ら ない が 、 犯人 へ の 憎しみ ぐらい は 分かる 。

「 すぐに 捕まる さ 。 そう 、 逃げ 切れる もん ね 」

房枝 は 慰める ように 言った 。

ベッド から 立ち上がった 祐一 の 顔 が 紅潮 して いた 。

よほど 憎い のだろう と 思った が 、 どちら か と 言えば 、 犯人 が 分かった こと に 安堵 して いる ように も 見える 。

「 そう いえば 、 あんた 、 この 前 の 日曜日 、 どこ に 出かけた と ね ? 夜 、 ちょ ろっと 出かけ とった ろ ? 「 日曜 ? 「 また 車 の 整備 工場 やろ 」

房枝 の 断定 的な 言い 方 に 、 祐一 が 頷く 。

「 警察 に 訊 かれた と よ 。 一応 、 その 女の子 の 知り合い 全員 に 訊 いて 回り よる とって 。 岡崎 の ばあさん が 祐一 は どこ に も 出かけ とら んって 言う た らしくて 、 嘘 つく つもりじゃ なかった ばって ん 、 私 も そう やろって 答え とった よ 。 岡崎 の ばあちゃん は 一 、 二 時間 、 車 で 出かけて も 、 出かけた うち に は 入ら ん けん ねぇ 。 ところで 、 ごはん は 風呂 に 入って から 食べる と やろ ? 房枝 は 一方的に そこ まで 言う と 、 返事 も 待た ず に 部屋 を 出た 。

階段 を 下りた ところ で 振り返り 、 二 階 を 見上げた 。 夫 の 勝治 が からだ を 壊し 、 入 退院 を 繰り返して いる 今 、 自分 が 頼れる の は 祐一 しか いない のだ と 、 ふと 思う 。 実の 娘 だろう が 、 父親 の 見舞い に も 来 ない 長女 は もちろん 、 祐一 の 母 である 次女 を 当て に できる はず も ない 。

房枝 は エプロン の ポケット から 、 一 通 の 茶 封筒 を 取り出した 。

中 に は 一 枚 の 領収 書 が 入って いる 。

〈 品 代 漢方 薬 一式 合計 ¥263500〉

公民 館 に 健康 セミナー の 講師 と して 来て いた 堤 下 に 、「 市 内 の 事務 所 に くれば 、 安く 漢方 薬 を 分けて 上げられる 」 と 言わ れ 、 勝治 の 病院 へ 行った 帰り に 、 興味 半分 で 寄った の は 昨日 の こと だった 。 買う つもり など なかった 。

病院 と 家 と の 往復 に 疲れ 、 堤 下 の 笑い話 でも 聞く つもりで 寄った だけ だった のに 、 乱暴な 口 を きく 若い 男 たち に 囲ま れ 、 契約 書 に サイン さ せられた 。 今 は お 金 が ない と 涙声 で 訴える と 、 男 たち は 房枝 を 無理やり 郵便 局 まで 連れて いった 。

あまりに も 恐ろしくて 、 助け も 呼べ なかった 。 房枝 は 監視 さ れた まま 、 なけなし の 貯金 を 下ろす しか なかった 。

第 二 章 彼 は 誰 に 会い たかった か?【6】 だい|ふた|しょう|かれ||だれ||あい|| Kapitel 2 Wen wollte er treffen? [6 Chapter 2 Who Did He Want to See? [6 Capítulo 2 ¿A quién quería conocer? [6 第 2 章 他想见谁?[6

パチンコ 店 「 ワンダーランド 」 は 、 街道 沿い に 忽然 と ある 。 ぱちんこ|てん|||かいどう|ぞい||こつぜん||

海 沿い の 県道 が 左 へ 大きく カーブ した 途端 、 下品で 巨大な 看板 が 現れ 、 その先 に バッキンガム 宮殿 を 貧相に 模した 店舗 が 建って いる 。 うみ|ぞい||けんどう||ひだり||おおきく|かーぶ||とたん|げひんで|きょだいな|かんばん||あらわれ|そのさき||ばっきんがむ|きゅうでん||ひんそうに|もした|てんぽ||たって| 店舗 を 囲む 巨大な 駐車 場 の 門 は 、 パリ の 凱旋 門 を 模して 作られて おり 、 入口 に は 自由 の 女神 が 立って いる 。 てんぽ||かこむ|きょだいな|ちゅうしゃ|じょう||もん||ぱり||がいせん|もん||もして|つくら れて||いりぐち|||じゆう||めがみ||たって| 誰 が 見て も 醜悪な 建物 だ が 、 市 内 の パチンコ 屋 に 比べる と 、 出 玉 の 確率 が 高い ので 、 週 末 は もちろん 、 平日 でも 大きな 駐車 場 に は 、 まるで 砂糖 に たかる 蟻 の ように 、 多く の 車 が 停められて いる 。 だれ||みて||しゅうあくな|たてもの|||し|うち||ぱちんこ|や||くらべる||だ|たま||かくりつ||たかい||しゅう|すえ|||へいじつ||おおきな|ちゅうしゃ|じょう||||さとう|||あり|||おおく||くるま||とめ られて| 二 階 の スロットマシンフロア で 、 柴田 一二三 は 残り 数 十 枚 と なった コイン を ねじり 込む ように 投入 口 へ 押し込んで いた 。 ふた|かい||||しばた|ひふみ||のこり|すう|じゅう|まい||||||こむ||とうにゅう|くち||おしこんで|

狙って いた 台 に 先客 が おり 、 仕方なく 選んだ 台 で 、 手持ち の コイン が なくなったら やめよう と 決めて いた 。 ねらって||だい||せんきゃく|||しかたなく|えらんだ|だい||てもち|||||||きめて|

三十 分 ほど 前 、 一二三 は 祐一 に メール を 送った 。 さんじゅう|ぶん||ぜん|ひふみ||ゆういち||めーる||おくった

「 今 、 ワンダー に おる 。 いま||| 仕事 帰り に ちょっと 寄ら ん や ? しごと|かえり|||よら|| 」 と 送る と 、 すぐに 「 分かった 」 と いう 短い 返信 が あった 。 |おくる|||わかった|||みじかい|へんしん||

一二三 と 祐一 は 幼なじみ で 、 以前 は 両親 と 一緒に 祐一 と 同じ 地区 に 住んで いた のだ が 、 中学 を 卒業 する 半年 ほど 前 に 小さな 家 と 土地 を 売って 、 今では 市 内 の 賃貸 マンション に 暮らして いる 。 ひふみ||ゆういち||おさななじみ||いぜん||りょうしん||いっしょに|ゆういち||おなじ|ちく||すんで||||ちゅうがく||そつぎょう||はんとし||ぜん||ちいさな|いえ||とち||うって|いまでは|し|うち||ちんたい|まんしょん||くらして|

もちろん 埋め立て で 海岸 線 を 奪わ れた 漁港 に 近い 土地 が 高く 売れる はず も ない のだ が 、 当時 一二三 の 父親 が ギャンブル で 借金 を こしらえ 、 その 抵当 に 取ら れた 挙げ句 、 六 畳 二 間 の 今 の マンション へ 夜逃げ 同然 で 引っ越した のだ 。 |うめたて||かいがん|せん||うばわ||ぎょこう||ちかい|とち||たかく|うれる||||||とうじ|ひふみ||ちちおや||ぎゃんぶる||しゃっきん||||ていとう||とら||あげく|むっ|たたみ|ふた|あいだ||いま||まんしょん||よにげ|どうぜん||ひっこした|

引っ越して から も 連絡 を 取り合った の は 祐一 だけ で 、 その後 も 付き合い は 続いて いる 。 ひっこして|||れんらく||とりあった|||ゆういち|||そのご||つきあい||つづいて|

一緒に いて も 、 祐一 は 冗談 一 つ 言わ ず 、 決して 面白い 男 で は ない 。 いっしょに|||ゆういち||じょうだん|ひと||いわ||けっして|おもしろい|おとこ|||

一二三 に も それ は 分かって いる のだ が 、 なぜ か 未 だに 付き合い が 続いて いる のだ 。 ひふみ|||||わかって||||||み||つきあい||つづいて||

あれ は 三 年 ほど 前 だった か 、 当時 付き合って いた 女 を 乗せて 、 平戸 へ ドライブ した 帰り 、 とつぜん 車 が エンコ した 。 ||みっ|とし||ぜん|||とうじ|つきあって||おんな||のせて|ひらと||どらいぶ||かえり||くるま|||

JAF を 呼ぶ 金 も なく 、 何 人 か の 知り合い に 連絡 を 入れて みた もの の 、 忙しい だの 、 知った こと か だの 、 全員 つれない 。 jaf||よぶ|きむ|||なん|じん|||しりあい||れんらく||いれて||||いそがしい||しった||||ぜんいん| そんな 中 、 唯一 、 牽引 ロープ 持参 で 助け に 来て くれた の が 祐一 だった 。 |なか|ゆいいつ|けんいん|ろーぷ|じさん||たすけ||きて||||ゆういち|

「 すま ん な 」 と 一二三 は 謝った 。 ||||ひふみ||あやまった

祐一 は 無表情で ロープ を 結び ながら 、「 どうせ 家 で 寝 とった だけ やけん 」 と 言った 。 ゆういち||むひょうじょうで|ろーぷ||むすび|||いえ||ね|||||いった

牽引 して もらう 車 に 女 を 乗せる わけに も いか ず 、 祐一 の 車 の 助手 席 に 乗せた 。 けんいん|||くるま||おんな||のせる|||||ゆういち||くるま||じょしゅ|せき||のせた

付き合い の ある 整備 工場 まで 引いて もらって 、 祐一 と は あっさり と そこ で 別れた 。 つきあい|||せいび|こうじょう||ひいて||ゆういち|||||||わかれた

祐一 の 車 を 見送る 女 に 、「 よか 男 やろ が ? ゆういち||くるま||みおくる|おんな|||おとこ|| 」 と カマ を かける と 、「 車 の 中 で ぜんぜん 喋ら ん と や もん 。 |かま||||くるま||なか|||しゃべら|||| お礼 言って も 、『 ああ 』って 無愛想に 頷く だけ やし ……、 なんか 、 息 つまった 」 と 笑って いた 。 お れい|いって||||ぶあいそうに|うなずく||||いき|||わらって| 実際 そういう 男 だった 。 じっさい||おとこ|

最後 の 十 数 枚 の ところ で 、 スロットマシン に   当たり が 出 始めた 。 さいご||じゅう|すう|まい||||||あたり||だ|はじめた

一二三 は 混 んだ 店 内 を 見渡し 、 珈琲 の サービス を して いる ミニスカート の 店員 を 探した 。 ひふみ||こん||てん|うち||みわたし|こーひー||さーびす||||||てんいん||さがした

入口 の ほう へ 顔 を 向けた とき 、 螺旋 階段 を 上がって くる 祐一 の 姿 を 見つけた 。 いりぐち||||かお||むけた||らせん|かいだん||あがって||ゆういち||すがた||みつけた

手 を 挙げて 合図 を 送る と 、 すぐに 気づいて 狭い 通路 を 歩いて くる 。 て||あげて|あいず||おくる|||きづいて|せまい|つうろ||あるいて|

現場 帰り な ので 汚れた 紺 の ニッカボッカ に 、 同じく 紺色 の ドカジャン を ひっかけて いる のだ が 、 ジッパー の 隙間 から 派手な ピンク 色 の トレーナー が ちらっと 見える 。 げんば|かえり|||けがれた|こん||||おなじく|こんいろ||||||||じっぱー||すきま||はでな|ぴんく|いろ||とれーなー|||みえる

祐一 は 隣 の 席 に 腰 を 下ろす と 、 一 階 で 買って きた らしい 缶 珈琲 を 開けた 。 ゆういち||となり||せき||こし||おろす||ひと|かい||かって|||かん|こーひー||あけた

祐一 が ポケット から 千 円 札 を 一 枚 出し 、 何も 言わ ず に 横 の 台 で 打ち 始める 。 ゆういち||ぽけっと||せん|えん|さつ||ひと|まい|だし|なにも|いわ|||よこ||だい||うち|はじめる

近く に 来る と 、 祐一 の 臭い が 鼻 に つく 。 ちかく||くる||ゆういち||くさい||はな||

夏場 と 違って 汗 臭い と いう ので は ない 。 なつば||ちがって|あせ|くさい||||| 土埃 と いう か セメント と いう か 、 とにかく 廃屋 に 漂って いる ような 臭い だ 。 つちぼこり||||せめんと|||||はいおく||ただよって|||くさい|

「 三瀬 峠 で 、 事件 の あった と 知っと る や ? みつせ|とうげ||じけん||||ち っと|| 祐一 が とつぜん 口 を 開いた の は 、 あっという間 に 千 円 分 を すった ころ だった 。 ゆういち|||くち||あいた|||あっというま||せん|えん|ぶん||||

「 女の子 が 殺さ れたら しか な 」 おんなのこ||ころさ|||

祐一 が 横 に 座って から 、 急に 調子 が 良く なって いた 一二三 は 、 顔 も 動かさ ず に 答えた 。 ゆういち||よこ||すわって||きゅうに|ちょうし||よく|||ひふみ||かお||うごかさ|||こたえた

訊 いて きた の は 自分 の くせ に 、 祐一 が いつも の ように 黙り 込む 。 じん|||||じぶん||||ゆういち|||||だまり|こむ

「 あれ 、 出会い 系 と か で けっこう 男 たち 引っ掛け とったら しか ぞ 。 |であい|けい|||||おとこ||ひっかけ||| 今日 、 テレビ で そう 言い よった けど 」 きょう|てれび|||いい||

一二三 が ボタン を 押し ながら 会話 を 繋ぐ と 、「 すぐ 見つかる さ ね ? ひふみ||ぼたん||おし||かいわ||つなぐ|||みつかる|| 」 と 祐一 が 訊 いて くる 。 |ゆういち||じん||

「 見つかるって ? みつかる って 「……」

「 犯人 や ? はんにん| 「……」

「 すぐ 見つかる さ 。 |みつかる| 電話 会社 で 調べれば 、 すぐに 履歴 も 分かる や ろうし 」 でんわ|かいしゃ||しらべれば||りれき||わかる||

この とき 、 一二三 は 祐一 の ほう を 一 度 も 見 ず に 喋り 続けて いた 。 ||ひふみ||ゆういち||||ひと|たび||み|||しゃべり|つづけて|

三十 分 ほど スロット を 打ち 、 一二三 と 祐一 は 店 を 出た 。 さんじゅう|ぶん||||うち|ひふみ||ゆういち||てん||でた

結局 、 一二三 が 一万五千 円 、 祐一 が 二千 円 の 負け だった 。 けっきょく|ひふみ||いちまんごせん|えん|ゆういち||にせん|えん||まけ|

すでに 日 は 落ち 、 駐車 場 を 強い ライト が 照らして いた 。 |ひ||おち|ちゅうしゃ|じょう||つよい|らいと||てらして|

足元 に 二 人 の 濃い 影 が 伸び 、 ときどき パーキング の 白線 と 交わる 。 あしもと||ふた|じん||こい|かげ||のび||ぱーきんぐ||はくせん||まじわる

祐一 と 違って まったく 車 に 興味 の ない 一二三 は 、 安い 軽 自動車 に 乗って いた 。 ゆういち||ちがって||くるま||きょうみ|||ひふみ||やすい|けい|じどうしゃ||のって|

鍵 を 開ける と 、 祐一 が すぐに 助手 席 に 乗り込んで くる 。 かぎ||あける||ゆういち|||じょしゅ|せき||のりこんで|

一二三 は ふと 空 を 見上げた 。 ひふみ|||から||みあげた

波 の 音 が 空 から 落ちて きた ように 聞こえた のだ 。 なみ||おと||から||おちて|||きこえた| 普段 なら 満天 の 星空 な のだ が 、 今夜 は 金星 だけ が 瞬いて いる 。 ふだん||まんてん||ほしぞら||||こんや||きんせい|||またたいて| 雨 で も 降る のだろう か と 一二三 は 思った 。 あめ|||ふる||||ひふみ||おもった

海 沿い の 県道 を 祐一 の 家 へ 向かい ながら 、 一二三 は なかなか 職 が 見つから ない と 愚痴 を こぼした 。 うみ|ぞい||けんどう||ゆういち||いえ||むかい||ひふみ|||しょく||みつから|||ぐち||

実際 、 この 日 も 午前 中 は ハローワーク で 過ごし 、 顔見知り に なった 若い 女子 事務 員 を 、「 今度 、 飲み に 行こう 」 と 求人 募集 を チェック し ながら 誘って いた 。 じっさい||ひ||ごぜん|なか||||すごし|かおみしり|||わかい|じょし|じむ|いん||こんど|のみ||いこう||きゅうじん|ぼしゅう||ちぇっく|||さそって|

結局 、 仕事 も なく 、 誘い も 断ら れた が 、 午前 中 いっぱい を ハローワーク で 過ごした こと で 、「 やろう と 思えば 仕事 なんて いくら で も ある 」 と いう 楽観 的な 気持ち に なって いた 。 けっきょく|しごと|||さそい||ことわら|||ごぜん|なか|||||すごした|||||おもえば|しごと||||||||らっかん|てきな|きもち|||

ラジオ から 流れて いた 曲 が 終わって 、 短い ニュース 番組 が 始まった 。 らじお||ながれて||きょく||おわって|みじかい|にゅーす|ばんぐみ||はじまった

真っ先 に 三瀬 峠 で の 事件 が 伝えられる 。 まっさき||みつせ|とうげ|||じけん||つたえ られる 助手 席 に 乗り込んだ きり 、 まったく 口 を 開か ない 祐一 に 、「 三瀬って いえば さ ……」 と 一二三 は 声 を かけた 。 じょしゅ|せき||のりこんだ|||くち||あか||ゆういち||みつせ って||||ひふみ||こえ|| 外 を 眺めて いた 祐一 が 、 狭い 車 内 で 少し 身 を 引く ように して 振り返る 。 がい||ながめて||ゆういち||せまい|くるま|うち||すこし|み||ひく|||ふりかえる

「…… 覚え とる や ? おぼえ|| ほら 、 前 に 俺 が あそこ で 幽霊 見たって 話 」 急 カーブ で ハンドル を 切り ながら 一二三 は 言った 。 |ぜん||おれ||||ゆうれい|みた って|はなし|きゅう|かーぶ||はんどる||きり||ひふみ||いった 祐一 の からだ が その 反動 で ぺったり と ドア に はりつく 。 ゆういち|||||はんどう||ぺっ たり||どあ|| 「 ほら 、 前 に 博多 の 会社 の 面接 に 行った 帰り 、 一 人 で 峠 越え し よったら 、 急に ライト が 消えて さ 。 |ぜん||はかた||かいしゃ||めんせつ||おこなった|かえり|ひと|じん||とうげ|こえ|||きゅうに|らいと||きえて|

ビビって すぐに 車 停めて 、 もう 一 回 エンジン かけ 直し よったら 、 助手 席 に 血まみれの 男 が 乗っとったって 話 。 ビビ って||くるま|とめて||ひと|かい|えんじん||なおし||じょしゅ|せき||ちまみれの|おとこ||のっとった って|はなし 覚え とら ん や ? おぼえ||| のろのろ と 道 の 真ん中 を 走って いる カブ を 煽り ながら 、 一二三 は ちらっと 祐一 に 目 を 向けた 。 ||どう||まんなか||はしって||かぶ||あおり||ひふみ|||ゆういち||め||むけた

「 あれ 、 マジ で ビビった けん ね 。 |||ビビ った|| エンジン は かから ん し 、 助手 席 に 血まみれの 男 は 座っと る し 、 たぶん 、 俺 、 悲鳴 上げ ながら キー 回し とった と 思う 」 そう 言い ながら 、 一二三 が 自分 で 自分 の 話 に 笑って いる と 、 祐一 は 、「 早う 、 抜け 」 と 前 の カブ を 顎 で しゃくった 。 えんじん|||||じょしゅ|せき||ちまみれの|おとこ||ざ っと||||おれ|ひめい|あげ||きー|まわし|||おもう||いい||ひふみ||じぶん||じぶん||はなし||わらって|||ゆういち||はやう|ぬけ||ぜん||かぶ||あご||しゃく った あの 夜 、 一二三 が 峠 を 越えた の は 、 夜 八 時 を 回った ころ だった 。 |よ|ひふみ||とうげ||こえた|||よ|やっ|じ||まわった||

博多 で 、 あれ は 何の 会社 だった か 、 面接 を 受け 、「 こりゃ 、 駄目だ な 」 と 落胆 した 足 で 、 天神 の ヘルス へ 行った 。 はかた||||なんの|かいしゃ|||めんせつ||うけ||だめだ|||らくたん||あし||てんじん||||おこなった どちら か と 言えば 、 会社 の 面接 より も 、 ヘルス 選び の ほう に 力 が 入って いた と 思う 。 |||いえば|かいしゃ||めんせつ||||えらび||||ちから||はいって|||おもう

とにかく ヘルス で 一 発 抜いて 、 ラーメン を 食べた あと 、 車 で 峠 に 差しかかった 。 |||ひと|はつ|ぬいて|らーめん||たべた||くるま||とうげ||さしかかった

まだ 八 時 を 回った ばかりな のに 、 峠 道 に は 先 を 行く 車 は おろか 、 すれ違う 車 も なかった 。 |やっ|じ||まわった|||とうげ|どう|||さき||いく|くるま|||すれちがう|くるま||

正直 、 車 の ライト に 青白く 照らし出さ れる 藪 や 林 が 不気味で 、 こんな こと なら 節約 せ ず に 高速 を 使う べきだった と 後悔 して いた 。 しょうじき|くるま||らいと||あおじろく|てらしださ||やぶ||りん||ぶきみで||||せつやく||||こうそく||つかう|||こうかい||

たった 一 人きり の 車 内 で 紛らわし に 声 を 張り上げて 歌って みて も 、 逆に その 声 が 周囲 の 林 に すっと 吸い込まれて いく 。 |ひと|ひときり||くるま|うち||まぎらわし||こえ||はりあげて|うたって|||ぎゃくに||こえ||しゅうい||りん||す っと|すいこま れて| 真っ暗な 山中 で 、 命綱 と も いえる ライト の 調子 が おかしく なった の は 、 いよいよ 峠 の 山頂 に さしかかった ころ で 、 最初 、 自分 の 目 が おかしく なった の か と 一二三 は 思った 。 まっくらな|さんちゅう||いのちづな||||らいと||ちょうし|||||||とうげ||さんちょう|||||さいしょ|じぶん||め|||||||ひふみ||おもった

次の 瞬間 、 点滅 する ライト の 中 を 、 すっと 黒い 何 か が 通った 。 つぎの|しゅんかん|てんめつ||らいと||なか||す っと|くろい|なん|||かよった 一二三 は 慌てて ブレーキ を 踏み 、 必死に ブレ る ハンドル に しがみついた 。 ひふみ||あわてて|ぶれーき||ふみ|ひっしに|||はんどる||

ライト が 完全に 消えた の は その とき だった 。 らいと||かんぜんに|きえた|||||

フロント ガラス の 先 は 、 まるで 目 を 閉じて いる ような 暗闇 で 、 エンジン は かかって いる のに 、 車 を 取り囲む 森 の 中 で 、 耳 を 塞ぎ たく なる ほど 虫 の 声 が 高く なる 。 ふろんと|がらす||さき|||め||とじて|||くらやみ||えんじん|||||くるま||とりかこむ|しげる||なか||みみ||ふさぎ||||ちゅう||こえ||たかく|

冷房 は ギンギン に 入れて いた のに 、 どっと 汗 が 噴き出した 。 れいぼう||ぎんぎん||いれて||||あせ||ふきだした

汗 と いう より も 、 ぬるい お 湯 を 全身 に 浴びせられた ようだった 。 あせ|||||||ゆ||ぜんしん||あびせ られた| その 瞬間 、 車体 が 一 度 大きく 揺れて 、 エンジン が 止まった 。 |しゅんかん|しゃたい||ひと|たび|おおきく|ゆれて|えんじん||とまった

助手 席 に 何 か が いる の を 感じた の は その とき だった 。 じょしゅ|せき||なん||||||かんじた||||| 恐怖 は 人間 の 視野 を 狭める 。 きょうふ||にんげん||しや||せばめる 横 を 向け ない 。 よこ||むけ| 振り向け ない 。 ふりむけ| 前 だけ しか 見られ なく なる のだ 。 ぜん|||み られ||| かけ 直そう と した エンジン が かから なかった 。 |なおそう|||えんじん|||

一二三 は 悲鳴 を 上げた 。 ひふみ||ひめい||あげた 横 に 何 か が いる の は 分かって いる 。 よこ||なん||||||わかって| ただ 、 それ が 何 な の か 分から なかった 。 |||なん||||わから|

「…… もう 苦 しか 」 |く|

助手 席 から 、 ふと 男 の 声 が した 。 じょしゅ|せき|||おとこ||こえ||

一二三 は 自分 の 悲鳴 で 耳 を 塞いだ 。 ひふみ||じぶん||ひめい||みみ||ふさいだ エンジン は かから ない 。 えんじん|||

「…… もう 無理 ばい 」 |むり|

横 で 男 の 声 が する 。 よこ||おとこ||こえ||

一二三 は 逃げ出そう と ドア に 手 を かけた 。 ひふみ||にげだそう||どあ||て||

その 瞬間 、 窓 ガラス に 血まみれの 男 が 映った 。 |しゅんかん|まど|がらす||ちまみれの|おとこ||うつった

男 は こちら を じっと 見つめて いた 。 おとこ|||||みつめて|

玄関 で 物音 が して 、 房枝 は ちらっと 時計 を 見 遣 り 、 ぼんやり と 見つめて いた 茶 封筒 を 慌てて エプロン の ポケット に 押し込んだ 。 げんかん||ものおと|||ふさえ|||とけい||み|つか||||みつめて||ちゃ|ふうとう||あわてて|えぷろん||ぽけっと||おしこんだ

封筒 に は 「 領収 書 在中 」 と 書いて ある 。 ふうとう|||りょうしゅう|しょ|ざいちゅう||かいて|

房枝 は 椅子 に 座った まま 、 ガス レンジ に 手 を 伸ばし 、 あら かぶ の 煮付け を 温め 直した 。 ふさえ||いす||すわった||がす|れんじ||て||のばし||||につけ||あたため|なおした

「 おじゃま しま ー す 」 ||-|

明るい 一二三 の 声 が 聞こえて きた の は その とき で 、 房枝 は 立ち上がる と 、「 あら 、 一二三 くん と 一緒 やった と ね ? あかるい|ひふみ||こえ||きこえて|||||||ふさえ||たちあがる|||ひふみ|||いっしょ||| と 声 を 返し ながら 廊下 へ 出た 。 |こえ||かえし||ろうか||でた

さっさと 靴 を 脱いだ 一二三 が 、 祐一 を 押しのける ように 上がって きて 、「 おばさん 、 なんか 旨 そうな 匂い や ねぇ 」 と 台所 を 覗き込んで くる 。 |くつ||ぬいだ|ひふみ||ゆういち||おしのける||あがって||||むね|そう な|におい||||だいどころ||のぞきこんで|

「 何も 食べ とら ん と ? なにも|たべ||| すぐ 用意 して やる けん 、 祐一 と 一緒に 食べ ん ね 」 |ようい||||ゆういち||いっしょに|たべ||

房枝 の 言葉 に 、 一二三 が 嬉し そうに 、「 食べる 。 ふさえ||ことば||ひふみ||うれし|そう に|たべる 食べる 」 と 何度 も 頷く 。 たべる||なんど||うなずく

「 パチンコ ね ? ぱちんこ| 房枝 は 鍋 に 蓋 を した 。 ふさえ||なべ||ふた||

「 いや 、 スロット 。 でも ぜんぜん 駄目 。 ||だめ また 損した よ 」 |そんした|

「 いくら ? 房枝 の 質問 に 、 一二三 が 「 一万五千 円 」 と 指 で 示して 見せる 。 ふさえ||しつもん||ひふみ||いちまんごせん|えん||ゆび||しめして|みせる

房枝 は 祐一 が 一二三 と 一緒に 帰って きた こと で 、 どこ か 気分 が 軽く なった 。 ふさえ||ゆういち||ひふみ||いっしょに|かえって||||||きぶん||かるく|

三瀬 峠 で 起きた と いう 事件 と 祐一 が まったく 無関係である こと は 分かって いた が 、 昼 前 に やってきた 刑事 に 、「 日曜日 、 祐一 は 出かけて ない 」 と 、 咄嗟に 嘘 を ついて しまった こと で 、 実際 は 無関係な のに 、 妙な しこり が 残って いた のだ 。 みつせ|とうげ||おきた|||じけん||ゆういち|||むかんけいである|||わかって|||ひる|ぜん|||けいじ||にちようび|ゆういち||でかけて|||とっさに|うそ||||||じっさい||むかんけいな||みょうな|||のこって||

祐一 が あの 夜 、 車 で 出かけた の は 間違い なかった 。 ゆういち|||よ|くるま||でかけた|||まちがい|

ただ 、 岡崎 の ばあさん が 、「 祐一 は 出かけて いない 」 と 証言 した のだ から 、 出かけた と して も そう 長い 時間 で は ない はずだ 。 |おかざき||||ゆういち||でかけて|||しょうげん||||でかけた|||||ながい|じかん|||| 以前 、 祐一 が 勝治 を 病院 に 送った とき も そう だ 。 いぜん|ゆういち||かつじ||びょういん||おくった|||| あの ばあさん は 、 祐一 の 車 が 一 、 二 時間 なくて も その 日 は 出かけて いない と 言う 癖 が ある 。 |||ゆういち||くるま||ひと|ふた|じかん||||ひ||でかけて|||いう|くせ|| 「 一二三 くん 、 日曜日 も 祐一 と 一緒 やった と やろ ? ひふみ||にちようび||ゆういち||いっしょ||| 房枝 は 当の 祐一 が 二 階 へ 上がった の を 確認 して から 尋ねた 。 ふさえ||とうの|ゆういち||ふた|かい||あがった|||かくにん|||たずねた

鍋 に 入った あら かぶ の 煮付け を 覗き込み ながら 、「 日曜 ? なべ||はいった||||につけ||のぞきこみ||にちよう 」 と 首 を 捻った 一二三 が 、 |くび||ねじった|ひふみ|

「 俺 は 一緒じゃ なかった けど ……、 ああ 、 整備 屋 に 行っとった んじゃ ない 。 おれ||いっしょじゃ||||せいび|や||ぎょう っと った|| なんか 車 の 部品 、 また 換えるって 言い よった し 」 と 答えて 鍋 に 手 を 突っ込む 。 |くるま||ぶひん||かえる って|いい||||こたえて|なべ||て||つっこむ 「 ほら 、 すぐ 用意 して やる けん 」 と 房枝 は その 手 を 叩いた 。 ||ようい|||||ふさえ|||て||たたいた

素直に 手 を 引っ込めた 一二三 が 、「 刺身 ない と ? すなおに|て||ひっこめた|ひふみ||さしみ|| 」 と 、 今度 は 冷蔵 庫 を 開ける 。 |こんど||れいぞう|こ||あける

一二三 の 分 の 食事 だけ を 先 に 用意 して 、 房枝 は 夕方 畳んだ 洗濯物 を 二 階 の 祐一 の 部屋 へ 運んだ 。 ひふみ||ぶん||しょくじ|||さき||ようい||ふさえ||ゆうがた|たたんだ|せんたくもの||ふた|かい||ゆういち||へや||はこんだ

ドア を 開ける と 、 ベッド に 寝 転がって いた 祐一 が 、「 すぐ 降りて く けん 」 と 無愛想に 呟く 。 どあ||あける||べっど||ね|ころがって||ゆういち|||おりて||||ぶあいそうに|つぶやく

房枝 は 持ってきた 洗濯物 を 古い タンス の 引き出し に 入れた 。 ふさえ||もってきた|せんたくもの||ふるい|たんす||ひきだし||いれた

この タンス は 祐一 が 母親 と 一緒に ここ へ 来た とき から 使って いる もの で 、 引き出し の 取っ手 が 熊 の 顔 に なって いる 。 |たんす||ゆういち||ははおや||いっしょに|||きた|||つかって||||ひきだし||とって||くま||かお|||

「 今日 、 警察 の 来た と よ 」 きょう|けいさつ||きた||

房枝 は わざと 祐一 の 顔 を 見 ず に 、 洗濯物 を 押し込み ながら 告げた 。 ふさえ|||ゆういち||かお||み|||せんたくもの||おしこみ||つげた

「 あんた 、 福岡 に 文通 し よる 女の子 が おる とって ? |ふくおか||ぶんつう|||おんなのこ||| もう 知っと る やろう けど 、 その 子 が ほら 、 日曜日 に 亡くなった と やろ ? |ち っと|||||こ|||にちようび||なくなった|| 房枝 は そこ で 初めて 祐一 へ 目 を 向けた 。 ふさえ||||はじめて|ゆういち||め||むけた

祐一 は 頭 だけ を 起こして こちら を 見て いた 。 ゆういち||あたま|||おこして|||みて| 表情 は なく 、 何 か 他の こと を 考えて いる ようだった 。 ひょうじょう|||なん||たの|||かんがえて||

「 知っと る と やろ ? ち っと||| その 女の子 が ほら ……」 |おんなのこ||

房枝 が 改めて 尋ねる と 、「 知っと る よ 」 と 祐一 が ゆっくり と 口 を 動かす 。 ふさえ||あらためて|たずねる||ち っと||||ゆういち||||くち||うごかす 「 あんた 、 その 子 に 会った こと ある と ね ? ||こ||あった||||

文通 だけ やった と ね ? ぶんつう|||| 「 なんで ? 「 なんでって 、 会った こと ある なら 、 お 葬式 くらい 行った ほう が いい んじゃ ない か と 思う て さ 」 「 葬式 ? なんで って|あった|||||そうしき||おこなった||||||||おもう|||そうしき 「 そう よ 。 文通 だけ なら そこ まで する こと ない けど 、 会う たこ と ある なら ……」 ぶんつう|||||||||あう||||

「 会う たこ と ない よ 」 あう||||

こちら に 向けられた 祐一 の 靴下 の 裏 が 指 の 形 で 汚れて いた 。 ||むけ られた|ゆういち||くつした||うら||ゆび||かた||けがれて| 祐一 は じっと こちら を 見て いる 。 ゆういち|||||みて| 房枝 の 背後 に 誰 か が 立って いる ような 視線 だった 。 ふさえ||はいご||だれ|||たって|||しせん|

「 どこ の 誰 か 知ら ん けど 、 世の中 に は 惨 たらし かこ と する 人 も おる もん や ねぇ 。 ||だれ||しら|||よのなか|||さん|||||じん|||||

…… 警察 の 人 の 話 じゃ 、 もう 犯人 は 分 かっとって 、 その 人 が 今 、 逃げ回り よる けん 、 必死で 探し よる みたい やけど 」 房枝 の 言葉 に 、 むくっと 祐一 が 起き上がった 。 けいさつ||じん||はなし|||はんにん||ぶん|か っと って||じん||いま|にげまわり|||ひっしで|さがし||||ふさえ||ことば||むく っと|ゆういち||おきあがった 体重 で ベッド の パイプ が 軋む 。 たいじゅう||べっど||ぱいぷ||きしむ

「 犯人 、 もう 分かっと る と ? はんにん||ぶん か っと|| 「 らしい よ 。 駐在 さん が そう 言い よった 。 ちゅうざい||||いい| ただ 、 どっか に 逃げて し も うて 、 まだ 見つから んって 」 「 それって 、 あの 大学生 ? |ど っか||にげて|||||みつから|ん って|それ って||だいがくせい 「 大学生 ? だいがくせい 「 ほら 、 テレビ で 言い よる やろ ? |てれび||いい|| 食いついて くる ような 祐一 の 物言い に 、「 ああ 、 やっぱり この 子 は 事件 の こと を 知っていた のだ 」 と 房枝 は 確信 した 。 くいついて|||ゆういち||ものいい|||||こ||じけん||||しっていた|||ふさえ||かくしん|

「 警察 が 本当に そう 言う た と ? けいさつ||ほんとうに||いう|| その 大学生 が 犯人って 」 祐一 に 訊 かれ 、 房枝 は 頷いた 。 |だいがくせい||はんにん って|ゆういち||じん||ふさえ||うなずいた 祐一 と 殺さ れた 女性 が どこ まで 親しかった の か 知ら ない が 、 犯人 へ の 憎しみ ぐらい は 分かる 。 ゆういち||ころさ||じょせい||||したしかった|||しら|||はんにん|||にくしみ|||わかる

「 すぐに 捕まる さ 。 |つかまる| そう 、 逃げ 切れる もん ね 」 |にげ|きれる||

房枝 は 慰める ように 言った 。 ふさえ||なぐさめる||いった

ベッド から 立ち上がった 祐一 の 顔 が 紅潮 して いた 。 べっど||たちあがった|ゆういち||かお||こうちょう||

よほど 憎い のだろう と 思った が 、 どちら か と 言えば 、 犯人 が 分かった こと に 安堵 して いる ように も 見える 。 |にくい|||おもった|||||いえば|はんにん||わかった|||あんど|||||みえる

「 そう いえば 、 あんた 、 この 前 の 日曜日 、 どこ に 出かけた と ね ? ||||ぜん||にちようび|||でかけた|| 夜 、 ちょ ろっと 出かけ とった ろ ? よ||ろ っと|でかけ|| 「 日曜 ? にちよう 「 また 車 の 整備 工場 やろ 」 |くるま||せいび|こうじょう|

房枝 の 断定 的な 言い 方 に 、 祐一 が 頷く 。 ふさえ||だんてい|てきな|いい|かた||ゆういち||うなずく

「 警察 に 訊 かれた と よ 。 けいさつ||じん||| 一応 、 その 女の子 の 知り合い 全員 に 訊 いて 回り よる とって 。 いちおう||おんなのこ||しりあい|ぜんいん||じん||まわり|| 岡崎 の ばあさん が 祐一 は どこ に も 出かけ とら んって 言う た らしくて 、 嘘 つく つもりじゃ なかった ばって ん 、 私 も そう やろって 答え とった よ 。 おかざき||||ゆういち|||||でかけ||ん って|いう|||うそ||||ば って||わたくし|||やろ って|こたえ|| 岡崎 の ばあちゃん は 一 、 二 時間 、 車 で 出かけて も 、 出かけた うち に は 入ら ん けん ねぇ 。 おかざき||||ひと|ふた|じかん|くるま||でかけて||でかけた||||はいら||| ところで 、 ごはん は 風呂 に 入って から 食べる と やろ ? |||ふろ||はいって||たべる|| 房枝 は 一方的に そこ まで 言う と 、 返事 も 待た ず に 部屋 を 出た 。 ふさえ||いっぽうてきに|||いう||へんじ||また|||へや||でた

階段 を 下りた ところ で 振り返り 、 二 階 を 見上げた 。 かいだん||おりた|||ふりかえり|ふた|かい||みあげた 夫 の 勝治 が からだ を 壊し 、 入 退院 を 繰り返して いる 今 、 自分 が 頼れる の は 祐一 しか いない のだ と 、 ふと 思う 。 おっと||かつじ||||こわし|はい|たいいん||くりかえして||いま|じぶん||たよれる|||ゆういち||||||おもう 実の 娘 だろう が 、 父親 の 見舞い に も 来 ない 長女 は もちろん 、 祐一 の 母 である 次女 を 当て に できる はず も ない 。 じつの|むすめ|||ちちおや||みまい|||らい||ちょうじょ|||ゆういち||はは||じじょ||あて|||||

房枝 は エプロン の ポケット から 、 一 通 の 茶 封筒 を 取り出した 。 ふさえ||えぷろん||ぽけっと||ひと|つう||ちゃ|ふうとう||とりだした

中 に は 一 枚 の 領収 書 が 入って いる 。 なか|||ひと|まい||りょうしゅう|しょ||はいって|

〈 品 代 漢方 薬 一式 合計 ¥263500〉 しな|だい|かんぽう|くすり|いっしき|ごうけい

公民 館 に 健康 セミナー の 講師 と して 来て いた 堤 下 に 、「 市 内 の 事務 所 に くれば 、 安く 漢方 薬 を 分けて 上げられる 」 と 言わ れ 、 勝治 の 病院 へ 行った 帰り に 、 興味 半分 で 寄った の は 昨日 の こと だった 。 こうみん|かん||けんこう|せみなー||こうし|||きて||つつみ|した||し|うち||じむ|しょ|||やすく|かんぽう|くすり||わけて|あげ られる||いわ||かつじ||びょういん||おこなった|かえり||きょうみ|はんぶん||よった|||きのう||| 買う つもり など なかった 。 かう|||

病院 と 家 と の 往復 に 疲れ 、 堤 下 の 笑い話 でも 聞く つもりで 寄った だけ だった のに 、 乱暴な 口 を きく 若い 男 たち に 囲ま れ 、 契約 書 に サイン さ せられた 。 びょういん||いえ|||おうふく||つかれ|つつみ|した||わらいばなし||きく||よった||||らんぼうな|くち|||わかい|おとこ|||かこま||けいやく|しょ||さいん||せら れた 今 は お 金 が ない と 涙声 で 訴える と 、 男 たち は 房枝 を 無理やり 郵便 局 まで 連れて いった 。 いま|||きむ||||なみだごえ||うったえる||おとこ|||ふさえ||むりやり|ゆうびん|きょく||つれて|

あまりに も 恐ろしくて 、 助け も 呼べ なかった 。 ||おそろしくて|たすけ||よべ| 房枝 は 監視 さ れた まま 、 なけなし の 貯金 を 下ろす しか なかった 。 ふさえ||かんし||||||ちょきん||おろす||