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悪人 (Villain) (1st Book), 第二章 彼は誰に会いたかったか?【4】

第 二 章 彼 は 誰 に 会い たかった か?【4】

祐一 が いつも 選択 する の は 、 一 番 人気 の ある 「 四十 分 ・5800 円 」 の コース だった 。

シャワー を 浴びる 時間 を 除けば 、 二 人きり で いる 時間 は 三十 分 に も 満たない のだ が 、 逆に それ だけ あれば 、 客 が 求めて いる こと に は 充分だった 。

時間 が 余る と 、たいてい の 客 は 二 度 目 を 望んだ 。 時間 いっぱい 何 か を して もらおう と 貪欲だった 。 しかし 祐一 の 場合 、 シャワー の あと 、 あっという間 に 果てて しまう と 、 美保 が 手 を 伸ばして も 自分 の 性器 に は 触れ させよう と せ ず 、 腕 枕 を して 一緒に 天井 を 眺めて いる こと を 好んだ 。

楽な 客 で は あった 。

回 が 重なって くる うち に 美保 の ほう でも 慣れて しまい 、 腕 枕 を さ れ ながら つい うとうと して しまう こと さえ あり 、 いつの間にか 、 無口な 祐一 に 身の上 話 まで する ように なって いた 。

祐一 は ぶた まん の 次に ケーキ を 買って きた 。

来る たび に 何 か 食べ物 を 買って きて 、 狭い 個室 で 一緒に 食べた 。 徐々に 慣れて きた 美保 も 、 祐一 が 来れば まず シャワー で は なく 、 冷たい 紅茶 か 、 珈琲 を 出して やる ように なって いた 。

祐一 が 手作り の 弁当 を 持ってきた の は 、 たしか 五 回 目 か 、 六 回 目 、 休日 の 午後 だった と 思う 。

また いつも の ように 何 か 持ってきた のだろう と 、 差し出さ れた 紙袋 を 受け取る と 、 中 に スヌーピー の 絵柄 が ついた 二 段 重ね の 弁当 箱 が 入って いる 。

「 弁当 ? 思わず 声 を 上げた 美保 の 前 で 、 祐一 が 照れくさ そうに 蓋 を 開ける 。

一 段 目 に は 卵焼き 、 ソーセージ 、 鶏 の 唐 揚げ と ポテト サラダ が 入って いた 。

下 の 段 を 開ける と 、 びっしり と 詰まった ごはん に 、 丁寧に 色分け さ れた ふり かけ が かけて あった 。

弁当 箱 を 渡さ れた とき 、 一瞬 、 祐一 に は 彼女 が いて 、 その 彼女 が 祐一 の ため に 作った 弁当 を 、 自分 に 持ってきた ので は ない か と 思った 。

しかし 、「 これ 、 どうした と ? 」 と 美保 が 尋ねる と 、 照れくさ そうに 俯いた 祐一 が 、「 あんまり 、 旨 う ない かも しれ ん よ 」 と 呟く 。

「…… まさか 清水 くん が 作った わけじゃ ない よ ね ? 思わず 尋ねた 美保 の 手 に 、 祐一 が 割り箸 を 割って 持た せて くれる 。

「 唐 揚げ と か は 、 昨日 の 晩 、 ばあちゃん が 揚げた 残り やけど ……」

美保 は 呆然と 祐一 を 見つめた 。

テスト の 結果 を 待つ 子供 の ように 、 祐一 は 美保 が 食べる の を 待って いる 。

祐一 が 祖父母 と 三 人 暮らし だ と いう こと は 、 すでに 聞いて いた 。

客 の 素性 など なるべく 知り たく ない と 思って いた ので 、 もちろん それ 以上 は 訊 か なかった 。

「 ほんとに 、 これ 、 自分 で 作った の ? 美保 は ふんわり と 焼か れた 卵焼き を 箸 で つまんだ 。

口 に 入れる と 、 ほのかな 甘 さ が 広がる 。

「 俺 、 砂糖 が 入っと る 卵焼き が 好き やけん 」 言い訳 する ような 祐一 に 、「 私 も 甘い 卵焼き が 好き 」 と 美保 は 答えた 。 「 その ポテト サラダ も 旨 か よ 」

春 の 公園 に いる わけで は なかった 。

そこ は 窓 も なく 、 ティッシュ 箱 の 積ま れた 、 ファッションヘルス の 個室 だった 。

その 日 から 、 祐一 は 店 に 来る たび に 手作り の 弁当 を 持ってきた 。

美保 の ほう でも シフト を 訊 かれれば 素直に 教え 、「 九 時 ぐらい が 一 番 おなか 減る か な 」 など と 、 知らず知らず の うち に 、 祐一 の 弁当 を 当て に する ように なって いた 。

「 誰 か に 習った わけじゃ なか けど 、 いつの間にか 作れる ように なっとった 。 ばあちゃん が 魚 を 下ろす の を 眺め とる の も 好き やった し 、 ただ 、 後片付け は 面倒 やけど ……」

祐一 は 派手な ネグリジェ 姿 で 弁当 を 食べる 美保 を 眺め ながら 、 そんな 話 を した 。

実際 、 祐一 の 弁当 は 美味しくて 、「 この前 の ヒジキ 、 また 作って きて よ 」 など と 、 美保 が リクエスト する こと も 多かった 。

弁当 を 食べ 終わる と 、 祐一 は 腕 枕 で 添い 寝 する こと を 好んだ 。

本来 なら シャワー を 浴びて もらう 規則 だった が 、 いつの間にか 、 平気で 規則 を 破る ように も なって いた 。

その 日 の おかず の 感想 を 述べ ながら 、 美保 は 祐一 の 性器 を 弄った 。

ちゃんと 料金 は もらって いる のに 、 どこ か 弁当 へ の お礼 の ような 気持ち も あった 。

「 清水 くんって 、 外 で 会おう と か 、 誘って こ ない よ ね 」 残り 時間 五 分 の アラーム が 鳴った あと だった 。 美保 の 手 は 祐一 の パンツ に 突っ込ま れた まま で 、 祐一 の 指 は 忙しく 美保 の 乳首 を 弄って いた 。

「 普通 、 常連 さん に なったら 、 絶対 に 誘って くる よ 。 今度 、 外 で デート しようって 」 祐一 が 返事 を し ない ので 、 美保 は 改めて 聞き 直した 。 その 途端 、 乳首 を 弄って いた 祐一 の 指 が とつぜん 止まる 。

「 誘わ れたら 、 外 で 会う と や ? 殺気 立った 声 だった 。

口 で は なく 、 指 が 喋った ようで 、 痛み は ない のに 、 乳首 が 強く つままれて いる の が 分かった 。 美保 は 身 を 捩り 、「 会わ ん よ 。 会う わけな いたい 」 と 告げて ベッド を 出た 。 その 腕 を 祐一 が 強く 掴む 。

「 俺 は ここ で 会えれば よか よ 」 と 祐一 は 言った 。

「 ここ なら 、 ずっと 、 誰 に も 邪魔 さ れ ん で 、 二 人きり で おれる やろ ? 」 と 。

「 ずっと 、って 、 四十 分 だけたい 」 と 美保 は 笑った 。 祐一 は 真面目な 顔 を して 、「 だったら 、 今度 から 一 時間 の コース に する けん 」 と 言った 。

最初 、 冗談 か と 思った 。

ただ 、 祐一 の 目 は どこ から どう 見て も 真剣だった 。

消灯 時間 を 向か いて 、 看護 師 が 病室 の 灯り を 消し に きた 。

ベッド に 横たわり 、 天井 を 見つめた まま 、 祐一 の こと を 思い出して いた 美保 は 、 病室 の 電気 が 消さ れる と すぐに ベッド を 抜け出した 。

入口 に 一 番 近い ベッド に だけ 、 まだ 明かり が ついて おり 、 暗い 病室 の 中 、 そこ だけ 時間 が 流れて いる ように 見える 。

内側 から 照らさ れた カーテン に 、 本 を 読む 人影 が かすかに 映る 。 読んで いる の は 、 市 内 の 短大 に 通って いる と いう 女の子 で 、 幼い ころ から 腎臓 を 患って いる らしく 、 どこ か くすんだ 肌 を して いる が 、 愛くるしい 笑顔 の 持ち主 で 、 彼女 が 家族 中 から 愛されて 育った こと が よく 分かる 。 美保 は スリッパ の 音 を 立て ない ように 病室 を 出て 、 エレベーターホール へ 向かった 。

廊下 に は 浴室 と トイレ を 示す オレンジ色 の ビニールテープ が 伸びて いる 。

担架 も 入る 大き めの エレベーター に 乗り込む と 、 自分 が 下って いる ので なく 、 病棟 全体 が 上がって いく ような 感覚 に 襲わ れる 。

一 階 の 待 合 ホール に は 、 まだ ベビーカー の 男の子 を あやして いる 老婆 が いた が 、 シンと 静まり返った 様子 は そのまま で 、 自動 販売 機 の 音 だけ が 響いて いる 。

今さら 、 祐一 と 会って 何 を 話したい と いう わけで も なかった 。 結局 、 祐一 の 気持ち を 踏みにじった の は 自分 で 、 合わせる 顔 など ない こと も 分かって いた 。 ほとんど 見舞 客 も ない 入院 生活 を 二 週間 近く も 送り 、 自分 が 弱気に なって いる せい かも しれ なかった 。

それ でも さっき 老人 の からだ を 支えて ここ へ 入って きた 祐一 に 、 何 か 声 を かけ たかった 。

残酷に 別れ を 告げて しまった 祐一 の 口 から 、「 今 は 普通の 女の子 と 付き合って て 、 楽しく やって る 」 と でも 言って もらえれば 、 あの とき の 自分 が 許さ れ そうな 気 も した 。

ファッションヘルス で 知り合った 女 な のに 、 祐一 は 一緒に 暮らそう と 小さな アパート まで 借りて くれた のだ 。

ぼんやり と ベビーカー の 男の子 を あやす 老婆 を 眺めて いる と 、 ふと こちら に 目 を 向けた 老婆 が 、「 ここ は 静かで 落ち着く もん ねぇ 」 と 声 を かけて きた 。

もう 何度 も ここ で 顔 を 合わせて いた が 、 声 を かけられた の は 初めて だった 。 これ から 祐一 に 会う のだ と いう 緊張 で 、 少し からだ を 強 張ら せて いた 美保 は 、 引きつけられる ように 老婆 の ほう へ 近寄った 。 ベビーカー の 男の子 を 間近で 見る の は 初めて だった 。

遠 目 に も なんとなく 想像 は して いた が 、 男の子 の からだ は 、 想像 以上 に 捩れて おり 、 弱々しい 斜 視 が 、 焦点 なく さまよって いる 。

「 マモル くん 」

美保 は 男の子 の 細い 腕 を 摩った 。

横 で 老婆 が 、 どうして 名前 を 知っている の か 、 怪 訝 そうな 顔 を する 。

「 さっき 、 看護 師 さん が そう 呼んで た でしょ ? 美保 が 慌てて 説明 する と 、 嬉し そうな 顔 を した 老婆 が 、「 マモル は 、 人気者 や ねぇ 、 みんな 、 マモル の こと 知っと る よ 」 と 男の子 の 汗ばんだ 額 を 撫でる 。 「 こう やって 撫でて やっとる と 、 痛 み が 減る と や もん ねぇ 」 そう 言い ながら 、 老婆 は ぐったり と した 男の子 の 肩 を 摩った 。 自動 販売 機 が 、 かすかに 音 を 上げて 唸る 。

いくら でも 言葉 は 浮かんだ が 、 なぜ か 口 から 出て こ なかった 。

美保 は 老婆 の 横 に 座って 、 ベビーカー から 突き出さ れた 男の子 の 腕 や 脚 を 、 見よう見真似 で 摩り 続けた 。

エレベーター の ドア が 開き 、 祐一 が 降りて きた の は その とき だった 。

横 に 老人 は おら ず 、 ジーンズ の ポケット に 両手 を 突っ込んで 、 不機嫌 そうな 顔 だった 。

祐一 は ちらっと こちら に 目 を 向けた が 美保 に は 気づか なかった ようで 、 すぐに 視線 を 逸して 歩き 出した 。

「 清水 くん ! そろそろ 施錠 さ れる 入口 へ 向かう 背中 に 、 美保 は 思い切って 声 を かけた 。

一瞬 、 ビクッ と 足 を 止めた 祐一 が 、 警戒 する ように 振り返る 。

美保 は ベンチ から 立ち上がり 、 まっすぐに 祐一 を 見つめた 。

たった今 まで 摩って あげて いた 男の子 の 足 が 、 かすかに 美保 の 太もも に 触れて いた 。

もっと 摩って くれ と ねだる ように 、 男の子 の 足 が 動いて いた 。

目 が 合った 瞬間 、 祐一 の からだ からすっと 力 が 抜けた 。 美保 は 思わず 手 を 差し伸べた 。 ただ 、 手 を 差し伸べて 届く ような 距離 で は ない 。

美保 は 慌てて 祐一 に 近寄った 。

祐一 の 顔 が 見る見る 青ざめて いく の が 分かる 。

「 だ 、 大丈夫 ? 美保 は 祐一 の 腕 を とった 。

たった今 まで 、 男の子 の 細い 腕 を 摩って いた ので 、 一瞬 、 その 感触 の 違い に 鳥肌 が 立つ 。

「 さっき 、 お じいさん 連れて 入って くる の 見かけて 、 ここ で 待っとった と よ 」 と 美保 は 言った 。 一瞬 、 あの 老人 を 送って きた ので は なく 、 彼 自身 が 病気 な の かも しれ ない と さえ 思える 。

「 とりあえず 、 そこ に ちょっと 座ったら ? 美保 が 腕 を 引く と 、 祐一 が すっと 逃れる ように 身 を 躱 す 。 「 別に 、 今さら 謝ろう と か 、 そういう ん じゃ ない と よ 。

もう 二 年 も 前 の 話 だし ……。 ただ 、 久しぶりに 清水 くん の 顔 を 見たら 、 懐かしく なって ……」

思いがけず 縮めて しまった 距離 を 離す ように 美保 は 言った 。

真っ青だった 祐一 の 顔 に 少しずつ 血の気 が 戻って くる 。

「 ごめん ね 、 呼び止めて 」

美保 は 謝った 。

今 は 普通の 女の子 と うまく やって る 。

祐一 に そう 言って もらい たくて 声 を かけた だけ だった 。 ただ 、 自分 の 顔 を 見た とたん 、 祐一 は 青ざめた 。

どう 考えて も 、 祐一 が まだ 自分 を 許して いない と しか 考えられ なかった 。 もう 時間 が 経った のだ から と 気軽に 声 を かける など 、 裏切った ほう の 身勝手だった のだ と 美保 は 痛感 した 。

「 俺 、 ちょっと ……」

祐一 が 言いにく そうに 入口 の ほう へ 目 を 向ける 。

美保 は 素直に 手 を 離し 、「 うん 、 ごめん ね 、 声 なんか かけて 」 と 謝った 。

祐一 が まだ 自分 に 気 が ある など と 考えて いた わけで は なかった 。

ただ 、 それにしても 祐一 の 態度 は 冷た すぎた 。

祐一 は まるで 逃げる ように 病院 を 出て 行った 。

駐車 場 へ 向かう 祐一 の 姿 が 、 月 明かり に 照らされて いた 。 すぐ そこ に ある 駐車 場 へ 向かって いる はずな のに 、 美保 の 目 に は 、 彼 が もっと 遠く へ 向かって いる ように 見えた 。 夜 の 先 に 、 また 別の 夜 が ある のだ と すれば 、 彼 は そこ へ 向かって いる ようだった 。

祐一 の 背中 は 駐車 場 へ と 消えた 。

二 年 ぶり の 再会 など なかった ように 、 彼 は 一 度 も 振り返ら なかった 。

この 日 も テレビ の ワイドショー は 一斉に 三瀬 峠 の 事件 を 報じて いる 。

どの チャンネル を つけて も 、 見 知った キャスター や レポーター たち が 、 真冬 の 峠 の 映像 を 背景 に 顔 を 歪ま せて 犯人 へ の 憎しみ を 吐露 して いた 。

ワイドショー で の 報道 は 、 おおかた 次 の ような もの だった 。

福岡 市 内 で 生命 保険 会社 に 勤める 二十一 歳 の 女性 が 、 何者 か に よって 殺害 さ れ 、 三瀬 峠 に 遺棄 さ れた 。

女性 は その 夜 十 時 半 ごろ 、 会社 の 借り上げ アパート 近辺 で 同僚 たち と 別れて 、 歩いて 三 分 ほど の 場所 へ ボーイフレンド に 会い に 行った きり 、 連絡 が つか なく なった 。

現在 、 警察 は この ボーイフレンド 、 二十二 歳 の 大学生 を 重要 参考人 と して 捜索 して いる が 、 友人 たち の 話 に よれば 、 彼 は ここ 一 週間 ほど 、 行方 が 分から なく なって いる と いう 。

画面 に は 事件 の 経過 を 伝える テロップ と 共に 、 寒々 と した 峠 の 映像 が 重なり 、 殺害 さ れた 被害 者 の 無念 さ を 演出 して いた 。

逆に 、「 学 内 一 の 人気者 」「 愛車 は 高級 外車 」「 独り 住まい の マンション は 、 福岡 の 一等地 」 など と 、 行方 不明 の 大学生 の 素性 を 伝える 際 に は 、 華やかな 天神 や 中 洲界 隈 の 映像 が 使われて いた 。 コメンテーター たち は 、 九分九厘 、 この 行方 不明 の 大学生 が 犯人 だ と 思って いる ようで 、 その ニュアンス は ワイドショー を 眺めて いる 視聴 者 に も 確実に 伝わって くる 。

福岡 市 内 で 進学 塾 の 講師 を 務める 林 完治 、 手 に した マーマレード つき トースト が 冷える の も かまわ ず に 、 じっと テレビ 画面 を 凝視 して いた 。

午後 三 時 、 そろそろ 出かけ なくて は 授業 に 遅刻 して しまう のだ が 、 なかなか 椅子 から 立ち 上がれ ない 。

林 完治 が この 事件 を 知った の は 、 二 日 前 、 やはり 今日 と 同じ ように 昼 過ぎ に 起きて 、 すぐに つけた テレビ で だった 。

最初 は 、「 へ ぇ 、 三瀬 で ねぇ 」 など と 呑気 に 眺めて いた のだ が 、 被害 者 の 写真 が 映し出さ れた とたん 、 飲んで いた オレンジジュース を 喉 に 詰まら せた 。

石橋 佳乃 で なく 、 ミア と 名乗って いた が 、 その 被害 者 が 二 カ月 ほど 前 に 携帯 サイト で 知り合った 女の子 に 違いなかった のだ 。

林 は 慌てて 携帯 の 履歴 を 確かめた 。

時期 的に 残って いる 可能 性 は 低かった が 、 辛うじて 一 通 だけ 彼女 から の メール が 残って いた 。

「 この前 は いろいろ ごちそうさま でした 。 すごい 楽しかった 。 でも 、 やっぱり この 前 話した ように 来月 東京 へ 転勤 に なって 、 もう 会え そうに ないで す 。 本当に タイミング 悪くて ごめん 。 本当に ありがとう 。 バイバイ 。 ミア より 」

林 完治 の 携帯 に 残って いた の は 、 彼女 から の 最後 の 、 要するに 「 もう 連絡 を くれる な 」 と いう 別れ の メール だった 。

これ より 以前 に 取り交わした 膨大な メール は 、 すでに 消えて いる が 、 石橋 佳乃 = ミア と 会った 日 の こと は 鮮明に 覚えて いる 。

待ち合わせ した の は 福岡 ドーム ホテル の ロビー で 、 広い ホール を 囲む ように 長い ベンチ が あり 、 ほとんど 隙間 なく 家族 連れ など の 客 たち が 占領 して いた 。

ミア は 約束 から 十 分 ほど 遅れて 現れた 。

事前 に もらって いた 写 メール より 、 幾分 見劣り は した が 、 それ でも 四十二 歳 で 独身 の 林 の 目 に は 、 てんとう虫 の ように 可愛らしく 映った 。

ミア は 堂々と した もの で 、 すぐに 領収 書 を 見せて ホテル まで の タクシー 代 を 請求 して きた 。

「 遠い 」 と 言われて 、「 だったら 、 タクシー 使って 来 ん ね 」 と 言った の は 林 の ほう だった が 、 さすが に 挨拶 も なく 請求 さ れる と 、 自分 たち が ある 条件 の もと で 会う 約束 を した のだ と 思い知ら さ れる 。 「 あんまり 時間 が ない と よ 」 と ミア が 言う ので 、 予定 して いた 喫茶 店 は 省いて 、 車 で 近所 の ラブ ホテル に 移動 した 。

林 に とって も 初めて の 経験 で は なかった ので 、 先 に 約束 した 三万 円 を テーブル に 置き 、 すぐに 狭苦しい ベッド で 事 に 及んだ 。

ミア の ほう も 間違い なく 、 こういう 出会い が 初めて で は ない ようだった 。

金 を 受け取る と 、 すぐに 服 を 脱ぎ 、 下着 だけ に なった ところ で 、「 ねぇ 、 飲み物 、 注文 して よか ? 」 と フロント に 電話 を かけた 。

豊 満 な 胸 の 下 に あ ばら が 浮いて いた 。

ただ 、 下 腹 に だけ 、 やわらか そうな 贅肉 が ついて いる 。

ベッド に 腰かけて フロント に 電話 を する ミア は 、 まるで 本物 の 娼婦 の ようだった 。

それ まで に 本物 の 娼婦 を 見た こと は なかった が 、 林 に は そう 見えた 。

ベッド で の ミア は 楽しんで いる ようだった 。

肌 や 性器 の 熱 も 、 金 の 為 の 演技 と は 思え なかった 。

素人 の 娼婦 と 娼婦 の 素人 なら 、 どちら が エロティック だろう か と 林 は 考えた 。

どちら に しろ 女 に 変わり は ない が 、 何 か が 大きく 違って いる ような 気 が して 仕方なかった 。 一口 だけ 齧った あと に 、 くっきり と 歯形 が 残って いる 。

一 度 関係 の あった 女 が 、 何者 か に 殺害 さ れた 。

この 三 日間 、 頭 で は 理解 できて も 、 なかなか その 気持ち を 消化 でき ず に いる 。

敢えて 例える ならば 、 中学 時代 の 同級 生 が 地元 放送 局 の アナウンサー と して テレビ に 出演 して いる の を 初めて 見た とき 、「 あんな 女 が テレビ で 喋っと る 」 と 、 半ば あざ笑い 、 半ば 羨望 した とき の 気持ち に 近い 。 ただ 、 ミア は アナウンサー に なった わけで は ない 。 誰 か に 首 を 絞められて 、 極寒 の 峠 に 捨てられた のだ 。 おそらく 犯人 は 、 自分 と 同じ ような 男 に 違いない 。

携帯 の サイト で 、 彼女 は 自分 と 同じ ような 男 と 出会い 、 それ が たまたま 殺人 鬼 だった のだ 。

林 は 、 自分 を 正当 化 しよう と して いる の か 、 自分 を 辱めよう と して いる の か 分から なかった 。

もちろん 殺した の は 俺 で は ない が 、 殺さ れた の は 俺 が 会った こと の ある 女 で 、 おそらく あの 子 は 俺 の ような 男 に 殺さ れた のだ 。

犯人 は 彼女 を 素人 の 娼婦 と して 見た の かも しれ ない 。

娼婦 の 素人 だ と 思えば 、 殺す 気 など 芽生え なかった の かも しれ ない 。

いよいよ 授業 に 遅刻 し そうに なり 、 林 は テレビ を 消す と 、 ネクタイ を 締め ながら 玄関 へ 向かった 。

玄関 ドア が ノック さ れた の は その とき だった 。

間 の 悪い 宅配 便 か と 思い 、 無愛想な 声 で 返事 を して ドア を 開ける と 、 背広 姿 の 男 が 二 人 、 まるで 壁 を 作る ように 立って いる 。

「 林 完治 さん です か ? 一瞬 、 どっち が 喋った の か 分から なかった 。

二 人 と も 三十 そこそこ で 、 同じ ような 角 刈り だった 。

「 あ 、 は 、 はい ……」

答え ながら すぐに 例の 件 だ と 察した 。

テレビ で 事件 を 知って 以来 、 いつか こういう 日 が 来る と 覚悟 して いた 。 彼女 の 携帯 を 調べれば 、 自分 の 名前 など すぐ 出て くる はずだった 。

「 実は ちょっと お 訊 きしたい こと が あって ……」 まるで 二 人 が 同時に 喋って いる ようだった 。 林 は 、「 はい 。 分かってます 」 と 静かに 頷いた あと 、「 いや 、 そういう 意味 じゃ なくて 」 と 慌てて 付け加え 、「 三瀬 の 事件 の こと です よ ね ? 」 と 尋ねた 。

二 人 が 顔 を 見合わせ 、 険しい 視線 を 向けて くる 。

「 彼女 の こと は 知っています 。 ただ 、 私 は 今回 の こと に は まったく 関係 ありません よ 」 刑事 二 人 を 中 へ 入れ 、 林 は ドア を 閉めた 。 狭い 玄関 先 に は 乱雑に 靴 が 散らばり 、 図体 の で かい 男 が 三 人 、 それ を 踏ま ない ように 奇妙な 格好 で 立つ こと に なった 。

「 来る んじゃ ない か なぁ と は 思って た んです よ 。 やっぱり 携帯 と か で すぐに 分かる んでしょ ? あの 、 なんて いう か 、 あの 女の子 の 交友 関係 みたいな もの が 」

林 は すら すら と 答えた 。

事件 を 知って 以来 、 万が一 の とき に は どのように 話す べき か 考えて いた のだ 。 角 刈り の 刑事 二 人 は 黙って 話 を 訊 き ながら も 、 ときどき 顔 を 見合わせて いた 。 そこ に 表情 は なく 、 林 の 供述 を 信じて いる の か 、 信じて いない の かも 分から ない 。 「 二 カ月 ほど 前 に メール で 知り合って 、 一 度 だけ デート しました 。 それ だけ です 」 と 林 は 言った 。

水玉 の ネクタイ を して いる 刑事 が 、「 デート ? 」 と 苦笑 する 。

「 ほ 、 法律 的に は 問題 ない はずです よ 。 彼女 は 成人 して る んだ し 、 お互い の 合意 で 会った だけ なん です から ……。 そ 、 それ に お 金 の ことにしたって 、 あれ は たまたま 株 で ちょっと もうけた ばっかりだった から 、 お 小遣い を あげた だけ の 話 で 」 林 は 唾 を 飛ばした 。 すっと 避けた 一 人 の 刑事 が 、 足元 の 汚れた スニーカー を 踏む 。 「 ま ぁ 、 そう 焦ら ず に 」

新たな 足場 を 探し ながら 、 刑事 が 制した 。

背 の 高い 二 人 の 刑事 を 見上げ ながら 、 林 は もう 何 人 くらい 、 自分 と 同じ ように 彼女 と 会った 男 に 話 を 訊 いて きた のだろう か と 勘ぐった 。

「 お 小遣い の こと に ついて は 、 また 後日 と いう こと で 。 それ と 、 先 に 話して おきます が 、 携帯 番号 から メール や 会話 の 内容 まで は 分かりません から 」 刑事 が そこ で やっと 手帳 を 出して 、 ちらっと 林 の 目の前 に かざした 。 「 この前 の 日曜日 な んです が 、 どちら に いらっしゃいました ? 夜 、 十 時 ごろ の こと な んです が 」

水玉 の ネクタイ を した 刑事 が 、 なぜ か 眉毛 を つまみ ながら 尋ねて くる 。

林 は 、「 よし 、 きたな 」 と 心 の 中 で 呟き 、 一 度 大きく 息 を 吐いた 。

「 その 日 は 職場 に おりました 。 塾 の 講師 を やって いる んです が 、 授業 が 終わった の が 十 時 半 で 、 その あと 一 時 近く まで 、 冬 休み 補習 の カリキュラム 作り を 同僚 たち と した あと 、 近所 の 居酒屋 に 行きました 。 店 を 出た の が 三 時 半 。 家 へ 帰る 前 に 近所 の ビデオ 屋 に 寄ってます 。 借りた ビデオ は まだ ここ に あります 」 話 は 十 分 足らず で 終わった 。 刑事 たち が 笑顔 で 別れ を 告げて 出て 行く と 、 林 は 思わず その 場 に 座り込んで しまった 。

日曜日 の アリバイ を 話す ところ まで は 堂々と して いられた のだ が 、「 事件 が 事件 です から 、 どうしても 職場 の 方 に お 話 を 伺う こと に なる と 思う んです が 」 と 言わ れた あと は 、「 二十 年 続けた 仕事 な んです 。 立場 的に 大きな 問題 に なります 。 どうにか 内密に 調査 して もらう こと は できません でしょう か ? たとえば 、 居酒屋 の 店主 の ほう に 尋ねる と か 、 同僚 に も 別件 の 調査 の ように 尋ねて もらう と か ……」 など と 、 ほとんど 泣き 落とし に なって いた 。


第 二 章 彼 は 誰 に 会い たかった か?【4】 だい|ふた|しょう|かれ||だれ||あい|| Kapitel 2 Wen wollte er treffen? [4 Chapter 2 Who Did He Want to See? [4 Capítulo 2 ¿A quién quería conocer? [4 Chapitre 2 Qui voulait-il rencontrer ? [4 제2장 그는 누구를 만나고 싶었나? (4)【제2장】그는 누구를 만나고 싶었나? 第 2 章 他想见谁?[4

祐一 が いつも 選択 する の は 、 一 番 人気 の ある 「 四十 分 ・5800 円 」 の コース だった 。 ゆういち|||せんたく||||ひと|ばん|にんき|||しじゅう|ぶん|えん||こーす|

シャワー を 浴びる 時間 を 除けば 、 二 人きり で いる 時間 は 三十 分 に も 満たない のだ が 、 逆に それ だけ あれば 、 客 が 求めて いる こと に は 充分だった 。 しゃわー||あびる|じかん||のぞけば|ふた|ひときり|||じかん||さんじゅう|ぶん|||みたない|||ぎゃくに||||きゃく||もとめて|||||じゅうぶんだった Except for the time to take a shower, the time spent alone was less than thirty minutes, but on the contrary, that was enough for what the customer wanted.

時間 が 余る と 、たいてい の 客 は 二 度 目 を 望んだ 。 じかん||あまる||||きゃく||ふた|たび|め||のぞんだ When time was left, most customers wanted a second time. 時間 いっぱい 何 か を して もらおう と 貪欲だった 。 じかん||なん||||||どんよくだった I was greedy for something to do for the full time. しかし 祐一 の 場合 、 シャワー の あと 、 あっという間 に 果てて しまう と 、 美保 が 手 を 伸ばして も 自分 の 性器 に は 触れ させよう と せ ず 、 腕 枕 を して 一緒に 天井 を 眺めて いる こと を 好んだ 。 |ゆういち||ばあい|しゃわー|||あっというま||はてて|||みほ||て||のばして||じぶん||せいき|||ふれ|さ せよう||||うで|まくら|||いっしょに|てんじょう||ながめて||||このんだ However, in the case of Yuichi, if it ends in a blink of an eye after the shower, Miho does not try to touch his genitals even if he stretches out his hand, and he is looking at the ceiling together with his arm pillow. I liked it.

楽な 客 で は あった 。 らくな|きゃく||| It was an easy customer.

回 が 重なって くる うち に 美保 の ほう でも 慣れて しまい 、 腕 枕 を さ れ ながら つい うとうと して しまう こと さえ あり 、 いつの間にか 、 無口な 祐一 に 身の上 話 まで する ように なって いた 。 かい||かさなって||||みほ||||なれて||うで|まくら||||||||||||いつのまにか|むくちな|ゆういち||みのうえ|はなし|||||

祐一 は ぶた まん の 次に ケーキ を 買って きた 。 ゆういち|||||つぎに|けーき||かって| Yuichi bought a cake next to Butaman.

来る たび に 何 か 食べ物 を 買って きて 、 狭い 個室 で 一緒に 食べた 。 くる|||なん||たべもの||かって||せまい|こしつ||いっしょに|たべた Every time I came, I bought some food and ate together in a small private room. 徐々に 慣れて きた 美保 も 、 祐一 が 来れば まず シャワー で は なく 、 冷たい 紅茶 か 、 珈琲 を 出して やる ように なって いた 。 じょじょに|なれて||みほ||ゆういち||くれば||しゃわー||||つめたい|こうちゃ||こーひー||だして|||| Miho, who gradually got used to it, started to serve cold tea or coffee instead of taking a shower when Yuichi came.

祐一 が 手作り の 弁当 を 持ってきた の は 、 たしか 五 回 目 か 、 六 回 目 、 休日 の 午後 だった と 思う 。 ゆういち||てづくり||べんとう||もってきた||||いつ|かい|め||むっ|かい|め|きゅうじつ||ごご|||おもう

また いつも の ように 何 か 持ってきた のだろう と 、 差し出さ れた 紙袋 を 受け取る と 、 中 に スヌーピー の 絵柄 が ついた 二 段 重ね の 弁当 箱 が 入って いる 。 ||||なん||もってきた|||さしで さ||かみぶくろ||うけとる||なか||||えがら|||ふた|だん|かさね||べんとう|はこ||はいって|

「 弁当 ? べんとう 思わず 声 を 上げた 美保 の 前 で 、 祐一 が 照れくさ そうに 蓋 を 開ける 。 おもわず|こえ||あげた|みほ||ぜん||ゆういち||てれくさ|そう に|ふた||あける

一 段 目 に は 卵焼き 、 ソーセージ 、 鶏 の 唐 揚げ と ポテト サラダ が 入って いた 。 ひと|だん|め|||たまごやき|そーせーじ|にわとり||とう|あげ||ぽてと|さらだ||はいって| The first row contained fried eggs, sausages, fried chicken and potato salad.

下 の 段 を 開ける と 、 びっしり と 詰まった ごはん に 、 丁寧に 色分け さ れた ふり かけ が かけて あった 。 した||だん||あける||||つまった|||ていねいに|いろわけ||||||| When I opened the bottom row, the rice was packed tightly and sprinkled with carefully color-coded sprinkles.

弁当 箱 を 渡さ れた とき 、 一瞬 、 祐一 に は 彼女 が いて 、 その 彼女 が 祐一 の ため に 作った 弁当 を 、 自分 に 持ってきた ので は ない か と 思った 。 べんとう|はこ||わたさ|||いっしゅん|ゆういち|||かのじょ||||かのじょ||ゆういち||||つくった|べんとう||じぶん||もってきた||||||おもった

しかし 、「 これ 、 どうした と ? 」 と 美保 が 尋ねる と 、 照れくさ そうに 俯いた 祐一 が 、「 あんまり 、 旨 う ない かも しれ ん よ 」 と 呟く 。 |みほ||たずねる||てれくさ|そう に|うつむいた|ゆういち|||むね||||||||つぶやく Miho asked, and Yuichi, who looked down in a shy manner, muttered, "It may not be so good."

「…… まさか 清水 くん が 作った わけじゃ ない よ ね ? |きよみず|||つくった|||| "... It wasn't made by Shimizu-kun, right? 思わず 尋ねた 美保 の 手 に 、 祐一 が 割り箸 を 割って 持た せて くれる 。 おもわず|たずねた|みほ||て||ゆういち||わりばし||わって|もた|| Yuichi breaks disposable chopsticks into Miho's hand when he asks.

「 唐 揚げ と か は 、 昨日 の 晩 、 ばあちゃん が 揚げた 残り やけど ……」 とう|あげ||||きのう||ばん|||あげた|のこり| "Deep-fried chicken is the rest of the burns that my grandma fried yesterday evening ..."

美保 は 呆然と 祐一 を 見つめた 。 みほ||ぼうぜんと|ゆういち||みつめた Miho stared at Yuichi in a daze.

テスト の 結果 を 待つ 子供 の ように 、 祐一 は 美保 が 食べる の を 待って いる 。 てすと||けっか||まつ|こども|||ゆういち||みほ||たべる|||まって| Like a child waiting for the test results, Yuichi is waiting for Miho to eat.

祐一 が 祖父母 と 三 人 暮らし だ と いう こと は 、 すでに 聞いて いた 。 ゆういち||そふぼ||みっ|じん|くらし|||||||きいて| I've already heard that Yuichi lives with his grandparents.

客 の 素性 など なるべく 知り たく ない と 思って いた ので 、 もちろん それ 以上 は 訊 か なかった 。 きゃく||すじょう|||しり||||おもって|||||いじょう||じん|| I didn't want to know the customer's identity as much as possible, so of course I didn't ask any more.

「 ほんとに 、 これ 、 自分 で 作った の ? ||じぶん||つくった| "Really, did you make this yourself? 美保 は ふんわり と 焼か れた 卵焼き を 箸 で つまんだ 。 みほ||||やか||たまごやき||はし|| Miho picked up the fluffy omelet with chopsticks.

口 に 入れる と 、 ほのかな 甘 さ が 広がる 。 くち||いれる|||あま|||ひろがる When you put it in your mouth, the slight sweetness spreads.

「 俺 、 砂糖 が 入っと る 卵焼き が 好き やけん 」 言い訳 する ような 祐一 に 、「 私 も 甘い 卵焼き が 好き 」 と 美保 は 答えた 。 おれ|さとう||はい っと||たまごやき||すき||いいわけ|||ゆういち||わたくし||あまい|たまごやき||すき||みほ||こたえた "I like omelet with sugar," Miho replied to Yuichi, who made an excuse, "I also like sweet omelet." 「 その ポテト サラダ も 旨 か よ 」 |ぽてと|さらだ||むね||

春 の 公園 に いる わけで は なかった 。 はる||こうえん||||| I wasn't in the spring park.

そこ は 窓 も なく 、 ティッシュ 箱 の 積ま れた 、 ファッションヘルス の 個室 だった 。 ||まど|||てぃっしゅ|はこ||つま||||こしつ|

その 日 から 、 祐一 は 店 に 来る たび に 手作り の 弁当 を 持ってきた 。 |ひ||ゆういち||てん||くる|||てづくり||べんとう||もってきた From that day on, Yuichi brought a handmade bento every time he came to the store.

美保 の ほう でも シフト を 訊 かれれば 素直に 教え 、「 九 時 ぐらい が 一 番 おなか 減る か な 」 など と 、 知らず知らず の うち に 、 祐一 の 弁当 を 当て に する ように なって いた 。 みほ||||しふと||じん||すなおに|おしえ|ここの|じ|||ひと|ばん||へる|||||しらずしらず||||ゆういち||べんとう||あて|||||

「 誰 か に 習った わけじゃ なか けど 、 いつの間にか 作れる ように なっとった 。 だれ|||ならった||||いつのまにか|つくれる||な っと った "I didn't learn from anyone, but before I knew it, I was able to make it. ばあちゃん が 魚 を 下ろす の を 眺め とる の も 好き やった し 、 ただ 、 後片付け は 面倒 やけど ……」 ||ぎょ||おろす|||ながめ||||すき||||あとかたづけ||めんどう| I also liked watching Grandma drop the fish, but it's a hassle to clean up afterwards ... "

祐一 は 派手な ネグリジェ 姿 で 弁当 を 食べる 美保 を 眺め ながら 、 そんな 話 を した 。 ゆういち||はでな||すがた||べんとう||たべる|みほ||ながめ|||はなし|| Yuichi talked about such a story while looking at Miho eating a lunch box in a flashy nightie.

実際 、 祐一 の 弁当 は 美味しくて 、「 この前 の ヒジキ 、 また 作って きて よ 」 など と 、 美保 が リクエスト する こと も 多かった 。 じっさい|ゆういち||べんとう||おいしくて|この まえ||ひじき||つくって|||||みほ||りくえすと||||おおかった In fact, Yuichi's bento was delicious, and Miho often requested, "Hijiki the other day, please make it again."

弁当 を 食べ 終わる と 、 祐一 は 腕 枕 で 添い 寝 する こと を 好んだ 。 べんとう||たべ|おわる||ゆういち||うで|まくら||そい|ね||||このんだ After eating the bento, Yuichi preferred to sleep with his arm pillow.

本来 なら シャワー を 浴びて もらう 規則 だった が 、 いつの間にか 、 平気で 規則 を 破る ように も なって いた 。 ほんらい||しゃわー||あびて||きそく|||いつのまにか|へいきで|きそく||やぶる|||| Originally, it was a rule to have people take a shower, but before I knew it, I was able to break the rule without any hesitation.

その 日 の おかず の 感想 を 述べ ながら 、 美保 は 祐一 の 性器 を 弄った 。 |ひ||||かんそう||のべ||みほ||ゆういち||せいき||いじった Miho played with Yuichi's genitals while expressing his impressions of the side dish of the day.

ちゃんと 料金 は もらって いる のに 、 どこ か 弁当 へ の お礼 の ような 気持ち も あった 。 |りょうきん|||||||べんとう|||お れい|||きもち|| Even though I was paid properly, I felt like a thank-you for the lunch box somewhere.

「 清水 くんって 、 外 で 会おう と か 、 誘って こ ない よ ね 」 残り 時間 五 分 の アラーム が 鳴った あと だった 。 きよみず|くん って|がい||あおう|||さそって|||||のこり|じかん|いつ|ぶん||||なった|| "Shimizu-kun, you didn't invite me to meet you outside." It was after the alarm sounded with five minutes remaining. 美保 の 手 は 祐一 の パンツ に 突っ込ま れた まま で 、 祐一 の 指 は 忙しく 美保 の 乳首 を 弄って いた 。 みほ||て||ゆういち||ぱんつ||つっこま||||ゆういち||ゆび||いそがしく|みほ||ちくび||いじって|

「 普通 、 常連 さん に なったら 、 絶対 に 誘って くる よ 。 ふつう|じょうれん||||ぜったい||さそって|| "Usually, when I become a regular, I will definitely invite you. 今度 、 外 で デート しようって 」 祐一 が 返事 を し ない ので 、 美保 は 改めて 聞き 直した 。 こんど|がい||でーと|しよう って|ゆういち||へんじ|||||みほ||あらためて|きき|なおした Let's go on a date outside this time. ”Yuichi didn't reply, so Miho asked again. その 途端 、 乳首 を 弄って いた 祐一 の 指 が とつぜん 止まる 。 |とたん|ちくび||いじって||ゆういち||ゆび|||とまる Immediately after that, Yuichi's finger, which was playing with the nipple, stopped at all.

「 誘わ れたら 、 外 で 会う と や ? さそわ||がい||あう|| "If you're invited, why don't you meet outside? 殺気 立った 声 だった 。 さっき|たった|こえ| It was a murderous voice.

口 で は なく 、 指 が 喋った ようで 、 痛み は ない のに 、 乳首 が 強く つままれて いる の が 分かった 。 くち||||ゆび||しゃべった||いたみ||||ちくび||つよく|つまま れて||||わかった It seemed that my fingers were speaking, not my mouth, and I found that my nipples were strongly pinched, even though there was no pain. 美保 は 身 を 捩り 、「 会わ ん よ 。 みほ||み||ねじり|あわ|| Miho twisted herself and said, "Let's meet. 会う わけな いたい 」 と 告げて ベッド を 出た 。 あう||い たい||つげて|べっど||でた I don't want to see you. " その 腕 を 祐一 が 強く 掴む 。 |うで||ゆういち||つよく|つかむ Yuichi firmly grasps the arm.

「 俺 は ここ で 会えれば よか よ 」 と 祐一 は 言った 。 おれ||||あえれば||||ゆういち||いった "I wish I could meet you here," Yuichi said.

「 ここ なら 、 ずっと 、 誰 に も 邪魔 さ れ ん で 、 二 人きり で おれる やろ ? |||だれ|||じゃま|||||ふた|ひときり||| "Here, you can stay alone, without disturbing anyone all the time? 」 と 。

「 ずっと 、って 、 四十 分 だけたい 」 と 美保 は 笑った 。 ||しじゅう|ぶん|だけ たい||みほ||わらった 祐一 は 真面目な 顔 を して 、「 だったら 、 今度 から 一 時間 の コース に する けん 」 と 言った 。 ゆういち||まじめな|かお||||こんど||ひと|じかん||こーす|||||いった Yuichi made a serious look and said, "If so, I'm going to take an hour course from now on."

最初 、 冗談 か と 思った 。 さいしょ|じょうだん|||おもった At first, I thought it was a joke.

ただ 、 祐一 の 目 は どこ から どう 見て も 真剣だった 。 |ゆういち||め|||||みて||しんけんだった

消灯 時間 を 向か いて 、 看護 師 が 病室 の 灯り を 消し に きた 。 しょうとう|じかん||むか||かんご|し||びょうしつ||ともり||けし|| As the lights went out, the nurse came to turn off the lights in the hospital room.

ベッド に 横たわり 、 天井 を 見つめた まま 、 祐一 の こと を 思い出して いた 美保 は 、 病室 の 電気 が 消さ れる と すぐに ベッド を 抜け出した 。 べっど||よこたわり|てんじょう||みつめた||ゆういち||||おもいだして||みほ||びょうしつ||でんき||けさ||||べっど||ぬけだした Miho, lying on the bed and staring at the ceiling, remembering Yuichi, got out of bed as soon as the lights in the hospital room were turned off.

入口 に 一 番 近い ベッド に だけ 、 まだ 明かり が ついて おり 、 暗い 病室 の 中 、 そこ だけ 時間 が 流れて いる ように 見える 。 いりぐち||ひと|ばん|ちかい|べっど||||あかり||||くらい|びょうしつ||なか|||じかん||ながれて|||みえる

内側 から 照らさ れた カーテン に 、 本 を 読む 人影 が かすかに 映る 。 うちがわ||てらさ||かーてん||ほん||よむ|ひとかげ|||うつる 読んで いる の は 、 市 内 の 短大 に 通って いる と いう 女の子 で 、 幼い ころ から 腎臓 を 患って いる らしく 、 どこ か くすんだ 肌 を して いる が 、 愛くるしい 笑顔 の 持ち主 で 、 彼女 が 家族 中 から 愛されて 育った こと が よく 分かる 。 よんで||||し|うち||たんだい||かよって||||おんなのこ||おさない|||じんぞう||わずらって||||||はだ|||||あいくるしい|えがお||もちぬし||かのじょ||かぞく|なか||あいさ れて|そだった||||わかる 美保 は スリッパ の 音 を 立て ない ように 病室 を 出て 、 エレベーターホール へ 向かった 。 みほ||すりっぱ||おと||たて|||びょうしつ||でて|||むかった

廊下 に は 浴室 と トイレ を 示す オレンジ色 の ビニールテープ が 伸びて いる 。 ろうか|||よくしつ||といれ||しめす|おれんじいろ||||のびて|

担架 も 入る 大き めの エレベーター に 乗り込む と 、 自分 が 下って いる ので なく 、 病棟 全体 が 上がって いく ような 感覚 に 襲わ れる 。 たんか||はいる|おおき||えれべーたー||のりこむ||じぶん||くだって||||びょうとう|ぜんたい||あがって|||かんかく||おそわ|

一 階 の 待 合 ホール に は 、 まだ ベビーカー の 男の子 を あやして いる 老婆 が いた が 、 シンと 静まり返った 様子 は そのまま で 、 自動 販売 機 の 音 だけ が 響いて いる 。 ひと|かい||ま|ごう|ほーる||||||おとこのこ||||ろうば||||しんと|しずまりかえった|ようす||||じどう|はんばい|き||おと|||ひびいて|

今さら 、 祐一 と 会って 何 を 話したい と いう わけで も なかった 。 いまさら|ゆういち||あって|なん||はなし たい||||| 結局 、 祐一 の 気持ち を 踏みにじった の は 自分 で 、 合わせる 顔 など ない こと も 分かって いた 。 けっきょく|ゆういち||きもち||ふみにじった|||じぶん||あわせる|かお|||||わかって| ほとんど 見舞 客 も ない 入院 生活 を 二 週間 近く も 送り 、 自分 が 弱気に なって いる せい かも しれ なかった 。 |みまい|きゃく|||にゅういん|せいかつ||ふた|しゅうかん|ちかく||おくり|じぶん||よわきに||||||

それ でも さっき 老人 の からだ を 支えて ここ へ 入って きた 祐一 に 、 何 か 声 を かけ たかった 。 |||ろうじん||||ささえて|||はいって||ゆういち||なん||こえ|||

残酷に 別れ を 告げて しまった 祐一 の 口 から 、「 今 は 普通の 女の子 と 付き合って て 、 楽しく やって る 」 と でも 言って もらえれば 、 あの とき の 自分 が 許さ れ そうな 気 も した 。 ざんこくに|わかれ||つげて||ゆういち||くち||いま||ふつうの|おんなのこ||つきあって||たのしく|||||いって|||||じぶん||ゆるさ||そう な|き||

ファッションヘルス で 知り合った 女 な のに 、 祐一 は 一緒に 暮らそう と 小さな アパート まで 借りて くれた のだ 。 ||しりあった|おんな|||ゆういち||いっしょに|くらそう||ちいさな|あぱーと||かりて||

ぼんやり と ベビーカー の 男の子 を あやす 老婆 を 眺めて いる と 、 ふと こちら に 目 を 向けた 老婆 が 、「 ここ は 静かで 落ち着く もん ねぇ 」 と 声 を かけて きた 。 ||||おとこのこ|||ろうば||ながめて||||||め||むけた|ろうば||||しずかで|おちつく||||こえ|||

もう 何度 も ここ で 顔 を 合わせて いた が 、 声 を かけられた の は 初めて だった 。 |なんど||||かお||あわせて|||こえ||かけ られた|||はじめて| これ から 祐一 に 会う のだ と いう 緊張 で 、 少し からだ を 強 張ら せて いた 美保 は 、 引きつけられる ように 老婆 の ほう へ 近寄った 。 ||ゆういち||あう||||きんちょう||すこし|||つよ|はら|||みほ||ひきつけ られる||ろうば||||ちかよった ベビーカー の 男の子 を 間近で 見る の は 初めて だった 。 ||おとこのこ||まぢかで|みる|||はじめて|

遠 目 に も なんとなく 想像 は して いた が 、 男の子 の からだ は 、 想像 以上 に 捩れて おり 、 弱々しい 斜 視 が 、 焦点 なく さまよって いる 。 とお|め||||そうぞう|||||おとこのこ||||そうぞう|いじょう||ねじれて||よわよわしい|しゃ|し||しょうてん|||

「 マモル くん 」

美保 は 男の子 の 細い 腕 を 摩った 。 みほ||おとこのこ||ほそい|うで||さすった

横 で 老婆 が 、 どうして 名前 を 知っている の か 、 怪 訝 そうな 顔 を する 。 よこ||ろうば|||なまえ||しっている|||かい|いぶか|そう な|かお||

「 さっき 、 看護 師 さん が そう 呼んで た でしょ ? |かんご|し||||よんで|| 美保 が 慌てて 説明 する と 、 嬉し そうな 顔 を した 老婆 が 、「 マモル は 、 人気者 や ねぇ 、 みんな 、 マモル の こと 知っと る よ 」 と 男の子 の 汗ばんだ 額 を 撫でる 。 みほ||あわてて|せつめい|||うれし|そう な|かお|||ろうば||||にんきもの|||||||ち っと||||おとこのこ||あせばんだ|がく||なでる 「 こう やって 撫でて やっとる と 、 痛 み が 減る と や もん ねぇ 」 そう 言い ながら 、 老婆 は ぐったり と した 男の子 の 肩 を 摩った 。 ||なでて|やっ とる||つう|||へる||||||いい||ろうば|||||おとこのこ||かた||さすった 自動 販売 機 が 、 かすかに 音 を 上げて 唸る 。 じどう|はんばい|き|||おと||あげて|うなる

いくら でも 言葉 は 浮かんだ が 、 なぜ か 口 から 出て こ なかった 。 ||ことば||うかんだ||||くち||でて||

美保 は 老婆 の 横 に 座って 、 ベビーカー から 突き出さ れた 男の子 の 腕 や 脚 を 、 見よう見真似 で 摩り 続けた 。 みほ||ろうば||よこ||すわって|||つきで さ||おとこのこ||うで||あし||みようみまね||さすり|つづけた

エレベーター の ドア が 開き 、 祐一 が 降りて きた の は その とき だった 。 えれべーたー||どあ||あき|ゆういち||おりて||||||

横 に 老人 は おら ず 、 ジーンズ の ポケット に 両手 を 突っ込んで 、 不機嫌 そうな 顔 だった 。 よこ||ろうじん||||じーんず||ぽけっと||りょうて||つっこんで|ふきげん|そう な|かお|

祐一 は ちらっと こちら に 目 を 向けた が 美保 に は 気づか なかった ようで 、 すぐに 視線 を 逸して 歩き 出した 。 ゆういち|||||め||むけた||みほ|||きづか||||しせん||そらして|あるき|だした

「 清水 くん ! きよみず| そろそろ 施錠 さ れる 入口 へ 向かう 背中 に 、 美保 は 思い切って 声 を かけた 。 |せじょう|||いりぐち||むかう|せなか||みほ||おもいきって|こえ||

一瞬 、 ビクッ と 足 を 止めた 祐一 が 、 警戒 する ように 振り返る 。 いっしゅん|||あし||とどめた|ゆういち||けいかい|||ふりかえる

美保 は ベンチ から 立ち上がり 、 まっすぐに 祐一 を 見つめた 。 みほ||べんち||たちあがり||ゆういち||みつめた

たった今 まで 摩って あげて いた 男の子 の 足 が 、 かすかに 美保 の 太もも に 触れて いた 。 たったいま||さすって|||おとこのこ||あし|||みほ||ふともも||ふれて|

もっと 摩って くれ と ねだる ように 、 男の子 の 足 が 動いて いた 。 |さすって|||||おとこのこ||あし||うごいて|

目 が 合った 瞬間 、 祐一 の からだ からすっと 力 が 抜けた 。 め||あった|しゅんかん|ゆういち|||からす っと|ちから||ぬけた 美保 は 思わず 手 を 差し伸べた 。 みほ||おもわず|て||さしのべた ただ 、 手 を 差し伸べて 届く ような 距離 で は ない 。 |て||さしのべて|とどく||きょり|||

美保 は 慌てて 祐一 に 近寄った 。 みほ||あわてて|ゆういち||ちかよった

祐一 の 顔 が 見る見る 青ざめて いく の が 分かる 。 ゆういち||かお||みるみる|あおざめて||||わかる

「 だ 、 大丈夫 ? |だいじょうぶ 美保 は 祐一 の 腕 を とった 。 みほ||ゆういち||うで||

たった今 まで 、 男の子 の 細い 腕 を 摩って いた ので 、 一瞬 、 その 感触 の 違い に 鳥肌 が 立つ 。 たったいま||おとこのこ||ほそい|うで||さすって|||いっしゅん||かんしょく||ちがい||とりはだ||たつ

「 さっき 、 お じいさん 連れて 入って くる の 見かけて 、 ここ で 待っとった と よ 」 と 美保 は 言った 。 |||つれて|はいって|||みかけて|||ま っと った||||みほ||いった 一瞬 、 あの 老人 を 送って きた ので は なく 、 彼 自身 が 病気 な の かも しれ ない と さえ 思える 。 いっしゅん||ろうじん||おくって|||||かれ|じしん||びょうき||||||||おもえる

「 とりあえず 、 そこ に ちょっと 座ったら ? ||||すわったら 美保 が 腕 を 引く と 、 祐一 が すっと 逃れる ように 身 を 躱 す 。 みほ||うで||ひく||ゆういち||す っと|のがれる||み||た| 「 別に 、 今さら 謝ろう と か 、 そういう ん じゃ ない と よ 。 べつに|いまさら|あやまろう||||||||

もう 二 年 も 前 の 話 だし ……。 |ふた|とし||ぜん||はなし| ただ 、 久しぶりに 清水 くん の 顔 を 見たら 、 懐かしく なって ……」 |ひさしぶりに|きよみず|||かお||みたら|なつかしく|

思いがけず 縮めて しまった 距離 を 離す ように 美保 は 言った 。 おもいがけず|ちぢめて||きょり||はなす||みほ||いった

真っ青だった 祐一 の 顔 に 少しずつ 血の気 が 戻って くる 。 まっさおだった|ゆういち||かお||すこしずつ|ちのけ||もどって|

「 ごめん ね 、 呼び止めて 」 ||よびとめて

美保 は 謝った 。 みほ||あやまった

今 は 普通の 女の子 と うまく やって る 。 いま||ふつうの|おんなのこ||||

祐一 に そう 言って もらい たくて 声 を かけた だけ だった 。 ゆういち|||いって|||こえ|||| ただ 、 自分 の 顔 を 見た とたん 、 祐一 は 青ざめた 。 |じぶん||かお||みた||ゆういち||あおざめた

どう 考えて も 、 祐一 が まだ 自分 を 許して いない と しか 考えられ なかった 。 |かんがえて||ゆういち|||じぶん||ゆるして||||かんがえ られ| もう 時間 が 経った のだ から と 気軽に 声 を かける など 、 裏切った ほう の 身勝手だった のだ と 美保 は 痛感 した 。 |じかん||たった||||きがるに|こえ||||うらぎった|||みがってだった|||みほ||つうかん|

「 俺 、 ちょっと ……」 おれ|

祐一 が 言いにく そうに 入口 の ほう へ 目 を 向ける 。 ゆういち||いいにく|そう に|いりぐち||||め||むける

美保 は 素直に 手 を 離し 、「 うん 、 ごめん ね 、 声 なんか かけて 」 と 謝った 。 みほ||すなおに|て||はなし||||こえ||||あやまった

祐一 が まだ 自分 に 気 が ある など と 考えて いた わけで は なかった 。 ゆういち|||じぶん||き|||||かんがえて||||

ただ 、 それにしても 祐一 の 態度 は 冷た すぎた 。 ||ゆういち||たいど||つめた|

祐一 は まるで 逃げる ように 病院 を 出て 行った 。 ゆういち|||にげる||びょういん||でて|おこなった

駐車 場 へ 向かう 祐一 の 姿 が 、 月 明かり に 照らされて いた 。 ちゅうしゃ|じょう||むかう|ゆういち||すがた||つき|あかり||てらさ れて| すぐ そこ に ある 駐車 場 へ 向かって いる はずな のに 、 美保 の 目 に は 、 彼 が もっと 遠く へ 向かって いる ように 見えた 。 ||||ちゅうしゃ|じょう||むかって||||みほ||め|||かれ|||とおく||むかって|||みえた 夜 の 先 に 、 また 別の 夜 が ある のだ と すれば 、 彼 は そこ へ 向かって いる ようだった 。 よ||さき|||べつの|よ||||||かれ||||むかって||

祐一 の 背中 は 駐車 場 へ と 消えた 。 ゆういち||せなか||ちゅうしゃ|じょう|||きえた

二 年 ぶり の 再会 など なかった ように 、 彼 は 一 度 も 振り返ら なかった 。 ふた|とし|||さいかい||||かれ||ひと|たび||ふりかえら|

この 日 も テレビ の ワイドショー は 一斉に 三瀬 峠 の 事件 を 報じて いる 。 |ひ||てれび||||いっせいに|みつせ|とうげ||じけん||ほうじて|

どの チャンネル を つけて も 、 見 知った キャスター や レポーター たち が 、 真冬 の 峠 の 映像 を 背景 に 顔 を 歪ま せて 犯人 へ の 憎しみ を 吐露 して いた 。 |ちゃんねる||||み|しった|きゃすたー||れぽーたー|||まふゆ||とうげ||えいぞう||はいけい||かお||ゆがま||はんにん|||にくしみ||とろ||

ワイドショー で の 報道 は 、 おおかた 次 の ような もの だった 。 |||ほうどう|||つぎ||||

福岡 市 内 で 生命 保険 会社 に 勤める 二十一 歳 の 女性 が 、 何者 か に よって 殺害 さ れ 、 三瀬 峠 に 遺棄 さ れた 。 ふくおか|し|うち||せいめい|ほけん|かいしゃ||つとめる|にじゅういち|さい||じょせい||なにもの||||さつがい|||みつせ|とうげ||いき||

女性 は その 夜 十 時 半 ごろ 、 会社 の 借り上げ アパート 近辺 で 同僚 たち と 別れて 、 歩いて 三 分 ほど の 場所 へ ボーイフレンド に 会い に 行った きり 、 連絡 が つか なく なった 。 じょせい|||よ|じゅう|じ|はん||かいしゃ||かりあげ|あぱーと|きんぺん||どうりょう|||わかれて|あるいて|みっ|ぶん|||ばしょ||ぼーいふれんど||あい||おこなった||れんらく||||

現在 、 警察 は この ボーイフレンド 、 二十二 歳 の 大学生 を 重要 参考人 と して 捜索 して いる が 、 友人 たち の 話 に よれば 、 彼 は ここ 一 週間 ほど 、 行方 が 分から なく なって いる と いう 。 げんざい|けいさつ|||ぼーいふれんど|にじゅうに|さい||だいがくせい||じゅうよう|さんこうにん|||そうさく||||ゆうじん|||はなし|||かれ|||ひと|しゅうかん||ゆくえ||わから|||||

画面 に は 事件 の 経過 を 伝える テロップ と 共に 、 寒々 と した 峠 の 映像 が 重なり 、 殺害 さ れた 被害 者 の 無念 さ を 演出 して いた 。 がめん|||じけん||けいか||つたえる|||ともに|さむざむ|||とうげ||えいぞう||かさなり|さつがい|||ひがい|もの||むねん|||えんしゅつ||

逆に 、「 学 内 一 の 人気者 」「 愛車 は 高級 外車 」「 独り 住まい の マンション は 、 福岡 の 一等地 」 など と 、 行方 不明 の 大学生 の 素性 を 伝える 際 に は 、 華やかな 天神 や 中 洲界 隈 の 映像 が 使われて いた 。 ぎゃくに|まな|うち|ひと||にんきもの|あいしゃ||こうきゅう|がいしゃ|ひとり|すまい||まんしょん||ふくおか||いっとうち|||ゆくえ|ふめい||だいがくせい||すじょう||つたえる|さい|||はなやかな|てんじん||なか|すかい|くま||えいぞう||つかわ れて| コメンテーター たち は 、 九分九厘 、 この 行方 不明 の 大学生 が 犯人 だ と 思って いる ようで 、 その ニュアンス は ワイドショー を 眺めて いる 視聴 者 に も 確実に 伝わって くる 。 |||くぶくりん||ゆくえ|ふめい||だいがくせい||はんにん|||おもって||||にゅあんす||||ながめて||しちょう|もの|||かくじつに|つたわって|

福岡 市 内 で 進学 塾 の 講師 を 務める 林 完治 、 手 に した マーマレード つき トースト が 冷える の も かまわ ず に 、 じっと テレビ 画面 を 凝視 して いた 。 ふくおか|し|うち||しんがく|じゅく||こうし||つとめる|りん|かんち|て|||||とーすと||ひえる|||||||てれび|がめん||ぎょうし||

午後 三 時 、 そろそろ 出かけ なくて は 授業 に 遅刻 して しまう のだ が 、 なかなか 椅子 から 立ち 上がれ ない 。 ごご|みっ|じ||でかけ|||じゅぎょう||ちこく||||||いす||たち|あがれ|

林 完治 が この 事件 を 知った の は 、 二 日 前 、 やはり 今日 と 同じ ように 昼 過ぎ に 起きて 、 すぐに つけた テレビ で だった 。 りん|かんち|||じけん||しった|||ふた|ひ|ぜん||きょう||おなじ||ひる|すぎ||おきて|||てれび||

最初 は 、「 へ ぇ 、 三瀬 で ねぇ 」 など と 呑気 に 眺めて いた のだ が 、 被害 者 の 写真 が 映し出さ れた とたん 、 飲んで いた オレンジジュース を 喉 に 詰まら せた 。 さいしょ||||みつせ|||||のんき||ながめて||||ひがい|もの||しゃしん||うつしださ|||のんで||||のど||つまら|

石橋 佳乃 で なく 、 ミア と 名乗って いた が 、 その 被害 者 が 二 カ月 ほど 前 に 携帯 サイト で 知り合った 女の子 に 違いなかった のだ 。 いしばし|よしの|||||なのって||||ひがい|もの||ふた|かげつ||ぜん||けいたい|さいと||しりあった|おんなのこ||ちがいなかった|

林 は 慌てて 携帯 の 履歴 を 確かめた 。 りん||あわてて|けいたい||りれき||たしかめた

時期 的に 残って いる 可能 性 は 低かった が 、 辛うじて 一 通 だけ 彼女 から の メール が 残って いた 。 じき|てきに|のこって||かのう|せい||ひくかった||かろうじて|ひと|つう||かのじょ|||めーる||のこって|

「 この前 は いろいろ ごちそうさま でした 。 この まえ|||| すごい 楽しかった 。 |たのしかった でも 、 やっぱり この 前 話した ように 来月 東京 へ 転勤 に なって 、 もう 会え そうに ないで す 。 |||ぜん|はなした||らいげつ|とうきょう||てんきん||||あえ|そう に|| 本当に タイミング 悪くて ごめん 。 ほんとうに|たいみんぐ|わるくて| 本当に ありがとう 。 ほんとうに| バイバイ 。 ミア より 」

林 完治 の 携帯 に 残って いた の は 、 彼女 から の 最後 の 、 要するに 「 もう 連絡 を くれる な 」 と いう 別れ の メール だった 。 りん|かんち||けいたい||のこって||||かのじょ|||さいご||ようするに||れんらく||||||わかれ||めーる|

これ より 以前 に 取り交わした 膨大な メール は 、 すでに 消えて いる が 、 石橋 佳乃 = ミア と 会った 日 の こと は 鮮明に 覚えて いる 。 ||いぜん||とりかわした|ぼうだいな|めーる|||きえて|||いしばし|よしの|||あった|ひ||||せんめいに|おぼえて|

待ち合わせ した の は 福岡 ドーム ホテル の ロビー で 、 広い ホール を 囲む ように 長い ベンチ が あり 、 ほとんど 隙間 なく 家族 連れ など の 客 たち が 占領 して いた 。 まちあわせ||||ふくおか|どーむ|ほてる||ろびー||ひろい|ほーる||かこむ||ながい|べんち||||すきま||かぞく|つれ|||きゃく|||せんりょう||

ミア は 約束 から 十 分 ほど 遅れて 現れた 。 ||やくそく||じゅう|ぶん||おくれて|あらわれた

事前 に もらって いた 写 メール より 、 幾分 見劣り は した が 、 それ でも 四十二 歳 で 独身 の 林 の 目 に は 、 てんとう虫 の ように 可愛らしく 映った 。 じぜん||||うつ|めーる||いくぶん|みおとり||||||しじゅうに|さい||どくしん||りん||め|||てんとうむし|||かわいらしく|うつった

ミア は 堂々と した もの で 、 すぐに 領収 書 を 見せて ホテル まで の タクシー 代 を 請求 して きた 。 ||どうどうと|||||りょうしゅう|しょ||みせて|ほてる|||たくしー|だい||せいきゅう||

「 遠い 」 と 言われて 、「 だったら 、 タクシー 使って 来 ん ね 」 と 言った の は 林 の ほう だった が 、 さすが に 挨拶 も なく 請求 さ れる と 、 自分 たち が ある 条件 の もと で 会う 約束 を した のだ と 思い知ら さ れる 。 とおい||いわ れて||たくしー|つかって|らい||||いった|||りん|||||||あいさつ|||せいきゅう||||じぶん||||じょうけん||||あう|やくそく|||||おもいしら|| 「 あんまり 時間 が ない と よ 」 と ミア が 言う ので 、 予定 して いた 喫茶 店 は 省いて 、 車 で 近所 の ラブ ホテル に 移動 した 。 |じかん||||||||いう||よてい|||きっさ|てん||はぶいて|くるま||きんじょ||らぶ|ほてる||いどう|

林 に とって も 初めて の 経験 で は なかった ので 、 先 に 約束 した 三万 円 を テーブル に 置き 、 すぐに 狭苦しい ベッド で 事 に 及んだ 。 りん||||はじめて||けいけん|||||さき||やくそく||さんまん|えん||てーぶる||おき||せまくるしい|べっど||こと||およんだ

ミア の ほう も 間違い なく 、 こういう 出会い が 初めて で は ない ようだった 。 ||||まちがい|||であい||はじめて||||

金 を 受け取る と 、 すぐに 服 を 脱ぎ 、 下着 だけ に なった ところ で 、「 ねぇ 、 飲み物 、 注文 して よか ? きむ||うけとる|||ふく||ぬぎ|したぎ|||||||のみもの|ちゅうもん|| 」 と フロント に 電話 を かけた 。 |ふろんと||でんわ||

豊 満 な 胸 の 下 に あ ばら が 浮いて いた 。 とよ|まん||むね||した|||||ういて|

ただ 、 下 腹 に だけ 、 やわらか そうな 贅肉 が ついて いる 。 |した|はら||||そう な|ぜいにく|||

ベッド に 腰かけて フロント に 電話 を する ミア は 、 まるで 本物 の 娼婦 の ようだった 。 べっど||こしかけて|ふろんと||でんわ||||||ほんもの||しょうふ||

それ まで に 本物 の 娼婦 を 見た こと は なかった が 、 林 に は そう 見えた 。 |||ほんもの||しょうふ||みた|||||りん||||みえた

ベッド で の ミア は 楽しんで いる ようだった 。 べっど|||||たのしんで||

肌 や 性器 の 熱 も 、 金 の 為 の 演技 と は 思え なかった 。 はだ||せいき||ねつ||きむ||ため||えんぎ|||おもえ|

素人 の 娼婦 と 娼婦 の 素人 なら 、 どちら が エロティック だろう か と 林 は 考えた 。 しろうと||しょうふ||しょうふ||しろうと||||||||りん||かんがえた

どちら に しろ 女 に 変わり は ない が 、 何 か が 大きく 違って いる ような 気 が して 仕方なかった 。 |||おんな||かわり||||なん|||おおきく|ちがって|||き|||しかたなかった 一口 だけ 齧った あと に 、 くっきり と 歯形 が 残って いる 。 ひとくち||かじった|||||はがた||のこって|

一 度 関係 の あった 女 が 、 何者 か に 殺害 さ れた 。 ひと|たび|かんけい|||おんな||なにもの|||さつがい||

この 三 日間 、 頭 で は 理解 できて も 、 なかなか その 気持ち を 消化 でき ず に いる 。 |みっ|にち かん|あたま|||りかい|||||きもち||しょうか||||

敢えて 例える ならば 、 中学 時代 の 同級 生 が 地元 放送 局 の アナウンサー と して テレビ に 出演 して いる の を 初めて 見た とき 、「 あんな 女 が テレビ で 喋っと る 」 と 、 半ば あざ笑い 、 半ば 羨望 した とき の 気持ち に 近い 。 あえて|たとえる||ちゅうがく|じだい||どうきゅう|せい||じもと|ほうそう|きょく||あなうんさー|||てれび||しゅつえん|||||はじめて|みた|||おんな||てれび||しゃべ っと|||なかば|あざわらい|なかば|せんぼう||||きもち||ちかい ただ 、 ミア は アナウンサー に なった わけで は ない 。 |||あなうんさー||||| 誰 か に 首 を 絞められて 、 極寒 の 峠 に 捨てられた のだ 。 だれ|||くび||しめ られて|ごくかん||とうげ||すて られた| おそらく 犯人 は 、 自分 と 同じ ような 男 に 違いない 。 |はんにん||じぶん||おなじ||おとこ||ちがいない

携帯 の サイト で 、 彼女 は 自分 と 同じ ような 男 と 出会い 、 それ が たまたま 殺人 鬼 だった のだ 。 けいたい||さいと||かのじょ||じぶん||おなじ||おとこ||であい||||さつじん|おに||

林 は 、 自分 を 正当 化 しよう と して いる の か 、 自分 を 辱めよう と して いる の か 分から なかった 。 りん||じぶん||せいとう|か|||||||じぶん||はずかしめよう||||||わから|

もちろん 殺した の は 俺 で は ない が 、 殺さ れた の は 俺 が 会った こと の ある 女 で 、 おそらく あの 子 は 俺 の ような 男 に 殺さ れた のだ 。 |ころした|||おれ|||||ころさ||||おれ||あった||||おんな||||こ||おれ|||おとこ||ころさ||

犯人 は 彼女 を 素人 の 娼婦 と して 見た の かも しれ ない 。 はんにん||かのじょ||しろうと||しょうふ|||みた||||

娼婦 の 素人 だ と 思えば 、 殺す 気 など 芽生え なかった の かも しれ ない 。 しょうふ||しろうと|||おもえば|ころす|き||めばえ|||||

いよいよ 授業 に 遅刻 し そうに なり 、 林 は テレビ を 消す と 、 ネクタイ を 締め ながら 玄関 へ 向かった 。 |じゅぎょう||ちこく||そう に||りん||てれび||けす||ねくたい||しめ||げんかん||むかった

玄関 ドア が ノック さ れた の は その とき だった 。 げんかん|どあ|||||||||

間 の 悪い 宅配 便 か と 思い 、 無愛想な 声 で 返事 を して ドア を 開ける と 、 背広 姿 の 男 が 二 人 、 まるで 壁 を 作る ように 立って いる 。 あいだ||わるい|たくはい|びん|||おもい|ぶあいそうな|こえ||へんじ|||どあ||あける||せびろ|すがた||おとこ||ふた|じん||かべ||つくる||たって|

「 林 完治 さん です か ? りん|かんち||| 一瞬 、 どっち が 喋った の か 分から なかった 。 いっしゅん|||しゃべった|||わから|

二 人 と も 三十 そこそこ で 、 同じ ような 角 刈り だった 。 ふた|じん|||さんじゅう|||おなじ||かど|かり|

「 あ 、 は 、 はい ……」

答え ながら すぐに 例の 件 だ と 察した 。 こたえ|||れいの|けん|||さっした

テレビ で 事件 を 知って 以来 、 いつか こういう 日 が 来る と 覚悟 して いた 。 てれび||じけん||しって|いらい|||ひ||くる||かくご|| 彼女 の 携帯 を 調べれば 、 自分 の 名前 など すぐ 出て くる はずだった 。 かのじょ||けいたい||しらべれば|じぶん||なまえ|||でて||

「 実は ちょっと お 訊 きしたい こと が あって ……」 まるで 二 人 が 同時に 喋って いる ようだった 。 じつは|||じん|きし たい|||||ふた|じん||どうじに|しゃべって|| 林 は 、「 はい 。 りん|| 分かってます 」 と 静かに 頷いた あと 、「 いや 、 そういう 意味 じゃ なくて 」 と 慌てて 付け加え 、「 三瀬 の 事件 の こと です よ ね ? わかって ます||しずかに|うなずいた||||いみ||||あわてて|つけくわえ|みつせ||じけん||||| 」 と 尋ねた 。 |たずねた

二 人 が 顔 を 見合わせ 、 険しい 視線 を 向けて くる 。 ふた|じん||かお||みあわせ|けわしい|しせん||むけて|

「 彼女 の こと は 知っています 。 かのじょ||||しってい ます ただ 、 私 は 今回 の こと に は まったく 関係 ありません よ 」 刑事 二 人 を 中 へ 入れ 、 林 は ドア を 閉めた 。 |わたくし||こんかい||||||かんけい|あり ませ ん||けいじ|ふた|じん||なか||いれ|りん||どあ||しめた 狭い 玄関 先 に は 乱雑に 靴 が 散らばり 、 図体 の で かい 男 が 三 人 、 それ を 踏ま ない ように 奇妙な 格好 で 立つ こと に なった 。 せまい|げんかん|さき|||らんざつに|くつ||ちらばり|ずうたい||||おとこ||みっ|じん|||ふま|||きみょうな|かっこう||たつ|||

「 来る んじゃ ない か なぁ と は 思って た んです よ 。 くる|||||||おもって||| やっぱり 携帯 と か で すぐに 分かる んでしょ ? |けいたい|||||わかる| あの 、 なんて いう か 、 あの 女の子 の 交友 関係 みたいな もの が 」 |||||おんなのこ||こうゆう|かんけい|||

林 は すら すら と 答えた 。 りん|||||こたえた

事件 を 知って 以来 、 万が一 の とき に は どのように 話す べき か 考えて いた のだ 。 じけん||しって|いらい|まんがいち||||||はなす|||かんがえて|| 角 刈り の 刑事 二 人 は 黙って 話 を 訊 き ながら も 、 ときどき 顔 を 見合わせて いた 。 かど|かり||けいじ|ふた|じん||だまって|はなし||じん|||||かお||みあわせて| そこ に 表情 は なく 、 林 の 供述 を 信じて いる の か 、 信じて いない の かも 分から ない 。 ||ひょうじょう|||りん||きょうじゅつ||しんじて||||しんじて||||わから| 「 二 カ月 ほど 前 に メール で 知り合って 、 一 度 だけ デート しました 。 ふた|かげつ||ぜん||めーる||しりあって|ひと|たび||でーと|し ました それ だけ です 」 と 林 は 言った 。 ||||りん||いった

水玉 の ネクタイ を して いる 刑事 が 、「 デート ? みずたま||ねくたい||||けいじ||でーと 」 と 苦笑 する 。 |くしょう|

「 ほ 、 法律 的に は 問題 ない はずです よ 。 |ほうりつ|てきに||もんだい||| 彼女 は 成人 して る んだ し 、 お互い の 合意 で 会った だけ なん です から ……。 かのじょ||せいじん|||||おたがい||ごうい||あった|||| そ 、 それ に お 金 の ことにしたって 、 あれ は たまたま 株 で ちょっと もうけた ばっかりだった から 、 お 小遣い を あげた だけ の 話 で 」 林 は 唾 を 飛ばした 。 ||||きむ||ことにした って||||かぶ|||||||こづかい|||||はなし||りん||つば||とばした すっと 避けた 一 人 の 刑事 が 、 足元 の 汚れた スニーカー を 踏む 。 す っと|さけた|ひと|じん||けいじ||あしもと||けがれた|すにーかー||ふむ 「 ま ぁ 、 そう 焦ら ず に 」 |||あせら||

新たな 足場 を 探し ながら 、 刑事 が 制した 。 あらたな|あしば||さがし||けいじ||せいした

背 の 高い 二 人 の 刑事 を 見上げ ながら 、 林 は もう 何 人 くらい 、 自分 と 同じ ように 彼女 と 会った 男 に 話 を 訊 いて きた のだろう か と 勘ぐった 。 せ||たかい|ふた|じん||けいじ||みあげ||りん|||なん|じん||じぶん||おなじ||かのじょ||あった|おとこ||はなし||じん||||||かんぐった

「 お 小遣い の こと に ついて は 、 また 後日 と いう こと で 。 |こづかい|||||||ごじつ|||| それ と 、 先 に 話して おきます が 、 携帯 番号 から メール や 会話 の 内容 まで は 分かりません から 」 刑事 が そこ で やっと 手帳 を 出して 、 ちらっと 林 の 目の前 に かざした 。 ||さき||はなして|おき ます||けいたい|ばんごう||めーる||かいわ||ないよう|||わかり ませ ん||けいじ|||||てちょう||だして||りん||めのまえ|| 「 この前 の 日曜日 な んです が 、 どちら に いらっしゃいました ? この まえ||にちようび||||||いらっしゃい ました 夜 、 十 時 ごろ の こと な んです が 」 よ|じゅう|じ||||||

水玉 の ネクタイ を した 刑事 が 、 なぜ か 眉毛 を つまみ ながら 尋ねて くる 。 みずたま||ねくたい|||けいじ||||まゆげ||||たずねて|

林 は 、「 よし 、 きたな 」 と 心 の 中 で 呟き 、 一 度 大きく 息 を 吐いた 。 りん|||||こころ||なか||つぶやき|ひと|たび|おおきく|いき||はいた

「 その 日 は 職場 に おりました 。 |ひ||しょくば||おり ました 塾 の 講師 を やって いる んです が 、 授業 が 終わった の が 十 時 半 で 、 その あと 一 時 近く まで 、 冬 休み 補習 の カリキュラム 作り を 同僚 たち と した あと 、 近所 の 居酒屋 に 行きました 。 じゅく||こうし||||||じゅぎょう||おわった|||じゅう|じ|はん||||ひと|じ|ちかく||ふゆ|やすみ|ほしゅう|||つくり||どうりょう|||||きんじょ||いざかや||いき ました 店 を 出た の が 三 時 半 。 てん||でた|||みっ|じ|はん 家 へ 帰る 前 に 近所 の ビデオ 屋 に 寄ってます 。 いえ||かえる|ぜん||きんじょ||びでお|や||よって ます 借りた ビデオ は まだ ここ に あります 」 話 は 十 分 足らず で 終わった 。 かりた|びでお|||||あり ます|はなし||じゅう|ぶん|たら ず||おわった 刑事 たち が 笑顔 で 別れ を 告げて 出て 行く と 、 林 は 思わず その 場 に 座り込んで しまった 。 けいじ|||えがお||わかれ||つげて|でて|いく||りん||おもわず||じょう||すわりこんで|

日曜日 の アリバイ を 話す ところ まで は 堂々と して いられた のだ が 、「 事件 が 事件 です から 、 どうしても 職場 の 方 に お 話 を 伺う こと に なる と 思う んです が 」 と 言わ れた あと は 、「 二十 年 続けた 仕事 な んです 。 にちようび||ありばい||はなす||||どうどうと||いら れた|||じけん||じけん||||しょくば||かた|||はなし||うかがう|||||おもう||||いわ||||にじゅう|とし|つづけた|しごと|| 立場 的に 大きな 問題 に なります 。 たちば|てきに|おおきな|もんだい||なり ます どうにか 内密に 調査 して もらう こと は できません でしょう か ? |ないみつに|ちょうさ|||||でき ませ ん|| たとえば 、 居酒屋 の 店主 の ほう に 尋ねる と か 、 同僚 に も 別件 の 調査 の ように 尋ねて もらう と か ……」 など と 、 ほとんど 泣き 落とし に なって いた 。 |いざかや||てんしゅ||||たずねる|||どうりょう|||べっけん||ちょうさ|||たずねて|||||||なき|おとし|||