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悪人 (Villain) (1st Book), 第二章 彼は誰に会いたかったか?【1】

第二章 彼は誰に会いたかったか?【1】

第 二 章 彼 は 誰 に 会い たかった か ?

簡単に 言えば 痰 が 詰まって いる 感じ な のだ が 、 いくら 咳き込んで も なかなか 取れ ず 、 無理に 咳き込めば 、 逆に えず いて しまって 、 酸っぱい 胃液 が 口 内 に 広がる 。

昨夜 、 寝床 で えず いて いる と 、 妻 の 実千代 に 、「 うがい して こ ん ね 」 と 声 を かけ られた が 、 うがい など とうに 試して いた ので 、「 あー 、 くそ 、 イライラ する な ! と 、 誰 に と も なく 怒鳴った 。

いつも の 交差 点 で 、 憲夫 は 左 に ハンドル を 切った 。

実千代 が ルームミラー に 結びつけた 交通 安全 の お守り が 大きく 揺れる 。

この 交差 点 は とても グロテスクな 形 を して いた 。

まるで 巨人 が 造った 広い 道路 と 小人 たち が 造った 細い 路地 が 交わって いる ように 見える のだ 。

たとえば 広い 国道 の ほう から 走って くる と 、 直角 に 右 へ 曲がって いる L 字 型 の 道 に しか 見え ない 。

しかし 実際 は L 字 型 カーブ と 見えた 先 に は 細い 路地 が 伸びて おり 、 国道 と 平行 に 走る 水路 に かかる 小さな 橋 が ある 。 そして この 水路 が 、 昭和 四十六 年 に 埋め立て が 完了 し 、 沖合 の 島 が 陸 続き に なる まで の 海岸 線 だった のだ 。

陸 続き に なった 島 に は 造船 所 の 巨大な ドック が ある 。

これ が 巨人 の 街 だ 。 そして 海岸 線 を 奪わ れた 以前 の 漁村 に は 、 未 だ に 細い 路地 が 張り巡らさ れて いる 。

国道 から 路地 に 直進 した 憲夫 は 、 喉 に 詰まる 痰 を 気 に し ながら 、 慣れた ハンドル さばき で 奥 へ 進んだ 。

左手 に 教会 が 見え 、 朝日 に ステンドグラス が 輝いて いる 。

路地 の 先 に 海 の 気配 を 感じる 辺り まで 来る と 、 いつも の ように 派手な トレーナー を 着た 清水 祐一 が 、 眠 そう な 顔 で 立って いる 。

憲夫 は その 前 で ワゴン 車 を 停めた 。

乱暴に ドア を 開けた 祐一 が 、「 おはよう ございます 」 と ぼ そっと 挨拶 して 後部 座席 に 乗り込んで くる 。 憲夫 は 、「 おお 」 と 短く 声 を 返し 、 すぐに アクセル を 踏み込んだ 。

毎朝 、 憲夫 は ここ で 祐一 を 拾い 、 小 ケ 倉 で また 一 人 、 その先 の 戸 町 で 一 人 と 、 順番 に 作業 員 を 拾い ながら 、 長崎 市 内 の 現場 へ 向かう 。

短い 朝 の 挨拶 の あと 、 いつも の ように 黙り 込んだ 祐一 に 、 憲夫 は アクセル を 踏み ながら 、「 また 寝不足 か ? と 声 を かけた 。

「…… どうせ 昨日 も 、 夜 遅う まで 、 車 、 乗り回し よった と やろ ? 憲夫 の 言葉 に 、 ルームミラー の 中 で 祐一 が ちらっと 顔 を 上げ 、「 いや 」 と 短く 答える 。

午前 六 時 の 迎え が 、 若い 祐一 に とって 苦痛 な の は 分かる が 、 まるで 三 分 前 に 布団 から 出て きた ばかり の ような 寝癖 と 、 目 ヤニ で くっつき そうな まぶた を 見る と 、 つい 小言 の 一 つ も 言い たく なる 。

赤 の 他人 なら 、 ここ まで 苦々しく 思う こと も ない のだろう が 、 憲夫 の 母 が 、 祐一 の 祖母 と 姉妹 と いう 間柄 で 、 憲夫 の 一 人 娘 、 広美 と 祐一 は 年 の 近い またいとこ に なる のだ 。

祐一 の 実家 が ある 路地 の 突き当たり から 出て くる と 、 この 辺り の 住人 たち が 共同 で 使って いる 小さな 駐車 場 が ある 。

古びた ワゴン 車 や 軽 自動車 の 中 、 祐一 が 大事に 乗って いる 白い スカイライン だけ が 、 まるで 新車 同然に 、 明るい 朝日 を 浴びて いる 。

中古 の くせ に 二百万 以上 も する と いう 車 を 、 祐一 は 七 年 ローン で 購入 した らしい 。

「 もっと 安 か と に せ ん ね って 、 何度 も 言う た とば って ん 、 どうしても これ が よか って 、 きかん と や もん ねぇ 。

ま ぁ 、 大き か 車 が あった ほう が 、 じいちゃん を 病院 に 連れて 行って もらう とき と か 、 便利 は 便利 な ん やけど さ 」

祐一 の 祖母 、 房枝 は そう 言って 、 嬉しい の か 心配な の か 、 よく 分から ない 顔 を して いた 。

この 房枝 と 、 今 は ほとんど 寝たきり の 夫 、 勝治 の 間 に は 、 重子 、 依子 と いう 二 人 の 娘 が いる 。

長女 重子 は 現在 、 長崎 市 内 で 洒落た 洋菓子 店 を 営む 男 と 所帯 を 持ち 、 二 人 の 息子 は それぞれ 大学 に 通わせた あと 独り立ち さ せて いる 。 房枝 に よれば 、「 ぜんぜん 心配 の いら ん ほう の 娘 」 に なる 。 一方 、 次女 の 依子 が 祐一 の 母親 な のだ が 、 こちら が どうも 落ち着か ない 。 若い ころ 、 市 内 の 同じ キャバレー に 勤めて いた 男 と 結婚 し 、 すぐに 祐一 を 産んだ は いい が 、 祐一 が 保育 園 に 入る ころ に は 男 が 出奔 、 仕方なく 祐一 を 連れて 実家 に 戻り 、 その後 、 また すぐ 男 を 作り 、 祐一 を 房枝 たち に 押しつけて 家 を 出た 。 今では 雲仙 の 大きな 旅館 で 仲居 を して いる らしい が 、 祐一 に とって は 、 そんな 両親 に 連れ 回さ れる より も 、 造船 所 で 長年 勤め 上げた 祖父 と 祖母 に 育て られ 、 結果 的に よかった ので は ない か と 憲夫 は 思って いる 。 な ので 祐一 が 中学 に 上がる とき 、 彼ら が 祐一 を 養子 に する と 言い出した とき 、 憲夫 は 真っ先 に 賛成 した のだ 。

祐一 は 祖父母 の 養子 と なる こと で 、 当時 、 苗 字 が 本多 から 清水 に 変わった 。

翌年 の 正月 だった か 、 憲夫 が お年玉 を 手渡し ながら 、「 どう や ?

本多 祐一 より 、 清水 祐一 の ほう が かっこよ か やろ が 」 と 冗談 混じり に 尋ねる と 、 当時 から 車 や バイク に 興味 が あった 祐一 は 、「 いや 、 HONDA の ほう が かっこよ か 」 と 、 畳 の 上 に ローマ字 で 書いて みせた 。 」 と 祐一 が 後部 座席 から 声 を かけて きた 。

「 昼 から でも よ かばって ん 。 全部 外して しまう と に 、 どれ くらい かかり そう や ? 「 正面 残す なら 、 一 時間 も あれば できる やろ けど ……」

この 時間 、 逆 車線 は 造船 所 へ 向かう 車 で 渋滞 して おり 、 どの 車 に も 欠 伸 あくび を かみ殺した ような 男 たち が 乗って いる 。

信号 が 変わり 、 憲夫 は アクセル を 踏み込んだ 。

勢い よく 踏み込んだ せい で 、 後ろ に 積んで ある 工具 箱 が ガタン と 大きな 音 を 立てる 。

祐一 が 窓 を 開けた らしく 、 すぐ そこ に ある 海 の 匂い が 車 内 に 吹き込んで くる 。

「 昨日 は なん し よった と か ? 憲夫 が ルームミラー 越し に 声 を かける と 、「 なんで ? 」 と ふいに 祐一 が 顔 を 緊張 さ せた 。

憲夫 と して は 、 祐一 の こと と いう より も 、 近々 また 入院 する 勝治 の こと を 訊 く つもりだった のだ が 、 祐一 が 過剰に 反応 した せい で 、「 いや 、 どうせ また 、 車 で 遠出 でも した と やろう と 思う て さ 」 と 話 を 合わせた 。

「 昨日 は どこ に も 行 っと らん よ 」 と 、 祐一 は ぼ そっと 答えた 。

「 あの 車 で 、 リッター どれ くらい 走る と や ? 話 を 変えた 憲夫 の 質問 に 、 面倒臭 そうな 顔 を する 祐一 が ルームミラー に 映る 。

「 十 キロ も 走ら ん やろ ? 「 そげ ん 走る もん ね 。 道 に も よる けど 、 七 キロ も 走れば よ かほう よ 」

ぶっきらぼうな 口調 だった が 、 車 の 話 を する とき だけ 、 祐一 の 表情 は 生き生き と する 。

六 時 を 過ぎた ばかりだった が 、 すでに 市 内 へ 向かう 車 が 渋滞 の 兆し を 見せて いた 。

これ が あと 三十 分 も 遅れる と 、 市 内 に 入る 前 に 完全に 渋滞 に はまって しまう 。

この 道 は 長崎 半島 を 南北 に 走る 海 沿い の 唯一 の 国道 で 、 市 内 と は 逆 方向 に 、 この 半島 を 下りて いけば 、 沖合 に 廃墟 の 軍艦 島 が 見え 、 夏 に なれば 市民 で 賑わう 高浜 、 脇 岬 の 海水 浴場 が あり 、 樺島 の 美しい 灯台 に 突き当たる 。

「 そうい や 、 じいちゃん は どう や ? また 体調 悪 か と やろ ? 国道 を 市 内 へ 向かい ながら 、 憲夫 は 後部 座席 の 祐一 に 尋ねた 。

返事 が ない ので 、「…… また 入院 か ? 」 と 憲夫 は 訊 いた 。

「 今日 、 仕事 終わったら 、 俺 が 車 で 連れて 行く 」

窓 の 外 を 眺め ながら 答えた 祐一 の 声 が 、 風 に 飛ばさ れる 。

「 なんで 言わ ん と か 、 言えば 、 先 に 病院 に 連れて 行って から 現場 に 来て よかった と に 」

おそらく 房枝 に そう しろ と 言わ れた のだろう が 、 それ を 水臭く 感じて 、 憲夫 は 非難 した 。

「 いつも の 病院 やけん 、 夜 でも よか って 」

祐一 が 房枝 の 言い訳 を 代弁 する ように 答える 。

祐一 の 祖父 、 勝治 が 重い 糖尿 を 患って すでに 七 年 ほど に なる 。

年齢 も ある のだろう が 、 いくら 病院 に 通って も 体調 が 改善 さ れる 様子 は なく 、 月 に 一 度 、 憲夫 が 見舞い に 行く たび に 、 その 顔色 が 土 色 に 変化 して いる の が 分かる 。

「 しっか し 、 我が 娘 の せい と は いえ 、 祐一 が うち に おって くれて 、 ほんと 良かった よ 。

これ で 祐一 が おら ん か ったら 、 じいさん の 送り迎え だけ でも 、 ふ ー こら め 遭う ところ やった 」

最近 、 房枝 は 憲夫 と 顔 を 合わす たび に 、 そんな 弱音 を 吐く 。

実際 、 若い 祐一 は 役 に 立って いる のだろう が 、 房枝 が そう 言えば 言う ほど 、 若く 無口な 祐一 が まるで 老 夫婦 に がんじがらめ に さ れて いる ように 思え なく も ない 。 その 上 、 祐一 が 暮らす 集落 に は 、 独居 する 老人 や 年老いた 夫婦 も 多く 、 ほとんど 唯一 と 言って いい 若者 である 祐一 は 、 自分 の 祖父母 だけ で なく 、 それ ら 他の 老人 たち の 病院 へ の 送り迎え を 頼ま れる こと も 多く 、 頼ま れれば 文句 を 言う でも なく 、 黙って 車 に 乗せて いる と いう 。

息子 の い ない 憲夫 に は 、 祐一 が 息子 の ように 思える 。

な ので ローン まで 組んで 派手な 車 を 買えば 文句 も 言う が 、 せっかく 買った その 車 が 、 病院 へ 通う 老人 たち の 送り迎え ばかり に 使わ れて いる か と 思えば 、 少し だけ 不憫 に も 思う 。

ほか の 若い ヤツ ら と 違って 、 祐一 は 寝坊 する こと も なく 仕事 は 真面目に こなして いる 。

ただ 、 いったい 何 が 楽しくて 、 この 若者 が 生きて いる の か 、 憲夫 に は 分から ない 。

この 日 、 憲夫 は いつも の ように 祐一 を 含めた 三 人 の 作業 員 を 順番 に 拾い ながら 、 数 日 前 から 作業 を 始めた 長崎 市 内 の 現場 へ 向かった 。

祐一 を 除けば 、 ワゴン 車 に 乗って いる の は 、 憲夫 も 含め 、 倉 見 も 吉岡 も 五十 代 後半 で 、 現場 に 着く 前 に 吸い 溜 め する たばこ の 煙 と 一緒に 、 朝 の 移動 中 は 、「 やれ 、 膝 が 痛い 」 だの 、「 やれ 、 女房 の 鼾 が うるさい 」 だの と 、 そんな 所帯 じみ た 話 ばかり が 車 内 に こもる 。

憲夫 は 元 より 、 同乗 する 倉 見 と 吉岡 も 、 祐一 が 無口な 男 だ と 知っている ので 、 今では ほとんど 話しかける こと は ない 。

まだ 祐一 が この 組 に 入った ばかりの ころ は 、 競艇 に 誘って みたり 、 銅 座 の スナック へ 連れて 行ったり と 、 そこそこ 祐一 を 可愛がろう と して いた のだ が 、 競艇 へ 連れて 行って も 、 舟 券 を 買う わけで なし 、 スナック へ 連れて 行って も 、 カラオケ 一 曲 歌う わけで も ない 祐一 に 、「 最近 の 若 っか もん は 、 一緒に 遊んで も いっち ょん 張り合い の ない 」 と 、 今では 二 人 と も すっかり 愛想 を 尽かして いる 。

「 おい 、 祐一 ! どうした ? 顔 、 真っ青 して 」

とつぜん 倉 見 の 声 が して 、 憲夫 は 思わず ブレーキ を 踏み そうに なった 。

道 は 市 内 へ 入る 少し 手前 、 海岸 線 に 並ぶ 倉庫 の 間 から 、 朝日 を 浴びた 港 が 見える 辺り だった 。

とつぜんの 倉 見 の 声 に 、 憲夫 が 慌てて ルームミラー を 覗き込む と 、 しばらく 存在 を 忘れる ほど おとなしかった 祐一 が 、 血の気 の 失せ た 顔 を 窓 に 押しつけて いる 。

「 どうした ? 気分 悪 か と か ? 憲夫 が 声 を かける と 、 祐一 の 前 に 座って いる 吉岡 が 、「 吐き そう か ? 窓 開けろ 、 窓 ! 」 と 、 慌てて 身 を 乗り出して 窓 を 開けよう と する 。 その 手 を 祐一 が 力なく 払い 、「 いや 、 大丈夫 」 と 小さく 答える 。

あまり の 顔色 の 悪 さ に 、 憲夫 は とりあえず 車 を 路肩 に 停めた 。

煽る ように 背後 に ついて いた トラック が 、 その 瞬間 、 悲鳴 の ような クラクション を 鳴らして 追い抜いて いき 、 その 風圧 で ワゴン 車 が 揺れる 。

車 を 停める と 、 祐一 は 転げる ように 外 へ 出て 、 二 、 三 度 、 腹 を 押さえて 地面 にえ ず いた 。

ただ 、 胃 から 出て くる もの は ない らしく 、 苦し そうな 息遣い だけ が 続く 。

「 二日酔い やろ ? ワゴン 車 の 窓 から 顔 を 出した 吉岡 が 、 その 背中 に 声 を かけた 。

祐一 は 歩道 の 敷石 に 手 を ついた まま 、 身震い する ように 頷いた 。 十二 階 の 窓 から は 大濠 公園 が 一望 できる 。 通り に は 白い ワゴン 車 が 二 台 並び 、 その 一 台 に さっき まで この 部屋 に いた 若い 刑事 が 乗り込んで いく 。

大学 に 近い この マンション を 両親 が 買って くれた とき 、 鶴田 は ここ から の 眺め が 好きに なれ なかった 。

この 景色 を 眺める たび に 、 自分 が 何の 取り柄 も ない 小 金持ち の ボンボン だ と 思い知ら さ れる から だ 。

ベッド 脇 の デジタル 時計 は すでに 五 時 五 分 を 指して いる 。

刑事 が 乱暴に ドア を ノック した の が 四 時 半 すぎ 、 起き 抜け の まま 、 三十 分 以上 も 刑事 の 質問 に 答えて いた こと に なる 。

鶴田 は 乱れた ベッド に 腰 を 下ろす と 、 ペットボトル の 生ぬるい 水 を 一口 飲んだ 。

とつぜん 現れた 刑事 が 、 どうやら 増尾 圭 吾 を 追って いる らしい こと を 理解 する まで 、 鶴田 は かなり 無愛想な 応対 を した 。

朝方 まで ビデオ を 見て いた せい で 、 しつこく ノック を さ れた こと に ムカ つき 、 その 気持ち が 顔 に も 出て いた はずだ 。 そう 年 も 変わら ない 若い 刑事 に 手帳 を 見せ られ 、「 ちょっと お 聞き し たい こと が ある んです けど ね 」 と 言わ れた とき に は 、 どうせ また そこ の 大濠公園 で 痴漢 でも 出た のだろう と 思った 。

「 増尾 圭 吾 くん と 仲 が 良かった って 聞いた もん で 」

若い 刑事 に そう 言わ れ 、 一瞬 、 鶴田 は 圭 吾 が 痴漢 でも した か と 思った 。

ど っか の 飲み屋 で 知り合った 子 を レイプ した んだ と 。 浮かんで きた 圭 吾 の 顔 に は 、 痴漢 より 、 レイプ と いう 言葉 の ほう が 似合って いた 。

やっと 目 の 覚めた 鶴田 を 前 に 、 若い 刑事 が 事 の あらまし を 話して くれた 。

三瀬 峠 。

石橋 佳乃 。 遺体 。 絞殺 。 増尾 圭 吾 。 行方 不明 。

話 を 聞いて いる うち に 、 膝 から 力 が 抜けた 。

圭 吾 は レイプ どころ じゃ ない こと を しでかして 、 逃亡 して いた 。 思わず 床 に 座り込み そうに なった 鶴田 に 、「 まだ 何も はっきり は し とら ん と です よ 。 ただ 、 もし 行き先 を 知 っと る なら 、 教えて もらえ ん か と 思う て 」 と 刑事 は 言った 。

最近 、 圭 吾 から 連絡 が なかった か ?

鶴田 は 寝ぼけた 頭 を 軽く 叩き ながら 記憶 を 呼び起こした 。

目の前 に メモ と ペン を 持った 刑事 が じっと 自分 の 返事 を 待って いる 。

「 あの ……」

鶴田 は 刑事 の 顔色 を 窺 う ように 口 を 開いた 。

「 あの 、 なんて いう か 、 ここ 三 、 四 日 、 あいつ と 連絡 が とれ ない んです よ 。

いや 、 みんな 面白がって 行方 不明 なんて 言って ます けど 、 たぶん ふら っと どこ か に 旅行 に でも 出て る と 思う んです が 」

鶴田 は そこ まで 一気に 言う と 、 また 刑事 の 顔色 を 窺 った 。

「 ええ 、 そう みたいです ね 。 最後に 話した の は いつ です か ? 刑事 が 顔色 一 つ 変え ず に 答え 、 ペン 先 で 手帳 を トントン と 叩く 。

「 最後 です か ? えっ と 、 たしか 先週 の ……」

鶴田 は 記憶 を 辿 った 。

電話 で 圭 吾 と 交わした 会話 は 浮かんで くる のだ が 、 それ が 何 曜日 の こと だった か 思い出せ ない 。

電波 が 悪く 声 が よく 聞き 取れ なかった 。

「 どこ に おる ? 」 と 鶴田 が 訊 く と 、 圭 吾 は 、「 今 、 山 ん 中 な ん よ 」 と 笑って いた 。

大した 用件 で は なかった 。

圭 吾 は 来週 の ゼミ の 試験 が 何 時 から な の か を 知り た がって いた はずだ 。 たしか 前 の 晩 、「 処刑 人 」 と いう 映画 を ビデオ で 観て いた 。 その 話 を 圭 吾 に しよう と 思って いたら 、 電話 が 切れて しまった 。

鶴田 は 慌てて 部屋 へ 戻る と 、 ビデオ 店 の レシート を 確かめ 、「 先週 の 水曜日 です 」 と 玄関 の 刑事 に 告げた 。

圭 吾 が 遊び に くる と 、 鶴田 は 自分 の 好きな 映画 を 無理やり 観 せる こと が あった 。

圭 吾 は 映画 に は 興味 が なく 、 途中 で 寝る か 、 帰って しまう のだ が 、 鶴田 が 将来 映画 を 撮り たい と いう 夢 に は 興味 が あって 、 その とき が 来たら 共同 で 製作 しよう と 話 が 盛り上がって いる 。

圭 吾 は 映画 の 話 を しよう と 、 鶴田 を 夜 の 街 に よく 誘い出した 。

ただ 、 誘い出して おき ながら 、 映画 の 話 など そっちのけ で 、 店 に いる 女 たち に 声 を かけて 回る 。 男 から 見て も 華 の ある 圭 吾 に は 、 すぐに 女 が 引っかかる 。 女 を 引っかけ 、 やっと 鶴田 の 元 へ 戻って くる と 、「 こいつ 、 来年 、 映画 撮る ん よ 」 と 鶴田 を 紹介 し 、「 その 映画 に 出て くれ ん か ねぇ 」 など と 、 適当な 話 で その 場 を 盛り上げた 。 ただ 、 圭 吾 が 引っかける 女 に は 、 まったく と 言って いい ほど 華 が なかった 。 ある とき 圭 吾 に 尋ねる と 、「 俺 さ 、 ど っか 貧乏 臭い 女 の ほう が チンポ 勃 つ ん よ ね 」 と 笑って いた こと を 思い出す 。

若い 刑事 の 口 から こぼれた 石橋 佳乃 と いう 名前 に 、 鶴田 は 聞き覚え が あった 。

もちろん 最初 は 、「 三瀬 峠 で 石橋 佳乃 さん と いう 女性 の 遺体 が 発見 さ れた 」 と いう 刑事 の 言葉 に 、 見ず知らず の 女 、 と いう か 、 何 か の 映画 で 見た こと の ある 凍結 した 白人 女 の 死体 映像 を 当てはめた のだ が 、 何 度 か 「 イシバシヨシノ 」 と いう 名前 が 刑事 の 口 から こぼれる うち に 、 二 カ月 ほど 前 に 天神 の ダーツバー で 圭 吾 が 声 を かけた 保険 の 外交 員 の 名前 だ と 気 が ついた 。

その 晩 、 鶴田 も 店 に いた 。

みんな と 一緒に ダーツ を 投げたり 、 バカ 騒ぎ を して いた わけで は ない が 、 カウンター の 隅 に 座って 、 バーテン 相手 に エリック ・ ロメール の 映画 に ついて 話 を して いた 。

石橋 佳乃 と その 二 人 の 友達 が 、「 これ から カラオケ に 行こう 」 と 誘う 圭 吾 たち を 、「 寮 の 門限 が ある から 」 と 振り切って 帰ろう と した とき 、 鶴田 は ロメール の 「 夏物 語 」 が 一 番 だ と 言い張る 若い バーテン に 、「 いや 、『 クレール の 膝 』 が 一 番 いい 」 と 言い返して いた 。

圭 吾 は 佳乃 たち を カウンター の ほう まで 追って きて 、 鶴田 の すぐ 後ろ で 、 その 中 の 一 人 に 、「 メルアド 教えて よ 。

今度 、 メシ 食い に 行こう よ 」 と 誘って いた 。

振り返って みた が 、 正直 、 ぱっと し ない 女 だった 。

女 は メルアド を すぐに 教えた 。

女 たち が 階段 を 上がって いく と 、「 バイバーイ 。 また ね ー 」

など と 軽薄な 声 で しばらく 見送って いた 圭 吾 が 戻り 、 バーテン に ビール を 注文 し ながら 、 女 の メルアド が 書か れた コースター を 見せて くれた 。 そこ に 、 石橋 佳乃 の 名前 が あった のだ 。

鶴田 が それ を 覚えて いた の は 、 同じ 映画 研究 会 に 所属 する 石橋 里 乃 と いう 後輩 と 一 文字 違い だった から だ 。

バーテン から ビール を 受け取った 圭 吾 に 、「 俺 が 知 っと う イシバシ の ほう が 数 倍 可愛い ぞ 」 と 鶴田 は 言った 。

圭 吾 は 鶴田 の 言葉 など 気 に も して い ない ようで 、 コースター を 指先 で もてあそび ながら 、「 だけ ん 、 俺 、 今 の 子 みたいな ん が 好み な ん よ 。

なんか こう 、 一 皮 剥け きら ん 感じ が ある やろ ? いっぱ し に ヴィトン の バッグ 持って 、 ツンツン し とる わりに 、 ど っ か こう 田舎 の 姉ちゃん 臭 が 残 っと って さ 。 ヴィトン の バッグ 持って 、 安物 の 靴 履いて 、 田んぼ の 畦道 を 歩 いとう 女 が おったら 、 俺 、 絶対 に 我慢 でき ず に 飛びかかる ね 」 と 笑った 。

大学 で 圭 吾 と 知り合った ばかりの ころ 、 趣味 も 性格 も まったく 違う 彼 と 、 妙に 気 が 合う こと が 鶴田 自身 、 とても 不思議だった 。

互いに 裕福な 家庭 に 育った 者 同士 、 他の 学生 たち と 違い 、 どこ か のんびり して いる ところ が あった 。 もし 圭 吾 が わがままな 主演 スター なら 、 さしずめ 自分 は 、 彼 を 唯一 うまく 操る こと の できる 芸術 家 肌 の 映画 監督 だ 。

あれ は いつ だった か 、 圭 吾 と 長浜 の 屋台 に ラーメン を 食べ に 行った こと が ある 。

ちょうど 彼 が 新車 を 買った ばかりの ころ で 、 少し でも 時間 が あれば 運転 し たかった のだ と 思う 。

混 んだ 屋台 で ラーメン を 啜 って いる と 、「 鶴田 の 親父 さん って 浮気 と かする ほう や ? と いきなり 訊 かれた 。

「 なんで ? 「 いや 、 どう な ん やろ と 思う て 」

鶴田 の 父親 は 福岡 市 を 中心 に 貸し ビル を 多く 持って いた 。

すべて 祖父 から 受け継いだ もの で 、 息子 の 鶴田 から 見て も 、 時間 と 金 を 持て余し 、 尊敬 できる と は 言いがたい 父親 だった 。

「 さ ぁ 、 どう やろ 、 まったく 浮気 も せ ん って こと も ない やろう けど ……、 それ こそ 飲み屋 の 女 たち と ちょこちょこ 遊 ん ど る くらい や ないや 」 と 鶴田 は 言った 。

「 ふ ー ん 」

自分 で 訊 いて おき ながら 、 圭 吾 は あまり 興味 も 示さ ず に 、 まだ かなり 残って いる 丼 の ラーメン の 上 に 半分 に 折った 割り箸 を 投げ入れた 。

「 お前 ん と この 親父 は ? なんとなく 鶴田 が 訊 き 返す と 、 使い古さ れた プラスチック の コップ で 水 を 飲んだ 圭 吾 が 、「 うち ? うち は ほら 、 昔 から 旅館 し とる けん 」 と 吐き捨てる 。

「 旅館 し とる けん 、 なん や ? 「 旅館 に は 女 中 が おる ん ぞ 」

圭 吾 は 意味 深 な 笑み を 浮かべた 。

「 俺 、 子供 の ころ 、 何度 も 見た こと ある ん よ 。 親父 が うち の 女 中 たち 、 裏 の 部屋 に 連れ込む ところ 。 あれ って 、 どう やった ん やろ ? あの 女 たち 、 嫌 が っと った ん やろ か ? …… いや 、 もちろん 嫌 が っと った ん やろう けど 、 俺 に は そう 見え ん かった 」

屋台 を 出る とき 、 圭 吾 は 店 の 主人 に 、「 ごちそう さん 、 まずかった 」 と 言った 。

一瞬 、 屋台 に いた 客 たち の 手 が 止まった 。

嫌な 雰囲気 だった 。 ただ 、 鶴田 は 圭 吾 の こういう ところ が 好きだった 。 実際 、 観光 客 相手 に 料金 だけ が 高い 屋台 だった のだ


第二章 彼は誰に会いたかったか?【1】 だい ふた しょう|かれ は だれ に あい たかった か Kapitel 2: Wen wollte er treffen? [1] Chapter 2 Who Did He Want to See? [1 Capítulo 2 ¿A quién quería conocer? [1] Chapitre 2 Qui voulait-il rencontrer ? [1] 제2장 그는 누구를 만나고 싶었나? (1)【제2장】그는 누구를 만나고 싶었나? 第 2 章 他想见谁?[1]

第 二 章   彼 は 誰 に 会い たかった か ? だい|ふた|しょう|かれ||だれ||あい|| Chapter 2 Who did he want to meet?

簡単に 言えば 痰 が 詰まって いる 感じ な のだ が 、 いくら 咳き込んで も なかなか 取れ ず 、 無理に 咳き込めば 、 逆に えず いて しまって 、 酸っぱい 胃液 が 口 内 に 広がる 。 かんたんに|いえば|たん||つまって||かんじ|||||せきこんで|||とれ||むりに|せきこめば|ぎゃくに||||すっぱい|いえき||くち|うち||ひろがる To put it simply, it feels like phlegm is clogged, but even if you cough, you can't get it easily.

昨夜 、 寝床 で えず いて いる と 、 妻 の 実千代 に 、「 うがい して こ ん ね 」 と 声 を かけ られた が 、 うがい など とうに 試して いた ので 、「 あー 、 くそ 、 イライラ する な ! さくや|ねどこ||||||つま||みちよ||||||||こえ||||||||ためして|||||いらいら|| Last night when I was sleeping on the bed, my wife's real Chiyo asked me to gargle. と 、 誰 に と も なく 怒鳴った 。 |だれ|||||どなった And no one yelled at me.

いつも の 交差 点 で 、 憲夫 は 左 に ハンドル を 切った 。 ||こうさ|てん||のりお||ひだり||はんどる||きった At the usual intersection, Norio turned the handle to the left.

実千代 が ルームミラー に 結びつけた 交通 安全 の お守り が 大きく 揺れる 。 みちよ||||むすびつけた|こうつう|あんぜん||おもり||おおきく|ゆれる The traffic safety amulet that Chichiyo tied to the room mirror shakes greatly.

この 交差 点 は とても グロテスクな 形 を して いた 。 |こうさ|てん|||ぐろてすくな|かた||| This intersection had a very grotesque shape.

まるで 巨人 が 造った 広い 道路 と 小人 たち が 造った 細い 路地 が 交わって いる ように 見える のだ 。 |きょじん||つくった|ひろい|どうろ||こびと|||つくった|ほそい|ろじ||まじわって|||みえる| It looks like a wide road created by the giants and a narrow alley created by the dwarfs.

たとえば 広い 国道 の ほう から 走って くる と 、 直角 に 右 へ 曲がって いる L 字 型 の 道 に しか 見え ない 。 |ひろい|こくどう||||はしって|||ちょっかく||みぎ||まがって||l|あざ|かた||どう|||みえ| For example, if you run from a wide national road, you will only see an L-shaped road that turns right at a right angle.

しかし 実際 は L 字 型 カーブ と 見えた 先 に は 細い 路地 が 伸びて おり 、 国道 と 平行 に 走る 水路 に かかる 小さな 橋 が ある 。 |じっさい||l|あざ|かた|かーぶ||みえた|さき|||ほそい|ろじ||のびて||こくどう||へいこう||はしる|すいろ|||ちいさな|きょう|| However, in reality, a narrow alley stretches ahead of what appears to be an L-shaped curve, and there is a small bridge over a waterway that runs parallel to the national road. そして この 水路 が 、 昭和 四十六 年 に 埋め立て が 完了 し 、 沖合 の 島 が 陸 続き に なる まで の 海岸 線 だった のだ 。 ||すいろ||しょうわ|しじゅうろく|とし||うめたて||かんりょう||おきあい||しま||りく|つづき|||||かいがん|せん|| And this waterway was the coastline until the landfill was completed in 1946 and the offshore islands continued to land.

陸 続き に なった 島 に は 造船 所 の 巨大な ドック が ある 。 りく|つづき|||しま|||ぞうせん|しょ||きょだいな|どっく||

これ が 巨人 の 街 だ 。 ||きょじん||がい| そして 海岸 線 を 奪わ れた 以前 の 漁村 に は 、 未 だ に 細い 路地 が 張り巡らさ れて いる 。 |かいがん|せん||うばわ||いぜん||ぎょそん|||み|||ほそい|ろじ||はりめぐらさ||

国道 から 路地 に 直進 した 憲夫 は 、 喉 に 詰まる 痰 を 気 に し ながら 、 慣れた ハンドル さばき で 奥 へ 進んだ 。 こくどう||ろじ||ちょくしん||のりお||のど||つまる|たん||き||||なれた|はんどる|||おく||すすんだ

左手 に 教会 が 見え 、 朝日 に ステンドグラス が 輝いて いる 。 ひだりて||きょうかい||みえ|あさひ||||かがやいて|

路地 の 先 に 海 の 気配 を 感じる 辺り まで 来る と 、 いつも の ように 派手な トレーナー を 着た 清水 祐一 が 、 眠 そう な 顔 で 立って いる 。 ろじ||さき||うみ||けはい||かんじる|あたり||くる|||||はでな|とれーなー||きた|きよみず|ゆういち||ねむ|||かお||たって| When I reached the end of the alley where I could feel the ocean, Yuichi Shimizu was standing there with a sleepy look on his face, wearing the same flashy sweatshirt he always wears.

憲夫 は その 前 で ワゴン 車 を 停めた 。 のりお|||ぜん||わごん|くるま||とめた

乱暴に ドア を 開けた 祐一 が 、「 おはよう ございます 」 と ぼ そっと 挨拶 して 後部 座席 に 乗り込んで くる 。 らんぼうに|どあ||あけた|ゆういち|||||||あいさつ||こうぶ|ざせき||のりこんで| 憲夫 は 、「 おお 」 と 短く 声 を 返し 、 すぐに アクセル を 踏み込んだ 。 のりお||||みじかく|こえ||かえし||あくせる||ふみこんだ

毎朝 、 憲夫 は ここ で 祐一 を 拾い 、 小 ケ 倉 で また 一 人 、 その先 の 戸 町 で 一 人 と 、 順番 に 作業 員 を 拾い ながら 、 長崎 市 内 の 現場 へ 向かう 。 まいあさ|のりお||||ゆういち||ひろい|しょう||くら|||ひと|じん|そのさき||と|まち||ひと|じん||じゅんばん||さぎょう|いん||ひろい||ながさき|し|うち||げんば||むかう

短い 朝 の 挨拶 の あと 、 いつも の ように 黙り 込んだ 祐一 に 、 憲夫 は アクセル を 踏み ながら 、「 また 寝不足 か ? みじかい|あさ||あいさつ||||||だまり|こんだ|ゆういち||のりお||あくせる||ふみ|||ねぶそく| と 声 を かけた 。 |こえ||

「…… どうせ 昨日 も 、 夜 遅う まで 、 車 、 乗り回し よった と やろ ? |きのう||よ|おそう||くるま|のりまわし||| 憲夫 の 言葉 に 、 ルームミラー の 中 で 祐一 が ちらっと 顔 を 上げ 、「 いや 」 と 短く 答える 。 のりお||ことば||||なか||ゆういち|||かお||あげ|||みじかく|こたえる

午前 六 時 の 迎え が 、 若い 祐一 に とって 苦痛 な の は 分かる が 、 まるで 三 分 前 に 布団 から 出て きた ばかり の ような 寝癖 と 、 目 ヤニ で くっつき そうな まぶた を 見る と 、 つい 小言 の 一 つ も 言い たく なる 。 ごぜん|むっ|じ||むかえ||わかい|ゆういち|||くつう||||わかる|||みっ|ぶん|ぜん||ふとん||でて|||||ねぐせ||め||||そう な|||みる|||こごと||ひと|||いい||

赤 の 他人 なら 、 ここ まで 苦々しく 思う こと も ない のだろう が 、 憲夫 の 母 が 、 祐一 の 祖母 と 姉妹 と いう 間柄 で 、 憲夫 の 一 人 娘 、 広美 と 祐一 は 年 の 近い またいとこ に なる のだ 。 あか||たにん||||にがにがしく|おもう||||||のりお||はは||ゆういち||そぼ||しまい|||あいだがら||のりお||ひと|じん|むすめ|ひろみ||ゆういち||とし||ちかい||||

祐一 の 実家 が ある 路地 の 突き当たり から 出て くる と 、 この 辺り の 住人 たち が 共同 で 使って いる 小さな 駐車 場 が ある 。 ゆういち||じっか|||ろじ||つきあたり||でて||||あたり||じゅうにん|||きょうどう||つかって||ちいさな|ちゅうしゃ|じょう||

古びた ワゴン 車 や 軽 自動車 の 中 、 祐一 が 大事に 乗って いる 白い スカイライン だけ が 、 まるで 新車 同然に 、 明るい 朝日 を 浴びて いる 。 ふるびた|わごん|くるま||けい|じどうしゃ||なか|ゆういち||だいじに|のって||しろい|すかいらいん||||しんしゃ|どうぜんに|あかるい|あさひ||あびて|

中古 の くせ に 二百万 以上 も する と いう 車 を 、 祐一 は 七 年 ローン で 購入 した らしい 。 ちゅうこ||||にひゃくまん|いじょう|||||くるま||ゆういち||なな|とし|ろーん||こうにゅう||

「 もっと 安 か と に せ ん ね って 、 何度 も 言う た とば って ん 、 どうしても これ が よか って 、 きかん と や もん ねぇ 。 |やす||||||||なんど||いう|||||||||||||| I've told you many times that we need to make it cheaper, but you just have to make it better, you know?

ま ぁ 、 大き か 車 が あった ほう が 、 じいちゃん を 病院 に 連れて 行って もらう とき と か 、 便利 は 便利 な ん やけど さ 」 ||おおき||くるま|||||||びょういん||つれて|おこなって|||||べんり||べんり||||

祐一 の 祖母 、 房枝 は そう 言って 、 嬉しい の か 心配な の か 、 よく 分から ない 顔 を して いた 。 ゆういち||そぼ|ふさえ|||いって|うれしい|||しんぱいな||||わから||かお|||

この 房枝 と 、 今 は ほとんど 寝たきり の 夫 、 勝治 の 間 に は 、 重子 、 依子 と いう 二 人 の 娘 が いる 。 |ふさえ||いま|||ねたきり||おっと|かつじ||あいだ|||しげこ|よりこ|||ふた|じん||むすめ||

長女 重子 は 現在 、 長崎 市 内 で 洒落た 洋菓子 店 を 営む 男 と 所帯 を 持ち 、 二 人 の 息子 は それぞれ 大学 に 通わせた あと 独り立ち さ せて いる 。 ちょうじょ|しげこ||げんざい|ながさき|し|うち||しゃれた|ようがし|てん||いとなむ|おとこ||しょたい||もち|ふた|じん||むすこ|||だいがく||かよわせた||ひとりだち||| Shigeko, the eldest daughter, now lives with a man who runs a fashionable confectionery store in Nagasaki City, while her two sons are on their own after attending university. 房枝 に よれば 、「 ぜんぜん 心配 の いら ん ほう の 娘 」 に なる 。 ふさえ||||しんぱい||||||むすめ|| According to Fusae, she would be "the kind of girl you don't want to worry about at all. 一方 、 次女 の 依子 が 祐一 の 母親 な のだ が 、 こちら が どうも 落ち着か ない 。 いっぽう|じじょ||よりこ||ゆういち||ははおや|||||||おちつか| On the other hand, Yoriko, the second daughter, is Yuichi's mother, but she is very restless. 若い ころ 、 市 内 の 同じ キャバレー に 勤めて いた 男 と 結婚 し 、 すぐに 祐一 を 産んだ は いい が 、 祐一 が 保育 園 に 入る ころ に は 男 が 出奔 、 仕方なく 祐一 を 連れて 実家 に 戻り 、 その後 、 また すぐ 男 を 作り 、 祐一 を 房枝 たち に 押しつけて 家 を 出た 。 わかい||し|うち||おなじ|||つとめて||おとこ||けっこん|||ゆういち||うんだ||||ゆういち||ほいく|えん||はいる||||おとこ||しゅっぽん|しかたなく|ゆういち||つれて|じっか||もどり|そのご|||おとこ||つくり|ゆういち||ふさえ|||おしつけて|いえ||でた Cuando era joven, se casó con un hombre que trabajaba en el mismo cabaret de la ciudad y dio a luz a Yuichi inmediatamente. Inmediatamente después de eso, volvió a hacer un hombre y empujó a Yuichi contra Fusae y otros y se fue de la casa. 今では 雲仙 の 大きな 旅館 で 仲居 を して いる らしい が 、 祐一 に とって は 、 そんな 両親 に 連れ 回さ れる より も 、 造船 所 で 長年 勤め 上げた 祖父 と 祖母 に 育て られ 、 結果 的に よかった ので は ない か と 憲夫 は 思って いる 。 いまでは|うんぜん||おおきな|りょかん||なかい||||||ゆういち|||||りょうしん||つれ|まわさ||||ぞうせん|しょ||ながねん|つとめ|あげた|そふ||そぼ||そだて||けっか|てきに|||||||のりお||おもって| な ので 祐一 が 中学 に 上がる とき 、 彼ら が 祐一 を 養子 に する と 言い出した とき 、 憲夫 は 真っ先 に 賛成 した のだ 。 ||ゆういち||ちゅうがく||あがる||かれら||ゆういち||ようし||||いいだした||のりお||まっさき||さんせい||

祐一 は 祖父母 の 養子 と なる こと で 、 当時 、 苗 字 が 本多 から 清水 に 変わった 。 ゆういち||そふぼ||ようし|||||とうじ|なえ|あざ||ほんだ||きよみず||かわった

翌年 の 正月 だった か 、 憲夫 が お年玉 を 手渡し ながら 、「 どう や ? よくねん||しょうがつ|||のりお||おとしだま||てわたし|||

本多 祐一 より 、 清水 祐一 の ほう が かっこよ か やろ が 」 と 冗談 混じり に 尋ねる と 、 当時 から 車 や バイク に 興味 が あった 祐一 は 、「 いや 、 HONDA の ほう が かっこよ か 」 と 、 畳 の 上 に ローマ字 で 書いて みせた 。 ほんだ|ゆういち||きよみず|ゆういち|||||||||じょうだん|まじり||たずねる||とうじ||くるま||ばいく||きょうみ|||ゆういち|||honda|||||||たたみ||うえ||ろーまじ||かいて| 」 と 祐一 が 後部 座席 から 声 を かけて きた 。 |ゆういち||こうぶ|ざせき||こえ||| I was so excited that I could not believe my eyes.

「 昼 から でも よ かばって ん 。 ひる||||| 全部 外して しまう と に 、 どれ くらい かかり そう や ? ぜんぶ|はずして|||||||| ¿Cuánto tardaría en eliminarlos todos? 「 正面 残す なら 、 一 時間 も あれば できる やろ けど ……」 しょうめん|のこす||ひと|じかん|||||

この 時間 、 逆 車線 は 造船 所 へ 向かう 車 で 渋滞 して おり 、 どの 車 に も 欠 伸 あくび を かみ殺した ような 男 たち が 乗って いる 。 |じかん|ぎゃく|しゃせん||ぞうせん|しょ||むかう|くるま||じゅうたい||||くるま|||けつ|しん|||かみころした||おとこ|||のって|

信号 が 変わり 、 憲夫 は アクセル を 踏み込んだ 。 しんごう||かわり|のりお||あくせる||ふみこんだ

勢い よく 踏み込んだ せい で 、 後ろ に 積んで ある 工具 箱 が ガタン と 大きな 音 を 立てる 。 いきおい||ふみこんだ|||うしろ||つんで||こうぐ|はこ||||おおきな|おと||たてる

祐一 が 窓 を 開けた らしく 、 すぐ そこ に ある 海 の 匂い が 車 内 に 吹き込んで くる 。 ゆういち||まど||あけた||||||うみ||におい||くるま|うち||ふきこんで|

「 昨日 は なん し よった と か ? きのう|||||| 憲夫 が ルームミラー 越し に 声 を かける と 、「 なんで ? のりお|||こし||こえ|||| 」 と ふいに 祐一 が 顔 を 緊張 さ せた 。 ||ゆういち||かお||きんちょう||

憲夫 と して は 、 祐一 の こと と いう より も 、 近々 また 入院 する 勝治 の こと を 訊 く つもりだった のだ が 、 祐一 が 過剰に 反応 した せい で 、「 いや 、 どうせ また 、 車 で 遠出 でも した と やろう と 思う て さ 」 と 話 を 合わせた 。 のりお||||ゆういち|||||||ちかぢか||にゅういん||かつじ||||じん|||||ゆういち||かじょうに|はんのう|||||||くるま||とおで||||||おもう||||はなし||あわせた

「 昨日 は どこ に も 行 っと らん よ 」 と 、 祐一 は ぼ そっと 答えた 。 きのう|||||ぎょう|||||ゆういち||||こたえた

「 あの 車 で 、 リッター どれ くらい 走る と や ? |くるま|||||はしる|| 話 を 変えた 憲夫 の 質問 に 、 面倒臭 そうな 顔 を する 祐一 が ルームミラー に 映る 。 はなし||かえた|のりお||しつもん||めんどうくさ|そう な|かお|||ゆういち||||うつる

「 十 キロ も 走ら ん やろ ? じゅう|きろ||はしら|| 「 そげ ん 走る もん ね 。 ||はしる|| 道 に も よる けど 、 七 キロ も 走れば よ かほう よ 」 どう|||||なな|きろ||はしれば|||

ぶっきらぼうな 口調 だった が 、 車 の 話 を する とき だけ 、 祐一 の 表情 は 生き生き と する 。 |くちょう|||くるま||はなし|||||ゆういち||ひょうじょう||いきいき||

六 時 を 過ぎた ばかりだった が 、 すでに 市 内 へ 向かう 車 が 渋滞 の 兆し を 見せて いた 。 むっ|じ||すぎた||||し|うち||むかう|くるま||じゅうたい||きざし||みせて|

これ が あと 三十 分 も 遅れる と 、 市 内 に 入る 前 に 完全に 渋滞 に はまって しまう 。 |||さんじゅう|ぶん||おくれる||し|うち||はいる|ぜん||かんぜんに|じゅうたい|||

この 道 は 長崎 半島 を 南北 に 走る 海 沿い の 唯一 の 国道 で 、 市 内 と は 逆 方向 に 、 この 半島 を 下りて いけば 、 沖合 に 廃墟 の 軍艦 島 が 見え 、 夏 に なれば 市民 で 賑わう 高浜 、 脇 岬 の 海水 浴場 が あり 、 樺島 の 美しい 灯台 に 突き当たる 。 |どう||ながさき|はんとう||なんぼく||はしる|うみ|ぞい||ゆいいつ||こくどう||し|うち|||ぎゃく|ほうこう|||はんとう||おりて||おきあい||はいきょ||ぐんかん|しま||みえ|なつ|||しみん||にぎわう|たかはま|わき|みさき||かいすい|よくじょう|||かばしま||うつくしい|とうだい||つきあたる

「 そうい や 、 じいちゃん は どう や ? そう い||||| また 体調 悪 か と やろ ? |たいちょう|あく||| 国道 を 市 内 へ 向かい ながら 、 憲夫 は 後部 座席 の 祐一 に 尋ねた 。 こくどう||し|うち||むかい||のりお||こうぶ|ざせき||ゆういち||たずねた

返事 が ない ので 、「…… また 入院 か ? へんじ|||||にゅういん| 」 と 憲夫 は 訊 いた 。 |のりお||じん|

「 今日 、 仕事 終わったら 、 俺 が 車 で 連れて 行く 」 きょう|しごと|おわったら|おれ||くるま||つれて|いく

窓 の 外 を 眺め ながら 答えた 祐一 の 声 が 、 風 に 飛ばさ れる 。 まど||がい||ながめ||こたえた|ゆういち||こえ||かぜ||とばさ|

「 なんで 言わ ん と か 、 言えば 、 先 に 病院 に 連れて 行って から 現場 に 来て よかった と に 」 |いわ||||いえば|さき||びょういん||つれて|おこなって||げんば||きて|||

おそらく 房枝 に そう しろ と 言わ れた のだろう が 、 それ を 水臭く 感じて 、 憲夫 は 非難 した 。 |ふさえ|||||いわ||||||みずくさく|かんじて|のりお||ひなん|

「 いつも の 病院 やけん 、 夜 でも よか って 」 ||びょういん||よ|||

祐一 が 房枝 の 言い訳 を 代弁 する ように 答える 。 ゆういち||ふさえ||いいわけ||だいべん|||こたえる

祐一 の 祖父 、 勝治 が 重い 糖尿 を 患って すでに 七 年 ほど に なる 。 ゆういち||そふ|かつじ||おもい|とうにょう||わずらって||なな|とし|||

年齢 も ある のだろう が 、 いくら 病院 に 通って も 体調 が 改善 さ れる 様子 は なく 、 月 に 一 度 、 憲夫 が 見舞い に 行く たび に 、 その 顔色 が 土 色 に 変化 して いる の が 分かる 。 ねんれい||||||びょういん||かよって||たいちょう||かいぜん|||ようす|||つき||ひと|たび|のりお||みまい||いく||||かおいろ||つち|いろ||へんか|||||わかる

「 しっか し 、 我が 娘 の せい と は いえ 、 祐一 が うち に おって くれて 、 ほんと 良かった よ 。 ||わが|むすめ||||||ゆういち|||||||よかった|

これ で 祐一 が おら ん か ったら 、 じいさん の 送り迎え だけ でも 、 ふ ー こら め 遭う ところ やった 」 ||ゆういち||||||||おくりむかえ||||-|||あう||

最近 、 房枝 は 憲夫 と 顔 を 合わす たび に 、 そんな 弱音 を 吐く 。 さいきん|ふさえ||のりお||かお||あわす||||よわね||はく

実際 、 若い 祐一 は 役 に 立って いる のだろう が 、 房枝 が そう 言えば 言う ほど 、 若く 無口な 祐一 が まるで 老 夫婦 に がんじがらめ に さ れて いる ように 思え なく も ない 。 じっさい|わかい|ゆういち||やく||たって||||ふさえ|||いえば|いう||わかく|むくちな|ゆういち|||ろう|ふうふ||||||||おもえ||| その 上 、 祐一 が 暮らす 集落 に は 、 独居 する 老人 や 年老いた 夫婦 も 多く 、 ほとんど 唯一 と 言って いい 若者 である 祐一 は 、 自分 の 祖父母 だけ で なく 、 それ ら 他の 老人 たち の 病院 へ の 送り迎え を 頼ま れる こと も 多く 、 頼ま れれば 文句 を 言う でも なく 、 黙って 車 に 乗せて いる と いう 。 |うえ|ゆういち||くらす|しゅうらく|||どっきょ||ろうじん||としおいた|ふうふ||おおく||ゆいいつ||いって||わかもの||ゆういち||じぶん||そふぼ||||||たの|ろうじん|||びょういん|||おくりむかえ||たのま||||おおく|たのま||もんく||いう|||だまって|くるま||のせて|||

息子 の い ない 憲夫 に は 、 祐一 が 息子 の ように 思える 。 むすこ||||のりお|||ゆういち||むすこ|||おもえる

な ので ローン まで 組んで 派手な 車 を 買えば 文句 も 言う が 、 せっかく 買った その 車 が 、 病院 へ 通う 老人 たち の 送り迎え ばかり に 使わ れて いる か と 思えば 、 少し だけ 不憫 に も 思う 。 ||ろーん||くんで|はでな|くるま||かえば|もんく||いう|||かった||くるま||びょういん||かよう|ろうじん|||おくりむかえ|||つかわ|||||おもえば|すこし||ふびん|||おもう

ほか の 若い ヤツ ら と 違って 、 祐一 は 寝坊 する こと も なく 仕事 は 真面目に こなして いる 。 ||わかい|やつ|||ちがって|ゆういち||ねぼう|||||しごと||まじめに||

ただ 、 いったい 何 が 楽しくて 、 この 若者 が 生きて いる の か 、 憲夫 に は 分から ない 。 ||なん||たのしくて||わかもの||いきて||||のりお|||わから|

この 日 、 憲夫 は いつも の ように 祐一 を 含めた 三 人 の 作業 員 を 順番 に 拾い ながら 、 数 日 前 から 作業 を 始めた 長崎 市 内 の 現場 へ 向かった 。 |ひ|のりお|||||ゆういち||ふくめた|みっ|じん||さぎょう|いん||じゅんばん||ひろい||すう|ひ|ぜん||さぎょう||はじめた|ながさき|し|うち||げんば||むかった

祐一 を 除けば 、 ワゴン 車 に 乗って いる の は 、 憲夫 も 含め 、 倉 見 も 吉岡 も 五十 代 後半 で 、 現場 に 着く 前 に 吸い 溜 め する たばこ の 煙 と 一緒に 、 朝 の 移動 中 は 、「 やれ 、 膝 が 痛い 」 だの 、「 やれ 、 女房 の 鼾 が うるさい 」 だの と 、 そんな 所帯 じみ た 話 ばかり が 車 内 に こもる 。 ゆういち||のぞけば|わごん|くるま||のって||||のりお||ふくめ|くら|み||よしおか||ごじゅう|だい|こうはん||げんば||つく|ぜん||すい|たま|||||けむり||いっしょに|あさ||いどう|なか|||ひざ||いたい|||にょうぼう||いびき||||||しょたい|||はなし|||くるま|うち||

憲夫 は 元 より 、 同乗 する 倉 見 と 吉岡 も 、 祐一 が 無口な 男 だ と 知っている ので 、 今では ほとんど 話しかける こと は ない 。 のりお||もと||どうじょう||くら|み||よしおか||ゆういち||むくちな|おとこ|||しっている||いまでは||はなしかける|||

まだ 祐一 が この 組 に 入った ばかりの ころ は 、 競艇 に 誘って みたり 、 銅 座 の スナック へ 連れて 行ったり と 、 そこそこ 祐一 を 可愛がろう と して いた のだ が 、 競艇 へ 連れて 行って も 、 舟 券 を 買う わけで なし 、 スナック へ 連れて 行って も 、 カラオケ 一 曲 歌う わけで も ない 祐一 に 、「 最近 の 若 っか もん は 、 一緒に 遊んで も いっち ょん 張り合い の ない 」 と 、 今では 二 人 と も すっかり 愛想 を 尽かして いる 。 |ゆういち|||くみ||はいった||||きょうてい||さそって||どう|ざ||すなっく||つれて|おこなったり|||ゆういち||かわいがろう||||||きょうてい||つれて|おこなって||ふね|けん||かう|||すなっく||つれて|おこなって||からおけ|ひと|きょく|うたう||||ゆういち||さいきん||わか||||いっしょに|あそんで||||はりあい||||いまでは|ふた|じん||||あいそ||つかして|

「 おい 、 祐一 ! |ゆういち どうした ? 顔 、 真っ青 して 」 かお|まっさお|

とつぜん 倉 見 の 声 が して 、 憲夫 は 思わず ブレーキ を 踏み そうに なった 。 |くら|み||こえ|||のりお||おもわず|ぶれーき||ふみ|そう に|

道 は 市 内 へ 入る 少し 手前 、 海岸 線 に 並ぶ 倉庫 の 間 から 、 朝日 を 浴びた 港 が 見える 辺り だった 。 どう||し|うち||はいる|すこし|てまえ|かいがん|せん||ならぶ|そうこ||あいだ||あさひ||あびた|こう||みえる|あたり|

とつぜんの 倉 見 の 声 に 、 憲夫 が 慌てて ルームミラー を 覗き込む と 、 しばらく 存在 を 忘れる ほど おとなしかった 祐一 が 、 血の気 の 失せ た 顔 を 窓 に 押しつけて いる 。 |くら|み||こえ||のりお||あわてて|||のぞきこむ|||そんざい||わすれる|||ゆういち||ちのけ||しっせ||かお||まど||おしつけて|

「 どうした ? 気分 悪 か と か ? きぶん|あく||| 憲夫 が 声 を かける と 、 祐一 の 前 に 座って いる 吉岡 が 、「 吐き そう か ? のりお||こえ||||ゆういち||ぜん||すわって||よしおか||はき|| 窓 開けろ 、 窓 ! まど|あけろ|まど 」 と 、 慌てて 身 を 乗り出して 窓 を 開けよう と する 。 |あわてて|み||のりだして|まど||あけよう|| その 手 を 祐一 が 力なく 払い 、「 いや 、 大丈夫 」 と 小さく 答える 。 |て||ゆういち||ちからなく|はらい||だいじょうぶ||ちいさく|こたえる

あまり の 顔色 の 悪 さ に 、 憲夫 は とりあえず 車 を 路肩 に 停めた 。 ||かおいろ||あく|||のりお|||くるま||ろかた||とめた

煽る ように 背後 に ついて いた トラック が 、 その 瞬間 、 悲鳴 の ような クラクション を 鳴らして 追い抜いて いき 、 その 風圧 で ワゴン 車 が 揺れる 。 あおる||はいご||||とらっく|||しゅんかん|ひめい|||||ならして|おいぬいて|||ふうあつ||わごん|くるま||ゆれる

車 を 停める と 、 祐一 は 転げる ように 外 へ 出て 、 二 、 三 度 、 腹 を 押さえて 地面 にえ ず いた 。 くるま||とめる||ゆういち||ころげる||がい||でて|ふた|みっ|たび|はら||おさえて|じめん|||

ただ 、 胃 から 出て くる もの は ない らしく 、 苦し そうな 息遣い だけ が 続く 。 |い||でて||||||にがし|そう な|いきづかい|||つづく

「 二日酔い やろ ? ふつかよい| ワゴン 車 の 窓 から 顔 を 出した 吉岡 が 、 その 背中 に 声 を かけた 。 わごん|くるま||まど||かお||だした|よしおか|||せなか||こえ||

祐一 は 歩道 の 敷石 に 手 を ついた まま 、 身震い する ように 頷いた 。 ゆういち||ほどう||しきいし||て||||みぶるい|||うなずいた 十二 階 の 窓 から は 大濠 公園 が 一望 できる 。 じゅうに|かい||まど|||おおほり|こうえん||いちぼう| Desde la ventana del piso 12, puedes ver el parque Ohori. 通り に は 白い ワゴン 車 が 二 台 並び 、 その 一 台 に さっき まで この 部屋 に いた 若い 刑事 が 乗り込んで いく 。 とおり|||しろい|わごん|くるま||ふた|だい|ならび||ひと|だい|||||へや|||わかい|けいじ||のりこんで|

大学 に 近い この マンション を 両親 が 買って くれた とき 、 鶴田 は ここ から の 眺め が 好きに なれ なかった 。 だいがく||ちかい||まんしょん||りょうしん||かって|||つるた|||||ながめ||すきに||

この 景色 を 眺める たび に 、 自分 が 何の 取り柄 も ない 小 金持ち の ボンボン だ と 思い知ら さ れる から だ 。 |けしき||ながめる|||じぶん||なんの|とりえ|||しょう|かねもち||ぼんぼん|||おもいしら||||

ベッド 脇 の デジタル 時計 は すでに 五 時 五 分 を 指して いる 。 べっど|わき||でじたる|とけい|||いつ|じ|いつ|ぶん||さして|

刑事 が 乱暴に ドア を ノック した の が 四 時 半 すぎ 、 起き 抜け の まま 、 三十 分 以上 も 刑事 の 質問 に 答えて いた こと に なる 。 けいじ||らんぼうに|どあ||||||よっ|じ|はん||おき|ぬけ|||さんじゅう|ぶん|いじょう||けいじ||しつもん||こたえて||||

鶴田 は 乱れた ベッド に 腰 を 下ろす と 、 ペットボトル の 生ぬるい 水 を 一口 飲んだ 。 つるた||みだれた|べっど||こし||おろす||ぺっとぼとる||なまぬるい|すい||ひとくち|のんだ

とつぜん 現れた 刑事 が 、 どうやら 増尾 圭 吾 を 追って いる らしい こと を 理解 する まで 、 鶴田 は かなり 無愛想な 応対 を した 。 |あらわれた|けいじ|||ますお|けい|われ||おって|||||りかい|||つるた|||ぶあいそうな|おうたい||

朝方 まで ビデオ を 見て いた せい で 、 しつこく ノック を さ れた こと に ムカ つき 、 その 気持ち が 顔 に も 出て いた はずだ 。 あさがた||びでお||みて||||||||||||||きもち||かお|||でて|| そう 年 も 変わら ない 若い 刑事 に 手帳 を 見せ られ 、「 ちょっと お 聞き し たい こと が ある んです けど ね 」 と 言わ れた とき に は 、 どうせ また そこ の 大濠公園 で 痴漢 でも 出た のだろう と 思った 。 |とし||かわら||わかい|けいじ||てちょう||みせ||||きき||||||||||いわ|||||||||おおほりこうえん||ちかん||でた|||おもった

「 増尾 圭 吾 くん と 仲 が 良かった って 聞いた もん で 」 ますお|けい|われ|||なか||よかった||きいた||

若い 刑事 に そう 言わ れ 、 一瞬 、 鶴田 は 圭 吾 が 痴漢 でも した か と 思った 。 わかい|けいじ|||いわ||いっしゅん|つるた||けい|われ||ちかん|||||おもった Cuando un joven detective dijo eso, Tsuruta se preguntó por un momento si Keigo era un abusador.

ど っか の 飲み屋 で 知り合った 子 を レイプ した んだ と 。 |||のみや||しりあった|こ||れいぷ||| Dijo que violó a un niño que conoció en un bar. 浮かんで きた 圭 吾 の 顔 に は 、 痴漢 より 、 レイプ と いう 言葉 の ほう が 似合って いた 。 うかんで||けい|われ||かお|||ちかん||れいぷ|||ことば||||にあって|

やっと 目 の 覚めた 鶴田 を 前 に 、 若い 刑事 が 事 の あらまし を 話して くれた 。 |め||さめた|つるた||ぜん||わかい|けいじ||こと||||はなして|

三瀬 峠 。 みつせ|とうげ

石橋 佳乃 。 いしばし|よしの 遺体 。 いたい 絞殺 。 こうさつ 増尾 圭 吾 。 ますお|けい|われ 行方 不明 。 ゆくえ|ふめい

話 を 聞いて いる うち に 、 膝 から 力 が 抜けた 。 はなし||きいて||||ひざ||ちから||ぬけた

圭 吾 は レイプ どころ じゃ ない こと を しでかして 、 逃亡 して いた 。 けい|われ||れいぷ|||||||とうぼう|| 思わず 床 に 座り込み そうに なった 鶴田 に 、「 まだ 何も はっきり は し とら ん と です よ 。 おもわず|とこ||すわりこみ|そう に||つるた|||なにも|||||||| ただ 、 もし 行き先 を 知 っと る なら 、 教えて もらえ ん か と 思う て 」 と 刑事 は 言った 。 ||いきさき||ち||||おしえて|||||おもう|||けいじ||いった

最近 、 圭 吾 から 連絡 が なかった か ? さいきん|けい|われ||れんらく|||

鶴田 は 寝ぼけた 頭 を 軽く 叩き ながら 記憶 を 呼び起こした 。 つるた||ねぼけた|あたま||かるく|たたき||きおく||よびおこした

目の前 に メモ と ペン を 持った 刑事 が じっと 自分 の 返事 を 待って いる 。 めのまえ||めも||ぺん||もった|けいじ|||じぶん||へんじ||まって|

「 あの ……」

鶴田 は 刑事 の 顔色 を 窺 う ように 口 を 開いた 。 つるた||けいじ||かおいろ||き|||くち||あいた

「 あの 、 なんて いう か 、 ここ 三 、 四 日 、 あいつ と 連絡 が とれ ない んです よ 。 |||||みっ|よっ|ひ|||れんらく|||||

いや 、 みんな 面白がって 行方 不明 なんて 言って ます けど 、 たぶん ふら っと どこ か に 旅行 に でも 出て る と 思う んです が 」 ||おもしろがって|ゆくえ|ふめい||いって|||||||||りょこう|||でて|||おもう||

鶴田 は そこ まで 一気に 言う と 、 また 刑事 の 顔色 を 窺 った 。 つるた||||いっきに|いう|||けいじ||かおいろ||き|

「 ええ 、 そう みたいです ね 。 最後に 話した の は いつ です か ? さいごに|はなした||||| 刑事 が 顔色 一 つ 変え ず に 答え 、 ペン 先 で 手帳 を トントン と 叩く 。 けいじ||かおいろ|ひと||かえ|||こたえ|ぺん|さき||てちょう||とんとん||たたく

「 最後 です か ? さいご|| えっ と 、 たしか 先週 の ……」 |||せんしゅう|

鶴田 は 記憶 を 辿 った 。 つるた||きおく||てん|

電話 で 圭 吾 と 交わした 会話 は 浮かんで くる のだ が 、 それ が 何 曜日 の こと だった か 思い出せ ない 。 でんわ||けい|われ||かわした|かいわ||うかんで||||||なん|ようび|||||おもいだせ|

電波 が 悪く 声 が よく 聞き 取れ なかった 。 でんぱ||わるく|こえ|||きき|とれ|

「 どこ に おる ? 」 と 鶴田 が 訊 く と 、 圭 吾 は 、「 今 、 山 ん 中 な ん よ 」 と 笑って いた 。 |つるた||じん|||けい|われ||いま|やま||なか|||||わらって|

大した 用件 で は なかった 。 たいした|ようけん|||

圭 吾 は 来週 の ゼミ の 試験 が 何 時 から な の か を 知り た がって いた はずだ 。 けい|われ||らいしゅう||ぜみ||しけん||なん|じ||||||しり|||| たしか 前 の 晩 、「 処刑 人 」 と いう 映画 を ビデオ で 観て いた 。 |ぜん||ばん|しょけい|じん|||えいが||びでお||みて| Ciertamente, la noche anterior, estaba viendo una película llamada "Verdugo" en video. その 話 を 圭 吾 に しよう と 思って いたら 、 電話 が 切れて しまった 。 |はなし||けい|われ||||おもって||でんわ||きれて|

鶴田 は 慌てて 部屋 へ 戻る と 、 ビデオ 店 の レシート を 確かめ 、「 先週 の 水曜日 です 」 と 玄関 の 刑事 に 告げた 。 つるた||あわてて|へや||もどる||びでお|てん||れしーと||たしかめ|せんしゅう||すいようび|||げんかん||けいじ||つげた

圭 吾 が 遊び に くる と 、 鶴田 は 自分 の 好きな 映画 を 無理やり 観 せる こと が あった 。 けい|われ||あそび||||つるた||じぶん||すきな|えいが||むりやり|かん||||

圭 吾 は 映画 に は 興味 が なく 、 途中 で 寝る か 、 帰って しまう のだ が 、 鶴田 が 将来 映画 を 撮り たい と いう 夢 に は 興味 が あって 、 その とき が 来たら 共同 で 製作 しよう と 話 が 盛り上がって いる 。 けい|われ||えいが|||きょうみ|||とちゅう||ねる||かえって||||つるた||しょうらい|えいが||とり||||ゆめ|||きょうみ||||||きたら|きょうどう||せいさく|||はなし||もりあがって|

圭 吾 は 映画 の 話 を しよう と 、 鶴田 を 夜 の 街 に よく 誘い出した 。 けい|われ||えいが||はなし||||つるた||よ||がい|||さそいだした

ただ 、 誘い出して おき ながら 、 映画 の 話 など そっちのけ で 、 店 に いる 女 たち に 声 を かけて 回る 。 |さそいだして|||えいが||はなし||||てん|||おんな|||こえ|||まわる 男 から 見て も 華 の ある 圭 吾 に は 、 すぐに 女 が 引っかかる 。 おとこ||みて||はな|||けい|われ||||おんな||ひっかかる Keigo, who is very attractive even to men, is easily attracted to women. 女 を 引っかけ 、 やっと 鶴田 の 元 へ 戻って くる と 、「 こいつ 、 来年 、 映画 撮る ん よ 」 と 鶴田 を 紹介 し 、「 その 映画 に 出て くれ ん か ねぇ 」 など と 、 適当な 話 で その 場 を 盛り上げた 。 おんな||ひっかけ||つるた||もと||もどって||||らいねん|えいが|とる||||つるた||しょうかい|||えいが||でて|||||||てきとうな|はなし|||じょう||もりあげた ただ 、 圭 吾 が 引っかける 女 に は 、 まったく と 言って いい ほど 華 が なかった 。 |けい|われ||ひっかける|おんな|||||いって|||はな|| ある とき 圭 吾 に 尋ねる と 、「 俺 さ 、 ど っか 貧乏 臭い 女 の ほう が チンポ 勃 つ ん よ ね 」 と 笑って いた こと を 思い出す 。 ||けい|われ||たずねる||おれ||||びんぼう|くさい|おんな|||||ぼつ||||||わらって||||おもいだす

若い 刑事 の 口 から こぼれた 石橋 佳乃 と いう 名前 に 、 鶴田 は 聞き覚え が あった 。 わかい|けいじ||くち|||いしばし|よしの|||なまえ||つるた||ききおぼえ||

もちろん 最初 は 、「 三瀬 峠 で 石橋 佳乃 さん と いう 女性 の 遺体 が 発見 さ れた 」 と いう 刑事 の 言葉 に 、 見ず知らず の 女 、 と いう か 、 何 か の 映画 で 見た こと の ある 凍結 した 白人 女 の 死体 映像 を 当てはめた のだ が 、 何 度 か 「 イシバシヨシノ 」 と いう 名前 が 刑事 の 口 から こぼれる うち に 、 二 カ月 ほど 前 に 天神 の ダーツバー で 圭 吾 が 声 を かけた 保険 の 外交 員 の 名前 だ と 気 が ついた 。 |さいしょ||みつせ|とうげ||いしばし|よしの||||じょせい||いたい||はっけん|||||けいじ||ことば||みずしらず||おんな||||なん|||えいが||みた||||とうけつ||はくじん|おんな||したい|えいぞう||あてはめた|||なん|たび|||||なまえ||けいじ||くち|||||ふた|かげつ||ぜん||てんじん||||けい|われ||こえ|||ほけん||がいこう|いん||なまえ|||き|| Of course, at first, when the detective told me that "the body of a woman named Yoshino Ishibashi had been found on the Mise Pass," I thought it was a stranger, or rather, a frozen image of a dead white woman I had seen in a movie. However, as the name "Ishibashi Yoshino" spilled out of the detective's mouth several times, he realized that it was the name of an insurance diplomat whom Keigo had approached at a darts bar in Tenjin about two months before.

その 晩 、 鶴田 も 店 に いた 。 |ばん|つるた||てん||

みんな と 一緒に ダーツ を 投げたり 、 バカ 騒ぎ を して いた わけで は ない が 、 カウンター の 隅 に 座って 、 バーテン 相手 に エリック ・ ロメール の 映画 に ついて 話 を して いた 。 ||いっしょに|||なげたり|ばか|さわぎ||||||||かうんたー||すみ||すわって||あいて||えりっく|||えいが|||はなし|||

石橋 佳乃 と その 二 人 の 友達 が 、「 これ から カラオケ に 行こう 」 と 誘う 圭 吾 たち を 、「 寮 の 門限 が ある から 」 と 振り切って 帰ろう と した とき 、 鶴田 は ロメール の 「 夏物 語 」 が 一 番 だ と 言い張る 若い バーテン に 、「 いや 、『 クレール の 膝 』 が 一 番 いい 」 と 言い返して いた 。 いしばし|よしの|||ふた|じん||ともだち||||からおけ||いこう||さそう|けい|われ|||りょう||もんげん|||||ふりきって|かえろう||||つるた||||なつもの|ご||ひと|ばん|||いいはる|わかい||||||ひざ||ひと|ばん|||いいかえして|

圭 吾 は 佳乃 たち を カウンター の ほう まで 追って きて 、 鶴田 の すぐ 後ろ で 、 その 中 の 一 人 に 、「 メルアド 教えて よ 。 けい|われ||よしの|||かうんたー||||おって||つるた|||うしろ|||なか||ひと|じん|||おしえて|

今度 、 メシ 食い に 行こう よ 」 と 誘って いた 。 こんど|めし|くい||いこう|||さそって|

振り返って みた が 、 正直 、 ぱっと し ない 女 だった 。 ふりかえって|||しょうじき||||おんな|

女 は メルアド を すぐに 教えた 。 おんな|||||おしえた

女 たち が 階段 を 上がって いく と 、「 バイバーイ 。 おんな|||かいだん||あがって||| また ね ー 」 ||-

など と 軽薄な 声 で しばらく 見送って いた 圭 吾 が 戻り 、 バーテン に ビール を 注文 し ながら 、 女 の メルアド が 書か れた コースター を 見せて くれた 。 ||けいはくな|こえ|||みおくって||けい|われ||もどり|||びーる||ちゅうもん|||おんな||||かか||||みせて| そこ に 、 石橋 佳乃 の 名前 が あった のだ 。 ||いしばし|よしの||なまえ|||

鶴田 が それ を 覚えて いた の は 、 同じ 映画 研究 会 に 所属 する 石橋 里 乃 と いう 後輩 と 一 文字 違い だった から だ 。 つるた||||おぼえて||||おなじ|えいが|けんきゅう|かい||しょぞく||いしばし|さと|の|||こうはい||ひと|もじ|ちがい|||

バーテン から ビール を 受け取った 圭 吾 に 、「 俺 が 知 っと う イシバシ の ほう が 数 倍 可愛い ぞ 」 と 鶴田 は 言った 。 ||びーる||うけとった|けい|われ||おれ||ち|||||||すう|ばい|かわいい|||つるた||いった

圭 吾 は 鶴田 の 言葉 など 気 に も して い ない ようで 、 コースター を 指先 で もてあそび ながら 、「 だけ ん 、 俺 、 今 の 子 みたいな ん が 好み な ん よ 。 けい|われ||つるた||ことば||き|||||||||ゆびさき||||||おれ|いま||こ||||よしみ|||

なんか こう 、 一 皮 剥け きら ん 感じ が ある やろ ? ||ひと|かわ|むけ|||かんじ||| いっぱ し に ヴィトン の バッグ 持って 、 ツンツン し とる わりに 、 ど っ か こう 田舎 の 姉ちゃん 臭 が 残 っと って さ 。 |||||ばっぐ|もって|||||||||いなか||ねえちゃん|くさ||ざん||| ヴィトン の バッグ 持って 、 安物 の 靴 履いて 、 田んぼ の 畦道 を 歩 いとう 女 が おったら 、 俺 、 絶対 に 我慢 でき ず に 飛びかかる ね 」 と 笑った 。 ||ばっぐ|もって|やすもの||くつ|はいて|たんぼ||あぜみち||ふ||おんな|||おれ|ぜったい||がまん||||とびかかる|||わらった

大学 で 圭 吾 と 知り合った ばかりの ころ 、 趣味 も 性格 も まったく 違う 彼 と 、 妙に 気 が 合う こと が 鶴田 自身 、 とても 不思議だった 。 だいがく||けい|われ||しりあった|||しゅみ||せいかく|||ちがう|かれ||みょうに|き||あう|||つるた|じしん||ふしぎだった

互いに 裕福な 家庭 に 育った 者 同士 、 他の 学生 たち と 違い 、 どこ か のんびり して いる ところ が あった 。 たがいに|ゆうふくな|かてい||そだった|もの|どうし|たの|がくせい|||ちがい|||||||| もし 圭 吾 が わがままな 主演 スター なら 、 さしずめ 自分 は 、 彼 を 唯一 うまく 操る こと の できる 芸術 家 肌 の 映画 監督 だ 。 |けい|われ|||しゅえん|すたー|||じぶん||かれ||ゆいいつ||あやつる||||げいじゅつ|いえ|はだ||えいが|かんとく|

あれ は いつ だった か 、 圭 吾 と 長浜 の 屋台 に ラーメン を 食べ に 行った こと が ある 。 |||||けい|われ||ながはま||やたい||らーめん||たべ||おこなった|||

ちょうど 彼 が 新車 を 買った ばかりの ころ で 、 少し でも 時間 が あれば 運転 し たかった のだ と 思う 。 |かれ||しんしゃ||かった||||すこし||じかん|||うんてん|||||おもう

混 んだ 屋台 で ラーメン を 啜 って いる と 、「 鶴田 の 親父 さん って 浮気 と かする ほう や ? こん||やたい||らーめん||せつ||||つるた||おやじ|||うわき|||| と いきなり 訊 かれた 。 ||じん|

「 なんで ? 「 いや 、 どう な ん やろ と 思う て 」 ||||||おもう|

鶴田 の 父親 は 福岡 市 を 中心 に 貸し ビル を 多く 持って いた 。 つるた||ちちおや||ふくおか|し||ちゅうしん||かし|びる||おおく|もって|

すべて 祖父 から 受け継いだ もの で 、 息子 の 鶴田 から 見て も 、 時間 と 金 を 持て余し 、 尊敬 できる と は 言いがたい 父親 だった 。 |そふ||うけついだ|||むすこ||つるた||みて||じかん||きむ||もてあまし|そんけい||||いいがたい|ちちおや|

「 さ ぁ 、 どう やろ 、 まったく 浮気 も せ ん って こと も ない やろう けど ……、 それ こそ 飲み屋 の 女 たち と ちょこちょこ 遊 ん ど る くらい や ないや 」 と 鶴田 は 言った 。 |||||うわき||||||||||||のみや||おんな||||あそ||||||||つるた||いった

「 ふ ー ん 」 |-|

自分 で 訊 いて おき ながら 、 圭 吾 は あまり 興味 も 示さ ず に 、 まだ かなり 残って いる 丼 の ラーメン の 上 に 半分 に 折った 割り箸 を 投げ入れた 。 じぶん||じん||||けい|われ|||きょうみ||しめさ|||||のこって||どんぶり||らーめん||うえ||はんぶん||おった|わりばし||なげいれた

「 お前 ん と この 親父 は ? おまえ||||おやじ| なんとなく 鶴田 が 訊 き 返す と 、 使い古さ れた プラスチック の コップ で 水 を 飲んだ 圭 吾 が 、「 うち ? |つるた||じん||かえす||つかいふるさ||ぷらすちっく||こっぷ||すい||のんだ|けい|われ|| うち は ほら 、 昔 から 旅館 し とる けん 」 と 吐き捨てる 。 |||むかし||りょかん|||||はきすてる

「 旅館 し とる けん 、 なん や ? りょかん||||| 「 旅館 に は 女 中 が おる ん ぞ 」 りょかん|||おんな|なか||||

圭 吾 は 意味 深 な 笑み を 浮かべた 。 けい|われ||いみ|ふか||えみ||うかべた

「 俺 、 子供 の ころ 、 何度 も 見た こと ある ん よ 。 おれ|こども|||なんど||みた|||| 親父 が うち の 女 中 たち 、 裏 の 部屋 に 連れ込む ところ 。 おやじ||||おんな|なか||うら||へや||つれこむ| あれ って 、 どう やった ん やろ ? あの 女 たち 、 嫌 が っと った ん やろ か ? |おんな||いや|||||| …… いや 、 もちろん 嫌 が っと った ん やろう けど 、 俺 に は そう 見え ん かった 」 ||いや|||||||おれ||||みえ||

屋台 を 出る とき 、 圭 吾 は 店 の 主人 に 、「 ごちそう さん 、 まずかった 」 と 言った 。 やたい||でる||けい|われ||てん||あるじ||||||いった

一瞬 、 屋台 に いた 客 たち の 手 が 止まった 。 いっしゅん|やたい|||きゃく|||て||とまった

嫌な 雰囲気 だった 。 いやな|ふんいき| ただ 、 鶴田 は 圭 吾 の こういう ところ が 好きだった 。 |つるた||けい|われ|||||すきだった 実際 、 観光 客 相手 に 料金 だけ が 高い 屋台 だった のだ じっさい|かんこう|きゃく|あいて||りょうきん|||たかい|やたい||