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Aozora Bunko, トロッコ (3/3)

トロッコ (3/3)

良平 は 殆ど 泣き そうに なった 。

が 、 泣いて も 仕方 が ない と 思った 。 泣いて いる 場合 で は ない と も 思った 。 彼 は 若い 二 人 の 土 工 に 、 取って 附 けた ような 御 時宜 を する と 、 どんどん 線路 伝い に 走り出した 。 良平 は 少 時 無我夢中 に 線路 の 側 を 走り 続けた 。 その 内 に 懐 の 菓子 包み が 、 邪魔に なる 事 に 気 が ついた から 、 それ を 路側 へ 抛り出す 次手 に 、 板 草履 も 其処 へ 脱ぎ捨てて しまった 。 する と 薄い 足袋 の 裏 へ じかに 小石 が 食いこんだ が 、 足 だけ は 遙 か に 軽く なった 。 彼 は 左 に 海 を 感じ ながら 、 急な 坂路 を 駈け 登った 。 時時 涙 が こみ上げて 来る と 、 自然に 顔 が 歪んで 来る 。 ―― それ は 無理に 我慢 して も 、 鼻 だけ は 絶えず くう くう 鳴った 。 竹藪 の 側 を 駈 け 抜ける と 、 夕焼け の した 日 金山 の 空 も 、 もう 火照り が 消え かかって いた 。 良平 は 、 愈気 が 気 で なかった 。 往 き と 返り と 変る せい か 、 景色 の 違う の も 不安だった 。 すると 今度 は 着物 まで も 、 汗 の 濡れ 通った の が 気 に なった から 、 やはり 必死に 駈 け 続けた なり 、 羽織 を 路 側 へ 脱いで 捨てた 。 蜜柑 畑 へ 来る 頃 に は 、 あたり は 暗く なる 一方 だった 。 「 命 さえ 助かれば ――」 良平 は そう 思い ながら 、 辷 って も つまずいて も 走って 行った 。 やっと 遠い 夕闇 の 中 に 、 村外れ の 工事 場 が 見えた 時 、 良平 は 一思いに 泣き たく なった 。 しかし その 時 も べそ は かいた が 、 とうとう 泣か ず に 駈 け 続けた 。 彼 の 村 へ は いって 見る と 、 もう 両側 の 家家 に は 、 電燈 の 光 が さし 合って いた 。 良平 は その 電燈 の 光 に 、 頭から 汗 の 湯気 の 立つ の が 、 彼 自身 に も はっきり わかった 。 井戸端 に 水 を 汲 んで いる 女 衆 や 、 畑 から 帰って 来る 男衆 は 、 良平 が 喘ぎ喘ぎ 走る の を 見て は 、「 おい どう した ね ? 」 など と 声 を かけた 。 が 、 彼 は 無言 の まま 、 雑貨 屋 だの 床屋 だの 、 明るい 家 の 前 を 走り 過ぎた 。 彼 の 家 の 門口 へ 駈 け こんだ 時 、 良平 は とうとう 大声 に 、 わっと 泣き出さず に は いられなかった 。 その 泣き声 は 彼 の 周囲 へ 、 一 時 に 父 や 母 を 集まら せた 。 殊に 母 は 何とか 云いながら 、 良平 の 体 を 抱える ように した 。 が 、 良平 は 手足 を もがき ながら 、 啜り上げ 啜り上げ 泣き 続けた 。 その 声 が 余り 激しかった せい か 、 近所 の 女衆 も 三四 人 、 薄暗い 門口 へ 集って 来た 。 父母 は 勿論 その 人 たち は 、 口口に 彼 の 泣く 訣 を 尋ねた 。 しかし 彼 は 何と 云われて も 泣き 立てる より 外 に 仕方 が なかった 。 あの 遠い 路 を 駈 け 通して 来た 、 今 まで の 心細 さ を ふり返る と 、 いくら 大声 に 泣き 続けて も 、 足りない 気もち に 迫ら れ ながら 、………… 良平 は 二十六 の 年 、 妻子 と 一しょに 東京 へ 出て 来た 。 今では 或 雑誌 社 の 二 階 に 、 校正 の 朱筆 を 握って いる 。 が 、 彼 は どうかすると 、 全然 何の 理由 も ない のに 、 その 時 の 彼 を 思い出す 事 が ある 。 全然 何の 理由 も ない のに ? ―― 塵労 に 疲れた 彼 の 前 に は 今 でも やはり その 時 の ように 、 薄暗い 藪 や 坂 の ある 路 が 、 細細と 一すじ 断続 して いる 。 …………

トロッコ (3/3) とろっこ Wagen (3/3) Trolley (3/3) Carro (3/3) Chariot (3/3) 토롯코 (3/3) 矿车 (3/3) 礦車 (3/3)

良平 は 殆ど 泣き そうに なった 。 りょうへい||ほとんど|なき|そう に| Ryohei almost cried.

が 、 泣いて も 仕方 が ない と 思った 。 |ないて||しかた||||おもった But I felt that crying was not an option. 泣いて いる 場合 で は ない と も 思った 。 ないて||ばあい||||||おもった I also thought that this was no time to cry. 彼 は 若い 二 人 の 土 工 に 、 取って 附 けた ような 御 時宜 を する と 、 どんどん 線路 伝い に 走り出した 。 かれ||わかい|ふた|じん||つち|こう||とって|ふ|||ご|じぎ|||||せんろ|つたい||はしりだした He gave the two young earthworks a timely approach, and rushed along the railroad tracks. 良平 は 少 時 無我夢中 に 線路 の 側 を 走り 続けた 。 りょうへい||しょう|じ|むがむちゅう||せんろ||がわ||はしり|つづけた Ryohei continued to run on the side of the railroad track for a short time. その 内 に 懐 の 菓子 包み が 、 邪魔に なる 事 に 気 が ついた から 、 それ を 路側 へ 抛り出す 次手 に 、 板 草履 も 其処 へ 脱ぎ捨てて しまった 。 |うち||ふところ||かし|つつみ||じゃまに||こと||き||||||じ がわ||なげう り だす|つぎ て||いた|ぞうり||そこ||ぬぎすてて| I noticed that the candy wrapping in my pocket would get in the way, so I took it off to the side of the road and took off the sandals. 然后我意识到我口袋里的糖果包装挡住了,所以我把它扔到路边,把我的凉鞋扔在那里。 する と 薄い 足袋 の 裏 へ じかに 小石 が 食いこんだ が 、 足 だけ は 遙 か に 軽く なった 。 ||うすい|たび||うら|||こいし||くいこんだ||あし|||はるか|||かるく| Then, pebbles bite directly into the back of the thin socks, but only the feet became much lighter. 彼 は 左 に 海 を 感じ ながら 、 急な 坂路 を 駈け 登った 。 かれ||ひだり||うみ||かんじ||きゅうな|さか じ||く け|のぼった 時時 涙 が こみ上げて 来る と 、 自然に 顔 が 歪んで 来る 。 ときどき|なみだ||こみあげて|くる||しぜんに|かお||ゆがんで|くる Tears come flooding in from time to time, and my face naturally contorts. ―― それ は 無理に 我慢 して も 、 鼻 だけ は 絶えず くう くう 鳴った 。 ||むりに|がまん|||はな|||たえず|||なった -- Even though I forced myself to endure it, only my nose was constantly blowing. 竹藪 の 側 を 駈 け 抜ける と 、 夕焼け の した 日 金山 の 空 も 、 もう 火照り が 消え かかって いた 。 たけやぶ||がわ||く||ぬける||ゆうやけ|||ひ|かなやま||から|||ほてり||きえ|| 良平 は 、 愈気 が 気 で なかった 。 りょうへい||ゆき||き|| Ryohei didn't care. 往 き と 返り と 変る せい か 、 景色 の 違う の も 不安だった 。 おう|||かえり||かわる|||けしき||ちがう|||ふあんだった I was worried that the scenery would be different, probably because it would change from one to another. すると 今度 は 着物 まで も 、 汗 の 濡れ 通った の が 気 に なった から 、 やはり 必死に 駈 け 続けた なり 、 羽織 を 路 側 へ 脱いで 捨てた 。 |こんど||きもの|||あせ||ぬれ|かよった|||き|||||ひっしに|く||つづけた||はおり||じ|がわ||ぬいで|すてた I was worried that even my kimono was drenched with sweat, so I continued to race frantically and then took off my haori and threw it away. 蜜柑 畑 へ 来る 頃 に は 、 あたり は 暗く なる 一方 だった 。 みかん|はたけ||くる|ころ|||||くらく||いっぽう| 「 命 さえ 助かれば ――」 良平 は そう 思い ながら 、 辷 って も つまずいて も 走って 行った 。 いのち||たすかれば|りょうへい|||おもい||すべり|||||はしって|おこなった やっと 遠い 夕闇 の 中 に 、 村外れ の 工事 場 が 見えた 時 、 良平 は 一思いに 泣き たく なった 。 |とおい|ゆうやみ||なか||むらはずれ||こうじ|じょう||みえた|じ|りょうへい||ひとおもいに|なき|| When he finally saw the construction site on the outskirts of the village in the distant evening darkness, Ryohei felt like crying all over again. しかし その 時 も べそ は かいた が 、 とうとう 泣か ず に 駈 け 続けた 。 ||じ|||||||なか|||く||つづけた 彼 の 村 へ は いって 見る と 、 もう 両側 の 家家 に は 、 電燈 の 光 が さし 合って いた 。 かれ||むら||||みる|||りょうがわ||いえいえ|||いなずま とも||ひかり|||あって| 良平 は その 電燈 の 光 に 、 頭から 汗 の 湯気 の 立つ の が 、 彼 自身 に も はっきり わかった 。 りょうへい|||いなずま とも||ひかり||あたまから|あせ||ゆげ||たつ|||かれ|じしん|||| Ryohei could clearly see the steam of sweat rising from his head in the light of the lamp. 井戸端 に 水 を 汲 んで いる 女 衆 や 、 畑 から 帰って 来る 男衆 は 、 良平 が 喘ぎ喘ぎ 走る の を 見て は 、「 おい どう した ね ? いどばた||すい||きゅう|||おんな|しゅう||はたけ||かえって|くる|おとこしゅう||りょうへい||あえぎあえぎ|はしる|||みて||||| 」 など と 声 を かけた 。 ||こえ|| " The first time I saw him, he said something like, "I'm not a good person. が 、 彼 は 無言 の まま 、 雑貨 屋 だの 床屋 だの 、 明るい 家 の 前 を 走り 過ぎた 。 |かれ||むごん|||ざっか|や||とこや||あかるい|いえ||ぜん||はしり|すぎた 彼 の 家 の 門口 へ 駈 け こんだ 時 、 良平 は とうとう 大声 に 、 わっと 泣き出さず に は いられなかった 。 かれ||いえ||かどぐち||く|||じ|りょうへい|||おおごえ||わ っと|なきださ ず|||い られ なかった その 泣き声 は 彼 の 周囲 へ 、 一 時 に 父 や 母 を 集まら せた 。 |なきごえ||かれ||しゅうい||ひと|じ||ちち||はは||あつまら| 殊に 母 は 何とか 云いながら 、 良平 の 体 を 抱える ように した 。 ことに|はは||なんとか|うん いながら|りょうへい||からだ||かかえる|| が 、 良平 は 手足 を もがき ながら 、 啜り上げ 啜り上げ 泣き 続けた 。 |りょうへい||てあし||||せつ りあげ|せつ りあげ|なき|つづけた その 声 が 余り 激しかった せい か 、 近所 の 女衆 も 三四 人 、 薄暗い 門口 へ 集って 来た 。 |こえ||あまり|はげしかった|||きんじょ||おんな しゅう||さんし|じん|うすぐらい|かどぐち||つどって|きた Perhaps because their voices were so loud, three or four women from the neighborhood gathered at the dimly lit gate. 父母 は 勿論 その 人 たち は 、 口口に 彼 の 泣く 訣 を 尋ねた 。 ふぼ||もちろん||じん|||くちぐちに|かれ||なく|けつ||たずねた His parents, of course, asked him what was the point of crying. しかし 彼 は 何と 云われて も 泣き 立てる より 外 に 仕方 が なかった 。 |かれ||なんと|うん われて||なき|たてる||がい||しかた|| However, he had no choice but to stand up and cry, no matter what was said to him. あの 遠い 路 を 駈 け 通して 来た 、 今 まで の 心細 さ を ふり返る と 、 いくら 大声 に 泣き 続けて も 、 足りない 気もち に 迫ら れ ながら 、………… |とおい|じ||く||とおして|きた|いま|||こころぼそ|||ふりかえる|||おおごえ||なき|つづけて||たりない|き もち||せまら|| When I look back at the heartbreak of having to run that long road, no matter how loud I cry, it's never enough. ............ 良平 は 二十六 の 年 、 妻子 と 一しょに 東京 へ 出て 来た 。 りょうへい||にじゅうろく||とし|さいし||いっしょに|とうきょう||でて|きた In his twenty-sixth year, Ryohei moved to Tokyo with his wife and son. 今では 或 雑誌 社 の 二 階 に 、 校正 の 朱筆 を 握って いる 。 いまでは|ある|ざっし|しゃ||ふた|かい||こうせい||しゆ ふで||にぎって| Now he is on the second floor of a magazine, holding a proofreader's red pen. が 、 彼 は どうかすると 、 全然 何の 理由 も ない のに 、 その 時 の 彼 を 思い出す 事 が ある 。 |かれ||どうか する と|ぜんぜん|なんの|りゆう|||||じ||かれ||おもいだす|こと|| 全然 何の 理由 も ない のに ? ぜんぜん|なんの|りゆう||| For absolutely no reason at all? ―― 塵労 に 疲れた 彼 の 前 に は 今 でも やはり その 時 の ように 、 薄暗い 藪 や 坂 の ある 路 が 、 細細と 一すじ 断続 して いる 。 ………… ちり ろう||つかれた|かれ||ぜん|||いま||||じ|||うすぐらい|やぶ||さか|||じ||さいさいと|ひとすじ|だんぞく||