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Aozora Bunko, トロッコ (1/3)

トロッコ (1/3)

小田原 熱海 間 に 、 軽便 鉄道 敷設 の 工事 が 始まった の は 、 良平 の 八 つ の 年 だった 。

良平 は 毎日 村外れ へ 、 その 工事 を 見物 に 行った 。 工事 を ―― と いった ところ が 、 唯 トロッコ で 土 を 運搬 する ―― それ が 面白 さ に 見 に 行った のである 。 トロッコ の 上 に は 土工 が 二 人 、 土 を 積んだ 後 に 佇んで いる 。 トロッコ は 山 を 下る のだ から 、 人手 を 借り ず に 走って 来る 。 煽る ように 車 台 が 動いたり 、 土工 の 袢天 の 裾 が ひら ついたり 、 細い 線路 が しなったり ―― 良平 は そんな けしき を 眺め ながら 、 土工 に なり たい と 思う 事 が ある 。 せめて は 一 度 でも 土工 と 一しょに 、 トロッコ へ 乗り たい と 思う 事 も ある 。 トロッコ は 村外れ の 平地 へ 来る と 、 自然 と 其処 に 止まって しまう 。 と 同時に 土工 たち は 、 身軽に トロッコ を 飛び降りる が 早い か 、 その 線路 の 終点 へ 車 の 土 を ぶちまける 。 それ から 今度 は トロッコ を 押し 押し 、 もと 来た 山 の 方 へ 登り 始める 。 良平 は その 時 乗れ ない まで も 、 押す 事 さえ 出来たら と 思う のである 。 或 夕方 、―― それ は 二 月 の 初旬 だった 。 良平 は 二 つ 下 の 弟 や 、 弟 と 同じ 年 の 隣 の 子供 と 、 トロッコ の 置いて ある 村外れ へ 行った 。 トロッコ は 泥 だらけ に なった まま 、 薄 明るい 中 に 並んで いる 。 が 、 その 外 は 何 処 を 見て も 、 土工 たち の 姿 は 見え なかった 。 三 人 の 子供 は 恐る恐る 、 一 番 端に ある トロッコ を 押した 。 トロッコ は 三 人 の 力 が 揃う と 、 突然 ごろり と 車輪 を まわした 。 良平 は この 音 に ひやりと した 。 しかし 二 度 目 の 車輪 の 音 は 、 もう 彼 を 驚か さ なかった 。 ごろり 、 ごろり 、―― トロッコ は そう 云う 音 と 共に 、 三 人 の 手 に 押さ れ ながら 、 そろそろ 線路 を 登って 行った 。 その 内 に かれこれ 十 間 程 来る と 、 線路 の 勾配 が 急に なり 出した 。 トロッコ も 三 人 の 力 で は 、 いくら 押して も 動か なく なった 。 どうかすれば 車 と 一しょに 、 押し戻さ れ そうに も なる 事 が ある 。 良平 は もう 好 い と 思った から 、 年下 の 二 人 に 合図 を した 。 「 さあ 、 乗ろう ! 」 彼等 は 一度に 手 を はなす と 、 トロッコ の 上 へ 飛び乗った 。 トロッコ は 最初 徐 ろ に 、 それ から 見る見る 勢 よく 、 一息 に 線路 を 下り 出した 。 その 途端 に つき当り の 風景 は 、 忽ち 両側 へ 分かれる ように 、 ず ん ず ん 目の前 へ 展開 して 来る 。 顔 に 当る 薄 暮 の 風 、 足 の 下 に 躍る トロッコ の 動揺 、―― 良平 は 殆ど 有頂天に なった 。 しかし トロッコ は 二三 分 の 後 、 もう もと の 終点 に 止まって いた 。 「 さあ 、 もう 一 度 押す じゃあ 」 良平 は 年下 の 二 人 と 一しょに 、 又 トロッコ を 押し上げ に かかった 。 が 、 まだ 車輪 も 動か ない 内 に 、 突然 彼等 の 後 に は 、 誰 か の 足音 が 聞え 出した 。 のみ なら ず それ は 聞え 出した と 思う と 、 急に こう 云う 怒鳴り 声 に 変った 。 「 この 野郎 ! 誰 に 断って トロ に 触った ? 」 其処 に は 古い 印 袢天 に 、 季節 外れ の 麦藁 帽 を かぶった 、 背 の 高い 土 工 が 佇んで いる 。 ―― そう 云う 姿 が 目 に は いった 時 、 良平 は 年下 の 二 人 と 一しょに 、 もう 五六 間 逃げ出して いた 。 ―― それ ぎり 良平 は 使 の 帰り に 、 人気 の ない 工事 場 の トロッコ を 見て も 、 二度と 乗って 見よう と 思った 事 は ない 。 唯 その 時 の 土 工 の 姿 は 、 今 でも 良平 の 頭 の 何 処 か に 、 はっきり した 記憶 を 残して いる 。 薄明り の 中 に 仄めいた 、 小さい 黄色 の 麦藁 帽 、―― しかし その 記憶 さえ も 、 年 毎 に 色彩 は 薄れる らしい 。

トロッコ (1/3) とろっこ Minecart (1/3) Carro (1/3) Chariot (1/3) Carrello (1/3) 토롯코 (1/3) Wózek (1/3) Carrinho (1/3) Тележка (1/3) 礦車 (1/3)

小田原 熱海 間 に 、 軽便 鉄道 敷設 の 工事 が 始まった の は 、 良平 の 八 つ の 年 だった 。 おだわら|あたみ|あいだ||けいべん|てつどう|ふせつ||こうじ||はじまった|||りょうへい||やっ|||とし| The Construction of a light railway between Odawara and Atami began when Ryohei was is in his eight year.

良平 は 毎日 村外れ へ 、 その 工事 を 見物 に 行った 。 りょうへい||まいにち|むらはずれ|||こうじ||けんぶつ||おこなった Ryohei went out of the village every day to see the construction. 工事 を ―― と いった ところ が 、 唯 トロッコ で 土 を 運搬 する ―― それ が 面白 さ に 見 に 行った のである 。 こうじ||||||ただ|とろっこ||つち||うんぱん||||おもしろ|||み||おこなった| The place where the construction was done-carrying the soil with a dolly-went to see it in a fun way. I called it "construction site", but it was just a place where earth was transported with a minecart, So I went there with excitement. トロッコ の 上 に は 土工 が 二 人 、 土 を 積んだ 後 に 佇んで いる 。 とろっこ||うえ|||つち こう||ふた|じん|つち||つんだ|あと||たたずんで| There are two earthmen on the top of the trolley, and they pile up after loading the soil. トロッコ は 山 を 下る のだ から 、 人手 を 借り ず に 走って 来る 。 とろっこ||やま||くだる|||ひとで||かり|||はしって|くる Since Torokko goes down the mountain, it will run without help. 煽る ように 車 台 が 動いたり 、 土工 の 袢天 の 裾 が ひら ついたり 、 細い 線路 が しなったり ―― 良平 は そんな けしき を 眺め ながら 、 土工 に なり たい と 思う 事 が ある 。 あおる||くるま|だい||うごいたり|つち こう||はんてん||すそ||||ほそい|せんろ||し なったり|りょうへい|||||ながめ||つち こう|||||おもう|こと|| Seeing the carriage swaying, the hem of the construction worker's robe fluttering, and the narrow railroad tracks bending—sometimes Ryohei would want to become a construction worker. せめて は 一 度 でも 土工 と 一しょに 、 トロッコ へ 乗り たい と 思う 事 も ある 。 ||ひと|たび||つち こう||いっしょに|とろっこ||のり|||おもう|こと|| There are times when I want to ride a trolley with a construction worker at least once. トロッコ は 村外れ の 平地 へ 来る と 、 自然 と 其処 に 止まって しまう 。 とろっこ||むらはずれ||へいち||くる||しぜん||そこ||とまって| When the trolley comes to the plains on the outskirts of the village, it naturally stops there. と 同時に 土工 たち は 、 身軽に トロッコ を 飛び降りる が 早い か 、 その 線路 の 終点 へ 車 の 土 を ぶちまける 。 |どうじに|つち こう|||みがるに|とろっこ||とびおりる||はやい|||せんろ||しゅうてん||くるま||つち|| At the same time, the earthworks can easily jump off the minecart or throw the soil of the car to the end of the railroad track. それ から 今度 は トロッコ を 押し 押し 、 もと 来た 山 の 方 へ 登り 始める 。 ||こんど||とろっこ||おし|おし||きた|やま||かた||のぼり|はじめる Then push the minecart this time and start climbing towards the original mountain. 良平 は その 時 乗れ ない まで も 、 押す 事 さえ 出来たら と 思う のである 。 りょうへい|||じ|のれ||||おす|こと||できたら||おもう| Ryohei wishes he could even push it, even if he couldn't get on at that time. 或 夕方 、―― それ は 二 月 の 初旬 だった 。 ある|ゆうがた|||ふた|つき||しょじゅん| One evening,-it was the beginning of February. 良平 は 二 つ 下 の 弟 や 、 弟 と 同じ 年 の 隣 の 子供 と 、 トロッコ の 置いて ある 村外れ へ 行った 。 りょうへい||ふた||した||おとうと||おとうと||おなじ|とし||となり||こども||とろっこ||おいて||むらはずれ||おこなった Ryohei went to the outskirts of the village where the dolly was located, with his younger brother two younger brothers and a child next door who was the same age as his younger brother. トロッコ は 泥 だらけ に なった まま 、 薄 明るい 中 に 並んで いる 。 とろっこ||どろ|||||うす|あかるい|なか||ならんで| The minecarts are lined up in dim light, still muddy. が 、 その 外 は 何 処 を 見て も 、 土工 たち の 姿 は 見え なかった 。 ||がい||なん|しょ||みて||つち こう|||すがた||みえ| However, no matter where I looked, I could not see the construction workers. 三 人 の 子供 は 恐る恐る 、 一 番 端に ある トロッコ を 押した 。 みっ|じん||こども||おそるおそる|ひと|ばん|はしたに||とろっこ||おした The three children terrifiedly pushed the minecart at the very end. トロッコ は 三 人 の 力 が 揃う と 、 突然 ごろり と 車輪 を まわした 。 とろっこ||みっ|じん||ちから||そろう||とつぜん|||しゃりん|| When the three men gathered their strength, the trolley suddenly turned its wheels. 良平 は この 音 に ひやりと した 。 りょうへい|||おと||| Ryohei was chilled by this sound. しかし 二 度 目 の 車輪 の 音 は 、 もう 彼 を 驚か さ なかった 。 |ふた|たび|め||しゃりん||おと|||かれ||おどろか|| But the second sound of wheels no longer frightened him. ごろり 、 ごろり 、―― トロッコ は そう 云う 音 と 共に 、 三 人 の 手 に 押さ れ ながら 、 そろそろ 線路 を 登って 行った 。 ||とろっこ|||うん う|おと||ともに|みっ|じん||て||おさ||||せんろ||のぼって|おこなった Rolling, rolling, with that sound, the trolley slowly climbed up the tracks while being pushed by the hands of the three men. その 内 に かれこれ 十 間 程 来る と 、 線路 の 勾配 が 急に なり 出した 。 |うち|||じゅう|あいだ|ほど|くる||せんろ||こうばい||きゅうに||だした When it came nearly enough, the gradient of the track suddenly appeared. トロッコ も 三 人 の 力 で は 、 いくら 押して も 動か なく なった 。 とろっこ||みっ|じん||ちから||||おして||うごか|| Even the trolley wouldn't move with the strength of the three of us, no matter how much we pushed it. どうかすれば 車 と 一しょに 、 押し戻さ れ そうに も なる 事 が ある 。 |くるま||いっしょに|おしもどさ||そう に|||こと|| Somehow, I was almost pushed back with the car. 良平 は もう 好 い と 思った から 、 年下 の 二 人 に 合図 を した 。 りょうへい|||よしみ|||おもった||としした||ふた|じん||あいず|| Ryohei thought that he was ready, so he gave a signal to the two younger men. 「 さあ 、 乗ろう ! |のろう "Come on, let's ride! 」   彼等 は 一度に 手 を はなす と 、 トロッコ の 上 へ 飛び乗った 。 かれら||いちどに|て||||とろっこ||うえ||とびのった They let go at once and jumped onto the trolley. トロッコ は 最初 徐 ろ に 、 それ から 見る見る 勢 よく 、 一息 に 線路 を 下り 出した 。 とろっこ||さいしょ|じょ|||||みるみる|ぜい||ひといき||せんろ||くだり|だした The trolley, at first slow, and then with a vengeance, descended down the tracks in one breath. その 途端 に つき当り の 風景 は 、 忽ち 両側 へ 分かれる ように 、 ず ん ず ん 目の前 へ 展開 して 来る 。 |とたん||つきあたり||ふうけい||たちまち|りょうがわ||わかれる||||||めのまえ||てんかい||くる As soon as you do so, the landscape at the end unfolds in front of you as if it were splitting to both sides. 顔 に 当る 薄 暮 の 風 、 足 の 下 に 躍る トロッコ の 動揺 、―― 良平 は 殆ど 有頂天に なった 。 かお||あたる|うす|くら||かぜ|あし||した||おどる|とろっこ||どうよう|りょうへい||ほとんど|うちょうてんに| The twilight wind hitting his face, the shaking of the trolley dancing beneath his feet—Ryohei was almost ecstatic. しかし トロッコ は 二三 分 の 後 、 もう もと の 終点 に 止まって いた 。 |とろっこ||ふみ|ぶん||あと||||しゅうてん||とまって| But after a few minutes, the trolley stopped at the original terminal. 「 さあ 、 もう 一 度 押す じゃあ 」   良平 は 年下 の 二 人 と 一しょに 、 又 トロッコ を 押し上げ に かかった 。 ||ひと|たび|おす||りょうへい||としした||ふた|じん||いっしょに|また|とろっこ||おしあげ|| "Come on, push it again," said Ryohei, together with the two younger men, to push the trolley up again. が 、 まだ 車輪 も 動か ない 内 に 、 突然 彼等 の 後 に は 、 誰 か の 足音 が 聞え 出した 。 ||しゃりん||うごか||うち||とつぜん|かれら||あと|||だれ|||あしおと||きこえ|だした But before the wheels had even moved, they suddenly heard the sound of someone's footsteps behind them. のみ なら ず それ は 聞え 出した と 思う と 、 急に こう 云う 怒鳴り 声 に 変った 。 |||||きこえ|だした||おもう||きゅうに||うん う|どなり|こえ||かわった Not only that, but when I thought I could hear it, it suddenly changed into an angry shout. 「 この 野郎 ! |やろう "You bastard! 誰 に 断って トロ に 触った ? だれ||たって|||さわった Who refused to touch Toro? 」   其処 に は 古い 印 袢天 に 、 季節 外れ の 麦藁 帽 を かぶった 、 背 の 高い 土 工 が 佇んで いる 。 そこ|||ふるい|いん|はんてん||きせつ|はずれ||むぎわら|ぼう|||せ||たかい|つち|こう||たたずんで| There stands a tall earth-worker in an out-of-season straw hat on an old seal. ―― そう 云う 姿 が 目 に は いった 時 、 良平 は 年下 の 二 人 と 一しょに 、 もう 五六 間 逃げ出して いた 。 |うん う|すがた||め||||じ|りょうへい||としした||ふた|じん||いっしょに||ごろく|あいだ|にげだして| ――By the time he saw that figure, Ryohei had already run away with two younger men. ―― それ ぎり 良平 は 使 の 帰り に 、 人気 の ない 工事 場 の トロッコ を 見て も 、 二度と 乗って 見よう と 思った 事 は ない 。 ||りょうへい||つか||かえり||にんき|||こうじ|じょう||とろっこ||みて||にどと|のって|みよう||おもった|こと|| ――On the way back from the messenger, Ryohei never thought of riding a minecart at an unpopular construction site. 唯 その 時 の 土 工 の 姿 は 、 今 でも 良平 の 頭 の 何 処 か に 、 はっきり した 記憶 を 残して いる 。 ただ||じ||つち|こう||すがた||いま||りょうへい||あたま||なん|しょ|||||きおく||のこして| However, Ryohei still had a clear memory of the appearance of the construction workers at that time. 當時土方的出現,在良平的腦海中某處還留下了清晰的記憶。 薄明り の 中 に 仄めいた 、 小さい 黄色 の 麦藁 帽 、―― しかし その 記憶 さえ も 、 年 毎 に 色彩 は 薄れる らしい 。 すすき あかり||なか||そく めいた|ちいさい|きいろ||むぎわら|ぼう|||きおく|||とし|まい||しきさい||うすれる| A little yellow straw hat, faint in the twilight—but even that memory seems to fade with each passing year.