100. 片田舎にあった話 - 小川未明
片田舎 に あった 話 - 小川 未明
さびしい 片田舎 に 、 お じいさん と おばあ さん が 住んで いました 。 ・・
ある 日 、 都 に いる せがれ の ところ から 、 小包 が とどいた のです 。 ・・
「 まあ 、 まあ 、 なに を 送って くれた か 。」 と いって 、 二 人 は 、 開けて みました 。 ・・
中 から 、 肉 の かん詰め と 果物 と 、 もう 一 つ なに か の かん詰め が はいって いました 。 ・・
「 これ は 、 おいし そうな もの ばかり だ 。」 と いって 、 二 人 は 喜びました 。 ・・
夕飯 の とき に 、 お じいさん は 、・・
「 どれ 、 せがれ が 送って よこした 、 かん詰め を 開け ようじゃ ない か 。」 と 、 おばあ さん に いいました 。 ・・
おばあ さん は 、 三 つ の かん詰め を 膳 の ところ へ 持ってきて 、・・
「 どれ に しましょう か 。」 と 、 お じいさん に たずねました 。 ・・
「 そちら の 小形の 赤 いかん は 、 なんだろう な 。」 と 、 お じいさん は 、 いいました 。 ・・
おばあ さん に も 、 よく 、 それ が わかりません でした 。 ・・
「 なに か 、 外国 の 文字 が 書いて あります が ……。」 と いって 、 お じいさん に 手渡しました 。 ・・
お じいさん も 、 手 に 取って みた が 、 やはり わかりません でした 。 ・・
「 どんな もの か 、 これ を ひと つ 開けて みよう ……」 と いいました 。 ・・
たとえ 、 年 を 取って も 、 やはり 、 珍しい もの に は いちばん 興味 を 覚える もの です 。 ・・
お じいさん は 、 その かん の ふた を 開けました 。 すると 香ばしい かおり が した のです 。 ・・
「 粉 じゃ 、 なんの 粉 だろう ……。」 と 、 頭 を かしげました 。 ・・
こんど は 、 お ばあさん が 、 その 赤 いかん を 取って 、 香 い を 嗅いだ のであります 。 ・・
「 お じいさん 、 これ は 、 やはり 麦 を 挽 いた 粉 です よ 。 うち の せがれ は 、 子供 の 時分 から 、 不思議な 子 で 、 こうせん が 大好きだった から 、 こんな もの を 送って よこした のです よ 。」 と 、 おばあ さん は いいました 。 ・・
「 飯 に でも かけて 食べる の か な 。」 ・・
「 きっと 、 そう する ので ございます よ 。」 ・・
お じいさん と 、 おばあ さん は 、 その 赤 黒い 粉 を 飯 に かけて 食べました 。 しかし 、 その 香 い ほど 、 あまり 、 うまく は ありません 。 ・・
「 砂糖 を まぜ なければ なら ぬだろう 。」 と 、 お じいさん が いいました 。 ・・
「 これ は 、 子供 の 食べる もの です ね 。」 と 、 おばあ さん は いい ながら 、 立って 、 砂糖 を 持ってきました 。 そして 、 二 人 は 、 飯 に かけて 食べました 。 ・・
夜 に なって 、 二 人 は 、 いつも の ごとく 床 に つきました 。 けれど 、 どうした こと か 、 目 が さえて 眠れません でした 。 ・・
「 ああ 、 こうせん を 食べた ので 、 胸 が やけた と みえて 眠れ ない 。」 と 、 お じいさん が いいます と 、・・
「 外国 の もの は 、 体 に 合わ ない から 、 食べる もの で ありません ね 」 と 、 おばあ さん は 、 答えました 。 ・・
二 人 は 、 やっと 眠り つきました が 、 いろいろの 夢 を 見ました 。 ・・
お じいさん は 、 まだ 元気で 、 河 へ 釣り に いった 夢 を 見たり 、 おばあ さん は 、 まだ 若くて 、 みんな と 花見 に いった こと など を 夢 に 見ました 。 ・・
翌日 、 二 人 は 、 あの 赤 いかん の 中 の 粉 を 捨てて しまおう か と 話 を して いました 。 そこ へ 、 小包 より おくれて 、 せがれ から 、 手紙 が とどきました 。 ・・
その 手紙 に よる と 、 赤い かん に は いって いる の は 、 ココア と いう もの である こと が わかりました 。 田舎 に 住んで いる お じいさん や 、 おばあ さん に は 、 まだ そうした 飲み物 の ある こと すら 知ら なかった のです 。 ・・
「 こんな もの を 、 なんで 私 たち が 知ろう か 。」 と いって 、 お じいさん と 、 おばあ さん は 、 顔 を 見合わせて 笑いました 。 ・・
―― 一九二六・一一 ――