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野分 夏目漱石, 「二」 野分 夏目漱石

「二 」 野 分 夏目 漱石

午 に 逼 る 秋 の 日 は 、 頂く 帽 を 透 して 頭蓋 骨 の なか さえ 朗 か なら しめた か の 感 が ある 。 公園 の ロハ 台 は その ロハ 台 たる の 故 を もって ことごとく ロハ 的に 占領 されて しまった 。 高柳 君 は 、 どこ ぞ 空いた 所 は ある まい か と 、 さっき から ちょうど 三 度 日比谷 を 巡回 した 。 三 度 巡回 して 一 脚 の 腰 掛 も 思う ように 我 を 迎え ない の を 発見 した 時 、 重 そうな 足 を 正門 の かた へ 向けた 。 すると 反対 の 方 から 同 年輩 の 青年 が 早 足 に 這 入って 来て 、 や あと 声 を 掛けた 。 「 や あ 」 と 高柳 君 も 同じ ような 挨拶 を した 。 「 どこ へ 行った ん だい 」 と 青年 が 聞く 。 「 今 ぐるぐる 巡って 、 休もう と 思った が 、 どこ も 空いて いない 。 駄目だ 、 ただ で掛けられる 所 は みんな 人 が 先 へ かけて いる 。 なかなか 抜 目 は ない もん だ な 」「 天気 が いい せい だ よ 。 なるほど 随分 人 が 出て いる ね 。 ―― おい 、 あの 孟 宗 藪 を 回って 噴水 の 方 へ 行く 人 を 見た まえ 」「 どれ 。 あの 女 か 。 君 の 知って る 人 か ね 」「 知る もの か 」「 それ じゃ 何で 見る 必要 が ある のだ い 」「 あの 着物 の 色 さ 」「 何だか 立派な もの を 着て いる じゃ ない か 」「 あの 色 を 竹藪 の 傍 へ 持って行く と 非常に あざやかに 見える 。 あれ は 、 こう 云 う 透明な 秋 の 日 に 照らして 見 ない と 引き立た ない んだ 」「 そう か な 」「 そう か なって 、 君 そう 感じ ない か 」「 別に 感じ ない 。 しかし 奇麗 は 奇麗だ 」「 ただ 奇麗 だけ じゃ 可哀想だ 。 君 は これ から 作家 に なる んだろう 」「 そう さ 」「 それ じゃ もう 少し 感じ が 鋭敏で なくっちゃ 駄目だ ぜ 」「 なに 、 あんな 方 は 鈍くって も いい んだ 。 ほか に 鋭敏な ところ が 沢山 ある んだ から 」「 ハハハハ そう 自信 が あれば 結構だ 。 時に 君 せっかく 逢った もの だ から 、 もう 一 遍 ある こう じゃ ない か 」「 あるく の は 、 真 平 だ 。 これ から すぐ 電車 へ 乗って 帰 えら ない と 午 食 を 食い 損なう 」「 その 午 食 を 奢 ろう じゃ ない か 」「 うん 、 また 今度 に しよう 」「 なぜ ? いや かい 」「 厭 じゃ ない ―― 厭 じゃ ない が 、 始終 御馳走 に ばかり なる から 」「 ハハハ 遠慮 か 。 まあ 来た まえ 」 と 青年 は 否応 なし に 高柳 君 を 公園 の 真中 の 西洋 料理 屋 へ 引っ張り込んで 、 眺望 の いい 二 階 へ 陣 を 取る 。 注文 の 来る 間 、 高柳 君 は 蒼 い 顔 へ 両手 で 突っかい 棒 を して 、 さも つかれた と 云 う 風 に 往来 を 見て いる 。 青年 は 独り で 「 ふん だいぶ 広い な 」「 なかなか 繁昌 する と 見える 」「 なんだ 、 妙な 所 へ 姿 見 の 広告 など を 出して 」 など と 半分 口 の うち で 云 うか と 思ったら 、 やがて 洋 袴 ( ズボン ) の 隠 袋 へ 手 を 入れて 「 や 、 しまった 。 煙草 を 買って くる の を 忘れた 」 と 大きな 声 を 出した 。 「 煙草 なら 、 ここ に ある よ 」 と 高柳 君 は 「 敷島 」 の 袋 を 白い 卓 布 の 上 へ 抛 り 出す 。 ところ へ 下 女 が 御 誂 を 持ってくる 。 煙草 に 火 を 点ける 間 は なかった 。 「 これ は 樽 麦酒 ( たる ビール ) だ ね 。 おい 君 樽 麦酒 の 祝杯 を 一 つ 挙げ ようじゃ ない か 」 と 青年 は 琥珀 色 の 底 から 湧き上がる 泡 を ぐ いと 飲む 。 「 何の 祝杯 を 挙げる のだ い 」 と 高柳 君 は 一口 飲み ながら 青年 に 聞いた 。 「 卒業 祝い さ 」「 今頃 卒業 祝い か 」 と 高柳 君 は 手 の ついた 洋 盃 ( コップ ) を 下 へ おろして しまった 。 「 卒業 は 生涯 に たった 一 度 しか ない んだ から 、 いつまで 祝って も いい さ 」「 たった 一 度 しか ない んだ から 祝わ ないで も いい くらい だ 」「 僕 と まるで 反対だ ね 。 ―― 姉さん 、 この フライ は 何 だい 。 え ? 鮭 か 。 ここん 所 へ 君 、 この オレンジ の 露 を かけて 見た まえ 」 と 青年 は 人 指 指 と 親指 の 間 から ちゅう と 黄色い 汁 を 鮭 の 衣 の 上 へ 落す 。 庭 の 面 に はらはら と 降る 時雨 の ごとく 、 すぐ 油 の 中 へ 吸い込まれて しまった 。 「 なるほど そうして 食う もの か 。 僕 は 装飾 に ついて る の か と 思った 」 姿 見 の 札幌 麦酒 ( さっぽろ ビール ) の 広告 の 本 に 、 大きく なって 構えて いた 二 人 の 男 が 、 この 時 急に 大きな 破れる ような 声 を 出して 笑い 始めた 。 高柳 君 は オレンジ を つまんだ まま 、 厭 な 顔 を して 二 人 を 見る 。 二 人 は いっこう 構わ ない 。 「 いや 行く よ 。 いつでも 行く よ 。 エヘヘヘヘ 。 今夜 行こう 。 あんまり 気 が 早い 。 ハハハハハ 」「 エヘヘヘヘ 。 いえ ね 、 実は ね 、 今夜 あたり 君 を 誘って 繰り出そう と 思って いた んだ 。 え ? ハハハハ 。 なに それ ほど で も ない 。 ハハハハ 。 そら 例 の が 、 あれ でしょう 。 だから 、 どうにも こう に も やり切れない の さ 。 エヘヘヘヘ 、 アハハハハハハ 」 土 鍋 の 底 の ような 赭 い 顔 が 広告 の 姿 見 に 写って 崩れたり 、 かたまったり 、 伸びたり 縮んだり 、 傍若無人に 動揺 して いる 。 高柳 君 は 一種 異様な 厭 な 眼 つき を 転じて 、 相手 の 青年 を 見た 。 「 商人 だ よ 」 と 青年 が 小声 に 云 う 。 「 実業 家 か な 」 と 高柳 君 も 小声 に 答え ながら 、 とうとう オレンジ を 絞る の を やめて しまった 。 土 鍋 の 底 は 、 やがて 勘定 を 払って 、 ついでに 下 女 に からかって 、 二 階 を 買い 切った ような 大きな 声 を 出して 、 そうして 出て 行った 。 「 おい 中野 君 」「 む む ? 」 と 青年 は 鳥 の 肉 を 口 いっぱい 頬張って いる 。 「 あの 連中 は 世の中 を 何と 思って る だろう 」「 何とも 思う もの か ね 。 ただ ああ やって 暮らして いる の さ 」「 羨 やましい な 。 どうかして ―― どうも いかんな 」「 あんな もの が 羨 し くっちゃ 大変だ 。 そんな 考 だ から 卒業 祝 に 同意 し ない んだろう 。 さあ もう 一 杯 景気 よく 飲んだ 」「 あの 人 が 羨ま し い のじゃ ない が 、 ああ 云 う 風 に 余裕 が ある ような 身分 が 羨ま し い 。 いくら 卒業 したって こう 奔命 に 疲れちゃ 、 少しも 卒業 の ありがた 味 は ない 」「 そう か なあ 、 僕 なん ざ 嬉しくって たまらない が なあ 。 我々 の 生命 は これ から だ ぜ 。 今 から そんな 心細い 事 を 云っちゃ あ しようがない 」「 我々 の 生命 は これ から だ のに 、 これ から 先 が 覚 束 ない から 厭 に なって しまう の さ 」「 なぜ ? 何も そう 悲観 する 必要 は ない じゃ ない か 、 大 に やる さ 。 僕 も やる 気 だ 、 いっしょに やろう 。 大 に 西洋 料理 でも 食って ―― そら ビステキ が 来た 。 これ で おしまい だ よ 。 君 ビステキ の 生 焼 は 消化 が いいって 云 う ぜ 。 こいつ は どう か な 」 と 中野 君 は 洋 刀 ( ナイフ ) を 揮って 厚 切り の 一片 を 中央 から 切断 した 。 「 な ある ほど 、 赤い 。 赤い よ 君 、 見た まえ 。 血 が 出る よ 」 高柳 君 は 何にも 答え ず に むしゃ むしゃ 赤い ビステキ を 食い 始めた 。 いくら 赤くて も けっして 消化 が よ さ そうに は 思え なかった 。 人 にわ が 不平 を 訴え ん と する とき 、 わが 不平 が 徹底 せ ぬ うち 、 先方 から 中途 半 把 な 慰藉 を 与え ら る る の は 快 よく ない もの だ 。 わが 不平 が 通じた の か 、 通じ ない の か 、 本当に 気の毒 がる の か 、 御世辞 に 気の毒 がる の か 分 ら ない 。 高柳 君 は ビステキ の 赤 さ 加減 を 眺め ながら 、 相手 は なぜ こう 感情 が 粗大だろう と 思った 。 もう 少し 切り込みたい と 云 う 矢先 へ 持って 来て 、 ざ ああ と 水 を 懸ける の が 中野 君 の 例 である 。 不親切な 人 、 冷淡な 人 ならば 始 め から それ 相応の 用意 を して かかる から 、 いくら 冷たくて も 驚 ろく 気遣 は ない 。 中野 君 が かよう な 人 であった なら 、 出鼻 を はたかれて も さほど に 口惜しく は なかったろう 。 しかし 高柳 君 の 眼 に 映 ずる 中野 輝一 は 美しい 、 賢 こい 、 よく 人情 を 解して 事 理 を 弁えた 秀才 である 。 この 秀才 が 折々 この 癖 を 出す の は 解し にくい 。 彼ら は 同じ 高等 学校 の 、 同じ 寄宿舎 の 、 同じ 窓 に 机 を 並べて 生活 して 、 同じ 文科 に 同じ 教授 の 講義 を 聴いて 、 同じ 年 の この 夏 に 同じく 学校 を 卒業 した のである 。 同じ 年 に 卒業 した もの は 両手 の 指 を 二三 度 屈する ほど いる 。 しかし この 二 人 ぐらい 親しい もの は なかった 。 高柳 君 は 口数 を きか ぬ 、 人 交 り を せ ぬ 、 厭 世 家 の 皮肉 屋 と 云 われた 男 である 。 中野 君 は 鷹 揚 な 、 円満な 、 趣味 に 富んだ 秀才 である 。 この 両人 が 卒 然 と 交 を 訂 して から 、 傍目 に も 不審 と 思わ れる くらい 昵 懇 な 間柄 と なった 。 運命 は 大島 の 表 と 秩父 の 裏 と を 縫い 合せる 。 天下 に 親しき もの が ただ 一 人 あって 、 ただ この 一 人 より ほか に 親しき もの を 見出し 得 ぬ とき 、 この 一 人 は 親 で も ある 、 兄弟 で も ある 。 さては 愛人 である 。 高柳 君 は 単なる 朋友 を もって 中野 君 を 目して は おら ぬ 。 その 中野 君 が わが 不平 を 残り なく 聞いて くれ ぬ の は 残念である 。 途中 で 夕立 に 逢って 思う 所 へ 行か ず に 引き返した ような もの である 。 残り なく 聞いて くれ ぬ 上 に 、 呑気 な 慰藉 を かぶせられる の は なおさら 残念だ 。 膿 を 出して くれ と 頼んだ 腫物 を 、 いい加減の 真綿 で 、 撫で 廻 わさ れ たって む ず 痒 い ばかりである 。 しかし こう 思う の は 高柳 君 の 無理である 。 御 雛 様 に 芸者 の 立て 引き が ない と 云って 攻撃 する の は 御 雛 様 の 恋 を 解せ ぬ もの の 言 草 である 。 中野 君 は 富裕な 名門 に 生れて 、 暖かい 家庭 に 育った ほか 、 浮世 の 雨 風 は 、 炬燵 へ あたって 、 椽側 の 硝子 戸越 ( ガラス ど ご し ) に 眺めた ばかりである 。 友禅 の 模様 は わかる 、 金 屏 の 冴え も 解 せる 、 銀 燭 の 耀 きも まばゆく 思う 。 生きた 女 の 美し さ は なお さらに 眼 に 映る 。 親 の 恩 、 兄弟 の 情 、 朋友 の 信 、 これら を 知ら ぬ ほど の 木 強 漢 で は 無論 ない 。 ただ 彼 の 住む 半球 に は 今 まで いつでも 日 が 照って いた 。 日 の 照って いる 半球 に 住んで いる もの が 、 片足 を とんと 地 に 突いて 、 この 足 の 下 に 真 暗 な 半球 が ある と 気 が つく の は 地理 学 を 習った 時 ばかり である 。 たまに は 歩いて いて 、 気 が つか ぬ と も 限ら ぬ 。 しかし さぞ 暗い 事 だろう と 身 に 沁 みて ぞっと する 事 は ある まい 。 高柳 君 は この 暗い 所 に 淋しく 住んで いる 人間 である 。 中野 君 と は ただ 大地 を 踏まえる 足 の 裏 が 向き合って いる と いう ほか に 何ら の 交渉 も ない 。 縫い 合わさ れた 大島 の 表 と 秩父 の 裏 と は 覚 束 なき 針 の 目 を 忍んで 繋ぐ 、 細い 糸 の 御蔭 である 。 この 細い もの を 、 するする と 抜けば 鹿児島 県 と 埼玉 県 の 間 に は 依然と して 何 百 里 の 山河 が 横 わって いる 。 歯 を 病んだ 事 の ない もの に 、 歯 の 痛 み を 持って行く より も 、 早く 歯 医者 に 馳 け つける の が 近道 だ 。 そう 痛 がらん でも いい さ と 云 われる 病人 は 、 けっして 慰藉 を 受けた と は 思う まい 。 「 君 など は 悲観 する 必要 が ない から 結構だ 」 と 、 ビステキ を 半分 で 断念 した 高柳 君 は 敷島 を ふかし ながら 、 相手 の 顔 を 眺めた 。 相手 は 口 を も が もが させ ながら 、 右 の 手 を 首 と 共に 左右 に 振った の は 、 高柳 君 に 同意 を 表し ない の と 見える 。 「 僕 が 悲観 する 必要 が ない ? 悲観 する 必要 が ない と する と 、 つまり おめでたい 人間 と 云 う 意味 に なる ね 」 高柳 君 は 覚え ず 、 薄い 唇 を 動かし かけた が 、 微 かな 漣 は 頬 まで 広がら ぬ 先 に 消えた 。 相手 は なお 言葉 を つづける 。 「 僕 だって 三 年 も 大学 に いて 多少 の 哲学 書 や 文学 書 を 読んで る じゃ ない か 。 こう 見えて も 世の中 が 、 どれほど 悲観 す べき もの である か ぐらい は 知って る つもりだ 」「 書物 の 上 で だろう 」 と 高柳 君 は 高い 山 から 谷底 を 見下ろした ように 云 う 。 「 書物 の 上 ―― 書物 の 上 で は 無論 だ が 、 実際 だって 、 これ で なかなか 苦痛 も あり 煩 悶 も ある んだ よ 」「 だって 、 生活 に は 困ら ない し 、 時間 は 充分 ある し 、 勉強 は したい だけ 出来る し 、 述作 は 思う 通り に やれる し 。 僕 に 較 べ る と 君 は 実に 幸福だ 」 と 高柳 君 今度 は さ も 羨ま し そうに 嘆息 する 。 「 ところが 裏面 は なかなか そんな 気楽な んじゃ ない さ 。 これ でも いろいろ 心配 が あって 、 いやに なる のだ よ 」 と 中野 君 は 強いて 心配 の 所有 権 を 主張 して いる 。 「 そう か なあ 」 と 相手 は 、 なかなか 信じ ない 。 「 そう 君 まで 茶かしちゃ 、 いよいよ つまらなく なる 。 実は 今日 あたり 、 君 の 所 へ でも 出掛けて 、 大 に 同情 して もらおう か と 思って いた ところ さ 」「 訳 を きかせ なくっちゃ 同情 も 出来 ない ね 」「 訳 は だんだん 話す よ 。 あんまり 、 くさく さ する から 、 こう やって 散歩 に 来た くらい な もの さ 。 ちっと は 察し る が いい 」 高柳 君 は 今度 は 公然と に やに や と 笑った 。 ちっと は 察し る つもり でも 、 察し よう が ない のである 。 「 そうして 、 君 は また なんで 今頃 公園 なんか 散歩 して いる んだ ね 」 と 中野 君 は 正面 から 高柳 君 の 顔 を 見た が 、「 や 、 君 の 顔 は 妙だ 。 日 の 射 して いる 右側 の 方 は 大変 血色 が いい が 、 影 に なって る 方 は 非常に 色 沢 が 悪い 。 奇妙だ な 。 鼻 を 境 に 矛盾 が 睨め こ を して いる 。 悲劇 と 喜劇 の 仮面 を 半々 に つぎ 合せた ようだ 」 と 息 も つが ず 、 述べ 立てた 。 この 無心 の 評 を 聞いた 、 高柳 君 は 心 の 秘密 を 顔 の 上 で 読ま れた ように 、 はっと 思う と 、 右 の 手 で 額 の 方 から 顋 の あたり まで 、 ぐるり と 撫で 廻 わした 。 こうして 顔 の 上 の 矛盾 を かき混ぜる つもりな の かも 知れ ない 。 「 いくら 天気 が よくって も 、 散歩 なんか する 暇 は ない 。 今日 は 新 橋 の 先 まで 遺失 品 を 探 がし に 行って その 帰りがけ に ちょっと ついで だ から 、 ここ で 休んで 行こう と 思って 来た の さ 」 と 顔 を 攪 き 廻した 手 を 顎 の 下 へ かって 依然と して 浮か ぬ 様子 を する 。 悲劇 の 面 と 喜劇 の 面 を まぜ返 え した から 通例 の 顔 に なる はずである のに 、 妙に 濁った もの が 出来上って しまった 。 「 遺失 品 て 、 何 を 落し たんだい 」「 昨日 電車 の 中 で 草稿 を 失って ――」「 草稿 ? そりゃ 大変だ 。 僕 は 書き上げた 原稿 が 雑誌 へ 出る まで は 心配で たまらない 。 実際 草稿 なんて もの は 、 吾々 に 取って 、 命 より 大切な もの だ から ね 」「 なに 、 そんな 大切な 草稿 でも 書ける 暇 が ある ようだ と いい んだ けれども ―― 駄目だ 」 と 自分 を 軽蔑 した ような 口調 で 云 う 。 「 じゃ 何の 草稿 だい 」「 地理 教授 法 の 訳 だ 。 あした まで に 届ける はず に して ある のだ から 、 今 なくなっちゃ 原稿 料 も 貰え ず 、 また やり 直さ なくっちゃ なら ず 、 実に 厭 に なっち まう 」「 それ で 、 探 がし に 行って も 出て 来 ない の かい 」「 来 ない 」「 どうした ん だろう 」「 おおかた 車掌 が 、 うち へ 持って行って 、 は たきで も 拵えた んだろう 」「 まさか 、 しかし 出 なくっちゃ 困る ね 」「 困る なあ 自分 の 不注意 と 我慢 する が 、 その 遺失 品 係り の 厭 な 奴 だ 事って ―― 実に 不親切で 、 形式 的で ―― まるで 版 行 に おした ような 事 を ぺらぺら と 一 通り 述べた が 以上 、 何 を 聞いて も 知りません 知りません で 持ち 切って いる 。 あいつ は 廿 世紀 の 日本 人 を 代表 して いる 模範 的 人物 だ 。 あす この 社長 も きっと あんな 奴 に 違 ない 」「 ひどく 癪 に 障った もの だ ね 。 しかし 世の中 は その 遺失 品 係り の ような の ばかりじゃ ない から いい じゃ ない か 」「 もう 少し 人間 らしい の が いる かい 」「 皮肉な 事 を 云 う 」「 なに 世の中 が 皮肉な の さ 。 今 の 世 の なか は 冷酷 の 競 進 会 ( きょうしん かい ) 見た ような もの だ 」 と 云 いながら 呑 みかけ の 「 敷島 」 を 二 階 の 欄干 から 、 下 へ 抛 げ る 途端 に 、 ありがとう と 云 う 声 が して 、 ぬっと 門口 を 出た 二 人 連 の 中 折 帽 の 上 へ 、 うまい 具合 に 燃 殻 が 乗っかった 。 男 は 帽子 から 煙 を 吐いて 得意に なって 行く 。 「 おい 、 ひどい 事 を する ぜ 」 と 中野 君 が 云 う 。 「 な に 過ち だ 。 ―― ありゃ 、 さっき の 実業 家 だ 。 構う もん か 抛って 置け 」「 なるほど さっき の 男 だ 。 何で 今 まで ぐずぐず して いた んだろう 。 下 で 球 でも 突いて いた の か 知ら ん 」「 どうせ 遺失 品 係り の 同類 だ から 何でも する だろう 」「 そら 気 が ついた ―― 帽子 を 取って はたいて いる 」「 ハハハハ 滑稽だ 」 と 高柳 君 は 愉快 そうに 笑った 。 「 随分 人 が 悪い なあ 」 と 中野 君 が 云 う 。 「 なるほど 善く ない ね 。 偶然 と は 申し ながら 、 あんな 事 で 仇 を 打つ の は 下等だ 。 こんな 真似 を して 嬉し がる ようで は 文学 士 の 価値 も めちゃめちゃだ 」 と 高柳 君 は 瞬時 に して また 元 の 浮か ぬ 顔 に かえる 。 「 そう さ 」 と 中野 君 は 非難 する ような 賛成 する ような 返事 を する 。 「 しかし 文学 士 は 名前 だけ で 、 その実 は 筆 耕 だ から な 。 文学 士 に も なって 、 地理 教授 法 の 翻訳 の 下働き を やって る ようじゃ 、 心細い 訳 だ 。 これ でも 僕 が 卒業 したら 、 卒業 したらって 待って て くれた 親 も ある んだ から な 。 考える と 気の毒な もの だ 。 この 様子 じゃ いつまで 待って て くれたって 仕方 が ない 」「 まだ 卒業 した ばかりだ から 、 そう 急に 有名に はなれ ない さ 。 その うち 立派な 作物 を 出して 、 大 に 本領 を 発揮 する 時 に 天下 は 我々 の もの と なる んだ よ 」「 いつ の 事 やら 」「 そう 急いたって 、 いけない 。 追 々 新陳 代謝 して くる んだ から 、 何でも 気 を 永く して 尻 を 据えて かから なくっちゃ 、 駄目だ 。 なに 、 世間 じゃ 追 々 我々 の 真価 を 認めて 来る んだ から ね 。 僕 な ん ぞ でも 、 こう やって 始終 書いて いる と 少し は 人 の 口 に 乗る から ね 」「 君 は いい さ 。 自分 の 好きな 事 を 書く 余裕 が ある んだ から 。 僕 なんか 書きたい 事 は いくら で も ある んだ けれども 落ちついて 述作 なぞ を する 暇 は とても ない 。 実に 残念で たまらない 。 保護 者 でも あって 、 気楽に 勉強 が 出来る と 名作 も 出して 見せる が な 。 せめて 、 何でも いい から 、 月々 きまって 六十 円 ばかり 取れる 口 が ある と いい のだ けれども 、 卒業 前 から 自活 は して いた のだ が 、 卒業 して も やっぱり こんなに 困難 する だろう と は 思わ なかった 」「 そう 困難じゃ 仕方 が ない 。 僕 の うち の 財産 が 僕 の 自由に なる と 、 保護 者 に なって やる んだ が な 」「 どうか 願います 。 ―― 実に 厭 に なって しまう 。 君 、 今 考える と 田舎 の 中学 の 教師 の 口 だって 、 容易に ある もん じゃ ない な 」「 そう だろう な 」「 僕 の 友人 の 哲学 科 を 出た もの なんか 、 卒業 して から 三 年 に なる が 、 まだ 遊んで る ぜ 」「 そう か な 」「 それ を 考える と 、 子供 の 時 なんか 、 訳 も わから ず に 悪い 事 を した もん だ ね 。 もっとも 今 と その頃 と は 時勢 が 違う から 、 教師 の 口 も 今 ほど 払 底 で なかった かも 知れ ない が 」「 何 を し たんだい 」「 僕 の 国 の 中学校 に 白井 道也 と 云 う 英語 の 教師 が いたんだ が ね 」「 道也 た 妙な 名 だ ね 。 釜 の 銘 に あり そうじゃ ない か 」「 道也 と 読む んだ か 、 何だか 知ら ない が 、 僕ら は 道也 、 道也って 呼んだ もの だ 。 その 道也 先生 が ね ―― やっぱり 君 、 文学 士 だ ぜ 。 その 先生 を とうとう みんな して 追い出して しまった 」「 どうして 」「 どうしてって 、 ただ いじめて 追い出し ち まった の さ 。 な に 良い 先生 な んだ よ 。 人物 や 何 か は 、 子供 だ から まるで わから なかった が 、 どうも 悪 るい 人 じゃ なかった らしい ……」「 それ で 、 なぜ 追い出し たんだい 」「 それ が さ 、 中学校 の 教師 なんて 、 あれ で なかなか 悪 るい 奴 が いる もん だ ぜ 。 僕ら あ 煽 動 さ れた んだ ね 、 つまり 。 今 でも 覚えて いる が 、 夜 る 十五六 人 で 隊 を 組んで 道也 先生 の 家 の 前 へ 行って ワーって 吶喊 して 二 つ 三 つ 石 を 投げ込んで 来る んだ 」「 乱暴だ ね 。 何 だって 、 そんな 馬鹿な 真似 を する ん だい 」「 なぜ だ か わから ない 。 ただ 面白い から やる の さ 。 おそらく 吾々 の 仲間 で なぜ やる んだ か 知って た もの は 誰 も ある まい 」「 気楽だ ね 」「 実に 気楽 さ 。 知って る の は 僕ら を 煽 動 した 教師 ばかり だろう 。 何でも 生意気だ から やれって 云 う の さ 」「 ひどい 奴 だ な 。 そんな 奴 が 教師 に いる かい 」「 いる と も 。 相手 が 子供 だ から 、 どうでも 云 う 事 を 聞く から かも 知れ ない が 、 いる よ 」「 それ で 道也 先生 どうしたい 」「 辞職 しち まった 」「 可哀想に 」「 実に 気の毒な 事 を した もん だ 。 定め し 転任 先 を さがす 間 活 計 に 困ったろう と 思って ね 。 今度 逢ったら 大 に 謝罪 の 意 を 表する つもりだ 」「 今 どこ に いる ん だい 」「 どこ に いる か 知ら ない 」「 じゃ いつ 逢う か 知れ ない じゃ ない か 」「 しかし いつ 逢う か わから ない 。 ことに よる と 教師 の 口 が なくって 死んで しまった かも 知れ ない ね 。 ―― 何でも 先生 辞職 する 前 に 教 場 へ 出て 来て 云った 事 が ある 」「 何て 」「 諸君 、 吾々 は 教師 の ため に 生き べき もの で は ない 。 道 の ため に 生き べき もの である 。 道 は 尊い もの である 。 この 理 窟 が わから ない うち は 、 まだ 一人前 に なった ので は ない 。 諸君 も 精 出して わかる ように お なり 」「 へえ 」「 僕ら は 不 相 変 教 場 内 で ワーっと 笑った あね 。 生意気だ 、 生意気 だって 笑った あね 。 ―― どっち が 生意気 か 分 り ゃし ない 」「 随分 田舎 の 学校 など に ゃ 妙な 事 が ある もの だ ね 」「 なに 東京 だって 、 ある んだ よ 。 学校 ばかり じゃ ない 。 世の中 は みんな これ な んだ 。 つまらない 」「 時に だいぶ 長話 し を した 。 どう だ 君 。 これ から 品川 の 妙 花園 まで 行か ない か 」「 何 し に 」「 花 を 見 に さ 」「 これ から 帰って 地理 教授 法 を 訳さ なくっちゃ なら ない 」「 一 日 ぐらい 遊んだって よかろう 。 ああ 云 う 美 くし い 所 へ 行く と 、 好 い 心持ち に なって 、 翻訳 も はか が 行く ぜ 」「 そう か な 。 君 は 遊び に 行く の かい 」「 遊 かたがた さ 。 あす こ へ 行って 、 ちょっと 写生 して 来て 、 材料 に しよう と 思って る んだ が ね 」「 何の 材料 に 」「 出来たら 見せる よ 。 小説 を かいて いる んだ 。 その うち の 一 章 に 女 が 花園 の なか に 立って 、 小さな 赤い 花 を 余念 なく 見詰めて いる と 、 その 赤い 花 が だんだん 薄く なって しまい に 真 白 に なって しまう と 云 う ところ を 書いて 見たい と 思う んだ が ね 」「 空想 小説 かい 」「 空想 的で 神秘 的で 、 それ で 遠い 昔 し が 何だか なつかしい ような 気持 の する もの が 書きたい 。 うまく 感じ が 出れば いい が 。 まあ 出来たら 読んで くれた まえ 」「 妙 花園 なん ざ 、 そんな 参考 に ゃ なら ない よ 。 それ より か うち へ 帰って ホルマン ・ ハント の 画 でも 見る 方 が いい 。 ああ 、 僕 も 書きたい 事 が ある んだ が な 。 どうしても 時 が ない 」「 君 は 全体 自然 が きらいだ から 、 いけない 」「 自然 なんて 、 どうでも いい じゃ ない か 。 この 痛切な 二十 世紀 に そんな 気楽な 事 が 云って いられる もの か 。 僕 の は 書けば 、 そんな 夢見た ような もの じゃ ない んだ から な 。 奇麗で なくって も 、 痛くって も 、 苦しくって も 、 僕 の 内面 の 消息 に どこ か 、 触れて いれば それ で 満足 する んだ 。 詩的で も 詩的で なくって も 、 そんな 事 は 構わ ない 。 た とい 飛び立つ ほど 痛くって も 、 自分 で 自分 の 身体 を 切って 見て 、 なるほど 痛い な と 云 う ところ を 充分 書いて 、 人 に 知らせて やりたい 。 呑気 な もの や 気楽な もの は とうてい 夢にも 想像 し 得られ ぬ 奥 の 方 に こんな 事実 が ある 、 人間 の 本体 は ここ に ある の を 知ら ない か と 、 世 の 道楽 もの に 教えて 、 おや そう か 、 おれ は 、 まさか 、 こんな もの と は 思って い なかった が 、 云 われて 見る と なるほど 一言 も ない 、 恐れ入った と 頭 を 下げ させる の が 僕 の 願 な んだ 。 君 と は だいぶ 方角 が 違う 」「 しかし そんな 文学 は 何だか 心持ち が わるい 。 ―― そりゃ 御 随意だ が 、 どう だい 妙 花園 に 行く 気 は ない かい 」「 妙 花園 へ 行く ひま が あれば 一 頁 ( ページ ) でも 僕 の 主張 を かく が なあ 。 何だか 考える と 身体 が むずむず する ようだ 。 実際 こんなに 呑気 に して 、 生 焼 の ビステッキ など を 食っちゃ いられ ない んだ 」「 ハハハハ また あせる 。 いい じゃ ない か 、 さっき の 商人 見た ような 連中 も いる んだ から 」「 あんな の が いる から 、 こっち は なお 仕事 が し たく なる 。 せめて 、 あの 連中 の 十 分 一 の 金 と 時 が あれば 、 書いて 見せる が な 」「 じゃ 、 どうしても 妙 花園 は 不 賛成 か ね 」「 遅く なる もの 。 君 は 冬 服 を 着て いる が 、 僕 は いまだに 夏 服 だ から 帰り に 寒く なって 風 でも 引く と いけない 」「 ハハハハ 妙な 逃げ 路 を 発見 した ね 。 もう 冬 服 の 時節 だ あね 。 着 換えれば いい 事 を 。 君 は 万事 無 精 だ よ 」「 無 精 で 着 換え ない んじゃ ない 。 ない から 着 換え ない んだ 。 この 夏 服 だって 、 まだ 一 文 も 払って いやし ない 」「 そう な の か 」 と 中野 君 は 気の毒な 顔 を した 。 午 飯 の 客 は 皆 去り 尽して 、 二 人 が 椅子 を 離れた 頃 は ところどころ の 卓 布 の 上 に 麺 麭屑 ( パン くず ) が 淋しく 散らばって いた 。 公園 の 中 は 最 前 より も 一層 賑かである 。 ロハ 台 は 依然と して 、 どこ の 何 某 か 知ら ぬ 男 と 知ら ぬ 女 で 占領 されて いる 。 秋 の 日 は 赫 と して 夏 服 の 背中 を 通す 。


「二 」 野 分 夏目 漱石 ふた|の|ぶん|なつめ|そうせき 2, Nobe, Natsume Soseki. Nobe Natsume Soseki 2, Nobe, Natsume Soseki.

午 に 逼 る 秋 の 日 は 、 頂く 帽 を 透 して 頭蓋 骨 の なか さえ 朗 か なら しめた か の 感 が ある 。 うま||ひつ||あき||ひ||いただく|ぼう||とおる||ずがい|こつ||||あきら||||||かん|| On an autumn day in the afternoon, I feel as if I could see through the cap and even the inside of the skull to be cheerful. 公園 の ロハ 台 は その ロハ 台 たる の 故 を もって ことごとく ロハ 的に 占領 されて しまった 。 こうえん|||だい||||だい|||こ|||||てきに|せんりょう|さ れて| The Loach stand in the park was taken over by the Loachites by virtue of the fact that it was a Loach stand. 高柳 君 は 、 どこ ぞ 空いた 所 は ある まい か と 、 さっき から ちょうど 三 度 日比谷 を 巡回 した 。 たかやなぎ|きみ||||あいた|しょ|||||||||みっ|たび|ひびや||じゅんかい| 三 度 巡回 して 一 脚 の 腰 掛 も 思う ように 我 を 迎え ない の を 発見 した 時 、 重 そうな 足 を 正門 の かた へ 向けた 。 みっ|たび|じゅんかい||ひと|あし||こし|かかり||おもう||われ||むかえ||||はっけん||じ|おも|そう な|あし||せいもん||||むけた すると 反対 の 方 から 同 年輩 の 青年 が 早 足 に 這 入って 来て 、 や あと 声 を 掛けた 。 |はんたい||かた||どう|ねんぱい||せいねん||はや|あし||は|はいって|きて|||こえ||かけた 「 や あ 」 と 高柳 君 も 同じ ような 挨拶 を した 。 |||たかやなぎ|きみ||おなじ||あいさつ|| 「 どこ へ 行った ん だい 」 と 青年 が 聞く 。 ||おこなった||||せいねん||きく 「 今 ぐるぐる 巡って 、 休もう と 思った が 、 どこ も 空いて いない 。 いま||めぐって|やすもう||おもった||||あいて| 駄目だ 、 ただ で掛けられる 所 は みんな 人 が 先 へ かけて いる 。 だめだ||でかけ られる|しょ|||じん||さき||| なかなか 抜 目 は ない もん だ な 」「 天気 が いい せい だ よ 。 |ぬき|め||||||てんき||||| なるほど 随分 人 が 出て いる ね 。 |ずいぶん|じん||でて|| ―― おい 、 あの 孟 宗 藪 を 回って 噴水 の 方 へ 行く 人 を 見た まえ 」「 どれ 。 ||たけし|はじめ|やぶ||まわって|ふんすい||かた||いく|じん||みた|| あの 女 か 。 |おんな| 君 の 知って る 人 か ね 」「 知る もの か 」「 それ じゃ 何で 見る 必要 が ある のだ い 」「 あの 着物 の 色 さ 」「 何だか 立派な もの を 着て いる じゃ ない か 」「 あの 色 を 竹藪 の 傍 へ 持って行く と 非常に あざやかに 見える 。 きみ||しって||じん|||しる|||||なんで|みる|ひつよう||||||きもの||いろ||なんだか|りっぱな|||きて||||||いろ||たけやぶ||そば||もっていく||ひじょうに||みえる あれ は 、 こう 云 う 透明な 秋 の 日 に 照らして 見 ない と 引き立た ない んだ 」「 そう か な 」「 そう か なって 、 君 そう 感じ ない か 」「 別に 感じ ない 。 |||うん||とうめいな|あき||ひ||てらして|み|||ひきたた|||||||||きみ||かんじ|||べつに|かんじ| I think it only stands out when seen in the light of a clear autumn day like this. しかし 奇麗 は 奇麗だ 」「 ただ 奇麗 だけ じゃ 可哀想だ 。 |きれい||きれいだ||きれい|||かわいそうだ 君 は これ から 作家 に なる んだろう 」「 そう さ 」「 それ じゃ もう 少し 感じ が 鋭敏で なくっちゃ 駄目だ ぜ 」「 なに 、 あんな 方 は 鈍くって も いい んだ 。 きみ||||さっか|||||||||すこし|かんじ||えいびんで||だめだ||||かた||にぶく って||| ほか に 鋭敏な ところ が 沢山 ある んだ から 」「 ハハハハ そう 自信 が あれば 結構だ 。 ||えいびんな|||たくさん||||||じしん|||けっこうだ 時に 君 せっかく 逢った もの だ から 、 もう 一 遍 ある こう じゃ ない か 」「 あるく の は 、 真 平 だ 。 ときに|きみ||あった|||||ひと|へん|||||||||まこと|ひら| これ から すぐ 電車 へ 乗って 帰 えら ない と 午 食 を 食い 損なう 」「 その 午 食 を 奢 ろう じゃ ない か 」「 うん 、 また 今度 に しよう 」「 なぜ ? |||でんしゃ||のって|かえ||||うま|しょく||くい|そこなう||うま|しょく||しゃ|||||||こんど||| いや かい 」「 厭 じゃ ない ―― 厭 じゃ ない が 、 始終 御馳走 に ばかり なる から 」「 ハハハ 遠慮 か 。 ||いと|||いと||||しじゅう|ごちそう||||||えんりょ| まあ 来た まえ 」 と 青年 は 否応 なし に 高柳 君 を 公園 の 真中 の 西洋 料理 屋 へ 引っ張り込んで 、 眺望 の いい 二 階 へ 陣 を 取る 。 |きた|||せいねん||いやおう|||たかやなぎ|きみ||こうえん||まんなか||せいよう|りょうり|や||ひっぱりこんで|ちょうぼう|||ふた|かい||じん||とる 注文 の 来る 間 、 高柳 君 は 蒼 い 顔 へ 両手 で 突っかい 棒 を して 、 さも つかれた と 云 う 風 に 往来 を 見て いる 。 ちゅうもん||くる|あいだ|たかやなぎ|きみ||あお||かお||りょうて||つっかい|ぼう||||||うん||かぜ||おうらい||みて| 青年 は 独り で 「 ふん だいぶ 広い な 」「 なかなか 繁昌 する と 見える 」「 なんだ 、 妙な 所 へ 姿 見 の 広告 など を 出して 」 など と 半分 口 の うち で 云 うか と 思ったら 、 やがて 洋 袴 ( ズボン ) の 隠 袋 へ 手 を 入れて 「 や 、 しまった 。 せいねん||ひとり||||ひろい|||はんじょう|||みえる||みょうな|しょ||すがた|み||こうこく|||だして|||はんぶん|くち||||うん|||おもったら||よう|はかま|ずぼん||かく|ふくろ||て||いれて|| 煙草 を 買って くる の を 忘れた 」 と 大きな 声 を 出した 。 たばこ||かって||||わすれた||おおきな|こえ||だした 「 煙草 なら 、 ここ に ある よ 」 と 高柳 君 は 「 敷島 」 の 袋 を 白い 卓 布 の 上 へ 抛 り 出す 。 たばこ|||||||たかやなぎ|きみ||しきしま||ふくろ||しろい|すぐる|ぬの||うえ||なげう||だす ところ へ 下 女 が 御 誂 を 持ってくる 。 ||した|おんな||ご|ちょう||もってくる 煙草 に 火 を 点ける 間 は なかった 。 たばこ||ひ||つける|あいだ|| 「 これ は 樽 麦酒 ( たる ビール ) だ ね 。 ||たる|ばくしゅ||びーる|| おい 君 樽 麦酒 の 祝杯 を 一 つ 挙げ ようじゃ ない か 」 と 青年 は 琥珀 色 の 底 から 湧き上がる 泡 を ぐ いと 飲む 。 |きみ|たる|ばくしゅ||しゅくはい||ひと||あげ|||||せいねん||こはく|いろ||そこ||わきあがる|あわ||||のむ 「 何の 祝杯 を 挙げる のだ い 」 と 高柳 君 は 一口 飲み ながら 青年 に 聞いた 。 なんの|しゅくはい||あげる||||たかやなぎ|きみ||ひとくち|のみ||せいねん||きいた 「 卒業 祝い さ 」「 今頃 卒業 祝い か 」 と 高柳 君 は 手 の ついた 洋 盃 ( コップ ) を 下 へ おろして しまった 。 そつぎょう|いわい||いまごろ|そつぎょう|いわい|||たかやなぎ|きみ||て|||よう|さかずき|こっぷ||した||| 「 卒業 は 生涯 に たった 一 度 しか ない んだ から 、 いつまで 祝って も いい さ 」「 たった 一 度 しか ない んだ から 祝わ ないで も いい くらい だ 」「 僕 と まるで 反対だ ね 。 そつぎょう||しょうがい|||ひと|たび||||||いわって|||||ひと|たび|||||いわわ||||||ぼく|||はんたいだ| ―― 姉さん 、 この フライ は 何 だい 。 ねえさん||ふらい||なん| え ? 鮭 か 。 さけ| ここん 所 へ 君 、 この オレンジ の 露 を かけて 見た まえ 」 と 青年 は 人 指 指 と 親指 の 間 から ちゅう と 黄色い 汁 を 鮭 の 衣 の 上 へ 落す 。 |しょ||きみ||おれんじ||ろ|||みた|||せいねん||じん|ゆび|ゆび||おやゆび||あいだ||||きいろい|しる||さけ||ころも||うえ||おとす 庭 の 面 に はらはら と 降る 時雨 の ごとく 、 すぐ 油 の 中 へ 吸い込まれて しまった 。 にわ||おもて||||ふる|しぐれ||||あぶら||なか||すいこま れて| 「 なるほど そうして 食う もの か 。 ||くう|| 僕 は 装飾 に ついて る の か と 思った 」 姿 見 の 札幌 麦酒 ( さっぽろ ビール ) の 広告 の 本 に 、 大きく なって 構えて いた 二 人 の 男 が 、 この 時 急に 大きな 破れる ような 声 を 出して 笑い 始めた 。 ぼく||そうしょく|||||||おもった|すがた|み||さっぽろ|ばくしゅ|さっ ぽろ|びーる||こうこく||ほん||おおきく||かまえて||ふた|じん||おとこ|||じ|きゅうに|おおきな|やぶれる||こえ||だして|わらい|はじめた 高柳 君 は オレンジ を つまんだ まま 、 厭 な 顔 を して 二 人 を 見る 。 たかやなぎ|きみ||おれんじ||||いと||かお|||ふた|じん||みる 二 人 は いっこう 構わ ない 。 ふた|じん|||かまわ| 「 いや 行く よ 。 |いく| いつでも 行く よ 。 |いく| エヘヘヘヘ 。 今夜 行こう 。 こんや|いこう あんまり 気 が 早い 。 |き||はやい ハハハハハ 」「 エヘヘヘヘ 。 いえ ね 、 実は ね 、 今夜 あたり 君 を 誘って 繰り出そう と 思って いた んだ 。 ||じつは||こんや||きみ||さそって|くりだそう||おもって|| え ? ハハハハ 。 なに それ ほど で も ない 。 ハハハハ 。 そら 例 の が 、 あれ でしょう 。 |れい|||| だから 、 どうにも こう に も やり切れない の さ 。 |||||やりきれない|| エヘヘヘヘ 、 アハハハハハハ 」 土 鍋 の 底 の ような 赭 い 顔 が 広告 の 姿 見 に 写って 崩れたり 、 かたまったり 、 伸びたり 縮んだり 、 傍若無人に 動揺 して いる 。 ||つち|なべ||そこ|||しゃ||かお||こうこく||すがた|み||うつって|くずれたり||のびたり|ちぢんだり|ぼうじゃくぶじんに|どうよう|| 高柳 君 は 一種 異様な 厭 な 眼 つき を 転じて 、 相手 の 青年 を 見た 。 たかやなぎ|きみ||いっしゅ|いような|いと||がん|||てんじて|あいて||せいねん||みた 「 商人 だ よ 」 と 青年 が 小声 に 云 う 。 しょうにん||||せいねん||こごえ||うん| 「 実業 家 か な 」 と 高柳 君 も 小声 に 答え ながら 、 とうとう オレンジ を 絞る の を やめて しまった 。 じつぎょう|いえ||||たかやなぎ|きみ||こごえ||こたえ|||おれんじ||しぼる|||| 土 鍋 の 底 は 、 やがて 勘定 を 払って 、 ついでに 下 女 に からかって 、 二 階 を 買い 切った ような 大きな 声 を 出して 、 そうして 出て 行った 。 つち|なべ||そこ|||かんじょう||はらって||した|おんな|||ふた|かい||かい|きった||おおきな|こえ||だして||でて|おこなった 「 おい 中野 君 」「 む む ? |なかの|きみ|| 」 と 青年 は 鳥 の 肉 を 口 いっぱい 頬張って いる 。 |せいねん||ちょう||にく||くち||ほおばって| 「 あの 連中 は 世の中 を 何と 思って る だろう 」「 何とも 思う もの か ね 。 |れんちゅう||よのなか||なんと|おもって|||なんとも|おもう||| ただ ああ やって 暮らして いる の さ 」「 羨 やましい な 。 |||くらして||||うらや|| どうかして ―― どうも いかんな 」「 あんな もの が 羨 し くっちゃ 大変だ 。 ||||||うらや|||たいへんだ そんな 考 だ から 卒業 祝 に 同意 し ない んだろう 。 |こう|||そつぎょう|いわい||どうい||| さあ もう 一 杯 景気 よく 飲んだ 」「 あの 人 が 羨ま し い のじゃ ない が 、 ああ 云 う 風 に 余裕 が ある ような 身分 が 羨ま し い 。 ||ひと|さかずき|けいき||のんだ||じん||うらやま|||||||うん||かぜ||よゆう||||みぶん||うらやま|| いくら 卒業 したって こう 奔命 に 疲れちゃ 、 少しも 卒業 の ありがた 味 は ない 」「 そう か なあ 、 僕 なん ざ 嬉しくって たまらない が なあ 。 |そつぎょう|||ほんいのち||つかれちゃ|すこしも|そつぎょう|||あじ||||||ぼく|||うれしく って||| 我々 の 生命 は これ から だ ぜ 。 われわれ||せいめい||||| 今 から そんな 心細い 事 を 云っちゃ あ しようがない 」「 我々 の 生命 は これ から だ のに 、 これ から 先 が 覚 束 ない から 厭 に なって しまう の さ 」「 なぜ ? いま|||こころぼそい|こと||うん っちゃ|||われわれ||せいめい||||||||さき||あきら|たば|||いと|||||| 何も そう 悲観 する 必要 は ない じゃ ない か 、 大 に やる さ 。 なにも||ひかん||ひつよう||||||だい||| 僕 も やる 気 だ 、 いっしょに やろう 。 ぼく|||き||| 大 に 西洋 料理 でも 食って ―― そら ビステキ が 来た 。 だい||せいよう|りょうり||くって||||きた これ で おしまい だ よ 。 君 ビステキ の 生 焼 は 消化 が いいって 云 う ぜ 。 きみ|||せい|や||しょうか||い いって|うん|| こいつ は どう か な 」 と 中野 君 は 洋 刀 ( ナイフ ) を 揮って 厚 切り の 一片 を 中央 から 切断 した 。 ||||||なかの|きみ||よう|かたな|ないふ||き って|こう|きり||いっぺん||ちゅうおう||せつだん| 「 な ある ほど 、 赤い 。 |||あかい The more red, the better. 赤い よ 君 、 見た まえ 。 あかい||きみ|みた| It's red. Look at it, boy. 血 が 出る よ 」 高柳 君 は 何にも 答え ず に むしゃ むしゃ 赤い ビステキ を 食い 始めた 。 ち||でる||たかやなぎ|きみ||なんにも|こたえ|||||あかい|||くい|はじめた Takayanagi did not answer and started to eat the red bisteche. いくら 赤くて も けっして 消化 が よ さ そうに は 思え なかった 。 |あかくて|||しょうか||||そう に||おもえ| 人 にわ が 不平 を 訴え ん と する とき 、 わが 不平 が 徹底 せ ぬ うち 、 先方 から 中途 半 把 な 慰藉 を 与え ら る る の は 快 よく ない もの だ 。 じん|||ふへい||うったえ||||||ふへい||てってい||||せんぽう||ちゅうと|はん|わ||いせき||あたえ||||||こころよ|||| わが 不平 が 通じた の か 、 通じ ない の か 、 本当に 気の毒 がる の か 、 御世辞 に 気の毒 がる の か 分 ら ない 。 |ふへい||つうじた|||つうじ||||ほんとうに|きのどく||||おせじ||きのどく||||ぶん|| 高柳 君 は ビステキ の 赤 さ 加減 を 眺め ながら 、 相手 は なぜ こう 感情 が 粗大だろう と 思った 。 たかやなぎ|きみ||||あか||かげん||ながめ||あいて||||かんじょう||そだいだろう||おもった もう 少し 切り込みたい と 云 う 矢先 へ 持って 来て 、 ざ ああ と 水 を 懸ける の が 中野 君 の 例 である 。 |すこし|きりこみ たい||うん||やさき||もって|きて||||すい||かける|||なかの|きみ||れい| 不親切な 人 、 冷淡な 人 ならば 始 め から それ 相応の 用意 を して かかる から 、 いくら 冷たくて も 驚 ろく 気遣 は ない 。 ふしんせつな|じん|れいたんな|じん||はじめ||||そうおうの|ようい||||||つめたくて||おどろ||きづか|| 中野 君 が かよう な 人 であった なら 、 出鼻 を はたかれて も さほど に 口惜しく は なかったろう 。 なかの|きみ||||じん|||でばな||はたか れて||||くちおしく|| しかし 高柳 君 の 眼 に 映 ずる 中野 輝一 は 美しい 、 賢 こい 、 よく 人情 を 解して 事 理 を 弁えた 秀才 である 。 |たかやなぎ|きみ||がん||うつ||なかの|きいち||うつくしい|かしこ|||にんじょう||かいして|こと|り||わきまえた|しゅうさい| この 秀才 が 折々 この 癖 を 出す の は 解し にくい 。 |しゅうさい||おりおり||くせ||だす|||かいし| 彼ら は 同じ 高等 学校 の 、 同じ 寄宿舎 の 、 同じ 窓 に 机 を 並べて 生活 して 、 同じ 文科 に 同じ 教授 の 講義 を 聴いて 、 同じ 年 の この 夏 に 同じく 学校 を 卒業 した のである 。 かれら||おなじ|こうとう|がっこう||おなじ|きしゅくしゃ||おなじ|まど||つくえ||ならべて|せいかつ||おなじ|もんか||おなじ|きょうじゅ||こうぎ||きいて|おなじ|とし|||なつ||おなじく|がっこう||そつぎょう|| They lived in the same high school, in the same dormitory, with the same desk in the same window, attended the same lectures by the same professors, and graduated from the same school in the same summer of the same year. 同じ 年 に 卒業 した もの は 両手 の 指 を 二三 度 屈する ほど いる 。 おなじ|とし||そつぎょう||||りょうて||ゆび||ふみ|たび|くっする|| しかし この 二 人 ぐらい 親しい もの は なかった 。 ||ふた|じん||したしい||| 高柳 君 は 口数 を きか ぬ 、 人 交 り を せ ぬ 、 厭 世 家 の 皮肉 屋 と 云 われた 男 である 。 たかやなぎ|きみ||くちかず||||じん|こう|||||いと|よ|いえ||ひにく|や||うん||おとこ| 中野 君 は 鷹 揚 な 、 円満な 、 趣味 に 富んだ 秀才 である 。 なかの|きみ||たか|よう||えんまんな|しゅみ||とんだ|しゅうさい| この 両人 が 卒 然 と 交 を 訂 して から 、 傍目 に も 不審 と 思わ れる くらい 昵 懇 な 間柄 と なった 。 |りょうにん||そつ|ぜん||こう||てい|||はため|||ふしん||おもわ|||なじ|ねもころ||あいだがら|| 運命 は 大島 の 表 と 秩父 の 裏 と を 縫い 合せる 。 うんめい||おおしま||ひょう||ちちぶ||うら|||ぬい|あわせる 天下 に 親しき もの が ただ 一 人 あって 、 ただ この 一 人 より ほか に 親しき もの を 見出し 得 ぬ とき 、 この 一 人 は 親 で も ある 、 兄弟 で も ある 。 てんか||したしき||||ひと|じん||||ひと|じん||||したしき|||みだし|とく||||ひと|じん||おや||||きょうだい||| さては 愛人 である 。 |あいじん| 高柳 君 は 単なる 朋友 を もって 中野 君 を 目して は おら ぬ 。 たかやなぎ|きみ||たんなる|ともとも|||なかの|きみ||もくして||| その 中野 君 が わが 不平 を 残り なく 聞いて くれ ぬ の は 残念である 。 |なかの|きみ|||ふへい||のこり||きいて|||||ざんねんである 途中 で 夕立 に 逢って 思う 所 へ 行か ず に 引き返した ような もの である 。 とちゅう||ゆうだち||あって|おもう|しょ||いか|||ひきかえした||| 残り なく 聞いて くれ ぬ 上 に 、 呑気 な 慰藉 を かぶせられる の は なおさら 残念だ 。 のこり||きいて|||うえ||のんき||いせき||かぶせ られる||||ざんねんだ It is even more unfortunate that they are not listening to us without rest, and that they have to add to our tepid consolation prize. 膿 を 出して くれ と 頼んだ 腫物 を 、 いい加減の 真綿 で 、 撫で 廻 わさ れ たって む ず 痒 い ばかりである 。 うみ||だして|||たのんだ|しゅもの||いいかげんの|まわた||なで|まわ||||||よう|| It is itchy to have a cotton wool that is not good enough patted around a tumor that I asked to have the pus drained out of it. しかし こう 思う の は 高柳 君 の 無理である 。 ||おもう|||たかやなぎ|きみ||むりである 御 雛 様 に 芸者 の 立て 引き が ない と 云って 攻撃 する の は 御 雛 様 の 恋 を 解せ ぬ もの の 言 草 である 。 ご|ひな|さま||げいしゃ||たて|ひき||||うん って|こうげき||||ご|ひな|さま||こい||かいせ||||げん|くさ| 中野 君 は 富裕な 名門 に 生れて 、 暖かい 家庭 に 育った ほか 、 浮世 の 雨 風 は 、 炬燵 へ あたって 、 椽側 の 硝子 戸越 ( ガラス ど ご し ) に 眺めた ばかりである 。 なかの|きみ||ふゆうな|めいもん||うまれて|あたたかい|かてい||そだった||うきよ||あめ|かぜ||こたつ|||たるきがわ||がらす|とごし|がらす|||||ながめた| 友禅 の 模様 は わかる 、 金 屏 の 冴え も 解 せる 、 銀 燭 の 耀 きも まばゆく 思う 。 ゆうぜん||もよう|||きむ|びょう||さえ||かい||ぎん|しょく||よう|||おもう 生きた 女 の 美し さ は なお さらに 眼 に 映る 。 いきた|おんな||うつくし|||||がん||うつる 親 の 恩 、 兄弟 の 情 、 朋友 の 信 、 これら を 知ら ぬ ほど の 木 強 漢 で は 無論 ない 。 おや||おん|きょうだい||じょう|ともとも||しん|これ ら||しら||||き|つよ|かん|||むろん| ただ 彼 の 住む 半球 に は 今 まで いつでも 日 が 照って いた 。 |かれ||すむ|はんきゅう|||いま|||ひ||てって| 日 の 照って いる 半球 に 住んで いる もの が 、 片足 を とんと 地 に 突いて 、 この 足 の 下 に 真 暗 な 半球 が ある と 気 が つく の は 地理 学 を 習った 時 ばかり である 。 ひ||てって||はんきゅう||すんで||||かたあし|||ち||ついて||あし||した||まこと|あん||はんきゅう||||き|||||ちり|まな||ならった|じ|| たまに は 歩いて いて 、 気 が つか ぬ と も 限ら ぬ 。 ||あるいて||き||||||かぎら| しかし さぞ 暗い 事 だろう と 身 に 沁 みて ぞっと する 事 は ある まい 。 ||くらい|こと|||み||しん||||こと||| 高柳 君 は この 暗い 所 に 淋しく 住んで いる 人間 である 。 たかやなぎ|きみ|||くらい|しょ||さびしく|すんで||にんげん| 中野 君 と は ただ 大地 を 踏まえる 足 の 裏 が 向き合って いる と いう ほか に 何ら の 交渉 も ない 。 なかの|きみ||||だいち||ふまえる|あし||うら||むきあって||||||なんら||こうしょう|| 縫い 合わさ れた 大島 の 表 と 秩父 の 裏 と は 覚 束 なき 針 の 目 を 忍んで 繋ぐ 、 細い 糸 の 御蔭 である 。 ぬい|あわさ||おおしま||ひょう||ちちぶ||うら|||あきら|たば||はり||め||しのんで|つなぐ|ほそい|いと||おかげ| この 細い もの を 、 するする と 抜けば 鹿児島 県 と 埼玉 県 の 間 に は 依然と して 何 百 里 の 山河 が 横 わって いる 。 |ほそい|||||ぬけば|かごしま|けん||さいたま|けん||あいだ|||いぜん と||なん|ひゃく|さと||さんか||よこ|| 歯 を 病んだ 事 の ない もの に 、 歯 の 痛 み を 持って行く より も 、 早く 歯 医者 に 馳 け つける の が 近道 だ 。 は||やんだ|こと|||||は||つう|||もっていく|||はやく|は|いしゃ||ち|||||ちかみち| そう 痛 がらん でも いい さ と 云 われる 病人 は 、 けっして 慰藉 を 受けた と は 思う まい 。 |つう||||||うん||びょうにん|||いせき||うけた|||おもう| 「 君 など は 悲観 する 必要 が ない から 結構だ 」 と 、 ビステキ を 半分 で 断念 した 高柳 君 は 敷島 を ふかし ながら 、 相手 の 顔 を 眺めた 。 きみ|||ひかん||ひつよう||||けっこうだ||||はんぶん||だんねん||たかやなぎ|きみ||しきしま||||あいて||かお||ながめた 相手 は 口 を も が もが させ ながら 、 右 の 手 を 首 と 共に 左右 に 振った の は 、 高柳 君 に 同意 を 表し ない の と 見える 。 あいて||くち|||||さ せ||みぎ||て||くび||ともに|さゆう||ふった|||たかやなぎ|きみ||どうい||あらわし||||みえる 「 僕 が 悲観 する 必要 が ない ? ぼく||ひかん||ひつよう|| "I don't have to be pessimistic? 悲観 する 必要 が ない と する と 、 つまり おめでたい 人間 と 云 う 意味 に なる ね 」 高柳 君 は 覚え ず 、 薄い 唇 を 動かし かけた が 、 微 かな 漣 は 頬 まで 広がら ぬ 先 に 消えた 。 ひかん||ひつよう||||||||にんげん||うん||いみ||||たかやなぎ|きみ||おぼえ||うすい|くちびる||うごかし|||び||さざなみ||ほお||ひろがら||さき||きえた 相手 は なお 言葉 を つづける 。 あいて|||ことば|| 「 僕 だって 三 年 も 大学 に いて 多少 の 哲学 書 や 文学 書 を 読んで る じゃ ない か 。 ぼく||みっ|とし||だいがく|||たしょう||てつがく|しょ||ぶんがく|しょ||よんで|||| こう 見えて も 世の中 が 、 どれほど 悲観 す べき もの である か ぐらい は 知って る つもりだ 」「 書物 の 上 で だろう 」 と 高柳 君 は 高い 山 から 谷底 を 見下ろした ように 云 う 。 |みえて||よのなか|||ひかん||||||||しって|||しょもつ||うえ||||たかやなぎ|きみ||たかい|やま||たにそこ||みおろした||うん| 「 書物 の 上 ―― 書物 の 上 で は 無論 だ が 、 実際 だって 、 これ で なかなか 苦痛 も あり 煩 悶 も ある んだ よ 」「 だって 、 生活 に は 困ら ない し 、 時間 は 充分 ある し 、 勉強 は したい だけ 出来る し 、 述作 は 思う 通り に やれる し 。 しょもつ||うえ|しょもつ||うえ|||むろん|||じっさい|||||くつう|||わずら|もん||||||せいかつ|||こまら|||じかん||じゅうぶん|||べんきょう||し たい||できる||じゅつさく||おもう|とおり||| 僕 に 較 べ る と 君 は 実に 幸福だ 」 と 高柳 君 今度 は さ も 羨ま し そうに 嘆息 する 。 ぼく||かく||||きみ||じつに|こうふくだ||たかやなぎ|きみ|こんど||||うらやま||そう に|たんそく| 「 ところが 裏面 は なかなか そんな 気楽な んじゃ ない さ 。 |りめん||||きらくな||| これ でも いろいろ 心配 が あって 、 いやに なる のだ よ 」 と 中野 君 は 強いて 心配 の 所有 権 を 主張 して いる 。 |||しんぱい||||||||なかの|きみ||しいて|しんぱい||しょゆう|けん||しゅちょう|| 「 そう か なあ 」 と 相手 は 、 なかなか 信じ ない 。 ||||あいて|||しんじ| 「 そう 君 まで 茶かしちゃ 、 いよいよ つまらなく なる 。 |きみ||ちゃかしちゃ||| 実は 今日 あたり 、 君 の 所 へ でも 出掛けて 、 大 に 同情 して もらおう か と 思って いた ところ さ 」「 訳 を きかせ なくっちゃ 同情 も 出来 ない ね 」「 訳 は だんだん 話す よ 。 じつは|きょう||きみ||しょ|||でかけて|だい||どうじょう|||||おもって||||やく||||どうじょう||でき|||やく|||はなす| あんまり 、 くさく さ する から 、 こう やって 散歩 に 来た くらい な もの さ 。 |||||||さんぽ||きた|||| ちっと は 察し る が いい 」 高柳 君 は 今度 は 公然と に やに や と 笑った 。 ち っと||さっし||||たかやなぎ|きみ||こんど||こうぜんと|||||わらった ちっと は 察し る つもり でも 、 察し よう が ない のである 。 ち っと||さっし||||さっし|||| 「 そうして 、 君 は また なんで 今頃 公園 なんか 散歩 して いる んだ ね 」 と 中野 君 は 正面 から 高柳 君 の 顔 を 見た が 、「 や 、 君 の 顔 は 妙だ 。 |きみ||||いまごろ|こうえん||さんぽ||||||なかの|きみ||しょうめん||たかやなぎ|きみ||かお||みた|||きみ||かお||みょうだ 日 の 射 して いる 右側 の 方 は 大変 血色 が いい が 、 影 に なって る 方 は 非常に 色 沢 が 悪い 。 ひ||い|||みぎがわ||かた||たいへん|けっしょく||||かげ||||かた||ひじょうに|いろ|さわ||わるい 奇妙だ な 。 きみょうだ| 鼻 を 境 に 矛盾 が 睨め こ を して いる 。 はな||さかい||むじゅん||にらめ|||| 悲劇 と 喜劇 の 仮面 を 半々 に つぎ 合せた ようだ 」 と 息 も つが ず 、 述べ 立てた 。 ひげき||きげき||かめん||はんはん|||あわせた|||いき||||のべ|たてた この 無心 の 評 を 聞いた 、 高柳 君 は 心 の 秘密 を 顔 の 上 で 読ま れた ように 、 はっと 思う と 、 右 の 手 で 額 の 方 から 顋 の あたり まで 、 ぐるり と 撫で 廻 わした 。 |むしん||ひょう||きいた|たかやなぎ|きみ||こころ||ひみつ||かお||うえ||よま||||おもう||みぎ||て||がく||かた||さい||||||なで|まわ| こうして 顔 の 上 の 矛盾 を かき混ぜる つもりな の かも 知れ ない 。 |かお||うえ||むじゅん||かきまぜる||||しれ| 「 いくら 天気 が よくって も 、 散歩 なんか する 暇 は ない 。 |てんき||よく って||さんぽ|||いとま|| 今日 は 新 橋 の 先 まで 遺失 品 を 探 がし に 行って その 帰りがけ に ちょっと ついで だ から 、 ここ で 休んで 行こう と 思って 来た の さ 」 と 顔 を 攪 き 廻した 手 を 顎 の 下 へ かって 依然と して 浮か ぬ 様子 を する 。 きょう||しん|きょう||さき||いしつ|しな||さが|||おこなって||かえりがけ||||||||やすんで|いこう||おもって|きた||||かお||かく||まわした|て||あご||した|||いぜん と||うか||ようす|| 悲劇 の 面 と 喜劇 の 面 を まぜ返 え した から 通例 の 顔 に なる はずである のに 、 妙に 濁った もの が 出来上って しまった 。 ひげき||おもて||きげき||おもて||まぜかえ||||つうれい||かお|||||みょうに|にごった|||できあがって| 「 遺失 品 て 、 何 を 落し たんだい 」「 昨日 電車 の 中 で 草稿 を 失って ――」「 草稿 ? いしつ|しな||なん||おとし||きのう|でんしゃ||なか||そうこう||うしなって|そうこう そりゃ 大変だ 。 |たいへんだ That's a big deal. 僕 は 書き上げた 原稿 が 雑誌 へ 出る まで は 心配で たまらない 。 ぼく||かきあげた|げんこう||ざっし||でる|||しんぱいで| 実際 草稿 なんて もの は 、 吾々 に 取って 、 命 より 大切な もの だ から ね 」「 なに 、 そんな 大切な 草稿 でも 書ける 暇 が ある ようだ と いい んだ けれども ―― 駄目だ 」 と 自分 を 軽蔑 した ような 口調 で 云 う 。 じっさい|そうこう||||われ々||とって|いのち||たいせつな|||||||たいせつな|そうこう||かける|いとま||||||||だめだ||じぶん||けいべつ|||くちょう||うん| 「 じゃ 何の 草稿 だい 」「 地理 教授 法 の 訳 だ 。 |なんの|そうこう||ちり|きょうじゅ|ほう||やく| Then what is he drafting?" "It's a translation of the Geography Teaching Act. あした まで に 届ける はず に して ある のだ から 、 今 なくなっちゃ 原稿 料 も 貰え ず 、 また やり 直さ なくっちゃ なら ず 、 実に 厭 に なっち まう 」「 それ で 、 探 がし に 行って も 出て 来 ない の かい 」「 来 ない 」「 どうした ん だろう 」「 おおかた 車掌 が 、 うち へ 持って行って 、 は たきで も 拵えた んだろう 」「 まさか 、 しかし 出 なくっちゃ 困る ね 」「 困る なあ 自分 の 不注意 と 我慢 する が 、 その 遺失 品 係り の 厭 な 奴 だ 事って ―― 実に 不親切で 、 形式 的で ―― まるで 版 行 に おした ような 事 を ぺらぺら と 一 通り 述べた が 以上 、 何 を 聞いて も 知りません 知りません で 持ち 切って いる 。 |||とどける|||||||いま||げんこう|りょう||もらえ||||なおさ||||じつに|いと||な っち||||さが|||おこなって||でて|らい||||らい||||||しゃしょう||||もっていって||||こしらえた||||だ||こまる||こまる||じぶん||ふちゅうい||がまん||||いしつ|しな|かかわり||いと||やつ||こと って|じつに|ふしんせつで|けいしき|てきで||はん|ぎょう||||こと||||ひと|とおり|のべた||いじょう|なん||きいて||しり ませ ん|しり ませ ん||もち|きって| あいつ は 廿 世紀 の 日本 人 を 代表 して いる 模範 的 人物 だ 。 ||にじゅう|せいき||にっぽん|じん||だいひょう|||もはん|てき|じんぶつ| あす この 社長 も きっと あんな 奴 に 違 ない 」「 ひどく 癪 に 障った もの だ ね 。 ||しゃちょう||||やつ||ちが|||しゃく||さわった||| しかし 世の中 は その 遺失 品 係り の ような の ばかりじゃ ない から いい じゃ ない か 」「 もう 少し 人間 らしい の が いる かい 」「 皮肉な 事 を 云 う 」「 なに 世の中 が 皮肉な の さ 。 |よのなか|||いしつ|しな|かかわり||||||||||||すこし|にんげん||||||ひにくな|こと||うん|||よのなか||ひにくな|| 今 の 世 の なか は 冷酷 の 競 進 会 ( きょうしん かい ) 見た ような もの だ 」 と 云 いながら 呑 みかけ の 「 敷島 」 を 二 階 の 欄干 から 、 下 へ 抛 げ る 途端 に 、 ありがとう と 云 う 声 が して 、 ぬっと 門口 を 出た 二 人 連 の 中 折 帽 の 上 へ 、 うまい 具合 に 燃 殻 が 乗っかった 。 いま||よ||||れいこく||きそう|すすむ|かい|||みた|||||うん||どん|||しきしま||ふた|かい||らんかん||した||なげう|||とたん||||うん||こえ|||ぬ っと|かどぐち||でた|ふた|じん|れん||なか|お|ぼう||うえ|||ぐあい||も|から||のっかった 男 は 帽子 から 煙 を 吐いて 得意に なって 行く 。 おとこ||ぼうし||けむり||はいて|とくいに||いく 「 おい 、 ひどい 事 を する ぜ 」 と 中野 君 が 云 う 。 ||こと|||||なかの|きみ||うん| 「 な に 過ち だ 。 ||あやまち| ―― ありゃ 、 さっき の 実業 家 だ 。 |||じつぎょう|いえ| 構う もん か 抛って 置け 」「 なるほど さっき の 男 だ 。 かまう|||なげうって|おけ||||おとこ| 何で 今 まで ぐずぐず して いた んだろう 。 なんで|いま||||| I wonder why I have been so lazy. 下 で 球 でも 突いて いた の か 知ら ん 」「 どうせ 遺失 品 係り の 同類 だ から 何でも する だろう 」「 そら 気 が ついた ―― 帽子 を 取って はたいて いる 」「 ハハハハ 滑稽だ 」 と 高柳 君 は 愉快 そうに 笑った 。 した||たま||ついて||||しら|||いしつ|しな|かかわり||どうるい|||なんでも||||き|||ぼうし||とって||||こっけいだ||たかやなぎ|きみ||ゆかい|そう に|わらった 「 随分 人 が 悪い なあ 」 と 中野 君 が 云 う 。 ずいぶん|じん||わるい|||なかの|きみ||うん| Nakano said, "You are a very bad person, aren't you? 「 なるほど 善く ない ね 。 |よく|| 偶然 と は 申し ながら 、 あんな 事 で 仇 を 打つ の は 下等だ 。 ぐうぜん|||もうし|||こと||あだ||うつ|||かとうだ こんな 真似 を して 嬉し がる ようで は 文学 士 の 価値 も めちゃめちゃだ 」 と 高柳 君 は 瞬時 に して また 元 の 浮か ぬ 顔 に かえる 。 |まね|||うれし||||ぶんがく|し||かち||||たかやなぎ|きみ||しゅんじ||||もと||うか||かお|| 「 そう さ 」 と 中野 君 は 非難 する ような 賛成 する ような 返事 を する 。 |||なかの|きみ||ひなん|||さんせい|||へんじ|| Nakano responded in a way that sounded both reproachful and agreeable, "That's right. 「 しかし 文学 士 は 名前 だけ で 、 その実 は 筆 耕 だ から な 。 |ぶんがく|し||なまえ|||そのじつ||ふで|たがや||| 文学 士 に も なって 、 地理 教授 法 の 翻訳 の 下働き を やって る ようじゃ 、 心細い 訳 だ 。 ぶんがく|し||||ちり|きょうじゅ|ほう||ほんやく||したばたらき|||||こころぼそい|やく| これ でも 僕 が 卒業 したら 、 卒業 したらって 待って て くれた 親 も ある んだ から な 。 ||ぼく||そつぎょう||そつぎょう|したら って|まって|||おや||||| 考える と 気の毒な もの だ 。 かんがえる||きのどくな|| この 様子 じゃ いつまで 待って て くれたって 仕方 が ない 」「 まだ 卒業 した ばかりだ から 、 そう 急に 有名に はなれ ない さ 。 |ようす|||まって||くれた って|しかた||||そつぎょう|||||きゅうに|ゆうめいに||| その うち 立派な 作物 を 出して 、 大 に 本領 を 発揮 する 時 に 天下 は 我々 の もの と なる んだ よ 」「 いつ の 事 やら 」「 そう 急いたって 、 いけない 。 ||りっぱな|さくもつ||だして|だい||ほんりょう||はっき||じ||てんか||われわれ|||||||||こと|||せいた って| 追 々 新陳 代謝 して くる んだ から 、 何でも 気 を 永く して 尻 を 据えて かから なくっちゃ 、 駄目だ 。 つい||しんちん|たいしゃ|||||なんでも|き||ながく||しり||すえて|||だめだ なに 、 世間 じゃ 追 々 我々 の 真価 を 認めて 来る んだ から ね 。 |せけん||つい||われわれ||しんか||みとめて|くる||| 僕 な ん ぞ でも 、 こう やって 始終 書いて いる と 少し は 人 の 口 に 乗る から ね 」「 君 は いい さ 。 ぼく|||||||しじゅう|かいて|||すこし||じん||くち||のる|||きみ||| I'm not a writer, but I'm writing all the time, so I can get on people's lips a little bit. 自分 の 好きな 事 を 書く 余裕 が ある んだ から 。 じぶん||すきな|こと||かく|よゆう|||| I can afford to write about what I like. 僕 なんか 書きたい 事 は いくら で も ある んだ けれども 落ちついて 述作 なぞ を する 暇 は とても ない 。 ぼく||かき たい|こと||||||||おちついて|じゅつさく||||いとま||| 実に 残念で たまらない 。 じつに|ざんねんで| 保護 者 でも あって 、 気楽に 勉強 が 出来る と 名作 も 出して 見せる が な 。 ほご|もの|||きらくに|べんきょう||できる||めいさく||だして|みせる|| せめて 、 何でも いい から 、 月々 きまって 六十 円 ばかり 取れる 口 が ある と いい のだ けれども 、 卒業 前 から 自活 は して いた のだ が 、 卒業 して も やっぱり こんなに 困難 する だろう と は 思わ なかった 」「 そう 困難じゃ 仕方 が ない 。 |なんでも|||つきづき||ろくじゅう|えん||とれる|くち|||||||そつぎょう|ぜん||じかつ||||||そつぎょう|||||こんなん|||||おもわ|||こんなんじゃ|しかた|| 僕 の うち の 財産 が 僕 の 自由に なる と 、 保護 者 に なって やる んだ が な 」「 どうか 願います 。 ぼく||||ざいさん||ぼく||じゆうに|||ほご|もの||||||||ねがい ます ―― 実に 厭 に なって しまう 。 じつに|いと||| -- I'm really sick of it. 君 、 今 考える と 田舎 の 中学 の 教師 の 口 だって 、 容易に ある もん じゃ ない な 」「 そう だろう な 」「 僕 の 友人 の 哲学 科 を 出た もの なんか 、 卒業 して から 三 年 に なる が 、 まだ 遊んで る ぜ 」「 そう か な 」「 それ を 考える と 、 子供 の 時 なんか 、 訳 も わから ず に 悪い 事 を した もん だ ね 。 きみ|いま|かんがえる||いなか||ちゅうがく||きょうし||くち||よういに|||||||||ぼく||ゆうじん||てつがく|か||でた|||そつぎょう|||みっ|とし|||||あそんで||||||||かんがえる||こども||じ||やく|||||わるい|こと||||| もっとも 今 と その頃 と は 時勢 が 違う から 、 教師 の 口 も 今 ほど 払 底 で なかった かも 知れ ない が 」「 何 を し たんだい 」「 僕 の 国 の 中学校 に 白井 道也 と 云 う 英語 の 教師 が いたんだ が ね 」「 道也 た 妙な 名 だ ね 。 |いま||そのころ|||じせい||ちがう||きょうし||くち||いま||はら|そこ||||しれ|||なん||||ぼく||くに||ちゅうがっこう||しらい|みちや||うん||えいご||きょうし|||||みちや||みょうな|な|| 釜 の 銘 に あり そうじゃ ない か 」「 道也 と 読む んだ か 、 何だか 知ら ない が 、 僕ら は 道也 、 道也って 呼んだ もの だ 。 かま||めい|||そう じゃ|||みちや||よむ|||なんだか|しら|||ぼくら||みちや|みちや って|よんだ|| その 道也 先生 が ね ―― やっぱり 君 、 文学 士 だ ぜ 。 |みちや|せんせい||||きみ|ぶんがく|し|| That Michiya-sensei is - after all, you're a literature scholar. その 先生 を とうとう みんな して 追い出して しまった 」「 どうして 」「 どうしてって 、 ただ いじめて 追い出し ち まった の さ 。 |せんせい|||||おいだして|||どうして って|||おいだし|||| な に 良い 先生 な んだ よ 。 ||よい|せんせい||| What a good teacher you are. 人物 や 何 か は 、 子供 だ から まるで わから なかった が 、 どうも 悪 るい 人 じゃ なかった らしい ……」「 それ で 、 なぜ 追い出し たんだい 」「 それ が さ 、 中学校 の 教師 なんて 、 あれ で なかなか 悪 るい 奴 が いる もん だ ぜ 。 じんぶつ||なん|||こども||||||||あく||じん|||||||おいだし|||||ちゅうがっこう||きょうし|||||あく||やつ||||| I didn't know who or what he was as a child, but he didn't seem to be a bad person. ...... So, why did you kick him out? 僕ら あ 煽 動 さ れた んだ ね 、 つまり 。 ぼくら||あお|どう||||| 今 でも 覚えて いる が 、 夜 る 十五六 人 で 隊 を 組んで 道也 先生 の 家 の 前 へ 行って ワーって 吶喊 して 二 つ 三 つ 石 を 投げ込んで 来る んだ 」「 乱暴だ ね 。 いま||おぼえて|||よ||じゅうごろく|じん||たい||くんで|みちや|せんせい||いえ||ぜん||おこなって|ワー って|とっかん||ふた||みっ||いし||なげこんで|くる||らんぼうだ| 何 だって 、 そんな 馬鹿な 真似 を する ん だい 」「 なぜ だ か わから ない 。 なん|||ばかな|まね||||||||| I don't know why. ただ 面白い から やる の さ 。 |おもしろい|||| I just do it because it's fun. おそらく 吾々 の 仲間 で なぜ やる んだ か 知って た もの は 誰 も ある まい 」「 気楽だ ね 」「 実に 気楽 さ 。 |われ々||なかま||||||しって||||だれ||||きらくだ||じつに|きらく| 知って る の は 僕ら を 煽 動 した 教師 ばかり だろう 。 しって||||ぼくら||あお|どう||きょうし|| The only ones who know are the teachers who incited us. 何でも 生意気だ から やれって 云 う の さ 」「 ひどい 奴 だ な 。 なんでも|なまいきだ||やれ って|うん|||||やつ|| そんな 奴 が 教師 に いる かい 」「 いる と も 。 |やつ||きょうし|||||| Is there such a person in the teaching profession? 相手 が 子供 だ から 、 どうでも 云 う 事 を 聞く から かも 知れ ない が 、 いる よ 」「 それ で 道也 先生 どうしたい 」「 辞職 しち まった 」「 可哀想に 」「 実に 気の毒な 事 を した もん だ 。 あいて||こども||||うん||こと||きく|||しれ|||||||みちや|せんせい|どう し たい|じしょく|||かわいそうに|じつに|きのどくな|こと|||| 定め し 転任 先 を さがす 間 活 計 に 困ったろう と 思って ね 。 さだめ||てんにん|さき|||あいだ|かつ|けい||こまったろう||おもって| 今度 逢ったら 大 に 謝罪 の 意 を 表する つもりだ 」「 今 どこ に いる ん だい 」「 どこ に いる か 知ら ない 」「 じゃ いつ 逢う か 知れ ない じゃ ない か 」「 しかし いつ 逢う か わから ない 。 こんど|あったら|だい||しゃざい||い||ひょうする||いま||||||||||しら||||あう||しれ|||||||あう||| ことに よる と 教師 の 口 が なくって 死んで しまった かも 知れ ない ね 。 |||きょうし||くち||なく って|しんで|||しれ|| ―― 何でも 先生 辞職 する 前 に 教 場 へ 出て 来て 云った 事 が ある 」「 何て 」「 諸君 、 吾々 は 教師 の ため に 生き べき もの で は ない 。 なんでも|せんせい|じしょく||ぜん||きょう|じょう||でて|きて|うん った|こと|||なんて|しょくん|われ々||きょうし||||いき||||| 道 の ため に 生き べき もの である 。 どう||||いき||| We should live for the sake of the path. 道 は 尊い もの である 。 どう||とうとい|| この 理 窟 が わから ない うち は 、 まだ 一人前 に なった ので は ない 。 |り|いわや|||||||いちにんまえ||||| 諸君 も 精 出して わかる ように お なり 」「 へえ 」「 僕ら は 不 相 変 教 場 内 で ワーっと 笑った あね 。 しょくん||せい|だして||||||ぼくら||ふ|そう|へん|きょう|じょう|うち||ワー っと|わらった| 生意気だ 、 生意気 だって 笑った あね 。 なまいきだ|なまいき||わらった| ―― どっち が 生意気 か 分 り ゃし ない 」「 随分 田舎 の 学校 など に ゃ 妙な 事 が ある もの だ ね 」「 なに 東京 だって 、 ある んだ よ 。 ||なまいき||ぶん||||ずいぶん|いなか||がっこう||||みょうな|こと|||||||とうきょう|||| 学校 ばかり じゃ ない 。 がっこう||| It's not all about school. 世の中 は みんな これ な んだ 。 よのなか||||| This is what the world is all about. つまらない 」「 時に だいぶ 長話 し を した 。 |ときに||ながばなし||| どう だ 君 。 ||きみ How's it going, kid? これ から 品川 の 妙 花園 まで 行か ない か 」「 何 し に 」「 花 を 見 に さ 」「 これ から 帰って 地理 教授 法 を 訳さ なくっちゃ なら ない 」「 一 日 ぐらい 遊んだって よかろう 。 ||しなかわ||たえ|はなぞの||いか|||なん|||か||み|||||かえって|ちり|きょうじゅ|ほう||やくさ||||ひと|ひ||あそんだ って| ああ 云 う 美 くし い 所 へ 行く と 、 好 い 心持ち に なって 、 翻訳 も はか が 行く ぜ 」「 そう か な 。 |うん||び|||しょ||いく||よしみ||こころもち|||ほんやく||||いく|||| 君 は 遊び に 行く の かい 」「 遊 かたがた さ 。 きみ||あそび||いく|||あそ|| あす こ へ 行って 、 ちょっと 写生 して 来て 、 材料 に しよう と 思って る んだ が ね 」「 何の 材料 に 」「 出来たら 見せる よ 。 |||おこなって||しゃせい||きて|ざいりょう||||おもって|||||なんの|ざいりょう||できたら|みせる| 小説 を かいて いる んだ 。 しょうせつ|||| その うち の 一 章 に 女 が 花園 の なか に 立って 、 小さな 赤い 花 を 余念 なく 見詰めて いる と 、 その 赤い 花 が だんだん 薄く なって しまい に 真 白 に なって しまう と 云 う ところ を 書いて 見たい と 思う んだ が ね 」「 空想 小説 かい 」「 空想 的で 神秘 的で 、 それ で 遠い 昔 し が 何だか なつかしい ような 気持 の する もの が 書きたい 。 |||ひと|しょう||おんな||はなぞの||||たって|ちいさな|あかい|か||よねん||みつめて||||あかい|か|||うすく||||まこと|しろ|||||うん||||かいて|み たい||おもう||||くうそう|しょうせつ||くうそう|てきで|しんぴ|てきで|||とおい|むかし|||なんだか|||きもち|||||かき たい うまく 感じ が 出れば いい が 。 |かんじ||でれば|| I hope it comes out well. まあ 出来たら 読んで くれた まえ 」「 妙 花園 なん ざ 、 そんな 参考 に ゃ なら ない よ 。 |できたら|よんで|||たえ|はなぞの||||さんこう||||| それ より か うち へ 帰って ホルマン ・ ハント の 画 でも 見る 方 が いい 。 |||||かえって||||が||みる|かた|| ああ 、 僕 も 書きたい 事 が ある んだ が な 。 |ぼく||かき たい|こと||||| I have something to write about, too. どうしても 時 が ない 」「 君 は 全体 自然 が きらいだ から 、 いけない 」「 自然 なんて 、 どうでも いい じゃ ない か 。 |じ|||きみ||ぜんたい|しぜん|||||しぜん|||||| この 痛切な 二十 世紀 に そんな 気楽な 事 が 云って いられる もの か 。 |つうせつな|にじゅう|せいき|||きらくな|こと||うん って|いら れる|| 僕 の は 書けば 、 そんな 夢見た ような もの じゃ ない んだ から な 。 ぼく|||かけば||ゆめみた||||||| 奇麗で なくって も 、 痛くって も 、 苦しくって も 、 僕 の 内面 の 消息 に どこ か 、 触れて いれば それ で 満足 する んだ 。 きれいで|なく って||いたく って||くるしく って||ぼく||ないめん||しょうそく||||ふれて||||まんぞく|| 詩的で も 詩的で なくって も 、 そんな 事 は 構わ ない 。 してきで||してきで|なく って|||こと||かまわ| た とい 飛び立つ ほど 痛くって も 、 自分 で 自分 の 身体 を 切って 見て 、 なるほど 痛い な と 云 う ところ を 充分 書いて 、 人 に 知らせて やりたい 。 ||とびたつ||いたく って||じぶん||じぶん||からだ||きって|みて||いたい|||うん||||じゅうぶん|かいて|じん||しらせて|やり たい 呑気 な もの や 気楽な もの は とうてい 夢にも 想像 し 得られ ぬ 奥 の 方 に こんな 事実 が ある 、 人間 の 本体 は ここ に ある の を 知ら ない か と 、 世 の 道楽 もの に 教えて 、 おや そう か 、 おれ は 、 まさか 、 こんな もの と は 思って い なかった が 、 云 われて 見る と なるほど 一言 も ない 、 恐れ入った と 頭 を 下げ させる の が 僕 の 願 な んだ 。 のんき||||きらくな||||ゆめにも|そうぞう||え られ||おく||かた|||じじつ|||にんげん||ほんたい|||||||しら||||よ||どうらく|||おしえて|||||||||||おもって||||うん||みる|||いちげん|||おそれいった||あたま||さげ|さ せる|||ぼく||ねがい|| 君 と は だいぶ 方角 が 違う 」「 しかし そんな 文学 は 何だか 心持ち が わるい 。 きみ||||ほうがく||ちがう|||ぶんがく||なんだか|こころもち|| ―― そりゃ 御 随意だ が 、 どう だい 妙 花園 に 行く 気 は ない かい 」「 妙 花園 へ 行く ひま が あれば 一 頁 ( ページ ) でも 僕 の 主張 を かく が なあ 。 |ご|ずいいだ||||たえ|はなぞの||いく|き||||たえ|はなぞの||いく||||ひと|ぺーじ|ぺーじ||ぼく||しゅちょう|||| 何だか 考える と 身体 が むずむず する ようだ 。 なんだか|かんがえる||からだ|||| 実際 こんなに 呑気 に して 、 生 焼 の ビステッキ など を 食っちゃ いられ ない んだ 」「 ハハハハ また あせる 。 じっさい||のんき|||せい|や|||||くっちゃ|いら れ||||| いい じゃ ない か 、 さっき の 商人 見た ような 連中 も いる んだ から 」「 あんな の が いる から 、 こっち は なお 仕事 が し たく なる 。 ||||||しょうにん|みた||れんちゅう|||||||||||||しごと|||| There are people like the merchant I just saw." "People like that make me want to work even more. せめて 、 あの 連中 の 十 分 一 の 金 と 時 が あれば 、 書いて 見せる が な 」「 じゃ 、 どうしても 妙 花園 は 不 賛成 か ね 」「 遅く なる もの 。 ||れんちゅう||じゅう|ぶん|ひと||きむ||じ|||かいて|みせる|||||たえ|はなぞの||ふ|さんせい|||おそく|| The most important thing to remember is that the best way to get the most out of the system is to make sure that you have the right tools and the right people to do the job. 君 は 冬 服 を 着て いる が 、 僕 は いまだに 夏 服 だ から 帰り に 寒く なって 風 でも 引く と いけない 」「 ハハハハ 妙な 逃げ 路 を 発見 した ね 。 きみ||ふゆ|ふく||きて|||ぼく|||なつ|ふく|||かえり||さむく||かぜ||ひく||||みょうな|にげ|じ||はっけん|| もう 冬 服 の 時節 だ あね 。 |ふゆ|ふく||じせつ|| 着 換えれば いい 事 を 。 ちゃく|かえれば||こと| 君 は 万事 無 精 だ よ 」「 無 精 で 着 換え ない んじゃ ない 。 きみ||ばんじ|む|せい|||む|せい||ちゃく|かえ||| ない から 着 換え ない んだ 。 ||ちゃく|かえ|| I don't change my clothes because I don't have any. この 夏 服 だって 、 まだ 一 文 も 払って いやし ない 」「 そう な の か 」 と 中野 君 は 気の毒な 顔 を した 。 |なつ|ふく|||ひと|ぶん||はらって||||||||なかの|きみ||きのどくな|かお|| 午 飯 の 客 は 皆 去り 尽して 、 二 人 が 椅子 を 離れた 頃 は ところどころ の 卓 布 の 上 に 麺 麭屑 ( パン くず ) が 淋しく 散らばって いた 。 うま|めし||きゃく||みな|さり|つくして|ふた|じん||いす||はなれた|ころ||||すぐる|ぬの||うえ||めん|ほうくず|ぱん|||さびしく|ちらばって| 公園 の 中 は 最 前 より も 一層 賑かである 。 こうえん||なか||さい|ぜん|||いっそう|にぎやかである ロハ 台 は 依然と して 、 どこ の 何 某 か 知ら ぬ 男 と 知ら ぬ 女 で 占領 されて いる 。 |だい||いぜん と||||なん|ぼう||しら||おとこ||しら||おんな||せんりょう|さ れて| 秋 の 日 は 赫 と して 夏 服 の 背中 を 通す 。 あき||ひ||せき|||なつ|ふく||せなか||とおす