×

We use cookies to help make LingQ better. By visiting the site, you agree to our cookie policy.


image

『二百十日』 夏目漱石, 「一 」 二百十 日 夏目 漱石

「一 」 二百十 日 夏目 漱石

二百十 日

夏目 漱石

ぶら り と 両手 を 垂げた まま 、 圭 さん が どこ から か 帰って 来る 。

「 どこ へ 行った ね 」 「 ちょっと 、 町 を 歩行 いて 来た 」 「 何 か 観る もの が ある かい 」 「 寺 が 一軒 あった 」 「 それ から 」 「 銀杏 の 樹 が 一本 、 門前 に あった 」 「 それ から 」 「 銀杏 の 樹 から 本堂 まで 、 一丁半 ばかり 、 石 が 敷き 詰めて あった 。 非常に 細長い 寺 だった 」 「 這 入って 見た かい 」 「 やめて 来た 」 「 そのほか に 何も ない か ね 」 「 別段 何も ない 。 いったい 、 寺 と 云 う もの は 大概 の 村 に は ある ね 、 君 」 「 そう さ 、 人間 の 死ぬ 所 に は 必ず ある はずじゃ ない か 」 「 なるほど そう だ ね 」 と 圭 さん 、 首 を 捻る 。 圭 さん は 時々 妙な 事 に 感心 する 。 しばらく して 、 捻ねった 首 を 真直 に して 、 圭 さん が こう 云 った 。 「 それ から 鍛冶 屋 の 前 で 、 馬 の 沓 を 替える ところ を 見て 来た が 実に 巧みな もの だ ね 」 「 どうも 寺 だけ に して は 、 ちと 、 時間 が 長 過ぎる と 思った 。 馬 の 沓 が そんなに 珍しい かい 」 「 珍らしくなくって も 、 見た の さ 。 君 、 あれ に 使う 道具 が 幾 通り ある と 思う 」 「 幾 通り ある か な 」 「 あてて 見た まえ 」 「 あて なく って も 好 い から 教える さ 」 「 何でも 七 つ ばかり ある 」 「 そんなに ある かい 。 何と 何 だい 」 「 何と 何 だって 、 たしかに ある んだ よ 。 第一 爪 を はがす 鑿 と 、 鑿 を 敲く 槌 と 、 それ から 爪 を 削る 小 刀 と 、 爪 を 刳る 妙な もの と 、 それ から ……」 「 それ から 何 が ある かい 」 「 それ から 変な もの が 、 まだ いろいろ ある んだ よ 。 第一 馬 の おとなしい に は 驚 ろ いた 。 あんなに 、 削ら れて も 、 刳ら れて も 平気で いる ぜ 」 「 爪 だ もの 。 人間 だって 、 平気で 爪 を 剪 る じゃ ない か 」 「 人間 は そう だ が 馬 だ ぜ 、 君 」 「 馬 だって 、 人間 だって 爪 に 変り は ない や ね 。 君 は よっぽど 呑気 だ よ 」 「 呑気 だ から 見て いた の さ 。 しかし 薄暗い 所 で 赤い 鉄 を 打つ と 奇麗だ ね 。 ぴち ぴち 火花 が 出る 」 「 出る さ 、 東京 の 真中 でも 出る 」 「 東京 の 真中 でも 出る 事 は 出る が 、 感じ が 違う よ 。 こう 云 う 山 の 中 の 鍛冶 屋 は 第 一 、 音 から 違う 。 そら 、 ここ まで 聞える ぜ 」 初秋 の 日脚 は 、 うそ寒く 、 遠い 国 の 方 へ 傾いて 、 淋しい 山里 の 空気 が 、 心細い 夕暮れ を 促がす なか に 、 かあん かあん と 鉄 を 打つ 音 が する 。 「 聞える だろう 」 と 圭 さん が 云 う 。 「 うん 」 と 碌 さん は 答えたぎり 黙然 と して いる 。 隣り の 部屋 で 何だか 二 人 しきりに 話 を して いる 。 「 そこ で 、 その 、 相手 が 竹刀 を 落した んだ あね 。 すると 、 その 、 ちょいと 、 小手 を 取った んだ あね 」 「 ふうん 。 とうとう 小手 を 取ら れた の かい 」 「 とうとう 小手 を 取ら れた んだ あね 。 ちょいと 小手 を 取った んだ が 、 そこ が そら 、 竹刀 を 落した もの だ から 、 どうにも 、 こう に も しようがない や あね 」 「 ふうん 。 竹刀 を 落した の かい 」 「 竹刀 は 、 そら 、 さっき 、 落して しまった あね 」 「 竹刀 を 落して しまって 、 小手 を 取ら れたら 困る だろう 」 「 困ら ああ ね 。 竹刀 も 小手 も 取ら れた んだ から 」 二 人 の 話し は どこ まで 行って も 竹刀 と 小手 で 持ち 切って いる 。 黙 然 と して 、 対坐 して いた 圭 さん と 碌 さん は 顔 を 見 合わして 、 に やり と 笑った 。 か あんか あん と 鉄 を 打つ 音 が 静かな 村 へ 響き 渡る 。 癇 走った 上 に 何だか 心細い 。 「 まだ 馬 の 沓 を 打って る 。 何だか 寒い ね 、 君 」 と 圭 さん は 白い 浴衣 の 下 で 堅く なる 。 碌 さん も 同じく 白地 の 単衣 の 襟 を かき合せて 、 だらしのない 膝頭 を 行儀 よく 揃える 。 やがて 圭 さん が 云 う 。 「 僕 の 小供 の 時 住んで た 町 の 真中 に 、 一軒 豆腐 屋 が あって ね 」 「 豆腐 屋 が あって ? 」 「 豆腐 屋 が あって 、 その 豆腐 屋 の 角 から 一 丁 ばかり 爪先上がり に 上がる と 寒 磬寺 と 云 う 御 寺 が あって ね 」 「 寒 磬寺 と 云 う 御 寺 が ある ? 」 「 ある 。 今 で も ある だろう 。 門前 から 見る と ただ 大 竹藪 ばかり 見えて 、 本堂 も 庫裏 も ない ようだ 。 その 御 寺 で 毎朝 四 時 頃 に なる と 、 誰 だ か 鉦 を 敲く 」 「 誰 だ か 鉦 を 敲く って 、 坊主 が 敲く んだろう 」 「 坊主 だ か 何だか 分 ら ない 。 ただ 竹 の 中 で かんかん と 幽 か に 敲く の さ 。 冬 の 朝 な ん ぞ 、 霜 が 強く 降って 、 布団 の なか で 世の中 の 寒 さ を 一二 寸 の 厚 さ に 遮 ぎ って 聞いて いる と 、 竹藪 の なか から 、 かんか ん 響いて くる 。 誰 が 敲く のだ か 分 ら ない 。 僕 は 寺 の 前 を 通る たび に 、 長い 石 甃 と 、 倒れ かかった 山門 と 、 山門 を 埋め 尽くす ほど な 大 竹藪 を 見る のだ が 、 一 度 も 山門 の なか を 覗いた 事 が ない 。 ただ 竹藪 の なか で 敲く 鉦 の 音 だけ を 聞いて は 、 夜具 の 裏 で 海老 の ように なる の さ 」 「 海老 の ように なる って ? 」 「 うん 。 海老 の ように なって 、 口 の うち で 、 かんかん 、 かんかん と 云 う の さ 」 「 妙だ ね 」 「 する と 、 門前 の 豆腐 屋 が きっと 起きて 、 雨戸 を 明ける 。 ぎっぎっと 豆 を 臼 で 挽く 音 が する 。 ざあざあと 豆腐 の 水 を 易える 音 が する 」 「 君 の 家 は 全体 どこ に ある 訳 だ ね 」 「 僕 の うち は 、 つまり 、 そんな 音 が 聞える 所 に ある の さ 」 「 だ から 、 どこ に ある 訳 だ ね 」 「 すぐ 傍 さ 」 「 豆腐 屋 の 向か 、 隣り かい 」 「 な に 二 階 さ 」 「 どこ の 」 「 豆腐 屋 の 二 階 さ 」 「 へ ええ 。 そい つ は ……」 と 碌 さん 驚 ろ いた 。 「 僕 は 豆腐 屋 の 子 だ よ 」 「 へ ええ 。 豆腐 屋 かい 」 と 碌 さん は 再び 驚 ろ いた 。 「 それ から 垣根 の 朝顔 が 、 茶色 に 枯れて 、 引っ張る と がらがら 鳴る 時分 、 白い 靄 が 一面に 降りて 、 町 の 外れ の 瓦 斯灯 ( ガス とう ) に 灯 が ちらちら する と 思う と また 鉦 が 鳴る 。 かんかん 竹 の 奥 で 冴えて 鳴る 。 それ から 門前 の 豆腐 屋 が この 鉦 を 合図 に 、 腰 障子 を はめる 」 「 門前 の 豆腐 屋 と 云 う が 、 それ が 君 の うち じゃ ない か 」 「 僕 の うち 、 すなわち 門前 の 豆腐 屋 が 腰 障子 を はめる 。 かんかん と 云 う 声 を 聞き ながら 僕 は 二 階 へ 上がって 布団 を 敷いて 寝る 。 ―― 僕 の うち の 吉原 揚 は 旨 かった 。 近所 で 評判 だった 」 隣り 座敷 の 小手 と 竹刀 は 双方 と も おとなしく なって 、 向 う の 椽 側 で は 、 六十 余り の 肥 った 爺さん が 、 丸い 背 を 柱 に も たして 、 胡坐 の まま 、 毛 抜きで 顋 の 髯 を 一 本 一 本 に 抜いて いる 。 髯 の 根 を うんと 抑えて 、 ぐ いと 抜く と 、 毛抜 は 下 へ 弾 ね返り 、 顋 は 上 へ 反り 返る 。 まるで 器械 の ように 見える 。 「 あれ は 何 日 掛ったら 抜ける だろう 」 と 碌 さん が 圭 さん に 質問 を かける 。 「 一生懸命に やったら 半日 くらい で 済む だろう 」 「 そう は 行く まい 」 と 碌 さん が 反対 する 。 「 そう か な 。 じゃ 一 日 か な 」 「 一 日 や 二 日 で 奇麗に 抜ける なら 訳 は ない 」 「 そう さ 、 ことに よる と 一 週間 も かかる か ね 。 見た まえ 、 あの 丁寧に 顋 を 撫で 廻し ながら 抜いて る の を 」 「 あれ じゃ 。 古い の を 抜 いち まわ ない うち に 、 新しい の が 生える かも 知れ ない ね 」 「 とにかく 痛い 事 だろう 」 と 圭 さん は 話 頭 を 転じた 。 「 痛い に 違いない ね 。 忠告 して やろう か 」 「 なんて 」 「 よせ って さ 」 「 余計な 事 だ 。 それ より 幾 日 掛ったら 、 みんな 抜ける か 聞いて 見 ようじゃ ない か 」 「 うん 、 よかろう 。 君 が 聞く んだ よ 」 「 僕 は いやだ 、 君 が 聞く の さ 」 「 聞いて も 好 い が つまらない じゃ ない か 」 「 だ から 、 まあ 、 よそう よ 」 と 圭 さん は 自己 の 申し出 し を 惜気 も なし 撤回 した 。 一 度 途切れた 村 鍛冶 の 音 は 、 今日 山里 に 立つ 秋 を 、 幾 重 の 稲妻 に 砕く つもり か 、 か あんか あん と 澄み 切った 空 の 底 に 響き 渡る 。 「 あの 音 を 聞く と 、 どうしても 豆腐 屋 の 音 が 思い出さ れる 」 と 圭 さん が 腕組 を し ながら 云 う 。 「 全体 豆腐 屋 の 子 が どうして 、 そんなに なった もん だ ね 」 「 豆腐 屋 の 子 が どんなに なった の さ 」 「 だって 豆腐 屋 らし くない じゃ ない か 」 「 豆腐 屋 だって 、 肴 屋 だって ―― なろう と 思えば 、 何 に でも なれる さ 」 「 そう さ な 、 つまり 頭 だ から ね 」 「 頭 ばかり じゃ ない 。 世の中 に は 頭 の いい 豆腐 屋 が 何 人 いる か 分 ら ない 。 それ でも 生涯 豆腐 屋 さ 。 気の毒な もの だ 」 「 それ じゃ 何 だい 」 と 碌 さん が 小 供 らしく 質問 する 。 「 何 だって 君 、 やっぱり なろう と 思う の さ 」 「 なろう と 思った って 、 世の中 が して くれ ない の が だいぶ ある だろう 」 「 だ から 気の毒だ と 云 う の さ 。 不公平な 世の中 に 生れれば 仕方 が ない から 、 世の中 が して くれ なくて も 何でも 、 自分 で なろう と 思う の さ 」 「 思って 、 なれ なければ ? 」 「 なれ なく って も 何でも 思う んだ 。 思って る うち に 、 世の中 が 、 して くれる ように なる んだ 」 と 圭 さん は 横着 を 云 う 。 「 そう 注文 通り に 行けば 結構だ 。 ハハハハ 」 「 だって 僕 は 今日 まで そうして 来た んだ もの 」 「 だから 君 は 豆腐 屋 らしく ない と 云 う のだ よ 」 「 これ から 先 、 また 豆腐 屋 らしく なって しまう かも 知れ ない か な 。 厄介だ な 。 ハハハハ 」 「 なったら 、 どう する つもりだ い 」 「 なれば 世の中 が わるい の さ 。 不公平な 世の中 を 公平に して やろう と 云 う のに 、 世の中 が 云 う 事 を きか なければ 、 向 の 方 が 悪い のだろう 」 「 しかし 世の中 も 何 だ ね 、 君 、 豆腐 屋 が えらく なる よう なら 、 自然 えらい 者 が 豆腐 屋 に なる 訳 だ ね 」 「 えらい 者 た 、 どんな 者 だい 」 「 えらい 者 って 云 う の は 、 何 さ 。 例えば 華族 と か 金持 と か 云 う もの さ 」 と 碌 さん は すぐ 様 えらい 者 を 説明 して しまう 。 「 うん 華族 や 金持 か 、 ありゃ 今 でも 豆腐 屋 じゃ ない か 、 君 」 「 その 豆腐 屋 連 が 馬車 へ 乗ったり 、 別荘 を 建てたり して 、 自分 だけ の 世の中 の ような 顔 を して いる から 駄目だ よ 」 「 だ から 、 そんな の は 、 本当の 豆腐 屋 に して しまう の さ 」 「 こっち が する 気 でも 向 が なら ない や ね 」 「 なら ない の を さ せる から 、 世の中 が 公平に なる んだ よ 」 「 公平に 出来れば 結構だ 。 大いに やり たまえ 」 「 やり た まえ じゃ いけない 。 君 も やら なくっちゃ あ 。 ―― ただ 、 馬車 へ 乗ったり 、 別荘 を 建てたり する だけ なら いい が 、 むやみに 人 を 圧 逼 する ぜ 、 ああ 云 う 豆腐 屋 は 。 自分 が 豆腐 屋 の 癖 に 」 と 圭 さん は そろそろ 慷慨 し 始める 。 「 君 は そんな 目 に 逢った 事 が ある の かい 」 圭 さん は 腕組 を した まま ふ ふん と 云 った 。 村 鍛冶 の 音 は 不 相 変 か あんか あん と 鳴る 。 「 まだ 、 かんかん 遣って る 。 ―― おい 僕 の 腕 は 太い だろう 」 と 圭 さん は 突然 腕 まくり を して 、 黒い 奴 を 碌 さん の 前 に 圧し つけた 。 「 君 の 腕 は 昔 から 太い よ 。 そうして 、 いやに 黒い ね 。 豆 を 磨いた 事 が ある の かい 」 「 豆 も 磨いた 、 水 も 汲 んだ 。 ―― おい 、 君 粗忽 で 人 の 足 を 踏んだら どっち が 謝 まる もの だろう 」 「 踏んだ 方 が 謝 まる の が 通 則 の ようだ な 」 「 突然 、 人 の 頭 を 張りつけたら ? 」 「 そりゃ 気 違 だろう 」 「 気 狂 なら 謝 ま ら ないで も いい もの か な 」 「 そう さ な 。 謝 ま ら さす 事 が 出来れば 、 謝 ま ら さす 方 が いい だろう 」 「 それ を 気 違 の 方 で 謝 まれ って 云 う の は 驚 ろく じゃ ない か 」 「 そんな 気 違 が ある の かい 」 「 今 の 豆腐 屋 連 は みんな 、 そう 云 う 気 違 ばかりだ よ 。 人 を 圧迫 した 上 に 、 人 に 頭 を 下げ させよう と する んだ ぜ 。 本来 なら 向 が 恐れ入る の が 人間 だろう じゃ ない か 、 君 」 「 無論 それ が 人間 さ 。 しかし 気 違 の 豆腐 屋 なら 、 うっちゃって 置く より ほか に 仕方 が ある まい 」 圭 さん は 再び ふ ふん と 云 った 。 しばらく して 、 「 そんな 気 違 を 増長 さ せる くらい なら 、 世の中 に 生れて 来 ない 方 が いい 」 と 独り言 の ように つけた 。 村 鍛冶 の 音 は 、 会話 が 切れる たび に 静かな 里 の 端 から 端 まで か あんか あん と 響く 。 「 しきりに かんかん やる な 。 どうも 、 あの 音 は 寒 磬寺 の 鉦 に 似て いる 」 「 妙に 気 に 掛る んだ ね 。 その 寒 磬寺 の 鉦 の 音 と 、 気 違 の 豆腐 屋 と でも 何 か 関係 が ある の かい 。 ―― 全体 君 が 豆腐 屋 の 伜 から 、 今日 まで に 変化 した 因縁 は どう 云 う 筋道 なんだい 。 少し 話して 聞か せ ない か 」 「 聞か せて も いい が 、 何だか 寒い じゃ ない か 。 ちょいと 夕飯 前 に 温泉 に 這 入ろう 。 君 いや か 」 「 うん 這 入ろう 」 圭 さん と 碌 さん は 手拭 を ぶら下げて 、 庭 へ 降りる 。 棕梠 緒 の 貸 下駄 に は 都 らしく 宿 の 焼 印 が 押して ある 。


「一 」 二百十 日 夏目 漱石 ひと|にひゃくじゅう|ひ|なつめ|そうせき I. Der zweihundertelfte Natsume Soseki. "Ichi" 210th Day Natsume Soseki “一个”210天夏目漱石

二百十 日 にひゃくじゅう|ひ Two hundred and ten days Doscientos diez días

夏目 漱石 なつめ|そうせき Natsume Soseki

ぶら り と 両手 を 垂げた まま 、 圭 さん が どこ から か 帰って 来る 。 |||りょうて||すい げた||けい||||||かえって|くる Kei-san came back from somewhere with his hands hanging down. Con ambas manos colgando, Kei regresa de algún lado.

「 どこ へ 行った ね 」 「 ちょっと 、 町 を 歩行 いて 来た 」 「 何 か 観る もの が ある かい 」 「 寺 が 一軒 あった 」 「 それ から 」 「 銀杏 の 樹 が 一本 、 門前 に あった 」 「 それ から 」 「 銀杏 の 樹 から 本堂 まで 、 一丁半 ばかり 、 石 が 敷き 詰めて あった 。 ||おこなった|||まち||ほこう||きた|なん||みる|||||てら||ひと けん||||いちょう||き||ひと ほん|もんぜん|||||いちょう||き||ほんどう||ひと ちょう はん||いし||しき|つめて| "Where did you go?" "Hey, I walked around the town." "Is there something to see?" "There was a temple." "And then." "There was a ginkgo tree in front of the gate." "Then" "From the ginkgo tree to the main hall, there were only one and a half stones paved. 非常に 細長い 寺 だった 」 「 這 入って 見た かい 」 「 やめて 来た 」 「 そのほか に 何も ない か ね 」 「 別段 何も ない 。 ひじょうに|ほそながい|てら||は|はいって|みた|||きた|||なにも||||べつだん|なにも| It was a very long and narrow temple. "" Did you crawl in and see it? "" I stopped. "" I wonder if there is anything else. "" There is nothing else. いったい 、 寺 と 云 う もの は 大概 の 村 に は ある ね 、 君 」 「 そう さ 、 人間 の 死ぬ 所 に は 必ず ある はずじゃ ない か 」 「 なるほど そう だ ね 」 と 圭 さん 、 首 を 捻る 。 |てら||うん||||たいがい||むら|||||きみ|||にんげん||しぬ|しょ|||かならず||||||||||けい||くび||ねじる On earth, what is called a temple is in most villages, you "" Yes, it must be in the place where human beings die "" It seems that it is true ", Mr. Kei twists his head. 圭 さん は 時々 妙な 事 に 感心 する 。 けい|||ときどき|みょうな|こと||かんしん| Kei sometimes admires of strange things. しばらく して 、 捻ねった 首 を 真直 に して 、 圭 さん が こう 云 った 。 ||ねじ ねった|くび||まこと なお|||けい||||うん| After a while, he straightened his twisted neck, and Kei said: 「 それ から 鍛冶 屋 の 前 で 、 馬 の 沓 を 替える ところ を 見て 来た が 実に 巧みな もの だ ね 」 「 どうも 寺 だけ に して は 、 ちと 、 時間 が 長 過ぎる と 思った 。 ||かじ|や||ぜん||うま||くつ||かえる|||みて|きた||じつに|たくみな|||||てら||||||じかん||ちょう|すぎる||おもった "And then I came to see the place to replace the horses in front of the blacksmith, but it is truly skillful." "For some reason I thought that time would be too long for the temple alone. 馬 の 沓 が そんなに 珍しい かい 」 「 珍らしくなくって も 、 見た の さ 。 うま||くつ|||めずらしい||ちん らしく なくって||みた|| Is the race of the horse so unusual? "" I saw it even though it was not rare. 君 、 あれ に 使う 道具 が 幾 通り ある と 思う 」 「 幾 通り ある か な 」 「 あてて 見た まえ 」 「 あて なく って も 好 い から 教える さ 」 「 何でも 七 つ ばかり ある 」 「 そんなに ある かい 。 きみ|||つかう|どうぐ||いく|とおり|||おもう|いく|とおり|||||みた||||||よしみ|||おしえる||なんでも|なな|||||| You, I think there are many different tools to use for that. "" How many are there? "" Look at it. "" I'll teach you because I don't like it. "" There are only seven of them. "" Is there so much? .. 何と 何 だい 」 「 何と 何 だって 、 たしかに ある んだ よ 。 なんと|なん||なんと|なん||||| What is it? "" What is it, it is true. 第一 爪 を はがす 鑿 と 、 鑿 を 敲く 槌 と 、 それ から 爪 を 削る 小 刀 と 、 爪 を 刳る 妙な もの と 、 それ から ……」 「 それ から 何 が ある かい 」 「 それ から 変な もの が 、 まだ いろいろ ある んだ よ 。 だい ひと|つめ|||さく||さく||たたく|つち||||つめ||けずる|しょう|かたな||つめ||えぐる|みょうな|||||||なん||||||へんな||||||| A chisel that peels off the first claw, a mallet that squeezes the chisel, a sword that sharpens the claw, a strange thing that cuts the claw, and then ... "" What's happening then? " There are still many things. 第一 馬 の おとなしい に は 驚 ろ いた 。 だい ひと|うま|||||おどろ|| I was surprised at the gentleness of the first horse. あんなに 、 削ら れて も 、 刳ら れて も 平気で いる ぜ 」 「 爪 だ もの 。 |けずら|||えぐら|||へいきで|||つめ|| It doesn't matter if it's scraped or scraped like that. "" It's a nail. 人間 だって 、 平気で 爪 を 剪 る じゃ ない か 」 「 人間 は そう だ が 馬 だ ぜ 、 君 」 「 馬 だって 、 人間 だって 爪 に 変り は ない や ね 。 にんげん||へいきで|つめ||せん|||||にんげん|||||うま|||きみ|うま||にんげん||つめ||かわり|||| Isn't it okay for humans to pluck their claws? "" Humans are horses, you. "" Horses, humans have no change in their claws. 君 は よっぽど 呑気 だ よ 」 「 呑気 だ から 見て いた の さ 。 きみ|||のんき|||のんき|||みて||| You're very sick. "" I was looking at you because I was sick. しかし 薄暗い 所 で 赤い 鉄 を 打つ と 奇麗だ ね 。 |うすぐらい|しょ||あかい|くろがね||うつ||きれいだ| However, it is beautiful to hit the red iron in a dim place. ぴち ぴち 火花 が 出る 」 「 出る さ 、 東京 の 真中 でも 出る 」 「 東京 の 真中 でも 出る 事 は 出る が 、 感じ が 違う よ 。 ||ひばな||でる|でる||とうきょう||まんなか||でる|とうきょう||まんなか||でる|こと||でる||かんじ||ちがう| It will appear even in the middle of Tokyo." "It will appear even in the middle of Tokyo, but the feeling will be different. こう 云 う 山 の 中 の 鍛冶 屋 は 第 一 、 音 から 違う 。 |うん||やま||なか||かじ|や||だい|ひと|おと||ちがう The blacksmith in the mountains like this is different from the first sound. そら 、 ここ まで 聞える ぜ 」   初秋 の 日脚 は 、 うそ寒く 、 遠い 国 の 方 へ 傾いて 、 淋しい 山里 の 空気 が 、 心細い 夕暮れ を 促がす なか に 、 かあん かあん と 鉄 を 打つ 音 が する 。 |||きこえる||しょしゅう||にち あし||うそ さむく|とおい|くに||かた||かたむいて|さびしい|やまざと||くうき||こころぼそい|ゆうぐれ||うなが が す|||か あん|か あん||くろがね||うつ|おと|| You can hear it so far. " .. 「 聞える だろう 」 と 圭 さん が 云 う 。 きこえる|||けい|||うん| "You can hear it," says Kei. 「 うん 」 と 碌 さん は 答えたぎり 黙然 と して いる 。 ||ろく|||こたえた ぎり|もく ぜん||| "Yeah," said Mr. Ikari, who was silent as long as he answered. 隣り の 部屋 で 何だか 二 人 しきりに 話 を して いる 。 となり||へや||なんだか|ふた|じん||はなし||| Somehow we are talking to each other in the next room. 「 そこ で 、 その 、 相手 が 竹刀 を 落した んだ あね 。 |||あいて||しない||おとした|| "So, well, you know, the opponent dropped his bamboo sword. すると 、 その 、 ちょいと 、 小手 を 取った んだ あね 」 「 ふうん 。 |||こて||とった||| And then, you know, I took a little bit of your hand, right? とうとう 小手 を 取ら れた の かい 」 「 とうとう 小手 を 取ら れた んだ あね 。 |こて||とら|||||こて||とら||| Did you finally get your hand? "" You finally got your hand. ちょいと 小手 を 取った んだ が 、 そこ が そら 、 竹刀 を 落した もの だ から 、 どうにも 、 こう に も しようがない や あね 」 「 ふうん 。 |こて||とった||||||しない||おとした||||||||||| The first thing to do is to take a look at the following: a. The first thing to do is to take a look at the following. b. The first thing to do is to take a look at the following. c. The first thing to do is to take a look at the following. 竹刀 を 落した の かい 」 「 竹刀 は 、 そら 、 さっき 、 落して しまった あね 」 「 竹刀 を 落して しまって 、 小手 を 取ら れたら 困る だろう 」 「 困ら ああ ね 。 しない||おとした|||しない||||おとして|||しない||おとして||こて||とら||こまる||こまら|| Did you drop the bamboo sword? "" The bamboo sword was dropped earlier, isn't it? "" If you drop the bamboo sword and take your hand, you'll be in trouble. "" I'm in trouble. 竹刀 も 小手 も 取ら れた んだ から 」   二 人 の 話し は どこ まで 行って も 竹刀 と 小手 で 持ち 切って いる 。 しない||こて||とら||||ふた|じん||はなし||||おこなって||しない||こて||もち|きって| They were talking about the shinai and the kote, and they were talking about the shinai and the kote. 黙 然 と して 、 対坐 して いた 圭 さん と 碌 さん は 顔 を 見 合わして 、 に やり と 笑った 。 もく|ぜん|||たい すわ|||けい|||ろく|||かお||み|あわして||||わらった Kei-san and Igo-san, who were sitting silently, looked at each other and smiled grinningly. か あんか あん と 鉄 を 打つ 音 が 静かな 村 へ 響き 渡る 。 ||||くろがね||うつ|おと||しずかな|むら||ひびき|わたる The sound of hammering echoes through the quiet village. 癇 走った 上 に 何だか 心細い 。 かん|はしった|うえ||なんだか|こころぼそい I was a bit nervous and also a bit uneasy. 「 まだ 馬 の 沓 を 打って る 。 |うま||くつ||うって| "I'm still hitting the horse's shoes. 何だか 寒い ね 、 君 」 と 圭 さん は 白い 浴衣 の 下 で 堅く なる 。 なんだか|さむい||きみ||けい|||しろい|ゆかた||した||かたく| It's kind of cold, isn't it?" Kei stiffened under his white yukata. 碌 さん も 同じく 白地 の 単衣 の 襟 を かき合せて 、 だらしのない 膝頭 を 行儀 よく 揃える 。 ろく|||おなじく|しろじ||ひとえ ころも||えり||かき あわせて|だ らし の ない|ひざがしら||ぎょうぎ||そろえる Mr. Go also puts the collar of the white background on the collar and aligns the sloppy kneecaps in a well-behaved manner. やがて 圭 さん が 云 う 。 |けい|||うん| Eventually, Kei-san said. 「 僕 の 小供 の 時 住んで た 町 の 真中 に 、 一軒 豆腐 屋 が あって ね 」 「 豆腐 屋 が あって ? ぼく||しょう とも||じ|すんで||まち||まんなか||ひと けん|とうふ|や||||とうふ|や|| There was a tofu shop in the middle of the town where I lived when I was a child. 」 「 豆腐 屋 が あって 、 その 豆腐 屋 の 角 から 一 丁 ばかり 爪先上がり に 上がる と 寒 磬寺 と 云 う 御 寺 が あって ね 」 「 寒 磬寺 と 云 う 御 寺 が ある ? とうふ|や||||とうふ|や||かど||ひと|ちょう||つまさきあがり||あがる||さむ|けいてら||うん||ご|てら||||さむ|けいてら||うん||ご|てら|| There's a tofu shop, and about a block up from the corner of the tofu shop is a temple called Kanchingji. 」 「 ある 。 今 で も ある だろう 。 いま|||| It still does. 門前 から 見る と ただ 大 竹藪 ばかり 見えて 、 本堂 も 庫裏 も ない ようだ 。 もんぜん||みる|||だい|たけやぶ||みえて|ほんどう||くり||| Seen from the front of the gate, you can see only Otake bush, and it seems that there is neither a main hall nor a kuri. その 御 寺 で 毎朝 四 時 頃 に なる と 、 誰 だ か 鉦 を 敲く 」 「 誰 だ か 鉦 を 敲く って 、 坊主 が 敲く んだろう 」 「 坊主 だ か 何だか 分 ら ない 。 |ご|てら||まいあさ|よっ|じ|ころ||||だれ|||しょう||たたく|だれ|||しょう||たたく||ぼうず||たたく||ぼうず|||なんだか|ぶん|| "Every morning around 4:00 a.m. at that temple, someone plays the gong." "Someone plays the gong? ただ 竹 の 中 で かんかん と 幽 か に 敲く の さ 。 |たけ||なか||||ゆう|||たたく|| It's just a sneak peek in the bamboo. 冬 の 朝 な ん ぞ 、 霜 が 強く 降って 、 布団 の なか で 世の中 の 寒 さ を 一二 寸 の 厚 さ に 遮 ぎ って 聞いて いる と 、 竹藪 の なか から 、 かんか ん 響いて くる 。 ふゆ||あさ||||しも||つよく|ふって|ふとん||||よのなか||さむ|||いちに|すん||こう|||さえぎ|||きいて|||たけやぶ||||||ひびいて| In the morning of winter, when the frost is strong and I hear the cold of the world in the futon, blocking it to a thickness of 12 inches, it echoes from the bamboo grove. .. 誰 が 敲く のだ か 分 ら ない 。 だれ||たたく|||ぶん|| I don't know who is doing the beating. 僕 は 寺 の 前 を 通る たび に 、 長い 石 甃 と 、 倒れ かかった 山門 と 、 山門 を 埋め 尽くす ほど な 大 竹藪 を 見る のだ が 、 一 度 も 山門 の なか を 覗いた 事 が ない 。 ぼく||てら||ぜん||とおる|||ながい|いし|しゅう||たおれ||さんもん||さんもん||うずめ|つくす|||だい|たけやぶ||みる|||ひと|たび||さんもん||||のぞいた|こと|| ただ 竹藪 の なか で 敲く 鉦 の 音 だけ を 聞いて は 、 夜具 の 裏 で 海老 の ように なる の さ 」 「 海老 の ように なる って ? |たけやぶ||||たたく|しょう||おと|||きいて||やぐ||うら||えび||||||えび|||| "I just listen to the sound of the gongs beating in the bamboo thicket, and I become like a shrimp behind the nightgown. 」 「 うん 。 海老 の ように なって 、 口 の うち で 、 かんかん 、 かんかん と 云 う の さ 」 「 妙だ ね 」 「 する と 、 門前 の 豆腐 屋 が きっと 起きて 、 雨戸 を 明ける 。 えび||||くち|||||||うん||||みょうだ||||もんぜん||とうふ|や|||おきて|あまど||あける ぎっぎっと 豆 を 臼 で 挽く 音 が する 。 |まめ||うす||ばん く|おと|| The sound of beans being ground by a mortar and pestle can be heard. ざあざあと 豆腐 の 水 を 易える 音 が する 」 「 君 の 家 は 全体 どこ に ある 訳 だ ね 」 「 僕 の うち は 、 つまり 、 そんな 音 が 聞える 所 に ある の さ 」 「 だ から 、 どこ に ある 訳 だ ね 」 「 すぐ 傍 さ 」 「 豆腐 屋 の 向か 、 隣り かい 」 「 な に 二 階 さ 」 「 どこ の 」 「 豆腐 屋 の 二 階 さ 」 「 へ ええ 。 ざ あざ あと|とうふ||すい||やす える|おと|||きみ||いえ||ぜんたい||||やく|||ぼく||||||おと||きこえる|しょ||||||||||やく||||そば||とうふ|や||むか|となり||||ふた|かい||||とうふ|や||ふた|かい||| I can hear the sound of the tofu being washed." "Where is your house on the whole place?" "My house, I mean, it's the only place I can hear such a sound." "So where is it?" "Right next to it." "Across from the tofu shop, or next door." "What second floor?" "Where?" "On the second floor of the tofu shop." "Heh, yeah. そい つ は ……」 と 碌 さん 驚 ろ いた 。 ||||ろく||おどろ|| 「 僕 は 豆腐 屋 の 子 だ よ 」 「 へ ええ 。 ぼく||とうふ|や||こ|||| I'm a tofu maker's boy. 豆腐 屋 かい 」 と 碌 さん は 再び 驚 ろ いた 。 とうふ|や|||ろく|||ふたたび|おどろ|| Roku-san was surprised again. 「 それ から 垣根 の 朝顔 が 、 茶色 に 枯れて 、 引っ張る と がらがら 鳴る 時分 、 白い 靄 が 一面に 降りて 、 町 の 外れ の 瓦 斯灯 ( ガス とう ) に 灯 が ちらちら する と 思う と また 鉦 が 鳴る 。 ||かきね||あさがお||ちゃいろ||かれて|ひっぱる|||なる|じぶん|しろい|もや||いちめんに|おりて|まち||はずれ||かわら|しともしび|がす|||とう|||||おもう|||しょう||なる Then the morning glories on the hedges turn brown and wither, and when you pull on them they rattle, and a white haze falls over them, and the lights on the gas lamps on the outskirts of town flicker, and the gong rings again. かんかん 竹 の 奥 で 冴えて 鳴る 。 |たけ||おく||さえて|なる それ から 門前 の 豆腐 屋 が この 鉦 を 合図 に 、 腰 障子 を はめる 」 「 門前 の 豆腐 屋 と 云 う が 、 それ が 君 の うち じゃ ない か 」 「 僕 の うち 、 すなわち 門前 の 豆腐 屋 が 腰 障子 を はめる 。 ||もんぜん||とうふ|や|||しょう||あいず||こし|しょうじ|||もんぜん||とうふ|や||うん|||||きみ||||||ぼく||||もんぜん||とうふ|や||こし|しょうじ|| かんかん と 云 う 声 を 聞き ながら 僕 は 二 階 へ 上がって 布団 を 敷いて 寝る 。 ||うん||こえ||きき||ぼく||ふた|かい||あがって|ふとん||しいて|ねる ―― 僕 の うち の 吉原 揚 は 旨 かった 。 ぼく||||よしはら|よう||むね| -- My Yoshiwara fries were delicious. 近所 で 評判 だった 」   隣り 座敷 の 小手 と 竹刀 は 双方 と も おとなしく なって 、 向 う の 椽 側 で は 、 六十 余り の 肥 った 爺さん が 、 丸い 背 を 柱 に も たして 、 胡坐 の まま 、 毛 抜きで 顋 の 髯 を 一 本 一 本 に 抜いて いる 。 きんじょ||ひょうばん||となり|ざしき||こて||しない||そうほう|||||むかい|||たるき|がわ|||ろくじゅう|あまり||こえ||じいさん||まるい|せ||ちゅう||||こざ|||け|ぬきで|さい||ぜん||ひと|ほん|ひと|ほん||ぬいて| 髯 の 根 を うんと 抑えて 、 ぐ いと 抜く と 、 毛抜 は 下 へ 弾 ね返り 、 顋 は 上 へ 反り 返る 。 ぜん||ね|||おさえて|||ぬく||けぬき||した||たま|ねがえり|さい||うえ||そり|かえる まるで 器械 の ように 見える 。 |きかい|||みえる 「 あれ は 何 日 掛ったら 抜ける だろう 」 と 碌 さん が 圭 さん に 質問 を かける 。 ||なん|ひ|かかったら|ぬける|||ろく|||けい|||しつもん|| 「 一生懸命に やったら 半日 くらい で 済む だろう 」 「 そう は 行く まい 」 と 碌 さん が 反対 する 。 いっしょうけんめいに||はんにち|||すむ||||いく|||ろく|||はんたい| 「 そう か な 。 じゃ 一 日 か な 」 「 一 日 や 二 日 で 奇麗に 抜ける なら 訳 は ない 」 「 そう さ 、 ことに よる と 一 週間 も かかる か ね 。 |ひと|ひ|||ひと|ひ||ふた|ひ||きれいに|ぬける||やく||||||||ひと|しゅうかん|||| 見た まえ 、 あの 丁寧に 顋 を 撫で 廻し ながら 抜いて る の を 」 「 あれ じゃ 。 みた|||ていねいに|さい||なで|まわし||ぬいて||||| 古い の を 抜 いち まわ ない うち に 、 新しい の が 生える かも 知れ ない ね 」 「 とにかく 痛い 事 だろう 」 と 圭 さん は 話 頭 を 転じた 。 ふるい|||ぬき||||||あたらしい|||はえる||しれ||||いたい|こと|||けい|||はなし|あたま||てんじた 「 痛い に 違いない ね 。 いたい||ちがいない| 忠告 して やろう か 」 「 なんて 」 「 よせ って さ 」 「 余計な 事 だ 。 ちゅうこく||||||||よけいな|こと| それ より 幾 日 掛ったら 、 みんな 抜ける か 聞いて 見 ようじゃ ない か 」 「 うん 、 よかろう 。 ||いく|ひ|かかったら||ぬける||きいて|み||||| 君 が 聞く んだ よ 」 「 僕 は いやだ 、 君 が 聞く の さ 」 「 聞いて も 好 い が つまらない じゃ ない か 」 「 だ から 、 まあ 、 よそう よ 」 と 圭 さん は 自己 の 申し出 し を 惜気 も なし 撤回 した 。 きみ||きく|||ぼく|||きみ||きく|||きいて||よしみ|||||||||||||けい|||じこ||もうしで|||せきき|||てっかい| 一 度 途切れた 村 鍛冶 の 音 は 、 今日 山里 に 立つ 秋 を 、 幾 重 の 稲妻 に 砕く つもり か 、 か あんか あん と 澄み 切った 空 の 底 に 響き 渡る 。 ひと|たび|とぎれた|むら|かじ||おと||きょう|やまざと||たつ|あき||いく|おも||いなずま||くだく|||||||すみ|きった|から||そこ||ひびき|わたる 「 あの 音 を 聞く と 、 どうしても 豆腐 屋 の 音 が 思い出さ れる 」 と 圭 さん が 腕組 を し ながら 云 う 。 |おと||きく|||とうふ|や||おと||おもいださ|||けい|||うでぐみ||||うん| 「 全体 豆腐 屋 の 子 が どうして 、 そんなに なった もん だ ね 」 「 豆腐 屋 の 子 が どんなに なった の さ 」 「 だって 豆腐 屋 らし くない じゃ ない か 」 「 豆腐 屋 だって 、 肴 屋 だって ―― なろう と 思えば 、 何 に でも なれる さ 」 「 そう さ な 、 つまり 頭 だ から ね 」 「 頭 ばかり じゃ ない 。 ぜんたい|とうふ|や||こ||||||||とうふ|や||こ|||||||とうふ|や||||||とうふ|や||さかな|や||||おもえば|なん|||||||||あたま||||あたま||| 世の中 に は 頭 の いい 豆腐 屋 が 何 人 いる か 分 ら ない 。 よのなか|||あたま|||とうふ|や||なん|じん|||ぶん|| それ でも 生涯 豆腐 屋 さ 。 ||しょうがい|とうふ|や| 気の毒な もの だ 」 「 それ じゃ 何 だい 」 と 碌 さん が 小 供 らしく 質問 する 。 きのどくな|||||なん|||ろく|||しょう|とも||しつもん| 「 何 だって 君 、 やっぱり なろう と 思う の さ 」 「 なろう と 思った って 、 世の中 が して くれ ない の が だいぶ ある だろう 」 「 だ から 気の毒だ と 云 う の さ 。 なん||きみ||||おもう|||||おもった||よのなか||||||||||||きのどくだ||うん||| 不公平な 世の中 に 生れれば 仕方 が ない から 、 世の中 が して くれ なくて も 何でも 、 自分 で なろう と 思う の さ 」 「 思って 、 なれ なければ ? ふこうへいな|よのなか||うまれれば|しかた||||よのなか||||||なんでも|じぶん||||おもう|||おもって|| 」 「 なれ なく って も 何でも 思う んだ 。 ||||なんでも|おもう| 思って る うち に 、 世の中 が 、 して くれる ように なる んだ 」 と 圭 さん は 横着 を 云 う 。 おもって||||よのなか||||||||けい|||おうちゃく||うん| 「 そう 注文 通り に 行けば 結構だ 。 |ちゅうもん|とおり||いけば|けっこうだ ハハハハ 」 「 だって 僕 は 今日 まで そうして 来た んだ もの 」 「 だから 君 は 豆腐 屋 らしく ない と 云 う のだ よ 」 「 これ から 先 、 また 豆腐 屋 らしく なって しまう かも 知れ ない か な 。 ||ぼく||きょう|||きた||||きみ||とうふ|や||||うん||||||さき||とうふ|や|||||しれ||| 厄介だ な 。 やっかいだ| ハハハハ 」 「 なったら 、 どう する つもりだ い 」 「 なれば 世の中 が わるい の さ 。 |||||||よのなか|||| 不公平な 世の中 を 公平に して やろう と 云 う のに 、 世の中 が 云 う 事 を きか なければ 、 向 の 方 が 悪い のだろう 」 「 しかし 世の中 も 何 だ ね 、 君 、 豆腐 屋 が えらく なる よう なら 、 自然 えらい 者 が 豆腐 屋 に なる 訳 だ ね 」 「 えらい 者 た 、 どんな 者 だい 」 「 えらい 者 って 云 う の は 、 何 さ 。 ふこうへいな|よのなか||こうへいに||||うん|||よのなか||うん||こと||||むかい||かた||わるい|||よのなか||なん|||きみ|とうふ|や||||||しぜん||もの||とうふ|や|||やく||||もの|||もの|||もの||うん||||なん| 例えば 華族 と か 金持 と か 云 う もの さ 」 と 碌 さん は すぐ 様 えらい 者 を 説明 して しまう 。 たとえば|かぞく|||かねもち|||うん|||||ろく||||さま||もの||せつめい|| 「 うん 華族 や 金持 か 、 ありゃ 今 でも 豆腐 屋 じゃ ない か 、 君 」 「 その 豆腐 屋 連 が 馬車 へ 乗ったり 、 別荘 を 建てたり して 、 自分 だけ の 世の中 の ような 顔 を して いる から 駄目だ よ 」 「 だ から 、 そんな の は 、 本当の 豆腐 屋 に して しまう の さ 」 「 こっち が する 気 でも 向 が なら ない や ね 」 「 なら ない の を さ せる から 、 世の中 が 公平に なる んだ よ 」 「 公平に 出来れば 結構だ 。 |かぞく||かねもち|||いま||とうふ|や||||きみ||とうふ|や|れん||ばしゃ||のったり|べっそう||たてたり||じぶん|||よのなか|||かお|||||だめだ|||||||ほんとうの|とうふ|や|||||||||き||むかい|||||||||||||よのなか||こうへいに||||こうへいに|できれば|けっこうだ 大いに やり たまえ 」 「 やり た まえ じゃ いけない 。 おおいに||||||| 君 も やら なくっちゃ あ 。 きみ|||| ―― ただ 、 馬車 へ 乗ったり 、 別荘 を 建てたり する だけ なら いい が 、 むやみに 人 を 圧 逼 する ぜ 、 ああ 云 う 豆腐 屋 は 。 |ばしゃ||のったり|べっそう||たてたり|||||||じん||あっ|ひつ||||うん||とうふ|や| 自分 が 豆腐 屋 の 癖 に 」 と 圭 さん は そろそろ 慷慨 し 始める 。 じぶん||とうふ|や||くせ|||けい||||こうがい||はじめる 「 君 は そんな 目 に 逢った 事 が ある の かい 」   圭 さん は 腕組 を した まま ふ ふん と 云 った 。 きみ|||め||あった|こと|||||けい|||うでぐみ|||||||うん| 村 鍛冶 の 音 は 不 相 変 か あんか あん と 鳴る 。 むら|かじ||おと||ふ|そう|へん|||||なる 「 まだ 、 かんかん 遣って る 。 ||つかって| ―― おい 僕 の 腕 は 太い だろう 」 と 圭 さん は 突然 腕 まくり を して 、 黒い 奴 を 碌 さん の 前 に 圧し つけた 。 |ぼく||うで||ふとい|||けい|||とつぜん|うで||||くろい|やつ||ろく|||ぜん||あっし| 「 君 の 腕 は 昔 から 太い よ 。 きみ||うで||むかし||ふとい| そうして 、 いやに 黒い ね 。 ||くろい| 豆 を 磨いた 事 が ある の かい 」 「 豆 も 磨いた 、 水 も 汲 んだ 。 まめ||みがいた|こと|||||まめ||みがいた|すい||きゅう| ―― おい 、 君 粗忽 で 人 の 足 を 踏んだら どっち が 謝 まる もの だろう 」 「 踏んだ 方 が 謝 まる の が 通 則 の ようだ な 」 「 突然 、 人 の 頭 を 張りつけたら ? |きみ|そこつ||じん||あし||ふんだら|||あやま||||ふんだ|かた||あやま||||つう|そく||||とつぜん|じん||あたま||はりつけたら 」 「 そりゃ 気 違 だろう 」 「 気 狂 なら 謝 ま ら ないで も いい もの か な 」 「 そう さ な 。 |き|ちが||き|くる||あやま||||||||||| 謝 ま ら さす 事 が 出来れば 、 謝 ま ら さす 方 が いい だろう 」 「 それ を 気 違 の 方 で 謝 まれ って 云 う の は 驚 ろく じゃ ない か 」 「 そんな 気 違 が ある の かい 」 「 今 の 豆腐 屋 連 は みんな 、 そう 云 う 気 違 ばかりだ よ 。 あやま||||こと||できれば|あやま||||かた||||||き|ちが||かた||あやま|||うん||||おどろ||||||き|ちが|||||いま||とうふ|や|れん||||うん||き|ちが|| 人 を 圧迫 した 上 に 、 人 に 頭 を 下げ させよう と する んだ ぜ 。 じん||あっぱく||うえ||じん||あたま||さげ|さ せよう|||| 本来 なら 向 が 恐れ入る の が 人間 だろう じゃ ない か 、 君 」 「 無論 それ が 人間 さ 。 ほんらい||むかい||おそれいる|||にんげん|||||きみ|むろん|||にんげん| しかし 気 違 の 豆腐 屋 なら 、 うっちゃって 置く より ほか に 仕方 が ある まい 」   圭 さん は 再び ふ ふん と 云 った 。 |き|ちが||とうふ|や|||おく||||しかた||||けい|||ふたたび||||うん| しばらく して 、 「 そんな 気 違 を 増長 さ せる くらい なら 、 世の中 に 生れて 来 ない 方 が いい 」 と 独り言 の ように つけた 。 |||き|ちが||ぞうちょう|||||よのなか||うまれて|らい||かた||||ひとりごと||| 村 鍛冶 の 音 は 、 会話 が 切れる たび に 静かな 里 の 端 から 端 まで か あんか あん と 響く 。 むら|かじ||おと||かいわ||きれる|||しずかな|さと||はし||はし||||||ひびく 「 しきりに かんかん やる な 。 どうも 、 あの 音 は 寒 磬寺 の 鉦 に 似て いる 」 「 妙に 気 に 掛る んだ ね 。 ||おと||さむ|けいてら||しょう||にて||みょうに|き||かかる|| その 寒 磬寺 の 鉦 の 音 と 、 気 違 の 豆腐 屋 と でも 何 か 関係 が ある の かい 。 |さむ|けいてら||しょう||おと||き|ちが||とうふ|や|||なん||かんけい|||| ―― 全体 君 が 豆腐 屋 の 伜 から 、 今日 まで に 変化 した 因縁 は どう 云 う 筋道 なんだい 。 ぜんたい|きみ||とうふ|や||せがれ||きょう|||へんか||いんねん|||うん||すじみち| 少し 話して 聞か せ ない か 」 「 聞か せて も いい が 、 何だか 寒い じゃ ない か 。 すこし|はなして|きか||||きか|||||なんだか|さむい||| ちょいと 夕飯 前 に 温泉 に 這 入ろう 。 |ゆうはん|ぜん||おんせん||は|はいろう 君 いや か 」 「 うん 這 入ろう 」   圭 さん と 碌 さん は 手拭 を ぶら下げて 、 庭 へ 降りる 。 きみ||||は|はいろう|けい|||ろく|||てぬぐい||ぶらさげて|にわ||おりる 棕梠 緒 の 貸 下駄 に は 都 らしく 宿 の 焼 印 が 押して ある 。 しゅろ|お||かし|げた|||と||やど||や|いん||おして|