恋愛 寫眞 本 編【1】 れんあい|しゃしん|ほん|へん Love drawing, main story [1]. 愛情寫真集主要故事[1]

恋愛 寫眞 本 編 【1】 れんあい|しゃしん|ほん|へん 彼女 は 嘘つき だった 。 かのじょ||うそつき|

ぼく は 、 彼女 に 嘘 を つかれる たび に 警戒 する のだ が 、 すっかり 忘れた 頃 ころ に また 、 同じ ような 嘘 に 騙されて しまう のだった 。 ||かのじょ||うそ|||||けいかい|||||わすれた|ころ||||おなじ||うそ||だまさ れて|| たとえば 、 いつ だった か 、 彼女 は こんなふうに ぼく に 言った こと が あった 。 ||||かのじょ|||||いった|||

「 気 を 付けた ほう が いい わ よ 」 き||つけた|||||

「 気 を 付けるって 、 何 を ？ き||つける って|なん| 「 世界 の 人間 の 、５ 人 に １ 人 は テレパス な んだ から 」 せかい||にんげん||じん||じん|||||

「 ほんと か な 」

「 ほんと よ 。

私 確かめた んだ もん 」 わたくし|たしかめた||

「 どう やって ？ 簡単な の よ 、 と 彼女 は 言った 。 かんたんな||||かのじょ||いった

「 怪しい と 思ったら 、 その 人 の 前 で 口 に は 出さ ず に 、 こう 考える の 。 あやしい||おもったら||じん||ぜん||くち|||ださ||||かんがえる|

『 あ 、 肩 に 蜘蛛 が たかって る 』って 。 |かた||くも|||| それ で 、 驚いた ような 顔 で 自分 の 肩 を 見たら 、 その 人 は テレパス よ 」 ||おどろいた||かお||じぶん||かた||みたら||じん|||

「 確かに そう だ けど 」 たしかに|||

「 人 混 み で それ を やる と びっくり する わ よ 。 じん|こん||||||||||

まわり で たくさんの 人 たち が 慌てて 自分 の 肩 を 見る んだ から 。 |||じん|||あわてて|じぶん||かた||みる|| ぞっと しちゃ う わ 」

そこ まで 言わ れる と さすが に 心配に なって くる 。 ||いわ|||||しんぱいに||

「 ちなみに 、 あの 由香って 子 は 、 テレパス ね 」 ||ゆか って|こ||| 「 ほんと ？ 「 ええ 、 ほんと よ 。

確かめて みれば いい わ 」 たしかめて|||

そして 、 愚かに も ぼく は 彼女 に 言わ れる まま に 確かめて みた 。 |おろかに||||かのじょ||いわ||||たしかめて|

『 肩 に 蜘蛛 が ！ かた||くも| 』って 。 もちろん 反応 は 無し 。 |はんのう||なし しばらく は 人 と 会う たび に 、 それ を 繰り返して いた が 、 どうやら 少なくとも ぼく の まわり に は テレパス は ひと り も いない みたいだった 。 ||じん||あう|||||くりかえして||||すくなくとも|||||||||||| まる きり 信じる ほど お人好し で は ない が 、 それ でも 確かめて しまった と いう 事実 は 残る 。 ||しんじる||おひとよし|||||||たしかめて||||じじつ||のこる

そこ が ぼく の 甘 さ だった 。 ||||あま||

「 どう だった ？ 」 と 彼女 が 訊 く ので 、「 確か め も し なかった よ 」 と ぼく は 答えた 。 |かのじょ||じん|||たしか|||||||||こたえた 彼女 は しばらく 探る ような 目 で ぼく を 見て いた が 、 やがて にっこり と 微笑む と 優しく 諭す ような 声 で 言った 。 かのじょ|||さぐる||め||||みて||||||ほおえむ||やさしく|さとす||こえ||いった

「 嘘 を つく なら 、 もう 少し 上手に なら なくちゃ ね 」 うそ|||||すこし|じょうずに|||

とにかく ─── こんなふうに して ぼく は 、 彼女 の 嘘 に いつも 騙されて いた のだった 。 |||||かのじょ||うそ|||だまさ れて|| キャンパス の すぐ 裏手 を 走る 国道 。 きゃんぱす|||うらて||はしる|こくどう

そこ に 掛かる 横断 歩道 の 手前 に 彼女 は 佇んで いた 。 ||かかる|おうだん|ほどう||てまえ||かのじょ||たたずんで|

背 が 低く 、 おそろしく 華奢 な 身体 から だ の つくり の 女の子 だった 。 せ||ひくく||きゃしゃ||からだ||||||おんなのこ|

無造作に カット さ れた ショートヘア に チョコレート 色 した メタルフレーム の 丸 眼鏡 、 そして 鼠色 の シンプルな スモック に 身 を 包んで いた 。 むぞうさに|かっと|||||ちょこれーと|いろ||||まる|めがね||ねずみいろ||しんぷるな|||み||つつんで|

彼女 は 右手 を 高く 掲げ 、 自分 が 横断 歩道 を 渡りたい のだ と いう 意志 を 行き交う 車 たち に 昂 然 と アピール して いた 。 かのじょ||みぎて||たかく|かかげ|じぶん||おうだん|ほどう||わたり たい||||いし||ゆきかう|くるま|||たかし|ぜん||あぴーる|| しかし ４ 車線 ある 国道 に 車 が 途切れる こと は なく 、 ドライバー たち は 、 歩道 の 彼女 に 気付いて は いて も 、 良心 の 呵責 に は 気付か ぬ ふり を して 、 そのまま 通り過ぎて いった 。 |しゃせん||こくどう||くるま||とぎれる||||どらいばー|||ほどう||かのじょ||きづいて||||りょうしん||かしゃく|||きづか||||||とおりすぎて|

どう 見て も 渡れ そう も ない 横断 歩道 で 手 を 挙げ 続ける 彼女 は 、 不器用な 人間 の 小さな サンプル 品 の ように 見えた 。 |みて||わたれ||||おうだん|ほどう||て||あげ|つづける|かのじょ||ぶきような|にんげん||ちいさな|さんぷる|しな|||みえた

そして 、 不器用である と いう こと は 、 ぼく に とって は 大いなる 美徳 で も あった 。 |ぶきようである|||||||||おおいなる|びとく|||

ぼく は ゆっくり と 歩いて 彼女 に 近づく と 声 を 掛けた 。 ||||あるいて|かのじょ||ちかづく||こえ||かけた

「１００ ｍ ほど 先 に 押し ボタン 式 の 信号 が ある から 、 そこ から 渡った ほう が いい と 思う よ 。 ||さき||おし|ぼたん|しき||しんごう||||||わたった|||||おもう| ここ で 渡る こと は きっと 無理だ と 思う から 」 ||わたる||||むりだ||おもう|

彼女 は ぼく を 見上げ 、 眩 そうに 目 を 細めた 。 かのじょ||||みあげ|くら|そう に|め||ほそめた

その 表情 で 、 彼女 が 自分 と 同じ ぐらい の 歳 と し である と いう こと に 気付いた 。 |ひょうじょう||かのじょ||じぶん||おなじ|||さい||||||||きづいた 幼い 顔 を して いた が 、 そこ に は 知性 と すでに 風格 の ような もの まで も が 備わって いた 。 おさない|かお||||||||ちせい|||ふうかく|||||||そなわって| そして 何より も 目 を 引いた の は 、 丸 眼鏡 の レンズ の 奥 で こちら を 見つめる 巨大な 瞳 だった 。 |なにより||め||ひいた|||まる|めがね||れんず||おく||||みつめる|きょだいな|ひとみ| あと から 知った のだ が 、 それ は 遠視 用 の 眼鏡 だった 。 ||しった|||||えんし|よう||めがね| ようは 虫 眼鏡 越し に ぼく は 彼女 の 瞳 を 見て いた わけだ 。 |ちゅう|めがね|こし||||かのじょ||ひとみ||みて||

「 小さな 子供 だった とき から この 眼鏡 は 掛けて る の 。 ちいさな|こども|||||めがね||かけて||

眼科 の 先生 は 、 成長 すれば いつか はずせる ように なる からって 言って た 」 がんか||せんせい||せいちょう||||||から って|いって| だ から 、 と 彼女 は 続けて 、「 私 は きっと これ から 大人 の 女性 に 成長 して いく んだ と 思う （ その とき 彼女 は すでに 大学 の ３ 年生 だった ）。 |||かのじょ||つづけて|わたくし|||||おとな||じょせい||せいちょう|||||おもう|||かのじょ|||だいがく||ねんせい|

背 だって もっと 高く なる し 、 胸 だって 大きく 膨 で いく はず よ 。 せ|||たかく|||むね||おおきく|ぼう|||| そ したら この 眼鏡 を はずして 、 大人 の 女性 みたいに 振る舞う の 」 |||めがね|||おとな||じょせい||ふるまう|

そう 言って から 彼女 は ズズっと 鼻 を 啜った 。 |いって||かのじょ||ズズ っと|はな||せつ った いつも 鼻 炎 を 患って いた のだ 。 |はな|えん||わずらって||

ズズっと 鼻 を 鳴らし 、 彼女 は ぼく に 言った 。 ズズ っと|はな||ならし|かのじょ||||いった 「 でも 、 ここ は 横断 歩道 よ 。 |||おうだん|ほどう|

渡る こと の でき ない 横断 歩道って おかしく ない かしら ？ わたる|||||おうだん|ほどう って||| 彼女 は 鼻 に かかった ハスキーな 声 を して いた 。 かのじょ||はな|||はすきーな|こえ|||

ひどく アンバランスな 印象 を 受けた が 、 それ を 言ったら 、 彼女 の 何もかも が アンバランスだった 。 |あんばらんすな|いんしょう||うけた||||いったら|かのじょ||なにもかも||あんばらんすだった

「 そう だ ね 。 変 だ よ ね 」 へん|||

「 それって 、 ちっとも 甘く ない ザッハトルテ だ と か 、 閉 所 恐怖 症 の 宇宙 飛行 士 と か と おんなじ ような もの じゃ ない ？ それ って||あまく||||||しま|しょ|きょうふ|しょう||うちゅう|ひこう|し|||||||| 「 よく 分から ない んだ けど 」 |わから|||

「 存在 する こと の 意義 に ついて 言って いる の よ 」 そんざい||||いぎ|||いって|||

渡れ ない ならば 、 と 彼女 は 言った 。 わたれ||||かのじょ||いった

「 ここ に 在る べきで は ない わ 。 ||ある||||

きっと 博物 館 の 床 に でも 描かれて いる べきな の ね 」 |はくぶつ|かん||とこ|||えがか れて|||| なるほど 。

ぼく は 大 英 博物 館 の 磨か れた 床 に ペイント さ れた ゼブラ 模様 を 思い浮かべた 。 ||だい|えい|はくぶつ|かん||みがか||とこ||||||もよう||おもいうかべた

悪く は ない かも しれ ない 。 わるく||||| その 隣 で は 、 ちっとも 甘く ない ザッハトルテ を 閉 所 恐怖 症 の 宇宙 飛行 士 が 口 に 運んで いる 。 |となり||||あまく||||しま|しょ|きょうふ|しょう||うちゅう|ひこう|し||くち||はこんで| 博物 館 らしい 眺め だ と 言えた 。 はくぶつ|かん||ながめ|||いえた

彼女 は 掲げて いた 腕 を 下ろす と 、 ズズっと 鼻 を 鳴らした 。 かのじょ||かかげて||うで||おろす||ズズ っと|はな||ならした 「 あなた は ？ 」 と 彼女 が 訊 いた 。 |かのじょ||じん|

「 あなた も 向こう に 渡りたい の ？ ||むこう||わたり たい| 「 いや 、 そう じゃ ない 。

ただ 、 通りかかった だけ 。 |とおりかかった| ぼく が 行く の は あっち 」 ||いく|||あっ ち 「 そして 私 は こっち に 行けば いい の ね ？ |わたくし||||いけば||| ぼく は 頷き 、 彼女 は 感謝 の 意味 の こもった 微笑み を 見せた 。 ||うなずき|かのじょ||かんしゃ||いみ|||ほおえみ||みせた

ひどく ぎこちない 笑顔 だった 。 ||えがお| おそらく 彼女 は もっと 完璧な 笑み を 見せ たかった のだろう けど 、 その 60 ％ ぐらい の 笑顔 で 精一杯 と いった 感じ だった 。 |かのじょ|||かんぺきな|えみ||みせ|||||||えがお||せいいっぱい|||かんじ| そして 、 でき なかった 40 ％ の 部分 に ぼく は 好感 を 抱いた 。 ||||ぶぶん||||こうかん||いだいた

「 さよなら 」

彼女 は そう 言って ぼく に 背 を 向け 、 歩き 出した 。 かのじょ|||いって|||せ||むけ|あるき|だした

ぼく も きび す を 返し 歩き 始めた が 、７ 歩 目 で ふと 思いついて 立ち止まり 、 バッグ から カメラ を 取り出した 。 |||||かえし|あるき|はじめた||ふ|め|||おもいついて|たちどまり|ばっぐ||かめら||とりだした

遠ざかる 彼女 は やっぱり おそろしく 華奢 な 後ろ姿 を して いた 。 とおざかる|かのじょ||||きゃしゃ||うしろすがた|||

ファインダー 越し に 彼女 を 捕らえ 、 すばやく ピント を 合わせて シャッター を 押した 。 |こし||かのじょ||とらえ||ぴんと||あわせて|しゃったー||おした

それ が ８５６ 枚 の うち の 最初の １ 枚 と なった 。 ||まい||||さいしょの|まい||

思った とおり 、 彼女 は ぼく と 同じ 大学 の 学生 だった 。 おもった||かのじょ||||おなじ|だいがく||がくせい|

大 教室 で 行わ れる 教養 課程 の 授業 で 、 窓際 の 席 に 座る 彼女 の 姿 を ぼく は よく目 に した 。 だい|きょうしつ||おこなわ||きょうよう|かてい||じゅぎょう||まどぎわ||せき||すわる|かのじょ||すがた||||よくめ|| あるいは 、 学生 食堂 で 彼女 を 見る こと も あった 。 |がくせい|しょくどう||かのじょ||みる||| 彼女 は 友人 たち と 一緒だった 。 かのじょ||ゆうじん|||いっしょだった

一 人 は あまりに 背 が 高 すぎ 、 一 人 は あまりに 太り すぎて いた 。 ひと|じん|||せ||たか||ひと|じん|||ふとり||

そして あまりに 小さな 彼女 が 間 に 座り 、 そこ は 地味で 沈んだ 印象 を まわり に 与えて いた 。 ||ちいさな|かのじょ||あいだ||すわり|||じみで|しずんだ|いんしょう||||あたえて|

どちら か と いう と 余り もの の 寄せ集め と いった 感じ で 、 まわり の きらびやかな 女の子 たち の 中 で 、３ 人 だけ が 色彩 を 欠いて いた 。 |||||あまり|||よせあつめ|||かんじ|||||おんなのこ|||なか||じん|||しきさい||かいて|

自己 充足 的で 閉鎖 的な 彼女 の グループ を 男子 学生 たち は ほとんど 無視 して いた 。 じこ|じゅうそく|てきで|へいさ|てきな|かのじょ||ぐるーぷ||だんし|がくせい||||むし||

大学 の 裏手 に は 化学 工場 が あって 、 ある 特定 の 季節 の ある 特定の 時間 帯 に なる と 、 風 に 乗って 工場 の 異臭 が キャンパス 内 に 届く こと が あった 。 だいがく||うらて|||かがく|こうじょう||||とくてい||きせつ|||とくていの|じかん|おび||||かぜ||のって|こうじょう||いしゅう||きゃんぱす|うち||とどく|||

ほとんど の 人間 は その あまり の 臭 に お い に 耐え きれ ず 、 窓 を 閉め切った 教室 に 避難 する か 、 あるいは 早々 に キャンパス を あと に して 異臭 の 圏 外 へ 逃れよう と した 。 ||にんげん|||||くさ|||||たえ|||まど||しめきった|きょうしつ||ひなん||||はやばや||きゃんぱす|||||いしゅう||けん|がい||のがれよう||

しかし 、 彼女 は そんな 臭い を まったく 気 に する ふうで は なかった 。 |かのじょ|||くさい|||き|||||

いつも 鼻 を ズズっと 啜って いた から 、 嗅覚 が どうにか なって いた んだ と 思う 。 |はな||ズズ っと|せつ って|||きゅうかく|||||||おもう 誰 だれ も い なく なった 学生 食堂 で 、 異臭 の 中 ひとり 食事 を して いる 彼女 を 見た こと が ある 。 だれ||||||がくせい|しょくどう||いしゅう||なか||しょくじ||||かのじょ||みた|||

彼女 は とても 自然で 、 自分 の まわり に 人間 が いない こと も 、 自分 の まわり が 異臭 に 満ちて いる こと も 、 さして 気 に する 様子 も なく 優雅に 昼食 を 楽しんで いた 。 かのじょ|||しぜんで|じぶん||||にんげん|||||じぶん||||いしゅう||みちて|||||き|||ようす|||ゆうがに|ちゅうしょく||たのしんで| ある 意味 、 臭い に 無 感覚 である と いう こと は 、 ぼく に とって は 有り難い こと で も あった 。 |いみ|くさい||む|かんかく||||||||||ありがたい||||

それ は ぼく が 使う 軟膏 の 臭い な のだ が 、 イスラエル で 作ら れた その 薬品 は 何とも 言え ない 異臭 を 放った 。 ||||つかう|なんこう||くさい||||いすらえる||つくら|||やくひん||なんとも|いえ||いしゅう||はなった その 独創 的な 臭い は いわば ぼく の 第 二 の 属性 であり 、 ぼく の 行動 を 制約 する 揮発 性 物質 で できた 拘束 衣 で も あった 。 |どくそう|てきな|くさい|||||だい|ふた||ぞくせい||||こうどう||せいやく||きはつ|せい|ぶっしつ|||こうそく|ころも|||

ぼく は ずっと 幼い 頃 から 皮膚 病 に 苦しんで きた 。 |||おさない|ころ||ひふ|びょう||くるしんで|

父親 も まったく 同じ 症状 に 悩んで いた から おそらく これ は 遺伝 性 の 疾病 な のだ と 思う 。 ちちおや|||おなじ|しょうじょう||なやんで||||||いでん|せい||しっぺい||||おもう

皮膚 の 柔らかい 部分 、 腹 だ とか 内 うち もも だ と か 、 あるいは もっと 敏感な 部分 だ と か に 現れる 小さな 円形 の 湿疹 は 、 猛烈な 痒 み を 伴い ぼく を 苦しめた 。 ひふ||やわらかい|ぶぶん|はら||と か|うち||||||||びんかんな|ぶぶん|||||あらわれる|ちいさな|えんけい||しっしん||もうれつな|よう|||ともない|||くるしめた

様々な 薬品 を 試して みた けど 、 効果 は どれ も 似たり寄ったりだった 。 さまざまな|やくひん||ためして|||こうか||||にたりよったりだった 痒 み は 、 執拗 で 猜 さ い 疑心 の 強い 愛人 の ように 、 つねに ぼく に まとわり ついて 離れ なかった 。 よう|||しつよう||さい|||ぎしん||つよい|あいじん||||||||はなれ|

しかし 、 ふとした こと で 手 に 入れた この イスラエル 製 の 軟膏 は 、 そんな たち の 悪い 愛人 を 、 気まぐれな 女 友達 ぐらい に は 変える こと が 可能だった 。 ||||て||いれた||いすらえる|せい||なんこう|||||わるい|あいじん||きまぐれな|おんな|ともだち||||かえる|||かのうだった

それ 以来 ずっと この 薬 を 使い 続けて いる が 、 それ が 果たして 正しい 選択 だった の か どう か は いまだに 疑問 だ 。 |いらい|||くすり||つかい|つづけて|||||はたして|ただしい|せんたく||||||||ぎもん|

世の中 に は 完全な 解決 策 など と いう 都合 の いい もの は そう そう 無い の かも しれ ない 。 よのなか|||かんぜんな|かいけつ|さく||||つごう|||||||ない|||| 近付く と 言って も 、 まったく 非 性 的な 関係 で 、 ベッドイン に いたる 長い 前 戯 の ような 熱っぽい 交流 と は そうとうに 距離 が あった 。 ちかづく||いって|||ひ|せい|てきな|かんけい|||||ながい|ぜん|ぎ|||ねつっぽい|こうりゅう||||きょり||

この ころ の ぼく は まだ 、 女性 経験 が 無く （ ぼく が 言う 女性 経験 と は 、 手 を 繋 つな い で歩く と いう ような 初歩 的な こと も 含まれて いる ）、 同年 代 の 女性 は 、 はるかに 大人 で 、 はるかに 性 的に 成熟 して いて 、 はるかに 遠い 存在 だった 。 ||||||じょせい|けいけん||なく|||いう|じょせい|けいけん|||て||つな|||であるく||||しょほ|てきな|||ふくま れて||どうねん|だい||じょせい|||おとな|||せい|てきに|せいじゅく||||とおい|そんざい| 正統 的な 美人 で 、 だいたい クラス の 男子 が 20 人 いたら 、 その うち の ６ 人 ぐらい が 恋して しまう ような いい 子 だった 。 せいとう|てきな|びじん|||くらす||だんし||じん|||||じん|||こいして||||こ| 自分 が 美人 だ と いう こと を 知っていて 、 それ でも 自 意識 に とらわれ ず 自然 体 で いら れる ような そんな 女性 で も あった 。 じぶん||びじん||||||しっていて|||じ|いしき||||しぜん|からだ||||||じょせい|||

同性 から も 異性 から も 好か れ 、 老人 から も 子供 から も 、 さらに は 犬 から も 好かれて いた 。 どうせい|||いせい|||すか||ろうじん|||こども|||||いぬ|||すか れて| パーフェクトだ 。 ぱーふぇくとだ

彼女 を 嫌いだ と いう 人間 は 、 おそらく 自分 以外 の 人間 は 一 人 残らず 嫌いだ と いう ような 奴 やつ な んだろう 。 かのじょ||きらいだ|||にんげん|||じぶん|いがい||にんげん||ひと|じん|のこらず|きらいだ||||やつ|||

あるいは 自分 さえ も 反吐 が 出る ほど 嫌いだ と いう ような 。 |じぶん|||へど||でる||きらいだ|||

ぼく は 一目 見て 好きに なり 、 そ したら 二度と 直視 でき なく なった 。 ||いちもく|みて|すきに||||にどと|ちょくし|||

恋 と は そんな もの だ 。 こい|||||

恋 に 関して ぼく は 百 戦 錬磨 の ベテラン だった 。 こい||かんして|||ひゃく|いくさ|れんま||べてらん|

もちろん 片 恋 と いう 注釈 は つく けど 。 |かた|こい|||ちゅうしゃく|||

様々な 片思い を 経験 して いく うち に 、 ぼく は これ も また ひと つ の 完成 さ れた 人間 関係 なんだ と 思う ように なって いた 。 さまざまな|かたおもい||けいけん|||||||||||||かんせい|||にんげん|かんけい|||おもう|||

成就 する 恋 だけ が 意味 を 持つ わけで は ない 。 じょうじゅ||こい|||いみ||もつ||| 片思い だって 、 それ だけ で 完結 した 立派な 人生 の 挿話 だ 。 かたおもい|||||かんけつ||りっぱな|じんせい||そうわ| どうせ 叶う こと が ない なら 、 この 思い を 大切に 温めて いこう 。 |かなう||||||おもい||たいせつに|あたためて| そんなふうに 思って いた 。 |おもって|

だ から 彼女 と （ ここ で 言う 彼女 と は 富山 みゆき で は なく 里 さ と 中 なか 静 し ず 流 る の こと だ 。 ||かのじょ||||いう|かのじょ|||とみやま|||||さと|||なか||せい|||りゅう||||

いつも 鼻 を 啜って いる 小さな 嘘つき 娘 の 名前 は 静 流 と いった ） 急速に 近付いて いった 時 も 、 そこ に 特別な 感情 が 入り込む 余地 は どこ に も 無かった 。 |はな||せつ って||ちいさな|うそつき|むすめ||なまえ||せい|りゅう|||きゅうそくに|ちかづいて||じ||||とくべつな|かんじょう||はいりこむ|よち|||||なかった あるいは どこ か に は あった の かも しれ ない けれど 、 この 頃 の ぼく は まだ それ に 気付いて なかった 。 ||||||||||||ころ|||||||きづいて|

ほとんど 俯いて 暮らして いた ぼく が 初めて 彼女 を 直視 した の は 、 それ も また 学生 食堂 で の こと だった 。 |うつむいて|くらして||||はじめて|かのじょ||ちょくし|||||||がくせい|しょくどう||||

入学 式 から ひと 月 ほど が 過ぎて 、 履修 登録 も ほぼ 決まり 、 新入 生 たち も ようやく 新しい 世界 で の 居場所 を 見つけ出した 頃 。 にゅうがく|しき|||つき|||すぎて|りしゅう|とうろく|||きまり|しんにゅう|せい||||あたらしい|せかい|||いばしょ||みつけだした|ころ

ぼく は 自分 が 放って いる 臭い （ あえて 説明 する ならば 、 それ は 百貨店 の コスメティックコーナー の 匂 に お い に 、 ベーカリー から 立ちのぼる イースト 菌 の 匂い を 混ぜ合わせた ような もの だった 。 ||じぶん||はなって||くさい||せつめい|||||ひゃっかてん||||にお|||||||たちのぼる|いーすと|きん||におい||まぜあわせた|||

単独 なら 芳香 でも 、 組み合わせ に よって は ひどい 悪臭 と なる ） を 気 に して 、 つねに まわり の 人間 から 距離 を とる ように して 過ごして いた 。 たんどく||ほうこう||くみあわせ|||||あくしゅう||||き||||||にんげん||きょり|||||すごして| 学生 食堂 でも 、 できる だけ 人 が 寄りつか ない 隅 の テーブル に 座る ように して いた 。 がくせい|しょくどう||||じん||よりつか||すみ||てーぶる||すわる|||

その 日 、 ひと り で Ｂ ランチ を 食べて いる と 声 を 掛けられた 。 |ひ||||ｂ|らんち||たべて|||こえ||かけ られた 「 瀬川 くん ？ せかわ| 顔 を 上げる と みゆき が いた 。 かお||あげる||||

入学 以来 、 初めて 目 と 目 が 合い 、 彼女 の 瞳 の 美し さ に 気付いた ぼく は 大急ぎで 恋 に 落ちた 。 にゅうがく|いらい|はじめて|め||め||あい|かのじょ||ひとみ||うつくし|||きづいた|||おおいそぎで|こい||おちた おそらく 12 回 目 の 片思い が 始まる のだろう と いう 予感 が 胸 を よぎった 。 |かい|め||かたおもい||はじまる||||よかん||むね|| ぼく は 視線 を 逸ら し 、 彼女 の 肩 の あたり の 曖 あい 昧 まい な 空間 に 視線 を さまよわ せた 。 ||しせん||はやら||かのじょ||かた||||あい||まい|||くうかん||しせん||| それ 以来 、 ずっと その 辺り を 見る こと に して いる 。 |いらい|||あたり||みる||||

「 ねえ 、 ひと り で 食べて ないで 、 あっち の テーブル に 来 ない ？ ||||たべて||あっ ち||てーぶる||らい| 見 み 遣 や る と 、 そこ に は 教養 課程 で 同じ クラス に なった ４、５ 人 の 男女 が いた 。 み||つか|||||||きょうよう|かてい||おなじ|くらす|||じん||だんじょ||

「 せっかく 同じ クラス に なった んだ から さ 、 友達 に なりましょう よ 」 |おなじ|くらす||||||ともだち||なり ましょう| そう 言って 彼女 は 柔らかな 仕草 で 長い 髪 を かき上げた 。 |いって|かのじょ||やわらかな|しぐさ||ながい|かみ||かきあげた

「 ありがとう 」

ぼく は 言った 。 ||いった

好きで ひと り で いた わけで は ない ので 、 すごく 嬉しかった し 、 もっと 彼女 の こと を 知りたい と いう 気持ち も あった 。 すきで||||||||||うれしかった|||かのじょ||||しり たい|||きもち|| だから 、 ぼく は トレイ を 持って 、 彼女 の グループ が いる テーブル に 移動 した 。 |||||もって|かのじょ||ぐるーぷ|||てーぶる||いどう|

テーブル の 一 番 下手に 腰掛け 、 さらに 少し 椅子 を 引いて 彼ら から 距離 を 保った 。 てーぶる||ひと|ばん|へたに|こしかけ||すこし|いす||ひいて|かれら||きょり||たもった

彼ら は 「 や あ 」 と か 「 よろしく 」 と か 気軽に ぼく に 声 を 掛け 、 すぐに 仲間内 の 会話 に 戻って いった 。 かれら|||||||||きがるに|||こえ||かけ||なかまうち||かいわ||もどって|

ぼく は Ｂ ランチ の 残り を 口 に 運び ながら 、 彼ら の 会話 に 聞き 耳 を 立てた 。 ||ｂ|らんち||のこり||くち||はこび||かれら||かいわ||きき|みみ||たてた

やがて 間もなく この 小さな グループ に おける 相関 図 と いう もの が うっすら と 見えて きた 。 |まもなく||ちいさな|ぐるーぷ|||そうかん|ず|||||||みえて|

ぼく は ぼんやり と 彼ら を 眺め ながら その 頭 の 上 に 青 や 赤 の 矢印 を 加えて いった 。 ||||かれら||ながめ|||あたま||うえ||あお||あか||やじるし||くわえて|

白浜 と いう 傲慢 な 感じ の 男 が いて （ それ が スタイル な の か と 思ったら 、 実は 骨 の 髄 まで 傲慢な 人間 な のだ と いう こと に いずれ ぼく は 気付く ）、 彼 が この グループ の 中心 に いた 。 しらはま|||ごうまん||かんじ||おとこ|||||すたいる|||||おもったら|じつは|こつ||ずい||ごうまんな|にんげん||||||||||きづく|かれ|||ぐるーぷ||ちゅうしん||

彼 は あきらかに みゆき に 好意 を 抱いて いた 。 かれ|||||こうい||いだいて| あまりに あからさまな 態度 な ので 逆に 信じられ ない ぐらい だった 。 ||たいど|||ぎゃくに|しんじ られ||| 恋 と は もっと 秘め や かな 営み で は ない の か ？ こい||||ひめ|||いとなみ|||||

ぼく は 白浜 の 頭 の 上 から みゆき の 頭 の 上 に 向かって 青い 矢印 を 引いた 。 ||しらはま||あたま||うえ||||あたま||うえ||むかって|あおい|やじるし||ひいた

（ もちろん 、 ぼく の 頭 の 上 から も みゆき に 向かって 青い 矢印 が 走って いた ） |||あたま||うえ|||||むかって|あおい|やじるし||はしって|

さらに 関せ き 口 ぐち と いう 細身 の 男 が いて 、 彼 の 頭 の 上 に も みゆき に 向かう 矢印 を 描き 加えた 。 |かんせ||くち||||ほそみ||おとこ|||かれ||あたま||うえ|||||むかう|やじるし||えがき|くわえた

白浜 と は 対照 的に 、 関口 の 好意 は さりげなく 慎重に 隠されて いた 。 しらはま|||たいしょう|てきに|せきぐち||こうい|||しんちょうに|かくさ れて| ぼく の ような 片思い の ベテラン で なければ 気付か ない ような 、 小さな サイン が 控えめに 点灯 して いた 。 |||かたおもい||べてらん|||きづか|||ちいさな|さいん||ひかえめに|てんとう|| あまりに も 遠回しで 、 まるで 暗号 の ように なった 言葉 で 彼 は 自分 の 思い を 告白 して いた 。 ||とおまわしで||あんごう||||ことば||かれ||じぶん||おもい||こくはく|| おそらく １００ 年 かかって も みゆき は それ を 解読 でき ない だろう 。 |とし|||||||かいどく|||

彼 は つねに 諧謔 的で 、 自分 が この 世界 に 生まれ落ちた こと 自体 が 、 滑稽 で しかたがない と いう ような 態度 を とり 続けて いた 。 かれ|||かいぎゃく|てきで|じぶん|||せかい||うまれおちた||じたい||こっけい||||||たいど|||つづけて|

ある 意味 、 人間 の 正しい 在り よう の ひと つ だ と 、 ぼく は 感じた 。 |いみ|にんげん||ただしい|あり|||||||||かんじた

また 、 この 関口 の 女 版 と も 言える ような 早 樹 と いう 女性 が いて 、 彼女 も ひっそり と しめやかに 関口 に 好意 を 寄せて いた 。 ||せきぐち||おんな|はん|||いえる||はや|き|||じょせい|||かのじょ|||||せきぐち||こうい||よせて|

彼女 の 頭 の 上 から ぼく は 関口 に 向かって 赤い 矢印 を 引いた 。 かのじょ||あたま||うえ||||せきぐち||むかって|あかい|やじるし||ひいた 関口 は その 繊細 さ で 気付いて いた だろう けど 、 繊細な 気配り で 気付か ぬ ふり を して いる ように も 見えた 。 せきぐち|||せんさい|||きづいて||||せんさいな|きくばり||きづか||||||||みえた

もう 一 人 の 女性 は 由香 と いう 名前 だった が 、 彼女 と みゆき だけ が 、 まったく の ニュートラル で 、 誰 に 向かって も 矢印 は 出て い なかった 。 |ひと|じん||じょせい||ゆか|||なまえ|||かのじょ|||||||||だれ||むかって||やじるし||でて||

由香 は 10 代 に して すでに 老 成し 、 ラップ を 忘れて 冷蔵 庫 に 仕舞わ れた 青菜 みたいに 水気 を 失って いた 。 ゆか||だい||||ろう|なし|らっぷ||わすれて|れいぞう|こ||しまわ||あおな||みずけ||うしなって| 恋 を する 前 から 彼女 は 恋 に 絶望 して いる 女 だった 。 こい|||ぜん||かのじょ||こい||ぜつぼう|||おんな|

そう やって 相関 図 を 描いて いって 見る と 、 やはり みゆき の 人気 は 圧倒 的だった 。 ||そうかん|ず||えがいて||みる|||||にんき||あっとう|てきだった

この とき の ぼく は そんな 彼女 を 少し 気の毒に 思ったり も した 。 ||||||かのじょ||すこし|きのどくに|おもったり|| 何となく 分かる 。 なんとなく|わかる 彼女 みたいな 女の子 は 、 一方的に 思い を 寄せて くる 人間 に だって ちゃんと 気遣い を して しまう のだ 。 かのじょ||おんなのこ||いっぽうてきに|おもい||よせて||にんげん||||きづかい|||| 自分 が 相手 を 好きで ない こと に 責任 を 感じて 、 申し訳なく 思う 。 じぶん||あいて||すきで||||せきにん||かんじて|もうしわけなく|おもう だ と したら 、 好か れる と いう こと も 、 端 で 見る ほど 楽しく は 無い の かも しれ ない 。 |||すか||||||はし||みる||たのしく||ない||||

この 日 以降 も 、 ぼく は 何となく 彼ら と 一緒に いる こと が 多く なった 。 |ひ|いこう||||なんとなく|かれら||いっしょに||||おおく|

距離 に 気 を つけ 、 風下 の 位置 に 立つ こと を 心掛け 、 薬 の 量 を できる だけ 減らす ように して 、 みゆき の そば に いよう と した 。 きょり||き|||かざしも||いち||たつ|||こころがけ|くすり||りょう||||へらす|||||||||

運 の いい 日 に は 、 彼女 と 二 人きり に なる こと も あった 。 うん|||ひ|||かのじょ||ふた|ひときり|||||

階段 教室 の 中程 に 並んで 座る 。 かいだん|きょうしつ||なかほど||ならんで|すわる

ぼく ひと り なら 、 窓際 の 一 番 奥 が 定 位置 な のだ が 、 そこ は 彼女 に は 似つかわしく ない から 。 ||||まどぎわ||ひと|ばん|おく||てい|いち||||||かのじょ|||につかわしく||

「 白浜 くん は ？ しらはま|| と 彼女 が 訊 き いた 。 |かのじょ||じん||

「 さあ 」 と ぼく は 答えた 。 ||||こたえた

ぽり ぽり と 脇腹 を 掻か き ながら 。 |||わきばら||かか||

「 アルバイト かも しれ ない 」 あるばいと|||

「 そう 」 と 彼女 は 言って 、 それ から 「 痒 いの ？ ||かのじょ||いって|||よう| と 訊 た ず ねた 。 |じん|||

「 少し 」 と ぼく は 答えた けど 、 少しも 少し で は なかった 。 すこし||||こたえた||すこしも|すこし|||

薬 を 最小 限 に 抑えて いた ので 、 痒 み は 最大 限 に なって いた 。 くすり||さいしょう|げん||おさえて|||よう|||さいだい|げん|||

「 早 樹 も 由香 も 自主 休講 。 はや|き||ゆか||じしゅ|きゅうこう

ずるい よ ね 。 ほら 」

彼女 は 二 人 の 名前 が 書か れた 出席 カード を ぼく に 見せた 。 かのじょ||ふた|じん||なまえ||かか||しゅっせき|かーど||||みせた

ぼく は 頷き 、 白浜 と 関口 の 名前 が 書か れた 出席 カード を その 隣 に 並べた 。 ||うなずき|しらはま||せきぐち||なまえ||かか||しゅっせき|かーど|||となり||ならべた

彼女 がくっく と 声 を 潜めて 笑った 。 かのじょ|がく っく||こえ||ひそめて|わらった 「 損な 役回り よ ね 」 そんな|やくまわり||

もちろん 、 そんな こと は なかった 。

彼女 と 二 人 で 並んで 授業 が 受けられる の なら 、 卒業 の 日 まで ずっと 代 返 を して やって も いい くらい だった 。 かのじょ||ふた|じん||ならんで|じゅぎょう||うけ られる|||そつぎょう||ひ|||だい|かえ||||||| 彼女 は こっそり と 膝 の 上 に 女性 雑誌 を 置いて いた 。 かのじょ||||ひざ||うえ||じょせい|ざっし||おいて|

そっと 覗いて みる と 、「 ブライダル 特集 」 と 表紙 に あった 。 |のぞいて||||とくしゅう||ひょうし||

ぼく の 視線 に 気付き 、 彼女 が 首 を すくめた 。 ||しせん||きづき|かのじょ||くび||

「 いつか ね 。

私 だって お 嫁 さん に なる 日 が 来る んだ と 思う し 」 わたくし|||よめ||||ひ||くる|||おもう|

「 きっと 、 きれいな お 嫁 さん に なる と 思う よ 」 |||よめ|||||おもう|

ぼく が 言う と 、 彼女 は ふっと 息 を 止め 、 それ から こうべ を めぐらせて 、 こちら を 見た 。 ||いう||かのじょ|||いき||とどめ||||||||みた

横顔 に 注が れた 視線 が む ず 痒 いような 感覚 を 呼び起こした 。 よこがお||そそが||しせん||||よう||かんかく||よびおこした

ぼく は 首筋 を ぽり ぽり と 掻いた 。 ||くびすじ|||||かいた

「 ありがとう 」

ずいぶん 時間 が 経たって から 彼女 が 言った 。 |じかん||へた って||かのじょ||いった 「 瀬川 くん は 」 と 彼女 は 続けた 。 せかわ||||かのじょ||つづけた

「 どんな 女 の 人 と 結婚 する の かしら ね ？ |おんな||じん||けっこん|||| 「 きっと ───」 きみ みたいな ひと と 、 と いう 言葉 が 意識 の 端に 上った だけ で 胸 が 痛く なった 。 |||||||ことば||いしき||はしたに|のぼった|||むね||いたく|

口 に したら 死んで しまう かも しれ ない 。 くち|||しんで||||

「─── ぼく は 結婚 なんか し ない よ 」 ||けっこん||||

ようやく の 思い で 、 それ だけ 言った 。 ||おもい||||いった

「 それ は もったいない わ 」

すかさず 彼女 が 言った 。 |かのじょ||いった

「 いや 、 ぼく は そんなに ───」

「 あなた じゃ なくて 」 と 彼女 は ぼく の 言葉 を 遮った 。 ||||かのじょ||||ことば||さえぎった

「 あなた と 結ばれる はずの 誰 か の こと よ 」 ||むすばれる||だれ||||

ぼく は 顔 を 上げ 、 彼女 の 右 耳 の 辺り を 見た 。 ||かお||あげ|かのじょ||みぎ|みみ||あたり||みた

きれいな 耳たぶ だった 。 |みみたぶ| 薄 桃色 で 金色 の 産毛 が 光って いる 。 うす|ももいろ||きんいろ||うぶげ||ひかって|

「 あなた は 、 一 人 分 の 幸福 を その 手 に 持って いる の よ 」 ||ひと|じん|ぶん||こうふく|||て||もって|||

彼女 は ぼく の 視線 を 捕らえよう と 、 じっと こちら を 見つめて いた 。 かのじょ||||しせん||とらえよう|||||みつめて|

ぼく は 、 それ でも 彼女 の 右 の 耳たぶ を 見 続けて いた 。 ||||かのじょ||みぎ||みみたぶ||み|つづけて|

「 その 幸福 を 待ち受けて いる 女の子 が この 世界 の どこ か に いる はずだ わ 。 |こうふく||まちうけて||おんなのこ|||せかい|||||||

その こと も 考えて みて 」 |||かんがえて|

ぼく が 幸福に したい と 願って いる の は 、 その みゆき 本人 だった が 、 彼女 は ぼく が 与えられる より も はるかに 大きな 幸福 を 手 に す べき 女性 の ように 思えた 。 ||こうふくに|し たい||ねがって||||||ほんにん|||かのじょ||||あたえ られる||||おおきな|こうふく||て||||じょせい|||おもえた ぼく が 持って いる 一 人 分 の 幸福 ─── だったら 誰 の ため に ？ ||もって||ひと|じん|ぶん||こうふく||だれ|||

ぼく の 手 に ある と いう 一 人 分 の 幸福 の 話 に 。 ||て|||||ひと|じん|ぶん||こうふく||はなし|

ぼく は 、 悪臭 に 満ちた キャンパス 内 を 足早に 歩いて いた 。 ||あくしゅう||みちた|きゃんぱす|うち||あしばやに|あるいて|

人影 は ない 。 ひとかげ|| 一般 的な 嗅覚 の 持ち主 は とっくに 避難 済み だ 。 いっぱん|てきな|きゅうかく||もちぬし|||ひなん|すみ| ぼく は 、 自分 自身 が 発する 臭い に 慣らされて 、 少々 の 悪臭 で は めげる こと の ない 耐性 を 身 に つけて いた 。 ||じぶん|じしん||はっする|くさい||ならさ れて|しょうしょう||あくしゅう|||||||たいせい||み||| そして 、 前 を 行く 静 流 に 気付いた 。 |ぜん||いく|せい|りゅう||きづいた

彼女 は いつも の ように 、 とくに 臭い を 気 に する ふうで も なく 、 ゆっくり と した 歩調 で キャンパス を 貫く メインストリート を 歩いて いた 。 かのじょ||||||くさい||き|||||||||ほちょう||きゃんぱす||つらぬく|||あるいて|

クリーム イエロー の スモック に 身 を 包み 、 麻 の トートバッグ を 手 に ぶら下げて いた 。 くりーむ|いえろー||||み||つつみ|あさ||||て||ぶらさげて|

彼女 の 不器用な 印象 は この とき も 変わって い なかった 。 かのじょ||ぶきような|いんしょう|||||かわって||

ただ 歩いて いる だけ な のに 、 その 動き に は どこ か 覚 束 か ない ところ が あって 、 まだ 自分 の 身体 から だ の 試用 期間 を 終えて いない と いう ような 初心 者 的な ぎこちな さ が あった 。 |あるいて||||||うごき|||||あきら|たば|||||||じぶん||からだ||||しよう|きかん||おえて|||||しょしん|もの|てきな|||| みゆき や 早 樹 と いった ぼく の まわり に いる 女の子 たち と 比べる と 、 まるで 別 亜種 の ような 存在 に さえ 思えた 。 ||はや|き||||||||おんなのこ|||くらべる|||べつ|あしゅ|||そんざい|||おもえた

それ でも 彼女 は 楽しげで 、 誰 も いない 世界 で ひとり 陽気に はしゃいで いた 。 ||かのじょ||たのしげで|だれ|||せかい|||ようきに|| 花 や 鳥 に 話しかけ 、 奇妙な ステップ で 踊る 姿 は 、 一種 独特な 魅力 を 放射 して いた 。 か||ちょう||はなしかけ|きみょうな|すてっぷ||おどる|すがた||いっしゅ|どくとくな|みりょく||ほうしゃ|| そうとう に ユニークで 徹底 的に オリジナルな 魅力 だった 。 ||ゆにーくで|てってい|てきに|おりじなるな|みりょく|

ぼく は バッグ から カメラ を 取り出し 、 彼女 の 姿 を フィルム に 収めた 。 ||ばっぐ||かめら||とりだし|かのじょ||すがた||ふぃるむ||おさめた

ファインダー の 向こう で 、 彼女 は 風変わりな ステップ を 踏み 、 無人の 野 の 辺 べ を ゆく 旅人 の ように 自由に 振る舞って いた 。 ||むこう||かのじょ||ふうがわりな|すてっぷ||ふみ|ぶにんの|の||ほとり||||たびびと|||じゆうに|ふるまって|

その あと ぼく は 昼食 を とる ため に メインストリート を 離れ 学 食 棟 に 向かった 。 ||||ちゅうしょく|||||||はなれ|まな|しょく|むね||むかった

案の定 、 学 食 に 人 の 気配 は 無かった 。 あんのじょう|まな|しょく||じん||けはい||なかった

徹底 した 職業 意識 に 支えられた 女性 たち だけ が カウンター の 向こう で 、 次の オーダー を 待ち受けて いた 。 てってい||しょくぎょう|いしき||ささえ られた|じょせい||||かうんたー||むこう||つぎの|おーだー||まちうけて| ぼく は いつも の ように Ｂ ランチ を 注文 した 。 |||||ｂ|らんち||ちゅうもん| 誰 も いない 学 食 で 、 ぼく は そこ に は いない 誰 か を 気遣って 、 いつも と 同じ 隅 の 席 に 腰 を 下ろした 。 だれ|||まな|しょく||||||||だれ|||きづかって|||おなじ|すみ||せき||こし||おろした たしかに 臭い は 気 に なった けど 、 その 感覚 を 遮断 する すべ を ぼく は 習得 して いた 。 |くさい||き|||||かんかく||しゃだん||||||しゅうとく||

ぼく は 目の前 の ランチ だけ に 意識 を 集中 して スプーン を 動かし 続けた 。 ||めのまえ||らんち|||いしき||しゅうちゅう||すぷーん||うごかし|つづけた 匂い を 欠いた 食物 は 珪土 を 練り上げて つくられて いる みたいに 味気なかった 。 におい||かいた|しょくもつ||けいつち||ねりあげて|つくら れて|||あじけなかった