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悪人 (Villain) (1st Book), 第三章 彼女は誰に出会ったか?【3】

第 三 章 彼女 は 誰 に 出会った か?【3】

日 が 暮れて 暗く なれば 、 蛍光 灯 を つける 。

日ごろ は 当たり前に やって いる こと が 、 石橋 佳男 に は ひどく 特別な こと に 思えた 。

暗く なれば 、 明かり を つける 。

簡単な こと だ 。 ただ 、 この 簡単な こと を する ため に 、 人 は 多く の こと を 感じて いる のだ 。

まずは 目 で 暗く なった こと を 感じる 。

暗く なれば 不便だ と 思う 。 明るく すれば 不便で なく なる 。 明るく する に は 蛍光 灯 を つければ いい 。 蛍光 灯 を つける に は 、 畳 から 立ち上がり 、 紐 を 引っ張れば いい 。 あの 紐 さえ 引っ張れば 、 ここ が 、 暗く 、 不便な 場所 で は なく なる 。

佳男 は 薄暗い 部屋 で 、 じっと 頭上 の 紐 を 眺めた 。

立ち上がれば 済む こと な のに 、 蛍光 灯 の 紐 が とても 遠かった 。

実際 、 部屋 は 暗かった 。

ただ 、 何 を やる わけで も ない 。 暗くて も 不便 は 感じ なかった 。 不便で なければ 蛍光 灯 を つける こと も ない 。 蛍光 灯 を つけ ない の なら 、 何も 立ち上がる こと は ない 。

結局 、 佳男 は また 畳 に ご ろん と 横 に なった 。

部屋 に は 線香 の 匂い が こもって いる 。 つい さっき 、「 少し は 窓 開けたら どう や ? 」 と 、 佳男 は 妻 の 里子 に 言った 。

「…… はい 」

朝 から 仏壇 の 前 に 座り込んで いる 里子 は 返事 を した が 、 あれ から すでに 十 数 分 、 座布団 から 立ち上がる 気配 は ない 。

薄暗い 部屋 の 向こう に 、 同じく 明かり の ついて いない 理容 店 の 店 内 が 見える 。 表 を 走る トラック の 風圧 が 、 ときどき 薄い ドア を 揺らす 。 耳 を 澄ませば 、 線香 や 蝋燭 が 燃える 音 まで 聞こえて くる 。

一 人 娘 である 佳乃 の 通夜 と 葬式 を 終わら せて 、 もう 何 日 くらい 経った の か 。

つい さっき 泣き叫ぶ 里子 を 連れて 葬儀 場 から 戻って きた ような 気 も する し 、 もう 半年 も 前 に 佳乃 に 別れ を 告げた ような 気 も する 。

筑後 川 沿い の メモリアルホール で の 葬儀 に は 多く の 人 たち が 集まった 。

親類 縁者 、 ご 近所 さん 、 佳男 と 里子 の 昔 から の 友人 たち も 競って 手伝い を して くれた 。 もちろん 佳乃 本人 の 同級 生 たち や 同僚 たち も 来て くれた 。 最後 の 夜 まで 佳乃 と 一緒だった と いう 同僚 二 人 は 、 献花 の とき 、 冷たく なった 佳乃 の 顔 に 触れ ながら 、「 ごめん ねぇ 。 ごめん ねぇ 。 一 人 で 行か せて 、 ごめん ねぇ 」 と 周囲 も 気 に せ ず 号泣 して いた 。 しかし 、 みんな 佳乃 の ため に 集まって いる はずな のに 、 誰 も 佳乃 の 話 を し なかった 。 佳乃 が なぜ こんな 姿 に なった の か 、 誰 も 口 に しよう と し なかった 。

メモリアルホール の 外 に は テレビ カメラ が 何 台 も 来て いた 。

もちろん 警察 も おり 、 捜査 状況 を 探ろう と する レポーター たち と の 会話 が 、 慰問 客 たち の 口 から 口 へ と 伝わって いた 。

その 夜 、 佳乃 と 待ち合わせ を して いた と いう 大学生 は 、 未 だ 行方 が 分から なかった 。

断定 は でき ない が 、 逃走 して いる のならば 、 彼 が 犯人 に 違いない だろう と 言う 警官 も いた 。

「 大学生 一 人 、 捕まえ らん で 、 何 が 警察 か ! 佳男 は 涙声 で 怒鳴った 。

こんな ところ で 線香 など 上げて いないで 、 もっと 必死に 探して くれ ! と 行き場 の ない 怒り に からだ を 震わせた 。

通夜 の 晩 、 岡山 から 駆けつけて くれた 大 叔母 たち に 、「 きつ か やろう けど 、 少し は 眠ら ん と いけん よ 」 と 諭されて 、 会場 の 控え室 に 布団 を 敷いて もらった 。 眠れる はず も ない のだ が 、 もしも ここ で 眠れれば 、 これ が 夢 に 変わる かも しれ ない と 必死に 目 を 閉じた 。

襖 の 向こう で は 親戚 や 友人 たち が ひそひそ と 言葉 を 交わし 、 ときどき 缶 ビール を 開ける 音 や 、 お かき を 齧る 音 が そこ に 混じった 。

襖 の 向こう から 聞こえて くる 会話 で は 、 妻 の 里子 は 相変わらず 祭壇 の 佳乃 の そばから 離れられ ず 、 誰 か が 声 を かければ 泣き出して いる らしかった 。 正直 、 眠って しまい たかった 。

娘 を 殺さ れた と いう のに 、 こんな 川 沿い の メモリアルホール で 、 アニメ の 人形 集 め が 趣味 と いう 若い 坊主 の 到着 を ただ じっと 待つ しか でき ない 自分 が 、 情けなくて 悔しくて 仕方なかった 。

いくら 必死に 目 を つぶって も 、 襖 の 向こう から 聞こえて くる ひそひそ 声 に 耳 を 塞ぐ こと は でき ない 。

「 しかし 、 ここ だけ の 話 、 その 大学生 が 犯人 なら まだ 佳男 さん たち も 救わ れる と よ 。

だって 、 もし よ 、 警察 が 言う ように その 『 出会い 系 』 か 何 か で 知り合った 男 やったり して ごらん よ 。 テレビ の 話 じゃ 、 それ で 男 と 知り合う て お 小遣い もらい よったって 話 も ある らしい や ない ね 」 「 そこ に 佳男 が 寝 とる と ぞ ! 大 叔母 たち の 話 を 誰 か が 抑えた 口調 で 制す 。

ただ 、 一瞬 会話 が おさまって も 、 また すぐに 誰 か が おずおず と 口火 を 切って しまう 。

「 でも 、 その 大学生 も 犯人 じゃ なかったら 逃げ 隠れ せ ん やろ 」

「 そりゃ 、 そう さ 。 もし かして 、 その お 小遣い の こと を 知られて 、 その 大学生 と 喧嘩 でも した と じゃ ない やろ か 。 それ で 話 が こじれて ……」

理容 店 と 繋がって いる 台所 から 冷たい すきま 風 が 吹いて くる 。

佳男 は 畳 に 寝 転がった まま 足 を 伸ばして 障子 を 閉めた 。 相変わらず 薄暗い 部屋 が いよいよ 光 を 失って しまう 。

「 里子 ……」

力なく 仏壇 前 の 妻 を 呼ぶ と 、「…… はい 」 と 、 まるで もう 五 分 も 前 に 呼んだ とき の 返事 が 、 今 戻って きた ような 声 を 出す 。

「 晩 メシ 、 なんか 店屋 もの で も とる か ? 「…… そう ね 」

「 来 々 軒 に 電話 かけ ん ね 」

「…… うん 」

返事 は する が 、 里子 が 動き出す 気配 は ない 。

それ でも 、 朝 から 仏壇 の 前 を 離れ ない 妻 と 、 佳男 は 今日 初めて きちんと 言葉 を 交わした ような 気 が した 。

佳男 は 仕方なく 畳 から 立ち上がり 、 蛍光 灯 の 紐 を 引いた 。

何度 か 点滅 した あと ついた 明かり が 、 古びた 畳 や 今 まで 枕 に して いた 座布団 を 照らす 。 座 卓 に は 会葬 御礼 品 の 小 箱 が 積み重ねられ 、 その 上 に 葬儀 社 から の 請求 書 が 載って いる 。 「 これ から ご 自宅 の ほう に お参り に いらっしゃる 方 も います から ね 」 と 葬儀 屋 は 言って いた 。 佳男 は 座 卓 から 目 を 逸ら す と 、 来 々 軒 に 電話 を かけて 野菜 ラーメン を 二 杯 注文 した 。

相手 は いつも の 親父 だった が 、「 あ ! 石橋 さん ? は いはい 、 すぐに 持っていく けん 」 と 、 対応 は ひどく ぎこちなかった 。

電話 を 切る と 、 仏壇 の ほう から 里子 が また 鼻 を 啜 る 音 が 聞こえた 。

泣いて も 泣いて も 涙 が 溢れて くる らしかった 。 啜って も 啜って も 悔し さ は 啜 り 切れ ない らしかった 。 「 里子 」

また 畳 に しゃがみ込み 、 佳男 は 仏壇 の 棚 に 身 を 投げ出した 里子 の 背中 に 声 を かけた 。

「 お前 、 佳乃 が その 大学生 と 付き合い よった の 、 知っとった と か ? 事件 以来 、 初めて 佳男 は 娘 の 名前 を 口 に した 気 が した 。

佳男 の 質問 に 里子 は 突っ伏した まま 何も 答え ない 。 また 泣き出した の か 、 その 振動 で 棚 に 置か れた 蝋燭 が 揺れる 。

「 佳乃 は 、 みんな が 言う ような 娘 じゃ なか ぞ 。 そんな 簡単に 男 と ……」

喋って いる うち に 声 が 震えた 。

気 が つく と 、 頬 を 涙 が 流れて いた 。 突っ伏した まま の 里子 が 声 を 上げる 。 まるで 子供 の ころ の 佳乃 の ように 、 歯 を 食いしばる ように して 泣く 。

「 許さ ん ぞ 。 絶対 に その 男 を 許さ ん 。 誰 が なんて 言おう と 、 俺 は 許さ ん 」

声 が 出 なかった 。

喉 に 詰まった 言葉 を 佳男 は ぐっと 呑み込んだ 。

あれ は いつごろ だった か 、 いつも の ように 日曜 の 晩 に 電話 を かけて きた 佳乃 と 里子 が 長話 を して いた こと が あった 。

佳男 が 風呂 に 入る 前 に かかって きて 、 出て から も しばらく 続いて いた ので 一 時間 以上 は 喋って いた はずだ 。

湯上がり に 焼酎 の 烏 龍 茶 割 り を 作って 、 テレビ を つけ 、 聞く と も なく 二 人 の 話 を 聞いて いる と 、「 お母さん と お 父さん が 出会った ころ 、 どっち が どっち に 告白 した の か 」 と か 、「 バンド を 組んで 女の子 たち に 人気 の あった お 父さん を 、 どう やって 落とした の か 」 など 、 ちょっと こちら が 照れ臭く なる ような 質問 を 娘 の 佳乃 が して いる らしく 、 里子 も 里子 で それ に 律 儀 に 答えて いる 。 いつも なら 「 長 電話 する な ! 」 と 怒鳴りつける のだ が 、 内容 が 内容 だけ に 、 佳男 も どう 声 を かけて いい の か 分から ず 、 ついつい 酒 の ペース が 速く なる 。

やっと 電話 を 切った 里子 に 、「 何の 話 や ? 」 と 白々しく 尋ねる と 、「 佳乃 に 好きな 人 が できたって 」 と 嬉し そうな 顔 を した 。 一瞬 、 佳乃 に 男 が ?

と 焦り は した が 、 その 相談 で 母親 に 電話 を かけて きて 、 両親 の 出会い に ついて 質問 した 娘 の 可愛 さ も あった 。

「 付き合い よう と か ? と 、 佳男 が 突っ慳貪 に 尋ねた 。 「 いや ぁ 、 まだ そこ まで いく もん ね 。 ほら 、 昔 から あの 子 は 、 好きな 男の子 の 前 で は 強 がる 癖 の あった や ない ね 。 我 が 強いって いう か 、 素直 や ないって いう か 。 …… でも 、 今回 の あの 感じ や と 、 ほん な こと 好 いとう ご た よ 。 電話 の 向こう で ちょっと 泣き そうに なっとった もん 。 ばってん 、 まだ 可愛い もん や ねぇ 、 好きな 人 が できて 、 友達 に も 相談 でき ず 、 母親 に 電話 かけて くる なんて 」 佳男 が 返事 も せ ず に 、 グラス の 焼酎 を 飲み干す と 、「…… よう 聞か ん やった けど 、 湯布院 や 別府 で えらい 高級な 旅館 を 経営 し とる お家 の 一 人 息子 さん ら しか よ 」 と 里子 が 付け加える 。 佳男 は その つい 半年 ほど 前 、 理容 組合 の 慰安 旅行 で 訪ねた 湯布院 の 町 を 思い浮かべた 。

自分 たち が 宿泊 した の は 安 旅館 だった が 、 散歩 に 出かけた 先 に 、 敷居 の 高 そうな 老舗 旅館 の 門 が あり 、 たまたま そこ の 美しい 若 女将 が 門前 に 立って いた 。 若 女将 は 佳男 たち が 別の 旅館 の 浴衣 を 着て いる に も かかわら ず 、 気軽に 声 を かけて きた 。 佳男 たち が 「 湯布院 は 空気 が おいしい 」 と 言う と 、「 また 、 来て 下さい ね 」 と 笑顔 を 浮かべた 。

その 夜 、 台所 で 洗い 物 を 始めた 里子 の 尻 を 眺め ながら 、 佳男 は 知らず知らず の うち に 、 その 老舗 旅館 の 前 に 立ち 、 こちら に 笑み を 浮かべる 着物 姿 の 佳乃 の 姿 を 思い描いて いた 。

我ながら 性急 過ぎる 空想 に 苦笑 も した が 、 若 女将 に なった 娘 を 想像 する の は 、 まんざら 嫌な 気分 で も なかった 。

仏壇 の 前 で 泣き崩れる 里子 を 眺め ながら 、 佳男 は もう 一 度 、「 俺 は 許さ ん ……」 と 呟いた 。

戻れる もの なら 、 あの 夜 に 戻り 、 長 電話 を する 里子 の 手 から 受話器 を 奪いたい 。 「 そげ な 男 と 関わる な 」 と 一言 、 佳乃 に 言って やりたい 。 それ が でき ない 自分 が 悔しかった 。

呑気 に 娘 の 着物 姿 など 想像 して しまった 自分 が 、 悔しくて 、 情けなくて 、 仕方なかった 。

ここ 数 日 、 鶴田 公 紀 は ふと 気 が つけば 増尾 圭 吾 の こと を 考えて いた 。

事件 の 翌日 に 来て 以来 、 警察 から の 連絡 は なく 、 その後 の 状況 は テレビ や 新聞 に 頼る しか ない 。

仲 の 良い 同級 生 が 女 を 殺して 逃走 して いる 。

言葉 に する と 、 かなり ドラマティック な 物語 に 巻き込まれて いる のだ が 、 日常 は 至って 平凡で 、 こう やって 大濠公園 の 見 下ろせる 部屋 に こもり 、「 死刑 台 の エレベーター 」 や 「 市民 ケーン 」 など 好きな 映画 を 観て いる だけ だ 。 その 上 、 寝る 前 に は 必ず エロビデオ に 切り替えて 、 きちんと 精 を 放つ 。

同級 生 が 人 を 殺して 逃亡 して いる 現実 が 、 まるで 自分 が 書いた 下手な 脚本 みたいで 、 こんな ありきたりな ストーリー など 映画 に して も 面白く ない んじゃ ない か と 思えて くる 。

しかし 、 増尾 が 女 を 殺して 逃亡 して いる の は 、 自分 の 下手 クソ な 脚本 で は ない 。

事件 以後 、 いや 、 事件 以前 も 同じだった が 、 まったく 学校 に も 行って いない 。 おそらく 今ごろ 学校 で は 、 増尾 の こと で 学園 祭 前夜 の ような 盛り上がり を 見せて いる に 違いない 。

目立つ 存在 だった 増尾 の こと を 好きだった 奴 も 嫌い だった 奴 も 、 観客 と いう の は 自分勝手な もの で 、 早く 結末 を 見せろ と イライラ して くる 。

あれ から 毎日 、 増尾 の 携帯 に 連絡 を 入れて いる 。

ただ 、 未 だに 一 度 も 繋がら ない 。

自分 に とって 増尾 圭 吾 と いう 存在 が 、 世間 と を 結ぶ 唯一 の 糸 だった のだ と 鶴田 は 改めて 思う 。

学校 の 話 も 、 友人 たち の 話 も 、 女 の 話 も 、 考えて みれば 全部 増尾 の 口 から 聞か されて 、 それ で 自分 も 一端 に 大学 生活 を 送って いる ような 気分 で いた 。 増尾 は 今ごろ どこ に おるっちゃ ろうか 。 一 人 で 怯え とるっちゃ ろか 。 逃げ 切れる つもりで おるっちゃ ろか 。 どうせ 捕まる の なら 、 増尾 らしく 捕まって ほしい 。

今さら 自首 など せ んで ほしい 。 最後 の 最後 まで 逃走 して 、 最後 は 大勢 の 警官 に 囲まれて 、 強い スポット ライト を 浴びる 中 で 、 自分 に は 書け そう も ない 科白 を 叫んで 、 自ら 命 を 断って ほしい 。 気 が つく と 、 鶴田 は エロビデオ の フェラチオシーン を 眺め ながら 、 そんな こと を 考えて いる 。

いつの間にか 夜 は 明け 、 散らかった 部屋 に 朝日 が 差し込んで いる 。 すぐ そこ の 大濠公園 から 聞こえて くる 鳥 の 声 に 、 画面 の 中 で 女 が 立てる 舌 の 音 が 重なって いる 。

フェラチオシーン の 間 に 、 鶴田 は さっさと 精 を 放った 。

汚れた ティッシュ を ゴミ 箱 に 投げ 、 中途半端に 下ろした パンツ を 引っ張り 上げる 。

しかし 、 なんで 殺し たっちゃ ろ ?

どう 考えて も 、 増尾 が あの 女 を 殺す 理由 が 浮かんで こ ない 。

逆に あの 女 が つれない 増尾 を 殺した の なら 話 は 分かる 。 ある 意味 、 増尾 らしい 人生 や ねぇ 、 と 納得 できる 。

鶴田 は フェラチオ を 続ける 女 の 映像 を リモコン で 消し 、 朝日 に 目 を 細め ながら カーテン を 閉めて 回った 。

親 に ねだって 買って もらった 遮 光 カーテン は 、 昼間 でも 部屋 を 夜 に 変えて くれる 。 親 の 金 だ と 思えば 腹 も 立つ が 、 この 腹立ち さえ 手懐けて しまえば 、 高 品質 な 遮 光 カーテン は 手 に 入る 。

ベッド に 横 に なり 、 いつも 金 の 計算 ばかり して いる 両親 の 顔 を 思い浮かべた 。

通帳 を 見れば 見る ほど 金 が 増える と でも 思って いる の か 、 夫婦 揃って 計算 機 を 叩いて いる 姿 だ 。

さすが に 鶴田 も 金 が 必要 ない と は 思わ ない 。

ただ 金 より も 必要な もの が ある ので は ない か 、 それ が 見つから なければ 、 生きて いく 気力 が 湧か ない と 思う 。

いつの間にか 、 うつらうつら して いた 。

気 が つく と 、 ガラス テーブル の 上 で 携帯 が 鳴って いた 。 一瞬 、 無視 しよう か と も 思った が 、 無意識に 手 が 伸びた 。

「 もしもし 」

受話器 の 向こう から 聞き覚え の ある 男 の 声 が 聞こえる 。

「 も 、 もしもし ! 思わず からだ を 起こして いた 。

「 すま ん 、 寝 とった ? 聞こえて きた の は 紛れ も ない 増尾 の 声 だった 。

「 増尾 ? 増尾 やろ ? 寝起き だ と いう のに 、 つい 大きな 声 を 出して しまい 、 喉 に 痰 が 詰まって 咳き込んだ 。

「 き 、 切る な よ ! とりあえず それ だけ 言って 、 鶴田 は 思い切り 咳き込み 、 喉 に つっかえた 痰 を 吐いた 。

弾み で 踏みつけた エロビデオ の パッケージ が グニャッ と 潰れる 。

「 もしもし ? 増尾 ? お 、 お前 ……、 だ 、 大丈夫 や ? 鶴田 は 尋ねた 。

訊 きたい こと は 山ほど あった が 、 咄嗟に 出て きた 言葉 が それ だった 。 「…… ああ 、 大丈夫 」

受話器 の 向こう から 、 疲れ切った ような 増尾 の 声 が 聞こえて くる 。


第 三 章 彼女 は 誰 に 出会った か?【3】 だい|みっ|しょう|かのじょ||だれ||であった| Kapitel 3: Wen hat sie getroffen? [3 Chapter 3 Who did she meet? [3 Capítulo 3: ¿A quién conoció? [3 제3장 그녀는 누구를 만났을까? (3)【제3장】그녀는 누구를 만났을까? 第 3 章:她遇见了谁?[3

日 が 暮れて 暗く なれば 、 蛍光 灯 を つける 。 ひ||くれて|くらく||けいこう|とう||

日ごろ は 当たり前に やって いる こと が 、 石橋 佳男 に は ひどく 特別な こと に 思えた 。 ひごろ||あたりまえに|||||いしばし|よしお||||とくべつな|||おもえた

暗く なれば 、 明かり を つける 。 くらく||あかり||

簡単な こと だ 。 かんたんな|| ただ 、 この 簡単な こと を する ため に 、 人 は 多く の こと を 感じて いる のだ 。 ||かんたんな||||||じん||おおく||||かんじて||

まずは 目 で 暗く なった こと を 感じる 。 |め||くらく||||かんじる

暗く なれば 不便だ と 思う 。 くらく||ふべんだ||おもう 明るく すれば 不便で なく なる 。 あかるく||ふべんで|| 明るく する に は 蛍光 灯 を つければ いい 。 あかるく||||けいこう|とう||| 蛍光 灯 を つける に は 、 畳 から 立ち上がり 、 紐 を 引っ張れば いい 。 けいこう|とう|||||たたみ||たちあがり|ひも||ひっぱれば| あの 紐 さえ 引っ張れば 、 ここ が 、 暗く 、 不便な 場所 で は なく なる 。 |ひも||ひっぱれば|||くらく|ふべんな|ばしょ||||

佳男 は 薄暗い 部屋 で 、 じっと 頭上 の 紐 を 眺めた 。 よしお||うすぐらい|へや|||ずじょう||ひも||ながめた

立ち上がれば 済む こと な のに 、 蛍光 灯 の 紐 が とても 遠かった 。 たちあがれば|すむ||||けいこう|とう||ひも|||とおかった

実際 、 部屋 は 暗かった 。 じっさい|へや||くらかった

ただ 、 何 を やる わけで も ない 。 |なん||||| 暗くて も 不便 は 感じ なかった 。 くらくて||ふべん||かんじ| 不便で なければ 蛍光 灯 を つける こと も ない 。 ふべんで||けいこう|とう||||| 蛍光 灯 を つけ ない の なら 、 何も 立ち上がる こと は ない 。 けいこう|とう||||||なにも|たちあがる|||

結局 、 佳男 は また 畳 に ご ろん と 横 に なった 。 けっきょく|よしお|||たたみ|||||よこ||

部屋 に は 線香 の 匂い が こもって いる 。 へや|||せんこう||におい||| つい さっき 、「 少し は 窓 開けたら どう や ? ||すこし||まど|あけたら|| 」 と 、 佳男 は 妻 の 里子 に 言った 。 |よしお||つま||さとご||いった

「…… はい 」

朝 から 仏壇 の 前 に 座り込んで いる 里子 は 返事 を した が 、 あれ から すでに 十 数 分 、 座布団 から 立ち上がる 気配 は ない 。 あさ||ぶつだん||ぜん||すわりこんで||さとご||へんじ|||||||じゅう|すう|ぶん|ざぶとん||たちあがる|けはい||

薄暗い 部屋 の 向こう に 、 同じく 明かり の ついて いない 理容 店 の 店 内 が 見える 。 うすぐらい|へや||むこう||おなじく|あかり||||りよう|てん||てん|うち||みえる 表 を 走る トラック の 風圧 が 、 ときどき 薄い ドア を 揺らす 。 ひょう||はしる|とらっく||ふうあつ|||うすい|どあ||ゆらす 耳 を 澄ませば 、 線香 や 蝋燭 が 燃える 音 まで 聞こえて くる 。 みみ||すませば|せんこう||ろうそく||もえる|おと||きこえて|

一 人 娘 である 佳乃 の 通夜 と 葬式 を 終わら せて 、 もう 何 日 くらい 経った の か 。 ひと|じん|むすめ||よしの||つや||そうしき||おわら|||なん|ひ||たった||

つい さっき 泣き叫ぶ 里子 を 連れて 葬儀 場 から 戻って きた ような 気 も する し 、 もう 半年 も 前 に 佳乃 に 別れ を 告げた ような 気 も する 。 ||なきさけぶ|さとご||つれて|そうぎ|じょう||もどって|||き|||||はんとし||ぜん||よしの||わかれ||つげた||き||

筑後 川 沿い の メモリアルホール で の 葬儀 に は 多く の 人 たち が 集まった 。 ちくご|かわ|ぞい|||||そうぎ|||おおく||じん|||あつまった

親類 縁者 、 ご 近所 さん 、 佳男 と 里子 の 昔 から の 友人 たち も 競って 手伝い を して くれた 。 しんるい|えんじゃ||きんじょ||よしお||さとご||むかし|||ゆうじん|||きそって|てつだい||| もちろん 佳乃 本人 の 同級 生 たち や 同僚 たち も 来て くれた 。 |よしの|ほんにん||どうきゅう|せい|||どうりょう|||きて| 最後 の 夜 まで 佳乃 と 一緒だった と いう 同僚 二 人 は 、 献花 の とき 、 冷たく なった 佳乃 の 顔 に 触れ ながら 、「 ごめん ねぇ 。 さいご||よ||よしの||いっしょだった|||どうりょう|ふた|じん||けんか|||つめたく||よしの||かお||ふれ||| ごめん ねぇ 。 一 人 で 行か せて 、 ごめん ねぇ 」 と 周囲 も 気 に せ ず 号泣 して いた 。 ひと|じん||いか|||||しゅうい||き||||ごうきゅう|| しかし 、 みんな 佳乃 の ため に 集まって いる はずな のに 、 誰 も 佳乃 の 話 を し なかった 。 ||よしの||||あつまって||||だれ||よしの||はなし||| 佳乃 が なぜ こんな 姿 に なった の か 、 誰 も 口 に しよう と し なかった 。 よしの||||すがた|||||だれ||くち|||||

メモリアルホール の 外 に は テレビ カメラ が 何 台 も 来て いた 。 ||がい|||てれび|かめら||なん|だい||きて|

もちろん 警察 も おり 、 捜査 状況 を 探ろう と する レポーター たち と の 会話 が 、 慰問 客 たち の 口 から 口 へ と 伝わって いた 。 |けいさつ|||そうさ|じょうきょう||さぐろう|||れぽーたー||||かいわ||いもん|きゃく|||くち||くち|||つたわって|

その 夜 、 佳乃 と 待ち合わせ を して いた と いう 大学生 は 、 未 だ 行方 が 分から なかった 。 |よ|よしの||まちあわせ||||||だいがくせい||み||ゆくえ||わから|

断定 は でき ない が 、 逃走 して いる のならば 、 彼 が 犯人 に 違いない だろう と 言う 警官 も いた 。 だんてい|||||とうそう||||かれ||はんにん||ちがいない|||いう|けいかん||

「 大学生 一 人 、 捕まえ らん で 、 何 が 警察 か ! だいがくせい|ひと|じん|つかまえ|||なん||けいさつ| 佳男 は 涙声 で 怒鳴った 。 よしお||なみだごえ||どなった

こんな ところ で 線香 など 上げて いないで 、 もっと 必死に 探して くれ ! |||せんこう||あげて|い ないで||ひっしに|さがして| と 行き場 の ない 怒り に からだ を 震わせた 。 |ゆきば|||いかり||||ふるわせた

通夜 の 晩 、 岡山 から 駆けつけて くれた 大 叔母 たち に 、「 きつ か やろう けど 、 少し は 眠ら ん と いけん よ 」 と 諭されて 、 会場 の 控え室 に 布団 を 敷いて もらった 。 つや||ばん|おかやま||かけつけて||だい|おば|||||||すこし||ねむら||||||さとさ れて|かいじょう||ひかえしつ||ふとん||しいて| 眠れる はず も ない のだ が 、 もしも ここ で 眠れれば 、 これ が 夢 に 変わる かも しれ ない と 必死に 目 を 閉じた 。 ねむれる|||||||||ねむれれば|||ゆめ||かわる|||||ひっしに|め||とじた

襖 の 向こう で は 親戚 や 友人 たち が ひそひそ と 言葉 を 交わし 、 ときどき 缶 ビール を 開ける 音 や 、 お かき を 齧る 音 が そこ に 混じった 。 ふすま||むこう|||しんせき||ゆうじん|||||ことば||かわし||かん|びーる||あける|おと|||||かじる|おと||||まじった

襖 の 向こう から 聞こえて くる 会話 で は 、 妻 の 里子 は 相変わらず 祭壇 の 佳乃 の そばから 離れられ ず 、 誰 か が 声 を かければ 泣き出して いる らしかった 。 ふすま||むこう||きこえて||かいわ|||つま||さとご||あいかわらず|さいだん||よしの|||はなれ られ||だれ|||こえ|||なきだして|| 正直 、 眠って しまい たかった 。 しょうじき|ねむって||

娘 を 殺さ れた と いう のに 、 こんな 川 沿い の メモリアルホール で 、 アニメ の 人形 集 め が 趣味 と いう 若い 坊主 の 到着 を ただ じっと 待つ しか でき ない 自分 が 、 情けなくて 悔しくて 仕方なかった 。 むすめ||ころさ||||||かわ|ぞい||||あにめ||にんぎょう|しゅう|||しゅみ|||わかい|ぼうず||とうちゃく||||まつ||||じぶん||なさけなくて|くやしくて|しかたなかった

いくら 必死に 目 を つぶって も 、 襖 の 向こう から 聞こえて くる ひそひそ 声 に 耳 を 塞ぐ こと は でき ない 。 |ひっしに|め||||ふすま||むこう||きこえて|||こえ||みみ||ふさぐ||||

「 しかし 、 ここ だけ の 話 、 その 大学生 が 犯人 なら まだ 佳男 さん たち も 救わ れる と よ 。 ||||はなし||だいがくせい||はんにん|||よしお||||すくわ|||

だって 、 もし よ 、 警察 が 言う ように その 『 出会い 系 』 か 何 か で 知り合った 男 やったり して ごらん よ 。 |||けいさつ||いう|||であい|けい||なん|||しりあった|おとこ|||| テレビ の 話 じゃ 、 それ で 男 と 知り合う て お 小遣い もらい よったって 話 も ある らしい や ない ね 」 「 そこ に 佳男 が 寝 とる と ぞ ! てれび||はなし||||おとこ||しりあう|||こづかい||よった って|はなし|||||||||よしお||ね||| 大 叔母 たち の 話 を 誰 か が 抑えた 口調 で 制す 。 だい|おば|||はなし||だれ|||おさえた|くちょう||せいす

ただ 、 一瞬 会話 が おさまって も 、 また すぐに 誰 か が おずおず と 口火 を 切って しまう 。 |いっしゅん|かいわ||||||だれ|||||くちび||きって|

「 でも 、 その 大学生 も 犯人 じゃ なかったら 逃げ 隠れ せ ん やろ 」 ||だいがくせい||はんにん|||にげ|かくれ|||

「 そりゃ 、 そう さ 。 もし かして 、 その お 小遣い の こと を 知られて 、 その 大学生 と 喧嘩 でも した と じゃ ない やろ か 。 ||||こづかい||||しら れて||だいがくせい||けんか||||||| それ で 話 が こじれて ……」 ||はなし||

理容 店 と 繋がって いる 台所 から 冷たい すきま 風 が 吹いて くる 。 りよう|てん||つながって||だいどころ||つめたい||かぜ||ふいて|

佳男 は 畳 に 寝 転がった まま 足 を 伸ばして 障子 を 閉めた 。 よしお||たたみ||ね|ころがった||あし||のばして|しょうじ||しめた 相変わらず 薄暗い 部屋 が いよいよ 光 を 失って しまう 。 あいかわらず|うすぐらい|へや|||ひかり||うしなって|

「 里子 ……」 さとご

力なく 仏壇 前 の 妻 を 呼ぶ と 、「…… はい 」 と 、 まるで もう 五 分 も 前 に 呼んだ とき の 返事 が 、 今 戻って きた ような 声 を 出す 。 ちからなく|ぶつだん|ぜん||つま||よぶ||||||いつ|ぶん||ぜん||よんだ|||へんじ||いま|もどって|||こえ||だす

「 晩 メシ 、 なんか 店屋 もの で も とる か ? ばん|めし||みせや||||| 「…… そう ね 」

「 来 々 軒 に 電話 かけ ん ね 」 らい||のき||でんわ|||

「…… うん 」

返事 は する が 、 里子 が 動き出す 気配 は ない 。 へんじ||||さとご||うごきだす|けはい||

それ でも 、 朝 から 仏壇 の 前 を 離れ ない 妻 と 、 佳男 は 今日 初めて きちんと 言葉 を 交わした ような 気 が した 。 ||あさ||ぶつだん||ぜん||はなれ||つま||よしお||きょう|はじめて||ことば||かわした||き||

佳男 は 仕方なく 畳 から 立ち上がり 、 蛍光 灯 の 紐 を 引いた 。 よしお||しかたなく|たたみ||たちあがり|けいこう|とう||ひも||ひいた

何度 か 点滅 した あと ついた 明かり が 、 古びた 畳 や 今 まで 枕 に して いた 座布団 を 照らす 。 なんど||てんめつ||||あかり||ふるびた|たたみ||いま||まくら||||ざぶとん||てらす 座 卓 に は 会葬 御礼 品 の 小 箱 が 積み重ねられ 、 その 上 に 葬儀 社 から の 請求 書 が 載って いる 。 ざ|すぐる|||かいそう|おれい|しな||しょう|はこ||つみかさね られ||うえ||そうぎ|しゃ|||せいきゅう|しょ||のって| 「 これ から ご 自宅 の ほう に お参り に いらっしゃる 方 も います から ね 」 と 葬儀 屋 は 言って いた 。 |||じたく||||おまいり|||かた||い ます||||そうぎ|や||いって| 佳男 は 座 卓 から 目 を 逸ら す と 、 来 々 軒 に 電話 を かけて 野菜 ラーメン を 二 杯 注文 した 。 よしお||ざ|すぐる||め||はやら|||らい||のき||でんわ|||やさい|らーめん||ふた|さかずき|ちゅうもん|

相手 は いつも の 親父 だった が 、「 あ ! あいて||||おやじ||| 石橋 さん ? いしばし| は いはい 、 すぐに 持っていく けん 」 と 、 対応 は ひどく ぎこちなかった 。 |||もっていく|||たいおう|||

電話 を 切る と 、 仏壇 の ほう から 里子 が また 鼻 を 啜 る 音 が 聞こえた 。 でんわ||きる||ぶつだん||||さとご|||はな||せつ||おと||きこえた

泣いて も 泣いて も 涙 が 溢れて くる らしかった 。 ないて||ないて||なみだ||あふれて|| 啜って も 啜って も 悔し さ は 啜 り 切れ ない らしかった 。 せつ って||せつ って||くやし|||せつ||きれ|| 「 里子 」 さとご

また 畳 に しゃがみ込み 、 佳男 は 仏壇 の 棚 に 身 を 投げ出した 里子 の 背中 に 声 を かけた 。 |たたみ||しゃがみこみ|よしお||ぶつだん||たな||み||なげだした|さとご||せなか||こえ||

「 お前 、 佳乃 が その 大学生 と 付き合い よった の 、 知っとった と か ? おまえ|よしの|||だいがくせい||つきあい|||ち っと った|| 事件 以来 、 初めて 佳男 は 娘 の 名前 を 口 に した 気 が した 。 じけん|いらい|はじめて|よしお||むすめ||なまえ||くち|||き||

佳男 の 質問 に 里子 は 突っ伏した まま 何も 答え ない 。 よしお||しつもん||さとご||つ っ ふくした||なにも|こたえ| また 泣き出した の か 、 その 振動 で 棚 に 置か れた 蝋燭 が 揺れる 。 |なきだした||||しんどう||たな||おか||ろうそく||ゆれる

「 佳乃 は 、 みんな が 言う ような 娘 じゃ なか ぞ 。 よしの||||いう||むすめ||| そんな 簡単に 男 と ……」 |かんたんに|おとこ|

喋って いる うち に 声 が 震えた 。 しゃべって||||こえ||ふるえた

気 が つく と 、 頬 を 涙 が 流れて いた 。 き||||ほお||なみだ||ながれて| 突っ伏した まま の 里子 が 声 を 上げる 。 つ っ ふくした|||さとご||こえ||あげる まるで 子供 の ころ の 佳乃 の ように 、 歯 を 食いしばる ように して 泣く 。 |こども||||よしの|||は||くいしばる|||なく

「 許さ ん ぞ 。 ゆるさ|| 絶対 に その 男 を 許さ ん 。 ぜったい|||おとこ||ゆるさ| 誰 が なんて 言おう と 、 俺 は 許さ ん 」 だれ|||いおう||おれ||ゆるさ|

声 が 出 なかった 。 こえ||だ|

喉 に 詰まった 言葉 を 佳男 は ぐっと 呑み込んだ 。 のど||つまった|ことば||よしお|||のみこんだ

あれ は いつごろ だった か 、 いつも の ように 日曜 の 晩 に 電話 を かけて きた 佳乃 と 里子 が 長話 を して いた こと が あった 。 ||||||||にちよう||ばん||でんわ||||よしの||さとご||ながばなし||||||

佳男 が 風呂 に 入る 前 に かかって きて 、 出て から も しばらく 続いて いた ので 一 時間 以上 は 喋って いた はずだ 。 よしお||ふろ||はいる|ぜん||||でて||||つづいて|||ひと|じかん|いじょう||しゃべって||

湯上がり に 焼酎 の 烏 龍 茶 割 り を 作って 、 テレビ を つけ 、 聞く と も なく 二 人 の 話 を 聞いて いる と 、「 お母さん と お 父さん が 出会った ころ 、 どっち が どっち に 告白 した の か 」 と か 、「 バンド を 組んで 女の子 たち に 人気 の あった お 父さん を 、 どう やって 落とした の か 」 など 、 ちょっと こちら が 照れ臭く なる ような 質問 を 娘 の 佳乃 が して いる らしく 、 里子 も 里子 で それ に 律 儀 に 答えて いる 。 ゆあがり||しょうちゅう||からす|りゅう|ちゃ|わり|||つくって|てれび|||きく||||ふた|じん||はなし||きいて|||お かあさん|||とうさん||であった||||||こくはく||||||ばんど||くんで|おんなのこ|||にんき||||とうさん||||おとした|||||||てれくさく|||しつもん||むすめ||よしの|||||さとご||さとご||||りつ|ぎ||こたえて| いつも なら 「 長 電話 する な ! ||ちょう|でんわ|| 」 と 怒鳴りつける のだ が 、 内容 が 内容 だけ に 、 佳男 も どう 声 を かけて いい の か 分から ず 、 ついつい 酒 の ペース が 速く なる 。 |どなりつける|||ないよう||ないよう|||よしお|||こえ||||||わから|||さけ||ぺーす||はやく|

やっと 電話 を 切った 里子 に 、「 何の 話 や ? |でんわ||きった|さとご||なんの|はなし| 」 と 白々しく 尋ねる と 、「 佳乃 に 好きな 人 が できたって 」 と 嬉し そうな 顔 を した 。 |しらじらしく|たずねる||よしの||すきな|じん||できた って||うれし|そう な|かお|| 一瞬 、 佳乃 に 男 が ? いっしゅん|よしの||おとこ|

と 焦り は した が 、 その 相談 で 母親 に 電話 を かけて きて 、 両親 の 出会い に ついて 質問 した 娘 の 可愛 さ も あった 。 |あせり|||||そうだん||ははおや||でんわ||||りょうしん||であい|||しつもん||むすめ||かわい|||

「 付き合い よう と か ? つきあい||| と 、 佳男 が 突っ慳貪 に 尋ねた 。 |よしお||つ っ けんどん||たずねた 「 いや ぁ 、 まだ そこ まで いく もん ね 。 ほら 、 昔 から あの 子 は 、 好きな 男の子 の 前 で は 強 がる 癖 の あった や ない ね 。 |むかし|||こ||すきな|おとこのこ||ぜん|||つよ||くせ||||| 我 が 強いって いう か 、 素直 や ないって いう か 。 われ||つよい って|||すなお||ない って|| …… でも 、 今回 の あの 感じ や と 、 ほん な こと 好 いとう ご た よ 。 |こんかい|||かんじ||||||よしみ|||| 電話 の 向こう で ちょっと 泣き そうに なっとった もん 。 でんわ||むこう|||なき|そう に|な っと った| ばってん 、 まだ 可愛い もん や ねぇ 、 好きな 人 が できて 、 友達 に も 相談 でき ず 、 母親 に 電話 かけて くる なんて 」 佳男 が 返事 も せ ず に 、 グラス の 焼酎 を 飲み干す と 、「…… よう 聞か ん やった けど 、 湯布院 や 別府 で えらい 高級な 旅館 を 経営 し とる お家 の 一 人 息子 さん ら しか よ 」 と 里子 が 付け加える 。 ばっ てん||かわいい||||すきな|じん|||ともだち|||そうだん|||ははおや||でんわ||||よしお||へんじ|||||ぐらす||しょうちゅう||のみほす|||きか||||ゆふいん||べっぷ|||こうきゅうな|りょかん||けいえい|||おいえ||ひと|じん|むすこ||||||さとご||つけくわえる 佳男 は その つい 半年 ほど 前 、 理容 組合 の 慰安 旅行 で 訪ねた 湯布院 の 町 を 思い浮かべた 。 よしお||||はんとし||ぜん|りよう|くみあい||いあん|りょこう||たずねた|ゆふいん||まち||おもいうかべた

自分 たち が 宿泊 した の は 安 旅館 だった が 、 散歩 に 出かけた 先 に 、 敷居 の 高 そうな 老舗 旅館 の 門 が あり 、 たまたま そこ の 美しい 若 女将 が 門前 に 立って いた 。 じぶん|||しゅくはく||||やす|りょかん|||さんぽ||でかけた|さき||しきい||たか|そう な|しにせ|りょかん||もん||||||うつくしい|わか|おかみ||もんぜん||たって| 若 女将 は 佳男 たち が 別の 旅館 の 浴衣 を 着て いる に も かかわら ず 、 気軽に 声 を かけて きた 。 わか|おかみ||よしお|||べつの|りょかん||ゆかた||きて||||||きがるに|こえ||| 佳男 たち が 「 湯布院 は 空気 が おいしい 」 と 言う と 、「 また 、 来て 下さい ね 」 と 笑顔 を 浮かべた 。 よしお|||ゆふいん||くうき||||いう|||きて|ください|||えがお||うかべた

その 夜 、 台所 で 洗い 物 を 始めた 里子 の 尻 を 眺め ながら 、 佳男 は 知らず知らず の うち に 、 その 老舗 旅館 の 前 に 立ち 、 こちら に 笑み を 浮かべる 着物 姿 の 佳乃 の 姿 を 思い描いて いた 。 |よ|だいどころ||あらい|ぶつ||はじめた|さとご||しり||ながめ||よしお||しらずしらず|||||しにせ|りょかん||ぜん||たち|||えみ||うかべる|きもの|すがた||よしの||すがた||おもいえがいて|

我ながら 性急 過ぎる 空想 に 苦笑 も した が 、 若 女将 に なった 娘 を 想像 する の は 、 まんざら 嫌な 気分 で も なかった 。 われながら|せいきゅう|すぎる|くうそう||くしょう||||わか|おかみ|||むすめ||そうぞう|||||いやな|きぶん|||

仏壇 の 前 で 泣き崩れる 里子 を 眺め ながら 、 佳男 は もう 一 度 、「 俺 は 許さ ん ……」 と 呟いた 。 ぶつだん||ぜん||なきくずれる|さとご||ながめ||よしお|||ひと|たび|おれ||ゆるさ|||つぶやいた

戻れる もの なら 、 あの 夜 に 戻り 、 長 電話 を する 里子 の 手 から 受話器 を 奪いたい 。 もどれる||||よ||もどり|ちょう|でんわ|||さとご||て||じゅわき||うばい たい 「 そげ な 男 と 関わる な 」 と 一言 、 佳乃 に 言って やりたい 。 ||おとこ||かかわる|||いちげん|よしの||いって|やり たい それ が でき ない 自分 が 悔しかった 。 ||||じぶん||くやしかった

呑気 に 娘 の 着物 姿 など 想像 して しまった 自分 が 、 悔しくて 、 情けなくて 、 仕方なかった 。 のんき||むすめ||きもの|すがた||そうぞう|||じぶん||くやしくて|なさけなくて|しかたなかった

ここ 数 日 、 鶴田 公 紀 は ふと 気 が つけば 増尾 圭 吾 の こと を 考えて いた 。 |すう|ひ|つるた|おおやけ|き|||き|||ますお|けい|われ||||かんがえて|

事件 の 翌日 に 来て 以来 、 警察 から の 連絡 は なく 、 その後 の 状況 は テレビ や 新聞 に 頼る しか ない 。 じけん||よくじつ||きて|いらい|けいさつ|||れんらく|||そのご||じょうきょう||てれび||しんぶん||たよる||

仲 の 良い 同級 生 が 女 を 殺して 逃走 して いる 。 なか||よい|どうきゅう|せい||おんな||ころして|とうそう||

言葉 に する と 、 かなり ドラマティック な 物語 に 巻き込まれて いる のだ が 、 日常 は 至って 平凡で 、 こう やって 大濠公園 の 見 下ろせる 部屋 に こもり 、「 死刑 台 の エレベーター 」 や 「 市民 ケーン 」 など 好きな 映画 を 観て いる だけ だ 。 ことば|||||||ものがたり||まきこま れて||||にちじょう||いたって|へいぼんで|||おおほりこうえん||み|おろせる|へや|||しけい|だい||えれべーたー||しみん|||すきな|えいが||みて||| その 上 、 寝る 前 に は 必ず エロビデオ に 切り替えて 、 きちんと 精 を 放つ 。 |うえ|ねる|ぜん|||かならず|||きりかえて||せい||はなつ

同級 生 が 人 を 殺して 逃亡 して いる 現実 が 、 まるで 自分 が 書いた 下手な 脚本 みたいで 、 こんな ありきたりな ストーリー など 映画 に して も 面白く ない んじゃ ない か と 思えて くる 。 どうきゅう|せい||じん||ころして|とうぼう|||げんじつ|||じぶん||かいた|へたな|きゃくほん||||すとーりー||えいが||||おもしろく||||||おもえて|

しかし 、 増尾 が 女 を 殺して 逃亡 して いる の は 、 自分 の 下手 クソ な 脚本 で は ない 。 |ますお||おんな||ころして|とうぼう|||||じぶん||へた|くそ||きゃくほん|||

事件 以後 、 いや 、 事件 以前 も 同じだった が 、 まったく 学校 に も 行って いない 。 じけん|いご||じけん|いぜん||おなじだった|||がっこう|||おこなって| おそらく 今ごろ 学校 で は 、 増尾 の こと で 学園 祭 前夜 の ような 盛り上がり を 見せて いる に 違いない 。 |いまごろ|がっこう|||ますお||||がくえん|さい|ぜんや|||もりあがり||みせて|||ちがいない

目立つ 存在 だった 増尾 の こと を 好きだった 奴 も 嫌い だった 奴 も 、 観客 と いう の は 自分勝手な もの で 、 早く 結末 を 見せろ と イライラ して くる 。 めだつ|そんざい||ますお||||すきだった|やつ||きらい||やつ||かんきゃく|||||じぶんかってな|||はやく|けつまつ||みせろ||いらいら||

あれ から 毎日 、 増尾 の 携帯 に 連絡 を 入れて いる 。 ||まいにち|ますお||けいたい||れんらく||いれて|

ただ 、 未 だに 一 度 も 繋がら ない 。 |み||ひと|たび||つながら|

自分 に とって 増尾 圭 吾 と いう 存在 が 、 世間 と を 結ぶ 唯一 の 糸 だった のだ と 鶴田 は 改めて 思う 。 じぶん|||ますお|けい|われ|||そんざい||せけん|||むすぶ|ゆいいつ||いと||||つるた||あらためて|おもう

学校 の 話 も 、 友人 たち の 話 も 、 女 の 話 も 、 考えて みれば 全部 増尾 の 口 から 聞か されて 、 それ で 自分 も 一端 に 大学 生活 を 送って いる ような 気分 で いた 。 がっこう||はなし||ゆうじん|||はなし||おんな||はなし||かんがえて||ぜんぶ|ますお||くち||きか|さ れて|||じぶん||いったん||だいがく|せいかつ||おくって|||きぶん|| 増尾 は 今ごろ どこ に おるっちゃ ろうか 。 ますお||いまごろ|||おる っちゃ| 一 人 で 怯え とるっちゃ ろか 。 ひと|じん||おびえ|とる っちゃ| 逃げ 切れる つもりで おるっちゃ ろか 。 にげ|きれる||おる っちゃ| どうせ 捕まる の なら 、 増尾 らしく 捕まって ほしい 。 |つかまる|||ますお||つかまって|

今さら 自首 など せ んで ほしい 。 いまさら|じしゅ|||| 最後 の 最後 まで 逃走 して 、 最後 は 大勢 の 警官 に 囲まれて 、 強い スポット ライト を 浴びる 中 で 、 自分 に は 書け そう も ない 科白 を 叫んで 、 自ら 命 を 断って ほしい 。 さいご||さいご||とうそう||さいご||おおぜい||けいかん||かこま れて|つよい|すぽっと|らいと||あびる|なか||じぶん|||かけ||||せりふ||さけんで|おのずから|いのち||たって| 気 が つく と 、 鶴田 は エロビデオ の フェラチオシーン を 眺め ながら 、 そんな こと を 考えて いる 。 き||||つるた||||||ながめ|||||かんがえて|

いつの間にか 夜 は 明け 、 散らかった 部屋 に 朝日 が 差し込んで いる 。 いつのまにか|よ||あけ|ちらかった|へや||あさひ||さしこんで| すぐ そこ の 大濠公園 から 聞こえて くる 鳥 の 声 に 、 画面 の 中 で 女 が 立てる 舌 の 音 が 重なって いる 。 |||おおほりこうえん||きこえて||ちょう||こえ||がめん||なか||おんな||たてる|した||おと||かさなって|

フェラチオシーン の 間 に 、 鶴田 は さっさと 精 を 放った 。 ||あいだ||つるた|||せい||はなった

汚れた ティッシュ を ゴミ 箱 に 投げ 、 中途半端に 下ろした パンツ を 引っ張り 上げる 。 けがれた|てぃっしゅ||ごみ|はこ||なげ|ちゅうとはんぱに|おろした|ぱんつ||ひっぱり|あげる

しかし 、 なんで 殺し たっちゃ ろ ? ||ころし||

どう 考えて も 、 増尾 が あの 女 を 殺す 理由 が 浮かんで こ ない 。 |かんがえて||ますお|||おんな||ころす|りゆう||うかんで||

逆に あの 女 が つれない 増尾 を 殺した の なら 話 は 分かる 。 ぎゃくに||おんな|||ますお||ころした|||はなし||わかる ある 意味 、 増尾 らしい 人生 や ねぇ 、 と 納得 できる 。 |いみ|ますお||じんせい||||なっとく|

鶴田 は フェラチオ を 続ける 女 の 映像 を リモコン で 消し 、 朝日 に 目 を 細め ながら カーテン を 閉めて 回った 。 つるた||||つづける|おんな||えいぞう||りもこん||けし|あさひ||め||ほそめ||かーてん||しめて|まわった

親 に ねだって 買って もらった 遮 光 カーテン は 、 昼間 でも 部屋 を 夜 に 変えて くれる 。 おや|||かって||さえぎ|ひかり|かーてん||ひるま||へや||よ||かえて| 親 の 金 だ と 思えば 腹 も 立つ が 、 この 腹立ち さえ 手懐けて しまえば 、 高 品質 な 遮 光 カーテン は 手 に 入る 。 おや||きむ|||おもえば|はら||たつ|||はらだち||てなずけて||たか|ひんしつ||さえぎ|ひかり|かーてん||て||はいる

ベッド に 横 に なり 、 いつも 金 の 計算 ばかり して いる 両親 の 顔 を 思い浮かべた 。 べっど||よこ||||きむ||けいさん||||りょうしん||かお||おもいうかべた

通帳 を 見れば 見る ほど 金 が 増える と でも 思って いる の か 、 夫婦 揃って 計算 機 を 叩いて いる 姿 だ 。 つうちょう||みれば|みる||きむ||ふえる|||おもって||||ふうふ|そろって|けいさん|き||たたいて||すがた|

さすが に 鶴田 も 金 が 必要 ない と は 思わ ない 。 ||つるた||きむ||ひつよう||||おもわ|

ただ 金 より も 必要な もの が ある ので は ない か 、 それ が 見つから なければ 、 生きて いく 気力 が 湧か ない と 思う 。 |きむ|||ひつような||||||||||みつから||いきて||きりょく||わか|||おもう

いつの間にか 、 うつらうつら して いた 。 いつのまにか|||

気 が つく と 、 ガラス テーブル の 上 で 携帯 が 鳴って いた 。 き||||がらす|てーぶる||うえ||けいたい||なって| 一瞬 、 無視 しよう か と も 思った が 、 無意識に 手 が 伸びた 。 いっしゅん|むし|||||おもった||むいしきに|て||のびた

「 もしもし 」

受話器 の 向こう から 聞き覚え の ある 男 の 声 が 聞こえる 。 じゅわき||むこう||ききおぼえ|||おとこ||こえ||きこえる

「 も 、 もしもし ! 思わず からだ を 起こして いた 。 おもわず|||おこして|

「 すま ん 、 寝 とった ? ||ね| 聞こえて きた の は 紛れ も ない 増尾 の 声 だった 。 きこえて||||まぎれ|||ますお||こえ|

「 増尾 ? ますお 増尾 やろ ? ますお| 寝起き だ と いう のに 、 つい 大きな 声 を 出して しまい 、 喉 に 痰 が 詰まって 咳き込んだ 。 ねおき||||||おおきな|こえ||だして||のど||たん||つまって|せきこんだ

「 き 、 切る な よ ! |きる|| とりあえず それ だけ 言って 、 鶴田 は 思い切り 咳き込み 、 喉 に つっかえた 痰 を 吐いた 。 |||いって|つるた||おもいきり|せきこみ|のど|||たん||はいた

弾み で 踏みつけた エロビデオ の パッケージ が グニャッ と 潰れる 。 はずみ||ふみつけた|||ぱっけーじ||||つぶれる

「 もしもし ? 増尾 ? ますお お 、 お前 ……、 だ 、 大丈夫 や ? |おまえ||だいじょうぶ| 鶴田 は 尋ねた 。 つるた||たずねた

訊 きたい こと は 山ほど あった が 、 咄嗟に 出て きた 言葉 が それ だった 。 じん||||やまほど|||とっさに|でて||ことば||| 「…… ああ 、 大丈夫 」 |だいじょうぶ

受話器 の 向こう から 、 疲れ切った ような 増尾 の 声 が 聞こえて くる 。 じゅわき||むこう||つかれきった||ますお||こえ||きこえて|