第 三 章 彼女 は 誰 に 出会った か?【3】
日 が 暮れて 暗く なれば 、 蛍光 灯 を つける 。
日ごろ は 当たり前に やって いる こと が 、 石橋 佳男 に は ひどく 特別な こと に 思えた 。
暗く なれば 、 明かり を つける 。
簡単な こと だ 。 ただ 、 この 簡単な こと を する ため に 、 人 は 多く の こと を 感じて いる のだ 。
まずは 目 で 暗く なった こと を 感じる 。
暗く なれば 不便だ と 思う 。 明るく すれば 不便で なく なる 。 明るく する に は 蛍光 灯 を つければ いい 。 蛍光 灯 を つける に は 、 畳 から 立ち上がり 、 紐 を 引っ張れば いい 。 あの 紐 さえ 引っ張れば 、 ここ が 、 暗く 、 不便な 場所 で は なく なる 。
佳男 は 薄暗い 部屋 で 、 じっと 頭上 の 紐 を 眺めた 。
立ち上がれば 済む こと な のに 、 蛍光 灯 の 紐 が とても 遠かった 。
実際 、 部屋 は 暗かった 。
ただ 、 何 を やる わけで も ない 。 暗くて も 不便 は 感じ なかった 。 不便で なければ 蛍光 灯 を つける こと も ない 。 蛍光 灯 を つけ ない の なら 、 何も 立ち上がる こと は ない 。
結局 、 佳男 は また 畳 に ご ろん と 横 に なった 。
部屋 に は 線香 の 匂い が こもって いる 。 つい さっき 、「 少し は 窓 開けたら どう や ? 」 と 、 佳男 は 妻 の 里子 に 言った 。
「…… はい 」
朝 から 仏壇 の 前 に 座り込んで いる 里子 は 返事 を した が 、 あれ から すでに 十 数 分 、 座布団 から 立ち上がる 気配 は ない 。
薄暗い 部屋 の 向こう に 、 同じく 明かり の ついて いない 理容 店 の 店 内 が 見える 。 表 を 走る トラック の 風圧 が 、 ときどき 薄い ドア を 揺らす 。 耳 を 澄ませば 、 線香 や 蝋燭 が 燃える 音 まで 聞こえて くる 。
一 人 娘 である 佳乃 の 通夜 と 葬式 を 終わら せて 、 もう 何 日 くらい 経った の か 。
つい さっき 泣き叫ぶ 里子 を 連れて 葬儀 場 から 戻って きた ような 気 も する し 、 もう 半年 も 前 に 佳乃 に 別れ を 告げた ような 気 も する 。
筑後 川 沿い の メモリアルホール で の 葬儀 に は 多く の 人 たち が 集まった 。
親類 縁者 、 ご 近所 さん 、 佳男 と 里子 の 昔 から の 友人 たち も 競って 手伝い を して くれた 。 もちろん 佳乃 本人 の 同級 生 たち や 同僚 たち も 来て くれた 。 最後 の 夜 まで 佳乃 と 一緒だった と いう 同僚 二 人 は 、 献花 の とき 、 冷たく なった 佳乃 の 顔 に 触れ ながら 、「 ごめん ねぇ 。 ごめん ねぇ 。 一 人 で 行か せて 、 ごめん ねぇ 」 と 周囲 も 気 に せ ず 号泣 して いた 。 しかし 、 みんな 佳乃 の ため に 集まって いる はずな のに 、 誰 も 佳乃 の 話 を し なかった 。 佳乃 が なぜ こんな 姿 に なった の か 、 誰 も 口 に しよう と し なかった 。
メモリアルホール の 外 に は テレビ カメラ が 何 台 も 来て いた 。
もちろん 警察 も おり 、 捜査 状況 を 探ろう と する レポーター たち と の 会話 が 、 慰問 客 たち の 口 から 口 へ と 伝わって いた 。
その 夜 、 佳乃 と 待ち合わせ を して いた と いう 大学生 は 、 未 だ 行方 が 分から なかった 。
断定 は でき ない が 、 逃走 して いる のならば 、 彼 が 犯人 に 違いない だろう と 言う 警官 も いた 。
「 大学生 一 人 、 捕まえ らん で 、 何 が 警察 か ! 佳男 は 涙声 で 怒鳴った 。
こんな ところ で 線香 など 上げて いないで 、 もっと 必死に 探して くれ ! と 行き場 の ない 怒り に からだ を 震わせた 。
通夜 の 晩 、 岡山 から 駆けつけて くれた 大 叔母 たち に 、「 きつ か やろう けど 、 少し は 眠ら ん と いけん よ 」 と 諭されて 、 会場 の 控え室 に 布団 を 敷いて もらった 。 眠れる はず も ない のだ が 、 もしも ここ で 眠れれば 、 これ が 夢 に 変わる かも しれ ない と 必死に 目 を 閉じた 。
襖 の 向こう で は 親戚 や 友人 たち が ひそひそ と 言葉 を 交わし 、 ときどき 缶 ビール を 開ける 音 や 、 お かき を 齧る 音 が そこ に 混じった 。
襖 の 向こう から 聞こえて くる 会話 で は 、 妻 の 里子 は 相変わらず 祭壇 の 佳乃 の そばから 離れられ ず 、 誰 か が 声 を かければ 泣き出して いる らしかった 。 正直 、 眠って しまい たかった 。
娘 を 殺さ れた と いう のに 、 こんな 川 沿い の メモリアルホール で 、 アニメ の 人形 集 め が 趣味 と いう 若い 坊主 の 到着 を ただ じっと 待つ しか でき ない 自分 が 、 情けなくて 悔しくて 仕方なかった 。
いくら 必死に 目 を つぶって も 、 襖 の 向こう から 聞こえて くる ひそひそ 声 に 耳 を 塞ぐ こと は でき ない 。
「 しかし 、 ここ だけ の 話 、 その 大学生 が 犯人 なら まだ 佳男 さん たち も 救わ れる と よ 。
だって 、 もし よ 、 警察 が 言う ように その 『 出会い 系 』 か 何 か で 知り合った 男 やったり して ごらん よ 。 テレビ の 話 じゃ 、 それ で 男 と 知り合う て お 小遣い もらい よったって 話 も ある らしい や ない ね 」 「 そこ に 佳男 が 寝 とる と ぞ ! 大 叔母 たち の 話 を 誰 か が 抑えた 口調 で 制す 。
ただ 、 一瞬 会話 が おさまって も 、 また すぐに 誰 か が おずおず と 口火 を 切って しまう 。
「 でも 、 その 大学生 も 犯人 じゃ なかったら 逃げ 隠れ せ ん やろ 」
「 そりゃ 、 そう さ 。 もし かして 、 その お 小遣い の こと を 知られて 、 その 大学生 と 喧嘩 でも した と じゃ ない やろ か 。 それ で 話 が こじれて ……」
理容 店 と 繋がって いる 台所 から 冷たい すきま 風 が 吹いて くる 。
佳男 は 畳 に 寝 転がった まま 足 を 伸ばして 障子 を 閉めた 。 相変わらず 薄暗い 部屋 が いよいよ 光 を 失って しまう 。
「 里子 ……」
力なく 仏壇 前 の 妻 を 呼ぶ と 、「…… はい 」 と 、 まるで もう 五 分 も 前 に 呼んだ とき の 返事 が 、 今 戻って きた ような 声 を 出す 。
「 晩 メシ 、 なんか 店屋 もの で も とる か ? 「…… そう ね 」
「 来 々 軒 に 電話 かけ ん ね 」
「…… うん 」
返事 は する が 、 里子 が 動き出す 気配 は ない 。
それ でも 、 朝 から 仏壇 の 前 を 離れ ない 妻 と 、 佳男 は 今日 初めて きちんと 言葉 を 交わした ような 気 が した 。
佳男 は 仕方なく 畳 から 立ち上がり 、 蛍光 灯 の 紐 を 引いた 。
何度 か 点滅 した あと ついた 明かり が 、 古びた 畳 や 今 まで 枕 に して いた 座布団 を 照らす 。 座 卓 に は 会葬 御礼 品 の 小 箱 が 積み重ねられ 、 その 上 に 葬儀 社 から の 請求 書 が 載って いる 。 「 これ から ご 自宅 の ほう に お参り に いらっしゃる 方 も います から ね 」 と 葬儀 屋 は 言って いた 。 佳男 は 座 卓 から 目 を 逸ら す と 、 来 々 軒 に 電話 を かけて 野菜 ラーメン を 二 杯 注文 した 。
相手 は いつも の 親父 だった が 、「 あ ! 石橋 さん ? は いはい 、 すぐに 持っていく けん 」 と 、 対応 は ひどく ぎこちなかった 。
電話 を 切る と 、 仏壇 の ほう から 里子 が また 鼻 を 啜 る 音 が 聞こえた 。
泣いて も 泣いて も 涙 が 溢れて くる らしかった 。 啜って も 啜って も 悔し さ は 啜 り 切れ ない らしかった 。 「 里子 」
また 畳 に しゃがみ込み 、 佳男 は 仏壇 の 棚 に 身 を 投げ出した 里子 の 背中 に 声 を かけた 。
「 お前 、 佳乃 が その 大学生 と 付き合い よった の 、 知っとった と か ? 事件 以来 、 初めて 佳男 は 娘 の 名前 を 口 に した 気 が した 。
佳男 の 質問 に 里子 は 突っ伏した まま 何も 答え ない 。 また 泣き出した の か 、 その 振動 で 棚 に 置か れた 蝋燭 が 揺れる 。
「 佳乃 は 、 みんな が 言う ような 娘 じゃ なか ぞ 。 そんな 簡単に 男 と ……」
喋って いる うち に 声 が 震えた 。
気 が つく と 、 頬 を 涙 が 流れて いた 。 突っ伏した まま の 里子 が 声 を 上げる 。 まるで 子供 の ころ の 佳乃 の ように 、 歯 を 食いしばる ように して 泣く 。
「 許さ ん ぞ 。 絶対 に その 男 を 許さ ん 。 誰 が なんて 言おう と 、 俺 は 許さ ん 」
声 が 出 なかった 。
喉 に 詰まった 言葉 を 佳男 は ぐっと 呑み込んだ 。
あれ は いつごろ だった か 、 いつも の ように 日曜 の 晩 に 電話 を かけて きた 佳乃 と 里子 が 長話 を して いた こと が あった 。
佳男 が 風呂 に 入る 前 に かかって きて 、 出て から も しばらく 続いて いた ので 一 時間 以上 は 喋って いた はずだ 。
湯上がり に 焼酎 の 烏 龍 茶 割 り を 作って 、 テレビ を つけ 、 聞く と も なく 二 人 の 話 を 聞いて いる と 、「 お母さん と お 父さん が 出会った ころ 、 どっち が どっち に 告白 した の か 」 と か 、「 バンド を 組んで 女の子 たち に 人気 の あった お 父さん を 、 どう やって 落とした の か 」 など 、 ちょっと こちら が 照れ臭く なる ような 質問 を 娘 の 佳乃 が して いる らしく 、 里子 も 里子 で それ に 律 儀 に 答えて いる 。 いつも なら 「 長 電話 する な ! 」 と 怒鳴りつける のだ が 、 内容 が 内容 だけ に 、 佳男 も どう 声 を かけて いい の か 分から ず 、 ついつい 酒 の ペース が 速く なる 。
やっと 電話 を 切った 里子 に 、「 何の 話 や ? 」 と 白々しく 尋ねる と 、「 佳乃 に 好きな 人 が できたって 」 と 嬉し そうな 顔 を した 。 一瞬 、 佳乃 に 男 が ?
と 焦り は した が 、 その 相談 で 母親 に 電話 を かけて きて 、 両親 の 出会い に ついて 質問 した 娘 の 可愛 さ も あった 。
「 付き合い よう と か ? と 、 佳男 が 突っ慳貪 に 尋ねた 。 「 いや ぁ 、 まだ そこ まで いく もん ね 。 ほら 、 昔 から あの 子 は 、 好きな 男の子 の 前 で は 強 がる 癖 の あった や ない ね 。 我 が 強いって いう か 、 素直 や ないって いう か 。 …… でも 、 今回 の あの 感じ や と 、 ほん な こと 好 いとう ご た よ 。 電話 の 向こう で ちょっと 泣き そうに なっとった もん 。 ばってん 、 まだ 可愛い もん や ねぇ 、 好きな 人 が できて 、 友達 に も 相談 でき ず 、 母親 に 電話 かけて くる なんて 」 佳男 が 返事 も せ ず に 、 グラス の 焼酎 を 飲み干す と 、「…… よう 聞か ん やった けど 、 湯布院 や 別府 で えらい 高級な 旅館 を 経営 し とる お家 の 一 人 息子 さん ら しか よ 」 と 里子 が 付け加える 。 佳男 は その つい 半年 ほど 前 、 理容 組合 の 慰安 旅行 で 訪ねた 湯布院 の 町 を 思い浮かべた 。
自分 たち が 宿泊 した の は 安 旅館 だった が 、 散歩 に 出かけた 先 に 、 敷居 の 高 そうな 老舗 旅館 の 門 が あり 、 たまたま そこ の 美しい 若 女将 が 門前 に 立って いた 。 若 女将 は 佳男 たち が 別の 旅館 の 浴衣 を 着て いる に も かかわら ず 、 気軽に 声 を かけて きた 。 佳男 たち が 「 湯布院 は 空気 が おいしい 」 と 言う と 、「 また 、 来て 下さい ね 」 と 笑顔 を 浮かべた 。
その 夜 、 台所 で 洗い 物 を 始めた 里子 の 尻 を 眺め ながら 、 佳男 は 知らず知らず の うち に 、 その 老舗 旅館 の 前 に 立ち 、 こちら に 笑み を 浮かべる 着物 姿 の 佳乃 の 姿 を 思い描いて いた 。
我ながら 性急 過ぎる 空想 に 苦笑 も した が 、 若 女将 に なった 娘 を 想像 する の は 、 まんざら 嫌な 気分 で も なかった 。
仏壇 の 前 で 泣き崩れる 里子 を 眺め ながら 、 佳男 は もう 一 度 、「 俺 は 許さ ん ……」 と 呟いた 。
戻れる もの なら 、 あの 夜 に 戻り 、 長 電話 を する 里子 の 手 から 受話器 を 奪いたい 。 「 そげ な 男 と 関わる な 」 と 一言 、 佳乃 に 言って やりたい 。 それ が でき ない 自分 が 悔しかった 。
呑気 に 娘 の 着物 姿 など 想像 して しまった 自分 が 、 悔しくて 、 情けなくて 、 仕方なかった 。
ここ 数 日 、 鶴田 公 紀 は ふと 気 が つけば 増尾 圭 吾 の こと を 考えて いた 。
事件 の 翌日 に 来て 以来 、 警察 から の 連絡 は なく 、 その後 の 状況 は テレビ や 新聞 に 頼る しか ない 。
仲 の 良い 同級 生 が 女 を 殺して 逃走 して いる 。
言葉 に する と 、 かなり ドラマティック な 物語 に 巻き込まれて いる のだ が 、 日常 は 至って 平凡で 、 こう やって 大濠公園 の 見 下ろせる 部屋 に こもり 、「 死刑 台 の エレベーター 」 や 「 市民 ケーン 」 など 好きな 映画 を 観て いる だけ だ 。 その 上 、 寝る 前 に は 必ず エロビデオ に 切り替えて 、 きちんと 精 を 放つ 。
同級 生 が 人 を 殺して 逃亡 して いる 現実 が 、 まるで 自分 が 書いた 下手な 脚本 みたいで 、 こんな ありきたりな ストーリー など 映画 に して も 面白く ない んじゃ ない か と 思えて くる 。
しかし 、 増尾 が 女 を 殺して 逃亡 して いる の は 、 自分 の 下手 クソ な 脚本 で は ない 。
事件 以後 、 いや 、 事件 以前 も 同じだった が 、 まったく 学校 に も 行って いない 。 おそらく 今ごろ 学校 で は 、 増尾 の こと で 学園 祭 前夜 の ような 盛り上がり を 見せて いる に 違いない 。
目立つ 存在 だった 増尾 の こと を 好きだった 奴 も 嫌い だった 奴 も 、 観客 と いう の は 自分勝手な もの で 、 早く 結末 を 見せろ と イライラ して くる 。
あれ から 毎日 、 増尾 の 携帯 に 連絡 を 入れて いる 。
ただ 、 未 だに 一 度 も 繋がら ない 。
自分 に とって 増尾 圭 吾 と いう 存在 が 、 世間 と を 結ぶ 唯一 の 糸 だった のだ と 鶴田 は 改めて 思う 。
学校 の 話 も 、 友人 たち の 話 も 、 女 の 話 も 、 考えて みれば 全部 増尾 の 口 から 聞か されて 、 それ で 自分 も 一端 に 大学 生活 を 送って いる ような 気分 で いた 。 増尾 は 今ごろ どこ に おるっちゃ ろうか 。 一 人 で 怯え とるっちゃ ろか 。 逃げ 切れる つもりで おるっちゃ ろか 。 どうせ 捕まる の なら 、 増尾 らしく 捕まって ほしい 。
今さら 自首 など せ んで ほしい 。 最後 の 最後 まで 逃走 して 、 最後 は 大勢 の 警官 に 囲まれて 、 強い スポット ライト を 浴びる 中 で 、 自分 に は 書け そう も ない 科白 を 叫んで 、 自ら 命 を 断って ほしい 。 気 が つく と 、 鶴田 は エロビデオ の フェラチオシーン を 眺め ながら 、 そんな こと を 考えて いる 。
いつの間にか 夜 は 明け 、 散らかった 部屋 に 朝日 が 差し込んで いる 。 すぐ そこ の 大濠公園 から 聞こえて くる 鳥 の 声 に 、 画面 の 中 で 女 が 立てる 舌 の 音 が 重なって いる 。
フェラチオシーン の 間 に 、 鶴田 は さっさと 精 を 放った 。
汚れた ティッシュ を ゴミ 箱 に 投げ 、 中途半端に 下ろした パンツ を 引っ張り 上げる 。
しかし 、 なんで 殺し たっちゃ ろ ?
どう 考えて も 、 増尾 が あの 女 を 殺す 理由 が 浮かんで こ ない 。
逆に あの 女 が つれない 増尾 を 殺した の なら 話 は 分かる 。 ある 意味 、 増尾 らしい 人生 や ねぇ 、 と 納得 できる 。
鶴田 は フェラチオ を 続ける 女 の 映像 を リモコン で 消し 、 朝日 に 目 を 細め ながら カーテン を 閉めて 回った 。
親 に ねだって 買って もらった 遮 光 カーテン は 、 昼間 でも 部屋 を 夜 に 変えて くれる 。 親 の 金 だ と 思えば 腹 も 立つ が 、 この 腹立ち さえ 手懐けて しまえば 、 高 品質 な 遮 光 カーテン は 手 に 入る 。
ベッド に 横 に なり 、 いつも 金 の 計算 ばかり して いる 両親 の 顔 を 思い浮かべた 。
通帳 を 見れば 見る ほど 金 が 増える と でも 思って いる の か 、 夫婦 揃って 計算 機 を 叩いて いる 姿 だ 。
さすが に 鶴田 も 金 が 必要 ない と は 思わ ない 。
ただ 金 より も 必要な もの が ある ので は ない か 、 それ が 見つから なければ 、 生きて いく 気力 が 湧か ない と 思う 。
いつの間にか 、 うつらうつら して いた 。
気 が つく と 、 ガラス テーブル の 上 で 携帯 が 鳴って いた 。 一瞬 、 無視 しよう か と も 思った が 、 無意識に 手 が 伸びた 。
「 もしもし 」
受話器 の 向こう から 聞き覚え の ある 男 の 声 が 聞こえる 。
「 も 、 もしもし ! 思わず からだ を 起こして いた 。
「 すま ん 、 寝 とった ? 聞こえて きた の は 紛れ も ない 増尾 の 声 だった 。
「 増尾 ? 増尾 やろ ? 寝起き だ と いう のに 、 つい 大きな 声 を 出して しまい 、 喉 に 痰 が 詰まって 咳き込んだ 。
「 き 、 切る な よ ! とりあえず それ だけ 言って 、 鶴田 は 思い切り 咳き込み 、 喉 に つっかえた 痰 を 吐いた 。
弾み で 踏みつけた エロビデオ の パッケージ が グニャッ と 潰れる 。
「 もしもし ? 増尾 ? お 、 お前 ……、 だ 、 大丈夫 や ? 鶴田 は 尋ねた 。
訊 きたい こと は 山ほど あった が 、 咄嗟に 出て きた 言葉 が それ だった 。 「…… ああ 、 大丈夫 」
受話器 の 向こう から 、 疲れ切った ような 増尾 の 声 が 聞こえて くる 。