107. 赤い 手袋 - 小川 未明
赤い 手袋 - 小川 未明
政雄 は 、 姉さん から こさえて もらいました 、 赤い 毛糸 の 手袋 を 、 学校 から 帰り に 、 どこ で か 落として しまった のです 。 ・・
その 日 は 、 寒い 日 で 、 雪 が 積もって いました 。 そして 、 終日 、 空 は 曇って 日 の 光 すら ささ ない 日 で ありました が 、 みんな は 元気で 、 学校 から 帰り に 、 雪投げ を したり 、 また 、 ある もの は 相撲 など を 取ったり した ので 、 政雄 も 、 いっしょに 雪 を 投げて 遊びました 。 その とき 、 手袋 を とって 、 外套 の 隠し の 中 に 入れた ような 気 が しました が 、 きっと よく 入れ きら なかった ので 、 途中 で 落として しまった もの と みえます 。 ・・
政雄 は 、 家 に 帰って から 、 はじめて その こと に 気づきました 。 いよいよ なくして しまいます と 、 なつかしい 赤い 手袋 が 目 に ついて なりません でした 。 それ も 、 その はず であって 、 毎日 学校 の 往来 に 、 手 に はめて きた ばかり で なく 、 町 へ 買い物 に やらさ れた とき も 、 この 赤い 手袋 を はめて ゆき 、 お 湯 に いった とき も 、 この 赤い 手袋 を はめて ゆき 、 また 、 夜 、 かるた を 取り に 近所 へ 呼ばれて いった とき も 、 この 赤い 手袋 を はめて いった から であります 。 ・・
それほど 、 自分 に 親しい もの で ありました から 、 政雄 は 、 惜しくて なりません 。 それ より も 、 もっと 、 こんなに 寒い のに 、 雪 の 上 に 落ちて いる こと が 、 手袋 に とって かわいそうで なりません でした 。 ・・
「 どんなに か 手袋 は 、 家 に 帰りたい と 思って いる だろう 。」 と 考える と 、 政雄 は 、 どうかして 探して きて やりたい 気持ち が した のであります 。 ・・
けれど 、 その とき 、 やさしい 姉 さま は 、 政雄 を なぐさめて 、・・
「 わたし が 、 また いい 代わり を こしらえて あげる から 、 この 風 の 寒い のに 、 わざわざ 探し に いか なくて も いい こと よ 。」 と おっしゃった ので 、 ついに 政雄 は 、 その 赤い 手袋 の こと を あきらめて しまいました 。 ・・
ちょうど 、 その 日 の 暮れ方 で ありました 。 空 は 曇って 、 寒い 風 が 吹いて いました 。 あまり 人通り も ない 、 雪道 の 上 に 、 二 つ の 赤い 手袋 が いっしょに 落ちて いました 。 ・・
いま まで 、 暖かい 外套 の ポケット に 入って いた 手袋 は 、 冷たい 雪 の 上 に さらされて びっくり して いた のです 。 ・・
この とき 、 町 の 方 から 、 七 つ 、 八 つ の 男の子 が 、 手足 の 指 を 真っ赤に して 、 汚 らしい 着物 を きて 、 小さな わらじ を はいて 、 とぼとぼ やってきました 。 ・・
この 子 は 、 遠い 村 に 住んで いる 乞食 の 子 であった のです 。 昼 は 町 に 出て 、 お 銭 や 、 食べ物 を もらって 歩いて 、 もはや 、 日 が 暮れます ので 、 自分 の 家 へ 帰って ゆく のでした 。 子供 は とぼとぼ とき かかります と 、 雪 の 上 に 、 真っ赤な 手袋 が 落ちて いる の が 目 に つきました 。 ・・
子供 は 、 すぐに は 、 それ を 拾おう と せ ず に 、 じっと 見て いました が 、 その うち 、 小さな 手 を 出して 、 それ を 拾い上げて 、 さも 珍し そうに 見とれて いました 。 子供 は 、 前 に は 、 こんな 美しい もの を 手 に とって 見た こと が なかった のです 。 町 へ 出 まして 、 いろいろ りっぱな もの を 並べた 店頭 を 通り まして も 、 それ は 、 ただ 見る ばかりで 、 名 すら 知ら なかった のであります 。 ・・
子供 は 、 なんと 思いました か 、 その 赤い 手袋 を 自分 の ほお に すりつけ ました 。 また 、 いくたび と なく 、 それ に 接吻 しました 。 けれど 、 それ を けっして 、 自分 の 手 に はめて みよう と は いたしません でした 。 ・・
子供 は 、たいせつな もの で も 握った ように 、 それ を 抱く ように して 、 さびしい 、 雪道 の 上 を 、 自分 の 家 の ある 村 の 方 を 指して 、 とぼとぼ と 歩いて ゆきました 。 ・・
日 暮れ方 を 告げる 、 からす の 声 が 、 遠く の 森 の 方 で 聞こえて いました 。 ・・
子供 は 、 やがて 大きな 木 の 下 に あった 、 みすぼらしい 小屋 の 前 に きました 。 そこ が 子供 の 家 であった のです 。 ・・
小屋 の 中 に は 、 青い 顔 を して 、 母親 が 黙って すわって いました 。 その そば に 、 薄い ふとん を かけて 、 十 ばかり に なる 子供 の 姉 が 病気 で ねて いました 。 その 姉 の 女の子 の 顔 は 、 やせて 、 もっと 蒼 かった のであります 。 ・・
「 姉ちゃん 、 いい もの を 持ってきて あげた よ 。」 と 、 子供 は いって 、 赤い 手袋 を 姉 の まくらもと に 置きました 。 けれど 、 姉 は 返事 を しません でした 。 細い 手 を しっかり 胸 の 上 に 組んで 、 この とき もう 姉さん は 死んで いた のです 。