098. 火の玉を見たこと - 牧野富太郎
火 の 玉 を 見た こと - 牧野 富太郎
時 は 、明治 十五 、六 年 頃 、私 は まだ 二十一 、二 才 頃 の とき であったろう と 思っている が 、その 時分 に ときどき 、高知 (土佐 )から 七 里 ほど の 夜道 を 踏んで 西方 の 郷里 、佐川 町 へ 帰った こと が あった 。 ・・
かく 夜中 に 歩いて 帰る こと は 当時 すこぶる 興味 を 覚えて いた ので 、ときどき これ を 実行 した 。 すなわち ある 時 は ひとり 、また ある 時 は 二人 、三人 と いっしょであった 。 ・・
ある 夏 に 、例の とおり ひとり で 高知 から 佐川 に 向かった 。 郷里 から さほど 遠く ない 加茂 村 の うち の 字 、長竹 という 在所 に 国道 が あって 、そこ が 南 向け に 通じて いた 。 北国 道 の 両側 は 低い 山 で その 向う の 山 は それ より 高かった 。 まっ暗 な 夜 で 、別に 風 も なく 静かであった 。 ・・
たぶん 午前 三 時 頃 で も あったろう か 。 ふと 、向う を 見る と 突然 空 高く 西の方 から 一個の 火の玉 が 東に 向いて 水平に 飛んで 来た 。 ハッと 思って 見る うちに 、たぶん そこ な 山 の 木 か 、もしくは 岩 か に 突き当たった のであろう 。 パッと 花火 の 火 の ように 火花 が 散り 砕けて すぐ 消えて しまって 、後 は まっ暗 であった 。 そして 、その 火 の 玉 の 色 は 少し 赤み が かって いた ように 感じ 、あえて 青白い ような 光 で は なかった 。 ・・
次 は 、これ と 前後 した 頃 であった と 思う 。 やはり 、暗い 闇 の 夜 に 高知 から 郷里 に 向かって の 帰途 、岩目地 という ところ の 低い 岡 の 南側 を 通る ように 道 が ついている 。 この 岡 の ところ に 林 が あって 、そこ に 小さい 神社 が あり 、土地 の 人 は これ を 御竜様 と 呼んで いる 。 この 神社 の 下 が すなわち 通路 で 、これ は 国道 から 南 に 少し 離れた 間道 である 。 そして この 道 の 南方 一帯 が 水 の ある 湿地 で 、小 灌木 や 水草 など が 生え 繁って 田 など は なく 、また もとより その 近辺 に は 一軒 の 人家 も 見えず 、人家 から は だいぶ 隔たって いる 淋しい 場所 で 、南東 に は 岡 が あり 、その 麓 に 小さい 川 が 流れて 、右 の 湿地 を 抱いて いる 。 ・・
ある 年 の 夏 、暗い 夜 の 三時 か 、四時 頃 で も あった であろう 。 私 は 御 竜 様 の 下 の 道 から ふと 向う を 見る と 、その 東南 一 町 ほど の 湿地 、灌木 など の 茂っている 辺 に ごく 低く 、一個 の 静かな 火 が 見えていた 。 それ は 光 の 弱い 火 で きわめて 静かに じーっと 沈んだ ように なっていた 。 私 は これ を 一 つ の 陰火 であった と 今 も 思っている が 、そこ は よく ケチビ (土佐 で は 陰火 を こういう )が 出る といわれている 地域 である 。 ・・
次 は 明治 八 、九 年 頃 の こと ではなかった か と 思っている が 、私 の 佐川町 で 見た 火の玉 である 。 それ は 、まだ 宵 の うち であった が 、町 で 遊んでいる と 町 の 人家 と 人家 との 間 から この 火 の 玉 が 見えた 。 これ は 、光り の ごく 弱い 大きな まるい 玉 で 、淡い 月 を 見る ような 火 の 玉 であった 。 この 火 の 玉 は 上 から やや 斜めに ゆるやかに 下りてきて 地面 に 近く なった ところ で 、ついに 人家 に 遮られて 見えなく なった 。 そこ の 町名 は 新町 で 、その 外側 は 東 に 向かい 、それ から 稲田 が つづいて いた 。 ・・
なお 、四国 に は 、陰火 が よく 現われる ところ として 知られている 土地 が ある 。 それ は 、徳島 県 海部 郡 なる 日和佐 町 の 附近 で 、ここ に は 一つ の 川 が あって 、その 川 の 辺 に は 時々 陰火 が 現われる という 。 陰火 の 研究 に でかけて みる と 面白い ところ だ と 思われる 。