悪人 下 (2)
車 を 降りる と 、 暖房 で 暖まって いた から だ が 急激に 冷えた 。 すぐに 降りて きた 祐一 が ホテル の 入口 の ほう へ 歩いて いく 。 セックス なんか どうでも よかった 。 ただ 、 誰 か と 抱き合い たかった 。 抱き 合える 誰 か を 、 もう 何 年 も 求めて いた 。 歩いて 行く 祐一 の 背中 に 、 光代 は そう 語りかけて いた 。 これ が 本心 な のだ と 、 その 背 中 に 伝え たかった 。 誰 でも よかった わけじゃ ない 。 誰 で も いい から 抱き合い たかった わけじゃ ない 。 自分 の こと を 抱きたい と 思って くれる 人 に 、 強く 抱きしめて もらい たかった 。 無人の 受付 に 二 室 だけ 残って いる 空室 を 示す パネル が あった 。 祐一 が 選んだ の は 「 フ ィレンツェ 」 と いう 名 の 部屋 だった 。 一瞬 迷って 、 祐一 は パネル 上 で 「 休憩 」 を 選択 した 。 すぐに 「4800 円 」 と いう 値 段 が 表示 さ れる 。 寂し さ を 紛らわす ため だけ に 、 生きて いく の は もう うんざり だった 。 寂しく ない よう に 笑って いる の は もう 嫌だった 。 狭い エレベーター で 二 階 へ 上がる と 、 目の前 に 「 フィレンツェ 」 と 書か れた ドア が あった 。 噛み合わ せ が 悪い の か 、 祐一 が 何度 か 鍵 を 回して やっと ドア が 開く 。 開いた とたん 、 まぶ 眩 しい ほど の 色 が 目 に 飛び込んで くる 。 壁 は 黄色く 塗ら れ 、 ベッド に オレンジ色 の カバ く ぬ - が かけられ 、 白い 天井 が 丸く 削り 貫かれて フレスコ 画 も どき の 絵 が はめ込んで ある が 、 新鮮 味 だけ が ない 。 中 に 入って 光代 は 後ろ手 で ドア を 閉めた 。 強い 暖房 と 通 気 の 悪い 空気 の せい で 、 汗 が 樛 み 出し そうだった 。 ベッド まで 真っすぐに 歩いた 祐一 が 、 鍵 を そこ に 投げ 置いた 。 鍵 は バウンド する こと も なく 、 すっと 羽毛 布団 に 埋もれた 。 エアコン の 音 だけ が 聞こえた 。 静かな ので は なく 音 を 奪わ れた ようだった 。 「 なんか 、 派手な 部屋 や ねえ 」 祐一 の 背中 に 声 を かけた 。 振り返った 祐一 が とつぜん 近づいて くる 。 あっという間 だった 。 光代 はだ ら り と 垂らして いた 腕 ごと 、 背 の 高い 祐一 に 抱きしめられて いた 。 ちょうど つむ じ の 辺り に 祐一 の 熱い 息 が かかった 。 その 熱 を 感じて いる う ち に 、 おなか の 辺り で 祐一 の 性器 が 硬く なる の が 分かった 。 互い の 服 を 通して も その 鼓 動 が 伝わって きた 。 光代 は 腕 を 回した 。 腕 を 回して 祐一 の 腰 を 抱いた 。 強く 抱きしめ れ ば 抱きしめる ほど 、 柔らかい 自分 の おなか に 祐一 の 硬い 性器 を 感じた 。 休憩 4800 円 の 「 フィレンツェ 」 と 名付けられた 部屋 だった 。 個性 的な こと を 強調 する が 故 に 個性 を 消されて しまった ラブ ホテル の 一室 だった 。 「…… 笑わ んで よ 」 光代 は 抱きしめられた まま 、 祐一 の 胸 に 眩 いた 。 祐一 が 離れよう と する ので 、 顔 を 見られ ない ように しがみついた 。 「 正直に 言う けど 、 笑わ んで よ 」 と 光代 は 言った 。 「:…・ 私 ね 、…。 : 私 、 本気で メール 送った と ょ 。 他の 人 は ただ の 暇潰し で 、 あんな こと する と かもし れ ん けど 、…… 私 、 本気で 誰 か と 出会い たかった と 。 ダサ い やろ ? そん な の 、 寂し すぎる やろ ? ・・・… バカに して いい よ 。 でも 、 笑わ んで 。 笑われたら 、 私 。 ・・:。」 祐一 に しがみついた まま だった 。 自分 でも 性急 すぎる の は 分かって いた 。 ただ今 言わ ない と 永遠に 、 そして もう 誰 に も 、 こんな こと を 言え ない ような 気 が した 。 「・・…・ 俺 も 」 その とき だった 。 そんな 祐一 の 言葉 が 落ちて きた 。 「 俺 も 、…:・ 俺 も 、 本気 やった 」 祐一 の 声 が 頬 を 押しつけて いる 胸 から 聞こえた 。 浴室 の ほう で 水音 が した 。 水道 管 に たまって いた らしい 水 が 落ち 、 タイル を 叩く 音 だった 。 それ 以外 、 音 と いう 音 が なかった 。 いや 、 耳 を 押しつけた 祐一 の 胸 から 聞こえる 鼓動 以外 に 、 光代 に は 何も 聞こえ なかった 。 とつぜん 祐一 が からだ を 動かした か と 思う と 、 いきなり 唇 を 奪わ れた 。 乱暴な キス で 、 乾いた 祐一 の 唇 が 痛かった 。 唇 を 吸わ れ 、 舌 を 押し込ま れた 。 光代 は 祐一 の シャシ を 掴 やけど んだ まま 、 その 熱い 舌 を ふくんだ 。 火傷 し そうな 熱い 舌 を 、 からだ 全体 で 抱きしめて い る ようだった 。 腰 から 力 が 抜けた 。 祐一 の 舌 が 唇 から 耳 へ と 移り 、 熱い 吐息 が 耳 の 奥 を 刺激 する 。 乱暴に シャシ を 脱 が さ れ 、 ブラ を 外さ れ 、 立った まま 祐一 の キス を 乳房 に 受けた 。 目 の 前 に 安っぽい ラブ ホテル の ベッド が あった 。 柔らか そうな 羽毛 布団 に 半 裸 で 倒れ込む 自分 が 見えた 。 すべて が 乱暴な のに 、 尻 を 撫でる 祐一 の 指先 だけ が 優しかった 。 とても 乱暴に 扱わ れ て いる のに 、 からだ が それ 以上 を 求めて いた 。 乱暴な の が 祐一 な の か 、 自分 な の か 分か ら なかった 。 まるで 自分 が 祐一 を 操って 、 乱暴に 自分 自身 を 愛 撫 して いる ようだった 。 自分 だけ が 裸 に なって 、 男 の 前 に 立って いた 。 明る すぎる 蛍光 灯 の 下 、 内股 を 撫で ら れ 、 尻 を 掴まれ 、 光代 は 今にも 声 を 漏らし そうだった 。 裸 の 光代 を 祐一 は 軽々 と 抱えて ベッド へ 運んだ 。 ほとんど 投げ捨てる ように 羽毛 布団 むし の 上 に 転がし 、 自分 の シャシ や Tシャツ を 鼈 り 取る ように 脱ぐ 。 祐一 の 固い 胸 で 光代 の 乳房 が 潰れた 。 祐一 が 動く たび に 、 光代 の 乳首 が 彼 の 肌 を 滑った 。 気 が つく と うつ伏せ に されて いた 。 羽毛 布団 に 埋もれた から だ が 宙 に 浮いて いる よう あら が だった 。 熱い 祐一 の 舌 が 、 背骨 を おりて いく 。 押し込ま れた 祐一 の 膝 で 、 どんなに 抗って も 脚 が 開く 。 枕 に 顔 を 押しつける と 、 洗剤 の 匂い が した 。 光代 は 全身 から 力 を 抜いた 。 祐一 は まるで 壊そう と でも する ように 乱暴に 光代 の からだ を 愛 撫 した 。 そして 、 まる で直そう と でも する ように 、 強く 抱きしめて きた 。 壊して は 直し 、 また 壊して は 直す 。 光代 は 自分 の からだ が 壊れた の か 、 それとも 最初 から 壊れて いた の か 分から なく なって くる 。 祐一 が 壊した から だ なら 、 もっと 激しく 壊して 欲しかった 。 元々 壊れて いた から だ な ら 、 祐一 の 手 で 優しく 直して 欲しかった 。 「 この 人 と は もう 二度と 会わ ん で も いい 。 今回 だけ 。 そう 、 こんな こと 、 今日 だけ の こ と や もん 」 祐一 の 愛 撫 を 受け ながら 、 光代 は 胸 の うち で そう 眩 いた 。 もちろん 本心 で は ない のだ が 、 そう でも 自分 に 言わ ない と 、 ベッド の 上 で 身 を 振る 、 見た こと も ない 破廉恥な 自分 を 受け入れる こと が でき なかった 。 祐一 が ベルト を 外す 金属 音 が 聞こえた 。 ベッド に 運ばれて から 、 どれ くらい 時間 が 経った の か 、 とても 長い 間 、 ここ で 祐一 の 愛 撫 を 受けて いた ような 気 が する 。 十五 分 ? 三十 分 ? いや 、 もう 一晩 も 二 晩 も 、 こう やって 祐一 の 指 に 撫でられ 、 祐一 の 熱い から だ に 押し潰されて いる ようだった 。 その とき 、 ふっと から だ が 軽く なった 。 ベッド が 軋み 、 その 振動 で 枕 から 頭 が 落ちた 。 目 を 開ける と 、 裸 に なった 祐一 が 立って いる 。 泣いて いた わけで も ない のに 、 祐一 の 性器 が 涙 に かすんで 見えた 。 から だ から すっか り 力 が 抜けて しまって 、 指 を 動かす の も 面倒だった 。 自分 が 素っ裸 で 見下ろされて いる のに 、 まったく 恥ずかし さ を 感じ なかった 。 祐一 の 片 膝 が 光代 の 顔 の すぐ 近く に のった 。 マット が 深く 沈み 込み 、 光代 の 顔 は 転が る ように 、 祐一 の ほう へ 近づいた 。 大きな 手のひら で 頭 を 後ろ から 抱え 上げられ 、 光代 は 目 を 閉じて 、 口 を 開いた 。 首筋 を 支える 祐一 の 手のひら は 優しい のに 、 喉 に 突き刺さる 性器 は 凶暴だった 。 光代 は また 自分 が 優しく されて いる の か 、 乱暴に 扱われて いる の か 分から なく なり 、 苦しい の か 、 嬉しい の か 分から ず に シーツ を 何度 も 掴んだ 。 みっともない 格好で ベッド に 横たわって いる の は 知っていた 。 そんな 格好 を さ せて 性 いし 』 器 を 舐め させる 祐一 が 憎らしくて 、 愛 おしかった 。 腕 を 伸ばして 祐一 の 尻 を 掴んだ 。 汗ばんだ 尻 に 爪 を 立てた 。 痛み を 堪えた 祐一 が 声 を 漏らす 。 その 声 を 、 光代 は もっと 聞きたい と 思った 。 ◇ やっぱり 光代 に は 幸せに なって 欲し か です よ 。 光代 の こと を 「 お 姉ちゃん 」って 呼ぶ こと は なか です ね 。 でも 、 どう やる ……、 呼び 捨て に し ながら 、 心 のどっか で 「 お 姉ちゃん 」って 呼びかけて る ところ は ある の かも し れません 。 うち 、 弟 が 一 人 おって 、 その 弟 が 私 の 代わりって いう の は へ ン です けど 、 光代 の こと を 「 姉ちゃん 」って 呼ぶ んです よ 。 私 の こと は 、「 珠代 」って 呼び捨て やけど 。 よく 双子って 互い の 考え とる こと が 分かる なんて 言わ れる じゃ ない です か 。 でも 私 と 光代って あんまり そういう ところ が なかった んです よ 。 別に 仲 が 悪かった わけじゃ なく て 、 もちろん 双子 や から 学校 でも 目立つ で しよ ? だ から 小学校 の ころ まで は いつも 一 緒 に いて 、 クラスメイト たち の 好 奇 の 目 から 自分 たち を 守っとったって いう か 。 …… う ん 、 やっぱり 小学校 まで は 私 たち 、 目立つ とったん じゃ ない か と 思います 。 でも 中学 に 進学 したら 、 隣 の 小学校 から 別の 双子 の 姉妹 が やってきて 、 それ も 私 たち なんか より 十 倍 くらい 可愛い 双子 。 子供って 残酷 やけん 、 いつの間にか 私 たち は 「 不細工な 方 」 なん て 言わ れる ように なって 、 私 は どっち かって いう と そういう の 気 に せ ん ほう やけん 、 そ はう 患 』 んな こ と 言う 男の子 が おったら 追いかけて 、 箒 で 叩いたり し とった けど 、 あの ころ から か なあ 、 私 と 光代 の 性格って いう か 、 印象って いう か 、 髪 型 と か 洋服 の 趣味 と か 、 そう いう の が 少しずつ 違って きた の 。 …:。 高校 に 入った とき 、 高校 も ほんと は 同じ 学校 に 行く つもりじゃ なくて 、 私 は 最初 から 255 第 三 章 彼女 は 誰 に 出会った か ? 共学 が よかった んです けど 、 光代 は 私立 の 女子 高 志望 で 、 でも 受験 に 失敗 して し も うて とにかく 高校 に 入って すぐ 、 お互い 好きな 人 が できた んです よ 。 私 の ほう は もう ほん と に 分かり やすくて 、 サッカー 部 の 花形 みたいな 男の子 やった ん やけど 、 光代 の ほう は おおき わ 大沢 くんって いう 、 なんか こう ネクラって わけ で も ない と やけど 、 バレー 部 も 一 カ月 く らい で 辞めて し も うて 、 どっち かって 言う と 勉強 も できる ほう じゃ なくて 、 ボーッ と し た 印象 の 子 で 。 もう ちょっと 髪 型 と か 洋服 と か 気 を 使えば 、 どうにか なり そうな もん や のに 、 ぜん ぜ ん そういう こと に も 興味 が ない みたいで 、 かといって 他 に 興味 が ある こと も な さ そうで ……。 とにかく 光代 に 大沢 くん が 好き みたいな こと 言わ れた とき 、 私 、 え ッ ! て 声 上 げた んです よ ね 。 あの とき か なあ 、 決定 的に 自分 と 光代 は 違う 人間 な んだ な あって 思う た の 。 私 の ほう は 相手 が サッカー 部 の 花形 やった けん ライバル も 多くて 、 もちろん うまく い く こと も なかった んです けど 、 他 に 競争 相手 が おら ん か つた 光代 と 大沢 くん の ほう はう まく いったん です よ 。 いつ つ も 二 人 で 一緒に 帰ってました よ 。 並んで 自転車 押して 。 だ いたい いつも 光代 が 大沢 くん の 家 に 寄って 、 それ でも 毎日 六 時 半 に は 帰って くる んです けど ね 、 夕飯 前 に 。 仲 の いい 双子って 言って も 、 訊 け ない こと も ある じゃ ない です か 。 毎日 学校 が 終わる の が 四 時 頃 で 、 大沢 くん ち まで 歩いて 二十 分 くらい な んです ね 、って こと は 大沢 くん ち から うち まで 自転車 で 帰って くる と して も 、 毎日 二 人っきり で 二 時間 十五 分 くらい は 一 緒 に いる わけです よ 。 学校 でも ちらっと 噂 に なったり して て 、 みんな 、 光代 本人 に は 訊 けんもん やけん 、「 ねえ 、 光代 ちゃん と 大沢 くんって 、 もう ? 」 なんて 、 私 に 訊 いて く る 人 も おって 。 正直 、 妹 の 直感 と して は 、 光代 と 大沢 くん が 、 もう 、 その 、 なんて いう か 、 すでに して る 、って いう 感じ は ぜんぜん なかった んです けど ね 。 どっち に しろ 、 知 り たかった けど 、 聞き たく ないって いう か ……。 それ が 、 夏 休み が 終わった ばっかり の ころ やった か なぁ 、 やっぱり 光代 が 大沢 くん ち に 行って た とき 、 私 、 たまたま チアリーディング 部 の 練習 が 休み で 、 早く 家 に 帰って た んです よ 。 当時 、 二 人 で 同じ 部屋 を 使っとって 、 本当に それ まで は そんな こと した こと なかった と やけど ……、 魔 が 差したって いう か 、 光代 の 机 の 引き出し 開けて 、 いつも 光 代 が 大沢 ぐんと 交換 して いる ノート を 盗み 読み して し もう たん です よ 。 たぶん 、 くだらない こと ばっかり なん やろう と 思った んです よ 。 心配 して た と して も 、 もし 自分 の 悪 口 と か 書いて あったら どう しよう と か 、 その 程度 やった んです 。 パラパラって 捲ったら 、 予想 に 反して ぎっしり と 小さい 文字 が 書き込ま れ とって 。 私 、 光代 が 帰って こ ない か ビクビク し ながら 読んだ んです よ 。 読み 始めたら 、 なんか 背筋 が ぞっと して し も うて …。 :。 たしか 、 こんな 感じ の 内容 やった と 思います 。 「 今 まで は ね 、 私 、 大沢 くん の こと が 好き やった と よ ◎ でも 最近 、 大沢 くん の 右腕 と か 、 大沢 くん の 耳 と か 、 大沢 くん の 指 と か 、 膝 と か 、 前歯 と か 、 息 と か 、 そういう 部分 部分 で 好きに なって きて しも うた ( 笑 )。 大沢 くん 全体 じゃ なくて 、 大沢 くん の 一つ一つ が 私 は 好きな んだ な あって 思う 。 本当に 誰 に も 取ら れ たく なか よ ・ 学校 と か で 誰 か が 大沢 くん の こと を 見る の も イヤ ( 笑 )」 どっち かって 言う と 、 光代 は 執着 心 が あまり ない んだ と 、 私 、 思って た んです よ 。 子 供 の ころ から お 菓子 も おもちゃ も 全部 私 や 弟 に 譲って くれた し 、 なんて いう か 、 やっぱ り 長女 な んだ な あって 。 でも 大沢 ぐんと の 交換 日記 に は 、 そんな いつも の 光代 が いないって いう か 。 お ので ら 「 今日 、2 組 の 小野寺 さん から 何 か 話しかけられ とった ね ? 大沢 くん が 迷惑 そうな 顔 し とる けん 、 すごく おもしろかった 」 と か 、「 早く 卒業 して 大沢 ぐんと 一緒に 暮らした い ! 暮らせる よ ね ? ね ? そう 言えば 、 この 前 、 外 から 見た アパート 良 さ そう やった ね 。 あそこ なら 外 に 大沢 くん が 買う 車 も 置ける し 、 子供 が 生まれて も 庭 で 遊ば せられ る し ね 」 と か 、 とにかく 、 いつも の 光代 の 口調 と 違って 、 どこ か 攻撃 的な 感じ やった ん です 。 読み ながら 、 こん なんじ や 大沢 くん 迷惑 し とる んじゃ ない かって 思いました ね 。 私 、 だんだん 怖く なって ノート を 引き出し に 戻しました 。 なんか 光代って 本当に 無欲な 人 だ ご もつ と 思って た んです けど 、 光代 の 業って いう か 、 それ まで 知ら なかった 光代 の 欲 みたいな もの が 伝わって きて 、 なんか 悲しいって いう か 、 かわいそうって いう か 。 …:。 光代 と 大沢 くん 、 高校 を 卒業 する 前 に 別れた んです よ 。 噂 だ と 大沢 くん が そのころ 通 い 始めた 塾 で 、 別の 子 を 好きに なった みたいな ん やけど 、 光代 本人 は 私 に 何も 言わ ん か つた です ね 。 私 も 敢えて 訊 かんかつ たし ……。 二 人 が 別れた とき 、 光代 が 荒れたり 、 泣 いて たりって 記憶 も ない んです 。 もちろん 陰 で 泣 いとった の かも しれ ん けど :….。 でも 、 もう 昔 の 話 です もん ね 。 卒業 して 就職 して から 、 光代 が きちんと 付き合った 人って 二 人 だけ じゃ ないで す か ね 。 どっち も あんまり 長続き せんか つた けど 。 光代って 私 みたいに 男の子 たち と 遊び 回る タ イプ じゃ ない んです よ 。 もう ちょっと 社交 的 ならって 、 思う こと も あります ね 。 今 、 一 緒 に 暮らし とる けど 、 心 のどっか で 、 この 同居 は 、「 光代 の ため 」って 思って る ところ が ある ような 気 も します 。 私 が 誰 か と 結婚 したら 、 この 人 、 一生 一 人 な んじゃ ない かって 思う こと も ある し 。 結局 、 私 、 光代 の こと 好きな んです よ ね 。 すごく 引っ込み思案 な 姉 やけど 、 本当に 幸 せ に なって 欲しいって 思う 。 あれ は いつごろ やった か なあ 、 光代 が すごく 幸せ そうな 顔 して 自転車 漕いで る ところ を 、 私 、 たまたま バス の 中 から 見た んです よ 。 考えて みれば 、 ちょうど あの ころ 、 光代 は その 清水 祐一って 人 と メール の やりとり 始めて た んです よ ねえ 。 体温 に は 匂い が ある んだ と 光代 は 思う 。 匂い が 混じり合う ように 体温 も 混じり合う の だ と 。 終了 時間 を 知らせる 電話 が 鳴った とき 、 祐一 は まだ 光代 の 上 に いた 。 暖房 の 利き 過ぎ た ラブ ホテル の ベッド で 、 お互い の からだ が 汗 で 滑った 。 祐一 は 美しい 肌 を して いた 。 美しい 肌 に 汗 を 浮かべて 、 光代 の からだ を 突いて いた 。 電話 を 気 に して 動き を 止めた 祐一 に 、「…… やめ ん で 」 と 光代 は 言った 。 祐一 は 電話 を 無視 した 。 電話 を 無視 して 、 その 数 分 後 に ドア が ノック さ れる まで 、 光 代 の からだ を 突き 続けた 。 ドア の 向こう から 聞こえた おばさん の 声 に 、「 分かった ! すぐ 出る ! 」 と 祐一 は 怒 鳴った 。 怒鳴った とたん 、 更に 奥 の ほう を 突か れた 。 光代 は 唇 を 噛み締めた 。 すぐに 出る 、 と 祐一 が 叫び 返して から 、 すでに 十五 分 以上 経って いる 。 光代 は 毛布 の 中 で 祐一 の 汗ばんだ から だ を 抱きしめ ながら 、「 おなか 減った ね ? 」 と 笑った 。 返事 の つもりな の か 、 まだ 荒い 息 を して いる 祐一 が 毛布 を 軽く 蹴り 飛ばす 。 「 すぐ そこ に 、 美味しい うなぎ の 店 が ある と よ 」 毛布 が ベッド の 下 に 落ちて 、 裸 の まま 抱き合う 二 人 が 横 の 鏡 に 映って いる 。 先 に 起き 上がった の は 祐一 で 、 くっきり と 背骨 の 浮かんだ 背中 が 鏡 に 映る 。 「 白 焼き と かも あって 、 けつ こう 本格 的な 店 」 ベッド を 降りよう と する 祐一 の 手 を 光代 は 、「 そこ に 行く ? 」 と 強く 引っ張った 。 か ら だ を 捻った 祐一 が しばらく 光代 を 見つめた あと 、 小さく 頷く 。 光代 は ベッド から 降りる と 、 先 に 浴室 へ 向かった 。 背中 に 、「 時間 、 ない よ 」 と いう 祐一 の 声 が 聞こえた が 、「 もう どうせ 遅れ とる けん 、 延長 料 払わ ん ば さ 」 と 光代 は 答え た 。 黄色い タイル の 可愛い 浴室 だった 。 ここ に 窓 が あれば いい な 、 と 光代 は 思った 。 ここ に 窓 が あって 、 外 に は 小さな 庭 が ある 。 庭 の 向こう に 車 を 洗って いる 祐一 の 姿 が 見える 。 「 うなぎ 食べたら 、 今度 こそ 灯台 に 連れてって よ ! 」 と 光代 は 叫んだ 。 返事 は なかった が 、 光代 は 気分 よく シャワー を 浴びた 。 まだ 二 時 に も なって いない はずだった 。 これ か ら 長い 週 末 が 始まる のだ と 思う と 、 肌 を 流れる お 湯 まで 歌い 踊って いる ようだった 。 「 時間 ない けん 、 一緒に シャワー 浴びれば ? 」 光代 は 水音 に 負け ない ように 祐一 を 呼んだ 。 「 ねえ 、 清水 祐一って 本名 ? 」 と 光代 は 訊 いた 。 祐一 が 前 を 見た まま 、 黙って 頷く 。 ラブ ホテル を 出て 、 うなぎ 屋 へ 向かう 車 の 中 だった 。 今 、 浴びて きた ばかりの シャワ ー の せい か 、 からだ が まだ 火照って いた 。 し おり 「 じゃあ 、 私 、 謝ら ん と いけん 。 私 の 名前 、 馬 込 光代って 言う と 。 あの 栞って いう と は .・・・:」 光代 が そこ まで 言う と 、「 別に よか よ 。 みんな 最初 は 偽名 やけん 」 と 祐一 が 言葉 を 遮 る 。 「 みんなって 、 そんなに たくさんの 女の子 と 会う た わけ ? 」 車 は 空いた 国道 を 信号 に も 引っかから ず に 走って いた 。 自分 たち の 車 が 近寄る と 、 信 号 が さっと 青 に 変わる ようだった 。 「…… まあ 、 いい けど 」 祐一 が 何も 答え ない ので 、 光代 は すぐに 自分 の 質問 を 引っ込めた 。 「 この 道 、 高校 の とき の 通学 路 」 光代 は 流れる 景色 を 目 で 追った 。 「 あそこ に 安売り の 靴 屋 の 看板 ある やろ ? あそこ を 右 に 曲がって 真っすぐ 田んぼ の 中 を 進んだ ところ が 高校 やった と 。 それ で この 道 を もう ちょっと 駅 の ほう に 戻った ところ に 小学校 と 中学 が あって ……、 それ より も もっと ちょっと 鳥栖 の ほう へ 行った ところ に 前 の 職場 。 ・・…。 考えて みれば 、 私って 、 この 国道 から ぜんぜん 離れ ん か つた と ねえ 。 こ の 国道 を 行ったり 来たり し とった だけ やった と よれ ぇ 。 …… 前 の 職場って ね 、 食品 関係 の 工場 やった と 。 同期 の 子 たち は みんな 単調 すぎるって 文句 ばっかり 言い よった けど 、 私 、 ああいう 流れ作業って そんなに 嫌いじゃ なかった かも 」 珍しく 車 が 信号 に 引っかかり 、 祐一 が ハンドル を 指 で 撫で ながら 光代 の ほう へ 顔 を 向 ける 。 「 俺 も 似た ような もん 」 祐一 が ぼ そっと 眩 く ・ 一瞬 、 何の こと を 言わ れた の か 分から ず 、 光代 が 首 を 傾げる と 、 「 俺 も ずっと 近く ばっかり 。 小学校 も 中学 も 高校 も 家 から すぐ の 所 やった し 」 と 続ける 。 「 でも 海 の 近く やった と やる ? 海 の 近く なんて 羨ま しか ぁ 。 私 なんて ここ よ 」 ちょうど 信号 が 変わり 、 祐一 は ゆっくり と アクセル を 踏み込んだ 。 光代 の 町 、 ぽつり ぽつり と 店舗 の 建つ 殺風景な 街道 が 流れて いく 。 「 あ 、 あれ あれ 、 ほら 、 うなぎって 看板 見える やろ ? ほんとに 美味し か と よ ・・ 値段 も そんなに 高く ない し 」 おなか が 減って いた 。 こんなに お なか が 減った の は ずいぶん 久しぶりの ような 気 が し た 。